~白昼夢~ 果実が落ちる時
〔エクセンプラール〕が『楽園』の外縁を踏み越えて、曇天を突き刺す中央塔に向かって進行を続ける。鋭利な艦首の衝角は高くなっていく深緑の建造物跡を蹴散らし、鋭い脚部もまた意に介さず粉砕していく。
その衝撃に艦内が揺れる。
「壊れちまうよ」
操舵士の男が泣き言をいう。
「こんな脆い障害、なんてことない。百八十度監視を怠らないで」
艦長席で立つミトは正面に広がる黒々とした緑の光景に目を細めながら、索敵を強化させる。
「子供のためにこんな――」
「子供のためだから、やるんでしょう!」
誰が言ったかもわからに愚痴にミトは怒鳴った。
当面の目的は〔アル・ガイア〕の捜索である。機体が向かった先に行方不明になった柾たちがいると思った。
しかし、彼女が監視を強化させたのには別の脅威を感じ取っていたからだ。
「見張りから、報告。右舷前方、何かいます」
通信士がこわばった声で伝える。
艦橋のクルーはとっさにその方向に視線を向ける。円錐状に伸び上る一群の緑の建造物たち。すると指示された方向でくぐもった音が聞こえた。
音の伝わり方からして距離がある。
「アーデル・ヴァッヘにとってはいい隠れ蓑になるのだろうけども、こちらもあまり深入りできないか……」
ミトは指示された方向を注視して判断を下す。
「操舵士、面舵七〇。接触を図る」
「嘘でしょうっ?」
今度は機関士が言った。
とても正気のやり方ではない。
「このまま手をこまねいていても、始まらない。見張りには異変を感じたらすぐに知らせるように言って」
ミトは柾たちの手がかりを見つけられるなら、あえて火中の栗を拾うことを選ぶ。
艦の指揮をしてきたちっぽけな自信が彼女を強欲にさせる。
〔エクセンプラール〕は渋々といった様子で回頭して、低い建物を蹴散らした。粉砕される建物は砂の城のように崩れ去って、粉塵が小さく起きた。根を巡らせた植物がその建物の形状を維持していたようで、植物の葉がざわめいた音を立てる。
「うっ。ミトさんは無茶苦茶をする」
見張り台にしがみつくカーヴァルは、はじけ飛んできた木片に咄嗟に頭を低くした。
「格納庫のみんなは大丈夫だろうか?」
「見張りはしっかりしろよ。お前たちの目が頼りだ」
伝声管から通信士の上ずった声が聞こえて、カーヴァルは格納庫に残っている弟分たちのことを忘れた。身体を揺さぶる振動は強いが、持ちこたえられないものではない。
「了解。異変に気付いたの、俺なんだからなっ」
カーヴァルは自己主張を強めて、自信を振いあがらせる。
頭上には灰色の雲があり、今にも雨が降り出しそうである。雨が降る前の臭いも鼻は感じ取っていた。湿った空気。肌にまとわりつく空気は重たく感じられた。
次の瞬間、ドッと前方の背の高いビルの陰から閃光がはじけた。遅れて鈴を鳴らすような鋭い音が耳を打つ。
「この音――」
カーヴァルは食い入るようにして曇天へ延びる光の航跡をふり仰いだ。
「何だ!?」
だが、彼は視線の端で膨れ上がる土煙と巨大な影に視線を戻した。大きく揺れる視界。粉塵を突き破る眩い光の筋がほとばしる。
「何の光なの?」
艦橋で確認したミトも身構える。だが、どういう意図の光かを理解するよりも早く、空中できりもみしながら、放物線を描いて外縁に向かって降りていく黒い影を見つける。
「あの機体、〔アル・ガイア〕じゃないの? どうなの?」
ミトはそう言いながら、通信士をせかした。
その黒い物体が遠くのところで着地すると、重たい岩塊が尾を引いて上がった。
「着地、成功っ」
その黒い機体、〔アル・ガイア〕は左腕部の盾を展開されており、身を固めつつ右半身を引いた。右のマニピュレータにはバイン・アウトーが保護されている。
柾は捲れ上がったシャツの裾を直しながら、機体を手近な建物に隠れさせる。
「前より感度がいい。出力も……」
柾は操縦桿とフットペダルの感触を確かめながら、〔アル・ガイア〕の瞬発力や反応速度の増加を先の跳躍で実感していた。体がビリビリと鋭く痺れているのがわかる。
「どういうこと?」
「柾、左後方に〔エクセンプラール〕の影を見つけたわ。こっちに向かってきてる」
