4. からの暴露、からの捕獲
「なっ、なななななっ……なんで……っ」
「あはっはっはっ! ちょー驚いてる!」
「なっちゃん! もっとこっち、二人寄り添って!」
「えへへ、こう?」
「ああ~新たな歴史の一ページですわぁ~!」
背後に設置されたキュウリに気付いた猫のようにがたりと席から飛びすさり、わなわなと震える天音。手を叩いて喜んでいるなっちゃんこと夏希。その様子をパシャパシャと写真に撮りまくっている謎のお嬢様。
教室中の視線が何事かと自分たちの方に向いていたが、天音は目の前に現れたこの少女が、自分と同じ制服を着てこの校内にいることへの衝撃で何も考えられなくなっていた。
「な、夏希……なの!?」
「そっ! あま姉のなっちゃんだよ♪」
「なっ、なんでこんなところにいるのぉ!?」
「なんでって……試験に合格したから?」
「はぁぁ!?」
これまで学校内で発したことのない声量でわめきたててしまう天音と、それをものともせず、指先に髪をくるくると巻きながら照れくさそうに答える夏希。
昔は自分の方が背が高かったのに、いつの間にか自分よりも大きくなっていることへの驚きとか、しばらく会っていないうちにこんなに綺麗になっていたのかとか、いろんな質問が思い浮かんでは「いやいやそんなことより!」と、目の前に夏希がいる理由を把握しなければいけない現状を思い出し、チャカチャカと切り替わる疑問の優先順位に天音の脳は混乱する。
もはや迷惑と呼べるレベルでにぎやかにしている三人を、黙ってずっと見続けていた和沙は、意を決して立ち上がり、とりあえず話の通じそうなお嬢様に声をかけた。
「あ、あの~……もしかして、秋本さんのおともだち?」
和沙に話しかけられ、お嬢様はカメラを持つ手を下ろすと、待ってましたとばかりに「わたくしは違います。ですが……」と咳払いをひとつした。
そして、天音の質問責めに遭っている夏希に注目が集まるように、両手をかざしてばばんと演出する。
「こちらの方は何を隠そう、天音様のお父様の相方でいらっしゃる、トマトメイト楢崎さんの娘なのでーす!!」
――教室中に響くほどのよく通る声で、高らかに告げるお嬢様。
その言葉を聞き、天音の頭は今度こそ完全にフリーズした。
一方で、お嬢様の言葉に今度は教室内にいたクラスメイトたちがざわっと湧き立つ。
もはや和沙以外の生徒も、わっと一斉に天音たちの方に押し寄せていた。
「えっ、ど、どういうこと!? トマトメイトって、あのお笑い芸人の?」
「はい!」
「昨日もテレビ出てた!?」
「ええ、昨日も大活躍でいらっしゃいましたねっ」
お嬢様のくせに大はしゃぎで、ぴょんぴょんと飛び上がるように質問に答えるお嬢様。
クラス中の黄色い声がどんどん増していく中、天音はその勢いにもはや立っていることもできず、夏希の胸にぽすんともたれかかっていた。
そして、とうとう決定的な〝それ〟が言い放たれる。
「この人が楢崎さんの娘さんで、相方、ってことは……もしかして、秋本さんってあの……!?」
「はいっ、秋本イサオ様のご息女にあらせられるお方なんです!」
「「ええええぇぇえ~~~!!」」
――言った。
言いやがった。
これから三年間、絶対に守り通していかなければいけなかった秘密を。
クラス中が注目し、他のクラスの生徒までもが廊下から押しかけてきている中で。
お嬢様は、それはそれは嬉しそうに、高らかに宣言した。
ぷるぷると震えながらなんとかギリギリのところで正気を保っていた天音だったが、お嬢様の紹介を受けてわあああっと一斉に上がる歓声、押し寄せる人波に衝撃を受け、精神的なショックで気絶して倒れ込んでしまった。
「秋本さんっ!?」
へなへなと力を失って、夏希の胸の中に沈み込んでいく。
かろうじて、和沙のものと思われる心配そうな声が最後に聞こえたことだけは覚えている。
楽しかったはずの念願の昼休みは、こうして強制的に中断され、天音はそのまま保健室に運ばれていった。
*
病み上がりという理由もあったかもしれない。
初登校の緊張、不慣れな環境による精神的および肉体的な疲労も間違いなくあったことだろう。
気絶した天音はそのまま長い時間眠りの世界に誘われてしまったようで、ふと目を覚ますと、消毒液の匂いがほのかに漂う室内で、真っ白なベッドに寝かされていた。
トラバーチン模様の白い天井、隣のベッドと遮られるように拡げられているカーテンが、初めて来るこの場所を保健室だと認識させる。
「あっ、起きたっ?」
「え……」
ふと声がした方を見ると、ベッドサイドの丸椅子に和沙が座っていて、心配そうに天音の方を見つめていた。
「大丈夫っ? 具合はどう?」
「あ……神山さん……?」
「ああっ、いいのいいの。寝てて?」
