第一話都合の良い彼氏
付き合って三年目、同棲中の僕と玲。
外見も中身も完璧な“王子様みたいな彼女”は、昔から女の子に囲まれて生きてきた。——そして今も、平然と浮気を繰り返している。
何度言っても変わらない。それでも玲は、僕と別れる気はないらしい。
「面倒くさい」で片付けられる関係の中で、僕はそれでも離れられなかった。
これは、そんな歪な関係の中で、少しずつ彼女を変えていく——僕たちの話。
【キャラクター】
■ 朝霧 湊
優しいが尽くしすぎてしまう主人公。
■ 一ノ瀬 玲
モテる王子様系彼女。浮気を繰り返すが、湊が一番だと思っている。
もう夜が明けても、一ノ瀬玲は帰ってこない。
きっとまた、女遊びをしているのだろう。
——ガチャ。
玄関が開く音がした。
「……ふぅ、疲れた」
ただいまも言わず、荷物を置き、僕に見向きもせずベッドへ倒れ込む。
レイからは、甘い香水の匂いが漂っていた。
「何見てんの? 見てる暇があるなら、さっさとボクの荷物片付けといてくれる?」
「今日も? ……僕の彼女のくせに」
レイはスマホをいじりながら、欠伸をひとつ。
画面には、知らない女の子とのツーショットが映っている。
「彼女のくせにって……キミさ、毎回それ言うよね」
銀髪をかき上げ、ようやくこちらを見る。
その目は、面倒くさそうに細められていた。
「ボクが誰と遊ぼうが、ボクの勝手でしょ。それとも何、嫉妬? めんどくさいなぁ」
午前五時。
窓の外は、うっすらと白み始めている。
テーブルの上には、手つかずの夕食。
ラップがかけられたまま、冷め切っていた。
レイはそれを気に留める様子もない。
「イラッとするね、毎回」
僕がそう言うと、レイはベッドの端に腰かけ、ブーツを脱ぎ散らかしながら笑う。
「イラッとするなら、しなきゃいいじゃん。その顔」
首筋に残る赤い跡を、無造作になぞる。
「あー、シャワー先使うね。キミが沸かしてくれてたら楽だったのに」
シャツの襟元から覗く鎖骨には、見覚えのないキスマーク。
「僕は、レイの召使いじゃないからね」
足を止め、玲が振り返る。
一瞬だけ目を細めたが、すぐにいつもの軽い笑みに戻った。
「召使いなんて思ってないよ。ただ、キミはボクのこと好きでしょ? 好きな子がやってくれるのは普通じゃない?」
ひらひらと手を振りながら浴室へ向かう。
「あ、タオル出しといて。ふわふわのやつね」
パタン、とドアが閉まる。
すぐに、水音と鼻歌が聞こえてきた。
リビングに取り残される。
ソファには、見知らぬブランドの紙袋。
中身は女物のアクセサリーだった。
……誰かに買ったのか、それとも貰ったのか。
「……はいはい」
僕はため息をつきながら、タオルを用意する。
ドアの前に、きちんと畳んで置いた。
数分後。
シャワーの音が止み、玲が出てくる。
「ん、ありがと」
それだけ言って、冷蔵庫を開ける。
水を一気に飲み干し、ふとテーブルの料理に目をやった。
「……あー、これ作ってくれたの?」
中身を確認するが、結局食べることはない。
「まあいいや、お腹空いてないし。寝るわ」
そう言って、濡れたままベッドに潜り込む。
「……なんで、女遊びなんかしてんの」
僕が聞くと、レイは布団の中から片目だけ開けた。
「なんでって……楽しいから? それ以外に理由いる?」
あまりにも軽い答えだった。
「つーかさ、ボクだってキミのこと好きだよ? でもそれとは別の話じゃん。キミだって男なんだからわかるでしょ、遊びたい夜ってあるでしょ」
スマホの通知音が、何度も鳴る。
「……もういい? ボク眠いんだけど」
「僕とじゃ、楽しくない?」
レイの指が止まる。
「は? 何言ってんの」
身体を起こし、こちらを見下ろす。
「キミといるのがつまんないなんて言ってないでしょ。そういう話じゃないんだよ」
少しだけ、言葉に詰まる。
「キミはキミで好き。遊ぶのは遊ぶで好き。……ほら、別腹ってやつ」
ぽん、と僕の頭に手を置く。
「そんな顔しないでよ、めんどくさいなぁ」
——その瞬間。
「……絶対に、僕だけのものにしてやる」
一瞬、レイがきょとんとした。
それから、吹き出して笑う。
「あはは、なにそれ。プロポーズ?」
「……無理だと思うけど」
軽い声。
でもそこには、変わる気のない冷たさがあった。
「まあ頑張ってみれば? ボクを落とせたら大したもんだよ」
挑発するように笑う。
そしてそのまま、眠りに落ちた。
——結局、いつもこうだ。
何を言っても、届かない。
朝日がカーテンの隙間から差し込む。
玲はもう、静かな寝息を立てていた。
起きている時間より、寝ている時間のほうが長い同棲生活。
それでも僕は——
何も言えなかった。
……でも、もうやめる。
僕は、“都合のいい彼氏”をやめる。




