~道義~ 夜更けの暗雲
復興事業をしているという街を散策して、柾たちはこの町で夜を明かさなければならないと痛感させられた。
どこを歩いてもフライハイトの監視の目が光り、抜け道を探すだけでも厳しい。〔AW〕が闊歩しているだけに大通りは目立った動きもできなかった。何しろポーン級とはいえ、搭載されてるセンサは人間の目視よりも鋭敏で、外部スピーカーは伝言よりも素早く遠くの仲間に伝達できてしまうのだから。
柾たちのように町を出ることのできなくなった者たちは大勢いる。
教会前に集まった人たちのキャンプ地は寒々とした外気にさらされながら、小さな焚火をあちこちに着けていた。ほとんどの人が荷台をテントとして、藁やら薄い布をかぶって寒さに耐える。十分な家屋などなく教会内も救貧院として機能しながら、その容量を超える人が来てしまったのだ。
周辺の小作農たちが統治者の失脚に興味を示さないはずがない。そして、借りていた土地が自分たちのものになるとわかれば、今日の寒さを耐える胆力は備えている。
「遅いわ……」
フォノは月が隠れた夜空を見上げながらため息をつく。薄く白い息が冷たい風に筋を引いた。
「フォノ……」
結子が荷台から身を起こして、寝ぼけ眼をこする。ふと視線を落とせば荷台にあるランプが淡い光を放ち、ゆらゆらとか細い火が燃えているのが見える。
フォノは視線を結子の方に戻すと笑顔を作った。
「寝れない?」
「柾、まだ戻ってこない?」
結子は荷台の中を見回して、柾の姿がないことに呆れた。
「ええ。まだ……」
フォノは荷台の縁につかまって周囲を見渡す。辺りの荷車の縁にもランプがかけてあり、それが街頭代わりをしている。荷台のテント村は焚火の周辺以外は窮屈な寄せ集めそのものである。
ちらほらと焚火に集まって情報交換をしている人影が見受けられる。
「お婆さんの息子さんと話し込んでいるんじゃないかしら?」
「なんでそこまでするんだろう?」
結子はぼろ布を羽織りながらランプの明かりに照らされるフォノの顔を見据える。
「急に懐かしくなったのよ、きっと」
「何を?」
「家族のこと……」
フォノは冷え冷えとする足をさすりながら、視線はどことも知らぬガスランプの灯りを追っていた。真っ暗闇の中でぼぅっと灯る光。その淡い光に彼女は心寄せていた。
しかし、遠くで〔AW〕が闊歩する重低音と、時折センサーアイの光が闇夜の中で赤い光線が引かれる。その奇怪な光景はフォノにとって不安を覚えさせるものであった。
「ミトさんたちに無断で外泊してるからそんな風に思うけど、時間もかけちゃったから――」
結子はぺたんと座り込んで、下ろしている黒髪を肩の方へ流す。指先が冷え切って、毛先の感覚もよくわからない。
「違うわ。本当の家族のことよ」
結子の的外れな言い分にフォノは静かに言った。
「本当の家族?」
結子はか細い声でつぶやいてフォノの横に這って行った。
「知ってるでしょう? 柾のお父さんのお母さんのこと」
「お父さんが事故で亡くなったことなら」
「お母さんはそれよりも前に病気で死んじゃったんだって」
フォノは横につく結子を目に入れながら、肩を寄せ合う。少しでも暖を取らないことには、夜更けの寒さは厳しい。
「そのもっと前にはおばあちゃんとおじいちゃんが死んじゃってたんだから」
「詳しいね」
「わたしのお母さんから聞いた話なんだけどね」
フォノは自信なく言う。又聞きの話なので確証はないのだが、今の柾の行動を裏付ける力はある気がした。
結子は冷え切った手に息を吐きかけながら言う。
「家族のこと、よく知らなかったな」
「話したがらなかったもの。だけど、やっぱり本当の家族がいないのを気にしてるのかもね」
「だから、お婆さんと息子さんを合わせたがってるの?」
「安直な理由だけど、ね」
フォノは真っ暗な空を見上げて、わずかに流れる雲の動きを見た。
どこに行くともしれぬ暗雲は星を隠し、月の光をも遮っている。その重たく冷たい空にフォノは身震いを覚える。暗澹とした気分が心にのかかってくる。
「元お嬢様の考えることってわからないな」
結子は実直な感想を述べる。
奴隷身分として柾のそばにいたとき、自分の生活に何ら不自由はなかった。ひもじい思いをしても、家族がいたからだと常々思う。物欲を知らなかったためともいえる。
しかし、柾は自分たちと一緒にいることをどう思っていたのだろうか。両親がいることを羨んでいたのだろうか。
「誰もが羨むお嬢様なんて言っても、柾の場合、ほとんど何も手に入らなかったみたいだもの。お金とか、家柄とか……。そういうのに嫌気がさしてしまったというのも、あるかもしれないわ」
フォノはただ柾の心境を想像するしかない。
どんな経験をして、どんな気持ちを抱いてきたのか。それは果たして幸福だったのか、不幸だったのか。
