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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十二章
85/118

~収穫祭~ 屋根の上の人

「何、どういうこと?」


 フォノと結子(ユイコ)はそれぞれ、アクセサリに触れながら頭に流れ込んでくる声に眉を寄せる。


 (マサキ)のアクセサリの反応を頼りに大市場から抜けて、教会前の大広場に出てきた二人はそこでアクセサリから発せられる信号をキャッチした。


『神様? あんた、自分で何言ってるかわかってるの?』


 無線と折り重なるようにして、(マサキ)の声が遠くから聞こえた。


 フォノと結子(ユイコ)は周囲を見渡して、アクセサリの反応を追った。拡張(AR)モニタが示す方向指示は上を向いて、背の高い家屋の屋根を指し示す。そして、周囲を取り巻く建物の一角に焦点を当てるとサークルマーカーがその位置を捉える。


「屋根の上?」


 結子(ユイコ)がつぶやく。


『神は実在する』


 と、別の声、おそらく男だろう声が頭の中に入ってくる。奥行きを感じる声量で肌寒い無機質な質感が耳の内側をひっかく不快感があった。


 次の瞬間、鋭い轟音が響き渡った。


 フォノと結子(ユイコ)は肩を跳ね上げるも、舞台の周囲にいる人たちはまるで緊張しない。忙しそうに舞台の大道具やら小道具を運搬する人たちや大道芸人たち。誰もが自分のことで手いっぱいという雰囲気で、空への残響など耳に入っていない様子である。


