~道義~ 赤黒い空の激戦〈後編〉
いつもよりも遅い時間の投稿になってしまいました。申し訳ありません。
戦闘パート後篇です。楽しんでいただけたら幸いです。
世の理が常に正しく作用するとは限らない。
そもそも理というものは人が作り出した頭の中の産物でしかないのだ。先達の教えが尊いなら、少し頭を働かせれば自ずと壁にぶち当たる。
所詮それは人の記憶の産物。すべてがその筋書きをたどるわけではないのだ、と。
他者の通念を普遍化するということは時に敵を自発的に創造する。時代の潮流とは掴みがたく、そして瞬く間に移ろいゆく。
その一瞬を例え砂粒の一つまみほどしかなくとも、時を積み重ね続ける。
繰り返し、繰り返し……。それが浜となり、大地となる歴史を刻んでも、積み重ねるときは繰り返される。平穏と不穏で幕を開け、戦乱と動乱を呼び起こして、悲涙と歓喜で幕を閉じる。
しかし、世の理は常に正しく作用するとは限らない。
過去よりの流刑人はまさにその象徴であろう。
それを認めないのは人が定めた摂理である。
「各機、艦砲射撃に気をつけろ。第二波、来るぞ!」
ボーマンが搭乗する〔AW〕、〔ゼルドナァ・ボーマン〕を筆頭にして〔AW〕の軍勢が走る。その頭上を重々しい火球が轟音をまき散らして通り過ぎていった。後方にそびえる〔ガング〕の艦隊からである。
町の影は小さく、農地を超えて、部隊はなだらかな丘陵地帯へと差し掛かっていた。
徐々に黒色を強めていく夕暮れに火球の光りが走る。
ヒュルルルル――ッ!
火球の灼熱が空を焼きながら、地上へと押しせまる。
そして、丘の頂に立つ逃亡者を超えて落下する。
爆音に次ぐ爆音。地面が波打つかのような衝撃が幾重にも走り、爆風は一番星を輝かせる夜の風を吹き払う。
「艦砲射撃? 柾、追手が来る!」
「わかってる」
柾は結子の甲高い声に焦りを覚える。モニタは真っ赤に塗りつぶされ、続いて黒煙の薄い膜が視界を覆った。
爆炎と爆風を受けて逃亡者、〔アル・ガイア〕はよろめきながら振り返った。爆炎に浮き彫りになったその黒いシルエットが振り仰ぐさまは、悲劇の脱獄囚のような悲壮と勇毅を感じさせる。
「何機いるの?」
「ざっと十五機以上……」
柾は結子の報告に薄ら寒差すら覚える。
丘から見下ろす〔AW〕の行進は圧巻だ。黒煙の合間から見える人型機械たちは不気味にセンサーアイを光らせている。それが小さく左右に揺れて、迫りくる。長柄の武器は切っ先を天へと向け、砲身は隊列の左右を固めた連装横隊を組む。前面には盾を構えた勇敢な白兵戦機。
そして、頭領にして最強の武人が重々しい足音を奏でて疾駆する。黒煙の切れ間に赤い夕日と濃い翳りを帯びた〔ゼルドナァ・ボーマン〕が三人の瞳に飛び込んできた。
結子は思わず震え上がった。
「勝てる?」
「勝てなくても、足くらいは止めて見せる」
フォノは産毛が逆立つ感覚を覚えながらも、操縦桿を固く握り黒煙のカーテンの向こうを見据える。
「狙撃するわ」
静かに言ってフォノは呼吸を整える。狩人の息遣いで、狙撃以外のことを頭の外へ追い出す。この状況になったことへの不満も怒りも沈めて、人の乗った機械を撃つ罪悪感も考えない。
〔アル・ガイア〕は両腕部に握るカタナを納め、背部にある補助アームを回して汎用機関銃を右脇に抱える。
そして、〔アル・ガイア〕の武骨なマニピュレーターとフォノのか細い指先が引き金にかかった。
「数を減らせればいいでしょう?」
「うん。任せる。結子はサポートお願い」
柾は指示を飛ばしつつ、頭を振ってネガティブな思考をなくす。
フライハイトのしたことを思い出せ。ギロチンで人殺しの見せ物をしようとする非道な集団だ。力ですべてを覆そうとする冷酷な組織だ。その思い込みが戦いへの燃料となって彼女を奮い立たせる。
〔アル・ガイア〕は跪いて射撃体勢を整える。続いて、汎用機関銃を構えつつ、左腕部の盾を展開した。支柱が地面に突き刺さり、半身を覆う。気休めであったが、〔パンツァー・グランツ〕のカノン砲ならば数発は凌げる。
地形効果は〔アル・ガイア〕に分がある。高地から撃ちだす弾丸に対して、低地から上るフライハイトの〔AW〕部隊は格好の的だ。遮蔽物もない。それゆえに最前列にいる〔パンツァー・グランツ〕にはかなりの精神的な圧力を咥えられているはずだ。
しかし、〔AW〕の軍団は進軍をやめない。
「縦隊編成。各員、砲撃に備えろ!」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕から発せられた号令が続く〔パンツァー・グランツ〕を刺激して雄叫びが上がる。そして、素早く隊列は細くなり蛇のように蛇行しながら進撃をする。
