~道義~ 赤黒い空の激戦〈前編〉
〔アル・ガイア〕は広場に残る柾たちに手を差し伸べると、すぐに中に取り込んだ。
突如現れた〔アル・ガイア〕によって集まっていた人たちは逃げ惑い、断頭台にいる立会人たちも命からがら逃げだしていく。処刑されるはずの貴族たちも荒縄で繋がれたまま、十三階段を転げ落ちて逃げ出す。
哀れ一人だけがギロチンにかけられたまま、何も見えない恐怖に震えていた。
血染めの空の下、黒い巨躯は立ち上がって四つの瞳が同じどす黒い赤色を発光する。その視線の先には機体の陰に埋もれた処刑台があった。
「こんなものは必要ないでしょう!」
怒り狂った柾は自身を包んでいるぼろ布を脱ぎ捨て、操縦桿を強く握りしめる。
〔アル・ガイア〕は右腕部を伸ばして、器用にギロチンの刃を握りつぶす。その乱暴な力がギロチンの刃を支える柱をへし折り、高台をも横転させる。
盛大な音を立てて崩れ落ちる処刑台。ギロチンにかけられた貴族は木片に紛れて硬い地面に落ちると、台の破壊と共に手足の自由を得て顔を覆う頭巾を這いで逃げ出す。
「ヒィッ! バ、バケモノだ!」
視界を得た貴族の男が初めに見たのは、巨大な黒い影が鉄槌を振り上げるところであった。
「人を殺すだけの装置だ、機械だなんて、不幸を呼ぶだけよ! なんでそれを、大人はわからないの!」
そして、呼吸ひとつするうちに〔アル・ガイア〕の握り拳が処刑台の残骸に叩き付けられた。
激震と轟音を伴って、木片が四方八方へ飛び散る。周りの家屋の壁を叩き、窓ガラスをぶち破り、時に屋根の石の葺き板を砕いた。
「柾、どういうつもり!?」
「これだと、悪い人を助けたみたいだよ」
フォノと結子は頭を抱えて逃げていく貴族の男を見ていった。
「違う! 悪い人を、こんな見世物のようにするやり方が許せないだけっ」
柾の血走った眼はメイン・モニタを走り、三方からにじり寄る〔パンツァー・グランツ〕の影を視認していた。
「こんなことをするために、こんなことをするために……」
柾は涙をためた瞳でモニタを見渡し繰り返しつぶやく。
〔アル・ガイア〕は姿勢を正して、排熱ダクトから粘つくような熱気を零す。冷たい空気に冷やされた熱気は白煙となって、静かに流れていく。
「冷静に。冷静に対処するんだ」
〔パンツァー・グランツ〕の操縦者の一人はそう自分に言い聞かせた。
護衛の〔パンツァー・グランツ〕隊はただならぬ気配を感じて、突撃の機会を躊躇した。得物はハルバードであり、武器を構えない黒い機体とを比較して間合いを測る。
しかし、相手は〔AW〕の中でも、ナイト級を凌ぐだろうクイーン級の機体だ。
その威圧感、不安が機体を家屋を盾にすることを選ばせる。〔AW〕の腰ほどもある高さの家屋ならば、迂闊に飛び込めないと踏んだのだ。それでいて、機体は広場にすぐ出られるように半身を通路に出していた。
そのことが柾を余計苛立たせる。
「家を盾にする。あたしたちのときは家を踏みつぶしたくせにっ!」
少女の慟哭が〔アル・ガイア〕の外部スピーカーから放たれる。
「何を言っているんだ?」
「かまうな! 所詮は魔女のたわごとだ」
「隊長が来るまでもたせるんだ。いいな? わかったな?」
〔パンツァー・グランツ〕三機は互いに外部スピーカーで伝達しあって武器を構える。
「嫌な噂ばかりが現実になるっ」
〔パンツァー・グランツ〕の一機の操縦者が苦虫をかみつぶしたかのようにつぶやく。
広場に立つ〔アル・ガイア〕は幽鬼のように恐ろしい眼光を煌めかせ、〔パンツァー・グランツ〕三機を見渡した。不気味な夕日の空の下、地面から湧き出た死神のような不気味さが漂っている。
「柾、下がって」
「フォノは黙ってて!」
柾の怒鳴りと共に背後の〔パンツァー・グランツ〕が踏み込んだ。
「仕掛けるのか――」