もそもそと起き上がろうとする天音を制し、持ち上げた頭をぽすんと枕に戻す和沙。
天音は変な寝顔を見られてしまっていたのではないかと恥ずかしくなり、ハムスターのように手の裏で顔をくしくしとこすって、我に返った。
「はっ、今何時間目!?」
「うーん……もう、最後の授業が終わっちゃうとこかな?」
「神山さん、ずっとここにいてくれたの……!?」
「うん、心配だったから……でも気にしないで? 私が勝手にいるだけだから」
申し訳なさでいっぱいになる天音の額に和沙が手を乗せる。
「よかった、やっぱり熱はないみたい。風邪がぶり返したんじゃなさそうだね」と微笑み、そのまま天音の頭を撫でた。もう、ほぼお母さんだ。
「はぁぁ……」
大きくため息をつきながら、何でこんなことになったんだっけ、と記憶を辿る天音。
残念なことに気絶しても記憶が飛ぶわけではないらしい。目を閉じればつい数時間前までの教室の光景がはっきりと思い出せてしまった。
突然来訪してきたお嬢様。
その後に続いて現れた……夏希。
夏希と天音が芸人の、それも同じコンビ同士のそれぞれの娘であることを、皆の前で言い放ってしまったお嬢様。
もう、すべてがパーどころではない。天音の素性が割れるどころか、なぜか夏希までもが同じ学校に入学している。有名コンビの娘たちが同じ学校に一緒にいるだなんて、注目を集めてしまうのは必然だ。
「普通の女子高生」として過ごすはずだった天音の高校生活は、登校初日にして、見事なまでに音を立てて崩れ去った。
「秋本さん……聞いてもいい、のかな」
「う……」
「秋本さんのことと、さっき押しかけて来た子のこと……」
和沙は手を自分の膝の上に乗せ直しながら、おずおずと尋ねた。
天音は布団を持ち上げて自分の顔まで覆い隠したくなったが、そんなことをしても意味はない。もう自分の素性は知られてしまっていて、その事実を変えることはできないのだ。
あーあ、これでもう終わりだと自嘲気味に笑う。三年間守り通すどころか、まさか一日も持たないだなんて。
諦めの気持ちが胸中を占めると、今さら何かを取り繕う気力も湧かなかった。
「うん、えーっと……そうなの。うちの親、芸人やってて」
「トマトメイト……?」
「あはは……神山さんも知ってるか」
「うん……よく出てるよね、テレビ」
「そう……それで、さっき来て私の目を隠してた方が、お父さんの相方の娘で……楢崎夏希っていうの」
「二人で一緒にこの学校受けたの?」
「まさか! あの子とは……もう十年近くも会ってなかったんだよ? 幼馴染ではあるんだけど……どこの高校受けるかなんて全然知らなかった。ほんと……なんでいるのって感じ」
夏希と最後に会ったのは、確か秋本家と楢崎家で食事会を開いたときだ。楢崎家が都心に新居を構え、その新築祝いとして催されたホームパーティーにお呼ばれしたのだ。
けれど、あの頃はまだ……夏希は今のような性格ではなかった。
幼稚園に一緒に通っていた頃は、どちらかというと天音の方が元気で活発なタイプであり、夏希は控えめで大人しい子だったはずだ。
とても内気で、自分からは他の子に話しかけられなくて、一人では友達が作れない。
ブランコに乗りたくても、すでに乗っている子に「替わって」と言えないから、羨ましそうにじっと見ているだけ。
天音の中の夏希の印象はずっとその当時のままであり、大きくなった今も物静かな女の子のままでいるだろうと、そう思っていたのに。
先ほど押しかけてきた夏希の印象は、昔とはうってかわってとても明るく、少しギャルっぽくもあり、一見しただけで自分とは住む世界の違う〝陽キャ〟であることが見て取れた。
「まったく、どこの組にいたんだろ……」
「えっと、二組の子なんだって。楢崎さんと、あとあのお嬢様っぽい子も」
「全然気づかなかった……あっちのお嬢様にいたっては本当に知らない。初めて会う子だよ」
「そうだったんだ……でも向こうは知ってたみたいだよね。秋本さんのこと」
「確かに……えっ、ってか、そうじゃん。さっきはそこまで聞けなかったんだ! なんであいつ、私が受ける学校知ってたんだろ……!?」
「偶然一緒になっちゃったんじゃなくて?」
「それはありえないよ! あいつの家からここまで結構遠いし……というか、誰も知り合いがいないところに行きたくて、私もこんなに遠い学校選んだんだからっ」
「そうだったんだ……」
またわなわなと身体が震えてくる天音。これはもう受験先を完全に狙い撃ちされていたとしか思えない。そして先ほどの昼休みの来訪も、今思えば計画的なものだったとしか思えない。
あんなに楽しそうにサプライズを……いや、一世一代のドッキリを仕掛けられて、しかもその様子をバシャバシャと写真に撮られて。
目的は、一体何?
