第2話 王子様の外面
——翌日。昼過ぎ。
大学のキャンパスは、春の陽気に包まれていた。
講義棟前のベンチに座っていた僕の目に飛び込んできたのは、人だかりの中心で笑う銀髪の長身だった。
「えー、うそ、マジで? じゃあ今度みんなで行こうよ!」
数人の女子に囲まれて、爽やかに笑っている。
昨夜の態度が嘘みたいな、完璧な王子様スマイル。
取り巻きの女子たちは頬を赤らめながら、黄色い声を上げていた。
その中の一人——小柄で栗色の髪の女子が、ちらちらとレイの横顔を盗み見ている。
明らかに他より距離が近い。
レイもそれに気づいているのか、さりげなくその子の肩に触れた。
その距離は、僕から数メートル。
手を伸ばせば届きそうな場所で、それは起きていた。
肩を抱いたまま顔を近づけ、小声で何かを囁く。
女子の顔が、耳まで真っ赤に染まった。
周囲から「ちょっとー!」と声が上がるが、本気で怒っている様子はない。
レイは誰にでも優しくて、誰にも本気にならない。
——それが、この大学での一ノ瀬玲の評判だった。
ふと、レイがこちらに気づいた。
ひらりと手を振る。
「おー、みなと! こんなとこで何してんの?」
一斉に女子たちの視線が僕に集まる。
「え、誰あの人」
「レイくんの知り合い?」
ひそひそと声が飛び交う。
「……何、モテるね」
僕がそう言うと、レイはにっと笑った。
「まあね、困っちゃうよ」
全く困っていない顔で。
女子の輪から抜け出して、僕の方へ歩いてくる。
そして自然な動作で、顎をくいっと持ち上げられた。
「なに、拗ねてる?」
背後で女子たちがざわつく。
「えっ、あの二人どういう関係?」
「もしかして……付き合ってる?」
「やめろ」
僕は手を払い、逆にやり返す。
周りから小さな悲鳴が上がった。
レイは一瞬目を丸くして、それから喉を鳴らして笑う。
「へぇ、やるじゃん」
僕の手首を掴み、そのまま親指を滑らせる。
「で? わざわざボクのこと見に来たの?」
「たまたま通りかかっただけだよ」
「ふーん……」
意味ありげに目を細める。
その時だった。
「あ、あの……レイ先輩、今度の土曜の約束って……」
さっきの栗色の女子が、おずおずと声をかけてくる。
レイは一瞬で、王子様の顔に戻った。
「あー、ごめんごめん。土曜ね。大丈夫、覚えてるよ。二人で行こっか」
——“二人で”。
その言葉が、やけにはっきり響いた。
女子はぱっと顔を輝かせ、小走りで去っていく。
レイはそのまま、何事もなかったように僕を見る。
「……喧嘩売ってんの?」
「喧嘩? なんで?」
本気で分かっていない顔だった。
「ただ遊ぶだけだよ? キミも来る?」
「行っていいのか?」
一瞬、レイが固まる。
それから盛大に笑い出した。
「ぶはっ、マジで来んの!?」
腹を抱えて笑いながら、目尻を拭う。
「いやぁキミ最高だわ。あの子、キミ見たら気絶するよ?」
「……何言ってんの」
「だってあの子、ボクにしか興味ないタイプだもん。横にキミいたら比べちゃうでしょ」
悪気のない声。
ただの事実みたいに言う。
「ま、いいけど。来たきゃ来なよ。ボクは止めないし」
ひらりと手を振って、女子たちの元へ戻っていく。
「でも邪魔はしないでね?」
「……じゃあ、監視しとく」
ぴたり、と足が止まる。
振り返った顔は笑っているのに、目だけが笑っていなかった。
「監視って……ストーカーじゃん」
それだけ言って、玲はまた人の輪に溶け込んでいく。
黄色い歓声。
完璧な笑顔。
さっきまでの空気なんて、最初からなかったみたいに。
——やっぱり、変わらない。
でも。
それで終わらせる気もない。