ボーマンの檄が隊員たちの闘志を燃え上がらせる。
「それで対応しようとしたって」
フォノはフライハイトの隊列をざっと見渡して、戦闘の〔ゼルドナァ・ボーマン〕に照準を合わせる。
頭を叩けばこの無益な戦いは終わる。しかし、と彼女の狩人としての脳髄は冷淡に働く。動きを封じただけでは意味はない。確実に沈黙させなければならない。末端を撃ち抜いたところで脳髄は生きている。
司令塔が生きている限り、昂揚した軍隊は止まらない。闘志を燃やして、司令塔の指示を受けて走るだろう。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は両腕部の鎖を伸ばし始める。
「――っ」
フォノは迷うことなくトリガーを引くと〔アル・ガイア〕の汎用機関銃が火を噴いた。
狙うは敵の心臓。
同時に〔ゼルドナァ・ボーマン〕のチェーン・ウィンチが高速で回転。鎖が鈍い風切り音を立てて回りだす。巻き起こる疾風が〔AW〕部隊を包み、鎖は巨大な盾となって青白い弾丸を弾き飛ばす。
帯電した液体金属が飴細工のように飛散して、青白い残光を残す。
「あんな使い方もできるっ」
柾は先頭を切って走る〔ゼルドナァ・ボーマン〕の強さに絶句した。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕の戦闘能力は今まで刃を交わしてきた敵の誰よりもトリッキーである。鎖という縛りつける武装を多彩に操る様は機体の性能と操縦者の技量の高さを示している。
そのプレッシャーは半端なものではない。
「止まってよ……っ」
フォノは胸が苦しくなるのを覚えながら、今度はフルオートで弾丸を叩き込む。
汎用機関銃の銃口から十字のマズルフラッシュが絶え間なく輝く。その振動が柾たちに伝播するたびに気持ちに余裕がなくなっていく。
光りが取り払われた時、また穴だらけのナイト級の骸が転がっているのではないか、と心の傷が疼く。
だが、それは少女たちの驕りである。
「どうにか、持ちこたえられそうだ」
ボーマンは防眩処理されたゴーグル・モニタの映像を見据えながら、機体を直進させる。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は降りかかる連弾を鎖で防御し続ける。毎秒何十発と吐き出される弾丸である。対して、チェーン・ウィンチもまた同等、いやそれ以上の回転数まで上げることは可能である。
鎖が飛び込んでくる弾丸をすべて叩き落とす。青白い燐光が巻き上がり、鎖の先端を追うようにして光跡がリングを形作る。二重の鎖の網は簡単にすり抜けることも、撃ち破ることもできない。
しかし、機体の両腕部はガタガタと大きくぶれはじめ、進撃する速度も低下していく。チェーン・ウィンチの力に機体も限界ギリギリ。迂闊に一歩踏み出せば、鎖の遠心力で横転しかねない。
「敵機の動きが鈍くなってる。まだ生きてる」
結子は立体スクリーンに映る反応を見て、思わず声が震えた。殺生をするという罪悪感以上に敵の闘いに対する技量に恐怖を感じた。かつては下っ端で働いていた彼女も、組織の上にいる人物の凄味に膝が震えだす。
「簡単なはず、ないわよね」
フォノも機体性能に驚きながらも、冷静にトリガースイッチを押し続ける。残弾のゲージが湯水のように減っていく。それでも、このまま押し切れると思考が投げやり気味に働く。
「このまま……」
フォノは祈るようにつぶやいた。
だが、敵は一人ではない。
「隊列が変化してる。砲撃、来る!?」
結子は立体スクリーンに映し出される対物センサの動きにぞっとする。メイン・モニタはマズルフラッシュと盾によって視界を遮られている。敵の動きを視界にとらえることが出来ない。
死角からの攻撃ほど恐怖心をあおられるものはない。
「――っ。フォノ、射撃中止!」
柾は操縦桿とフットペダルを咄嗟に踏み込んだ。
フォノは下唇を強くかみしめながら、トリガースイッチから指を離す。
そして、口惜しそうに〔アル・ガイア〕が射撃をやめて後退しようと立ち上がる。
「遅い!」
ボーマンは激震が止んだのを全身で感じ取ると笑みを浮かべる。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕が最後の弾丸を撃ち落すのを横目に、〔パンツァー・グランツ〕の砲撃機が横隊を組み即座にカノン砲を発砲。連続して真っ赤な光が砲口から飛び出し、爆音が空に轟く。