柾が疑問に思っていると、結子がマルチ・センサが捉えた映像を解析して、報告をいれる。
一瞬の跳躍の合間にも、機体の光学センサはよく〔エクセンプラール〕の艦影を補足してくれていた。
「どうして、こんなところにまで来るのよっ」
フォノは撮影されたスクリーンショットを一瞥して、〔エクセンプラール〕の動きがうかつだと思った。
「二人とも、相手の透明化を解除する準備が整うまで時間を稼いで。そうすれば、対応できるよね?」
結子は早口に伝えて、敵機への対策に打って出る。
敵は偏光迷彩処理を施して、姿をくらましているのだ。柾たちからすれば魔法のような技術であり、その仕組みを理解する時間はなかった。
だが、センサはおぼろげに敵機を補足している。化けの皮をはがすには、マスケが作り出した幻影を打ち払ったように電子攻撃を仕掛けるほかないのだ。
「できる?」
フォノは周囲に目を走らせながら、目元にかかる髪を撫でつけて、一度アクセサリを脱着して髪型を整える。
「電子戦っていうの、頑張ってみる」
結子は次々と出てくる立体スクリーンに目を通しながら重々しく言う。実際、初めのことでどこまでできるかわからない。それでもやらなければ、敵の正体を見つけられないのだ。
敵機〔ガーディアン〕は数こそあれど、機動力に乏しいのが唯一の救いであった。柾たちにとっては未知の破壊力を持つビーム兵装を武器に、密集した攻撃と数で押し切るばかりであった。偏光迷彩とビーム兵器で今は優位に立っているに過ぎない。
「とにかく、下がるように伝えないと。それに、飛び道具も必要になりそうだからね」
柾は結子から送られてきた地形データを頭に叩き込んで、機体を〔エクセンプラール〕が来ていると思われる方向へ跳躍させる。
〔アル・ガイア〕は脚部、背部のスタック・スラスターを全開にして飛翔すると、深緑の中を突き進む〔エクセンプラール〕の艦影を眼下にとらえた。
「見つけたわっ」
フォノが声を上げると同時に警報が鳴り響いた。
地上から閃光が瞬き、数条の光が背後から登ってきた。それらが上下左右をかすめて、機体を大きく揺さぶる。目に見えない空気の膨らみが機体を押し上げるのだ。
〔アル・ガイア〕は小さなサブ・スラスターを断続的に噴射して、姿勢を立て直す。腹部や肩部の側面でパッパとその光が瞬く。
すると、〔エクセンプラール〕の見張り台から投光器によるモールス信号が送られてきた。
しかし、柾たちは落下に伴う負荷と機体の制御で読み取る余裕はない。
「こっちに来るぞ?」
「落ちるんじゃないのか?」
艦橋で不安の声が上がる。
上空から落下してくる〔アル・ガイア〕の圧力はすさまじく、このまま甲板に着地でもされたら艦そのものがへし折られかねない。
じわじわと不安が恐怖へと変わっていく。
「減速して、それから停止」
ミトはそれでも冷静に、降下してくる〔アル・ガイア〕の様子を見守る。
〔エクセンプラール〕が速度を下げて、動きを止めていく。〔アル・ガイア〕は地上すれすれになってスタック・スラスターを噴射して眩い光と燐光を放ちながら強引に艦首の前に着地した。屈伸運動をして、伸び上る〔アル・ガイア〕の頭部が艦橋を向いた。
「すぐここから離れて。アーデル・ヴァッヘが来る」
〔アル・ガイア〕の外部スピーカーから柾の声が響く。
ミトは安堵の表情を浮かべたが、剣呑な言葉にすぐに気持ちを引き締めた。それから、拳銃型の投光器を手に取ると窓の方へ移動する。
「了解。武器を取って、迎撃に向かってちょうだい」
モールス信号を放ちながら、ミトはそれを声に出してクルーたちにも伝える。
「こちらは外縁へ後退する、無理はしないで」
艦橋の窓から放たれる光に柾たちは艦橋の窓を拡大して、ミトが指示しているのを知った。
「ミトさんだ。話が早くて助かるわ」
「後でお説教だって」
結子はモールス信号の結びを解読して、身震いを覚える。
「了解。ちゃっちゃと終わらせる。バイン・アウトーをお願い――」
柾が言ったそばから、横間を光の筋が走った。
思わず、背筋が凍り付いた。
「防衛行動に出るの!」
ミトは拳銃型の投光器のトリガーをせわしなく動かしながら叫んだ。
「う、うん」
