白い糸のヴェールの向こうは
ウチには孫がいる。
小さな頃から、グズる事も 泣くことも少なく、ワガママも言わない 良く出来た孫が。
誰もが手にできる訳ではない魔法の才に、赤ん坊の頃 既に目覚め、
しかもそれが、杖を使わない 全く新しい形という、とんでもないもので、
言葉が覚束無い頃から魔導書を写すことができ、
あまつさえ 魔法言語が魔導書の絶対条件ではないことを発見し、
魔導書研究・長年の悲願、オリジナル魔導書への道筋を、涼しい顔で切り開いてしまい、
挙げ句の果てには、魔法の同時発動という離れ技を、全くの無意識にやってのけてしまった、
末恐ろしい孫がいる。
祖父としての贔屓目抜きに、この子は天才だと思っている。
元魔法研究者の身としては 嬉しいやら怖いやら‥‥
もし同じ道を目指したとしたら、どこまでの高みに至るのか‥‥
‥‥‥‥しかし‥‥気になることが 一つだけ‥‥‥‥
ウチの孫は、時々妙なことをする‥‥
あれはオリジナル魔導書への道が切り開かれたその当日
あの子は何かを縦に書き並べた‥‥
しかも、見たこともない 複雑な線の組み合わせのものがメインで、
なにかと聞いたら[適当]と答えた。
‥‥しかし、あれは明らかに文字であろう‥‥
何故なら、複雑な線で構成されたものの中に、同じものが二つあったからだ。
しかも、揃って 単語らしきものの最後の所に‥‥
言語として認識していなければ、そんなことは起こり得ない
…………と思う‥‥
それから家にある本を調べてみたが、そういったものに至りそうな 文言すら見つけられなかった。
幾らウチの孫が天才とはいえ、
言葉も満足に喋れないのに、新たな文語を編み出すなんてこと、あり得るのだろうか?‥‥
そして牛の乳絞りが妙に上手かった。
それも、多少勘がいいいうレベルではない
もう何年も絞った経験があるぐらいの腕前で‥‥
そして今日もまた一つ‥‥
ウチの孫は、妙なことを‥‥‥‥
◆◆◆◆◆◆◆◆
「……………あり?‥‥」
じいちゃんの元に来て、どのくらい経っただろうか。
言葉も足元もようやっと 覚束かないことがなくなり
一緒に畑に連れて行ってくれるようになった そんな頃‥‥
「じいちゃ~ん、暖炉んところに藁束置いといたんだけど、知らな~い?」
「ん~?中に何か入ってたやつかー?
腐ってたから捨てたぞ~」
‥‥あちゃぁ…………
事の始まりは春先のこと‥‥
◇◇◇◇◇◇◇◇
「毎度~~」
その日、こんな山の奥まで行商に来てくれる、
奇特な、そしてトッテモありがたい商人、マルク・トイヴォネンさんがやって来た。
こんな辺境では色々と手に入らないので、トイヴォネンさんは貴重な命綱だ。
ついでに、切り出した木材や、農作物も買っていってくれる。
「お~ヘンリ~ 久しぶり~」
「お久しゅうマルク~ 元気してたかー」
「ん~元気元気 何か要るモンあるか~?」
「塩 多めに頼むわ、後はいつも通りだー、そっちは何かあるかー?」
「おぉ、麦売れるか~?南の方で不作らしくってなぁ、小麦も大麦もライ麦も 結構値上がりしとるんよ。燕麦とかまで値が付いとるぞ」
「おぉ 余裕あるからいいぞー」
「後 蕎麦やってなかったか?今なら1.7倍で買えるぞ」
「ホントか、結構あるから持っていけー」
いつも通りの仲がいい、そしていつも以上に景気のいい会話をする二人と一緒に、トイヴォネンさんの引いてきた荷馬車に歩みを進めた。
そしてじいちゃんに抱き上げられ 荷台を覗くと‥‥
(‥‥あれ?)