放たれた榴弾が後退する〔アル・ガイア〕の至近距離に落下する。黒い鎧が一瞬にして炎の波に飲み込まれた。
「気を抜くな!」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は鎖を巻き上げチェーン・ウィンチの回転を止めて、爆撃を受けた丘を見定める。黒煙がもうもうと上がり、赤い空へと立ち上る。
「そう簡単にくたばるような奴じゃない。撃ち続けろ!」
ボーマンの指示は熱を帯びて、砲撃機に伝播する。
照準もそこそこに砲撃隊が榴弾を叩き込む。膨れ上がる爆炎。怒涛の爆風。赤い空を覆う黒煙。情け容赦ない攻撃が続く。
「白兵機は武器を構えろ!」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕はリア・ラックに懸架している斧二本を掴み、鎖の先端にあるフックと柄頭とを連結させる。
後ろにつく〔パンツァー・グランツ〕白兵機もまたそれぞれ得物を構えて戦列を整える。ハルバードの重たい斧先を前に、盾と剣は中央を固める。
すると、機を見計らったかのように黒煙と爆炎が大きく揺れ動いた。
「来るぞ! 構えぇええ!!」
ボーマンは腹の底から叫んで、ゴーグル・モニタに映る光景を睨み付けた。
丘の傾斜に揺らめく爆炎を切り裂き、黒煙を突っ切って〔アル・ガイア〕の四つ角の黒兜が現れる。
「このぉおおお!!」
柾の雄叫びが轟く。
丘を駆け下りる〔アル・ガイア〕は汎用機関銃を補助アームに任せ、続いてカタナ二刀を引き抜いた。
〔アル・ガイア〕はカノン砲の連弾を耐えきったのだ。だが、無傷というわけにはいかない。装甲はひしゃげ、それらがこすれ合い、軋んだ音を立てる。アクチュエーターにも歪な不協和音を奏でていた。
その状態にあっても〔アル・ガイア〕は真っ向から押し寄せる〔パンツァー・グランツ〕部隊へと突進。
ハルバードの壁が突き出された。盾と剣を構える機体も前に出る。刃の筵が行く手を阻もうとする。
「正面から来るとは――っ」
ボーマンだけは機体を後方に下げて、〔ゼルドナァ・ボーマン〕に臨戦態勢を取らせる。心臓が固く、引き攣ったような痛みを呼ぶ。
何かある。無策で正面突破など考えられない。
「大将を黙らせれば――」
柾はそうつぶやいて、操縦桿を固く握りしめた。浮き上がる立体スクリーンは黄色と赤色で埋め尽くされ、詳しい内容を読まなくとも機体が正常に動いていないことがわかる。
自動修復機能は最大稼働。しかし、それだけでは機体が動く理由にはならない。深刻な損傷個所も見られ、それでもなお戦える機構は並みの〔AW〕ではない。
「決着がつく!」
柾はいつ停止してしまうかわからない機体を操る。緊張と不安で心臓が爆発しそうだ。その不安を打ち払うように目の前の敵を見据え、操縦桿を操る。
〔アル・ガイア〕は〔パンツァー・グランツ〕など意に介さず、力強く傾斜を蹴り上げるとスタック・スラスターを噴射して跳び上がった。青白い閃光がパッと光り、黒煙の放物線が空に残る。
「何だと!?」
「跳んだ!」
〔パンツァー・グランツ〕の操縦者たちが間抜けな声を上げる。
〔パンツァー・グランツ〕が構える刃がそれをなぞるように揺れ動く。潮の流れに揺れる海藻のようにハルバードの斧頭が傾き、剣と剣が接触する。
「そんな機体さえなければ、悪いこともできないでしょう!」
柾の遮二無二な叫びと共に、〔アル・ガイア〕は降下に合わせてカタナ二刀を〔ゼルドナァ・ボーマン〕に振り下ろす。
「何を言うか!」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は長いカタナの刀身を両腕部の斧で受け止める。
鋭い衝撃波が吹き荒れる。
続いて重々しく〔アル・ガイア〕が着地する。そのまま高低差を活かして、カタナに自重をかける。
「断頭台で人殺しを肯定するようなやり方は修道騎士団と同じだ。異端は有無を言わさず消すだなんて!」
「俺たちはそこまで落ちぶれてはいない!」
〔アル・ガイア〕から降りかかる重みに、機体のアクチュエーターが悲鳴を上げる。〔ゼルドナァ・ボーマン〕の脚部がきしみ、足元が陥没する。
「お前達こそ、その機体がどれだけ異質であるか、自覚しているのか?」
「――っ」
「図星のようだなぁ!」
ボーマンは操縦桿のコンソールスイッチとフットペダルさばきで対応する。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕はわずかに膝関節のロックを解いて、腰を落とす。その瞬間、〔アル・ガイア〕のかけていた重みが薄れた。すぐに機体を反転させて、カタナの軌道から脱出する。