「行くしかない!」
ほかの操縦者たちも一番槍に出た機体に触発されて、自分を奮い立たせる。
赤い空に響く操縦者の気勢と家屋の陰に隠れて伸び上るハルバードの刃。〔パンツァー・グランツ〕が踏み込んだ。
それに合わせて、〔アル・ガイア〕は振り返ると同時に盾を展開して、突きを弾き飛ばす。甲高い鋼鉄が交わる音が響き渡る。
冷酷な残響がこの場にいる者を震え上がらせた。
「このっ」
柾は骨の髄まで震える感覚を覚えながら、操縦桿とフットペダルを切り返した。
突きを外された〔パンツァー・グランツ〕が〔アル・ガイア〕に蹴り倒される。
その背後で他の〔パンツァー・グランツ〕が走る。二機の斧頭が石畳を軽くこすって、跳ね上がる。
「背後から来る!」
結子が叫ぶ。
「対応する」
柾の気勢と共に〔アル・ガイア〕は脚部、背部にあるスタック・スラスターを展開すると、一気に噴射する。
紅蓮の空を塗りつぶす、青白い閃光が広場を覆い尽くした。
「ぐっ」
〔パンツァー・グランツ〕の操縦者二人は思わず目をつぶる。ゴーグルモニタの防眩処理が遅れたのだ。暗い夕闇の中にあっては逆に光を強く取り込もうと光学センサは働いていた。
この目潰しは厳しい。
〔パンツァー・グランツ〕二機は操縦者の指令を失って、突進の足を緩めてしまう。
その間にも、〔アル・ガイア〕は地面を滑るようにして機体を反転。氷の上をすべるかのように軽やかに反転し、そのまま二機へ突進する。
現状のスタック・スラスターの出力だけではホバリングして高速機動を取るのがやっとだ。しかし、その体当たりは無慈悲な津波のごとき力を内包している。
無防備な〔パンツァー・グランツ〕二機が〔アル・ガイア〕の構える盾と衝突。重厚な〔AW〕の足元が浮き上がって無様に倒れこむ。
重々しく広場の石畳を砕き破片が飛び散る。今度は家屋の壁に弾痕のような跡が刻まれた。
「こいつっ」
一番槍を挑んだ〔パンツァー・グランツ〕の操縦者は頭を振って意識を取り戻す。闘志を燃やし、操縦桿とフットペダルを力強く押し込む。
各駆動系がうなりを上げる。しかし、いつもは繊細なアクチュエーターの音が不協和音を奏でている。
〔パンツァー・グランツ〕の起き上がりが通常よりも出遅れた。
「柾、後ろの機体、まだ動く」
「あんた達なんか……」
柾は結子の報告を聞いたのか、それともモニタに表示される警告指示に従っているのか、恨み節な低い声音で言う。
「柾……」
結子は憎悪に満ちた彼女の声にただならない不安と混乱が胸の中で渦巻く。
その不安が現実になるかのように、〔アル・ガイア〕は左腕部の盾を収納して悠々と振り返る。そして、右腕部を後ろに引いた。矢を番えるように、渾身のストレートをかまそうと振り絞る。
起き上がった〔パンツァー・グランツ〕はハルバードを構えて、カウンターの姿勢に入る。スタック・スラスターで飛び込んでくるのは目に見えていた。操縦者は相打ち覚悟で血に飢えた赤い瞳四つから目を離さない。
「邪魔なんだ!」
柾は正面でハルバードを構える〔パンツァー・グランツ〕を睨み付けて狙いを定める。
〔アル・ガイア〕が右腕部を極限まで振りかぶった瞬間、後方から金属のこすれ合う冷たく流麗な音が響いた。
「何っ」
柾が呻いた瞬間、〔アル・ガイア〕の右腕部が鎖にからめとられて拳を封じられてしまった。操縦桿の感触が一気に重くなる。
「重たい。なんて力なの……」
フォノも右の操縦桿にかかるフィードバックに呻きながら、両脚部の出力も上げていった。
気を抜けば〔アル・ガイア〕は鎖に引っ張られて転倒させられてしまう。それほどまでに強い力が鎖から伝わっているのだ。
「誰?」
結子は索敵をかけながらも、気持ちが流行り後ろへ顔を向けた。
