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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十二章
83/118

~収穫祭~ 郊外のビアガーデン

 九月が終わりを迎えようとし、十月が訪れる時期はヨーロッパ全土に秋の終わりと冬の始まりを告げる行事が盛んになる。


 収穫祭の始まりの時期だ。


 秋の収穫を終えて、果物や穀物、木の実がもたらされる。人々は歌い、踊り、パレードに演劇と一週間近くお祭りに興じるのだ。実りの感謝を皆で分かち合うためだ。


 (マサキ)たちが訪れた町、プロヴィランは秋の中核市場都市ともあって催し物が顕著である。


 各地から冬の買い物をする行商人たちが集まってくる。そして、町を挙げての祭りは近隣の農村から人々が集まって大きな賑わいを見せる。年に数回の大市場の開催での賑わいと客引きの催し物は巡礼者や行商人たちに好まれた。


 そこには、ノード教会の圧迫感もなければ、フライハイトのような不穏分子もない。


 ことに郊外にある大きな広場ではビアガーデンが開かれて、観光客から商人、地元民がごった返してビールとワインの栓が盛大に開かれる。まだ午前中のことだ。しかし、今年にとれた大麦の地ビールやボルドーやボジョレー、ラインガウなどの名産ワイン、貴腐ワインが一堂に会する機会はめったにない。


 祭りの調子がいつもと違うバカ騒ぎを許すために、誰もが楽しむのである。


 しかし、一方でその合間を行きかうウェイトレスはもうてんてこ舞いである。


「はい。すぐお持ちします!」

「スペアリブとビール。かしこまりました!」

「トウモロコシに枝豆。どこどこ?」


 ウェイトレスやウェイターは祭りの派手な刺繍を施した衣服を着て、テーブルからテーブルへと梯子する。


 その中に、ふりふりのドレスを着た(マサキ)たちの姿はあった。


 膝丈のスカート、ブラウス、体のラインを強調するボディスに包まれた彼女たちは男性客からも女性客からも一目置かれていた。小さいのにちょこちょこと働きまわる姿は微笑ましい。


「し、しんどい……」


 (マサキ)は空になったジョッキをバーカウンターに置いて、大きくため息をついた。そこは、バーカウンターと呼ぶには粗野なテントでビアガーデンとを仕切る垂れ幕も裏の料理場とを区別する目印程度の役割しかない。


「お客さんの前で、はしたないわよ」


 そこへ、カウンター裏からワインの瓶と木製のコップを持ったミトがいそいそと現れた。


「六番テーブルのお客さんにお願いね」


 ワイン瓶とコップを(マサキ)の前に置くと、てきぱきという。


「今日、お祭りなんだよ」

「参加させてもらってるんだから、そういうこと言わないの」

「だってぇ……」


 (マサキ)は頬を膨らませながら、周りを見るミトに言った。


 到着早々に、ビアガーデンのウェイトレスの仕事を手に入れてきて、お金稼ぎをしようというミトの計画は見事に成功した。が、駆り出された(マサキ)たちは予想以上の人だかりにへとへとである。


「人が多いんだもん。この服もひらひらして、足が寒いし」


 (マサキ)はレースの施されたスカートのすそをつまみ上げる。以前にフォノが仕立て屋でアルバイトをしたときに報酬でもらったものだ。が、なぜ(マサキ)結子(ユイコ)の分があったのかは謎である。


「文句言ってないで、すぐに持っていく。そのあとはアイスの作りの方、見てちょうだい」

「はぁい」

「愛想よくね」


 ミトはそうささやきかけて、カウンターの奥へと引っ込んでいった。


 (マサキ)は聞く耳もたないミトに不満の眼差しを向けてから、首にしているマフラーの位置を直す。それから、ワインとコップをもって人がひしめき合うビアガーデンへと小走りに戻っていく。


 長テーブルに座り、談笑と酒、肴を楽しむ人たちの熱気にあふれいる。木漏れ日の下、秋の肌寒い中でもお構いなしだ。


 その中には、客に媚を売る犬や猫の姿がちらほらとうかがえた。


 脛に体を撫でつける猫や愛嬌よくぐるぐるとまわって見せる犬は世渡り上手に食べ物にありついている。中でもでっぷりと太った猫は機敏に人の膝の上に載って丸まって見せると、それだけでチーズや肉にありついている。


