~道義~ 復興事業の町の中
封鎖された町へ向かう一本道。その左右には広大な農地が広がっていた。
そこは麦畑だったのだろう。寒々とした土色の景色が広がっている。収穫を終えて間もないのだろうが、春に向けての整理をしているわけでも、別に準備を進めていた畑に種をまく人の姿もなかった。
代わりに大きな窪地が続き、荒れた様子が際立っている。巨人が歩いた足跡やバイン・シフの巨大な足で踏み固められた畑は整地された硬い地面そのものである。
そうでなくとも、人気が無くなった土地は寒々しい。
柾はそんなことを思いながら、空を見上げる。
柾が運転するバイン・アウトーはとぼとぼと一本道を歩み、荷車を曳いていく。その荷台にフォノと結子はいた。鰯雲を見上げて、冷えた空気に体を小さくする。
「見えてきた……」
柾が正面を据えたまま言った。
すかさず、結子は立ち上がって荷車の角に引っ掛けている双眼鏡を手にした。そして、正面を除くと町を取り囲む〔ガング〕の城壁と直立する〔パンツァー・グランツ〕の姿を確認する。
「旗色はフライハイトね」
「本当に、襲撃を受けたのね」
柾は振り返って結子とフォノを見た。
「いい? わたしたちは税金を納めるために来た遠くの村の子供なんだから。貧相な感じでいこうね」
「そのためにわざわざ一日食事を抜いて、ぼろ布被るのはちょっとやりすぎじゃないかしら?」
荷台にいるフォノは鞣した鹿皮を撫でながら、肩にしている麻布を見やった。普段着ているエプロンドレスとお気に入りのスカーフに麻布についた枯草が絡まって辟易する。
カタカタと牡鹿の角が揺れる荷台でこすれ合い、干し肉を詰めた木箱や葡萄酒が詰まった樽も小刻みに震える。
それらの合間で立つ結子は双眼鏡を下ろして、お腹のあたりをさすった。
「お腹すいた……」
「真実味を出すにはこれくらいしないと駄目だよ。むしろ足りないくらい」
「元お嬢様のいうこと? この前の演劇に感化されちゃって――」
フォノは皮肉を込めていった。
「布をかぶって。もうすぐ検問に入るよ」
柾はフォノの言葉を蹴飛ばすように言って、ぼろ布で頭を覆った。結子もフォノの隣に座り、二人してぼろ布を被った。ふっと干し草の匂いが鼻をくすぐった。
すぐに柾たちの荷車は〔パンツァー・グランツ〕の丸いセンサーアイからの熱い視線を浴びながら〔ガング〕の城壁の合間に差し掛かる。艦が作る影の下を通っていくと、町の石垣の前にたむろする門番たちの前に出た。
「どこの誰だ?」
厳つい四角い顔の門番の一人が道をふさいで、ドスを利かせた声を発した。他の門番たちも重い腰を上げて、荷車を囲う。
フォノと結子は周囲から注がれる視線に肩を寄せ合いながら、彼らが肩に担ぐライフルに悪寒が走った。
そんな中で柾はぼろ布を取ってさっと門番たちを見渡す。
「あ。通行止め……、何ですか?」
柾の白々しい言葉遣いに四角い顔の門番も眉根を寄せる。
「見てわからないか? 今は復興事業中だ」
「フッコウジギョウ?」
「町の立て直し! わかるだろ?」
ああ、と柾はおどけた演技を見える。
荷台でうずくまるフォノはその演技に呆れた。
「あれで演じてるつもり?」
「そうなんでしょう」
「何か、言ったか?」
フォノたちの近くにいた門番の一人が荷台に手をかけて覗き込んだ。
フォノと結子は小さく首を振ってさらに肩を寄せ合う。小動物が身を寄せ合う様なしぐさに問い詰めた門番も罪悪感を覚えたのか身を引いた。
「おい。荷台には何を載せてる?」
「鹿の皮と角、肉と、少しのお酒を」
柾は四角い顔の門番に朗らかに言った。
「女が二人。一人は異邦人だぞ」
フォノたちをのぞき込んでいた門番が声を張り上げて、柾と男に言った。