柾はチカチカする発光信号を見て頷く。
〔アル・ガイア〕は右マニピュレータが持つバイン・アウトーを甲板の載せるのをやめて、いったんは振り返って〔エクセンプラール〕の防御に出た。
「後退するわ。エンジン回して!」
「都合のいいように使いやがって。また戦場のど真ん中じゃないか!」
機関長は出力を上げながら、不満たらたらに言った。
でなければ、疎らなりにも飛来してくる凶暴な光から意識をそらすことは出来ない。恐怖で手足が動かなくなってしまったらそれこそ、命がない。
ミトは艦長席に戻りつつ、艦体が上下に揺れるのを感じて腰を落とした。
「ここまで来たら、いいっこなしでしょ」
「謝礼くらいは出るだろ?」
「秘蔵のワインでも出してあげるわよ」
ミトの声にクルーたちは少しばかり和み、ちっぽけな報酬ながら悪くないと思う。
〔エクセンプラール〕が後ろ歩きで後退を始めると、〔アル・ガイア〕は二、三発の光を盾で弾いた。それから、スタック・スラスターの圧力だけで機体を持ち上げて素早く甲板に跪く。
〔エクセンプラール〕の胴体が沈み、脚部の動きが一瞬鈍った。
「姉ちゃん!」
カーヴァルは上下の振動に耐えながら、横についた〔アル・ガイア〕のいかつい顔を見て笑みを浮かべる。
「カーヴァル。危ないから頭を下げてて」
柾は操縦席でカーヴァルの姿を一瞥して、左舷にあるクレーンにかかっている汎用機関銃に意識を向ける。
「大丈夫なんだな? 平気なんだな?」
カーヴァルは大きく手を振って叫んだ。
「カーヴァルくん、何か言ってる」
結子は欺瞞を解除する電波波形を調整させつつ、視界の端に入った金髪の少年のことを言った。
「頭を下げなさいって言ってるでしょ! バイン・アウトー、お願いね」
柾はそう言いながら、甲板に置かれるバイン・アウトーを一瞥する。
〔アル・ガイア〕は盾を小さくすると、左右に揺れる汎用機関銃をひっつかんで引き寄せる。クレーンのワイヤーが悲鳴のような音を立てた。
「敵の位置をお願い」
フォノは汎用機関銃の状態を確認して、自分の出番を主張した。
「機械の目だからあまり正確じゃないよ」
「構わないわ」
フォノと結子は短く応対して、〔アル・ガイア〕に射撃体勢を取らせる。
敵は見えない。だが、今は〔アル・ガイア〕のセンサから得られたデータを信じるほかない。
「耳をふさいで!」
フォノは〔エクセンプラール〕の人たちに外部スピーカーで警告した。そして、視線の先、〔エクセンプラール〕の艦首を焦点にして、標的にワイヤーフレームの輪郭が構成される。ひっきりなしの閃光の中が防眩処理で抑えられるも、少女の目には毒である。
「当たって!」
フォノは祈るようにしてトリガーを引いた。
汎用機関銃が甲高いうなり声をあげて、弾丸をまき散らす。
「くっ」
カーヴァルは耳をふさいで、狭い見張り台の中でうずくまる。横間から響く轟音と熱風が、彼の体をつぶしにかかっていた。
艦橋でも窓が大きく揺れ、ミトたちは奥歯をかみしめてマズルフラッシュがやむのを待った。
〔ガーディアン〕たちは〔エクセンプラール〕から降り注ぐ弾丸を回避して分散する。
「敵の反応、分散してる」
結子の報告を聞くと、フォノは射撃を止めて息継ぎをする。
「出るよっ」
柾は敵の弾幕がないのを見て、フットペダルを押し込んだ。
〔アル・ガイア〕はクレーンのたわんだワイヤーをかなぐり捨てて、跪いた体勢から前に跳躍した。スタック・スラスターの推力を利用して、一気に〔エクセンプラール〕との距離を稼ぐ。
「出力最大、お願い!」
結子は準備が完了した電子兵装を起動させた。
放物線を描いて降下する〔アル・ガイア〕のブレードアンテナから強力な電波攪乱の波動が断続的に照射された。
それらが、朽ちた建物にぶつかると一瞬、幻灯のように輝かしい街の風景が浮かび上がり、潜伏していた〔ガーディアン〕もまたそのシルエットを浮き彫りにした。そして、一瞬の幻影が過ぎ去ると〔ガーディアン〕の年季の入ったみすぼらしい姿と建物の物悲しい姿だけが残る。
武骨な人型の姿。〔アル・ガイア〕より一回り小さく、鋭角な頭部はナイフのようで、細い四肢は〔マーマン〕を連想させた。
「正面、敵多数!」