トイヴォネンさんは、田舎を行商しているから、作物の種なども売っている。
いつもはここに来るまでに売り切っているけど、今日は麦やらカブやら、何種類か扱いがあった。
そしてその中のひと品に、自分は視線を奪われた‥‥
それは、前世のパチンコ玉より一回り小さい、薄いクリーム色した豆だった
普段の品揃えでは見たことの無い、
だけど自分には見覚えがある‥‥
「ん?あれ気になるの?
いやぁ~東から来た豆らしくって、珍しいから少し仕入れて見たんだけど、全っ然売れなくってねぇ~
やぁ~~まいったまいった」
「‥‥じいちゃん、良かったらあれ…………買ってくれない………かな?‥」
「あら おねだりなんて珍しいねぇ。じいちゃ~ん買ってあげなよ~」
「おぉ‥いいけど幾らよ」
「ん~~まぁ売れ残りもいいとこだからなぁ‥‥
普通の豆の六割ってところでどうよ?」
「いいのか?じゃあ少し貰うわ」
こうして じいちゃんに買ってもらった豆を、
カブを作った後の 畑のフチに畝を立てて植え、
秋が深まった頃、無事に収穫を迎えた…………
…………さあ!遂にこの日がきた!!
居間の暖炉を見ると火をくべてある
ウチの暖炉は、部屋を隔てる壁をブチ抜いて作ってある。
そのまま裏に回ると、窓の光に照らされた暖炉の裏と、その向かいの壁沿いに うずたかく積まれた薪がそびえ立っている。
レンガで組まれた暖炉のへりに、何も乗っていないのを確認したら、
踏み台代わりの椅子を持って来て、
昨日から豆を水に浸しておいた鍋持ってきて乗せた。
欲を言えばカマドを使いたいけど、そっちは1人で使うのは止められているので‥‥
沸騰したら、薪を動かして火を遠くし、
カップを右手、お玉左手にアクを取り取り、じっくりコトコト煮込んでゆく……………………
…………………アクが出なくなってきて、ヒマな時間が訪れた‥‥‥
‥‥まいったなぁ、火加減があるから、あんまり離れられないし…………
…………ふと見渡すと、後ろには薪の山………
………そうだ箸作ろ。
ひょいっと椅子から降り、並んでいる、薪をクンクン………………
…………あっ、白樺‥割り箸の匂いする。
‥‥よしっコレでいいや、
薪割り用のナタで適当に割り、後はナイフでシャリシャリ…………
ほい完成。
ついでに菜箸も作ったり…………
…………………さて‥‥どれくらい経っただろう……………豆は だいぶ柔らかくなってきた。
ふぅ‥ようやく次の行程に移るときがきた
水を張った鍋をもう一つ持ってきて沸かし、
今日の為に用意したスペシャルなもの
根っこギリギリを切ってバラけていない 麦藁の束を茹でていく。
茹でたワラの根本を持って 先を少し広げ、
そこに 良い感じに茹で上がった豆を乗せ、
その先を掴み、軽くひねってから折り返し、
根本まで持っていって 千切っておいた一本のワラで縛り纏める。
そんなことを繰り返して同じものを幾つか作り、居間の暖炉前に 布にくるんで置いておき、様子をみながら四日ほど…………
「じいちゃ~ん、暖炉んところに藁束置いといたんだけど、知らな~い?」
‥‥あちゃぁ…………
◇◇◇◇◇◇◇◇
箸を片手に生ゴミ置き場に行くと 案の定、藁づとが転がっていた、
よし!セーフ!!
スコップで鋤込む前だ!!
期待に胸踊らせ、ワラを解くと、白い糸を引く 豆の姿があった‥‥
‥‥あぁ‥‥間違いない‥‥‥‥あの懐かしい香りだ‥‥
箸先で一粒つまみ、口に運び…………
笑顔と涙がこぼれ出た‥‥‥
そこには 紛うこと無き、大粒納豆の姿があった‥‥‥‥
◆◆◆◆◆◆◆◆
………………生ゴミ置き場で、孫が嬉しそうに 腐った豆を食べている‥‥‥‥
‥‥‥祖父として、いったいどうすれば良いのだろうか……………………
ご親切にも誤字報告をいただきまして、ありがとうございました!




