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ヒロインの初恋(ローズ視点)

「終業式の次の日はまだ学園にいると聞いたんだが、時間をくれないか」

 そう言ったレオンハルト様はどこか心許ない様子だった。

 こんなレオンハルト様を見るのは初めてで、私は戸惑いながらも、はいと答えた。

 王都に家がある生徒は終業式終了後すぐに帰宅するが、家が遠い生徒の場合は終業式の翌日まで寮に留まることが多い。

 それに私はアーロンと共に3日間程、王都にある叔母の家で過ごすことになってるから、慌てる必要は全くない。

「ありがとう」

 レオンハルト様は終始硬い表情のままで、笑みを浮かべることはなかった・・・。


 そして、終業式の翌日、私はレオンハルト様と丘へとやって来た。

 丘にはお休みの日にレオンハルト様と2人で良く行き、そして、大きな木の下でお茶やお菓子をいただきながら、レオンハルト様と色々な話をした。

 そうして過ごす度に私はレオンハルト様をどんどん好きになっていって・・・。

 だから、この丘は・・・大きな木の下は、私にとって、とても大事な場所だ。


 でも、こうして2人でこの場所に来るのは、今日が最後になるだろう・・・。




「もう嫌・・・本当に嫌」

 12歳の私はうんざりしていた。

 私の目の前にはある男性の姿絵と身上書がある。

 縁談の話が来ていた。もう何度目か思い出せない。

 私はまだ12歳だから、婚約や結婚と言われても、ピンと来ない。

 もちろん、王族や貴族ともなると、幼い頃から婚約者がいる場合も多いのだが、私は田舎の子爵令嬢でしかなく、持参金も多く用意出来るわけではないから、本来ならそれ程、魅力的な結婚相手ではない。

 だが、私は全属性持ちでこの国の女神と謳われているリリアーナ様と同じ容姿だから、優秀な子孫を得たい。家を繁栄させたい。と、思っている家から縁談の話が来てしまうのだ。

 父は私が嫌がることは分かっているが、基本律儀な人間であるからして、話が来たからには、一応、姿絵と身上書くらいは見なさいと私に言う。

 もしかしたら、気に入る人がいるかもしれないからね、と。

 だから、私も一応、目を通すことにしている。だが、一度も会ってみたいと思ったことはない。

 ・・・どうせ、私の中身なんか、どうでもいいのでしょう?と、思ってしまう。

 

「私がこんな髪や瞳の色でなければ、全属性持ちでなければ、こんなにたくさんの縁談の話は来ないわよね。・・・容姿や属性なんか関係なく、私を好きになってくれる人がいたらいいのに」

 私がそう呟くと、母はにっこり笑って、

「必ずいますよ。ローズだけの王子様がね」

 ・・・母はいつも私を励ますようにそう言ってくれる。

 言われる度にくすぐったいけれど、本当は私だけの王子様が現れる日を願っていた。


 ある日、私はヒューバート家の屋敷近くにあるアーロン・ディアボルトの家に向かっていた。

 アーロンの大好物であるチョコレートタルトを持って行くように母に言われたからだ。

 ディアボルト家はその昔、ヒューバート家の庭師や厩番を務めていたことがあって、昔から親交がある。

 ディアボルト家の一人息子であるアーロンとはほとんど赤ちゃんの頃からの付き合いだと言っても大袈裟ではない。

 アーロンは私の唯一の友達だ。

 私には同性の友達が一人もいない。

 前はいたのだが、大きくなっていくうちにまた一人、また一人と友達はいなくなってしまった・・・。

 何故なのか分からない。

 私の見た目が気持ち悪いのだろうか?

 知らないうちに傷付けるようなことをしてしまったのだろうか?


 もう少しでアーロンの家というところで、一台の馬車がこちらに向かってやって来ることに私は気付いた。あの馬車は・・・。

 馬車が私の前で止まり、窓が開いた。

「ローズ。こんにちは」

 ヒューバート家の隣の領地を治めるメドーズ伯爵家の領主様だ。

 メドーズ伯爵様と私の父は子供の頃からの付き合いでとても仲が良い。

 私はお辞儀して、

「伯爵様。こんにちは」

「今からお宅に伺うところなんだよ。さっき知らせたばかりだから、ローズは知らないようだね。実は珍しい花の苗が手に入ったから、君のお父様にもと思って、外出がてら直接届けに行くことにしたんだ」

