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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十二章
87/118

~収穫祭~ 豊穣祭り踏歌ヨイヨイ

 空の色がやがて橙色に染まり、恥じらうように太陽が丘の向こうに隠れようとする頃。


 プロヴィランの郊外で〔アル・ガイア〕は幌をかけられて、横たわっていた。そこには中央の教会前広場で公演を控えている劇団員たちの姿も集まっている。


 彼らは夜の公園を前に緊張していた。


「調整はいいんだな?」

「はい。公演まで時間はありますよね?」


 頭部ハッチから(マサキ)は上体を出して、下で控える演出家に言った。それから顔を上げて、夕日を見た。


 演出家の男は懐から懐中時計を取り出すと、時間を確認する。


「ああ、開演は午後の五時だ。出番は七時前後といったところだな」

「それまでに、ここに戻ってくれば大丈夫ですよね?」

「何が?」


 演出家の男は上を見上げて、(マサキ)のニコニコする顔を訝しんだ。舞台のスケジュールと舞台装置が動くかどうかの懸念で頭がいっぱいなのだ。


 すると、横間から結子(ユイコ)がわら半紙を彼に差し出しながら言う。


「観光とちょっとした催し物に参加させてもらうの」


 演出家の男はぎょっとして横に一歩身を引きながら、結子(ユイコ)をつま先から頭のてっぺんまで何度も見た。全く気付かなかったのだ。


「いつのまに……」

「さっきからいたけど?」


 何を言っているのだろう、と結子(ユイコ)は手を後ろに組むと、〔アル・ガイア〕の方に近づく。


(マサキ)、お祭りに行こう!」

「うん。けど、ちょっと待って」


 (マサキ)結子(ユイコ)の姿を認めながら、一度操縦席に引っこんで操縦桿にあるコンソールを操作する。


 立体スクリーンが起動して、アイドリング状態を確認する。


「視覚情報を登録しておけば、警戒はできるはずだから……」


 表示されるのは、ヴァイスの姿を捉えた静止画である。フォノと結子(ユイコ)のアクセサリと〔アル・ガイア〕のコンピュータとの間で送受信されたもので情報として機体に覚えさせる。


「これであたしたちの目もカメラになるっと」


 これで(マサキ)たちがヴァイスの姿を捉えれば、アクセサリを通して〔アル・ガイア〕のデータバンクから警告が送られてくる。いざとなれば、〔アル・ガイア〕を呼び寄せることも可能だ。


 気休めであったが、プロヴィランにいる限りは使っておく必要はあるだろう。


 (マサキ)は身をひるがえして、ハッチに手をかける。スライドしている天頂部からリフト・ワイヤーを引っ張り出すとそれに身を預けて地面に降り立つ。


 それから、一度ウェイトレスドレスのすそを払って結子(ユイコ)に向きなおる。


「お待たせ。それじゃぁ、七時前にはここに戻ります」

「そうしてもらえると助かる」


 演出家の男は(マサキ)と握手を交わした。


 その交わした握手に彼はどことなく悪魔に魂を売ったような罪悪感を覚える。〔アル・ガイア〕を操る魔女の子との取引だ。一抹の不安も抱いてしまうのが、敬謙なノード教の信奉者である。


「約束は守ります。あなたのアイデアは面白いんですから」


 (マサキ)は彼の演出を称賛すると、握手を解いた。


「劇、成功させましょうね」


 (マサキ)はそう言って結子(ユイコ)とともに小走りで町の方へと行った。そこへフォノが合流して、はしゃぎながら街角と入っていった。


 それを見送る演出家の男は、その街角の一瞬の光景を絵画にしてみたいと思うのであった。


                     *     *     *


 ミト・ハルルスタンはビアガーデンの仕事が落ち着いて、〔エクセンプラール〕の乗員で独占しているテーブルにつくことが出来た。酒の肴で満たされたテーブルを挟んで大人たちは酒盛りを楽しんでいる。ビール樽のスタンドが近いだけに、酔いの周りも早かった。


