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ガイア・レコード  作者: 平田公義
特別編
92/118

~赤い騎士~ 理想と大義

「状況はどうなっている?」


 戦装束に身を包んだバレット・バレットは足早に〔ローテァ・ケーファー〕の通路を歩いていく。


 それに追随する若い青年の騎士は彼女に髪止め用のゴムを渡して言う。その手には〔AW〕用のヘッドギアがあった。


「敵艦の動きに変化なし。アーデル・ヴァッヘ部隊が南下を始めている模様」

「わかった。郊外の農地に直掩は回しているな?」

「はい。〔ガング〕一隻、アーデル・ヴァッヘ三機です」

「六機で行かせろ」


 バレットはポニーテールにした頭を振り、語気を強めていった。


 並んで歩く騎士もその迫力に思わず肩が揺れる。


「それから、ヴィロォに伝えろ。艦隊は動かすことなく、アーデル・ヴァッヘの砲撃隊を左右に展開させろ、と。艦隊を城壁にする」


 バレットは艦首にあるハンガーに出ると、青年からヘッドギアを受け取る。


「は、はいっ」

「頼んだぞ」


 バレットはその背中を叩いて、青年が艦橋へと走っていくのを見送った。それからすぐに視線をハンガーに戻し搭乗機である〔リッター・バレット〕に向ける。


「何をしている! 出陣するぞ! 電源回せっ」


 艦内では戦闘準備に入っており、各員が持ち場へと移動している。だが、あわただしい様子はなく落ち着いて役割を果たしているようだった。


「いつまで整備をしている。出るぞ!」


 バレットはキャットウォークを早足で歩きながら周囲に言った。それから、ゴーグルモニタ付きのヘッドギアを装着して、機体のうなじのハッチへと急ぐ。


 歩くたびに腰に携えた剣が鳴る。その金属のこすれ合う音が重々しく心に響く。そして、胸元にはエクセルカから贈られた銀のロザリオが跳ねていた。


「隊長で最後なんですよっ」

「その前に整備はやっておけと言っている」

「整備に慣れてないんだよ、まだ」


 ハッチの前で待っている壮年の整備士に返して、剣の鍔にある留め具を外すと素早く刀身を抜いた。


 諸刃の剣は磨き上げられた鋼の光沢と腹に刻まれた装飾が見事である。だが、実際戦闘で使えるような代物ではない儀式的なものである。


 バレットは操縦席に滑り込む前に、ハッチの手前のスリッドに剣を差し込む。その瞬間、〔リッター・バレット〕に機械の鼓動が走り、ブラックボックスの吐息がこだまする。


 それを皮切りに直前まで調整をしていた整備員たちが雲の子を散らすように離れていく。電源のチューブが大蛇のように唸りだし、電力が供給されていく。


 バレットは充電が終わるまで短い合間に、銀のロザリオを握りしめて祈りをささげた。ほんのわずかな時間。神に対する忠誠だけではない。これから赴く戦地に踏み出す勇気を分けてもらうためだ。


「どうか、わたしに皆を守る祝福を――」


 機体の力強いバッテリーが回転を上げていく。独特の回転音が響きだす。


 バレットは短い瞑想を終えると、意志の強い瞳を開いた。


「さっさと下がれ! 出撃するんだぞ! 隊長っ」


 ハッチにいる整備員は声を張り上げて下や左右の様子を目で送って、最後にハッチに滑り込むバレットの頭を見送った。


 バレットは狭い操縦席に収まるとヘッドギアのコードをメイン・コンソールに接続。正面の固めのクッションに胸を押し付け、フットペダルに足をかけ、手は素早く操縦桿の遊びとスティック、スイッチの感触を確かめる。そして、左右にひしめく計器類の針が揺れて、振り上げられていくのを認めた。


「ブラックボックス、点火。ハッチ閉じろ」

「了解。ご武運を」


 ハッチで待機している整備員は一瞬苦い表情を浮かべるが、ブラックボックスの起動をする整備員の応答が来ると文句を飲み込んでハッチを閉じた。


 バレットは背中が押し上げられる感覚に腹に力を込める。前後を挟まれ、肩もクッション材で圧迫される。衝撃に備えるための防備であり、〔AW〕を完全に身に纏った証拠である。