「そうなんですか。わざわざありがとうございます。父もとても喜ぶと思います」

 私の父は花を育てることに心血を注いでいる。

 特に蘭は父の命と言ってもいいくらい大事に育てていて、その熱中振りには少々呆れてしまうくらいだ。


「おつかい?」

 そう聞いたのは、伯爵様の奥様だ。

「はい」

 私は持っているバスケットを少し上げてみせると、「そこまで届けるよう言われまして」

「ローズはいつも家のお手伝いをしてるわね。偉いわ」

「た、大したことはしていませんから、偉いなんて、とんでもないです」

 自分で出来ることは自分でする。・・・それが我がヒューバート家の信条だ。

 それが貴族らしくないことは良く分かっているし、実際、変わってると言われることも多々ある。

 でも、私はヒューバート家に生まれたことを誇りに思っている。


 私が奥様に褒められて、赤くなっていると、

「待ってね。キャロがいるから」

 奥様に代わって、姿を見せたのはキャロライン・ホークリッジだ。

 私の憧れである金色の髪に海のような青い瞳を持つ美しい人である。

 キャロラインは頭が良くて、ダンスも刺繍も絵もピアノもバイオリンも何もかも上手で、完璧な令嬢と言う言葉が相応しい人だ。私にとって、憧れの存在だ。

 キャロラインのようになりたいと思って、私は色々なことを頑張っているが、キャロラインのようになるにはまだまだ程遠い。

 そんなキャロラインとは前は『ローズ』、『キャロ』と呼び合っていて、とても仲が良かっただが・・・今は違う。


「こんにちは。お元気そうね。ローズマリーとお話したかったのだけど、おうちのお手伝いなら仕方ないわね。また今度」


「・・・ええ。また今度」

 キャロラインはまるで『私たちが居る間は、屋敷に帰って来ないで』と、言っているようだ。

 キャロラインの口調はとても柔らかく、声を聞いただけではそう感じることはないはずだ。伯爵様も奥様も気付いてないだろう。

 でも、私に向けるキャロラインの目はとても冷たい。

 私は泣きたくなるのを堪えた。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう?


 私が7歳の時、キャロラインと一緒に我が家の温室でおしゃべりをしながら絵を描いていた。

 すると、キャロラインがバラの刺で指を傷付けてしまった。

 傷はほんの少しだけだったが、血が出ていたし、顔をしかめているキャロラインを見た私は生れつき持っている傷を癒す力でキャロラインの指の傷を消した。

 だが、その途端、キャロラインは表情を一変させて、『気味が悪いわ。人間じゃないみたい』と、言ったのだった・・・。

 それ以降、私とキャロラインの仲はとてもぎこちないものになってしまった。

 それぞれの両親の前ではキャロラインは以前と変わりなく、私に接してくれるが、私と二人だけになると、キャロラインは一言もしゃべってくれないし、私の目すら見てくれない。

 きっと、今でも私のことを気味が悪いと思っているのだろう。


 ディアボルト家に行くと、アーロンが飼い犬の『アーサー』の体を洗っていた。

「アーロン!」

 私に気付いたアーロンは笑顔になると、ブラシを持った手を振った。

 私も手を振って、

「チョコレートタルトを持って来たわ!」

 アーロンは本当に嬉しそうな顔になると、

「ありがとう!でも、まだ入って来ないでね!」

「分かってる!」

 『アーサー』はやんちゃで甘えん坊。アーロンのことが大好きでアーロンの言うことしか聞かない。

 でも、体を洗われることが大の苦手であるアーサーはその時だけはアーロンの言うことも全く聞かない。

 アーロンの制止を無視して、びしょ濡れのまま私に飛び掛かり、酷い有様になってしまったことがこれまで何回もある。

 だから、私は門の外で待つことにした。


 すると、アーロンはふと手を止めて、 

「ねえ。ローズ」

「なあに?」

「キャロライン様の家の馬車を見たんだけど・・・」

「・・・ええ。伯爵様が私の父に花の苗を届けにいらしたのよ。キャロラインも一緒。だから、私はしばらく家に帰らない方がいいと思うの」

「そう・・・」

 アーロンは困ったような、悲しそうな表情を浮かべたが、唸り始めたアーサーに気付いて、

「もうちょっとだから、我慢して」

 と、優しく声を掛けた。


 ・・・アーロンは私とキャロラインの仲が良くないことを知っている。

 以前、キャロラインはアーロンとも親しくしていたのだが、私のせいなのか、アーロンに対して、どこか見下すような態度を取るようになってしまった。

 アーロンは『僕は平民だから仕方ないよ』と、言ったが、キャロラインは元は身分など気にするような人ではなかったはずだ。

 多分、キャロラインは私のことが嫌いだから、その私と仲の良いアーロンまで嫌うようになってしまったのではないだろうか。


 私は憂鬱な気分になってしまったが、すっかり不機嫌になってしまったアーサーに優しく声を掛けながら、体を洗ってあげているアーロンを見ているうちに穏やかな気持ちになった。