「世渡り上手なこと……」


 (マサキ)は律儀に働いている自分が一瞬ばからしく思えた。それでも、真面目に仕事をしてしまう。


 狭い通路を通りながら、(マサキ)はお客の前にワインとコップを渡して早々に退散。


「お嬢さん。今夜どう?」

「遠慮しておきます!」


 一番客の目を引いているフォノは酔っぱらいの誘いを軽くいなすと、ストールをぎゅっと握ってカウンターの方へと戻っていく。金色の髪はシニヨンと呼ばれるお団子型にまとめて、いつもより顔立ちが大人びて見える。


 そこに配膳を終えた(マサキ)が合流する。


「大変ね」

「お互い様よ」


 二人は労をねぎらいながら、進んでいく。


 バーカウンターの横を過ぎて、そのまま仕切りとなっている幌を上げてくぐる。その後ろをあざとく狙っていたデブ猫がついていった。


 幌をくぐると、そこはビアガーデン以上の熱気に包まれていた。焼かれる肉や野菜、簡易の暖炉で煮込むスープ、果実を切る人々はカウンターに来るオーダーにせかされて声が大きくなる。


 ミトもその中で鶏もも肉や豚のリブを焼いている。その額には汗が浮かび、鉄板の下で燃える火の熱さがわかる。


 その調理場から少し慣れたところに、風呂桶のような巨大な木製桶が構えていた。灼熱の調理場とは打って変わって、冷気が漂う寒々しい。それもそのはず、中には牛乳缶がひしめき合いその合間を砕氷が埋め尽くしているのだから。


