8. また、お友達から
「……あま姉も知ってのとおり、昔のウチはその……すっごく人見知りで、うまく人と話せなくて。あま姉と離れて小学校に上がってからも、友達は全然できなかったの……」
「……」
「目立たないし、無口なタイプだったし、こんなウチじゃ友達ができないのは仕方ないって思ってた……でもある日ね、ウチのクラスの中で、テレビの話題が盛り上がったの」
クラスの中心的な存在である男女グループ。少しいじめっ子っぽい気質もあったその子たちが、ちょうど昨晩のテレビでやっていたトマトメイトの話題に花を咲かせていた。
「お前も見た!?」「ヤバかった、マジ神回だったよな~!」……そんな風に大笑いしていた番組は、夏希もちょうど見ていたものだった。夏希はテレビの中で楽しそうにしている父親を見るのが好きで、お笑い番組を見ることも好きだった。
男子たちの数人が、番組内で披露されたイサオのギャグやノリフミのツッコミを真似する。そのお粗末さに夏希は顔をしかめた。
抑揚の付け方も違うし、細かいセリフも違うではないか。やめてよ、下手っぴ、と胸の内で毒づく。幼いころから周囲をよく見ていた夏希は観察力に優れていて、お笑いに対する知識量も並ではなかった。
『うわもう、全然違うじゃん! あ、夏希ちゃんの方が上手くできるんじゃないの? 苗字楢崎だし』
『トマトメイト楢崎の真似、できる?』
騒いでいるクラスメイトたちの方をチラチラと見ていたせいか、夏希は突然の無茶ぶりにあってしまった。
そのグループの子たちは全員、夏希が本当に楢崎ノリフミの娘であることは誰も知らなかったようだった。
クラスの〝一軍グループ〟に変な絡まれ方をしてしまった夏希。けれどその胸の内には恥ずかしさや恐怖より、父親の渾身のボケシーンを上手く再現できない男子へのむかつきのようなものの方が強くくすぶっていた。
できるも何も、夏希は録画して何度も繰り返し見ていたのだ。夏希は意を決して立ち上がり、手本を見せるようなつもりで父親のモノマネをしてみせた。
「今思い返しても、めっちゃ似てたんだろうな~って思う。みんなのおかげでフリも効いてたし、間も良かったし。ちょっとお父さんの面影もあったのかな」
「……」
「男子は大ウケ、女子も大爆笑。『もう一回やって!』って何度も頼まれて……あそこで、ウチの人生が変わったんだ」
楽しそうに、懐かしそうに思い出しながら話す夏希の笑顔に、天音も少しだけくすっと微笑む。
クラスで一番大人しくて無口だと思っていた夏希が、実は面白い人間だったということに気付き、一軍グループはそこから夏希を構うようになった。
ほどなくして夏希が本当にトマトメイト楢崎の娘であることを知った一同は驚愕し、そしてあっという間に夏希は一軍グループの一員に迎え入れられ、たくさんの友達が自然に増えていく。
番組が放送されるたび、父親たちがテレビの中で活躍するたびに、夏希の株もどんどん上がっていく。そうして押しも押され人気者となり、毎日学校に行くのが楽しくて仕方なくなった。
「お笑いはね、本当に素晴らしいんだよ! 身体一つでみんなを笑顔にできて、幸せにできるの」
「……」
「でも……そうじゃない側面があるのも知ってる。簡単にバカにされちゃうような方に繋がっていきやすいのは確かだから。ウチはただラッキーだっただけなの……あま姉はつらい思いをしちゃったんだろうなっていうのは、想像できる……」
「っ……」
多感な時期の子供たちが集まる学校という環境では、些細な事ですべてが簡単にひっくり返った。
人間関係も、自分の性格も、本当に些末なことで壊れたり歪んだりする。簡単に好転していくものもあれば、一瞬でどん底に落ちていくような出来事が起こったりすることもあり、その中で人格が形成されていった結果、卒業しても一生消えないような傷が心に残ってしまうことだって珍しくない。
無垢で無邪気な子供たちにとっては、日常に存在するすべてがセンシティブなものであり、その中で「お笑い」はテレビのスイッチを付けるだけで触れられる親しみやすいものでありながら、不安定で大きなパワーを持っていた。