 アーサーは元は捨て犬だ。最初は全ての人間を憎むかのように吠えてばかりいて、とても手がつけられなかったが、アーロンはそんなアーサーに対して、優しく、暖かく、時には厳しく接した。

 アーサーをしつけるのは私から見ても、大変なことだったけれど、アーロンはけして諦めなかった。本当に辛抱強かった。

 アーロンの頑張りのかいあって、アーサーは憎んでいた人間に甘えることが出来るまでになり、今では本当に毎日幸せそうに暮らしている。

 私はそんなこともあって、アーロンを尊敬するようになった。アーロンは誰よりも優しい人だ。


 でも、少し気になることがある。

 アーロンは小さな頃から、この国一番の憧れの職業である魔術師になりたいと良く言っていた。

 でも、最近は全く言わなくなってしまったのだ。

 全属性持ちなら魔術師を目指して当然だし、努力家で辛抱強いアーロンなら必ず魔術師になれると私は思うのに・・・諦めてしまったのかしら?

 そう言えば、アーロンは魔術師になって、手に入れたいものがあると言ってたが、それが何かは教えてくれなかった。

 憧れの五大公爵様に会いたいから?と、私が聞くと、

『それは欲しいものとは違うじゃないか』

 アーロンはそう言って、苦笑いしていた。・・・一体、何が欲しいのかしら?



 ある日、私は買い物の帰りにふと顔を上げると、ちょうど空を飛ぶ鳥が目に入った。

「はあ・・・」

 鳥を見ると、つい溜め息が出てしまう。

 魔法が使えるようになった子供がまず初めに教えてもらうことは鳥の作り方だ。

 作ること自体は大して苦労しなかった。

 問題は色だ。魔法の鳥は作った人間の髪と瞳の色が同じになる。

 つまり、私の鳥はどこもかしこも真っ黒なのだ。

 黒色はこの国では高貴な色とされているが、さすがに真っ黒な鳥は見ていて気が滅入る。

 私は自分の鳥をアーロンと家族以外には見せていないが、

『じゃあ、貴女の鳥は真っ黒ってことよね。真っ黒な鳥なんて、不気味ね』

 と、遠縁の女の子に言われてしまったことがある。

 そのことをアーロンに話すと、

『僕の茶色よりいいと思うけどな。黒って、賢そうに見えるじゃないか。だから、鳥もローズも賢そうに見えるよ』

 アーロンはそう励ますように言ってくれたけど・・・。

「アーロンは女の子のことをちっとも分かっていないわ」

 見た目が賢そうなんて言われて、喜ぶ女の子なんているのかしら?

 可愛いとか、綺麗とかって言われた方が絶対いいに決まってる!

 ・・・綺麗は言い過ぎだけど、誰かに可愛いくらいは言って欲しいなと思う。これでも女の子なのだから。

 なのに、アーロンは私がたまにおめかしした時でさえ、一度も褒めてくれたことはない。

 多分、私を可愛いなんて思ったことなんか、一度もないのだろう。


 私はそんなことを考えながら、たくさんのリンゴとオレンジが入った取っ手付きの籠を持って、家に帰っていた。

 普段なら自転車のカゴに載せるのだが、一台しかない自転車を父が乗って行ってしまったのだ。父は自転車で出掛けてしまうとなかなか帰って来ない。何故か夜中に帰って来たこともある。困った人だ。

 私の方は母からカゴに荷物を載せて、押して歩くだけならいいが、自転車に乗ってはいけないと言われている。

 それは、もちろん、自転車に乗るのはレディとして相応しい振る舞いではないからである。

 あの風を切って進んで行く感じが気持ち良くて、私は自転車が大好きなのになあ。レディは殿方と違ってしてはいけないことが多くて、たまに窮屈に思うこともある。


 それにしても・・・。

「重い・・・」

 リンゴとオレンジはジャムとジュースにするから、傷が多少入っていても構わないとお店の人に言うと、とても安くしてくれた。

 だから、私は調子に乗って、母に頼まれていた数よりも多く買ってしまった。

 怒られるかもしれない・・・と、ちらりと思ったけど、予算を超えたわけじゃないから、大丈夫よね!と、私が開き直ったところで、持っていた籠に異変が起きた。

「えっ?!」

 何と籠の底が抜けてしまったのだ。


「あーっ!」


 ・・・声を上げたところでどうにもなるわけではないが、上げずにはいられなかった。

 リンゴとオレンジが足元に散乱してしまったのだから!