夏希が何を企てているのだろうと天音が思考を巡らせかけた瞬間、チャイムが鳴った。
「あらら、放課後になっちゃった」と和沙が教室の時計の方に目をやると同時に、天音の胸中に嫌な予感が走る。
「や、やばっ! 早く帰らないと!」
「ええっ? どうしたの?」
「く、来る! あいつまた来る気がする! 神山さん私の荷物どこ!?」
「えっと、早退するかもって思ったからここに全部持ってきてるけど……ってちょっと待って!? 無理しちゃだめだよ!」
「ごっ、ごめん私もう大丈夫だから! ありがとね神山さん、また明日~!」
「秋本さーん!?」
天音はベッドから跳ね起きると、手櫛で髪を整えて自分のバッグを引っ掴み、和沙にぺこぺこと頭を下げて礼を言ってから保健室を飛び出した。
ずっと付き添ってくれた和沙には申し訳ないが、早く帰らないとまた夏希が来てしまいそうな気がする。また何かを引っかき回されてしまいそうな気がする。
天音はとにかくこの学校から逃げなければいけないという意識でいっぱいになり、どこだっけと混乱しながら昇降口の方にバタバタと向かった。
下駄箱付近には、もう何人もの生徒たちが帰り支度を済ませて次々と昇降口を出ていた。天音はそこに自分の見たくない顔がいないことを確認しながら、ささっと自分の靴を取り出して校舎を飛び出す。
昇降口前にも、まだだらだらと掃除をしている生徒、これから部活動に行くのであろう生徒、級友との別れ際の談笑を楽しんでいる生徒など様々な人たちがいた。
もしもその中に夏希がいたらどうしようと、顔を伏せがちにして早歩きで校門の方へ向かう天音。
見つかりませんように、見つかりませんようにと祈るようにして歩く。
しかし、校門を出ようとしたところで何者かに前を塞がれた。
「えっ」
「ヘイ、ストップです」
「どこ行くんだいユー?」
ずい、と目の前に現れたのはサングラスをかけた謎の女子二人組だった。
どこからどう見ても、さっき教室に押しかけてきた夏希とあのお嬢様である。天音はなるべく急いだつもりだったが先回りされてしまっていた。夏希はなぜかクチャクチャとガムまで噛んでいる。
身長は少ししか変わらないはずなのに、その威圧感はまるで巨漢のボディーガードのようだ。
「うわぁーーーーっ!」
「うおーい、逃げちゃダメだって!」
「あっ、なっちゃん! もっとキムタクっぽく!」
「ちょ、待てよ!」
二人の間を抜けて泣きながら走り去ろうとした天音だが、変なモノマネをしながら全速力で追いかけてきた夏希にすぐさまとっつかまってしまう。
見るからに活動的な夏希は足も速いらしく、そして残念なことに天音の運動神経は人並み以下だった。
「なに!? ちょっとやめてって!」
「違うから! ゆっくり話がしたいだけだから!」
「皆さ~ん! 天音様を部室までお連れしてくださーい!」
「うわああっ誰だこいつらー!?」
お嬢様がパンパンと手を鳴らして周囲に呼びかけると、どこからともなくスーツを着た本物のSPっぽい人たちが数人現れ、天音はあっという間に持ち上げられて学校内の方に連れ戻されてしまった。
一体何事かと驚いている生徒たちが、連行されていく天音の方をざわざわと見ている。鬼ごっこ系の特番の撮影だとでも思われているのではないか。ピロリンと写メを撮る音まであちこちから聞こえる。
なんだろう、この二人はいちいち学校中を巻き込む騒ぎにしないと気が済まないのだろうか。
じたばたと暴れまくるも地に足を付けさせてもらえず、抵抗がまったく無意味に終わってしまっている天音は、今度は気絶こそしなかったが、あれよあれよという間に敷地内にある知らない校舎へと担ぎ込まれてしまった。