その声にフォノと結子は震えた。
四角い顔の男はえらの張った顎のラインを撫でながら、柾を睨んだ。
「どういうのだ?」
「はい。お二人とも病気を患いまして。こちらの神父様が良い祈祷をしてくださるというので見てもらおうと」
「関係は?」
「あたしがお仕えしているお嬢様と同僚です」
フォノと結子はびくびくしながら、荷台を調べる男たちの手つきに注意を払った。木箱のふたを開けたり、鞣した皮や角を手に取って注意深く観察していく。さすがに葡萄酒の入った樽はむやみに開けようとはしなかったが。
それから最後にフォノと結子の様子を確認して男たちは荷台から離れた。
「確かに、青ざめた顔をしてますぜ」
「そうか。神父の祈祷よりも医者に見せた方がいいだろう。食い物もあるのに納税か?」
「領主様のご威光ですので……」
柾がそういうと四角い顔の門番は気のいい笑みを浮かべた。角が取れたような丸い笑顔である。
「だったら心配するな。ここの領主は捕まったよ。いいもん食ってきな」
「ありがとうございます」
「だが、しばらくは町の中にいるようにするんだ。新しい政務官がくるまではな」
柾は道を開ける門番にお辞儀をすると、バイン・アウトーを発進させる。ギアを入れ直し、グリップを絞る。止まっていたエンジンがゆっくりと回転して重々しく歩き出す。
「それから、市場は閉鎖している。酒場にもってけば売れるかもな」
「ご親切にどうもっ」
柾たちは振りかえって、門番たちに手を振って見せる。
門番たちは柾たちに手を振り返すと、また閑職に戻って雑談などを始めるのであった。
フォノと結子も荷台の最後尾からその様子を垣間見て一抹の不安を抱く。
「妙に親切だったわね? 気味が悪いわ……」
「周りもあんまり穏やかな雰囲気じゃない」
結子は町に入ってすぐの光景を見渡して、剣呑な言葉を口にした。
街の復興中とは言うものの、住める家の影は少ない。ところどころに、道が抉られた跡が残っており、〔AW〕の戦闘が街中にまで及んだのだろう。瓦礫はどうにかまとめて、交通の便をよくしたので手一杯という印象だ。
柾もぼろ布を頭にかぶり直しながら、町中を歩む〔パンツァー・グランツ〕を見上げる。道一つはさんだ道でその機体は慣らし運転も兼ねてか、瓦礫の撤去をマニピュレーターで行っている。
ガラガラと瓦礫が崩れる音。一歩進むごとに響く地響きが体を震わせる。
そんな揺れや甲高い駆動音など物ともせず、道を走る子供たちは〔パンツァー・グランツ〕の後を追って賛美した。男の子たちが目を輝かせて全身を使って存在をアピールする。彼等にとっては憧れの的である。
もてはやされる〔パンツァー・グランツ〕も仕事の手を休めて愛想よくマニピュレーターを振ったり、頭部センサーアイを向けてチカチカとアトランダムに発光し、三六〇度回転して見せたりとサービス精神旺盛である。
柾はその一部始終を横目に見ながら、クスリと笑みをこぼした。
「町中でアーデル・ヴァッヘが動いてるもんね。けど、いい使い方をしてると思うよ」
「それに、景気のいい話もしてるみたいよ……」
フォノは耳を澄まして、井戸端会議をする人たちの会話を聞いた。
「新しい政務官はここでの関税を引き下げてくれるそうだよ」
「税金も下がるんだ。早いとこ、家を直さないとな」
「隣の領地からも援助があるんだって」
「畑だって申請すれば俺たちのもんだぜ」
浮き足立った話が錯綜し、真偽のほどは柾たちにはわからなかった。
壊された町の中を歩く人の光景をこれほどまでに異様に感じたことはない。
柾はバイン・アウトーを歩かせながら、人が寄り集まる酒場を見つける。倒壊を免れた大きな建物で人の出入りも多かった。
