7. 夏希の計画
ピンポーン、と家のチャイムが鳴り、早苗が待ってましたとばかりにぱたぱた駆けつけて「はーい」と応答した。
ベッドに寝ていた天音の肩が思わず強張る。小学校に上がってからというもの、同年代の人間を家に入れるのは、それも自分の部屋に上げるのはこれが初めてだ。
玄関の方から変にかしこまった、うやうやしいやりとりをしている様子が天音の部屋にまで聞こえてくる。
ドキドキしながらつぶれてしまった髪を手櫛で整えていると、入口のドア付近に読みかけの本だのくしゃくしゃのタオルだのが転がっているのが目に入った。早苗に言われたのにまったく部屋の片づけをしていなかった。
やばっ、と駆け寄って慌てて片づけようとする天音。しかしそんな時に限って、
「あ痛っ!?」
キャスター付きの椅子に小指をぶつけ、バランスを崩して前転。そのままドアに激突する格好となった。
「っ~~~~~!!」
痛みに悶えてごろごろと床を転げまわる天音。どうしてこんなタイミングで、というトラブルがよく起こってしまうのが天音という人間だった。不幸体質、ここに極まれり。
きいぃ、と情けなく開くドアの方から早苗たちが接近してくる音が聞こえる。しかし天音は足の小指から発せられる激痛をなだめるのに必死で気を回す余裕がない。小指をつまんでふにふにしながら、なんとか痛みが引くのを待ち続ける。
「天音~……って、なにしてんの」
「いぃぃ、痛い~……」
涙目で仰向けになっていた天音の視界に飛び込んできたのは、ジト目で娘の情けない姿を見下ろす早苗の呆れ顔。
そして、
「あっ……」
「あー……やほっ、あま姉……」
恐らくは神妙な面持ちでここまでやってきたのだろうが、天音の痴態を見てちょっとだけ顔がほころんでいる夏希だった。
「ほら夏希ちゃん、入って入って?」
「し、失礼します……」
情けない姿を見られてしまったことに赤面しながらよたよたと立ち上がり、ベッドのへりに座る天音。
夏希は少しきょろきょろと部屋を見渡すと床に正座し始め、「ああっいいのよ夏希ちゃん、ここ座って?」と早苗に椅子を案内されるも、「いいんです、ここで」といって聞こうとしなかった。
「申し訳ないんですけど、あま姉と二人でお話したいので……」
「あっ……そうよね」
夏希に真剣な顔でそう言われ、少しだけ名残惜しそうに部屋を後にする早苗。
天音としては正直早苗も一緒に話を聞いてくれた方が気が楽だったのだが、夏希と二人きりにさせられてしまい、途端に緊張し始める。
「……」
「……」
ベッドのへりに座る天音と、その前にちんまりと正座している夏希。天音は自分も床に正座した方がいいのだろうかと思ったが、どうにもそのスペースがなく身動きがとれず、うつむき気味な夏希のつむじあたりを見下ろすような形になってしまった。
足の小指はまだじんじんと痛みを発している。ふと気が付くと、ふわっとしたいい香りが天音の鼻腔をくすぐった。未だ自分の部屋で嗅いだことのない匂い。どう考えても夏希の発するものだった。
いつの間にこんなにいい香りを漂わせる女になったんだ……などとドキドキしながら変なことを思っていると、夏希はおもむろに床にばっと手をつき、綺麗な土下座を決めた。
「ごめんなさいっ!!」
「ひっ!?」
生まれてこの方、創作の世界でも見たことがないような綺麗な土下座。
天音は謎の申し訳なさを感じてあわあわと夏希の上体を上げさせようとするが、下げた頭は頑として動かない。
「早まりすぎた! あま姉の気持ち、全然考えられてなかった……! 本当にごめんなさい!」
「わ、わかったから! とりあえず頭上げてよ……!」
やっと顔を天音の方に向けた夏希の目には、うっすらと涙が溜まっていた。
その泣き顔が昔の泣き虫だった頃の夏希に似ている気がして、やっと天音は目の前にいるこの夏希が、本当に自分の知っている楢崎夏希であることを理解できたような気がした。