負けじと柾も体の浮遊感を覚えながら操縦する。
〔アル・ガイア〕はスタック・スラスターを噴射すると、機体を立て直し〔ゼルドナァ・ボーマン〕の間合いから離れる。片膝をついて傾斜を下る。地面が抉れ、土塊が飛び散る。
「こぉんのぉおおお!!」
柾は全身に降りかかる負荷に青筋を立てながら、重たい操縦桿とフットペダルを踏み切った。
〔アル・ガイア〕が力任せに走り出し、カタナを振り続ける。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕はその二刀を受け流しながらも、一歩黒い巨体が踏み込むごとに後退を余儀なくされた。
砲撃隊の一機が砲口をがら空きの〔アル・ガイア〕の背中に据えられた。
「隊長、今援護を――」
「バカ野郎! 隊長ごと殺す気か!?」
別の〔パンツァー・グランツ〕がカノン砲の砲身で、その機体のカノン砲を抑える。
剣戟が交わるたびに散る火花。真っ赤に燃える夕日の中を舞う蝶のように、その火は鮮やかに輝いて〔パンツァー・グランツ〕部隊を阻んだ。その目に邪魔なをするなと訴えかけるかのよう。
「考えたな。接近すれば、横やりが入らないと踏んだか」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は斧で再びカタナ二刀をからめるようにして受け止めると外部スピーカーで訴えかける。
「かなりの場数を踏んできたようだな!」
「好きで戦ってきたわけじゃない!」
柾はボーマンの挑発に激昂する。
〔アル・ガイア〕が力任せに横薙ぎにカタナを振って鍔迫り合いを解く。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕はそれで体勢を崩されるようなことはなかった。柾の言葉遣いとがむしゃらな崩しでは、冷静なボーマンの思考と操縦技術を挫くことはできない。
首元の布きれをなびかせて、〔ゼルドナァ・ボーマン〕は構え直す。力を蓄え、じりじりと間合いを詰める。
「なら、その機体は俺が貰い受ける!」
ボーマンは声高に宣言する。その力こそフライハイトに、自分にこそふさわしい、と奮起する。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕も手練れと刃を交えることに興奮したように斧を大きく振う。袈裟斬りに刃が栓を描く。
「入られた――」
結子は〔ゼルドナァ・ボーマン〕の踏み込みの深さに目を見張った。
〔アル・ガイア〕は懐深く斬りこんでくる斧を避ける。出っ張った胸部装甲をかすめて、かすかに火花が散る。
柾たちは小さな火花に目を細めながら次に来るだろう右半身への攻撃に注意を払う。自然、その瞳も右へと向けられていた。
彼女たちがもう一方の斧での攻撃か、それとも返す刃で切り上げるのか、と緊迫した。
だが、次に来た衝撃は左。鈍く、絡みつく重たい激震に柾たちの意識を握りつぶされそうになる。
「ギィイイッ!」
特に激しい衝撃を受けた柾は視界が朦朧としてしまう。モニタには砂嵐が吹き荒れ、次に来るだろう〔ゼルドナァ・ボーマン〕の機影が三つ、四つの幻影が重なって見えた。
そして、蛇のようにモニタを這う鎖の色を捉える。
左脚部が浮き上がった〔アル・ガイア〕の頭部の左半分がひしゃげ、二重の鎖が装甲を削りながら離れる。
「これでどうだ……」
ボーマンは静かにつぶやいた。確かな手ごたえを覚えながらも、操縦者が三人いるという事前情報がこの状況を冷徹に分析させる。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕が行ったのは鎖による攻撃。それは初手の斧が振り下ろされるとき、チェーン・ウィンチより鎖が伸ばされて、振袖のごとく広がったそれが〔アル・ガイア〕の側頭部を殴りつけたのだ。
斧の柄頭とチェーン・ウィンチとが連結しているからこそできる時間差攻撃。初見で見破るのは手練れでも至難の技だろう。
だが、〔アル・ガイア〕は無理矢理に機体を踏んばらせると、浮いた左脚部を一気に地面におろす。〔ゼルドナァ・ボーマン〕が次の手に出るよりも早い。
「あなたにこの子を渡せますか!」
フォノは脳髄が揺れる気持ち悪さを抱きながらも叫び、自分の意志をつないだ。
〔アル・ガイア〕は彼女の気性に乗っかって左脚部で強くたたらを踏むと左腕部を奮った。カタナの間合いではない。