そこには夕日に照らされたナイト級の機体。鎖を巻きつけた特異な腕部。その右腕部から伸びる鎖が〔アル・ガイア〕を拘束しているのだ。〔ゼルドナァ・ボーマン〕である。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は空いている左腕部で伸びる鎖を掴み、一気に自分の方へ引き込もうとする。〔アル・ガイア〕が一瞬よろついた。
「ベッグ、ランバ。負傷者を回収しろ」
ボーマンは〔アル・ガイア〕の動きを鑑みて、部下たちに指令を飛ばした。
「了解」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕についている〔パンツァー・グランツ〕二機が倒されている味方機に駆け寄る。
そして、ボーマンは正面を見据えながら怒鳴る。
「正面のは攻撃をしろよ!」
「は、はい。了解であります!!」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕からの一喝に突っ立っていた〔パンツァー・グランツ〕は両脚部に力を込めると、ハルバードの刃を上げて突進する。
重たい足音とハルバードの斧頭の風を切る音。
その音は操縦者の気持ちを高ぶらせた。
「討ち取るっ」
「そんな動きでこの〔アル・ガイア〕がやらるわけ、ないでしょ!」
柾は伸び上るハルバードの刃を睨み、フットペダルを切り返す。
〔アル・ガイア〕が空いている左腕部を素早く右サイドラックに回すと、鞘から飛び出した柄を握りしめる。
鋼鉄の迅疾。左腕部が切り上げれば、銀色の軌跡を伴いカタナはハルバードの刃を弾き飛ばした。
火花が華麗に散った。
「早いっ。ぐわっ」
〔パンツァー・グランツ〕の操縦者は切っ先が弾かれた衝撃に呻き、機体がよろついて半壊した家に半身を突っ込んだ勢いに歯噛みする。家屋がむなしく崩れる。
〔アル・ガイア〕は返す刃で無防備な〔パンツァー・グランツ〕の胴に斬りかかろうとした。
だが、〔ゼルドナァ・ボーマン〕のもう一本の鎖がカタナに巻き付いて動きを封じる。
「またぁ?」
フォノは思わず上擦った声を上げた。
「町中での戦闘は分が悪いか。作戦変更。各機、標的を町から追い出せ」
ボーマンは指示を飛ばして、ウィンチを巻き上げる。
指示を聞いた〔パンツァー・グランツ〕各機は転倒した機体を含めて左右に展開していく。
「包囲される……」
結子は首を左右に振って〔パンツァー・グランツ〕の動きを目で追った。囲い込んで、逃げ道を塞ごうという魂胆だろう。無益に突撃するのではなく、撃墜可能な性能を持つナイト級が一手に攻撃を引き受けるつもりだ。
〔アル・ガイア〕はその引き込まれる力に負けて、よたよたと後ろ歩きをする。
「引き込まれてる!?」
「このくらいで、調子に乗らないでよっ」
フォノの声を聞いて柾は操縦桿の反発に耐えながら、コンソールスイッチを操作する。
すると、〔アル・ガイア〕の握るカタナの刃が柄と分離して、機体は右腕部に巻き付く鎖に引っ張られ反転した。分離した刃が地面に落下し、するりと鎖が地を這って巻き上げられていく。
攻守逆転。
〔アル・ガイア〕は右腕部を拘束されたまま、スタック・スラスターを展開して一気に〔ゼルドナァ・ボーマン〕へと肉薄する。そして、左腕部は右の鞘へ。
「んっ」
ボーマンは息をのんだ。ゴーグルモニタが一瞬真っ白になって視界がゼロになる。
しかし、敵の動きはあまりにも単調。猪突猛進することしか考えていないと見えた。鎖から抜けだたのはいいが、攻撃への転換がお粗末である。
一秒、二秒のわずな時間。互いの操縦者の決断は下された。
〔アル・ガイア〕の放った薙ぎ払いの剣線が〔ゼルドナァ・ボーマン〕の左腕部に食らいつく。巻き上げられる鎖とカタナの刃が歯の根の合わない歯車のように抵抗する。あるいは粗い研磨機に刃が削られているのか。
