表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/17

第13話 誕生日と、約束の先

 二月二十三日。日曜日。


 雲ひとつない快晴だった。


 玲はいつもより早く起きていた。


 ——といっても九時だが、この人にしては早い方だ。


 洗面台の前で三十分。


 銀髪を何度も整え、服も何度も確認している。


 黒のタートルネックにグレーのコート、デニム。


 明らかに気合が入っていた。


 リビングに出ると、僕を見て一言。


「遅い。行くよ」


「どこに?」


 人差し指を唇に当てる。


「秘密。ついてきて」


 電車を乗り継いで四十分。


 着いたのは——水族館だった。


 玲はチケットを二枚取り出す。


 いつの間に用意していたのか分からない。


 館内は薄暗く、青い光に満ちていた。


 大きな水槽の中をエイがゆっくりと泳いでいる。


「あ、マンボウいる」


 珍しく、はしゃいだ声だった。


 ガラスに近づいて、じっと見ている。


「こいつ、一日二時間しか起きてないらしいよ」


 得意げな豆知識。


 たぶん調べてきたんだろう。


 隣のクラゲの水槽へ移動する。


 紫の光に照らされて、玲の銀髪が幻想的に揺れる。


「きれい」


「うん」


 その一言だけで、十分だった。


 ふと振り返ると、小学生くらいの女の子たちが玲を見ていた。


「ねえ、あの人モデル?」


「かっこいい……」


 ひそひそ声。


 玲は一瞬だけ笑って、手を振る。


 黄色い歓声。


 でもすぐに僕の隣に戻ってくる。


「次、ペンギン」


 袖を引かれる。


 ペンギンエリア。


 腹で滑って転ぶ一羽を見て、玲が肩を震わせる。


「あれ絶対コケてるでしょ」


 スマホを構えて写真を撮る。


 ——と思ったら、レンズが僕に向いた。


 シャッター音。


「今、撮ったでしょ」


「撮ってない」


 明らかに撮っていた。


 僕がカメラを向けると、すぐにピース。


 完璧な角度。


 さすがだった。


 館内を一周して外に出る。


「お腹空いた」


 予想通り。


「何食べる?」


「イタリアン」


 駅前の店に入る。


 玲は即決した。


「カルボナーラ」


「早いね」


「パスタはカルボって決めてる」


 僕はナポリタンを頼む。


「ナポリタンて。小学生?」


「いいでしょ」


 くすっと笑う。


 料理を待つ間、玲がテーブルに左手を置いた。


 ——リングが光る。


「今日、楽しい?」


「楽しいよ」


 グラスの水をいじりながら、小さく言う。


「ならいい」


 少し間を置いて。


「今年はちゃんとしたくて」


 目は合わせないまま。


「去年、ひどかったし」


「ありがとう。誕生日おめでとう」


 玲がゆっくり顔を上げた。


 少しだけ目が潤んでいた。


「……うん」


 食事を終えて、ケーキを買う。


 苺のショートケーキ。


 帰宅して、ロウソクに火をつける。


 玲が火を見つめる。


 それから、僕を見る。


 数秒の沈黙。


 ふっと息を吹きかける。


 炎が消えた。


「ありがと」


 その一言が、やけに重かった。


 夜。


 風呂上がりの玲がベッドに転がっている。


 濡れた髪のまま、左手をかざす。


 リングを見つめていた。


「ねえ」


「なに?」


「ボクさ、変われてるかな」


 珍しく弱い声だった。


「分かんないんだよね、自分じゃ」


「変われてるよ」


 しばらく黙っていた。


 布団を引き上げる。


「……そっか」


 小さな声。


「こっち来て」


 命令なのに、甘い。


 隣に入ると、すぐに抱きついてくる。


 首元に顔を埋めて、ぎゅっと。


 しばらくして、くぐもった声。


「来年も再来年も、こうしてて」


「うん」


 顔を上げた。


 目が少し赤い。


 何も言わず、額をくっつけてくる。


 距離が近い。


 息が混ざる。


 布団の中で、左手が触れる。


 ——リングが、かちりと鳴った。


 そのまま、玲はすぐに眠った。


 今夜はどこにも行かない。


 朝まで、ここにいる。


 ——三月十四日、ホワイトデーまであと二十日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