結子は正常に働くセンサと正面で待ち構える敵の群れを睨んだ。予想以上の数が隠れ蓑から現れて、緊張が走る。虚像の反応が消えてなお、目に飛び込んでくる敵の数は圧巻である。
狙いをつけるフォノにとって、予想以上の圧力がかかる。
〔アル・ガイア〕は降下軌道のまま、右腕部に汎用機関銃を構える。銃口はぶれて、建物から無防備に頭を出している敵機を補足しているが落下の速度で照準がままならない。
「詳細な数は?」
「数はわからないわ。そこら中から出てくるから。だけど、正面の巨大な塔から機体を操る力が働いてるから――」
「それを叩けばいい?」
柾が割って入って、敵の攻撃に目を細める。
「そう。お願い」
「もうっ。いい加減にして」
フォノはもう照準などに構ってなられなかった。
〔アル・ガイア〕は汎用機関銃を乱射して建物を蹴散らしながら着地していく。
降り注ぐ弾丸が密集している〔ガーディアン〕を撃ち抜く。しかし、彼らも単細胞ではない。上空からの射撃が来ると左腕部を突き出して、ビーム・シールドを張って分散する。
しかし、それで汎用機関銃の液体弾を完全に防ぐことはできなかった。出力が不安定なのもあるが、特殊加工を施され、練り上げられた弾丸はビームの壁をも突き破って〔ガーディアン〕の装甲を削ったのだ。
「落ちるっ」
柾は射撃を行いながらの着地行為に肝が冷えた。〔アル・ガイア〕は突き出した脚部で脆い建物の外壁を蹴散らして、ぽつねんとする〔ガーディアン〕をも蹴飛ばしていた。
〔アル・ガイア〕は射撃を止めて、建物を一棟を突き破って広い道へと踏み込んだ。
「くぅっ」
フォノは胸が上下に激しく揺れる痛みを覚える。それから、苦悶の表情を浮かべながら、両腕の操縦桿を引いた。
つんのめっていた〔アル・ガイア〕は上体を起こして、左からくるビームを拡張した盾で防御。ビーム光が四散して、周囲の建物を穿つ。
「あなたたちにとっての楽園のはずなのに、攻撃をするんだからっ」
フォノは機体が反転すると同時に汎用機関銃の弾丸を正面に叩き込んだ。
正面衝突する銃撃戦。一本道での銃撃戦はすぐにも、敵の拡散を許してしまう。だが、〔アル・ガイア〕はそれを好機と〔ガーディアン〕の制御を統括する中央塔へと駆け抜ける。
そのさなかに中央塔への射撃をフォノは忘れていなかったのだが、いくら撃ってもびくともしない。着弾した個所が蛇のように這いあがって煙を上げるが、倒壊する気配はなかった。
「結子、どこを狙えばいい?」
「いくつものポイントがあって、一つ、二つ壊しただけじゃ効果ないよ。直接、大元を止めるしか……」
「その場所は?」
柾は機体を建物の陰に隠しながら、飛来してくるビームを回避する。鋭い光が後方、左右から伸び上って建物を貫通して飛び出してきた時には息が止まりそうになる。
結子も小さな胸から心臓が飛び出しそうになりながら、数度の索敵をかけて『楽園』の核を探った。
「中央塔の中。それも下!?」
「エネルギーもあまりないんだから。このまま突撃するよ」
柾は右横に表示されたサークルゲージを一瞥して、悪態をつきながらも機体を急がせた。
曇天では〔アル・ガイア〕のエネルギー補てんもままならない。右腕部の機能は一気にエネルギーを消費するし、度重なる電子兵装の使用で機体も幾分か鈍く感じられた。
ほとばしる閃光が激しくなり、後退する〔エクセンプラール〕からは遠間からはそれが地上を走る雷撃のように見えた。
「周囲の攻撃があっちに集中してないか?」
操舵士が目を細めて、〔アル・ガイア〕と〔ガーディアン〕の交戦のことを言った。
〔エクセンプラール〕は武装のない機動力だけが取り柄の輸送艦である。敵機が複数いるならば、ものの数分で撃沈されるだろう。
そこに攻撃が来ないのだから、敵の目的はあくまで〔アル・ガイア〕にあるのだろう。
「警戒を怠らないで。場合によっては〔アル・ガイア〕を迎えに行く可能性もあるんだから」
しかし、ミトはすべての敵が〔エクセンプラール〕から手を引いたとは、まだ思えなかった。楽観できる状況ではなかったし、周囲の建物が低くなっているとはいえ敵が身を隠すくらいの高さはあるのだ。
「羅針盤は?」
