もやもやする男
元婚約者が何故、何の知らせもなく姿を消してしまったのかが気になっていた。彼女が消えた理由を父は知っているようだが、何も教えてはくれなかった。
手紙を送っても花を送っても、お礼の返事すら寄越さない婚約者の事などどうでも良かったのだが、一方的に婚約を解消されたと知らされた時に腹がたった。
だから、いつか出会う事があれば文句の一つでも言ってやるつもりでいたのだが、クレアは俺の顔すら覚えておらず、なんだかすっかり気が抜けてしまった。
気にしていたのは自分だけなのだと恥ずかしくなる。
俺の初恋はクレアだ。
初めて顔合わせをした日から、彼女の虜だった。柔らかな金色の巻き毛に、白磁のような肌、キラキラ輝く青い瞳、ピンク色の唇、好きにならないわけがないだろう?
王都でたまたま助けた女性が俺を覚えていた事から、問い詰めればそれはクレアの乳母で、クレアは多分辺境のどこかの騎士団にという事を聞き出した。
さて一体どう行動すべきか。
普通なら会いに行く事など考えられない。交流のなかった元婚約者なのだ。俺は迷った。そして悟った。
迷うくらいなら会ってすっきりした方が良いのだと。
それから、王都の市内警備担当の第二騎士団から、ここ辺境への転属を希望した。ようやく願いが叶い、今ここにこうやって居る。そして騎士団のメイドにクレアがいる事を確認した。
8年ぶりに会うクレアは、想像の中のクレアよりずっと大人で美しかった。そりゃそうだな、俺は15歳までの、いや10歳の頃の彼女しか知らないのだから。
再会というより、クレアにとっては初対面のように感じられたみたいだが、団長に諭されて話し合ってみると、我々が知らなかった事実が明るみになった。
お互いが送っていた手紙は届く事なく、どこかで紛失していたのだ。恐らく双方の家で、何らかの意図があって手紙が届かぬようにしたのだろう。
一体何の為に?
我々の交流を快く思わないのなら、婚約者にしたのが間違いだろう。それとも、何か状況が変わるような出来事があったのだろうか。
ただわかるのは、父は何かを知っていてそれを隠しているという事だ。クレアの亡くなった両親、ファインズ家にも秘密があるのかもしれない。今となってはわからないが。
ファインズ伯爵夫妻の葬儀に俺は参列しなかった。いや、する必要はないと父に言われ、悲しみの最中にいるクレアに慰めの言葉を掛ける事すら出来なかった。
その後すぐに、平民になった事を理由に相手から婚約解消を提案されたのだ。
そして俺はアトキンズ伯爵家の養子となった。
貴族学院は寮から通ったし、卒業後は王都の騎士団へ入団したので、アトキンズ家で過ごしたのは長期休暇の際と、ごくたまに里帰りする時だけだった。子どもの頃ならいざ知らず、16歳で養子になって、新たに出来た義両親や義妹にどう接したら良いかわからなかった、というのが理由だ。
俺は案外、意気地無しなのだと思う。クレアから嫌われていると思っていたんだ。確かめることが怖かった。
だから、あんな女どうでも良いと、気にも留めていないふりをしたんだ。
きちんと向き合わなかったから、初恋は婚約解消という形で終わった。
手紙の返事が来ないからと、意固地になってクレアを訪ねなかった自分の幼稚さが、腹立たしい。
*
アトキンズ伯爵には俺より10歳年下の娘がいた。
伯爵からは義妹ブリトニーが成人後、然るべき時に結婚して家を継いで欲しいと言われている。元よりそのつもりで養子になったのだから、俺には断る術はない。
ブリトニーは愛らしい娘だが、とても大切に育てられてきたせいか世間知らずであり、精神面で幼さを残している。
きっと、それは思いつきだったのだろう。
まさか家出をしてやってくるなど、想像の範囲を超えていた。ブリトニーのような世間知らずの貴族令嬢が、お供がたった2人だけで辺境へ向かうなどあり得ない事なのだ。
だから思わず声を荒げて怒ってしまったが、ブリトニーのどこにそんな活力があるのか不思議だ。
幼くて少し我儘だけど、ただ愛らしいだけの少女だとと思っていたが、あの子を、その見かけから判断していたら、思わぬしっぺ返しを食らいそうだ。
*
「先程は済まなかった。君がいてくれて助かったよ。」
「ブリトニー様も、シーナ様、マイク様、皆様それぞれ客室へお通ししました。ブリトニー様は落ち着かれて眠っておられます。」
クレアは何でもない事のように告げたが、本来、騎士団のメイドである彼女にとっては余分な仕事であるはずだ。
「ランバート閣下が、辺境伯家で預かってくださる事になった。
ここに置いておくのも心配だし、明日彼らを案内してやってくれないか。」
「それは勿論、ご命令とあればご案内いたしますが、ブリトニー様はアトキンズ副団長から離れたくないと思いますよ。」
クレアは先程のブリトニーの落ち込みざまを目にしているので、彼女の気持ちも少しはわかるつもりだった。
大好きな人に厳しく叱責されたのだ。たとえそれが、自分の軽々しい行動のせいだとしても、ブリトニーにとっての行動理念は『愛のため』なのだから、さぞかし辛かっただろう。
「それにしても勇気のあるお嬢様でびっくりしました。」
「それを君が言うのかい?伯爵令嬢を辞めて、たったひとりで辺境の騎士団のメイドに応募した君の方が、余程勇気と信念があるのではないか。」
揶揄うように笑うレスターに、クレアはこの人はこんな顔も出来るんだなあと思う。
両親の事故が無ければ、今頃は子どもの1人もいて、この人と温かい家庭を築いている未来があったかもしれない。
ただ、お互いに相手の事をほとんど何も知らない、形だけの婚約者だった、その過去は変えられない。
お読みいただきありがとうございます。
しっかりしろよ!と言いたくなるレスターですが、騎士としての腕は凄いらしいので、そこは評価されてる模様。