いつの間にか、こんなに綺麗な子になったんだ。
「全部ウチが悪いの……あま姉に秘密で同じ学校受けて、いきなり驚かせたら面白いかなーなんて、バカみたいなこと考えてて……」
「……」
「あま姉がお笑いのせいで、つらい思いしてたなんて知らなかった……あの学校受けたのも、お父さんたちのことを知る人がいない遠いところに行きたかったからだったなんて……そこまで聞いてなかった……本当にごめんなさい……っ」
ぐすぐすと肩を震わせる夏希の言葉を聞きながら、そういえば、と天音も思い至る。
夏希が天音の高校を知った経緯について、具体的なところまではまだ聞けていなかった。
「えっと……私の受験先を夏希に教えたのは、お父さんなの?」
その質問に、夏希の身体がぎくっと強張る。
恐らくは、怒りを爆発させていた天音が「お父さんのことも大っ嫌い」と言っていたことを思い出したのだろう。
「こっ、これはウチが一方的に無理を言ったことだからっ、秋本さんを責めないであげて!」
「っ!?」
夏希はばっと天音の膝元に接近し、その手をとって強く訴えた。
その必死そうな表情に、思わず天音の方が驚いてしまう。
「教えてくれたんじゃないの……ウチが何度も押しかけて、むりやり聞き出したっていう方が正しい……」
夏希は懺悔するかのように天音の手を包み、その手に涙の雫が落ちる。
夏希の計画。それが始まったのは今から半年以上前、中学三年の夏頃まで遡るそうだ。
天音とお笑いコンビを組みたい――桜の下で交わした約束、その夢を自分の中で温め続けていた夏希は、学校から渡された進路希望調査の用紙を前に思い至る。
どうすれば天音と毎日のように一緒にいられた、幼稚園の頃のような関係に戻れるのか。
それにはもう、同じ高校に自分も通うようになってしまえばいいのではないか、と。
天音が楢崎家との集まりを敬遠するようになってから、夏希は天音とまったく会えない日々が続いていたが、思い出の中にいる天音はいつまでも「だいすきなあま姉」の頃のままだった。
会えない期間が続きすぎてしまった結果、いきなり遊びに行くことも連絡することも、今さら気恥ずかしくてできなくなっていた。
そんな状態で夏希が天音に接触するには、どうしても〝口実〟が必要だった。
受けた学校が偶然一緒だったから、と嘘でも言っておけば、とりあえず理由は立つ。同じ学校に入学さえしてしまえばこっちのもの。覆せない既成事実となってしまえば、ふたりが一緒にいることはやがて「当たり前」になる。
そんなアイデアを一度思いついてしまった夏希にはもう、「上手くいくビジョン」しか見えていなかった。
脳内に描き出されるのはたくさんの観客が集まるステージの上、大好きな「あま姉」と二人で並んで、大勢の客たちを沸かせるお笑い芸人としての自分の姿。
最後に会ってから十年近く経過した今、天音が今どんな子になっているのか、お笑いに対してどんな考えを抱いているかなんてまるで想像もできていなかったのに、素晴らしい青写真ばかりが頭に描き出されていて、それしか見えていない。
失敗するだなんて微塵も思わない。いつだって「あま姉」は自分を受け入れてくれると思っていたし、そんな天音と一緒になれば本当に父親たちを超えられると思っていた。
電話一本かけることすらできないくせに、進学先を天音と揃える決断は一瞬で下せてしまう――それが楢崎夏希という少女だった。
問題は、天音が一体どこの高校を受けるかという部分である。
普通科なのか、それとも何か専門的な方向に進むのか。住んでいる学区は違うものの、同じ都心部に住んでいる以上は少なくとも自分の手の届く範囲であるだろうと予想し、どうすればその情報を得られるだろうかと思索する。
最も手っ取り早いのは母親を通じて早苗辺りから情報を聞き出すことだが、夏希は母親に知られたくなかった。