「お疲れ、ミトさん」


 ミトが席に着くなり、向かいの席で美麗な少年、カーヴァル・イルスロットが笑顔で迎えた。


「あら、カーヴァル。ここにいたの?」


 ミトはカーヴァルの姿を見て、目を見開いた。長椅子の幅を取る両隣の女性の尻に辟易しつつも、彼女も図々しく居直った。


「お祭りはいかなくていいの?」

「そんなの、お昼にまわちゃったよ」


 カーヴァルはふて腐れるようにして、テーブルに並ぶパンを掴んだ。


「それに、夜はどこもかしこも踊ってばっかり。うるさいじゃん」

「斜に構えちゃって。あ、ありがとうっ」


 ミトは息をついて、回ってきたビールのコップを手にした。鼻を衝く香りだけで頭がしびれてしまいそうであった。


(マサキ)とのデート、断られたからってさ」

「そんなんじゃない」


 ムキになるカーヴァルを肴に、ミトはグッとビールをあおった。


 苦みのある口当たりに、喉を落ちていく発泡の刺激がたまらない。ふわっと頭が軽くなる。


 ミトはビールを飲み干すなり、感嘆の声を上げる。久々の美酒は全身を震えさせるほどうまかった。


「お酒も飲めないくせして」

「そうやって大人がからかうから、俺だって面倒になる」

「大人の特権ね」


 カーヴァルはミトとのかみ合わない会話に嫌気がさした。


 ミトはビールを追加注文して、干しぶどうを口に放り込んだ。甘いグミを噛んでいるようで、ちょっとビールとは合わないなと思った。


「酒に飲まれる大人にはなりたくないな」


 カーヴァルは幻滅した表情でミトを見た。


 普段厳しく、怒ってばかりいる彼女の緩んだ姿を見ると、自分をしかりつける資格がないように思えて仕方なかった。ふと視線を落とすと、あけっぴろげの胸元が色っぽて思わず顔をそむける。


「なぁに言ってんの。酔わなきゃ、楽しくならないわよ」

「どうだか?」


 カーヴァルの面倒くさそうな視線にミトは笑みを浮かべる。


「あんたみたいな単純なお子様と違って、大人には色々と気苦労が多いのよ」

「艦長とか、バイトのウェイトレスとか?」

「子育てとかね」


 ミトは新しく来たビールを一口飲む。浮ついた気分が大きくなって、子供の前で気を張るようなこともなくなっていた。


「気を張ってばっかりでさ。ほんと、やんなっちゃうなぁ」

「俺に愚痴るなよ」


 カーヴァルはミトの言い分が不快感を覚えて口元をとがらせる。


 まるで色んな事を子供のせいにされている気がして腹の底がムカムカする。


「そうだねぇ、フフッ」


 みるみる顔を真っ赤にするミトを見て、カーヴァルは不安になっていく。気づけば耳まで真っ赤に染めて、目も据わっていた。しかし、とろんとした艶やかな雰囲気を正面から受ける少年には、ミトの女性的な色気にドギマギである。


「酔いやすいのに、お酒が好きだなんてさ……」


 精一杯の皮肉と抵抗とばかりにカーヴァルはつぶやいた。


「あんたも早く大きくなって、あたしや(マサキ)を楽させてよ」

「それくらいは考えてるさ。男の甲斐性はつけなきゃいけないっていうの、散々言われてるんだから」


 カーヴァルはそう口にしてみるものの、具体的な案があるわけではなかった。


〔エクセンプラール〕の生活では雑用をこなすばかりで、役立っているのかどうかわからなくなる。畑仕事にしても土地の権利や封建領主との契約云々についてに至ってはチンプンカンプンだ。