 他の整備員たちがクランクを回して起動を急ぐ。


 バレットはシートから伝わる振動に息をのみながら、計器類が臨界点を示したのを見た。


「コンタークッ」


 バレットの号令がかかると、整備員からも復唱が返ってきた。すぐさま機体とブラックボックスをつなぐレバーを引いた。


 ドッと何かがつながる音が響くと、機体に電流が走る。それが循環を初めて、操縦席を激震させる。


「起動完了。〔リッター・バレット〕出るぞ!」


 バレットはゴーグルモニタを下げて、艦の巨大なハッチが開いて行くのを見た。すでに二機の〔カヴァレリー・ポーン〕が剣とハルバードを携えて待っていた。


「電源、切り離し! いつでもどうぞ!」


 ヘッドフォンから外で待機する整備員の指示が飛んできた。


 それに応じて、〔リッター・バレット〕が顔を上げて、排熱ダクトから熱風を吐き出す。


               *     *     *


 城下町へとエクセルカとフェルナルドが馬を走らせると、そこでは農地から避難してきた人たちが市街地に入れずにおろおろしていた。


「王妃様――」

「何事です!」


 フェルナルドの困惑する声に、エクセルカは馬のたてがみしがみつきながら農民たちに言い放った。


 駆け込んでくる駿馬に皆が左右に分かれる中、自警団の制服が通せんぼする。


 馬が前足を上げて嘶いた。


「ここから先に入るな!」


 自警団の一人がびっくりしながらも、長槍を構えていった。


 エクセルカはその身勝手そうな言い方にハッとなる。馬が大人しくなると、彼女は頭を覆うストールを取って鋭い視線を彼に射る。


「なぜです?」

「まだ市民の避難が完了していない。農奴は後回しだ」


 その男はまだ馬にちょこんと乗る幼女が国の王妃であることに気づかず不遜な声で言う。


 他の自警団の男たちも同じように険のある目つきで睨んだ。


「下がれ! リヴィーナ王妃に無礼である!」


 フェルナルドが吠え掛かると、自警団も馬に乗っている女の子を注意深く観察した。


「王妃様が……っ」


 集まっている農民たちが息をのんで一歩後ろに下がる。


「王妃だと?」


 自警団たちは目を凝らして、鞍に座る女の子を凝視する。


 農民のようなみすぼらしい格好をしているが、時折労いに現れる王妃のかわいらしい顔を思い出して息をのんだ。


「し、失礼いたしました!!」


 自警団たちは槍を下ろして、地面に頭をこすりつけるように身を低くした。王族に槍を向け、無礼を働いたのだ。首をはねられても文句は言えない。


 エクセルカは自警団たちを見回し、自分たちを囲う農民たちに目を向ける。農民たちは家族で寄り添い合い、老人もいれば赤子までいる。


 それを見ても、市民を優先させた自警団にエクセルカは腹が立った。


「誰の命令でこのようなことをした? その者、答えよ!」

「はっ。リヴィーナ王の使者からでございます」

「あの人は――」


 エクセルカは夫のテルダンの顔を思い浮かべて、奥歯をかみしめる。しかし、長々と説教をしている暇はない。


「顔を挙げよ。自警団は領民の避難誘導を急ぎ、騎士たちとの連携を(みつ)にせよ」

「は、はい」


 自警団たちは素早く立ち上がる。だが、エクセルカを前にして足がすくんで動けない。


 エクセルカは何におびえているのか、よくわかっていた。


「わたくしへの無礼は不問に処します。時に、あなたたちの役目は何と心得ている?」

「ハッ。市民の安全と王族の財産の守護であります」


 若い自警団の一人が言った。


 エクセルカはそれを耳にしてムッとした。


「ならば、農民たちを守ることも自警団の使命である。あなたたちは誰の許しを得て、人を選別するか! 彼らはわたくしの財産である。それを放棄するとは恥さらしもよいところだ!」


 その一言に自警団の男たちはエクセルカの凛とした姿に息をのんだ。


「彼らが作る麦や野菜がなくなれば、飢えて死ぬのはあなたたちもだということ、よく覚えておきなさい」


 エクセルカは自警団たちから目を離して、農民たちに視線を移す。


「ここより西のアライラの紡績工場に行きなさい。話はしています。彼の工場に避難を」

「王妃様はいかがなさるのです?」


 農民の一人が不安げに問う。


 エクセルカは足踏みをする馬に体を弾ませながら言う。


「まだ残っている人たちの誘導をします。自警団の一人二人は彼らを誘導なさい」


 エクセルカは自警団たちに再び命令を下す。


 自警団は弾かれたように返答する。


「もう一人。城へ行き、ジャン・ジャック学士に協力要請。知恵を貸してくれます」

「ぎょ、御意」


 自警団たちはまくし立てる様に命令を下すエクセルカに反論する暇もなかった。


「皆の働き、期待しております」


 エクセルカは自警団たちにそういうと、フェルナルドに顔を向ける。


「頼みます。ルドルフ博士」

「行きますぞ、王妃様」


 フェルナルドが馬を走らせようとした瞬間、北の方角から爆音が轟いた。青空を渡る重々しい音は農民のみならず自警団たちも不安にさせた。


 エクセルカも小鳥のような心臓が弾け飛んでしまいそうなほど鳴った。


「バレット……」


 爆心地に赤毛の騎士が戦っていると思った。


 しかし、心配をしている場合ではない。


「早くいきなさい。修道騎士団が防衛を担っているといえ、その足を止めることはなりません」


 エクセルカは王妃としての務めを果たすべく、その幼くも気高い心で人々を引っ張って行った。


               *     *     *


 丘陵を超えて、エングレッゾ・ノォが率いる〔AW〕部隊が直進する。


 先頭を切る機体、ナイト級〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕は橙色の鎧を身にまとい、真っ赤なマントをたなびかせて進む。その獅子をからめとる茨の紋章が誇らしげに揺れる。


「砲撃がもう始まった?」


 エングレッゾは展開してる部隊が早くも交戦状態に入ったのを残念に思った。こちらが領土侵略をしていると錯覚されただろうし、修道騎士団に攻撃の機会を与えてしまった。


「一番槍を取られたか」


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕は得物の長柄のスピアを掲げて、後続を扇動する。そのとぐろを巻いた鋭い矛は美しい純白の色を讃えていた。朝顔の蕾か、イッカクの角、ユニコーンの角を連想させる。そのことからナルヴァール・スピアと呼称されている。


「左右に展開していた奴らめ」


 エングレッゾは左右で上がる黒煙を視認して舌打ちする。自分が真っ先に修道騎士団の鼻っ柱を追ってやろうと思っていただけに悔しさが増す。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕はせわしなく左右に首を振って警戒態勢をとる。


