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第8話 公表

 大学の講義初日。


 キャンパスの桜はもう散りかけていたけど、構内は新学期の活気に満ちていた。


 正門をくぐった瞬間、視線が集まる。


 一ノ瀬玲は、この大学では有名人だ。


「玲先輩だ!久しぶり!」


「なんか雰囲気変わった?大人っぽくなってない?」


 女子学生が小走りで近づいてくる。


 以前なら、ここで玲はいつものように笑って軽口を返していたはずだ。


 でも今日は違った。


「おはよう」


 足は止めたけど、笑顔は作らない。


「え、先輩……その人」


 視線が僕に移る。


 だから、僕ははっきり言った。


「玲の彼氏です」


 一瞬で空気が凍る。


「……彼氏?」


「え、男の人と?」


 ざわつく声。


 玲は、そんな二人との距離を少しだけ詰めた。


「うん。だからごめんね、今あんまり遊べないんだ」


 それは、はっきりとした線引きだった。


 もう“遊ばない”という宣言。


「そ、そうなんですね……」


「お似合い、です……」


 引きつった笑顔を残して、二人は去っていった。


「行こ」


「うん」


 何事もなかったみたいに、玲は歩き出す。


 でも、すれ違う学生たちの視線は明らかに違っていた。


 スマホをいじる手。振り返る人影。


 噂は、もう広がり始めている。


「もう広まってそう」


「すごいね」


「有名税ってやつ」


「自慢の彼女だわ」


「……彼女、ね」


 玲は否定しなかった。


 それでいいと思った。


 講義室に入ると、ざわめきが一段と大きくなる。


 後ろの方に空いている席を見つけて座った。


「僕も髪色変えようかな」


「何色?」


「玲と同じに」


「お揃い?」


「そう」


 玲の表情が、ぱっと明るくなる。


「似合わなかったら笑うから」


「その時は笑ってくれ」


 講義中、玲はほとんどノートを取っていなかった。


 代わりに、僕の髪が銀色になった姿を想像していたみたいだ。


 講義が終わると、すぐに立ち上がる。


「行くよ、予約取れなくなる」


 向かったのは、大学近くのヘアサロンだった。


「久しぶり、玲くん。今日は……お連れさんも?」


「二人分。同じ色で」


「おそろい?」


「うん」


 迷いはなかった。


 施術には時間がかかった。


 鏡越しに、少しずつ変わっていく自分の髪を見る。


 その隣で、玲がずっと僕を見ていた。


「いい感じじゃん」


 銀色が、ゆっくりと馴染んでいく。


 やがて、鏡の中には同じ髪色の二人が並んでいた。


「……ボクより似合ってない?」


「お揃いだよ」


「ずる」


 その言葉には、ちゃんと嬉しさが混ざっていた。


 外に出ると、もう夕方だった。


 並んで歩くだけで、やっぱり目立つ。


「ちょっと暗めにしたけど、キミのが明るいね」


「もう一回やる?」


「このままでいい。かわいい」


「どこがだよ」


「全部」


 自然にそんな会話ができることが、少し不思議だった。


 夕焼けの中で、玲が足を止める。


「ねぇ」


「なに?」


「明日も一緒だよね」


「一緒だよ」


「よかった」


 小さく息を吐いて、安心した顔をする。


「ずっと」


 小指を差し出される。


「指切り三回目」


 絡まる指。


 もう、それだけで十分だった。


「帰ろ」


「うん」


 帰る場所は同じだった。


 マンションのドアを開ける。


 何も変わっていない部屋。


 なのに、玲はそこで立ち止まった。


「……ただいまって言っていい?」


「いいよ」


「ただいま」


「おかえり」


 玲の顔がくしゃっと歪む。


 笑っているのか、泣いているのか分からない顔だった。


「なんか、全然違う。同じ家なのに」


「そうだね」


「キミがいるだけで、こんな変わるんだね」


 うまく言葉にできないまま、それでも通じ合っている感覚があった。


「今日なに食べたい?」


「作ってくれるの?」


「たまにはね」


「じゃあパスタ」


「カルボナーラなら任せて」


 キッチンに立つ玲の背中を見ながら、少しだけ実感する。


 ちゃんと、帰ってきたんだなって。


 食事をして、片付けをして。


 風呂に入って、同じベッドに潜り込む。


「ねぇ、明日大学終わったらどこ行く?」


「行きたいとこあるの?」


「駅前のカフェ」


「じゃあ行こっか」


「約束ね」


「約束」


 指切りはしなかった。


 でも、もうそれで十分だった。


 ——ただ。


 この“普通”が、ずっと続くとは限らない。


 そのことを、僕はまだ知らなかった。

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