峻烈に火花がまき散らされ、激しい摩擦音がこだまする。
〔アル・ガイア〕と〔ゼルドナァ・ボーマン〕との合間にカタナと鎖のバツの字が敷かれた。そのクロスは激しく揺れながらも拮抗して操縦者たちは迂闊な手を出せない状況を作っている。
しかし、それは技量以外にも経験の差が大きく作用した。
「直線的な動きだ。だから――」
ボーマンにはこの張りつめた緊迫感を楽しんだ。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は〔アル・ガイア〕の右腕部を拘束する鎖を緩めて、脱出の機会を与えた。同時に右腕部はすぐさま鎖を引き戻し、左腕部は激しく回転を続けて地面から這い上がった鎖を収納する。
両腕部で唸るウィンチが一層激しくなった。
〔アル・ガイア〕のカタナも弾き飛ばされそうだ。
「――っ」
柾は、いや、フォノも結子もこの瞬間を好機をばかりに目を見開いた。
右腕部の自由を取り戻した〔アル・ガイア〕は左腕部からわざと出力を下げた。カタナは激しく回転する鎖の束に弾かれる。左腕部が頭部に巻き付くようにして振りかぶられる。その陰に隠れて、咄嗟に左のサイドラックに腕を伸ばす。
うまくすれば袈裟切りと切り上げで〔ゼルドナァ・ボーマン〕を斬り伏せることが出来る。
しかし、その発想は迂闊で未熟である。
「隙も生まれる」
ボーマンにはそのたやすい動きに憤りを覚えながら、操縦桿を押し込んだ。
右腕部で強烈な唸りをあげるチェーン・ウィンチが大きく震えながら、〔アル・ガイア〕の左肩部に剛腕が振り下ろされた。自らの腕でセンサーアイをつぶした結果である。
耳をつんざく摩擦音と装甲のげずられる音。装甲がまるでおろし金に刷られた野菜のようにはじけ飛んでいく。マルチ・ハープーンの射出装置がこそげて、無残な鉄塊に変わる。
高速回転する鎖の束の衝撃はそのまま操縦席にいる柾たちに襲い掛かった。視界を激しく揺らし、空気の振動が肌をも震わせる。その今までにない衝撃に少女たちは悲鳴を上げる。
「無様なものだ!」
ボーマンはさらに回転数を上げて、黒い機体の頭部へと右腕部を移動させる。
「――っ!」
甲高い音が柾の耳飛び込み、彼女の危機回避能力を喚起させた。
〔アル・ガイア〕は自重をかけてくる敵機の攻撃に耐えつつ、左の肘関節を捻り、脇をしめた。その一連の小さくも力強い動作が重撃のチェーン・ウィンチを弾き飛ばす。
そして、その場で右脚部を上げて抜刀の流れへ。
「そう来なくてはな!」
ボーマンは歓喜して、すぐに機体を後退させる。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕が飛び退く。
それと同時に〔アル・ガイア〕も踏み込んだ勢いで後退と抜刀を繰り出す。引き技による抜刀は十二分にあけられた両機の間で空を斬った。しかし、放たれた風圧が〔ゼルドナァ・ボーマン〕を煽って、余分に下がらせた。
「流石、アーデル・ヴァッヘの女王と呼ばれえるだけのことはある」
ボーマンは狭い操縦席に伝播するビリビリとした振動に口元に歪な笑みを浮かべる。喜びと恐れがないまぜになった特異な感情は戦場でしか味わえない。
それは美酒の酔いのごとき、恍惚で危殆の惑乱。ひとたび心奪われれば、無事ではいられない。
しかし、少女たちにそんな酒酔いは無縁である。
「フォノ、大丈夫?」
「頭がちょっとくらくらするけど、大丈夫。大丈夫だから」
結子の心配する声に、フォノは気丈に答えつつ短い呼吸を繰り返す。脳天に響き渡っていた不協和音がなくなり、体中が蒸すような熱さが沸き立ってきた。
結子も気色の悪い感覚に襲われて、おもむろにコートを脱ぎ捨てる。片手で薄手の長袖の上から体をさすりながら、震える肌を慰める。その間にも機体状況の把握は忘れなかった。