考えに沈んでいくと気持ちまで沈んでしまう。
と、ガスランプの街頭をすり抜けるようにして、小さな影がフォノと結子のもとへ駆け寄った。
「ごめん。話し込んじゃって」
「柾、おかえり」
荷台のふちに寄りかかる人物の声を聞いて結子はやんわりと挨拶する。
それで先ほどまで話していたことを頭の隅に追いやる。彼女の前ですべき話ではない。
「どうだったの?」
フォノの質問に柾は被っていたぼろ布を脱いで変わらない笑顔を見せる。
「うん。元気してるみたいだったよ。だけど、土地の権利ができるまで町を出たくないんだって」
「それじゃ、あたしたちはどうする?」
結子は柾のあっけらかんとした言い方に淡々と質問する。
わざわざ危険地帯にまで飛び込んでこれほどお粗末な結果はないだろう。おまけに柾に危機感らしいものは感じられない。
「フライハイトの警備網は厳重なのよ」
「色々と気になることもあるし、もう少しここにいようよ」
「そんな楽観的に」
フォノは呆れて、肩をすくめる。
荷台に乗り込んだ柾はフォノたちと向き合うようにして座る。それから、膝を抱えてその上にぼろ布をかける。その下で冷えた指先をもみほぐす。
「フライハイトの偉い人が来るって話なんだよ。結子も見てみたいでしょう?」
「見たことあるでしょう?」
結子はフォノの詰問口調に肩を震わせて、首を横に振った。
「見たことない……。だけど、見てみたい、かな……」
結子はフォノの顔色を窺いながらぽつぽつという。案の定、不機嫌な顔をするフォノは結子から視線を外して柾に移す。
「武装集団の決起集会でもあるのかしら?」
「そんな怒らなくてもいいでしょう?」
柾は苦笑いを浮かべる。それから、周囲に視線を走らせて声を潜める。
「フライハイトのやり方は嫌いだけどさ。気になるじゃん」
「何が?」
「機体のこと。〔アル・ガイア〕に関する情報が妙に早く出回ってる」
「それくらい一か月近くも経てば――、でしょう?」
フォノは顎を引いて、結子に聞いた。彼女ならフライハイトの情報網をよく知っているはずだ。
結子はおずおずと口を開く。
「たぶん……。機体の性能についてはある程度、知っていてもおかしくないと思う」
「でもね、変な話があるの。ここに黒い機体が来るんじゃないかって噂」
「それこそ、でまかせでしょう」
フォノは取り合う気はなかった。
機体に関する戦闘報告や性能の情報なら九分九厘、間違いないだろう。しかし、行方まで正確に予測できるわけがない。大まかな針路は読まれても、どこにいるのかを正確に見つけられるはずがない。
「組織のモチベーションを保つための宣伝かもしれない」
「結子もこういってるのよ。柾、あまり気にしすぎると逆に尻尾を掴まれるわよ」
柾は唸って考えるが、確たる証拠もないのだ。考え付くはずもない。
「そうだね。早く町を出られるように、明日から動いてみよう。息子さん夫婦からも無事を伝えてくれっていわれちゃったし」
「面倒なお使いだこと」
「いいじゃん。伝書鷲だってできることをやればいいんだから」
柾は朗らかに答えると、フォノと結子の合間に体を押し込んで身を寄せ合う。
「今晩は冷えるからこうしないとね」
そうして、暗闇の夜は静かに冷たい空気に包まれていく。
その中で夜に紛れた強姦の心配などしていない。ただ、柾の胸中には一つ不安なことがあった。
「貴族の人たち、本当に――」
そこまで言って、先の言葉を飲み込んだ。
かつて、同じ階級にいただけに柾は他人事ではないと感じずにはいられない。時が進むにつて不安はむくむくと膨らんでいき、寒さに身を震わせながら眠りに落ちていく。
* * *
夜が更けても、ミト・ハルルスタンは苛立ちと不安で眠れなかった。
柾たちが朝早くから〔エクセンプラール〕を発って何の音沙汰もないことが気になって仕方ない。船にいても気が落ち着かず、無礼を承知で老婆の家に居座っていた。そのほうが落ち着けたし、老婆も安心していた。
「今日は帰ってこないのかしらね……」
ミトは手元の編み物を見つめながらつぶやく。暖炉の前に椅子を置いて、パチパチと勢いのある薪の音に耳を傾ける。
それでも神経がささくれ立って色んな事が頭の中をめぐる。整理がつかない。
「ミトさんや」
「あ、すみません」
ミトは暖炉のすぐそばにあるベッドで横たわる老婆に振り返った。
「すぐ消します」
「いいのよ。そのままで。そうしてくれると落ち着くわ」
老婆はとても穏やかな声でそう言って皺だらけの顔をミトに向ける。
「そうですか?」
ミトには薄暗い場所にいる老婆の表情はよく見えなかった。だからといって、わざわざ立ち上がって覗き見る気も起きない。
「ええ。息子のお嫁さんもそうやっているものですから」