 フォノはとっさに横間を過ぎようとする男性の腕を取って上目づかいに見上げる。


「ねぇ、今すごい音が――」


 男は一瞬驚いた表情を浮かべたが、フォノの怯えた様子を見るなりひとり納得した表情を浮かべる。


「ああ。演出用の空砲だろ。屋根の上じゃ、そういう仕掛け準備があってね。怯えることは、ないと思うけどな」

「そう……」


 男は身を引くフォノに微笑みかけながら、彼女に添う結子(ユイコ)にも気を向ける。


「よくあることさ」


 気休めとばかりに彼がそう口にして、ガタイのいい肩を軽く上下させる。


「ありがとうございます。引き留めて、ごめんなさい」


 フォノは男性から離れると頭を下げた。


 もし彼のような人に屋根の上で友達が危険な状態にあると告げたらどれだけ楽なことか。そして、手助けをしてくれると言ってくれたら、と気持ちが揺れる。


 しかし、今(マサキ)が対峙しているだろう人物は飛び道具を持っている。事前にその情報を伝えたところで現場は硬直して、収穫祭までも止まってしまう可能性があった。


 自分たちのわがままのせいで年に一度の祭典を混乱させるわけにはいかない。


「感謝します」


 結子(ユイコ)はフォノの言葉にそう付け加える。それから、彼女の手を引いて舞台の表側へと歩いていく。


 男は口元を曲げて、口惜しそうにその背中を見送ることしかできない。


「どうしよう……」

「大ごとになる前にあたしたちで決着をつける」


 結子(ユイコ)は舞台袖で立ち止まって、そこここに置かれている道具箱に目を走らせる。


『他の二名もすぐに合わせてやる』


 そこに、アクセサリを通して、(マサキ)と対峙しているだろう男の声が響いた。


 (マサキ)に揺すりをかけているのは明白である。加えて、フォノと結子(ユイコ)も標的にされていることがわかった。


「何か、何か打開策は――」


 結子(ユイコ)は血相を変えて、周囲を見渡す。


 直接乗り込むのは危険を増やすだけだ。相手がどんなものかもわからない。武装だってしている。


 心臓ばかりが早なって、嫌な汗が頬を伝う。目に映る何もかもが無用なものに見える。だが、一つ一つ焦点を当てて脳みそを活用し、策を練る。


 フォノもあたりをきょろきょろと見渡すが、派手な衣装を着込んだ大道芸人たちや人の流れに目移りしてしまって焦りだけがこみあげてくる。


「フォノ……」


 と、結子(ユイコ)が冷ややかな水滴のような声を零す。


「何か思いついたの?」


 フォノは興奮気味に言いながら、すぐに結子(ユイコ)の視線の先を追った。


 そこにはウェストのデカイズボンをはいたピエロの姿があった。彼が歩くたびに、ズボンを支えるY字型のサスペンダーが伸縮し、面白おかしく上下する。


「あれ……?」

「オールド・ウェストのサスペンダー。ガーターベルトと同じ、ゴム製で伸縮性の高いズボン吊り」

「何に使う気?」


 フォノは舞台裏の控室に引っこむ道化師と結子(ユイコ)の怜悧な瞳が捉える教会堂の塔とを見比べる。


「フォノ。弓矢はできる?」


 結子(ユイコ)はそう言って、フォノは息をのんだ。


 まさか、と唇だけがわなないた。


                  *     *     *


 デブ猫は屋根の影でじっと身を丸めて、事態の終息を待っていた。その目は大きく見開かれて、日の当たる屋根の頂に立つターバンの男を見据えていた。


「まったく……」


 (マサキ)は小さくつぶやいて呼吸を整える。疲労で身体が重く、冷たい汗が体中から溢れてくる。首元のマフラーを緩め、濡れた吐息を漏らす。


 そして、機会をうかがって背にしている煙突から少し顔を出して相手を視界の端に入れた。


「あんたは――」

「姿を見せろ」


 ターバンの男は冷淡に言って、あげている右腕を軽く揺らした。


 その挙動にデブ猫はピクリと耳を立てて緊張する。ターバンの男の動きは異常であったし、何より彼の目は絶えず牽制する視線を射ていた。


 下手に逃げるそぶりを見せれば、右腕の隠された凶器は瞬く間にデブ猫へと変更されるだろう。


「…………」


 (マサキ)は呼吸を整えつつ、汗で冷え切った硬い体を起こす。煙突のふちに手を添えて、屋根のてっぺんに立った。風は冷たく、思わず頬にへばりつく髪を後ろに撫でた。


 十メートルも満たない屋根と屋根の頂で対峙していると、自然と(マサキ)の目はターバンの男の砲口を思わせる右の袖口にいってしまうものだ。


「まったくもって理解できない」


 男は冷たい風に乗せるように吐き捨てた。


 (マサキ)はムッと口元をとがらせる。


「どういう意味?」

「これまでの追走劇。お前はこの町を使って喜劇でも演じているかのような、なんとも滑稽で短絡的な行動原理しか持ち合わせていない。それが叡智の結晶を扱うというのが、理解できない」

「叡智の結晶? そんなすごいもの、あたしみたいな田舎娘が持ってるはずないじゃない」


 (マサキ)はとっさに浮かんだ言葉を取り繕う暇なく並べ立てた。緊張に口数が多くなってしまうのだ。それでも、ターバンの男がこれまで自分を監視していたという事実は印象として残った。