その一方で段差には浮浪者が背を預けてぎらついた目を向けている。やはり、景気のいい話ばかりではないのだ。
柾はその玄関先に荷車を止めるとバイン・アウトーから降りた。それから、荷台に回り込んで身を乗り出すフォノに耳打ちする。
「お店の人を呼んでくる。見張りをお願い」
「気を付けて」
柾もそっちこそ、と囁いてウィンクすると、ぼろ布をひるがえして酒場へと入っていった。
フォノはその背中を見送って、荷台に腰を下ろした。
「大丈夫そうなの?」
結子は荷台にある鹿の角やら皮やらを整理しながらフォノに聞いた。
「白昼堂々襲うほど、町の人たちはわたしたちに興味はないみたい」
「そうあってほしい。けど、この町はやっぱりおかしい」
結子は立ち上がると周囲をさっと見通した。
「襲撃されたのに、なんで……」
「結子はこういうの慣れてると思ってた」
フォノは何の気なしに言う。結子が以前フライハイトに所属していたならば、争いの現場をよく目にしているものだと思い込んでいた。しかし、今の彼女は予想外のものを目の当たりにしている雰囲気である。
結子はムッとした。
「あたしは町を壊そうとか、考えてないよ」
険のある言い方をされてフォノも思わず眉をしかめる。
「目を背けていたんでしょう? 現にわたしたちの町が壊れたのこと、忘れたなんて言わないでよ」
「わかってる。忘れてない」
自分が目を背けてきた現実を覆すことはできない。
だが、目にしていなかった現実は思っていた以上に歪曲している風に思えて、フライハイトの改革がおかしなことではないかと疑うのだ。下層階級の解放によって自由を手にすることが出来る。そのための代償が町の崩壊というのはどこか虚しい。
「改革に犠牲はつきものっていうけど……。だけど、やっぱり、住むところを壊されて喜んでいる人はおかしいよ」
「……っ! そうね。ごめんなさい。そういう風に考えてたのね」
フォノはそこに至って、自分の思い違いに気づいた。結子が感傷的になっているのはかつて抱いた理想とは違う形がここにあるという失望からかと思った。しかし、彼女はそれ以上に付和雷同する人の流れが怖いのだ。
フォノの謝罪に結子がきょとんとする。
「なにか間違ったこと、言った?」
「ううん。結子は色々と考えてるなって」
「そう……。そうなのかな?」
結子は煮え切らない返事をしつつも、酒場から出てきた柾を見つける。その後ろから恰幅のいいエプロンの男が続いた。
「おまたせ」
柾はそう言って、フォノと結子に駆け寄った。
結子とフォノが荷台から乗り出すようにした。
「首尾は?」
「上々っ。中でお婆さんの息子さんについて聞けそう」
「怪しまれてないの?」
「そこまで気が回ってないみたいだったけど」
そこまで言い合っていると、エプロンの男が荷台に取りついて木箱を開ける。
「おお。これはいい鹿の肉」
男は丁寧に藁で包まれた燻製された肉を見て思わず舌なめずりをした。それから、視線をほかの者へと移していった。彼の大きな鼻の穴がさらに広がって品定めをする。
「毛皮もいい。見事な角もある。葡萄酒もあるんだっけか?」
「ええ。そこの樽です」
柾がそういった。
「あとは奴隷が二人かい?」
エプロンの男がかぶりつくような勢いでフォノと結子に迫るが、さっとそこに柾が体を割り込ませる。
「奴隷じゃない。お嬢様と同僚。中で食事をとらせてもらうからね」
「何だ。そうかい……チッ」
男は舌打ちをしたが、顔を上げるフォノを見た途端愛想のいい顔をして見せた。美少女に弱いのだ。
「ああいや、随分とお綺麗ですからね。それはそうでしょうとも」
「ありがとう、ございます」