 すると、丘の向こうから火の玉が上がるのを見た。修道騎士団の艦砲射撃だろう。弓なりの弾道で砲弾が落ちてくる。風切の甲高い音が耳にこびりつく。


「各機、進め!」


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕はナルヴァール・スピアを掲げたまま、さらに走る速度を上げて進む。その動作に応えるようにして四機はナイト級のそばに寄った。


 そして、その矛先がまるで蕾が花開くように丸く展開する。朝露を飲んだ朝顔のように、ラッパ状に矛が展開する。その鋼鉄の花びらが回転を始めると、スプリンクラーのごとく眩い光をふりまいた。


 弾ける光の中に砲弾が飛び込むが、空中で爆発四散する。榴弾の爆裂が空に不穏な黒雲を残す。


 しかし、その爆発に肝を冷やしたのか、後続が出遅れる。


「遅いぞ!」


 エングレッゾは言い放ちながらも、すぐに扱いの難しいナルヴァール・スピアの矛の形態に戻し邁進する。その判断は正しかった。


 二つ目の緩い丘を駆け上がろうとしたとき、正面から真っ赤な機体が追い風に乗って迫ってきた。


〔リッター・バレット〕である。


 互いが言葉を交わすよりも早く互いの得物が交差する。


「ぐっ――」


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕はかろうじて〔リッター・バレット〕の鋭い突きを矛で受け流す。


 そして、互いの機体がもつれ合うようにして激突。


 鋭い衝撃が二機の操縦者に襲い掛かった。


「刃を引け! 元第二十聖騎士殿」

 

 バレットは操縦桿に返ってくる反発を力任せに押さえつけながら、外部スピーカーで訴えた。


〔リッター・バレット〕は大剣の鍔でナルヴァール・スピアの柄を押さえつけ自重をかける。


 坂道ともあって、〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕は押され気味で、堪える脚部が折り曲げられていく。アクチュエーターが悲鳴のような駆動音を響かせる。


「俺はもう聖騎士ではないっ」


 エングレッゾはキンキンと響くバレットの声に苛立った。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕は一瞬、膝関節の力を抜き、得物を引いて〔リッター・バレット〕の体を崩そうとする。


 バレットは重たい鎧につぶされるような焦燥感にかられるも、フットペダルを踏み込んで機体をのけぞらせる。


 刹那の隙に〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕は身を引いた。


 重たい大剣の切っ先が傾斜の地面に落っこちる。


「チィ……ッ」

「聖騎士など、人を惑わすだけの呼称だ。やれ!」


 エングレッゾは怯んでいる〔リッター・バレット〕を見据えながら、後続の〔パンツァー・グランツ〕を進撃させる。〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕は自動制御(オート・バランサー)の働きもあって、部下たちと入れ違うようにして下がった。


「お手並み拝見といこうか……」


 エングレッゾは第二十七聖騎士の実力を部下の力ではかろうとする。狡猾なやり方だと意識しながらも、女の乗る機体だと驕る気持ちがそうさせた。


 同時に〔リッター・バレット〕を庇うようにして二機の〔カヴァレリー・ポーン〕が踏み込んだ。


 二機が押さえつけられ、残り二機がナイト級へ迫る。


「その首、貰い受ける!」

「あなたたちまで――」


 バレットは頭を左右に振って、剣を振り上げる二機の〔パンツァー・グランツ〕を見た。


 エングレッゾの気性が乗り移ったのか、その攻撃に迷いはない。そして何よりも、かつて騎士であっただろう志すらもその刃で切ろうとする。


〔リッター・バレット〕は大剣を大きく背中に回して、限界まで腰のばねをため込んだ。地面から脚部、腰部、胸部、肩部を通って腕部へと歪んだ音が駆け抜けた。


「目先の権力に踊らされて!」


 バレットが覚悟を決めて、一気にため込んだ力を解放する。


 左右から迫る凶刃。それを上回る速さで剛剣が唸りを上げた。


〔リッター・バレット〕は全力全開で大剣を振い、大きく薙ぎ払う。


〔パンツァー・グランツ〕二機はその目にも留まらぬ神速の剣に胴体を切断された。いや、鋼の鎧も骨子も大剣にこもった力に粉砕されたのだ。振り切られた大剣が再び地面に落ちると、鋭い地響きがこだました。


 その一撃で激震が巻き起こり、僚機の〔カヴァレリー・ポーン〕二機も一度は敵との間合いを取らなければならなかった。


「――っ。迂闊に攻め込むから」


 エングレッゾは上下に砕かれた〔パンツァー・グランンツ〕を視認しながらも、足元をすくわれる揺れに歯噛みした。あっという間の出来事に彼も相手の力量を改めなければならなかった。


 高い位置を取る〔リッター・バレット〕は大剣を持ち上げると、そのセンサーアイを〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕に向ける。ポーン級各機もナイト級の左右を固めて構えを取る。


「これ以上のリップルトン領へ進行は遠慮してもらう」

「英雄気取りか?」

「わたしに刃を向けたこと、武装アーデル・ヴァッヘで領境にまで進行したこと。言い逃れは裁判にて聞く」


 バレットはエングレッゾの声は無視した。


 すでに彼は修道騎士団に対する侮辱し、刃の矛先を向けるように差し向けたのである。今更、裏切ったかどうかを討論する必要はない。捕まえた後にでもじっくり聞けばいい。


 それゆえに、バレットは複雑な思いを抱かなければならなかった。


「フライハイトとの関係性も供述してもらう」

「うぬぼれるな、女!」


 エングレッゾはバレットの高圧的な言い方に反発して、機体を前進させる。僚機の〔パンツァー・グランツ〕二機もハルバードと斧を振りかざして続いた。

 