夏希はその力によって明るい性格に育っていき、一方天音はその不安定な力のせいで傷つくことを恐れ、自分を守るために控えめな性格になっていった。
二人の性格の逆転、その原因は、本当に運でしかなかったのだ。
「今日、あま姉に怒られてやっとわかった……ウチだけが、バカな夢を見てたってこと」
「……」
「だから、あま姉とのコンビは、あきらめることに、しました」
「えっ……」
ずっと包んでいた天音の手を握り直し、夏希は優しい声でそう言った。
くるりとうるんだ夏希の目はまっすぐに天音を見つめていて、その下がった眉尻がまた幼いころの夏希との面影と重なり、天音はまたも言葉を失う。
「いいのっ。お笑いが嫌いな人に、無理はさせられないもん……」
「っ……!」
悲しさを抑えきれず、無理に作られたその笑顔を見て、天音は思わず抱きしめてあげたくなるような衝動に駆られた。
溢れ出す涙が夏希の頬を伝い、ぽたり、ぽたりと雫がまた落ちる。
うつむいて肩を震わせるその姿にたまらなくなり、天音は唇を噛んだ。
(諦められないでしょ……そんな泣いてる人が)
夕暮れの旧校舎で感情を大爆発させた後からずっと、天音は自分の性格に歯噛みしていた。
自分が少しでもお笑いというものを前向きに捉えられていたなら、芸人という父親の仕事を好意的に捉えられていたなら、夏希の提案を受け入れてあげることもできたのだろうか、と。
こんなにも努力して自分の元に辿り着いてくれた夏希のために、その期待に沿うような返しができたのだろうか、と。
お笑いなんて自分には絶対に無理という譲れない気持ちがある一方で、夏希に対する申し訳なさも同時に湧いてくる。
期待に応えられなくてごめん。こんなノリの悪い、つまらない人間でごめんと、胸が苦しくなる。
寄り添ってあげたい。支えてあげたい。泣き虫だった夏希を慰めていたあの頃ように、その手を取ってあげたいのに、それができない自分に嫌気が差す。
「で、でもっ!」
「っ?」
「でも……コンビは諦めるけど、友達には戻りたいの!」
「え……」
「あま姉と一緒の学校に行きたくて、ずっと頑張ってきたから……」
「……」
目を真っ赤にしながら、すがるようにして天音を見上げる夏希。
「だから、もうお笑いのこととか言わないからっ、友だちとして、どうか一緒に……いてください……」
神様に祈りを捧げるかのように、天音の手を包みながら、深々と頭を下げる。
天音は、もう我慢の限界だった。
「だーーーっ! もう!」
「!?」
毛布をひっぺがすかのように、夏希に包まれていた手ごとその身体を押し返す天音。その驚きと勢いで、夏希はこてんと後ろに倒れた。
立ち上がった勢いのままに夏希に身体を寄せ、床に膝立ちになる。言いたいことが山ほどあってはちきれそうで、またも頭が沸騰していた。
「わかんないけど! 私もう長年友達とかいないからわかんないけどさ! こんな土下座から始まる友人関係なんてありえないでしょうが!」
「っ!」
「なんなのアンタ!? ほんっと、ずーっとずっと、勝手に突っ走りすぎ!」
「あ、あま姉……!?」
「勝手に夢見て、勝手に巻き込んで、勝手に押しかけてきて、そんでこんな泣いててっ! やりたいだのやめるだの! どうしたいのさ!」
「だっ、だって……!」
本日二度目の大爆発。隣の部屋の早苗にまで筒抜けだろうとか、そんなことに気を回す余裕さえもなく、天音はまたも溜め込んだ感情を夏希にぶちまけていた。
夏希の気持ちが心に流れ込んできて仕方なくて、気づけば天音も涙が止まらなくなっていた。その様子に夏希の方が目を見開いて唖然とする。
「私と一緒になりたくて頑張ったんでしょ!? わざわざあんなクソ遠い学校選んだんでしょ!? だったら簡単に諦めちゃダメじゃん!」
「でっ、でもっ、あま姉がお笑いなんか嫌いだって言うから……!」
「お笑いが嫌いなんて言ってない!」
「ええぇぇっ!? 言ってたよ!?」
