16話 君と過ごす一日
——暗転。
カーテンの隙間から朝日が一筋、ベッドの上に差し込んだ。時刻は午前九時を過ぎていた。
シーツはぐちゃぐちゃだった。枕は一つ床に落ちている。二人の体にはまだ昨夜の熱が薄く残っていた——三月も半ば、春の足音はすぐそこまで来ている。
レイは湊を後ろから抱き込んだまま微動だにしない。腕だけはしっかり回している。
寝息は穏やかで規則正しい。珍しく——本当に珍しく、昨晩は日付が変わる前にベッドに入っていた。というより、日付を跨ぐ前に強制終了されたと言った方が正確かもしれない。
「……あと五分」
寝ぼけた声で呟き、腕に力が入る。逃がさない、と言わんばかりの拘束力だった。
湊も目を覚ましていた。背中に伝わる体温と、腕の重み。身動きが取れない——取る気もなかったが。
五分はとっくに過ぎた。十分、二十分。レイは起きる気配がない。むしろ絡みつくように体勢を変え、足まで乗せてきた。
重い。
完全に人間布団だった。
さすがに限界を感じた湊は、レイの脇腹をくすぐった。
「ひゃっ——!?」
びくんと跳ねた隙に脱出する。
「なに今の……」
「何が?」
「くすぐったでしょ」
「くすぐったよ」
寝癖で跳ねた銀髪をかき上げながら、レイがあくびをする。
「朝飯」
「はい」
キッチンに立つ湊。卵とベーコン、食パン。シンプルな朝食。
出来上がる頃には、レイは椅子に突っ伏していた。
「まだ眠い」
「寝てたら?」
「いい。食べてから寝る」
言いながらも、食べ終わるとすぐソファへ。
三秒で寝息。
静かな部屋の中で、湊だけが動いていた。
——その時だった。
テーブルの上のスマホに通知。
『りお』
「レイ先輩♡ 昨日はありがとうございました〜!また会いたいです」
見知らぬ名前。
湊は視線を逸らした。
三十分後。
「なんか食べた? ボクの分ある?」
何事もなかったように、レイが起きる。
「携帯の通知が気になって」
「あー、サークルの連絡」
一瞬の間。
「来週の飲み会の話」
嘘か本当かは分からない。
——でも、慣れている返しだった。
その後、二人は外へ出た。
ショッピングモール。
クレープ。
遊園地。
ジェットコースターで強がるレイ。
震えている指。
観覧車の中。
「……ボクも」
小さな本音。
夜。
ラーメン。
帰り道。
「あー、楽しかった」
マンションに戻る。
「今日、まあ……よかった」
それがレイなりの言葉だった。
ベッドの中。
手を探して、握る。
「今日みたいな日、またやってもいいけど」
「ありがとう、嬉しい」
「……別に。暇だっただけ」
でも、手は離れなかった。
やがて湊は眠りに落ちる。
レイはしばらくその寝顔を見ていた。
何か言いかけて、やめる。
代わりに額をそっと合わせて、目を閉じた。
今夜は、どこにも行かない。




