困った人
副団長から団長になったショーン・ブレナーは少々困っていた。
前団長のユーイン・ランバートは、彼の専属侍女をしていた子爵令嬢のマリアンを娶り、辺境伯を受け継いだ。
もうひとりいた副団長付き侍女はちょうど半年の侍女期間を終え、婚姻準備のために退団してしまった。
彼女は自分の外見に恐れをなすというより、嫌悪感を抱いた様だったな…と、ショーンは遠い目になった。
「だから、貴族令嬢の侍女は厄介なんだよなあ。どのみち腰掛けですぐに辞めてしまうから、結局大事な仕事を任せられない。こんな面倒な制度を一体誰が取り入れたんだか。」
ショーンは肩をすくめたが、どうやってもその大きな体では、困っている風には見えなかった。
「わたしの代でそんな制度を止める事にしたのだからいいじゃないか。有能な副官を付ければ良いんだよ。その為に王都騎士団から彼を呼び寄せたのだから。」と、ユーインは他人事のように言う。
「しかし閣下、レスター・アトキンズは確かに有能な男ですが、あの男がクレアに向ける邪な感情はいけません。かつては婚約者だったかもしれませんが、それは過去の話。
なぜ、アトキンズの世話係みたいなことをクレアにさせるんです?俺がクレアを欲しかったのに……」
ショーンの言葉は最後の辺り、もごもごと消えてしまったか、ユーインはしっかりと聞き取っていた。
「お前もいい加減態度を決めてしまえ。横から掻っ攫われていいのか?今のままでは、クレアにはお前の気持ちは一生伝わらないと思うぞ。」
「ランバート閣下!」
ショーンは真っ赤になった。
*
寮の厨房では騎士達の昼食の準備中である。
普段なら大忙しの寮付きメイドのクレアであるが、団長命令でレスターの世話役、つまり秘書的な仕事をこなしているので、本来なら厨房へ立ち入る暇はなかったのだが。
「次は何をいたしますの?」
「お嬢様はどうぞ椅子にお掛けになってお待ちください。」
「でも!わたくし、お手伝いがしたいのです。」
「ブリトニー様。ここは、クレア様の仰るようにいたしましょう。お嬢様のお手に傷でもついたら、旦那様や奥様がどれほどお嘆きになることか。」
ブリトニーの我儘に巻き込まれて、辺境まで付き添ってやってきた侍女のシーナは、真っ青な顔をして必死にブリトニーを止めている。
ブリトニーは今、包丁を手にしているのである。この我儘娘は、結局ランバート辺境伯家で世話になることを拒み、無理を言って騎士団寮の客室に居座っているのだ。
理由は明白。大好きなレスターお義兄様の側を離れたくないのだ。言い出したら頑固なブリトニーは、自分の意志を一切曲げることがなかった。
振り回されるシーナや、クレア達は相談の結果、アトキンズ伯爵の迎えが来るまで、気が済むようにさせる事にした。
その代わり、常にシーナが付き添い、クレアが目を光らせることが条件であった。
クレアからすれば、レスターの補佐だけでも面倒なのに、加えて我儘なお嬢様のお世話が増えて大変だったが、ブリトニーは我儘ではあるが、傲慢だったり高慢だったりではなかったので、平民のクレアの指示に従うだけの寛容さを持っていた。
「クレアさん、わたくしも料理というものをしてみたいわ。」
厨房の料理人たちはハラハラしながら彼女達のやりとりを見守っている。
駄目に決まってんだろ!と言いたいところをぐっと我慢しているのは、ブリトニーが貴族である事と、ランバート辺境伯閣下からしばらく迷惑をかけるがそのうち飽きるだろうから適当に付き合ってやってくれ、と頼まれているからだった。
もちろん、アトキンズ家を代表して、副団長のレスターからも頭を下げられては、料理人たちは文句を飲み込むしかなかった。
「ブリトニーお嬢様。では包丁は危険ですので、後で厨房が空いている時にお菓子でも作りましょうか。アトキンズ副団長に差し上げたらきっと喜ばれますわ。」
「まあっ!それは素敵だわ。
厨房の皆様、忙しいところに押しかけごめんなさい。後ほど使わせてくださいね。」
そういう素直なところもある16歳の美少女なので、料理人や寮付きメイド達は、ほっと胸を撫で下ろした。料理長は、クレアに良くやったと目配せをした。
クレアは、やれやれ、余計な事が増えたわと思ったが、このお嬢様の事を案外気に入っているのである。
(レスター様のお嫁さんになるお嬢様ですもの。幸せになって欲しいわ、お2人とも。)
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