 (マサキ)とフォノはまっすぐに桶のほうに進んだ。


「調子はどう?」

「ん。猫の手も借りたい」


 先に来ていた結子(ユイコ)(マサキ)たちの背後でのそのそと歩くデブ猫を見ていった。しかし、デブ猫は不愛想な顔をぷいとそむけると調理場の方へ歩いていった。


「そんなに人気なの、アイス?」

「うん。そうみたい」


 顔をのぞかせるフォノに結子(ユイコ)ははじかれたように顔を上げた。


「あんたらのおかげで、こっちは面白いがね」


 と、結子(ユイコ)の隣で桶の底にある栓を抜いて余分な水を捨てている男が言った。このビアガーデンを仕切っている人物だ。


 三人はその方向に顔を向ける。


「アイスなんてのは貴族様が食べるものだと思ってたんだがね。これだけの氷があれば、作りたい放題ってもんだ」


 男は引き笑いをして、栓を占める。それから、運ばれてきたいっぱいの砕氷を桶に追加して塩を撒く。


 温度を〇度以下するには、こうした地道な作業が必要なのだ。


「おまけに塩も。いやぁ、格安でこれだけのものが振舞えるんだ。いい儲け話を持ってきてくれたよ」


 プロヴィランの強みである年に数回の大市場のおかげで、高級品と目される塩や砂糖、地中海の果実までも流れてくる。これを利用しない手はない。


 (マサキ)たちはお金稼ぎに躍起になる商売根性に苦笑いを浮かべる。


「注文着てるから、早くよそちゃってくれよ」

「はいはーい」


 機嫌のいい男に合わせて(マサキ)は返答すると、結子(ユイコ)と一緒に牛乳缶の一つを掴んだ。


「重い……」

「もうっ」


 フォノも手伝って、ずっしりと重く冷え切った牛乳缶を桶から抜き出した。腰の高さほどある牛乳缶は鉛のように重く、少女たちは地面におろすと一度息をつく。


 それから用意されている別の樽へ移し替えた。張っているぬるま湯が溢れだす。


「力仕事なのに……。女の子にやらせること?」


 (マサキ)は頬を膨らませて、袖口を撒くってぬるま湯をかき混ぜる。牛乳缶の周辺から冷たい水へと変わるのがわかった。


「容器、取ってくる」

「お願い」


 結子(ユイコ)は静かに調理場の方に歩いた。ポニーテールにした黒髪が揺れて、それを結わう赤いリボンが弾んだ。


 フォノはその後姿を見送ってから、牛乳缶のふたを開ける。中にはキラキラと純白のアイスが輝き、硬い表面には冷気が漂っていた。


「アイスってオールド・ウェスト発祥なのよね……」

「どうしたの急に?」


 (マサキ)はエプロンにぬれた手をこすりつけながら聞いた。


「ううん。ミトさんはどうして、こういうレシピを知ってるのかなって思って――、ありがと」


 フォノは言葉を区切って、エッグスタンドとスプーンの積まれたケースを持ってきてくれた結子(ユイコ)にお礼を言った。


「何の話?」

「ミトさんはどうして、アイスのレシピを知ってるのかって話」


 (マサキ)はフォノを挟んで、結子(ユイコ)に言った。


 結子(ユイコ)はアイスの器代わりのエッグスタンドやスプーンを整理し出す。


「ミトさん、昔に色々あってその時に知ったって聞いたよ」

「その色々が気になってるの、フォノは」

「わたしはそういう意味で言ったんじゃないわ」


 フォノは(マサキ)のデリカシーのない言い方にふくれっ面になりながら、大きめのスプーンを手にすると牛乳缶の中身をこそぎ取ろうとする。


 外側から溶け始めたアイスであるがまだまだ固く、スプーンの先を突き立てても石にでも突き刺すかのような痛みが指先に伝わる。


 フォノは顔をしかめて、手を軽く振った。


「オールド・ウェストの文化って、冒険家とか資産家の人とかが持ち帰ってきたいうでしょ?」

「兵役の人も、そうだよ。修道騎士団とかちょくちょく耳にするよ」

「詳しいのね」

「七年間、色んな所に行ってたから話を聞いただけ」


 フォノの探るような口調に結子(ユイコ)はすんなりと答える。


 その剣呑な雰囲気に(マサキ)はぬるま湯の中の牛乳缶を小突く。


「ねぇ、ちょっと味見しない?」


 その発言に、フォノと結子(ユイコ)は咄嗟に(マサキ)の方を向いた。


 (マサキ)はマフラーの下でにやりと笑みを浮かべる。それから素早く二人の間に入って肩を寄せる。二人のきょとんとした顔が視界いっぱいに映った。


「これ、売り物なのよ」

「だからさ、お客さんに出す前には毒見も必要だって」


 (マサキ)はスプーンを三つ取ると、二人の前に差し出す。まるで手札を差し出すかのようにして、彼女たちの手を待った。


 (マサキ)が差し出してから、二人はごくりと生唾を飲んで牛乳缶の中に潜む魅惑の食べ物を一瞥する。