「それに、あんた誰?」


 (マサキ)の聞く耳持たない態度にターバンの男は首を左右に振る。


「話も聞かないとは……」


 淡々としたボヤキは彼の癖だ。


「ヴァイス、とでも名乗っておこう」


 律儀に答えるのも、彼の刷り込まれた習慣。


 (マサキ)は口の中でその名を反芻しながら、目を細める。(ヴァイス)の響きはとても彼そのものを示している風ではない。通り名程度のものだろう。


「わたしは――」

「自己紹介など必要ない。(マサキ)・カイリ」


 ターバンの男、ヴァイスは冷徹に言い下して、(マサキ)は口を閉ざした。


 話の主導権を奪われるわけにはいかなかったし、彼女に口を開かせたらどこまでも無益な言葉が飛ぶと学習していた。


「考えが足りていない。この程度のこと、自分が追われている時点で想定しておくものだ」

「あたし、追われるようなこと身に覚えが――、覚えがないもん」


 (マサキ)はゆったりと瞳をぐるりと回して、これまでのことを振り返りつつ言葉を絞り出した。


 身に覚えがない、というのはあまりに白々しい嘘。


 そんなことはヴァイスにもよくわかっていた。


「修道騎士団なら、なおさら――」

「第二十七聖騎士の失態はすでに知れ渡っている」


 ヴァイスは下手なごまかしをする(マサキ)を制するように割って入る。


「修道騎士団はすでに〔アル・シリーズ〕を駆逐対象に定めた。この先に出会う手練れは容赦はしない。本気でお前たちを処刑するだろう」


 (マサキ)は顎を引いて押し黙る。さりげない流し目でデブ猫の位置を把握し、聞き手に転じた。


 修道騎士団の内情を平然と話すヴァイスは怪しかった。修道騎士団とは別の意図を持っているとしか思えない。


 ヴァイスはデブ猫のほうをちらっと様子見をしてから下げている左腕を軽くゆする。


「フライハイトも躍起になっているからな」

「だから、今のうちに教会に泣きつきなさいだなんてみっともないじゃない」


 (マサキ)は強がった。


「フライハイトも、北方戦線に続いてエルミ・パーニャの戦線を危惧している」


 エルミ・パーニャはヨーロッパのイベリア半島を牛耳る国家である。オールド・ウェストと結びつき、ヨーロッパの地を治めようという動きがみられ、ノード教会でも警戒しているのだ。