渾身の裏拳が炸裂する。
「――チィッ!!」
ボーマンは視界の端に映る拳の速さに汗がどっと噴き出しながらも、歯を食いしばる。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕の素早いフットワークと腕部の運動で〔アル・ガイア〕の裏拳を受ける。半身を浮かせていた〔ゼルドナァ・ボーマン〕の機体が威力を流しながらも、斜面を横に滑る。地面を抉りながら、鋭い脚部の爪で転倒だけは免れた。
「柾、返事して!」
「あぁ、うぅ……」
フォノは息を荒げながら、内線で柾に呼びかける。回復していないようで目がうつろで、うわごとをこぼしている。その痛々しい姿に彼女は悲しい顔をした。
「だから、余計なことはするものじゃないのよ……」
「いい動きだ。それでこそ、だ」
ボーマンのゆったりとした言葉と共に〔ゼルドナァ・ボーマン〕は軽くマニピュレーターを回して、動作確認をすると再び〔アル・ガイア〕にセンサーアイの鋭い眼光を向ける。
〔アル・ガイア〕は裏拳を放った姿勢から立ち直っていない。見透かされている。
「――っ!」
フォノの思考はそこで止まってしまった。圧倒的不利に立たされていると自覚してしまったばかりに、マルチ・ハープーンや汎用機関銃での対応が頭で考えている暇はなかった。体は恐怖で縛りつけられて、冷たい汗が胸の谷間に流れ込む。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は両腕部のチェーン・ウィンチを伸ばし、そして、鞭の要領で回す。斧を先端に付けた鎖は、さらに強力な遠心力を味方につけて風を切る。
その光景に結子は息をのみながら、メイン・操縦の権限を自分に移譲させる。〔アル・ガイア〕はぎこちなく動き始めるが、いかんせん経験不足の結子では後退させるのが精一杯であった。
「逃げるのか!」
ボーマンは逃げに出た〔アル・ガイア〕を怒鳴りつけた。
瞬間、結子はビリビリと空気が震える感じを受けて操縦の手を止めてしまう。それはすなわち〔アル・ガイア〕の停止を意味する。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は二つの斧を放った。一方の斧が傾斜をかすめるように低く回れば、もう一方は赤と黒の地平線をなぞるようにして〔アル・ガイア〕へと迫る。
「結子、動いて!」
「――ッ!」
フォノの叱責を受けて、結子は操縦桿を押し込んだ。
〔アル・ガイア〕は寸前のところで飛び退る。
着地と同時に二本の斧は〔アル・ガイア〕がいた傾斜を大きくえぐり、土色が捲れ上がっていた。
結子は汗でお尻がぬれている感触に寒気を覚えながら〔ゼルドナァ・ボーマン〕を見据える。
「あなたは自分が正しいと思っているの?」
「そうでなければ、支持などされない。やれ!」
結子はカラカラの喉を引くつかせて、周囲を見渡した。すでに〔パンツァー・グランツ〕部隊によって包囲され、その得物の切っ先が身動きの取れない〔アル・ガイア〕に向けられている。
そして、気勢を上げて一気に取り囲んでいた〔パンツァー・グランツ〕が押し寄せる。
「いつの間に!」
フォノは湧き上がる恐怖にかられながら、機体を抑え込む〔ゼルドナァ・ボーマン〕の頭部を見上げた。威圧するようなセンサーアイの光。
「強者にこそ力はふさわしい!」
ボーマンは興奮のあまりに叫んだ。
〔パンツァー・グランツ〕の刃が届くまでに数秒と必要ないだろう。いくつもの刃が〔アル・ガイア〕を串刺しにする光景が目前に幻影のように映り込んだ。
だが、その瞬間〔アル・ガイア〕の四肢、各アクチュエーターが最大稼働を開始。熱を急速に帯びていく。
「御託は、もう――っいい!!」
覚醒した柾の第一声と共に〔アル・ガイア〕はカタナ二刀を素早く鞘に納める。その刀捌きは流麗で、熟練の技であった。
「柾! よかった……」
「柾! 無事だった」
フォノと結子は安堵すると同時に力んでいた体が弛緩する。
「一人目か……。しかし!」
ボーマンは嘲笑う。
自らが手を下さずとも、数秒ののちには押し寄せる〔パンツァー・グランツ〕にやられる。それはフライハイトの誰もが思い描いた、覆されることのない結果だと信じていた。
例え、主操縦者の意識が回復したところで覆ることはないだろう。
「ごめん、心配させちゃって。でも、今はこの状況の打開!」
柾のはつらつとした声にフォノと結子は気を引き締めて頷く。
そして、〔アル・ガイア〕のカタナは流麗に奔る。
