第3話 崩れた王子様
——土曜日。
駅前のカフェ。
約束より十五分早く着いたはずだったのに、レイはすでにそこにいた。
——しかも、女子二人と一緒に。
「あ、来た来た。こっち」
悪びれもなく手を上げる。
女子二人の視線が一斉に僕へ向いた。
「……レイ先輩、この人誰ですか?」
「ボクの彼氏」
あまりにもあっさりと言った。
空気が一瞬で固まる。
「え、彼氏……? 男、ですよね?」
「男だよ? ほら、ちゃんとイケメンでしょ」
冗談みたいな軽さだった。
女子たちは戸惑いながらも、無理やり納得したように笑った。
「まあ座りなって。四人の方が楽しいっしょ」
完全にアウェーだった。
監視するつもりで来たはずなのに、気づけば“遊びの中”に組み込まれている。
「……見るだけかと思ってたけど」
「いいもなにも、ボクが誘ったんだから」
挑発するように笑う。
「それとも帰る?」
「帰るかよ。いちいち腹立つな」
レイはくすっと笑った。
「そういうとこ好きだよ」
さらっと言う。
女子二人の空気が一瞬揺れた。
そのまま時間は流れていく。
笑って、触れて、距離を詰めて。
レイはいつも通りだった。
——誰にでも優しくて、誰にも本気にならない。
けれど。
ふとした瞬間、レイの視線だけが僕に向く。
ほんの一瞬だけ、退屈そうに。
それがやけに気に食わなかった。
カフェを出て、ショッピングモールへ。
アクセサリーショップでピアスを選ぶ流れになった。
「ねー、キミ。どっちがいいと思う?」
星とクロス。
「……そっち」
僕が指したのは星だった。
レイは迷いなくそれを選んだ。
「だよね。センスいいじゃん」
その言い方は、他の二人に向けるものとは少し違っていた。
結局、両方買った。
——そして夕方。
「このあとご飯行かない?」
女子二人が詰め寄る。
レイは一瞬だけ僕を見た。
それから。
「今日はこのへんで」
あっさり断った。
女子たちが去ったあと、レイは大きく伸びをする。
「はー、疲れるわ」
王子様はどこにもいなかった。
「用事なんてあったっけ」
「できたんだよ、たった今」
並んで歩く。
夕焼けの中、さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静かだった。
「……キミは楽しくなかった?」
「普通。ため息しか出なかった」
玲はくくっと笑う。
「だろうね」
少しだけ声が柔らかかった。
コンビニでアイスを買って、帰る。
「早く帰ろ。溶ける」
“帰ろう”じゃない。
——“帰ろ”。
それだけで、意味は十分だった。
エレベーターの中。
玲がふいに僕を壁に押し付けた。
「じゃあ証明してよ」
低い声だった。
その余裕が気に入らなかった。
僕は逆に押し返す。
立場が一瞬で逆転する。
「……っ」
玲の表情が崩れた。
初めて見る顔だった。
「僕だけのものにするって言ったよね」
「……言った、けど」
声が弱い。
あの玲が、目を逸らしていた。
「それが嫌なんだよ」
「……知ってる」
小さく返す。
「でもやめらんないんだもん」
言い訳みたいな言葉。
それでも僕は迷わなかった。
そのまま、唇を奪う。
——抵抗はなかった。
むしろ、引き寄せられた。
長いキスのあと。
「……ずるい」
玲が小さく呟いた。
その声は、もう余裕なんてなかった。
夜。
部屋に戻ってからの玲は、別人みたいだった。
ソファで拗ねて、
可愛いって言われて照れて、
「一人にするな」みたいに隣を求めてくる。
そして。
「明日の合コン、断ろうと思って」
ぽつりと呟いた。
「……本気で言ってる?」
「本気。好きだから」
その瞬間。
玲の時間が止まった。
「……ばか」
声が震えていた。
それでも目は逸らさなかった。
「ボクだって本気に決まってんだろ」
——初めてだった。
遊びじゃない言葉を聞いたのは。
夜。
ベッドの中。
背中にくっついて、玲が小さく呟く。
「……あったかい」
少し間があって。
「明日、何する?」
「ご飯行こうか」
「……マジ?」
その反応は、王子様じゃなかった。
ただの、普通の恋人だった。
しばらくして。
玲は眠った。
静かな寝息。
無防備な顔。
——こんな顔、誰にも見せてないんだろうな。
僕は天井を見上げた。
少しだけ、確信する。
——この関係は、変わり始めている。
でもまだ。
全部じゃない。
玲はまだ、“戻れる側”にいる。
だから。
完全にこっちに引きずり込む。
——絶対に、逃がさない。