「いや言ったけど! それは私が芸人の娘として大変な思いをしてきたからであってさ! 楽しいこと自体が嫌いってわけじゃないっていうか! 楽しいことが嫌いな人なんてこの世にいるわけないじゃん!」
「……!」
目の奥がぐるぐると回り、もはやしっちゃかめっちゃかな言葉しか出てこない天音。
けれど、そのすべてはまぎれもない本心であった。
「私だって本当は上手いことやりたかったよ! アンタがそうしてたみたいに、クラスで上手いこと立ち振る舞って、みんなの中心みたいに人気者になってみたかった! だから今度こそって環境リセットするために、こんな遠い学校選んだんでしょ!」
「っ……」
「芸人なんかなりたくないって言ったのだって、それは本当に嫌いだからってわけじゃなくて、自分なんかには絶対無理だからって思ってるだけ! もしも素質があるんだったら芸人だってなんだってなりたいよ! 毎日あんな楽しそうに笑ってるお父さんたちみたいに、なれるもんならなってみたいよ!」
「!!」
「でもあんなの無理じゃん……あんなのっ、本当に選ばれたひと握りの存在なんだよ!? こんな自分なんかがっ、陰キャの私なんかが……なれるわけないじゃん!!」
髪を振り乱しながら、思いの丈を叫ぶ天音。
非力な手に精一杯の力を込め、震える膝に力を込め、いつも自分の気持ちを抑え込んでしまう厄介な蓋を声で破壊するかのように、夏希に本音をぶつける。
――お笑い芸人になりたい。その夢を夏希よりも先に抱いていたのは天音だった。
天音ちゃんのパパは芸人さん。天音ちゃんもパパみたいに明るくてとっても元気だねと、毎日ただ楽しく過ごしているだけで口々に褒められて、たくさんの恵みを受けながら育った天音。
幼いころの天音が父親と同じ芸人を夢見るのはもはや必定だった。
あのお花見の日、桜の下で「お父さんたちを超えるお笑いコンビになろう」と言ったのは、当時の天音の心からの本心だ。
どこまでも自信に満ち溢れていて、そして自分の一番の友達である夏希が一緒なら、本当に何でも叶えられるはずだと、信じて疑わなかった。
もしもあの日から何も変わらないまま、今の夏希のように、自分もお笑いが大好きな明るい女の子として過ごせていたのなら、間違いなく夏希の夢に賛同していただろう。
自分には親譲りのとてつもない芸人としての才能があって、絶対に父親たちを超えられるという揺るぎない自信を持っていたのなら、天音の方から夏希を誘っていただろう。
けれど、現実はそうはいかない。幼いころと何も変わらないまま育つなんて不可能で、そして自分の父親たちは本当に稀有な存在だった。
芸人になりたいなどと漠然と考えていても、その夢を現実のものとして実際に養成所やスクールに入ろうとしたり、具体的な何かを実行したりする人は決して多くない。その段階で自分には無理だと挫折したり、やっぱり食べていけないからと普通の就職先を探す人の方が大半だ。
それでも夢を叶えたいと強く信じる人だけが芸人を目指す。自分の力で人を笑わせたいという思いを胸に、辛く苦しい生活の中で、それでも自分の思う〝笑い〟を追い続ける。
ほとんど稼げず、まともに生きることすらままならない状況の中で、チャンスをつかむために幾度も足掻く。
自分にはやっぱり才能がなかったのではないか、周りの芸人たちに勝てるわけがないのではないか――日々襲い来る様々な不安に身を震わせながら、藁をも掴む思いでなんとかチャンスを手にし、極度の緊張に耐えながら場数を踏んでいく。
そんな日々のあまりの厳しさに大勢の人が諦め、挫折し、散っていく。それが芸人の世界だ。
その中で成功に至る人というのはまさに氷山の一角であり、トマトメイトはその過酷な競争に勝ち抜いた、とてつもないコンビなのだ。
そんな風に自分もなれるだなんて……まともに生きていたら、思えるはずがない。
普通はそこまで、バカになれないのだ。
「私のこの気持ち……夏希ならわかるでしょ……!?」
「……」
天音は、自分の一番の理解者はこの世に夏希しかいないと思っていた。
