~収穫祭~ 夜に耳をすませば
夜通し続く収穫祭の賑わい。爛々と輝く月に届けとばかりに人々の笑い声がこだまする。
〔アル・ガイア〕はミトたちがたむろするビアガーデンに駐機されて、ビアガーデンの照明係をしていた。大きく分かれたテーブルの間はダンスホールドとなって、老若男女がまばゆい光を浴びて舞い踊る。
ヴァイオリン弾きの老人が弾むように弓を引くと、ヴァイオリンの弦もしゃっくりを上げるように鳴る。たった一人の演奏者はポルカの陽気な旋律を奏でて多くの人たちを魅了した。
「今日は本当に楽しいわね」
「うん。楽しい」
フォノと結子は〔アル・ガイア〕の肩に腰掛けて、下で踊る人たちや煌びやかな街並みを眺める。どこもかしこもランプを焚いて、素敵な旋律と歌が溢れている。
まるで夢のような幻灯。夜が明ければ、その光は消えて夜風にさらわれるだろう。
だからだろうか。溢れる光の湖を見下ろしていると、心はどこか感傷的になる。隙間風のように吹く風がやけに冷たい。
すると、リフトワイヤーで上がってきた柾が特大のバスケットをもって〔アル・ガイア〕の胸部装甲に乗った。
「二人とも、おやつ持ってきたよ」
「ありがとう」
フォノはそう言って、小鹿のように跳ねて向かってくる柾を迎える。スカートの裾が跳ねるように膨らみ、丸いつま先の靴が軽やかな鉄の音を奏でた。
「ダンスの時の?」
「そう。ほかにもいろいろ」
結子は立ち上がって、柾の座る場所を作った。
それから柾はフォノと結子の合間に入ると、マルチ・ハープーンの射出装置にもたれて座る。
「じゃじゃーんっ。結構いいのもらちゃった」
柾が膝の上に乗せたバスケットのスカーフを取る。
それは甘い、甘い宝石箱。金貨のようなビスケット、宝石のように輝く飴、星屑のような金平糖、そして甘く飴色に焼きあがったりんごのタルトからは甘酸っぱい香り漂う。その端っこにはポットとカップが三つ狭そうに積み重なっている。
「まぁ、こんなにたくさんいいのかしら」
フォノはスカートを抑えながら、柾の左隣に座って肩を寄せる。
結子も大きく目を見開いて柾の右隣に座ると、思わずつばを飲み込んでしまう。
「ホットチョコレートもあるよ」
柾は二人にカップを回して、ホットチョコレートを注ぐ。甘く、芳醇な香りを漂わせるホットチョコレートの匂いに思わずうっとりしてしまう。
「いい香り……」
フォノはカップに鼻を近づけて、ため息をつく。
その横で柾は結子に注いでもらっていた。注ぎ終えると結子は自分の横にポットを置いてカップを持ち直した。
「ありがとう。ではでは、今日はみんなお疲れ様でした」
乾杯、と柾が音頭を取る。
フォノと結子もカップを掲げて乾杯を言うとホットチョコレートを一口。熱々のホットチョコレートはすっきりとした甘味の控えたビターな味。それでも体の芯まで温まる心地よさに三人はほっと息をついた。
「演劇、成功してよかったね」
結子はようやく自分の失敗に整理がついたように肩を下げて、クッキーを一枚口に放り込む。サクサクで歯ごたえのあるクッキーの甘さは素朴ながらホットチョコレートとの相性は抜群である。
「うん。団長さんも演出家さんも大喜びだもん」
「スカウトされた時はどうしようかと思ったものね」
「フォノの場合、女優さんにならないかって話だったじゃん」
柾の皮肉を含んだ視線にフォノは顔を背けてホットチョコレートをすする。
「その話はしないで」
「損したって思う?」
「意地の悪い質問をするのね、あがり症の結子さん」
結子の質問にはフォノも少し眉をひそめて、皮肉をお見舞いする。頬は赤く、まだ気恥ずかしい気持ちが残っていた。
結子も顎を引いてむぅと頬を膨らませる。
「本当のところ、どうなの?」
「柾まで?」
フォノは調子のいい柾を一瞥して、夜空を上目遣いに見上げる。いつもより星の輝きが乏しく、紫がかって見える。
「そんなのわたし、興味ないもの」
「何だ。つまらないの」
柾は金平糖を一つ口に含んで舌の上で転がした。凹凸のある表面が転がるたびに甘さも広がって思わず笑顔になる。
「金平糖、おいしっ」
そういうなり、柾は辛抱たまらなくなって金平糖をバリボリと噛み砕いてしまう。身体に染み渡る甘味が疲労感を和らげてくれる。
「久々に体動かしたから疲れた」
結子はまるで柾の心情を察したように言った。それから後ろに結わえたポニーテールの髪先を弄る。毛先が少しべとついている気がした。
「お祭りだもの、楽しまないともったいないわ」
「そうそう。午前中は色々あったけど、最後に楽しんだもの勝ちだもん」