楢崎家の母親……楢崎秋穂は、おっとり気味な早苗に比べるとしっかり者で学業を重んじるタイプであり、夏希はその影響で小学校から嫌々塾に通わされていたし、成績は細かくチェックされていた。
芸人の嫁とは思えないほど真面目な母親は、その苦労を知っているからなのか、夏希が芸人の道を志そうとしていること自体よく思っていないフシがあった。
やれ今は就職難の時代だから、就職先まで見越して進路を考えた方がいいだとか、安定している公務員になるのが一番だとか。そんなお小言を毎日のように聞かされ続けてきた夏希は、直接言葉で言われたことはないものの、親の思っている理想と自分の理想がかけ離れていることは静かに承知していた。なので芸人になりたいという夢を持っていても、家ではあまりそんな素振りを見せないようにしていたのである。
その母親を通じて天音の進学先を聞き出すなんてことはできない。お笑いコンビを組むどうこう以前に、進学先を決めるための選択基準として友人関係や人間関係が入ることを秋穂がよしとしないのは明らかだった。
「あま姉と同じとこがいい」なんて子供みたいな理由は聞き入れられるわけがない。だからこの計画は、母親にも秘密にしたまま実行に移す必要がある。
そうなると、頼れるのは父親の方か。けれど芸能界の仕事で忙しい父・ノリフミは娘の進路についてそこまで気を回せておらず、娘の学業面に関して軽く教育ママっぽくなっている秋穂の言いなりになっているようなところがあり、秋穂を通じて情報を仕入れるのと大差はないような気がした。
学生時代からロクに勉強ができず、まともな学校を出ていない自分には、進路や学校選びなどについて何も言えることがないと、いつも半笑いで秋穂の後ろに一歩引いてしまっているのがノリフミなのである。トマトメイトとしての華々しい姿しか見ていない世間の人たちは、そんな姿を想像できないのかもしれないが。
どうすべきか悩んだ挙句、夏希が思い至ったのが、父の相方――天音の父である、秋本イサオに直接聞いてみるという作戦だった。
トマトメイトのボケ担当として、日々テレビの中で活躍し続けているイサオ。ノリフミのことは自分の父親であるという目線が入ってしまってまともに見れていない夏希だったが、イサオのことはいつも尊敬していた。
一件ふざけているようにしか見えなくても、どんな番組でも結果を出し、緊張する局面でも笑いを取り、トマトメイトというコンビの原動力を担っているイサオは、超えるべき目標でありつつも、自分の憧れだったのだ。
夏希は芸人になることを夢見るようになってから、幾度か父親の仕事場を見学したこともあり、忘れ物を届けたり、差し入れと称してお菓子を持ってスタジオに行ってみたこともあった。
トマトメイトのマネージャーとも顔見知りだし、レギュラー番組であれば収録日のスケジュールもなんとなく把握しているし、連絡をとらなくてもイサオに接触するのはそこまで難しいことではなかったのである。
作戦結構の日、帽子とサングラスで変装し、ラジオ収録のスタジオから出てくるイサオに声をかけてきた夏希に、イサオは手の込んだドッキリかと思うくらい驚いたそうだ。
付近の喫茶店に移動し、くれぐれもノリフミや秋穂には内密にしてほしいと前置きしながら、今の自分の夢と、それゆえに天音の受験先を知りたいと素直に打ち明けた夏希。
できれば入学してから天音のことも驚かせてやりたいから、本当に二人だけの秘密にしてほしいと懇願すると、イサオは困ったように愛想笑いを浮かべていた。
テレビの中と違い、意外と寡黙なイサオの姿にドキドキしながら答えを待つ夏希。
しかし告げられた言葉は、夏希の期待に沿うようなものではなかった。
「『やめた方がいいと思う』って、最初は言われたの……」
「……」
「『天音はそういうの、嫌うだろうから』って……」