「神父様の授業も受けて、色々と勉強はしているよ。だけどさ、早く新しい土地を開くとかしないとお嫁さんももらえないだろう?」

「ふぅん……」

「ただでさえ、(マサキ)姉ちゃん凄いのにさ――」


 そこまで言ってカーヴァルは耳まで真っ赤になってパンの切れ端を口の中いっぱいに頬張った。


 つい(マサキ)のことを口にしてしまうのはあまりに情弱ではないか。女の子のことで頭がいっぱいな助平と思われるのも嫌だった。


 ミトはクスクスと肩をゆするようにして笑った。


「今も昔も本当にあんたはお姉ちゃん子ね。背はとんと大きくなったのにさ」

「うるさいっ」


 カーヴァルはパンを頬張ったまま言った。


 ミトは周りの雑談が遠くに聞こえて、ビールの残ったカップを見つめた。


「五年近く一緒にいて思うの。あの子たちは本当にいい子過ぎる」


 その言葉を聞いてカーヴァルは眉間にしわを寄せる。パンを喉の奥へ押し込むとミトを見据える。


「そうか? 姉ちゃんたち好き放題やって、俺らよりもワルな気がするけど」

「アーデル・ヴァッヘなんて手にしちゃったからね。だけど――」


 ミトは一度ビールを飲んで、その苦味に渋い顔をする。


「悪いことをしたいって思ってるわけじゃない。機械も人も幸せにできるようにしたいんだよ。ただそれだけなのに、魔女の子なんじゃないかって言われちゃう」


 感傷的なミトにカーヴァルは口元をひょっとこのように曲げる。


 ぶつぶつと独り言のように言うミトの姿は酔っぱらいのそのものである。誰かに語り掛けているというより、自分の気持ちを垂れ流しにしているだけ。


「それでも娘だもの。あの子たちを見守って、ダメな道に行こうとしたときはちゃんと叱ってあげなきゃ」


 ミトは不意に目頭が熱くなる。


 心の内が漏れ出して、気持ちが弱くなっている。〔エクセンプラール〕のことをしていれば、子供たちに示しがつくと思っていた。それを言い訳にできるとも思ってしまった。そんな卑屈な考えでカーヴァルたちの将来に口を出せるのだろうか。


 (マサキ)たちが徐々に手から離れていく感覚を知りつつあるミトは、輪をかけて自分の評価を貶める。至らない部分が膨れ上がってダメだと自責の念を強くする。


 するとカーヴァルは不思議そうな顔をする。


「別にミトさんはいつもそうしてると思うよ。ただ姉ちゃんたちは聞かないだけで」

「それがダメなんじゃないの」

「けど、姉ちゃんたちはもう大人になるんだから覚えていくしかないんだろ」


 カーヴァルの回答にミトは複雑な表情を浮かべる。


 だけど、とカーヴァルは続ける。


「俺たちにはミトさんがお母さんだってこと変わらないよ。血のつながりがなくってもさ」

「……ありがとう」


 ミトは心から感謝した。ずっとわからないままでだった。子供にどう思われているのか。血のつながりのない他人であった自分が子供たちを育てるということが不安であった。


 最初はただの自己満足であった。どんな形でもいい。ちゃんと母親をしたい。それが今は亡き息子の供養にも思えたし、自分の生きがいだ。


「お母さん、頑張らなきゃね」


 ミトは少し誇らしげに言って、カーヴァルに屈託のない笑みを見せる。


 この旅を通して子供たちの将来や幸福を強く考えるようになった。里親に引き取ってもらったり、艦長をしてみたり、思いつく限りのことをしてきたつもりだ。


 そしてこれからも、子供の幸せを第一に願い続けるだろう。


 その母親代わりの女性の顔を見たカーヴァルも、少し気持ちが引き締まった。


「俺も色々と経験しなきゃいけないなって思うよ」


 いつまでも何もできない男の子でいたくはなかった。


 体つきは大人たちに劣らない。力もついて、少しは考えることも覚えた。あとはそれをどう実行に移すかである。


 夜のとばりが落ち始めると、街の明かりが一層輝かしく映え始めた。


                     *     *     *


「本当にそういう指令が出たのですか?」

「騎士団はそのつもりでいる」


 大通りを見下ろすテラスでフライハイトの構成員たちが密会を開いていた。そこは工芸品を売買するバイヤーの仕事場兼用の家であった。


 そこには〔エクセンプラール〕に乗り込んでいるセルネル・シャーオスの姿らもあった。


 その二階は応接間となっており、かねてよりプロヴィランで活動しているフライハイトの構成員たち、収穫祭にかこつけて集まった構成員たちが情報交換に熱を入れている。


 プロヴィランのような交易都市では、土着の構成員が家を集会場として開けており、持ち回りで情報交換を行っているのだ。


 家族ぐるみでの食事会といえば、近所も気を許し、祭りともなれば大勢を呼び込んでも怪しまれるようなことはなかった。


「ここでボヤ騒ぎは起こす気はないようだが、本格的に〔アル・ガイア(ケーニギン)〕を破壊指令を出している」


 家主である白髪交じりの男は、短い髪を撫でつけて同席するセルネルを見た。それから、応接間で対応している妻の柔和な物腰と年頃の息子がほかの構成員たちと打ち解けているのを見やった。


「聖騎士たちが一気に動き出す可能性もあるということですか?」

「ああ、こっちも本腰を入れるようには催促するさ」

「そう……」


 セルネルは家主の声にから返事をして、大通りから湧き上がってくる音楽に思わず体をその方向に向けてしまう。


 テラスの手すりの合間から見える大通りの賑わいは見ていて楽しげなものである。


 冷たい夜風がすり抜けるテラスとは打って変わって、大通りは熱気にあふれていた。暗くなる空も何のそのと家々の明かり、さらにランプを高く掲げて光を絶やさなかった。


 大通りには人が集まり、軽快な音楽に合わせて老いも若きも、男も女もステップを踏む。この地方に伝わる豊穣を祝う曲に手拍子が加わり、笛の高い音色と弦楽器の陽気な音色とお腹に響く重低音、打楽器の弾ける音が生き生きと響き渡る。


