第11話 家族と、居場所と
日曜日はあっという間にやってきた。
朝から玲は落ち着かない様子で、三回も服を着替えた。最終的に黒のタートルネックにデニムというシンプルな格好に落ち着いたが、ピアスは全て外している。
玄関で深呼吸する。
「よし」
「気合入ってるね」
「母さん怖いよ。怒ると親父より怖い」
「それは大変だね」
玲は立ち上がって、僕を上から下まで見た。
「大丈夫。キミはそのままで」
「玲も頑張って」
「頑張るって何、面接かよ」
軽口を叩きながらも、ドアを開ける手はわずかに震えていた。
電車で四十分。郊外の住宅街。
同じような家が並ぶ中で、玲が足を止める。
表札には「一ノ瀬」。
インターホンに伸ばした指が、一瞬止まる。
僕は何も言わず、ただ隣に立った。
やがて玲がボタンを押す。
ドアが勢いよく開いた。
「玲——」
小柄な女性が、声を震わせた。
次の瞬間、玲はその胸に飛び込んでいた。
「大きくなったねぇ……」
母親の声が揺れる。
しばらく、誰も何も言わなかった。
やがて玲の顔を両手で包み、まじまじと見つめる。
「ちゃんとご飯食べてるの?」
「まあ、ぼちぼち」
そこではじめて、母親が僕に気づいた。
「あら、あなたが——」
「彼氏」
「初めまして。玲の彼氏の湊です」
母親はぱっと笑った。
「上がって上がって」
家の中は、どこか懐かしい匂いがした。
リビングに入ると、父親が座っていた。
「おう」
それだけ言って、腕を組む。
食卓には料理が並んでいた。
肉じゃが、鯖の味噌煮、炊き込みご飯。
玲はぎこちない手つきで箸を持つ。
まるで別人だった。
「大学はどうだ」
「……ちゃんと行ってる」
短いやり取り。
母親が空気を変えるように笑う。
「二人はどうやって知り合ったの?」
玲が詰まる。
僕を見る。
助けを求める視線だった。
けれど——
「ボクがナンパした」
玲が先に言った。
母親は呆れたようにため息をつく。
「昔からそればっかり」
それでも、どこか嬉しそうだった。
父親が静かに僕を見る。
「大事にしてもらってるか」
「はい」
僕が答えると、玲が吹き出しかけた。
その後の食事は、穏やかだった。
食後、母親が聞いた。
「いつから一緒に住んでるの?」
玲が固まる。
僕が代わりに説明した。
母親は目を潤ませた。
「二人で頑張ってきたのね」
父親が言う。
「金は大丈夫なのか」
玲が言葉に詰まる。
僕は言った。
「大丈夫です。僕がどうにかします」
父親は少しだけ頷いた。
「しっかりしてるな」
帰り際。
「今度はごはん作って待ってなさい」
母親の言葉に、玲は小さく頷いた。
家を出て、ドアが閉まる。
玲はそのまましゃがみこんだ。
「疲れた」
「いい家族じゃん」
「知ってる」
小さな声だった。
そのあと、玲が言った。
「腹減った」
いつもの調子に戻っていた。
スーパーで買い物をして、家に帰る。
夕飯は生姜焼き。
玲は無言で食べて、やがてぽつりと言った。
「うまい」
それだけで十分だった。
夜。
玲はテーブルに突っ伏したまま寝てしまった。
僕はそのままベッドまで運ぶ。
「……ボク重くない?」
寝ぼけた声。
返事を待たず、また眠った。
布団をかけると、玲は無意識に僕の服を掴む。
静かな夜だった。
今日一日で、何かが少し変わった気がした。
きっとこれからも——こんな日が増えていく。