「そっちの事情――」

「すでに〔アル・シリーズ〕はこのヨーロッパでは有名だ。武力闘争をしている連中にはな。良きにしろ、悪きにしろ、その力は使える。が、所詮は俗人の考えることだ」


 (マサキ)はヴァイスの狂言に頭がくらくらしてきた。体の疲労も相まって、正直向き合っているのもバカらしくなってきた。


 しかし、と思考は動き続ける。


 彼のいいようはフライハイトを否定的にとらえつつ、辻褄の合う動きを口にしている感じがした。


「それで神様ってわけ?」

「無神論者、か?」

「そんなつもりもないけど。だけど、人前に出てきて神様云々なんて言うのは信じられない」


 (マサキ)は教会の教義が倫理として成り立っていることは認めるし、神様の存在を信じてもいる。


 だが、神様の意向を振りかざす神父や信奉者のいうことは信じられなかった。


「神様の気まぐれで救われたくないし、救ってくれるとも思わない。あたし、自分の力で精一杯生きていたいもの」


 ヴァイスは(マサキ)の朗々とした声にわずかに右肩に力を入れた。


「なるほど、大したものだ」


 ヴァイスは素直に(マサキ)の論理をほめた。


 自己の形成がしっかりしている。奇々怪々にも柔軟に対応して、危険に際しても強かに立ち居振舞う。


「しかし、言ったはずだ俗人が〔アル・シリーズ〕を使うことなどできない」

「だったらあんたは何に使うつもりなの? たいそうな言葉を並べちゃってさ」


 (マサキ)は呆れ気味に問う。


 ヴァイスがどんな思想の持主かなどはどうでもいい。彼が〔アル・シリーズ〕と呼ぶ〔アル・ガイア〕の存在をどう認識しているのか。


 旅を続けてきても、一番近くにいた(マサキ)たちですら全容を把握していない。しかし、〔アル・ガイア〕の存在そのものが時に感じさせるものがある。


「ならば、お前は考えたことがあるか?」

「考えたよ。それに世の中のアーデル・ヴァッヘとか、バイン・シフ、バイン・アウトーのことも」


〔AW〕や〔バイン・シフ〕、〔バイン・アウトー〕の存在の所以。機械は人の前に現れて、それを当然のように使役されている。しかし、それは限定した用途でしかない。


 その技術応用を考えようとする人がいてもおかしくない。


 いや、それ以上になぜ人知を超えた機械を自分たちは当然のように扱い、生活の一部に吸収しているのか。


「あなたは何か、知ってるの?」


 (マサキ)はヴァイスがもし同じ疑問を抱いてその解決を〔アル・ガイア〕に求めたのならば、〔アル・シリーズ〕とは一体何を保有しているのか。


 ヴァイスは右腕をピクリとも動かさず、(マサキ)に狙いを定める。


「答える義務はない」

「じゃぁ、あたしを殺しなさいよ! 天国に行けば、神様に道中会うでしょうからね。そっちに応えてもらうから!」


 (マサキ)は心臓が爆発しそうなほど高鳴る中で声を張り上げる。だが、足元が小刻みに震える。視線は時折、屋根の合間に蹲るデブ猫に向けていた。


 ヴァイスには殺す機会はいつだってあった。そうしないのは(マサキ)を操縦者として認め、捕縛命令を受けているからだ。


 殺すなという命令を順守するのか、それともほかの命令を受けているのか。


 (マサキ)には命を賭けた博打であった。そして、自分の双肩にかかる〔アル・ガイア〕との命運の重さを知る機会でもある。


「それはできない」


 はっきりとヴァイスが言った。


 (マサキ)は安堵することなく、一層緊張する。素早い反応は別の腹案があると思ったからだ。


「目的を果たすには、操縦者たちの存在は必要不可欠だ。お前は、お前が思っている以上に、宿業を背負っているのだ」

「そんなのあたしの知ったことじゃないっ」

「だが、お前たちは運命を動かしたのだ。神に仕える運命を」


 ヴァイスは抑揚のない声で言って、狙いを(マサキ)の足へと移す。


 彼が命じられたのは〔アル・シリーズ〕の操縦者たち、ならびに〔アル・ガイア〕の捕獲である。殺生をしてはいけないという条件付けはされていたが、負傷させてはいけないという禁則事項もない。


「足の一つも使えなくなれば、自由ではあるまい」


 行動力をそぎ落とせば、十分捕獲はできる。


 (マサキ)にもヴァイスの意図するところがわかって狼狽する。


 刹那、銃口が火を噴いた。(マサキ)の視界が真っ赤に染まった。


「きゃうっ」


 (マサキ)はまたひっくり返って屋根の傾斜に倒れる。咄嗟に足を見たが、スカートが捲れ上がって太ももまた露わになっているが、しっかりと足は繋がっていた。


「誤射?」


 そうつぶやいているうちに、また銃声が鳴った。


 今度は宙に向けられて弾丸の軌道が描かれて、教会へ向かう途中でパッとはじけ飛んだ。何かと衝突したかのような甲高い音が響いた。


「面倒な……」


 ヴァイスは呻いて、右腕を下げると左腕を交代で上げた。ピントを合わせるようにして瞳孔が動き、教会の位置を探った。


 そして、教会の象徴的な二つの塔の一角に動く人影を見出す。


「こっち見てる?」

「あと一発分しかないんだから、慎重にお願い」


 ゴシック様式の教会と一体になっている雄大な塔。そこのトリビューン、階上廊(ギャラリー)とも呼ばれる通廊にフォノと結子(ユイコ)はいた。


 アーチ状の開けた視界から背の高い家々の屋根を見下ろし、劇団員たちが整理する部隊を眼下に添えていた。


「アクセサリから流れ込んできた話……。あいつの話、信じられる?」


 フォノは結子(ユイコ)に問いかけながら、サスペンダーの(ワイ)字の分岐点に弾となるスプーンを番えて全身を使ってサスペンダーを引っ張る。あまりの収縮する力の強さに、気を抜けば体を引き倒されかねない。


 狙いはヴァイスに。鈍いニッケルの光沢を放つスプーンを一瞥。


「んっ。フライハイトの話、信じられそう」


 結子(ユイコ)は苦悶の表情を浮かべながら答える。


 投射装置であるサスペンダーは二股をアーチを作る二つの石柱の燭台に引っ掛け、もう一つは結子(ユイコ)が支えている。


 三又の弦が伸びるたび、彼女の腕に巻き付くサスペンダーは大蛇のように締め上げていく。まるでハムのように締め付け、赤くはれ上がっていく腕の肉が痛々しい。硬くサスペンダーを握りしめる指先は青紫色に変わり始めていた。


 それでも、結子(ユイコ)は痛みに耐える。


 スリングショットの射程距離と威力を保つためにその拳を大理石の床に押し付け、もう片方の手はトリビューンの縁を掴み、彼女自身が留め具となってサスペンダーの力と拮抗する。