「女が騎士などと教会の腐敗である!」


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕はナルヴァール・スピアを突き出し丘陵を駆け上がる。


 それに応じて〔リッター・バレット〕も疾駆。大剣を担ぎ上げて、走る。同じく〔カヴァレリー・ポーン〕もまた得物を構えて同じポーン級と相対した。


               *     *     *


 エングレッゾの艦隊は思うように動けなかった。


 それはひとえに、足止めをする〔カヴァレリー・ポーン〕の砲撃部隊が優秀であり、それを支援する〔ガング〕と統括する〔ローテァ・ケーファー〕が手堅く、堅牢であったからである。


「一番艦、二番艦、ともに敵艦隊の動きを止めているとの情報です」

「このままの戦況を維持しろ。そしたら、隊長殿が相手の大将と決着をつける」


〔ローテァ・ケーファー〕を任されているヴィロォ・ハルゲンは自信たっぷりに答えた。


 その自信がどこから来るのかと、報告を入れた通信士が首をかしげる。


「わかるんですか?」

「元第二十聖騎士っていうのは古典的なんだよ。いい年してなぁ」

「それで、隊長を付け狙うのですか?」


 どうにもピンとこない話である。


 ヴィロォは顔の傷を撫でながら、通信士に言う。


「大義とか、革命とか、そういうのに憧れてるんだ。修道士なのに」


 これには通信士も納得である。


 ノード教会のように歴史を積み重ねている組織というのは急進的な変革は望まない。修道騎士団にしてもその伝統や歴史の厚み、誇り高い理想を胸に日々人々の生活を守ることに従事している。


 理想に溺れて、人に強要する組織ではないのだ。


 しかし、ヴィロォもまた自らが艦隊を指揮している立場から第二十聖騎士の志というのもわかる気がする。


「それともただの嫉妬か……」

「何です?」


 通信士はいぶかしんだ目でヴィロォを見た。


 しかし、ヴィロォは正面を向いたまま次の指示を飛ばす。


「右翼の防御は薄いんだ。弾道計算が出たら、援護しろ」


 その声に通信士も文句を言う隙間はなかった。


               *     *     *


 その剣戟に他者が立ち入る隙などなかった。


〔カヴァレリー・ポーン〕も〔パンツァー・グランツ〕もナイト級同士のぶつかり合いから距離を取って、自分らの戦闘を繰り広げる。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕のナルヴァール・スピアの矛が悲鳴を上げて回転し、〔リッター・バレット〕の大剣がそれをいなしていく。


「押されているのではないか、二十七聖騎士!」


 エングレッゾは火花散る得物のぶつかり合いに高揚感を覚えながら、突きの連撃を惜しまない。高低差があろうとナルヴァール・ランスの軽やかで長いリーチ、さらに機体の持つ長い脚部が幾度と踏み込んで間合いを詰める。


〔リッター・バレット〕は大剣を斜にして、本体から軌道をそらすことで手いっぱいであった。


「やはり、伊達ではない」


 バレットは受けるたびに走る衝撃に歯を食いしばりながら、〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕の槍さばきに感服した。


 武勲の騎士を期待されただけに彼の前に出てくる矛先は巧みに、大剣を封じてくる。間合いの取り方もうまい。おそらくナイト級の扱いには、相手に一日の長があると認めざるを得ない。


 しかし、矛が赤い聖騎士を討ち取れないのもまた事実である。


 流れるように繰り出される槍は隙あらばと脚部や肩部、胸部にまで伸びるもそれをことごとく弾いていく。


 エングレッゾには大剣がまるで踊っているように見えた。


〔リッター・バレット〕は両腕部で柄と大剣の腹とを抑えて、マニピュレーターの回転、さらには機敏な体裁きによって致命傷を避けているのだ。しかし、そのすべてが完全ではない。手数に翻弄されて、肩部や脇部を回転する矛が掠める。


 そのたびにバレットは鈍器で殴られたかのような衝撃に見舞われた。


「ぐっ。耐えて――」


 大きく揺れる視界の中で、バレットはつぶやく。相手とて操るのは人間。必ずどこかでほころびが生まれるものだ。

 

 そして、その瞬間は訪れた。


〔リッター・バレット〕の左肩部にナルヴァール・スピアの矛が接触、後方へと矛先が抜けた。鋭い火花と甲高い音を響く。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕の踏み込みが不必要に大きくなった瞬間だ。


「しまった!」

「懐を取った」


 操縦者たちはその一手で膠着状態が破れると悟った。


〔リッター・バレット〕が身を沈めると、脚部のサスペンションストロークを最大にまでため込む。そして、一気に解放すると突き上げるようにして体当たりを入れる。


 ゴゥンッと鈍い鋼の音がバレットとエングレッゾの脳みそを揺さぶった。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕の脚部が地面から離れる。


「――――っ」


 バレットは隙のできた〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕の腹部に狙いをつけると操縦桿を倒し、フットペダルを切り返した。


〔リッター・バレット〕は大剣を地面に突き刺すと、それを支えに浮き上がっている〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕に回し蹴り。


 鋼がぶつかる鈍い音が空に轟き、十字と鷲を背負ったマントが弧を描くように揺れる。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕に防御をしている余裕はなく、橙色の機体は斜面を転がった。土塊を巻き上げて、茨に絡まれた獅子の刺繍を汚す。