フォノも思わず苦笑いを浮かべて、そろそろと荷台から降りる結子の後に倣った。
「それじゃ、買取計算お願いね。もともと、領主様に収める物だったんだから」
「わーってる。公平な値段をつけてやる。それよりも……」
と、男はフォノと結子が酒場の方へ歩んでいくのを目で追ってから柾に向きなおり顔を近づける。
「角があるんなら、チンコはないのか?」
「はい?」
柾は一瞬何を言ってるのかわからなくて聞き返してしまった。
「だから鹿のチンチンくらい、その樽の中にあるの? ないの?」
「ないよ。なんで?」
柾はなんでそんなものが欲しいんだろう、と小首を傾げた。子供たちを相手にしているためか、特に羞恥心はなかった。
男は厚ぼったい顔を近づけて囁く。
「東の方じゃ、カンポーっていう薬の材料になるんだ。滋養強壮にいいんだぞぉ」
「ふぅん」
「おいおい。そんな興味なさそうにするなよ。高く売れるんだ」
男は周囲を一度見て、改めて柾に向きなおる。
「関税政策をやられる前に高値で取引できりゃぁ儲けものだろ? だからさ……」
「薬は貴重だものね。けど、ないものはない。そんなことなら今後は捨てずにとっとくよう気を付けるよ」
柾はさっと身を引いて、フォノの方へ歩んでいく。
男は残念そうに肩をすくめる。
その様子を察したかのように柾はぼろ布をひるがえして、男を見据えた。
「だからって買取の値段をケチらないでよ」
「わかってるよ」
男の声を背に受けて、出入り口で待つフォノと結子と合流する。
「何の話をしてたの?」
「儲け話をちょっと。結子、あとで品物の計算をお願いできる?」
「ちゃんとあたしが言ったレートを彼に伝えた?」
「もちろん。それでフェアじゃなかったら、断ればいいんだから」
そんな話をしながら三人はドアをくぐって酒場に入る。
店内はむせるような臭いと男と女の高笑いがこだましていた。木製の広々とした店内で、カウンターとテーブル席がある。視界を遮るようにタバコの煙が充満し、どこのテーブルでもタバコやらパイプやらが紫煙を上げている。外よりは暖かいが、空気は淀んでいる。
「人探し、誰に聞くの?」
フォノは軽く手を振って纏わりつく紫煙を振り払う。脳みそがしびれそうな臭いはすきっ腹には毒である。
「ん? あそこにいる人」
柾はカウンター席に座る浅黒い肌の男を示した。
壮年の偉丈夫であった。短い黒髪、チョッキとズボン、サンダル、首には鳥の羽を編んだ呪い装飾を身に着けている。異国情緒のある風体であるが、紫煙揺らめく中の彼の姿はどこか近寄りがたい雰囲気がある。
フォノと結子は思わず柾の背に隠れた。
「どなた?」
「ボーマン・ギッズさん。店主を紹介してくれたんだよ。ハァイッ」
柾が弾んだ声を出すと、男、ボーマンは口にしているパイプを手に持ち替えると彼女たちの方に顔を向ける。黒い瞳が細くなったが、すぐに眉を開いた。
「おお。商談はうまくいったか?」
低い声のボーマンにフォノと結子はますます警戒心を強めてしまう。炭鉱夫のような屈強さに合わせて、知的な眼差しは浮世離れしている。
柾はとくに臆することなく彼の隣に歩み寄る。
「お陰様で。ギッズさん、もう一つ尋ねたいことがあるんだけどいい?」
「出すもの、出せばな」
ボーマンは意地悪そうに言ってパイプを咥えると煙をくゆらせる。
「ここの人たちはみんな、お金のことばっかり言う」
柾はフォノと結子が足の高い椅子に腰かけるのを一瞥してから、ポケットから銀貨を一枚取り出す。
それをボーマンの前に置くと、彼は緩慢な手つきで銀貨を取ってポケットにねじ込んだ。
「金さえあれば飛ぶ鳥も落ちる。そういう風に世の中できてる」