〔アル・ガイア〕は二刀を構えつつ、距離を置いて様子をうかがう〔ゼルドナァ・ボーマン〕と睨みあう。どちらかが気を発するか、緩めれば、夕闇のわずかな明かりの中で鋼の巨躯がうなりを上げるだろう。
機体越しにも、戦いの経験を積んだ操縦者たちは自然にお互いの間を理解し、隊を崩す機会を窺うものだ。
「左のマルチ・ハープーン使用不能。左腕はまだ、何とか使える」
「柾、もういいでしょう? 癇癪を起こすのも大概にして!」
フォノは内線で青ざめた顔をする柾を怒鳴りつけた。
この戦いはそもそも無意味なものだ。一人の少女の感情に町ひとつが混乱の渦中になったのである。
「下がるの?」
柾のたどたどしい声に、フォノと結子が力強く肯定する。
「下がって――、いいの?」
〔アル・ガイア〕の四つのセンサーアイから攻撃色の赤色が点滅する。それは柾の怒りが弱まった証拠でもある。
柾は左を向いて、損傷個所の生々しさにぞっとした。
抉られた左肩部は落雷にでもあったように黒焦げになっており、ささくれだった金属片が飛び出している。もしこれが深々と降っていたら、左胸部にいるフォノの状態は想像したくもない。
左腕部は反応は鈍っているのの、どうにか動く。
「下がる、のは……」
柾は自責の念にさいなまれながらも、正面に立ちはだかる〔ゼルドナァ・ボーマン〕から目を離せなかった。
首に巻いた布が夜を運ぶ風に揺れて、地面に下げた鎖が静かにこすれ合う音を立てる。
このまま、その力を野放しにしていいのだろうか。柾のちっぽけな良心がささやいた。
「ううん。駄目だ。そんなことをしちゃ、ダメだ!」
柾は目にたまった涙をふき取ると、操縦桿を強く握った。
〔アル・ガイア〕の瞳が濁った赤色から、輝く黄色に変化する。正常な状態になり、右腕部が握るカタナの切っ先を〔ゼルドナァ・ボーマン〕に向ける。
「何を言ってるの!?」
「このまま引き下がったら、あたし、卑怯者だ。それにやっぱり認められないよ」
柾の筋金入りのわがままにフォノは様々な感情が入り混じって吐き気がした。
「人が人の命を好き勝手にするなんてダメだよ」
「……付き合う」
結子もフライハイトのやり方に疑問と嫌悪を覚える。
「……。わかったわ」
フォノも言いたいことすべてを飲み込んで柾に従った。
これは断罪でも、贖罪でもない。単なる少女たちのわがままだ。振う刃はただの傲慢。そこに立つ意味もまた意地と虚勢によってしか成り立たない。
それでも自分の胸にあるのは、不確かなれど正しい道だ。
その逡巡を打ち破るように警報が鳴り響く。
「後ろから一機、来る」
結子の冷静な報告を聞いて、柾は気合を入れ直して機体を動かした。
〔アル・ガイア〕は振り向きもせず、一瞬体を沈めるとスタック・スラスターと併用して跳躍。背後から振り下ろされるハルバードの一撃を回避する。
「あの動き、妙だな……」
ボーマンは隣の通路に着地し郊外へと走り出す〔アル・ガイア〕を見ながら、自機を併進させる。
町中での戦闘を避けるかのような動きだ。先ほどの暴れ方が嘘のような転身である。
「やはり子供か」
ボーマンはその時、酒場であった柾たちが乗り手だと確信した。
* * *
「また機体が勝手に動いたの?」
「そういう風に見えました。大砲も持っていきましたよ」
〔エクセンプラール〕の艦橋に上がったミトは通信士を務める男の言葉を聞いてあきれた。
窓に映る空はまだ赤い。夕刻の間延びした時間は焦燥感と得体のしれない不安の前兆を感じさせた。
「町の方の様子は……、ここからじゃわからないか」
「砲撃の音は聞こえているだろう? また暴れてるんでしょう」
何の気なしに操舵士の男は言った。
ミトは厳しい視線を彼に向ける。