 しかし、得物から手を放すことはない。さらには、すぐにも立ち上がった。その軽やかな身のことなしは見事であった。


「早い――」


 バレットは全身がきしむ痛みに顔をゆがめながら、再び矛を向ける敵機を見据える。


 相手が立ち上がれたのはまぐれではない。何度となく倒されては起き上がる動作を教え込まれた〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕の経験に基づくものだ。


 そこがポーン級との最大の違いだ。


 使い込むたび、戦うたびに動作を覚えて機体が自動で反応してくれる。それは聖騎士が起動時に差し込む宝剣が記憶装置となっているからできるわざである。


 構える〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕の中で、エングレッゾ・ノォは血の混じった唾を操縦席に吐き捨てて中段に構える〔リッター・バレット〕を見た。まだ頭がぐらつき、ひきつけをともなったが意識は徐々に回復していた。


「やはり、詰めが甘いな……」


 エングレッゾは自分の集中力が切れたことを叱責して大きく息を吸う。


 ここで相手にあたってもしかたない。むしろ、これまで共に戦ってきた〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕の力に感謝するべきだろう。


「操縦者としては向こうが上だろうが、後れを取るほどではない」


 操縦者の差と機体の経験の差は違う。


 機体の経験が浅い〔リッター・バレット〕で体術と剣術を組み合わせて戦えるバレットのセンスは称賛に値する。しかし、操縦者としての経験はエングレッゾも劣るものではない。残る差は鍛えこんだ機体の動きで補えばいい。


 それをわかっているのだろう。


〔リッター・バレット〕が動きを止めているのが何よりの証拠である。周囲では砲弾が飛び交い、爆裂する音が響き黒煙を上げている。近くではポーン級同士のぶつかり合いがある。


 にもかかわらず、赤い騎士は動かない。力量の差を精神力で補おうとしているのだ。


 エングレッゾは緊張に生唾を飲んで、スピーカーにスイッチを入れる。


「女だてらに聖騎士をしていないようだな。その強さは称賛しよう」

「……褒める言葉を持っていながら――」


 バレットは機体のテンションが落ち始めているのを意識しながらも、〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕から発せられる声と構えを慎重に見極める。


「なぜ、フライハイトに加担する?」


 バレットがそう口にするのは、もはや生け捕りは困難だと本能的に感じていたからだ。


 先ほどの蹴りを受けて立ち上がる胆力を見ては、生半可な攻撃では敵に膝をつかせることはできない。全身全霊で敵を討ち取ることに意識を集中しなければ、次は自分が手籠めにされる。


 ポーン級同士の刃が交錯し、鈍い音が響き渡る。その上の秋空には早く流れる雲が迫っていた。


「新教による自由を勝ち取るためには、この方法が最善である。時間をかければ旧教の腐敗は進行するばかりだ」


 エングレッゾは〔リッター・バレット〕の外部スピーカーから漏れるバレットの息も絶え絶えな声に最後の慈悲をかけるつもりでしゃべった。


「派閥にこだわり、武力による改革など我らのなすべきことではない」

「俺はもう騎士ではないといった」


 バレットの声にエングレッゾは怒鳴った。


「神を信じる者を正しき導くため、貴族の横行を制裁するため、俺は大義のもとに力を行使する」


 エングレッゾは覚悟を言って機体を発進させた。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕は矛を回転させて、地面を穿ちながら突進する。


「それが理想を掲げた騎士のいうことか!」


 バレットは激昂した。


〔リッター・バレット〕は大剣を振り上げる。切っ先が雲に陰る太陽を示した。


 互いの刃が振り上げられ、振り下ろされる。


 間合いはよし。振り上げられたナルヴァール・スピアは土塊を巻き上げるが、振り下ろされた大剣に即座に地面へと叩き落された。それを大剣の刃が押さえつける。


 飛び散る土塊を被りながら、赤い騎士は橙色の騎士と拮抗する。


「わたしたちは神を信ずるものを守る盾であり、剣である! そして、人々の規範にして理想であらねばならない」

「理想などと――、いつまで英雄ごっこをしているつもりだ!」


 今度はエングレッゾが怒りを覚えて、操縦桿を切り返した。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕は槍を大きく振って地面を穿ち、大剣の拘束から逃れると次のなぎ払いの動作につなげる。


「英雄ごっこではない!」


〔リッター・バレット〕は一歩前に踏み込んで大剣を盾に槍の横なぎを防ぐ。


 大剣の刃を削らんと回転する矛が圧力をかけ、火花を散らす。


「あなただって聖騎士として、人々に期待されたはずだ。しかし、それよりも前に理想を掲げて鍛錬を積み重ねたのではないか?」

「人に理想などできはしない。この強さは人が果たすべき大義によって手にしたものだ」


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕はナルヴァール・スピアで大剣を押さえつけ、その反動で機体を斜面の上に押し上げると素早く切り返して〔リッター・バレット〕に迫る。


「この力によって悪をなす人間を掃除する必要があるのだ」


 彼にとってはそれがすべてである。


 真の自由を獲得ために悪を根絶やしにしなければならない。それは身内であっても同じことである。これまでのノード教会の方針では事後処理に追われるばかりの腑抜けにしか見えないのだ。


 もっと即応性に優れ、悪を潰す越権がなければ温床そのものを壊すことはできない。


「そのために、国ひとつの人々を野に放つというのか!」

「必要とあらばっ」


〔リッター・バレット〕が振るう大剣が〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕のナルヴァール・スピアを巻き上げて、鍔迫り合いの状態にもつれ込んだ。


「それでは善の心は育たない。善行すらも否定する気?」


 バレットは警報のウィンドーを一瞥して、重たい操縦桿を押し上げる。


 そして、追い風を受ける〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕のセンサーアイに気おされながらも〔リッター・バレット〕を踏んばらせる。