鋭い銀色の刃がハルバードを打ち払う。正面から迫ってきた敵が崩れた。〔アル・ガイア〕が前に駆け出そうとする。しかし、背後、左右からの刃が装甲を斬り、鋭い刺突が容赦なく黒い鎧を弄ぶ。
「うっ――」
上下、前後左右からくる連続した衝撃に呻く柾。だが、その中にありながら、胸部にいるフォノと結子への直撃を避けるように操縦をしていた。
黒い巨人の足に、腹に、腕に、背中に、ハルバードの斧頭が突き刺さるたびに、糸の絡まった人形のように機体が揺れる。合計五機の〔パンツァー・グランツ〕がハルバードを追い込み、〔アル・ガイア〕の動きを封じようとする。
「投降しろ。致命傷は避けてやったはずだ」
「嫌だ!」
柾が端的に、力強く拒んだ。
〔アル・ガイア〕はハルバードが突き刺さったまま、重心を低くしカタナをもう一度納刀。
「出力、上昇――」
フォノは軋む操縦席の中でつぶやき、メイン・モニタの隙間から零れた火花に目を細める。ショートした電気が入り込んできた。
「――残量もまだいける」
「全部を倒す必要はないんだからね」
フォノの報告を受けて、結子はそう付け足し、機体のダメージコントロールを行う。すでに機体の自己修復機能は最大で稼働しており、システムも光の速さで働き続ける。
ハルバードで押さえつける〔パンツァー・グランツ〕は、その抵抗する力が上がっていくのを感知している。操縦者たちに戦慄が走る。
「早く、首を落とせ!」
誰かがかすれた声で怒鳴った。
目にも留まらぬ抜刀。煌めく銀色の刀身。その表面を覆う液体金属が一閃と共に飛び散る。飛び散った泥でも浴びてしまったように正面左右の〔パンツァー・グランツ〕の装甲にこびりつく。
それでは斬首の刃は止まらない。
刹那、稲妻が地上を駆け巡った。雷鳴が轟き、雷光が瞬く。その発生源は〔アル・ガイア〕のサイド・ラックにある鞘の鯉口から迸り、振り切ったカタナを経由して〔パンツァー・グランツ〕部隊へと伝播していた。敵機の装甲に纏わりついた液体金属が避雷針となって蛇のようにのたうつ電撃を浴びせているのだ。
「な、何だ! 何が起こっている!」
「モニタが死んだ。真っ暗だ」
電撃を食らった〔パンツァー・グランツ〕の操縦者たちは口々に狭い真っ暗闇の中に叩き込まれた。彼らに感電はなく、機体のシステムと駆動がショートしただけだ。だが、狭く身動きもとれない操縦席は棺桶よりもたちの悪い恐怖の空間となって、操縦者たちを苦しめる。
〔アル・ガイア〕は残心を取るようにしてゆっくりと立ち上がり、傾斜の上の立つ〔ゼルドナァ・ボーマン〕を正面にいれる。
そして、電撃を浴びた数十機の機体が足元から崩れる。重厚な音を響かせて、地に伏せる機械仕掛けの兵士たちからは焼け焦げた臭いが立ち込める。ビニールの燃えた臭い、炭のような煤けた臭いが冷たい風に流れる。
「う、あ……」
かろうじて電撃を食らわなかった背後の〔パンツァー・グランツ〕数機が下り坂を後退る。
そして、高い位置を取る〔ゼルドナァ・ボーマン〕も〔アル・ガイア〕の技に戦々恐々としていた。
「お前たち、何をした?」
ボーマンは渇いた喉を生唾で潤し、操縦桿を固く握りしめた。
〔アル・ガイア〕の機体性能は報告書の内容以上に異質である。電撃までも操ることが出来る。それはナイト級であっても自然現象を操る機体はいないのではないか。
〔アル・ガイア〕はカタナ一本を右サイド・ラックの鞘に納める。そして、カタナを正眼にゆったりと構える。ハルバードは突き刺さったまま、奇怪なヤマアラシのように長い柄が影を落とす。
それでも〔アル・ガイア〕は動く。
「初めて会った時と似てる……」
結子は静かに遠い昔のことのように思える初陣を思い出していた。立体ウィンドーが次々と展開されて、システムが操縦者の手を離れようとしている。しかし、今はまだ柾の制御化にあり、結子にも操ることが出来る。
「柾が機体を乗りこなしている、のかしら?」
フォノは矛先の見えない恐怖に体を震わせる。いまだに動く〔アル・ガイア〕に対してか、それとも戦おうとする〔ゼルドナァ・ボーマン〕にか。いいや、違う。最も恐れているのはこの機体を操る柾・カイリその人である。
「面白い……」
ボーマンはククッと笑うと操縦桿を強く握りしめた。
どんな仕掛けかなど、ボーマンには関係ない。単純明快な敵意をくみ取れば、機体の性能など関係ない。
倒すか、倒されるか。生き残りをかける思考ルーチンを最大にしなければならない。
「女王と渾名されるだけのことはある」
ボーマンは恐怖をねじ伏せて、〔ゼルドナァ・ボーマン〕を操る。斧の柄頭と鎖を分離。
