それはまるで嵐だった
翌日からクレアはレスター・アトキンズ付きとなり、騎士団本部に詰める事となった。寮の仕事はしばしお休みである。
ソフィには羨ましがられたが、じゃあ代わる?と聞くと、
「お世話するのがショーン様なら、クレアさんと闘ってでも権利を奪い取るんですけどね。」と即座に断られた。
ソフィは本気でショーン様の事が好きみたい、とクレアは何だかほっこりした気持ちになる。平民に近い暮らしをしている男爵家の娘とはいえ、貴族は貴族。家を継ぐわけではないショーン・ブレナーが望めば婚姻は可能なのだ。
「ショーン様とは歳が離れているけれど?」
クレアが揶揄うと
「そこがまた良いんじゃないですか。あたしは若造には興味がないんです。しかも男前はもっと嫌ですね。浮気の心配とかあるじゃないですか。そんなの、絶対嫌ですよ。」
ソフィの勢いにクレアは圧倒された。
(恋は偉大ね。)と、そう思った。
*
その日の午後、クレアに付いて騎士団寮や食堂を案内されていたレスターは、背後から近付く人の気配に振り返った。
「お義兄様!やっと見つけましたわ。」
甲高い声とともに、レスターに飛びついたのは、まだ10代半ばくらいの少女だった。
少女は背の高いレスターを下から見つめると、さらにぎゅっと彼にしがみついた。
「ブリトニー!どうしてここに?ひとりで来たのか?」
「護衛と侍女と一緒よ。わたくし、お義兄様に会う為に家出してきたの!」
「……こんな遠くまで良くやってきたね。とりあえず離れようか。俺はまだ仕事中なんだ。」
レスターは困った様子でクレアに助けを求めるように目配せをした。
「アトキンズ副団長。お嬢様を執務室にお連れしてはいかがでしょうか。」
抱きついている娘はどうやらアトキンズ伯爵令嬢で、レスターの義妹だと察したクレアは、令嬢を好奇の目から遠ざけることにした。
演習中の騎士達が遠目でこちらを窺っている。王都からやってきた新任の副団長を快く思わない者たちもいるので、変な噂を立てられる前に、令嬢を避難させる必要があった。
レスターに手を取られて、義妹ブリトニー・アトキンズは騎士団本部に向かった。ブリトニーの侍女らしき若い娘と、護衛騎士にもついて行くよう促して、クレアは演習場にいるはずの新団長であるショーンを探す事にした。
*
応接室には団長と副団長であるレスターが向かい合っている。レスターの隣には彼にぴたりと寄り添うブリトニー、後ろにブリトニーの侍女と護衛、そしてクレアが控えている。
現在ショーン団長には団長付き侍女はおらず、クレア達寮付きメイドが交代で秘書的な立場をこなしていた。
クレアがお茶を淹れ終わると、まずはショーンが口を開いた。
「ブリトニー・アトキンズ伯爵令嬢は、義兄であるアトキンズ副団長に会う為に来られたと、そういう事だと理解して良いだろうか?」
「はい!この度、わたくし16歳になり成人を迎えましたの。いよいよお義兄様と結婚できる年齢になりましたのよ。」
「その、アトキンズ伯爵から、ここへ来る事のお許しは得ているのかな?」
幼い子どもに尋ねるように、ショーンは出来るだけ優しい声で問いかけた。
「いえ!お父様は知りませんわ。お父様宛のお手紙を執事に託しました。」
レスターは思わずこめかみを押さえた。
「ブリトニー、どうしてそんな事を。義父上と義母上がどれほど心配するかわかっているのか?」
「だって!お義兄様にお会いしたかったのですもの。ちっとも家に帰ってきてくださらないではありませんか!
わたくし達、義兄妹ですけれど婚約しておりますのよ?会いたいと思う事のどこが悪いのです?」
悪くはないけどその方法が問題でしょう?
クレアを始めとしてその場の誰もがそう思ったが、恋する乙女には通じそうにない。
「アトキンズ邸からここまで馬車で2週間はかかる。その間、君たちはどうしていたんだ?」
「勿論、ちゃんとした宿を取りましたわよ。そこら辺はシーナ(侍女)と、マイク(護衛騎士)に任せましたわ。」
「……宿代や食費などはどうしたんだ?」
「それは……。事前に、宝石類を売り払いました。お父様に言えばバレてしまいますもの。」
「ブリトニー、君はまだ成人したばかりの、貴族の令嬢なんだ。道中もし何かあればどうするつもりだったんだ?