「そんな軽率なことをあの子たちがしたっていうの?」
「子どもなんだぜ?」
「だとしても……っ」
ミトは言い返したかったが、そこで詰まってしまった。
〔アル・ガイア〕が飛び出していったとなれば、柾たちがその力を必要とするか、彼女たちの身に危険が迫っているときだ。発作的に機械が動き出すはずもない。
だが、子どもの感性というのは突発的だ。予期せぬところで顕実して、周りを巻き込むのだ。
「俺たちが出て行ってもできることはない。逆に出ていくだけ足を引っ張ることになる」
「ええ。艦は動かすつもりはないわ」
ミトの発言に艦橋クルーたちは目を見張った。
「珍しいな。あんたが引っ込むとはな」
「この前は無理に船を動かしたのにな。成長するもんだ」
男たちは冗談交じりに言葉を交わした。
「わたしだっていつまでも駄々をこねているわけにはいかないでしょう?」
ミトは一度息を吸って背筋を正す。
「わがままが許される歳でもないわ」
「そりゃそうだ」
誰かがひそかにそうつぶやくのをミトは聞き逃さなかった。それで怒りがこみあげてくるようなことはなく、肩の力が抜けるばかりであった。
「そのことを、あの子たちもわかるときが来るといいのだけど」
「フライハイトに喧嘩を売ってるところでダメダメだがな」
通信士の言葉にミトは目を細める。
「あの子たちには難しい話なのよ」
ミトは自分の本心を交えて答えた。
* * *
郊外に爆音が轟く。
〔パンツァー・グランツ〕のカノン砲が郊外の寂れた小屋を吹き飛ばし、農道を穿つ。
〔アル・ガイア〕はその爆風に煽られて、背の低い民家を踏みつぶしながらさらに後方へ飛び退く。機体を反転し、さらに飛び込んでくる砲弾を盾で防ぐ。
空中で榴弾が炸裂する。
柾たちは体をこわばらせて、その衝撃と勢いに耐える。
〔アル・ガイア〕はボロボロになった盾をしまうと、無人の小屋を踏みつぶして着地。屈伸運動で勢いを殺し、すぐに立ち上がるとカタナ二刀を構える。
「うっ。後ろには艦隊の城壁。前からは――」
柾が後ろを振り向いて、正面に顔を戻す。そのわずかな所作が隙を生む。
冷たくこすれ合う金属の音と共に、鎖の鞭が襲い掛かる。
〔アル・ガイア〕は右腕部が握るカタナでその重たい一撃を弾く。そのなんと重たい一撃か。一振りでカタナの刃は欠けて、衝撃が腕を軋ませる。
「チッ、クッ。もう追いついてきたの?」
柾は右手に走る痺れに顔をしかめつつ、赤黒い空にうねる鋼の大蛇を目で追う。
本体である〔ゼルドナァ・ボーマン〕は距離を詰めつつ、チェーン・ウィンチと腕部の運動で鎖を巧みに操り〔アル・ガイア〕を追い込む。
まるで新体操のリボンのように軽やかで、流麗な螺旋を描いて舞う鎖の二重奏。かと思えば、渾身の一太刀のように重く、鋭い打撃が落ちる。凪ぐ。
「早い。鋭いっ。強い!」
柾はそう言いながらも、その不規則な動きに対応する。
〔アル・ガイア〕が両腕部に握るカタナは降りかかる火の粉を払うように、鎖の腹を打って勢いを殺す。それでも素早くチェーン・ウィンチが作動すれば、たわんだ鎖に喝が入り一挙に後退をする。
「先ほどよりもいい反応をする。ほかの連中は、動いているのか?」
ボーマンは攻撃をいなす〔アル・ガイア〕の動きに感心しながらも、艦隊から出てきた〔パンツァー・グランツ〕の隊列にも気を配る。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕はセンサーアイを発光させて、周囲の確認と情報伝達を行なう。
フライハイトにしてみれば町を防衛するという大義名分を得てやる気を見せていた。中距離での攻防が続く二機の闘いを囲うようにして〔パンツァー・グランツ〕数機が得物を携えてにじり寄る。
「周囲に敵機多数。ナイト級の後ろにも砲撃部隊。あの発光信号を解読できればいいだけど」