ボーマンは達観した風に言って、パイプを口から離すと一息紫煙を吐き出す。その煙が宙に溶けていき、癖の強い臭いを残す。
「で、何を聞きたい?」
「うん。ある人を探してるの」
柾はぴょんっと跳ねるようにして席に座る。
「ここに税金を治めに来た農家の人たちには、どこに行けば会えるの?」
「なぜ、そんなことを聞く?」
「だったら、出すものだしてよ」
柾の返しにボーマンは肩をすくめる。
「可愛げのない。単なる親切から聞いているんじゃないか」
「あたしはそこまで、ギッズさんを信用しているつもりはありません。ビジネスで情報通をしてるんでしょう?」
「違いないな。だが――」
ボーマンはパイプを灰皿に置くと少し体を前に倒してフォノと結子の様子を見た。
「そこのお嬢さん」
「は、はい。わたし、でしょうか?」
フォノはボーマンの視線に気づいて怯えながら返答する。
ボーマンはその可憐な顔つきに口の端を釣り上げる。その隣の奥ゆかしく様子をうかがう黒髪の少女にもほほ笑んで見せた。ぼろ布をかぶっていても、長い髪や華奢な手を見えれば女の子だとすぐにわかる。
「顔色がよくないな……。奥のお嬢さんも」
おい、とボーマンは軽く握った拳でテーブルを叩く。すると、皿を磨いていた若いバーテンがてきぱきと近寄ってきた。
「こちらのお嬢さん方に軽食を頼む」
「ポテトパンケーキでよければ、すぐに用意します」
「いいよな、それで?」
フォノと結子は反射的に頷いて、バーテンも奥の厨房へ下がった。
柾は横目にボーマンを見ながら口元をとがらせる。
「わざとらしい」
「綺麗なお嬢さんを口説くなら、これくらいはするものだ。少年」
柾はさらにむすっとして、顎をひっこめる。隣に座っているというのに、少年と呼ぶボーマンの目は節穴ではないのか。
「見る目ないんだ」
「そんなふて腐れないで。人探しをするのでしょう?」
フォノは不機嫌な柾を宥めつつ、パイプをふかしているボーマンを窺う。
「それで、どこに行けば会えるでしょうか?」
「ここの大通りを少し進んだところに、半壊してるお寺がある。そこの近くでキャンプをしている」
ボーマンは淡々と話した。
「ここ一帯で土地を借りてる農民はそうしているはずだ。何しろ、政務官殿が来ないことには自分たちの土地の所有権が出ないんだからな」
「えっと……」
フォノはボーマンの言葉に気おされて、結子の方に目をやる。
結子は顔を横に振って弱った表情を見せる。
「政治のことはわからないよ」
「そう。奴隷として生きてるやつからすれば、そういうことを学ぶ機会もないからな」
ボーマンの瞳が鋭くフォノを射た。
「お嬢様がそんなこともわからない?」
「い、いいえ。わたしも学がないから、思わず人に甘えてしまう癖があるのよ。お嬢様ですもの」
フォノは両手を小さく上げて胸の前で振った。
ボーマンはフォノ手を見て、目を細める。
「働き者の手をしている」
「え?」
「いや、こちらの話だ」
ボーマンははぐらかして、戻ってきたバーテンダーを見た。その手には皿が三つ。
バーテンダーは柾たちにこんがりと焼けたポテトパンケーキが乗っただけの皿を出すと、そそくさと別の客のところへ足を進める。
「遠慮せずに食ってくれ。それから、すぐにここを出た方がいい。ここの空気は悪いからな」
「そうさせてもらうよ」
柾はそういってぼろ布とマフラーを不用心にも取ってしまう。フォノと結子も食事の作法に則ってぼろ布を取って食事に入る。お皿に添えられたフォークとナイフを手にすると、三人は一日ぶりの食事に目を輝かせる。
きつね色に焼きあがった小判状のポテトパンケーキが花弁のように飾られて、中央には赤いトマトソースが添えられている。
柾たちはさっそく一切れ口に含むと満面の笑みを浮かべる。