「善行などは教会が定めた詭弁である。意味などありはしない!」

「そこまでいうか!」


 大義のための犠牲こそ革命家たちの詭弁ではないか。


 人は愚かであって、しかし、学び育む力をも持っている。彼の掲げる大義はその可能性すらも根元から穿とうというものだ。


「聖騎士がこの背に修道騎士団の紋章を背負う意味を考えもしないで!」


〔リッター・バレット〕は力任せに機体を振って、鍔迫り合いを解く。そして、〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕と距離を取ろうとした。しかし、地の利は相手にある。


 離れ際の返し技が〔リッター・バレット〕の左腕部に炸裂する。


 ナルヴァール・スピアの回転矛が肘関節をえぐり、まばゆい火花を散らして破砕した。


「チッ、く……」


 バレットは歯の根が合わない衝撃にやきもきしながら、素早く機体を一歩二歩と下げた。左腕部が斜面に落ちる。


〔リッター・バレット〕は切り落とされた左腕部を庇うようにして、大剣を右腕部だけで支える。しかし、その切っ先も地面に落ちていた。


「左腕電源カット。バランス、調整」


 バレットはゴーグルモニタに表示される損傷報告を見やって、素早く操縦桿のスティックを操作。音声入力を合わせて、〔リッター・バレット〕の状態を調整していく。


「その剣はやはり、片腕では扱いが難しいようだな」


 エングレッゾは視界に映る〔リッター・バレット〕の姿に勝利を確信しつつ、機体を構えさせた。高い位置から見下ろす〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕は矛先を低く構えて、足腰に力をため込む。


 太陽を遮る薄絹の雲がかかり、二機の頭上に暗幕を張る。地面に薄い影が落ちた。


「隊長、引いてください!」


〔リッター・バレット〕の様子に気づいた〔カヴァレリー・ポーン〕の操縦者が叫んだ。しかし、不幸にもその気遣いが彼の命を速めて、敵の刃を受け入れることになった。


 味方の一機が崩れ落ちる。


 その瞬間、流れる雲の影に乗って〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕が疾駆する。純白の矛先が風を切る。獅子と茨のマントが追い風に揺れた。


「もらった!」


 エングレッゾは吠えた。


 彼の分身ともいえる機体がナルヴァール・スピアを最高のタイミングで突き出し、踏み込む。片腕で伸ばされたリーチはずば抜けていた。狙うは胸部。その胸を一突きで仕留めようと伸び上る。


 回転する矛が〔リッター・バレット〕を捉えようとした瞬間、雲の切れ間から太陽のまばゆい光が差した。


 一瞬の明転。


 光の中で鋼がぶつかる音、回転する矛が何かを抉る音をエングレッゾは聞いた。


「取られはしないっ」


 その天から降ってきたような声がエングレッゾの脳髄に響いた瞬間、鋭い衝撃が自分の体を駆け巡る。ゴーグルモニタには〔リッター・バレット〕の武骨な兜からのぞかせる鋭いセンサーアイが睨み付けていた。


〔リッター・バレット〕は健在。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕と呼吸を合わせて踏み込み、持ち手を変え、大剣を両機の間で斜に構え、矛の軌道をそらしていたのだ。その一瞬の判断と動きは〔リッター・バレット〕が得意とする動作である。


 その刃は〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕の胸部装甲を袈裟掛けにへこませていたが、切り崩すことはかなわない。だが、確実に操縦者には効いている。


「わたしはこの背に騎士の誇りを背負った。かつてわたしを救い、わたしが掲げてきた誇りだ」


〔リッター・バレット〕の十字と鷲のマントが向かい風の中でたなびく。その紋章が太陽の光を浴びて輝き、機体を支える脚部に力がこもる。


「人を照らす導である!」


 バレットは素早くフットペダルを切り返した。


〔リッター・バレット〕は大きく機体を左にひねって、大剣ごと〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕をなぎ倒した。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕は斜面を転がり、再び立ち上がる。


「エングレッゾ。大丈夫か?」


〔カヴァレリー・ポーン〕を打ち倒した〔パンツァー・グランツ〕が庇うように割って入る。


 しかし、エングレッゾはその介入を邪魔としかみなさなかった。さらに言えば、もう一機の〔パンツァー・グランツ〕が討ち取られて、〔カヴァレリー・ポーン〕が接近しているのもわかっていた。


「お前は近づいてくるポーン級をやれ」

「しかし――」

「いいから行け!」


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕はナルヴァール・スピアの柄で〔パンツァー・グランツ〕を押しのける。