結子は立体スクリーンに呼び出した東西南北の〔パンツァー・グランツ〕の配置を見て冷や汗を流す。発光信号も共通のものではなく、フライハイト独自に暗号化された配列のようだ。共通化されているもので訳そうものなら、それはアルファベットの不規則な羅列でしかない。
「まったく、狙いもつけられないわ」
フォノも隙あらば、残っているマルチ・ハープーンを撃ちだす準備をしていた。だが、敵の武器は鎖。複雑に流れる様子は一直線に進む銛の軌道などすぐにからめとってしまう。
「柾、五秒――、いいえ、三秒でもいいから止まって」
「無理だよ。今回ばかりはそれどころじゃない」
フォノの要求に柾は渇いたのどから言葉を振り絞る。
針の穴に通すなどと生易しい物ではない。一撃で〔ゼルドナァ・ボーマン〕を仕留めるには足を崩すか、操縦者を射殺すか。激しく左右に機体をゆする〔アル・ガイア〕では照準も定まらない。
時化の海に揺蕩う船から白鯨を射止めるがごとく、その射撃は蛮勇だ。
フォノは胸の内にあるやきもきした感情が発散できず、ただ赤と黒の空を背景に立つ〔ゼルドナァ・ボーマン〕を睨み付けるだけである。
その時、〔アル・ガイア〕の右腕部が横薙ぎに放たれた鎖を地面にたたき落した。
鎖は鈍い音を立てて、地面にめり込んだ。
その瞬間、フォノの大きな瞳が一層見開かれて、才気が射撃のタイミングだと脳髄に指令を飛ばした。
〔アル・ガイア〕が右肩部の射出装置を展開して、狙いを定める。目標は敵機左肩部の関節。距離は一〇〇〇メートルも離れていない。十分射抜ける距離だ。
柾もその機会を直感的に理解した。地面に落ちた鎖が引っ込まない。いくら機械とはいえ重い鎖を振り回していれば、どこかしらで歪が出てくる。そう思い込んだ。
〔アル・ガイア〕が左から迫る鎖の袈裟撃ちを左腕部のカタナで弾き飛ばしつつ、機体に踏鞴を踏ませた。
射撃の準備が整った。
だが、それは敵とて同じこと。いや、それよりも早く次の一手は仕込まれていた。
「この一撃で詰む」
ボーマンは操縦桿を引き上げて、フットペダルを踏み込んだ。
刹那、〔ゼルドナァ・ボーマン〕は左腕部を左右に激しく、大きく振る。そこから巻き起こる大波が地面に埋まった鎖に意気を吹き込んで走らせた。
鎌首もたげて迫る大蛇のごとく、鎖の波は強力な力を宿して無防備な〔アル・ガイア〕の腹部に食らいついた。
「あうっ!?」
柾たちは横殴りの衝撃と共に傾く視界を目にする。それほど強烈な一撃ではない。操縦席では感じられた。
しかし、〔アル・ガイア〕は重心を崩され、オートバランサーが働いた。機体はその場に踏み止まらざるを得なくなったのだ。
すなわち、動作の停止。ほんの些細な停止である。
それで〔ゼルドナァ・ボーマン〕には十分であった。
濃紺の機体は鎖を巻き上げながら、脚部に溜め込んだ力を解放。一挙に肉薄する。鎖が冷たくこすれ合い、ウィンチが金切声をあげる。
「――っまだ!」
柾は踏み込んで来ようとする〔ゼルドナァ・ボーマン〕の拳に冷や汗を流しながら、フットペダルを踏み込んだ。
スタック・スラスターを全開。
噴射と同時に〔アル・ガイア〕が驚いて飛び跳ねたように閃光と共に後退する。
「むっ――」
これにはボーマンもゴーグルの防眩処理が追いつかずに目を細めてしまう。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕の右ストレートが空を切る。
「回避成功――」
結子の報告を遮るように、背中に強い衝撃が走った。
その正体はすぐにわかった。
「しまった。戦艦」
「ここまで移動してきていただなんて」
柾とフォノは後ろをふり仰いで、その鋼鉄の脚部に喉の奥がひきつる。