柾の満足げな顔を見ると、フォノと結子はヴァイスのことを蒸し返す気にはなれなかった。
どんなことが自分たちの目の届かないところで動いているのか。〔アル・ガイア〕に秘められた謎をどうやって解決していけばいいのか。そんなことを論じても何も見えてこないだろう。
今はお祭りの気分でいっぱいで、その中に浸っていたいのだ。
柾はリンゴのタルトを手にすると口に運んだ。甘酸っぱいリンゴがしゃくしゃくと口の中でほぐれ、タルトのサクサクした食感が嬉しい。
「んーっ。こういうの食べてるときって幸せだなぁ」
「食べることが好きなだけじゃない」
「最近、お腹出てきてるみたいだし」
柾がぐっと喉を鳴らして、リンゴのタルトにかじりつくのを止める。それから、戸惑うように口から離して唇をマフラーの下に隠した。
フォノと結子はそんな彼女を横目に自分の分のリンゴのタルトを取る。
「そういうことを言わないでよ。この子のライブラリにこの会話が残ったらどうするのよ」
柾は首に着けているアクセサリを思い出して二人に言った。
自分たちの目を通して映像記録が〔アル・ガイア〕に蓄積されていくのと同じように、音声などの会話もまた〔アル・ガイア〕は覚えてしまう。子供が親のまねをするように、高い学習機能が備わっているのだ。
「きっと、いい思い出になるわよ」
フォノはリンゴのタルトを口に運びながら言う。
「いい思い出。そうだね」
結子もそれに同意してリンゴのタルトを頬張った。
今、この瞬間は記憶に残らないかもしれない。人間である以上、いつの間にか大切だと思った時間を忘れてしまう。
結子は手首にしているアクセサリを一瞥してから、〔アル・ガイア〕の大きな横顔を眺める。
「この子が覚えてくれるなら助かる」
「演劇のことも覚えてくれたかしら?」
フォノはさっと後ろに引っ張っている髪を撫でて、ヘアバンド上のアクセサリに触れた。
「当然でしょう。この子は頭が良くて、物覚えがいい。ずっと覚えててくれるよ」
柾は声を弾ませていった。
「過去の映像とか、戦闘経験とか……。そういうのばっかりじゃ悲しいから、楽しい思い出も一緒に作りたっていいよね」
少女は〔アル・ガイア〕の横顔を見て尋ねた。
しかし、〔アル・ガイア〕は動くわけでも、答えてくれるわけでもない。そんなことはありえないのだから。
機械に感情も同情も必要ないのかもしれない。それでもアクセサリで繋がっているからか、気にかけずにはいられなかった。母親とへその緒で結ばれていた時のような感覚に近いだろうか。
鋼鉄の鎧の中で〔アル・ガイア〕という意思が宿るのではないか、と少女たちは思うのだ。
それに、と柾は続ける。
「楽しい記憶があれば、また頑張れるもんね」
その時、彼女の笑顔を見るかのように〔アル・ガイア〕の頭部が微かに動いたような気がしたが、それは気のせいだったのかもしれない。
「明日もまたアルバイトだけど――」
「頑張ろうっ」
フォノと結子は静かにそういってリンゴのタルトの甘さを味わった。
三人は祭りの灯を眺めつつ、ささやかで楽しい時間を過ごした。甘くて温かい、優しい時間が過ぎていく。
ふと柾は以前に遭遇した『楽園』のことを思い出していた。
「あの『楽園』の人たちはやっぱり間違ってたよ……」
柾は下で踊る人たちを眺めながらつぶやく。
この時をいっぱいに楽しむ人たちはきっと明日のことを考えていないのかもしれない。だが、明日が来ることを知っているから今を楽しめるし、過去の苦労も忘れられる。
収穫祭の賑やかさはこれまでの苦労を労い、これからの冬越しに向けて励まし合う特別な日々だ。あたかも夢のような、儚い時間になってしまうかもしれない。しかし、人々はその夢をずっと見ることはできない。
お祭りが終われば、次に来るのは厳しい寒さ。何もせずにいたら凍え死んでしまう。
生きるために、誰もが厳しい現実に向き合う。収穫祭の余韻にいつまでも浸っていたくても、生きていくためには立ち向かわなければならない。それを忘れてしまったから、『楽園』は時間すら止まって変化しなくなったのだろう。
季節の巡りはいつも同じではない。もしかしたら、例年以上に冷え込んでしまうかもしれない。不作の時期になってしまうかもしれない。誰もそんなことは予測できない。予測したくもない。
胸に希望を抱いて、今日を頑張らなければ明るい明日など来ないのだから。
収穫祭はその成果の一つであり、町のみんなが自信をつける重要な行事だ。
一時だからこそ、強く輝く。
今夜のプロヴィランの町灯りはきっといつもよりも輝いていることだろう。