「ああ……」
ミトも居直って左手に老婆の姿を見れるようにしながら編み物に視線を落とした。
「息子さんのこと、信頼なさっているのですね」
「長男、次男が都会に行ってしまったものですから、あの子だけが頼りで」
そうなんですか、とミトはそっけない返答をして編み物の続きに戻る。しんっと冷たくなる空気に暖炉の淡い温かみが右半身を包む。
眼が冴えてしまったのか、老婆は饒舌に話し出す。
「だから、ね。この家で死ぬことを恨んでるんじゃないかって」
「恨む?」
「だってそうでしょう? お兄さんたちを止められたなかったわたしや夫のこと、そのせいでしわ寄せを受けてしまったこと、恨んでいてもおかしくないわ」
「子どもが親を……」
ミトにはそれが新鮮に感じられて、編み物を膝元におろした。子供たちの面倒を見る彼女であるが、恨まれているなどとは微塵も感じたことはない。叱って衝突してしまうことはあっても、それが原因で憎悪を抱かれるのはおかしな話だと思う。
それが正しいことだとミトは確信している。
老婆は暗い、冷たい空気の中でいう。
「子どもがいつも親に対して愛情を抱いてるわけではない。時にはそのことを苦痛に感じてしまうこともあるものよ」
その言葉にミトは胸に抱いている苛立ちが沈静化していくのを感じた。同時に言い知れない不安が膨らんでいく。
「あの子、柾ちゃんっていう子。帰ってきてないのでしょう?」
「え、ええ」
ミトが震えた声で返す。
「ごめんなさい。わたしのわがままを聞かせてしまったばっかりに」
「それはあの子が判断したことです。だけど、わたしはそれを止めることが出来なかった」
危険だとわかっていて、こうして夜になっても帰ってこないことに不安が募るばかりだ。
「母親らしいことを何もできなくて」
「そんなこと、ありませんよ」
老婆は静かに言う。
「理想の親なんて言うのは自分が親という立場になった時、初めて気づくものです」
「それはわたしが、母親代わりに過ぎないということですか?」
ミトにはそう聞こえた。
彼女なりに子供のために何ができるか考えているつもりである。それでも、うまくいかない。愛されていると思い続け、恨まれているなどとは考えもしない。未熟なことではないか、と老婆と話していて思い始める。
しかし、老婆は小さく首を振った。
「そういうわけではないわ。ただ……」
「ただ?」
食い入るようにミトは問いかける。
「柾ちゃんを見ていて、接してみて、とても優しいから、あなたの背中を見て育ったんじゃないかって。そのせいでわたしみたいな年寄りのために、ね?」
ミトは少し今ここにいる自分を恥じながら火がついたように顔が熱くなるを感じ取る。
「それだけではないと、思います。あの子にはあの子なりの考えがあるんだと思います。それが親離れっていうのでしょうけども」
「いいことじゃない」
老婆は喜んだ声出す。
「自分で考えて生きていけることは素敵なことよ」
「それで危険な目にあってばかりじゃ」
ミトは盛大な溜息をついて肩を落とす。先ほどまでの照れは冷たい空気に熱を奪われてしまったようだ。
「見守るか引き留めるかは親の判断です。だけど、わたしなら子どものしたいことをかなえてあげたい。それが自由なのでしょうから」
老婆は自分の言葉に一喜一憂するミトがまだ幼く感じられた。しかし、それは誰もが抱く不安と期待なのだとわかっていた。
「自由……」
ミトはオウム返しに言う。
自由、と言葉にするのは簡単だ。その実、中身を知らないのは恐ろしいことである。自由の意義について考えれば考えるほど難しくなっていく。〔エクセンプラール〕を取りまとめる彼女だからこそ難しく考え込んでしまう。
子どもの自由は親がいないことではない。その本質をミトはわかっていなかった。
「子どもにしか見えない世界はあります。その世界を否定することだけはしないように気を付けなければなりません」
老婆の言葉には年季が感じられた。
「それにね。ミトさんももっとほかの親御さんに助けてもらってもいいと思いますよ。子育てを一人でいっぺんにだなんて大変でしょう?」
「それは、はい。そう思います」
「歳をとってから後悔することばかりだけど、わたしにできることがあったら言ってちょうだいね」
老婆は本心から言った。
ミトは静かにお辞儀をして、彼女に感謝する。老婆の心遣いはあたたかく、心に染み入る。
未熟な自分をうまく受け入れられず、成長するには何をすべきかわからなかった。指摘してくれる人も〔エクセンプラール〕にはいない。旅をする仲間意識はあっても、個人的な繋がりは薄いままである。
柾たちのことはまだうまく整理がつかない。三人の少女たちはミトと同じく暗い過去を背負って集まった人であるから。