ぽつぽつと話す夏希のつむじあたりを見ながら、天音は父親のことを思い浮かべていた。
芸人の娘としてからかわれることが増えてしまい、いつしかテレビを見ることも嫌いになってしまってからというものの、イサオと天音の関係は冷え込んでいた。
世間の印象とはまるで違うだろうが、イサオは家では物静かな方だった。まとまった休みもなかなかとれないほど売れっ子なイサオは、そもそも家でゆっくりしていることも少ないのだが、家では大きな犬のようにでんとソファに座り、静かに雑誌やテレビを見ていることがほとんど。
深夜や朝方までかかる収録のせいで、学生の天音とは生活リズムもまるで違うし、芸人仲間や仕事先のスタッフに誘われて出かけて行ってしまうことも多い。一般的な家庭のそれに比べれば、天音とイサオが顔を合わせる頻度は本当に少ないものだった。
そして天音が学校でいじめに近いような扱いを受け、たまに家で泣いている姿を見たこともあったのだろう。天音がイサオの職業を嫌い、テレビを視界に入れようともせず、リビングを避けるようにして生活していることは重々承知していた。
自分の芸風が原因で娘がつらい思いをしていることに複雑な心境を抱きつつも、「仕事だから」と割り切って芸人としての職務をまっとうするイサオ。
思春期を経てどんどん心を閉ざすようになってしまった天音との間に会話がなくなっていくのは、もはや必然に近かった。
進路の話に関してはイサオもノリフミと同様で、自分にまともな学歴がないからと、天音の学業面については一切口を挟まないタイプだった。
受験時期が近づいた中学三年に入ってからもそんな調子で干渉しようとせず、「娘のことなんだからもっと関心持って」と早苗に怒られていたほどだ。
「この人は私が進もうとしている学校名を知っているのだろうか?」と、ついこの間までソファに座る後ろ姿を見ながら静かに思っていた天音にとって、夏希がイサオから天音の受験先を聞き出したという事実は、未だに信じがたいものだった。
おそらくはどこかのタイミングで早苗に聞かされたのだろうが、「雛野女子高校を受けます」と面と向かって父親に報告したこともなかった天音は、「ちゃんと知ってたんだ……」と思わずにはいられなかった。
今ごろドアの向こうで聞き耳を立てているであろう早苗も、そんなイサオが秘密裏にとっていた行動に対して、驚きを隠せていないはずだ。
天音の受験先をイサオから直接聞き出すという計画。それがいきなり空振りに終わってしまったことに、夏希は衝撃を受けた。
今の天音の性格からして、夏希とお笑いコンビを組むだなんてことが絶対にありえない叶わぬ夢であることは、イサオにとって火を見るよりも明らかだったのだろう。
細かいところまでは告げなかったが、「大事なことだから、考え直した方がいい」と夏希をなだめたという。
しかし夏希はその真意を測りかねていた。「考え直した方がいい」というのは、秋穂が言うような「そんな理由で大切な進路を決めてはいけない」という一般論で言っているのであって、そして自分はそんなお行儀のいい常識の枠に収まるつもりはなかった。
イサオの言葉を、天音と一緒になるために乗り越えなければいけない「関門」のようの捉えてしまったのだ。
「ここで諦めちゃいけない、こんなところで負けちゃいけないって……変に意固地になっちゃった。それからもしばらく秋本さんのところに通ったの。『教えてくれるまで何度でも来る』って、ばかみたいな駄々こねて……」
「……」
日を改めて再度突撃し、また日を改めては今度は別の現場で出待ちして。夏希は何度もイサオにアタックをかけた。
当初は逃げるようにいなしていたが、とうとう根負けしてしまったイサオは、ある日いつものように収録終わりに突撃してきた夏希を連れて、最初に会った喫茶店に案内する。
そこで持ってきた数冊の学校パンフレットを夏希に見せ、「この中のどれからしい」と伝えた。