 楽器は各家から持ち出して、愉快な旋律を奏でる。誰が誰に強制されたわけではない。この場を舞踏会に変えるのは、住む人々の心意気である。


 セルネルは大通りから外れて陰気くさい話をしているテラスが嫌になった。その音色の元気の良さに自分も飛び込んでいきたいと思った。


「野暮ったい話は嫌だよな? 若い人ならさ」

「あ、いや、そんなことは――」


 家主はあたふたとするセルネルを笑いつつ、ワインを口にした。


「今は祭りの時期だ。そういう話はおいおいする方がいい。そうだろう?」

「そりゃぁ、ね」

「畏まる必要はない。お前さんらの旅の話を聞いてみたいみたいものだ」


 と、家主が言った瞬間、ひときわ熱気を帯びる大通りで歓声が沸く。


 家主とセルネルは思わず席を立って、大通りを見下ろした。


「あいつら――」


 セルネルの目は大通りで注目を浴びる(マサキ)、フォノ、結子(ユイコ)を含めた着飾った女性陣の踊りが周囲を席巻する。


 花開くかのように広がるスカート、光を浴びて輝く笑顔、歓喜を運ぶ美しい足のステップ。


 艶やかに輝く彼女たちに惜しみない歓声と合いの手、一層賑やかになる楽器の音色はそこだけ春が訪れたかのようだ。


 冬の冷たい風もどこ吹く風と人々の陽気に大通りが暖かくなる。テラスにまで轟く楽器が呼び起こす空気の震えに、セルネルたちも圧倒された。


 豊穣を謳え。大地に賛歌を、空に雅歌を届けよう。手拍子で打ちだせ、旋律で響かせろ。ステップは大地を奮わせ、しなやかに振る腕は風を撫でよ。歓喜と感謝。


 冬は近いぞ! 謳え! 踊れ! 舞い踊れ! でないと寒さで越せないぞ!


 豊穣の歌が人々を熱狂させる。


「知り合いがいるのか?」

「ええ。まぁ……」


 セルネルは体格の小さい三人の体いっぱいに弾けるかのような踊りに心打たれた。


 これまで経験してきたはずの苦い思いを感じさせない、快活で楽しいそうな雰囲気で満たされている。


 精密なマスゲームをしているのではないのは、俯瞰から見ていてよくわかる。それでも陽気な旋律に誘われて、奇妙な一体感が彼女たちからは伝わってくる。


 家主も思わず足先でリズムを取りながら笑みを浮かべる。


「いいものだ。こういう世の中にしなけりゃならんと思わないか?」

「浮かれてばかりの世の中は嫌ですがね」

「喜びを素直に表せることはいいことだ」


 セルネルは家主の言い分に気恥ずかしさを覚えつつも万雷の拍手で終わる(マサキ)たちのカーテンコールを見下ろした。


「はす向かいの頑固者も満足そうだ……」


 家主のボソッとした声をセルネルは聞いて、顔を上げる。


 すると、向かいの家、さらにはす向かい、両隣の家のテラスで見物していた人たちもはやし立てながら、彼女たちの踊りに満足している。


 それは言葉にしずらい幸福感であった。喜びがふりまかれて、それを素直に受け取れる心持ちにあふれている。


 ふと視線を下に戻すと、(マサキ)たちは大通りの人垣の合間を抜けていく。その間にも左右から称賛され、時折花一輪を差し出され、お菓子の包みを渡されて、彼女たちはエプロンを広げて受け皿にしながら大通りを後にしていく。


「踊っただけで大盛況だよ」

「子供たちにはああやって、おひねりをやるのも習慣だ。俺も昔はもらったな」


 家主はなつかしそうに言って席に戻る。


「ああ、そういうの。いいですね」

「だろ?」


 セルネルは振り返って、応接間からこぼれる光にふと感動した。


 人が集まることで生まれる不思議な一体感。喜びに満ちた幸せな風景。そう思うのは、セルネルがひねくれているからだろうか。


 いや、それだけではないだろう。


 プロヴィランの収穫祭が持つ魅力が外から来たセルネルにも深く感じ入るものであったからであろう。親から子へという単純な伝承ではない。


 収穫祭が結び目となって、固く、深く、一つの世界を作り上げていく。ささやかな夢の国。いつか覚めてしまう夢であっても、そのことを人は決して忘れない。


 子供から大人へ、やがて老人になっていく。


 その毎年に見る収穫祭の風景は違っていながら、喜びと楽しさに満ち満ちているのだ。

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