パリッとした表面ともちもちした食感。塩コショウだけの味気ないものであるが、トマトソースをつければ甘酸っぱい味が広がる。町の情勢を考えればこれでも贅沢なほうであろう。ポテトの満腹感もあって満足のいくものである。
ボーマンはしばらくパイプをふかしながら、三人の食べっぷりを観察した。
「一つ教えてくれ。キミたちの探し人というのはこの近くに住んでいる人なのか?」
「そうだよ」
柾は食べる手を休めて言う。
「牧畜をしてるの。それで、お嬢様のご両親がいつまでたっても帰ってこないからここまで来たの」
「随分と奉公するじゃないか。見上げた忠誠心だよ」
「ここの税金は厳しかったから、いつ、自分たちが売り飛ばされるかわかったものじゃないもん。それでも使用人としておいてくださったのだから恩返しをしないと罰当たりでしょう」
いけしゃあしゃあと嘘を並べる柾にフォノと結子は呆れた。よくも次々とそれらしい言い訳が出てくるものだ。
ボーマンはなるほど、とうなずいた。
「では、ここをつかさどる政務官には何を望む? いい暮らしをしたいだろう?」
「あたしは別に何も。家族は一緒にいた方がいいと思った。それだけ」
これは柾の本心であった。
一人家に残されている老婆の姿が脳裏をよぎって、それはあまりに寂しすぎると思った。年老いて、孤独に生きていくことなどできはしない。少なくとも冬を間近に控えた今の時世ではいつか体を壊して死に絶える。
ほんの些細なことで自然は人の命を吸い取ってしまうのが、今の世の中である。
「わからんでもない。理不尽に身内を離されることはつらいからな」
「ギッズさんも?」
「親父にお袋、兄弟姉妹。大家族でな」
ボーマンは慣れたような口ぶりで言った。
柾はなるほど、と目を見開いてから食事に戻った。その先のことを聞く気にはなれなかった。悲しい話をして一日ぶりの食事がおいしくなるわけがない。
「お前は随分と優しいな。いい育ち方をしている」
「そうかな?」
柾が問いかけると、ボーマンは静かに首を縦に振った。
「ああ。この町に残ってほしいものだ」
「遠慮しとく。この、今の町は好きになれそうにない」
「そうか……」
ボーマンも深く追及はしなかった。
食事を終えた三人はボーマンに一言礼を言ってぼろ布をかぶると店の外へと出ていった。とくに何もヘマはしていないし、食事までごちそうになった満腹感も相まって満足げである。
ボーマンは少女たちが出入り口から出ていくのを見送ると、皿を回収しに来た若いバーテンに目をやる。
「なぁ、お前」
「はい。何でしょう?」
「あいつら、全員女の子に見えたか?」
「ええ。そう思いますよ」
若いバーテンはそっけなく言って厨房へと去っていった。
ボーマンは一人パイプの煙をくゆらせながら虚空を見上げた。
「近くで見てもわからなかったな」
ボーマンは隣に座っていた柾の顔を思い出しながらつぶやいた。短髪に快活そうな顔つきは腕白な少年のように思えたのだ。
自分の落ち度を認めながらも、しかし、彼は動じなかった。
「というより、町の外で使用人を雇えるご令嬢宅があるわけないだろ。まぁ、噂の三人組ならいずれ尻尾を出すだろう」
ボーマンは以前に聞いた黒い〔AW〕の操縦者に関する報告を思い出しながら言った。
「どうせ、町からは出られないんだ。無理矢理にでも出ようとするか、あるいは――」
そこまで言って、肺に煙をため込み宙へと吐き捨てた。
「アーデル・ヴァッヘに頼らざるを得ない状況になれば出てくる。子供なんてのはそんなものだ」
彼はもう一度出入り口の方を見て厳しい視線を向ける。
「優しいだけでは世の中渡っていけないからな」