「安定しません」
航海士がぐるぐると針を回転させる羅針盤を見て呻いた。
「見張りには常に中央の巨大塔を目印にするように言いなさい。この辺りの土地勘はないんだからね」
ミトはそう指示を下して、パッと空が光ったのを見て顔を向ける。
「うわっ」
柾は真横から飛来してきたビーム光に目がくらんで、次に来る衝撃に頭が揺さぶられた。
〔アル・ガイア〕の脚部に敵のビームが被弾して、脆い建物に背中から落下したのだ。土煙が視界を覆う。
「脚部、被弾。電子兵装を使うよ。自動修復、働いてる」
結子は再度敵の透明化を解除する電子兵装を使用して、〔ガーディアン〕の姿を目視できるようにする。
それから、機体の状態を見て、まだ〔アル・ガイア〕が戦える状態にあることを確認する。脚部は表面を溶解されていたが、深刻な損傷ではい。
「相手の兵器に耐性があるみたい」
結子は半信半疑に言っているうちに、フォノが応戦を開始していた。
正面から押し寄せる〔ガーディアン〕部隊を牽制しつつ、肩部のマルチ・ハープーンを中央近辺の建造物に向けて射出した。銛が建物を貫通し、返しが引っかかる。
「起きられそう?」
「うん。建物の強度、耐えてよ」
フォノの支援で柾は〔アル・ガイア〕の姿勢を立て直す。
損傷した脚部を庇うようにして、ワイヤーを巻き上げつつ〔アル・ガイア〕が立ち上がる。支えに使っている建物はすぐに崩壊を初めて、ワイヤーが戻ってくる。
〔アル・ガイア〕は激しくなる集中砲火の閃光を利用して跳んだ。
「一気に接近するよ」
柾は巨大な中央塔を見据えていった。
跳躍する〔アル・ガイア〕がいくら上昇しても、その頂は見えない。それどころか周囲の建物にすら、跳躍する高さに届かない。
見る見るうちに巨大な壁となって立ちはだかる中央塔に柾たちは気おされた。
「なぜ、認めない?」
瞬間、操縦席に問いかける声が響いた。
〔アル・ガイア〕はその発信元を探るようにして頭部を振って、中央塔の陰に埋もれた建物に着地した。その建物にしたって、すでに二〇〇メートルはあろう超高層ビルである。
しかし、見上げる中央塔は直径何十キロとある円錐状の建物である。それが支えなしに立っている様子は異常だ。その外縁に行くまでにも幾多の建物が林立して道を遮っている。
中央塔に近いものほど、頑強のままのようだ。それでも、足元にふと視線をむければ、枯れツタや枯れソダが覆っている。
「認められるわけないでしょ」
柾はその声の主がマスケだと思って反論した。
「あんたにはもう脆くなった建物や植物が見えているはずでしょ? 『楽園』にはなれなかったの」
「否。その機体と秘められた記憶さえ呼び起こせば、『楽園』は存続できる」
瞬間、〔アル・ガイア〕の足元で爆音がとどろき、超高層建築が傾きだした。
柾たちは傾いて一瞬の浮遊感を覚える。
「このっ」
フォノは再度、マルチ・ハープーンを射出してさらに背の高い建築物へと撃ち込んだ。
ワイヤーが張られると、〔アル・ガイア〕の巨体が崩れゆく建物から飛んで振り子の要領で地面へと滑り込んでいく。火花を上げてウィンチが巻き上げられて、高速で暗がりの地面へと機体が突っ込んでいく。
そして、モニタいっぱいに〔ガーディアン〕の群れが銃口を構えているのが映った。
「――っ!」
柾は身体がのけぞるような衝撃とモニタを埋め尽くす敵の数に絶句する。
しかし、〔アル・ガイア〕の勢いは止められない。ここまで来て、自分の意見を捻じ曲げるのはもっと嫌だった。
フォノと結子の声を聴きたかったが、そんな暇はなかった。
振り子の速度に乗った〔アル・ガイア〕はその最大遠心力に至った瞬間、ワイヤーを切り離した。
「どけぇえええええ!!」
黒銀の巨体が地上から湧き上がる光の筋をすり抜けて突進した。
破砕球のように飛んできた〔アル・ガイア〕を止められる力など、ありはしない。正面からぶつかった〔ガーディアン〕の朽ちた四肢が無力に飛散する。
その衝撃は柾たちの体をも砕くかのように、操縦席を揺さぶる。
〔アル・ガイア〕は地上を数百メートル滑りながら、〔ガーディアン〕の群れを蹴散らしていく。鮮やかに火花が散って、その残光が捲れた床を一瞬照らした。