「そして何より、身に余る力を操る魔女はここで始末する!」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は両腕部が手にする斧を力いっぱい放った。時間差による投擲。一直線に並んで、鈍い風切り音をたてながら斧のブーメランが飛ぶ。
「あたしたちは魔女じゃない!」
柾は迫る斧を前にしても恐怖の色はなかった。
〔アル・ガイア〕は巧みな刀捌きで斧を叩き落とし、払いのける。二つの弾ける音が空に響いた。
「そうやって人を否定することしかしないから、簡単に人を殺せるんだ!」
「悪は否定しなければならない」
ボーマンの声と共に〔ゼルドナァ・ボーマン〕は肉薄してチェーン・ウィンチを高速回転させる。
唸る右拳を〔アル・ガイア〕はカタナで受け止める。その重圧に片膝をつく。やはり、出力は落ち込んでいる。それでもカタナは高速回転するチェーン・ウィンチを止めて、生み出される火花の雨が黒い兜に降り注ぐ。
「我々が望むものは人権の尊重だ。家畜のように生かされる人生を許せと!?」
「何度言えばわかってくれるのよ!」
柾は目の端で〔ゼルドナァ・ボーマン〕の左腕部が腰だめに引かれるのを捉える。
〔アル・ガイア〕は押さえつけてくる敵機の右腕部を、その回転に沿うようにして受け流す。そして、地面を転がりスタック・スラスターの圧力で復帰する。そして、カタナの切先を〔ゼルドナァ・ボーマン〕に向けて牽制。
切先に覇気を感じたボーマンも迂闊に攻勢に出られない。
「悪いことをしたから仕返す。そんなことを続けるから、いつまでもみんな変わらないのよ」
「勘違いをするなよ、小娘」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は怖気ることなく、眼下にいる〔アル・ガイア〕を見下ろす。
周囲の砲撃隊は死屍累々に散らばる白兵戦機のこともあって、砲撃をためらう。かといって、カノン砲を捨てて、白兵戦に持ち込むこともできなかった。
操縦者たちの度量の違いとしか言いようがない。
赤い夕日に照らされた丘。それを浴びて立つ〔ゼルドナァ・ボーマン〕はチェーン・ウィンチから鎖を伸ばす。重たい鎖が地面に落ちる。
「虐げる者がいる以上、それを排除することは最善の策。でなければ、誰も幸せにならないのは明白だからだ」
「それは、フライハイトの、組織としての理屈でしょう?」
フォノは息を切らしながら操縦桿を握りしめる。
「組織ができるからには人が集まり、同じ志を持っているからだ」
ボーマンが言った瞬間、彼の機体は鎖の鞭を奮った。
〔アル・ガイア〕はそれをカタナでいなし、間合いを詰めていく。しかし、鎖の軌道は素早く、なかなか距離を稼げない。
「う、ぐぐ……」
柾は脂汗をかきながら、弾くたびに走る鈍い衝撃に顔をしかめる。機体も大きく左右に振られる。
「我々は一人ではない」
その一言に柾たちは周囲に目を走らせた。
「しかし、ただ耐え忍ぶしかなかった。力がなかったからだ」
ボーマンは苦い口調で言う。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は苛烈な一撃で〔アル・ガイア〕の構えを弾き飛ばす。黒い巨人の体勢が崩れた。好機とばかりに、〔ゼルドナァ・ボーマン〕が鎖を巻き上げながら一気に傾斜を駆け下りる。
「アーデル・ヴァッヘが神の兵士であるなら、人を救う力で何が悪い!」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕の強烈なラリアットが襲い掛かる。
「それなら何故――っ」
柾は悲痛な声を上げる。
〔アル・ガイア〕が強引に崩れた上体を戻す。寸前のところでカタナの刃がチェーン・ウィンチのラリアットを防いだ。金属の削れる悲鳴が上がり、両機の装甲を火花が跳ね回る。
「何故、力という手段でしか解決できないの?」
その声は弱々しく金属の悲鳴の中に溶けていった。
柾には彼のいう力の使い道が破壊の道であることが悲しくもあり、憤りも感じていた。彼は力こそすべてと論ずるが、結局それは〔AW〕によるものだ。純粋な力だけでは人は救えない。
「どうして、話し合おうとしないの!」
〔アル・ガイア〕はより強い力で〔ゼルドナァ・ボーマン〕を突き飛ばす。
彼我の間合いが開くと、再び膠着状態の時間が訪れた。
「今の世の中、階級によって隔たれた中で対等に言葉が通じるものか。いくら正しいことを言おうとな」
ボーマンは息を整えながら、攻撃の機会をうかがう。そして、頭の中を整理して舌戦を続ける。