 ゆっくりと溶け始めた乳白色の濃厚なとろみとキラキラと輝く冷気が彼女たちの瞳に焼き付く。アイスなど後にも先にも食べられる機会があるか、わからないのだ。


「一蓮托生……」


 (マサキ)の小悪魔的なささやきが、フォノと結子(ユイコ)を誘う。


 二人は周囲の視線を気にしつつ、さっと(マサキ)からスプーンを抜き取った。周りはせわしなくて、自分のことで手いっぱいである。


 目撃しているのはごろんと横たわるデブ猫くらいだろうか。


「働きづめだもの、ちょっとくらいは……、ね?」

「そもそも、〔アル・ガイア〕が氷を工面しなかったら、できなかったんだから」


 言い訳を口にする二人に(マサキ)はニカッと笑って、牛乳缶へ体を向ける。二人もそれに倣った。


 三人は一緒になってスプーンを溶け始めたアイスを掬い上げる。溶け始めた柔らかく、雪のような軽さがスプーンから伝わる。


 その何とも言えない感覚に三人は顔を見合わせ、それから、目を輝かせてさっそく口に運んだ。


「――っ! 冷たぁい」


 (マサキ)はスプーンをくわえたまま至福の味に破顔一笑する。


 濃厚なクリームの味わいの中にレモンの酸味がふっと過る。そして、口の中でいっぱいにとろける甘味は少女たちの心をしっかりと掴んで離さない。


「おいしぃ」

「うん。おいしい」


 フォノも結子(ユイコ)もクリームのように溶けた笑顔で舌鼓を打つ。


 が、そこでとどまらないのが欲望というものだ。たった一口でアイスの虜になった少女たちは牛乳缶の中にあるアイスをじっと見つめながら、口惜しさにスプーンを咥える。


 食べるべきか、食べざるべきか。


 己の胸の内にすくう小悪魔が尻尾を出しそうになる。


(マサキ)っ!」


 すると、(マサキ)たちの背後で鋭い声が飛んできて、三人はスプーンを後ろ手に隠しながら揃って振り返る。


 振り返れば、ミトが大手を振っていた。その隣には身なりのきちっとした男性が軽く会釈をしていた。


 (マサキ)は目を細めて、見覚えのある人だと感じた。


「劇団の団長さんが、夜の舞台のことで相談だって!」

「あ、はい! フォノ、これお願い」


 (マサキ)は自分のスプーンをフォノに押し付けるとミトのほうへとかけていった。


 フォノと結子(ユイコ)は胸をなでおろしながら、スプーンをエプロンのポケットにしまう。それから、話に上がった舞台のことを思い出す。


「夜の舞台って本当にアレをするの?」

「町全体で盛り上げようって話だからするんだと思う」

「ああ、本当に……。けど、今はこっちの仕事をしないと」

「そだね」


 フォノと結子(ユイコ)は先々のことを考えると、不安がよぎる。しかし、今更断れるような話でもない。それに早くしないとアイスも溶けてしまいかねない。


 二人は舞台のことは(マサキ)に任せて、アイスをエッグスタンドに盛り始めた。


 一方で(マサキ)は人が行きかう中を軽やかに走り抜けていたが、寝そべっていたデブ猫のしっぽを不用意に踏みつけてしまう。


 デブ猫が甲高い鳴き声を上げて、芝生の上を転げまわる。


「ごめんっ」


 (マサキ)は地面をのたうち回るデブ猫を一瞥して、そう投げかける。が、そのネコは鋭い目つきで(マサキ)のマフラーの結び目をじっと睨み付けていた。


「お待たせしました」

「ああいや、忙しいところごめんね」


 劇団の団長は長い口ひげをさすりながら、ちんまりとした給仕の少女を見下ろす。


「よろしいんですか? うちの子にそのような大役を任せてしまって」


 ミトは団長からあらましを聞いたらしく、不安げに(マサキ)の前で言う。


 その露骨な言い方には(マサキ)も肩を上げて、地面を一度強く蹴った。


「できるもんっ」

「我々も今回の試みは初です。お嬢さんの腕次第ではありますが、我々もわくわくしております。何より舞台演出が張り切っております」


 つま先立ちをする少女に笑みを向けてから、団長はミトにそう聞かせる。その視界の隅っこで背をかがめて、にじり寄るデブ猫が見えたが気にはしなかった。


「話を持ち掛けたのも我々ですし、そこはご勘弁を」

「まぁ、そうでしたか。てっきり、この子がまた無茶難題を言いつけたのかと」


 ミトはすっかり世間話をする姿勢で話していた。そういう時のミト・ハルルスタンは器量よしな雰囲気があった。


 その外面の良さに、(マサキ)は不振の眼差しを居る。


「勝手に決めつけないで。もう飾り付けも頼んでるんだから」

「ああ、そのことで確認したいことがあってね」


 団長はようやく本題を切り出すタイミングを見つけて早口に言う。


 (マサキ)も背筋を正して話に集中する。


「デザインは進んでいるから、あとは順路を確かめてほしいのと演出のタイミングでね――、ん?」