「貴様たちもまた『楽園』での生存を許可するというのにか?」
淡々とした声が操縦席に響く。
柾たちは意識が飛んでいたが、その声を聴いた途端、憤りと体から湧き上がる得体のしれない力に突き動かされていた。
「うるさいっ!」
〔アル・ガイア〕は正面へ向けて、汎用機関銃をありったけ叩き込んだ。マズルフラッシュの花弁が瞬くと、〔ガーディアン〕の機影を左右の建物に投影した。人形が崩れていく様子がまるで影絵のように植物の這う壁に落ちていく。
背面から別の〔ガーディアン〕が迫る。
それには結子がいち早く察知して、対応に出ていた。
〔アル・ガイア〕は鞘を反転させると、カタナの柄を打ち込んだ。貫通こそしなかったが、ビーム・サーベルを握っていたその巨体は大きくのけぞって、倒れこんだ。
「柾、フォノ、時間を頂戴!」
「わかった」
「策があるのね」
柾とフォノは結子の言葉を疑わなかった。
「なぜ、そうもわかりあえる?」
操縦席にまた無機質な言葉が流れ込んだ。
〔アル・ガイア〕は汎用機関銃が弾切れになると、背部の補助アームに戻し、使用していない右の鞘からカタナを引き抜いた。そして、背部のもう一方左にある補助アームは鞘の回転と合わせて持ち上がる柄を掴むとカタナの刀身を引き抜いて保持した。
そして、開いた正面通路をふさごうとする〔ガーディアン〕へと斬りこんでいく。
「貴様は、お前たちは自分のしていることがどれほどの蛮行かわかっているのか?」
「整備不良の機体を出してきて、そんなことが言えるの!」
柾は正面の〔ガーディアン〕を一閃してみせた。
カタナは滑らかに敵の動体を真っ二つにして、〔アル・ガイア〕は敵の武装を踏みつぶし、周囲への敵へは拡張した盾で押しのける。
多勢に無勢の状況で〔アル・ガイア〕が進めるのは、ひとえに〔ガーディアン〕が本来の機能を出し切れていないからである。何百年、あるは何千年もの間、使用されていなかった。面倒を見る人間がいなかったからだ。
『楽園』は人々のデータ管理に終始して、外部の防御システムである〔ガーディアン〕や火器などかまっていなかった。そのツケが露呈したと言える。
「ここには何万という人格データがあるのだぞ?」
「そんなことを言い訳にしたって無駄なんだからっ」
柾は『楽園』が言い放つ淡々とした物言いにどなった。
〔アル・ガイア〕はボロボロになった刀身を道をふさぐ〔ガーディアン〕に突き刺すと、それを蹴り倒しながら柄と刀身とを分離した。
「外に目を向けるのを忘れて、理想だけを口にしたって何の解決にもならないのよ」
フォノは右から斬りかかろうとする敵を捕らえると、マルチ・ハープーンで応戦した。軽々と敵の胸部を貫くさまは、見ていて心地のいいものではなかった。
「時間は流れてる。あなたはその鋼鉄の中で、何を見てきたの?」
フォノはもはや陰にしか見えない中央塔をふり仰いだ。
古に神に挑もおうとしてつくられた巨大な塔があった。人間の傲慢か、はたまた神への復讐かなどは関係ない。その塔がそびえたち住まうものが神にでもなるのなら、ここに何があったというのか。
下界を見下ろして、地を這う人々を嘲笑しただろうか。はたまた、彼らを守るために作られた魂のない機械が徘徊する様を物見遊山に見ていただけだろうか。
答えは『楽園』の中ですら長い時の中で消え去ってしまった。
「時間というものの、有限の中でしか存在しえないお前たちは我々に嫉妬し、激情をぶつけているに過ぎない。直ちに抵抗をやめよ」
「あなたはまだ夢の中にいるのかもしれない」
結子は初めて扱うシステムに手を焼きながら、激震する操縦席の中でつぶやいた。ずり落ちてくるチュ―ブトップの位置を慌てて直しつつ、起死回生のシステムの起動を急がせる。
背後から伸び上る〔ガーディアン〕のビーム・サーベルが迫る。すると、〔アル・ガイア〕は振り向きもせず、補助アームに掴んでいるカタナでその光の刃を切り払った。
柾とフォノ、結子ですら操作していない、〔アル・ガイア〕の自動反応である。
〔アル・ガイア〕は鋭い体裁きで迫る正面からの斬撃を盾でしのぐと、カタナの柄を左腰部の鞘に接続し、即座に抜刀。