自分と同じ時代に、同じ境遇に生まれ、唯一無二のコンビの娘として生まれた、天音と夏希。
天音が抱く恐怖も不安も、心から寄り添って理解できるのは夏希だけだと思っていた。
はぁはぁと息を整える二人。泣き濡れた顔も涙声も隠すことができず、まるで殴り合いの喧嘩をした後かのようにもつれ合う。
まくしたてた言葉が途切れ、しおしおと力を失っていく天音を夏希が抱き留める。いつの間にか自分よりも大きく成長していた夏希の身体に沈み込みながら、天音は最後の力を振り絞るようにして、グーにした拳でその肩をトントンと叩く。
「……私もう、ほんとに、いろんなことがありすぎて処理しきれてないの! 主にアンタのせいでねっ」
「う、うん」
「私今日が初の登校日だったんだよ? 入学式も出られてないんだよ!? わかる!?」
「……そうだよね」
「そんなところにいきなりアンタが現れて……ずっと秘密にしようと思ってた、芸人の娘ってことまで全部ばらされて、あんな学校中騒ぎになって……!」
「……」
「お笑いがどうの、コンビがどうのって言われても……受け止めきれるわけないでしょーがっ」
決して痛くはない程度の力で、言葉を区切るように、トントンと夏希を小突く天音。
最後に振り上げた手は、人差し指一本にして夏希の頬にぷにっと差してやった。
夏希はなぜか、その天音の手の感触にときめいていた。
まるで、ツッコミを入れてもらったような。
「これだ」と思うような、しっくり来る感覚に、無性に胸がいっぱいになっていた。
やがて静寂がやってくる。これ以上の続ける言葉を失い、天音も夏希もだんだんと冷静さを取り戻し、そしてお互いが変な体勢になってしまっていることに気付いて、徐々に恥ずかしくなっていく。
「……で? 結局どうしたいのよ?」
「っ!」
かちゃりとドアを開け、そんな二人の気まずい空気を破ったのは、娘たちの会話の一部始終をずっとドアの向こうで聞いていた早苗だった。
「きっ、聞いてたの!?」
「いやでも聞こえてくるわよ、あんなの。ご近所迷惑になってないかしらねぇ」
「っ……」
かつてない娘の本音の晒しっぷりに居ても立っても居られなくなったのか、それとも放っておけなくなってしまったのか。
早苗はやや呆れ気味な笑顔をたたえたまま、運んできたジュースのトレーを天音の机に置き、夏希と天音の前にそれぞれ用意した。
ジュースはずいぶん前から用意していたらしく、コップはとうに水滴だらけになっていた。
「天音の番よ」
「……なにが?」
「夏希ちゃんは、どうしたいかちゃんと伝えてくれたでしょ。天音とお友達に戻りたいんだって。なら今度は天音がどうしたいかを伝える番」
「う……」
「お笑いコンビを組むって話はさすがにちょっと待ってほしいんでしょ? でもお友達に戻るくらいならいいじゃないの」
「……」
「っていうか二人とも、『友達に戻る』って言ってるけど、会わない時間が長かっただけで、べつに友達をやめたわけじゃないでしょうに」
ベッドのへりにちょこんと座りながら、床の上でもつれあっている二人をくすくすと見下ろす早苗。
天音は言いくるめられるように赤面しながらうつむき、夏希は早苗の言葉に目を丸くしていた。
「もう何があったって、二人は同じ学校に入っちゃったんだし、明日も学校はある」
「うん……」
「つまり、これからずっと顔をつきあわせていくってことなんだから。普通にお友達として、またイチからやってけばいいと思うな?」
「!」
天音からは見えない角度で早苗が夏希にウィンクする。
夏希は救いを得たようにぱあっと顔を明るくさせた。
天音も混乱していたが、母の言葉によって状況と自分の気持ちを丁寧に紐解かれ、少しずつ冷静さを取り戻す。
「芸人の娘ってこともバレちゃったみたいだけど、今度は夏希ちゃんがいるんだから大丈夫よ。もしもつらいことがあったとしても、それは二人で分かち合える。だって、夏希ちゃんは天音とまったく同じ立場の子なんだから」
「……!」
早苗はすいっと立ち上がって夏希のそばに近寄り、目をきらきらさせているその頭をぽんぽんと撫でる。