 団長が懐から台本を取り出したその時、(マサキ)の背後で尻を上げて狙いを澄ますデブ猫の姿に目を奪われた。


 (マサキ)とミトも何かあると、小首を傾げた。


 瞬間、音もなくデブ猫が軽やかに(マサキ)の背中を強襲。重々しく、砂袋を投げつけられたかのような鈍い衝撃が少女の小さな体を押し倒す。


「ふぎゃっ」

「何、この猫!?」


 不意を突かれた(マサキ)は倒れて、ミトも困惑する。


 団長の男も目を見開いて、不細工な顔をするデブ猫の挙動に驚いた。


 (マサキ)の背中を踏みつけて、マフラーに爪を立てるデブ猫。その爪が彼女の細いうなじをひっかいて、首にしていたアクセサリが引っかかった。


「いたっ。痛い!」


 (マサキ)は体を返して、重たいデブ猫を払いのける。すると、爪に引っかかったアクセサリも一緒にすっぽ抜けてしまった。


「大丈夫?」


 ミトが右足を下げて、屈みこんだ。


「平気――」


 (マサキ)は首筋に手をやりながら、指先にアクセサリの感触がないことに目を丸くした。


「あれ? あ!」


 (マサキ)が左右に顔を振ってあたりを探ると、件のデブ猫がアクセサリを前足で弄んでいるではないか。


「返してっ!」


 (マサキ)は突発的にとびかかったが、デブ猫はアクセサリを加えると後ろへと跳ね飛んだ。


 頭から地面に突っ込んだ(マサキ)はお尻を突き上げて地面に伏せた。


 その様子に団長はほくそ笑んだ。少女の太ももは眼福であった。


「何してんの?」


 ミトは(マサキ)に投げかけるようにしながら、視線は団長のほうに向いていた。


「あ、いやいや――」


 団長の男は鼻の下が伸びているのを掌で隠しながら、鋭い視線を向けるミトから視線をそらす。


「どうしよう……」


 突っ伏した状態から顔を上げた(マサキ)の表情は青ざめており、アクセサリを咥えるデブ猫が勝ち誇ったようにひくひくと長いひげを揺らした。


「大事なものなの! 返してってば!」


 そう怒鳴り散らした瞬間、デブ猫はさっと背を向けて駆け出していった。


 いよいよもってのっぴきならない状況になる。アクセサリがなければ〔アル・ガイア〕を動かすことが出来ない。最悪、悪い人の手に渡ったら……。


 (マサキ)は戦慄して、上体を上げるようにしながら走り出す。跳ねるように走るデブ猫を追う。


「ちょっと、どこ行くの?」

「ごめんなさい。アレがないと大変なことになるの!」


 団長はかけていく(マサキ)に小首を傾げながら、ミトの方を見た。


「変わってますね?」

「昔っからああなんですよ。帰ってきたらご連絡します。ご面倒をおかけしてすみません」


 ミトは謝辞を述べて頭を下げる。


 だが、団長はミトの鋭い瞳が忘れられず戦々恐々と答えるばかりである。


 そんな大人の気苦労も知らず、(マサキ)は意外と早いデブ猫を追う。調理場のそばを風のように駆け抜ける。


 その途中、異変に気付いたフォノと結子(ユイコ)は調理場にアイスの山を渡していた時だった。


「どうしたの?」

「アクセサリをあの猫にとられた!」


 フォノと結子(ユイコ)は顔を見合わせるなり、色々と文句を言ってやりたかったがすべて飲み込んで(マサキ)の後についていった。


 デブ猫は幌幕の隙間を軽やかに潜り抜け、そのあとを(マサキ)が身をかがめて続く。混雑するビアガーデンの中をデブ猫はするするとテーブルの下や人の合間をくぐって進んでいく。


 (マサキ)は背伸びをしながら、どこにデブ猫がいるかと探りながらその中を進むしかなかった。


「誰か、ネコを捕まえて!」


 (マサキ)は叫びながら、お客さんたちが顔を下に向けているのを見てその先を行く猫の姿を追う。


 デブ猫がビアガーデンから抜ける頃にはかなりの差を開かれて、街角に走っていくのを見送るしかなかった。


「ああ……、どうしよう」


 (マサキ)もようやっとビアガーデンを脱け出したが、不安であたふたとその場をキョロキョロするばかりであった。すると、遅れて駆けてきたフォノと結子(ユイコ)が彼女の背中を叩いて横切る。


「猫の行く先はこっちでわかるから、ついてきて!」

「追跡機能は生きてる!」


 その言葉にハッとなって(マサキ)は二人の背中を見据えて駆け出す。


 アクセサリには互いの位置を把握する機能が備わっている。簡易的な方向指示だけだが、デブ猫を追う分にはそれで十分であった。


 ウェイトレス姿のまま三人はビアガーデンを飛び出して、祭りでごった返す町へと突き進む。


 その後姿を、ビアガーデンの隅っこで見る人影がいた。厚ぼったいコートに顔をターバンで覆った怪しい人物である。

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