液体金属で形成された刃がたわみながら、逆袈裟に斬り上げる。斬撃を仕掛けてきた〔ガーディアン〕が斜めに切られて、倒れる。
「貴様たちがその機体を差し出せば、すべてが万事収まるというのに。自分勝手なことを言う」
「そして、また自分の殻にこもるのでしょう?」
結子は次々と表示されてい浮く立体スクリーンに目を走らせながら言った。
そうすることで『楽園』は平穏を取り戻せるのかもしれない。〔アル・ガイア〕もまた人の役に立つのかもしれない。
だが、それでは過去の中で自己完結するだけである。
〔アル・ガイア〕は過去の壮大な遺産の一つなのだろう。なら、その力を奮う柾たちは何者なのか。
「もう、あなたたちの生きていた時間は帰ってこないの」
結子は迷わずに、〔アル・ガイア〕の電子兵装を起動した。
〔アル・ガイア〕は左腕部で近寄ってきた一機を払い飛ばすと同時にブレードアンテナから広域電波攪乱をかける。それは中央塔から出される〔ガーディアン〕への周波数に合わせて、割り込み命令を発振したものだ。
瞬く間のうちに、見えない波紋が〔アル・ガイア〕を中心に広がり〔ガーディアン〕たちの動きが一斉に停止する。一挙に膨れ上がった情報に古びた〔ガーディアン〕のプロセッサーが耐え切れなくなったのだ。
「そのことをわかって……」
柾は肩で息をしながら、機体を前進させる。
もはや、〔アル・ガイア〕を阻むものはいなかった。〔ガーディアン〕は彫像のように固まって、動こうとしない。
「我々は不滅でなければならない。小娘三人、アーム・ウェア一機にこの『楽園』が落ちるなどと……」
『楽園』のシステムは苦し紛れに、〔アル・ガイア〕にハッキングをかけ続ける。しかし、そのすべてが遮断されていく。
同じ機械でありながら、その強固なプロテクトを破ることが出来ない。演算処理の差か、記憶容量の差か、それとも扱っている人間の差か。
〔アル・ガイア〕は武器を納めて、中央塔の外壁へと跳躍する。
巨大な山の峰を見下ろすような気分で、柾は中央に近い位置へと機体を誘導する。スタック・スラスターを噴射して一気に降下する。
そして、温存していた右腕部を起動させるなり、出入り口のない頑強な外壁を溶断、黒銀の機体を内部へ突入した。
突入した先で〔アル・ガイア〕はケーブルのようなものに絡まり、それがクッションとなって着地に成功する。しかし、中は真っ暗で何も見えなかった。
侵入してきた個所からこぼれるかすんだ光だけが差し込む。
「いくよ……」
柾の真剣な声にフォノと結子は同調する。
〔アル・ガイア〕は絡まったケーブルを振りほどき、ゆっくりと前進していく。途中いくつもの障壁が立ちふさがり、その都度右腕部で溶断して突き進んだ。
柾たちは〔アル・ガイア〕が溶解する障害物の灼熱の赤色と飛び散る火の粉を見つめる。
自分たちがしようとしていることは数千万もの、人を殺めるのに匹敵することだ。『楽園』に縛り付けられた魂なるものを、鋼鉄の牙城から切り離すためには『楽園』のシステムを破壊するしかない。
幻想の中で存在し続けるものは、人間の魂に相当するのだろうか。
果てない夢を見続けさせる『楽園』は、崇高なものであるのだろうか。
少女たちは神に懺悔することはなかった。これは人の手で決着をつけなければならないことだと思うからだ。
そこは光すら届かない暗闇で、溶かされた金属で照らされた空間はちぎれた血管のようなケーブルや焼けただれたゴムらしいものが落ちている。
空気は淀み、長い年月の中で外縁から緑化していった記憶装置の肩代わりをし続けて、部品が損傷を受けていたのだ。
「『楽園』は人類の、英知の、結晶である」
内部が鳴動する。
〔アル・ガイア〕は静かに壁を突き抜けて、最奥部へと足を踏み入れた。
「その機体が魔王と呼ばれる時代の再来だ」
「世界が制裁を加えるだろう」
「アーム・ウェアでは所詮、人は救えないのだ」
『楽園』の言葉に整合性はない。〔アル・ガイア〕の中へ踏み込んだ反動でそのような言葉を選定するに過ぎない。
柾たちはそれらの言葉を無視して、足元がぼぉっと光っているのに気付く。
少女たちは視線を移して、思わず胸が打ち震えた。