〔パンツァー・グランツ〕の操縦者はその指示に従った。


「理想がなんだというのだ」


 エングレッゾは機体の損傷を見て、かすり傷程度と見るや否や気持ちを高ぶらせる。


 雲切れ間からこぼれる光のカーテンを浴びて立つ〔リッター・バレット〕の赤い装甲に闘争心を燃やす。


「聖騎士といっても、所詮は人間だ。神にも天使にもなれはしない。初めから聖騎士なんてのは世迷いごとだ」


 エングレッゾは饒舌になって機体に槍の回転を止めると、その矛を展開する。太陽を浴びて咲く花のように、矛先は一輪の花となり、砲身となり、赤い騎士に向けられる。


「理想など体現できない。大義を掲げ、この世のすべてと対峙することにこそ真に救済という道が開ける!」


 フライハイトの理念。


 かつて、騎士として抱いた信念。


 エングレッゾ・ノォはあまりに純粋すぎた。世の穢れを咀嚼できずにその手を血に染めた。


「血に染まった大地に咲く花がそんなに誇らしいか?」


 バレットは操縦桿を握りしめて問う。


「人の肉で肥やした世界がそんなに豊かになるのか?」

「歴史はその積み重ねだ。それを無駄にしないための戦いだ」


 エングレッゾは理想論を語る彼女に嫌気がさした。かつての自分を見ているような気がしてならない。かなわないという夢を実現しようとする愚かしさしか見えない。


 だが〔リッター・バレット〕は右腕部だけで大剣の切先を後ろに回すと、走り出す準備を整える。


「この循環からは逃れられない」

「だから、わたしたち聖騎士は――」


 バレットは向かい風の中で諭すように言う。


「後に続く者のために、この背に憧れる者たちに、人の正しい姿を見せなければならない。その歴史に終止符を打つためにもっ」


〔リッター・バレット〕は駆け出した。大地を揺るがし、風を切り、真紅の騎士はひた走る。


「ならば夢のために、未来のために死ね!」


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕はナルヴァール・スピアの砲口にエネルギーを集中させると、迫る〔リッター・バレット〕に照準を合わせる。


 この一撃ですべてを決める。その覚悟がエングレッゾ・ノォの頭を満たした。


「神よ――」


 バレットは敵機に収束される獰猛な光に目を細める。


 だが、逃げはしない。雲の影の下、橙色の傭兵は渾身の一撃を見舞うつもりだ。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕も同じはずだ。掲げる大義を遂行するために躊躇いはしないだろう。


 避けるそぶりは逆にその大義に彼女の身の屈服を意味する。


 だから祈る。神がいようといまいと関係はない。自分を奮い立たせる。胸にした銀のロザリオが一瞬頭によぎった。


「裁きを――ッ」


〔リッター・バレット〕があと少しで大剣の射程に入るところあった。


 その瞬間、〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕の槍が輝きを放った。一点集中のビームの刺突。伸び上る光で周囲の光景が塗りつぶされる。


 エングレッゾの意識はその中で決着をつけていた。敵を絶つ瞬間を脳裏に焼き付けていた。


 しかし、大剣の乾坤一擲。大きく踏み込み、大振りの横薙ぎが光を切り裂いて、ナルヴァール・スピアの花弁を砕いた。大剣はビームをも絶ったのだ。それこそが、〔リッター・バレット〕最強の武器の所以である。


 どのような困難をも切り裂き、折れることのない信念の体現である。


 光を切り裂き、真紅の兜が橙色の傭兵に迫る。


〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕が咄嗟にセンサにとらえた敵影に対して後退した。


〔リッター・バレット〕はさらに脚部を引き付け、踏み込みの所作へ流れる。機体を無理矢理に前にだし、腰だめに大剣を構えさせる。右腕部が引きちぎれる寸前まで関節のフレーム、サスペンション、人工筋肉が伸び上る。


 そして機体が腰部をひねり、右腕部にあらん限りの力を最大トルクで力を蓄える。先の一撃の反動をも刃に乗せて、大剣の切っ先が地面から離れる。


 バレットは全身全霊をかけて気勢を張り上げ、操縦桿を操った。


 そして、踏鞴を踏んだ。


 真打抜刀!


 最高の技にて、真紅の騎士は〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕を逆袈裟に斬り上げた。刃に乗せた力すべてをぶつけられ、橙色の装甲は力任せに両断された。


 そのあまりの勢いに〔リッター・バレット〕は大剣に引っ張られるがままに機体を反転し、大剣を地面に叩き付ける。


 風が吹くと、〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕のマントが千切れ飛び、遅れて上半身が地面に落ちる。下半身も折り重なるようにして倒れた。それを隠すようにして修道騎士団のマントが広がった。


〔リッター・バレット〕は顔を出した太陽の光を浴びて、振り返ると鋼の骸を見下ろす。


「…………」


 バレットは黙して、〔ゼルドナァ・エングレッゾ〕から視線を離す。


〔リッター・バレット〕はマントを翻し、敵旗艦へと急いだ。その紋章が光に反射して輝く。


 その光景を〔カヴァレリー・ポーン〕と〔パンツァー・グランツ〕は目撃し、もはや刃を交える意義がないと悟った。


               *     *     *


 戦いは部隊の首領であるエングレッゾ・ノォの死をもって終結した。


 エングレッゾが率いていた艦隊、〔AW〕部隊も戦闘を放棄して第二十七聖騎士団に投降した。彼らがリーダーの死を切っ掛けに弔い合戦にもつれ込まなかったのは、偏に大義を失ってしまったからだろう。