「夏希ちゃん、天音を一人にしないって約束してくれる?」
「はっ……はい! それはもう! 絶対っ!!」
「よしっ」
まるでイヌにおやつをあげるかのようにわしゃわしゃと髪を撫で、そのまま部屋を出ていった。
その後ろ姿を、夏希だけが頬を紅潮させながら見送る。
再びやってくる静寂。けれど母親の介入によって空気は少し和らいでいた。
そして、今度は天音が夏希から離れて床に座り直し、しずしずと土下座する。
「申し訳ないんですけど……ほんと、一歩ずつおねがいします」
「え……」
「お笑いだとか、相方だとか……そういうのは確かに無理……少なくとも、当分は」
「う……」
「あと、友達ってのも……ちょっと無理」
「えええーっ!?」
「いやこれはそういう意味じゃなくて! 嫌いとかじゃなくて、どうしていいかわからないってだけ! 私、ほんと長らく友達いなさすぎて……友達ってものが何なのかよくわからなくなっちゃってるから……」
考えなしに自分の気持ちを打ち明けてから、その内容を慌てて補足するようにして気持ちを伝えていく天音。
「あと、その……久しぶりに会ったあなたが、私の中のイメージと違いすぎたので。まずはそのズレを修正しないことには、受け入れがたい……というか」
「!」
「こ、こんなキラキラした子になってるとは……思ってなかったので」
こんな子が友達になってくれたら毎日楽しいだろうなと、天音がいつも羨ましそうに眺めていた、クラスでも人気な女子たち。
今の夏希はまさしくそんな女子たちそのもので、そして今まで見てきたどんな子よりも明るく輝いていた。
友達には、天音だって戻りたい。けれど昔とはだいぶ変わってしまった夏希を理解する時間がほしいし、昔とはだいぶ変わってしまった自分を受け入れてもらうには、それ相応の時間が必要だと思う。
だから、一歩ずつ。一歩ずつやっていきたい。
頬を赤く染めながらとぎれとぎれに話す天音の姿に、夏希の胸はトクンとときめいた。
「えっと……じゃあ、そのズレが直ったら、また昔みたいなお友達になれるってこと?」
「うーん……たぶん」
「……ズレの修正には、どのくらいかかります?」
「いや事務的な返し……そんなのわかんないけどっ。でもまあ、しばらく見てたら……徐々に慣れるとは思いますけど?」
正座で膝を突き合わせながら、ぽつぽつと言葉を交わし合う二人。
まっすぐに天音の目を見つめる夏希と、その目の輝きに耐え切れず顔ごとそらしてしまう天音。
「じゃあ……しばらくは一緒にいる時間を設けるってことで、いっすか」
夏希のその提案に、天音はこくりとうなずいた。
「……いっす」
瞬間――夏希はおもむろにその場をババっと立ち上がった。天音は思わず何事かとたじろぐ。
夏希は身を翻してドアをばんと開けると、キッチンの方に立つ早苗に向かって高らかに宣言した。
「お母さん! 今日は泊まらせていただきますっ!」
「はぁぁああ!?」
「あら、泊まってく~?」
「はいっ!」
「いやいやいや、え、バカなの!? 全然わかってくれてないじゃん!?」
突然の夏希の宣言に焦りまくる天音。その背中に飛びついて部屋の中に引き戻そうとするも、パワフルな活力を取り戻した夏希は頑として動かなかった。
「だって、しばらく一緒に過ごせばズレが修正されるんでしょ? だったら可能な限り一緒に居て、今のウチのことを知る時間を増やした方がいいじゃん」
「いやいや忘れた!? 一歩ずつお願いしますって言ったよね私!?」
「うん、だからこのお泊まりが一歩目だねって」
「怖っ! 陽キャの一歩でかっ!」
「はーい二人とも、そう言うと思ってごはん作っておいたわよ~」
「わーい!」
「いや準備よすぎ!」
いつの間に用意していたのかというほどの御馳走を食卓に並べ始めている早苗と、楽しそうにダイニングテーブルへと向かう夏希。とても追いつかない二人のツッコミどころの多さにため息をつく天音。
今夜の秋本家は、かつてない賑やかさに包まれそうだった。