滑り止めとして受ける私立校を除いて、まだその段階では天音の本命の受験先は絞られていなかったのである。天音もギリギリまで、自分と同じ受験先を選ぶ人がいないよう様子を見ていたからというのが実情だ。
夏希はそれらの学校名を見てぎょっとする。並べられたパンフレットはどれも、校内で上の下ほどだった夏希の成績では、まだいまひとつ届かないほどの難関校だった。
「偏差値高いらしいけど、大丈夫なんか?」と笑いながらコーヒーをすするイサオ。夏希はぷるぷると手を震わせたが、やっとここまで来れたというのに成績なんかを理由に諦めていられないと決心する。
「どこが選ばれても大丈夫なように猛勉強しておくから、最終的な受験先が決まったらこっそり教えて!」といい、買ってもらったばかりのケータイのメールアドレスをイサオと交換。そこからは猛勉強の日々だった。
どこになるにせよ難関校であったことは、秋穂の目をごまかすのにもちょうどよかった。
いつまでもうだうだ言って受験先をなかなか決めようとしなかった娘が、突然具体的な学校名を言うようになって、しかも自分の成績よりももう数段ハードルを高くに設定するやる気っぷりを見せたため、大いに喜んだのである。
立地的に遠くないかという疑問は当然のように出たが、「いやこの学校はここが魅力で……!」と、ケータイで調べた情報をもとに熱心にプレゼンしてなんとか乗り切った。
あとはもうゴールに向かって走るだけ。天音と一緒になれるその日まで。頭の鉢巻を締めて勉強机に向かう夏希は、もう前しか見えていなかった。
目の前の問題集の一問一問を解くごとに天音に近づいているような気がして、それだけで嬉しくて、めきめきと成績を上げていったのである。
「本当に、理想しか見えてなかった……ウチが同じ高校に入学したって知ったら、あま姉は絶対大喜びしてくれると思ったし、当然のように〝あのときの約束〟を叶えるために一緒に走ってくれるって……信じ込んでた……」
「……」
天音は今日の昼休みのことを思い出す。突然やってきて「だーれだ!」と後ろから目隠ししてきた夏希。
あれは夏希が約半年の時をかけて内密に進めてきた壮大な計画、そのフィナーレを飾る一大イベントだったのだ。
今思い返してもあのときの夏希は本当に嬉しそうで、そしてその計画を聞かされていたのであろう絵美もテンションが上がりに上がっていた。あまりの衝撃にすぐに気絶してしまった天音だったが、こうして経緯を聞かされて少しだけ何かが腑に落ちた。
あのはっちゃけた姿を知ってしまっただけに、今目の前にいる夏希のしょぼくれ加減はより際立っている。こうして見ると幼いころの夏希に本当にそっくりだ。
(はぁ……)
夏希が成し遂げた計画を聞かされた結果、天音の胸には居心地の悪さ、心苦しさのようなものが渦巻いていた。
夏希は本当に死ぬほど頑張ったのだろう。成功する未来だけを愚直に信じて、ここまでやってきたのだろう。
けれど天音としては、やっぱりこんなことをされても困る。芸人になるだとかお笑いコンビを組むだとか、そんな話にまではどうしても付き合ってあげられそうになかった。
「夏希は……お笑い、好きなんだ」
「え……う、うん」
「なんで……? なんでそんな風に思えるの? 親が芸人で、嫌な目に遭ったりはしてこなかったの?」
天音にはそれだけが信じられなかった。ノリフミがコンビ内ではツッコミ担当で、まだイサオほど悪目立ちするようなタイプではないとはいえ、その境遇は天音と大差ないはずだ。
つらい思いをしたことはあっただろう。芸能界の裏事情や嫌な面みたいなものを、間接的にでも見たり感じたりしたことだってあるだろう。
なのに、どうしてそんなにもまっすぐに、芸人を目指すなどという夢を抱けるようになっているのか。
「ウチは……お笑いに救われたから、かな」
「え……」