 その知らせはバーレットによって、城下町の警備にあたっていた騎士に伝わり、自警団に伝達されると瞬く間に町の人たちに伝播した。


 その報告はエクセルカ・リヴィーナ二世の耳にも届いていた。彼女は農民たちを家に帰すよう指示を出して、町はずれまで馬を走らせた。


 収穫を終えた麦畑には砲弾の跡一つなくなだらかな道もまた変わらず残っている。遠くから重々しい足音が聞こえてくる。


 その足音にエクセルカは胸が締め付けられる思いであった。


 そして、小さな丘を越えたところでリッター・バレット〕と鉢合わせた。


「バレット? バレットなの!」


 エクセルカは〔リッター・バレット〕を見上げて叫んだ。


 興奮する馬の手綱を握るフェルナルドはその大きさに驚愕しながら、左腕部からチラチラと火花が散っているのを見た。


「損傷しているのか?」

「バレット!」


〔リッター・バレット〕が跪く動作に入ると、エクセルカたちは後方に下がって迫る頭部を見上げる。


 マントがふわりと膨らみ、装甲がギシギシと不協和音を奏でる。大剣を手にした右腕部が地面につくと、静かに息をつくようにして、各所の排熱ダクトから熱風が噴出される。


 そして、頭部が深く首を垂れるようにすると、そのうなじから操縦者であるバレットが出てきた。


 エクセルカたちの位置からでは見えず、彼女が前に移ってワイヤーリフトで降りてくるところでその赤い髪の色を見つけることが出来た。


「バレットです」

「ああ、王妃様」


 エクセルカは鞍から滑り落ちるように馬から降りる。地面に体をぶつけるようにしながらも、すぐに立ち上がって同じく地面に降り立ったバレットの下に駆け寄る。


 バレットはヘッドギアを外して、駆け寄ってくるエクセルカに目を細める。


 だが、彼女が身構えるよりも早くエクセルカの小さな体が勢いよくぶつかってきた。


「あ、うわっ」


 バレットは間抜けな声を上げて、押し倒される。その衝撃がさきの戦闘で疲労した体には染み入る。


「よかった。無事ですね。怪我はありませんね?」


 エクセルカはバレットのお腹に馬乗りになりながら、気難しい表情を浮かべる彼女に言った。胸が張り裂けんばかりの喜びにエクセルカも興奮状態であった。


「王妃様。はしたない……、ですよ」

「え? ああ、ごめんなさい」


 エクセルカはバレットのかすれた声を聴いて、ハッとして身をどけると上体を起こす手伝いをする。汗でぬれた戦装束は重たく、冷たくなっていた。赤毛もくすんで見えた。


「ルドルフ博士、水をここへ」


 エクセルカは馬を下りるフェルナルドに言いつけて、バレットに視線を戻す。握りしめる手が震えているのには肝が潰れそうになる。


「よく我が領土を守ってくださいました」

「艦隊は、捕らえました。首領も、討ち取りました。脅威はもうありません」

「はい。みなにはもう伝わっております」

「王妃様……」


 そこへフェルナルドが鞍に備え付けていた革袋の水筒を持って、エクセルカの横に跪いた。


「ありがとう。バレット、水です。飲めますか?」

「はい……」


 エクセルカは飲み口のふたを取るとそれを口元に近づける。フェルナルドは水がたっぷり入った袋の部分を持ち上げて、ゆっくりと水を彼女の口へと運ぶ。


 バレットは冷たい水が熱くなった体をめぐるのを強く感じて、飲み口を離すと大きく息をついた。身体がさらに重たくなる。


「すみません」

「聖騎士殿。あなたの艦にお送りしましょう」


 フェルナルドは気を使って提案する。


 それにはバレットもほほ笑んで受け流した。


「お気持ちだけで十分です。すぐに、部下が迎えに来ます。それよりも領主に報告を――」

「そんなの、待たせておけばよいのです。あなたは国を守る働きをしてくださったのだから」


 エクセルカは優しく声をかけて、ふと彼女の胸元に贈った銀のロザリオが輝いているのを目にした。思わず息をのんだ。


 バレットはすぐにその視線に気づいた。


「王妃様の贈り物がわたしに勇気をくださいました」

「それは、よかった。ルドルフ博士、すみませんが……」

「みなまで言わずとも。領主様への伝令役はお任せください」


 フェルナルドは二人っきりにさせようと立ち上がると、馬にまたがって城下町へと走っていく。


 残された二人は城下町を眺めた。静かな秋風が二人を包むように吹いた。


「綺麗な街……」

「あなたが守ったのですよ」


 バレットの目には丘陵に立つリップルトンの首都が美しく思えた。午後の日差しの中に浮かぶ緑と石造りの家々はモザイク画のような優美さを感じさせる。


「騎士の務め、ご苦労でした。ゆっくりお休みなさい」

「そういうわけには――。すぐに仕事をしなければなりません」


 バレットが無理に立ち上がろうとするのをエクセルカは強く手を握って制した。


「なりません。あなたには頼れる部下たちがおられるんでしょう? 彼らに甘えてもよいではありませんか」

「しかし――」

「人は脆いのです」


 その言葉にバレットは息をのんだ。討ち取ったエングレッゾの言葉が頭によぎって気持ちが落ち込む。


 しかし、エクセルカは優しくバレットの髪を撫でながら言う。


「一人で背負わないで」


 その言葉が胸を打つ。


「信頼してくださいまし。こうして背中を支えることだって、できるのです」


 バレットはなぜか目頭が熱くなって、胸が締め付けられる思いを抱く。


「家族のようなもの、ですもの」


 エクセルカの言葉に、バレットは救われた気がした。


 聖騎士として理想を掲げてきた。今でもその信念を捻じ曲げる気はない。だが時々、人恋しさを覚えるときもある。こうして疲れているとき、戦いで消耗したときには特に。


 だから、なのだろう。


 エクセルカが握る小さな手の温もりが強く生きる力を与えてくれる。理屈云々ではない。


 きっとそれは愛情というもので、誰もが持つ強さなのだ。


「ほら。あなたを慕う者の足音が聞こえますよ?」


 エクセルカは凛として言うと立ち上がった。


 背後の丘では跪く〔リッター・バレット〕のマントの紋章を目印に騎士団が集結する。


 その雄々しい足音を聞いて、バレットも心を震わせる。こんなところで座り込んでいられない。立ち上がり、午後の麗らかな太陽を浴びて集う部下たちを出迎える。

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