足元に小さな銀河が広がっているのだ。蛍の群れか、流星群のような煌びやか光が渦を巻き、透明な床の中に封じ込められている。直径一キロにも満たない銀河は静かに運動を続ける。
一粒一粒が光量子であり、人格の断片であり、記憶であり、風景であり、すべてである。それらが寄り集まって初めて、この小さな銀河は機能しているのである。
しかし、田舎育ちの少女たちには〔アル・ガイア〕がその銀河を受け止めるだけの器になれるとはとても思えなかった。
柾は頭上を向いて、針の穴ほどしかない天の光を見た。それが唯一の外界との繋がりだと思うと物悲しくなる。
「ここが人生の終わりだなんて、嫌だな」
柾は冷たく張り付くシャツの感触が気持ち悪かった。
「どうか、成仏してください」
フォノは〔アル・ガイア〕に汎用機関銃を右腕部に持たせると、弾倉を交換させる。交換が終わって構える汎用機関銃の重みが操縦桿にフィードバックされる。
柾たちは背筋が震えた。
「せめて最後は、わたしたちがこの手で死を……」
結子は黙祷をささげるようにしてこうべを垂れる。
死の手向け。
『楽園』の交信が乱流する。声にならない声が操縦席に流れ込んで、それらが悲鳴のように聞こえた。
〔アル・ガイア〕はその悲鳴を振り払うように、汎用機関銃を乱射する。薄い透明の床を撃ち抜いて、はらはらと落ちるその破片がきらめいた。
そして、封じ込められていた光が轟音を響かせて、天へ向かって飛翔。地面が大きく揺れて、強固な壁に亀裂が走る。
〔アル・ガイア〕はその勢いに押し負けて、あけてきたとおり穴に押し戻されるようにして吹き飛んだ。
中央塔を中心に地面が波打つようにして激震する。
その振動は外縁にいる〔エクセンプラール〕にも届いた。
「何が起きた?」
ミトは大きく跳ね上がった床に思わずしりもちをついて状況を求めた。
見張り台にかじりつくカーヴァルもまた波のように押し寄せる振動に身を小さくしながらも、曇天の空に突き刺さる中央塔から渦をまくようにして雲が消え去っていくのを目撃する。
「何じゃそりゃ!?」
今までに見たことのない空の表情に少年は夢を見ているのでは、と目をこすった。
だが、紛れもない現実で曇天の雲が払われると午後の青空が顔を表していく。太陽の日差しが降り注ぐと、緑と灰色の『楽園』のなれの果てが浮き彫りになっていく。
そして、激震がやむと中央塔の外壁から破片が零れ落ちていく。それがキラキラと太陽の光を反射する様は花弁が散るかのように儚い。
「止まった……」
ミトが立ち上がって、様子をうかがった。
激変の後の静寂が嫌な予感を沸々と感じさせる。
そして、唐突に中央塔から爆音がとどろいた。
その根元が地面に飲み込まれるようにして、垂直に崩壊が始まったのだ。粉塵と風圧が津波となって、『楽園』を飲み込んでいく。先の激震で地盤を崩された建物たちは次々と倒壊し、〔ガーディアン〕はその下敷きになっていく。
ミトははじかれたように通信士の方を向いた。
「見張りを中に入れなさい」
通信士の返事を待たずして、ミトはさらに艦内放送のマイクを取ってスイッチを入れた。
「全員、衝撃に備えて。姿勢を低くして」
その冷静な声に、艦内の誰もがその指示に従った。
〔エクセンプラール〕は艦底を地面につけて、脚部を地面に突き刺すと艦体を固定する。どれほどの威力が来るかわからない。
だが、巻き上がって広がっていく粉塵の壁は〔エクセンプラール〕の大きさを軽々と飲み込むほどに膨れ上がっていた。
行き着く暇もなく、粉塵が〔エクセンプラール〕を飲み込んだ。
だが、予想外に破壊力はなく、強風にあおられて視界を遮られた程度であった。拍子抜けの感じがしたが、視界を遮る粉塵が晴れるまで時間がかかった。
そして、視界が晴れると目の前にあった『楽園』は跡形もなく消え去っていた。
「柾たちは?」
ミトは身を乗り出してつぶやく。
と、瓦礫の一部が盛り上がって、〔アル・ガイア〕の巨体が姿を現した。砂を零して、派手にへこんだ装甲をさらした。
その中にいる柾たちはようやく夢から覚めた気分であった。
『楽園』という夢が消えた先で、帰るべき〔エクセンプラール〕を見つけたとき自然と笑みがこぼれていた。