〔アル・ガイア〕はバイン・シフ〔ガング〕の巨大な脚部に寄りかかるようにして立っていた。先ほどの衝撃は堅牢な〔ガング〕の脚部との衝突であった。
「戦艦にだって、横ばいくらいはできる」
柾たちはハッとなって正面に向きなおる。
その声は〔ゼルドナァ・ボーマン〕から発せられたものだ。そして、後方で隠れていた砲撃隊が左右について、カノン砲の砲口を向けている。
赤い夕陽を背にして立つその隊列は恐怖の象徴であった。
〔アル・ガイア〕はさながら銃殺刑に合う罪人のようで、身動きが取れない。
「左右も囲まれてる……」
柾は顔を左右に振って、得物を構える〔パンツァー・グランツ〕を視認する。
迂闊であった。すでに彼らの術中にはまっていたのだ。汗が体中から噴き出し、体の芯が凍えていく。
「こちらの攻撃に耐えたこと、褒めてやる。が、ここまでだ」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕はまっすぐに〔アル・ガイア〕を見据えていった。
「降伏か、それとも自決か。こちらに面倒をかけさせないやり方をしてもらいたいな」
フライハイトは勝利を確信しながらも、緊張は解かない。
〔アル・ガイア〕はいまだにカタナを握っている。刃の欠けた使い物にならない武器だ。しかし、それでもなお武器を手にして、切っ先を下げない。それは最後の覇気ともいえる。
「降伏なんかしない。あなたたちは間違ってる。人殺しは喜劇なんかじゃない」
柾は恐怖心を打ち払うようにして、モニタに映る敵の隊列に言い放った。
「悪を平等に裁く。それの何が悪い?」
ボーマンは鼻で笑った。
〔ゼルドナァ・ボーマン〕も大きく両腕部を上げて煽った。
「美辞麗句を並べていても、真に必要とされていることを理解していないのだ、お前たちは。人が世に蔓延すれば、接触しないわけにはいかない。そして、生じる歪、軋轢、仲違い……。解消する術はないかと聖人君子は嘆くだろうが、人間はそうじゃない。ただ幸せに、平等に、生きていきたいだけだ。人を家畜にする愚かな人間を悪しないでどうする?」
「そうでしか、解決できないの?」
フォノは抜け目なく機体の出力を上げていた。表示されたサークルゲージが徐々に上がっていく。その脈動を敵に察知されないギリギリにまで上げるのは難しい。
〔アル・ガイア〕は自然体を装いながら、脈々と伝わる高電圧の高鳴りに力を蓄える。
悟られないのは結子が巧妙に機体の各アクチュエータ、電気回路、スタビライザーへエネルギーを供給している証拠だ。
「人間の、限界というものを知れ」
「だから、乗り越えなければいけないのでしょう? 残酷なことを受け入れる力があるなら、耐える力があるなら――」
柾の訴えはしかし、軋んだ音を立ててあげられる〔ガング〕の脚部にかき消される。
〔アル・ガイア〕は重心に従って、一歩、二歩と後退った。それは柾たちの防衛本能の結果である。
「言ったはずだ――」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕は挙げていた両腕部をピクリとも動かさずその場にとどめる。垂れ下がる鎖の音が冷たい風に乗った。
赤と黒の影絵を見るような光景。
柾たちは大きく息を吸った。
「人間はそこまで、聖人君子じゃない」
〔ゼルドナァ・ボーマン〕の両腕部が下がると、〔ガング〕の巨大な脚部が文字通り鋼の鉄槌となって振り落とされる。
柾たちは頭上を見上げたまま息を止めた。
その瞬間、〔アル・ガイア〕はため込んでいた力を全開。スタック・スラスターからありったけの推力を集めて後ろへと滑走する。
まばゆい青の光が瞬いたが、振り下ろされた〔ガング〕の脚部がその光を遮る。
「奴はまだ生きている。追え!」
ボーマンは艦底から漏れ出す光を睨んで怒鳴りつけた。