 私はあまりのことに呆然としていたが、いつまでもそうしているわけにはいかず、リンゴとオレンジを拾い始めたが・・・。

「大丈夫か?」

 と、声がして、私は顔を上げた。


 深く帽子を被った男の子が立っていた。

 ・・・顔は全く見えないが、この付近で暮らしている子ではないと思う。

 私はどこの子だろうと思いながら、

「はい。大丈夫です」

 と、答えると、男の子は首を傾げて、

「何が大丈夫なんだ?その底の抜けた籠しかないのだろう?」

 た、確かに何が大丈夫なんだろう?

「は、はい・・・す、すみません」

「・・・別に謝ることはない。ちょっと待っていろ」

 と、男の子は言うと、私が止める間もなく、走って行ってしまった。


 私がとりあえず一カ所にリンゴとオレンジを集め終えたところに男の子が麻袋を手に戻って来た。

「これに入れて持って帰れ。・・・私の連れの持ち物だが、袋が一つなくなったところでどうってことはないから、気にすることはないぞ」

「ですが・・・」

 私は遠慮しようとしたが、

「人の好意は黙って受け取るべきだ。だいたいどうやって帰るつもりなんだ?無理だろう?」

 ・・・何だろう?この男の子には従わなくてはいけないと思わせる何かがあるようだ。

 私は男の子の言う通りにすることにした。

「では、お言葉に甘えることにします。ありがとうございます」

 それから、私が麻袋の口を開き、男の子が次々とリンゴとオレンジを入れていく。

 すると、男の子がふと手を止めて、リンゴをしげしげと見つめると、

「ずいぶん傷になってしまったな」

「あ、ジャムとジュースにしますから、大丈夫です」

「ジャムとジュース・・・」

「あ、もし、時間があるようでしたら、私の家にお越しになって下さいませんか?お礼にごちそうさせて下さい!」

「・・・私はそういうつもりで手伝ったわけではない」

 あ、私、怒らせちゃったかしら?気位が高い人かもしれない。

 相変わらず、帽子に隠れて、男の子の表情は分からないが、最初からずっと口元が強張っているように見える。・・・緊張してるのかしら?

 私は何とかしてこの親切な男の子の気持ちを和らげたくなった。

 私はにっこり笑って見せると、

「もちろんです!貴方が親切でして下さったことは分かっています。私、本当に感謝をしていて、お礼がしたいだけなんです。貴方をこのまま帰してしまったら、私、後悔でしばらく眠れなくなってしまいます。ですから、どうか、お礼をさせて下さい」

「・・・」

 ・・・しかし、男の子は何も言わない。

「・・・」

 大袈裟なことを言って、また怒らせてしまったかしら?


 私がどうしたらいいだろうと考えていると、男の子の口角がくっと上がった。え?笑った?

「そうか。私のせいで眠れなくさせてしまったら、申し訳ないな」

 男の子はどこか愉快そうに言うと、目深に被っていた帽子を取った。

「ー・・・」

 私はそうして現れた美しい銀髪に目を奪われた。・・・なんて綺麗なのかしら。

 私は男の子の髪にすっかり見とれてしまっていたが、

「君のご招待を受けることにするよ」

 その声を聞いて、私は髪ではなく、男の子の顔を見た。

 私と目が合った男の子はふわりと笑った。


 何故だろう。男の子は笑っているのに、水色の瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうに見える。

 悲しいのかしら?苦しいのかしら?

 ううん。安堵しているように見える。

 何かから解放されたような・・・。ようやく救われたような・・・。

 私にはこの笑顔の意味するものが何なのか分からないけれど、この男の子が心から笑っているわけではないことだけは分かった。

 私はどうしてもこの男の子の心からの笑顔が見たいと思った。そのためなら何でもしてあげたいと思った。


 その思いは自分でも驚くくらい強かった。


 何故、初めて会ったばかりの人に、こんな気持ちになるの?


 私が困惑していると、

「君、大丈夫か?」

 と、男の子が気遣うように言ってくれて、私はそれで我に返った。

「は、はい。申し訳ありません。あ、あの、その銀色の髪につい見とれてしまって、キラキラして綺麗・・・あら?」

 銀色の髪は私の黒髪と同じくらい珍しくて、王族にしか現れない特徴だとアーロンから聞いた記憶が・・・と、言う事は・・・え?

 私がただただ男の子の銀色の髪を見つめていると、男の子は苦笑いして、

「まあ、この髪を見たら、私の身分が分かるよな。私はこの国の第二王子のレオンハルト・レイバーンだ」


 お、王子様?!