「いや、正しいからこそ権力者は自身の矮小さを棚上げして力でもって黙らせた」
「あなたはそれと同じことをしているのではありませんか?」
フォノが言う。
「わからないのか? 指導者が悪と善ならば誰だってよりよい指導者を望む。それが世の趨勢というものだ」
「それじゃあ、みんなが悪いみたい」
結子のまとめかたは強引であったが、柾とフォノにはわかりやすい翻訳であった。
ボーマンは鼻で笑って少女らしい感想だと思った。
「そうだ。人間は善悪二極を持ち、一方にだけ加担するようなものは異端なのだよ」
「違う。悪いことをしたら反省して、いいことをしなきゃいけないでしょう。そうすれば、仲良くできるでしょう?」
柾は切実な声が夜を迎えようとする空気に響いた。
しかし、そんなものはボーマンにしてみれば反吐が出そうな理屈である。
「世の中は子供が動かしているんじゃないんだよ。比べ物にならない苦痛を権力者は与える。それを許せ? 善行をして見せろといったところで信頼はもう戻らないんだよ」
「それが人の前で首を落とすことになる!?」
「そうすれば、大衆は自分の目で真実と解放を実感できる。残酷と称するなら、それはお前たちが未熟だからだ」
「そんなこと……」
「自分の見聞きしたもの以外、伝言ゲームですべてを信じられるものではない! そういうものだろう? 人間というものは!」
ボーマンは〔アル・ガイア〕が構えるカタナの切っ先が寝転んだように見えた。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は疾駆する。右拳を引いて距離を詰める。大きく踏み込んだ。
太陽が地平線の向こうに消えて、宵闇が幕を下ろしだす。
「――――っ!」
柾は耳障りなチェーンウィンチの音にすくみ上る。
そして、〔アル・ガイア〕はスタック・スラスターを展開して後ろへと大きく飛び退いた。エネルギーの循環が不十分でスラスターが空回りした。
「逃げ回るだけでは何もできないぞ!」
ボーマンの叫びが柾の胸に突き刺さる。
「お前たちは感情に振り回されて調子に乗っているだけのただの子どもだ。そんな奴のいうことに誰が耳を傾ける者か! そしてそのまま、お前たちは、愚かな大人になるんだろうな!」
そこまで言われて柾は返す言葉もなかった。
この場で〔アル・ガイア〕が〔ゼルドナァ・ボーマン〕をねじ伏せることは可能なのかもしれない。しかし、それを行うということは彼らの論理を受け入れることに他ならない。
そして、大人のいう挑発が頭をパンクさせて子どもの戦う理由を削いでしまった。
「あんたみたいな大人になるくらいなら。子どものままでいい!」
〔アル・ガイア〕は追撃を仕掛けてくる〔ゼルドナァ・ボーマン〕を一瞥すると、今度は最大出力で真っ暗な空へと跳び上がった。そして、スタック・スラスターを全開にすると戦線を離脱する。
「何がクイーン級だ。乗っているやつは大したことないな」
ボーマンは〔アル・ガイア〕が残す流れ星を思わせる光跡を一瞥して、機体を部下たちの方へと向けさせた。そのさなか、ボロボロとハルバードが空から降って地面に突き刺さる。
「恐ろしい天気にしてくれた。戦闘態勢は解除だ。倒れている機体の救護を急げ。各機、下がるぞ」
その命令を受けて、〔パンツァー・グランツ〕部隊も肩の重荷が降りたように緩んだ足取りで解散する。
「まったくもって無駄な争いだ。武器を使った子どもの仲裁も楽ではないな」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕はチェーン・ウィンチを止めて、町の方へと歩む。
「隊長。逃げ出した貴族たちはいかがいたしましょう?」
一機の〔パンツァー・グランツ〕が〔ゼルドナァ・ボーマン〕によってそんなことを質問する。
ボーマンは心中マメだな、と皮肉りながら一つ息をついた。
「放っておけ。見つけるようなことがあれば捕まえればいい」
「ですが――」
「バカなお人よしに合わない限り、野垂れ死にする」
ボーマンは自分の持論を曲げることはなかった。
だがもし、と彼は心の奥底で自問した。悪だと知らずに助ける人がいて、その人間を悪人が幸せにするとしたら。
そう思うと〔アル・ガイア〕が放った三つの声音の言葉が蘇って、もやもやとした気分が沸き立った。
「考えてもきりがないか……」
ボーマンは一人そうつぶやいた。
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