「でも、神様だなんて信じないっ」

「同感ね」


 フォノは結子(ユイコ)の苦悶の表情を視界の端にとらえながら、小さな人形にしか見えない標的に意識を集中させていく。


 距離にして二〇〇メートル前後か。高低差や風向きを加味して、挙げられている左腕を狙う。彼女たちからはそれが拳銃を構えているようにしか見えない。


「見つけた」


 ヴァイスは巨大な円形のステンドグラスから視線を外して、石像の王たちが居並ぶさらに上のアーチで狙いを定める少女二人を視認する。バラの窓と呼ばれる位置だ。


「罰当たりな。これでは撃つこともできない」


 ヴァイスはぶつくさと文句を垂れた。


 と、(マサキ)が向かいの屋根から転がるようにして表れるとデブ猫の方へとかけていった。傾斜の屋根を前のめりに駆け下りていく。


 その動きはヴァイスを混乱させた。


「――――っ」


 ヴァイスは思わず体ごとその方向を向ける。挙げた左腕が咄嗟の出来事に追いつかない。


「ご加護を……っ」


 フォノはヴァイスのためらいを察して、最後の一投を放った。


 サスペンダーに番えられたスプーンが一直線に飛んだ。一陣の風のごとく、空を切る音が耳を打った。


「んっ」


 ヴァイスはスプーンに対して反応が遅れた。咄嗟に左腕が火を噴くも、スプーンの弾道を外れた。無防備な左腕にスプーンが突き刺さる。


 ヴァイスの体が衝撃でよろけて、片足が斜面に滑って体勢を崩す。


「下がりましょうっ」

「うん……っ」


 フォノはサスペンダーを外して、うっ血した右腕を庇う結子(ユイコ)の背中に腕を回してトリビューンの奥へと引っ込んだ。


「もう少しっ」


 一方、(マサキ)は身体を低くして蹲って震えるデブ猫へと腕を伸ばす。駆け下りる勢いに乗って、デブ猫の体をかっさらう。


「重いっ」

「狙いが、定まらんか」


 ヴァイスは左腕に刺さったスプーンを無造作に捨てると駆け下りていく(マサキ)の足元に向かって射撃を敢行。屋根にすがるような体勢だ。


 (マサキ)の足元近くで火が浮き上がり、瓦の破片が飛び散った。スカートが煽られ、破片が素足をかすめる。


「このっ」


 (マサキ)は衝撃に押されるようにして、自分の体を反対側の通路に投げ出すようにして跳んだ。


 開けた視界。背の高い家々がさらに伸び上って見えた。落下する感覚が遅れてやってくる。


「――っ」


 (マサキ)はデブ猫を強く抱きしめて背中から落下する。目を固く閉じて、あとは天を運に任せるしかなかった。


 彼女の体が砲弾のごとく落ちた先。


 そこは役所の裏口で祭り用に飾った派手な布張り天蓋が張られている。


 その時ちょうど、裏口が開いて一人の老紳士が出ていこうとしたころあいでもあった。


 老紳士がステッキをついて前に出ようとした瞬間、布張りの雨よけを突き破って(マサキ)が落っこちてくる。


「ふぎゃっ」

「な、なんじゃぁ!」


 老紳士は腰を抜かして、ステッキの先で痛みに悶える(マサキ)を指示した。


「お、おおい! 誰か来てくれ! 空から女の子が降ってきおった!」


 老紳士が腰をひねって奥手の方に叫ぶ合間に、(マサキ)は腰をさすりながら身を起こす。涙ぐみながら、首をすぼめて背骨に響く痛みに耐える。


 そして、耳に入ってきた男の声に焦燥感が沸き立つ。


 あまりの出来事に体をこわばらせているデブ猫の口からアクセサリを奪い返すと、のろのろと起き上がって通路の人混みの中へと消えていった。


「何です? 女の子が?」

「そうだ。女の子だ。女の子が降ってくる天気なのかもしれない」


 老紳士は不承不承に出てきた職員にそう叫んで、体の向きを変える。


 しかし、裏口の先に女の子の姿はなく丸々と太った猫がビクリッと眼を大きく開けて睨むのみである。


「女の子が猫になった! こりゃぁ奇跡だ! ガハハッ」


 老紳士にはもう何が何だかわからなかった。気が動転して、笑いがこみあげるばかりである。


「猫が落ちてきたんでしょう。まったく、間抜けなことですよ」


 職員は去っていくデブ猫、そして腰を抜かしたままああだこうだと叫ぶ老紳士に言った。


 その上にいるヴァイスは体勢を立て直すと、静かにあたりを見渡す。


「反応が消えたか。やはり、身に着けている間はわからないか」


 ヴァイスはしかし、とつぶやき、教会のほうに目を向ける。

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