「っー・・・!」

 私は驚きのあまり悲鳴を上げそうになって、慌てて両手で口を押さえた。

 ダメよ!ローズマリー!悲鳴を上げるなんて、失礼でしょう!落ち着きなさい!あなたはこれでも貴族家の人間でしょう!


 私は何とか落ち着きを取り戻すと、丁寧にお辞儀をして、

「れ、レオンハルト殿下。お、お会い出来て、大変光栄です。私はローズマリー・ヒューバートと申します。この土地を治める子爵家の者です」

「そうか。・・・領主は君の父君か?」

「はい」

 レオンハルト殿下は辺りを見渡すと、

「ここは道や用水路がきちんと整備されているし、無駄に遊ばせている田畑もなく、雑草や雑木が生い茂っているなんてことも一切ない。野山には色とりどりの花が溢れていて、本当に美しい。それから、どの家も屋根や壁には適切な修繕を行っているし、雨や風のせいで傷み易い場所は前もって補強してある。個人の家だけでなく、教会や墓地も手入れが行き届いているし、子供のための学び舎も充実していると聞いている。君の父君はこれ以上ない程、領主としての務めを果たしているようだな。ここの民は良き領主の元で暮らせて、とても幸せだろう」

「・・・」

 私は誇らしさで胸がいっぱいになった。

 父は変人だと囁かれることもあるが、私は素晴らしい領主だと思っている。心から尊敬している。

 そして、何よりこの土地で暮らす全ての住民がこの土地が住みやすいよう、いつまでもその美しさを保つよう努力してくれている。

 私もこの領地の一員となれて、本当に良かったと、今、心から思う。


 私は嬉しさのあまり涙が溢れて来たが、それを拭う間ももどかしく、早く感謝の気持ちを言葉にして伝えたいと思った。

「レオンハルト殿下!お褒め下さり、ありがとうございます!こんなに嬉しいことはありません!皆に言って回りたいくらいです!本当にありがとうございます!」

「・・・」

 レオンハルト殿下は何故か私の顔をじっと見つめたまま、しばらく黙っていたが、急に顔を赤らめると、「・・・いや。礼には及ばない。本当のことを言ったまでだ。だが・・・その・・・」

「はい?」

 レオンハルト殿下は更に赤くなると、

「・・・そのような美しい笑顔が見れたのだから、褒めた甲斐があったな」

「えっ!」

 私はびっくりして、思わず、声を上げてしまった。

 私の笑顔が美しい?!


 私は美しいと言われたことに対して、戸惑いもあり、恥ずかさもあり、そして、嬉しさもあり・・・そんな何とも複雑な気分から、レオンハルト殿下の顔がまともに見れなくなって、俯いてしまった。

 すると、レオンハルト殿下は咳ばらいをして、

「・・・では、案内してくれるか?」

 私は顔を上げて、

「案内ですか?一体、どちらにご案内すればよろしいのでしょうか?」

 レオンハルト殿下は首を傾げて、

「君の家に招待してくれるのだろう?」

 そ、そうでした!

「で、ですが、我が家はわざわざ殿下にお越しいただく程の屋敷ではないのです。存じ上げなかったとは言え、図々しいことを言ってしまいました。申し訳ございません」

 我が家は広さで言うとメドーズ伯爵家のお屋敷の半分くらいしかないのだ。

 そんな家にレオンハルト殿下を招くわけにはいかない。


「・・・そうか」

 と、レオンハルト殿下がぽつりと言って、また帽子を被った。・・・諦めてくれたようだ。

「本当に申し訳ございません」

 私は謝りつつも、内心ではホッとしていたが、

「では、勝手に行く」

 レオンハルト殿下はリンゴとオレンジが入った麻袋を持つと、すたすたと歩いて行く。

 私はびっくりして、

「えっ、レオンハルト殿下?!どういうことでしょう?!」

「領主の屋敷を知らない人間はいないだろう。適当に人に聞いて、自分一人で行く」

「ええっ?!」

「じゃあな」

「レオンハルト殿下!お待ち下さい!そちらではありません!」

 焦った私は思わずそう声を上げていた。

 レオンハルト殿下は足を止め、振り返ると、

「ローズマリー嬢。屋敷など気にすることはないぞ。私は良き領主である父君に会ってみたいんだ。それに、何より・・・」


『そんなつもりはないと言ったが、リンゴとオレンジを使ったジャムとジュースを食してみたいんだ』

 レオンハルト殿下はそう言って、笑顔を見せた。

 心からの笑顔なのかは分からないが、その少し照れたような笑顔はあまりに魅力的で、私の心は掻き乱された。


 そして、私は気付いてしまった。


 私は好きになってはいけない人を好きになってしまったのだと・・・。



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