君が襲撃されて怪我をしたりすれば、シーナとマイクが責任を負う事になるし、彼らが先に攻撃されていれば、非力なブリトニーがどんな目にあうか、それをわかっているのか?」
レスターが冷たく低い声で言うと、ブリトニーは初めて怯えたような表情を見せた。
「一度だけ馬車が……」
「馬車が?どうしたんだ?」
「えっと乗合馬車でしたの。それがならず者に襲撃されて、同乗していた騎士様とマイクがやっつけてくれました。
だから、全然大丈夫でしたのよ!マイクを褒めてあげて欲しいわ。」
「……そうか。ブリトニー、無事で良かった。怪我も何もないんだな?」
「はい。」
「シーナとマイクだったね。義妹が迷惑をかけた。助け、守ってくれてありがとう。感謝する。後で詳しく聞かせて欲しい。」
レスターはブリトニーに向かい、表情を改めた。
「ブリトニー、俺はアトキンズ家の養子であり、君にこんな事を言える立場ではないのかもしれない。でも言わせて貰う。
お前はなんて事をしでかしたんだっ!
死んでいてもおかしくなかったんだぞ?自分の我儘に侍女と護衛を巻き込んで、彼らに何かあればどう責任を取るつもりだったんだ?」
思わぬレスターの怒気にブリトニーはびくりと身体を強張らせる。
「あ、、」
「ああ、もっともその前に、お前は殺されているか、或いはそのならず者達の慰み者として蹂躙されて捨て置かれるか、娼館に売り飛ばされていたかもしれんな。
お前はその可能性を考えていなかったのか?
優しく温和な義父上と義母上がどれほど心配して悲しんでいるのか、想像した事があるのか?
俺は、他人を巻き込んでまで己の欲望を満たそうとする人間は大嫌いだ。」
「おい、アトキンズ。そこまで言わなくても。ご令嬢が怯えて泣いているじゃないか。君の義妹だろう?」
ショーンはブリトニーに気を遣って助け舟を出すが、レスターは首を横に振った。
「………だからこそです。
ブリトニーは貴族令嬢にあるまじき行動に出たのです。
今までは成人前の子どもだからと大目に見られていた事も、成人を迎えた今では許されない事だ。
この家出がお前に齎すものの意味をよく考えると良い。成人とは己の行動に責任と義務を負うんだ。ましてや貴族であるなら、尚更だ。
義父上への連絡は俺からしておく。
クレア、ブリトニーは疲れているだろうから、どこか部屋を見繕って休ませてやってほしい。この2人の部屋も頼む。彼らには聞き取りの後、案内してやってくれ。
団長、わたしの身内が迷惑をかけた事、申し訳ありませんでした。」
レスターは立ち上がるとショーンに深く頭を下げた。
成り行きを見守っていたクレアは、泣きじゃくるブリトニーの背中にそっと手を当てると、
「お嬢様。お疲れでしょう?こんな辺境で大したおもてなしが出来ず申し訳ございませんが、とりあえず少し休みましょうね。」
ブリトニーは幼児のように泣いていたが、クレアに手を引かれて部屋を出ていった。
ブリトニーの侍女シーナと護衛のマイクも疲れ切っていたが、レスターの聞き取り調査が済んだ後、やはりクレアに連れていかれた寮の客室で、ようやく気を抜く事が出来た。
シーナはブリトニーと2つしか歳が違わなかったが、怖い目にあったり気を張っていたりして、極度の緊張状態だったので、クレアに優しくされて思わず泣いてしまった。
そんなシーナをクレアは抱きしめて、頑張ったねと褒めてやった。
マイクはブリトニーの出奔後すぐから、アトキンズ伯爵に連絡を送り続けていた。気を張り詰めていたが、解放されてようやくまともに眠る事ができた。彼にとっては全く気の休まらない日々だったのだから。
一方ショーンは、退団した元団長、現在辺境伯のユーインにすぐに連絡を入れた。
辺境騎士団本部から馬で1時間の地に、ランバート辺境伯の居城が建っている。しばらくの間、ブリトニーの保護を頼む事にした。
アトキンズ家から迎えが来るにしても2週間はかかるのである。
ブリトニーの到来は、まるで嵐がやってきたかのような出来事だった。
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