~白昼夢~ 芽生えた迷夢
「うぅ……」
柾が最初に感じたのは寒気だった。ブルりと体が震えて、喉が渇いている。ゆっくりと浮上してくる意識と共に、凝り固まった体に力を込める。
緩慢な動作で手を這わせて、支えになる硬いものだと認識するとそれを支えに上体を起こした。
「ここは――」
柾は目を瞬かせて、顔を振った。
しかし、視界は濃い靄に阻まれて、遠くを見通すことが出来ない。目覚めたばかりの重たい頭を振って、ぼさぼさ頭を後ろになでつける。それから、するりとその指先をは首筋をなぞって、首にアクセサリがしてあるのを感じ取った。
「どこ……」
柾は次に自分の姿勢に違和感を覚える。
何かに跨った姿勢。背中を反らすと何か重たいものが動いた。
「バイン・アウトー……? なんで?」
柾はグリップに指先を走らせて確信する。
「うぅ……」
彼女の背後で何かが呻き、身もだえる。シャツにしがみついて、頭をこすりつけているのがわかった。
柾はくすぐったいのを我慢し、体をひねって後ろを確認する。
「フォノ……? 結子……、なの?」
見えたのは肌着同然のフォノと結子であった。それが寝間着なのだが、この冷たい空気の中では体温を奪われるばかりである。
どうして、という疑問が真っ先に浮かんだ。自分が二人と一緒に寝間着姿で移動した記憶などないからだ。
柾はすぐ後ろのフォノの肩をゆすりながら、何か暖を取れるものを探す。ふと、自分の着ているシャツを思い出して、胸元をあけて下を確認する。インナーなどあるはずもなく、自分の肌の色しか見えない。
「これはダメ。この子を動かして、暖を取れるか?」
「うぅん……」
「フォノ、結子、起きて」
柾はそう言いながら、フォノの手をほどいてバイン・アウトーから降りる。
「んんっ! 裸足?」
地面についた足先は石のような固く冷たい感触を捉える。
柾の驚きの声を耳にしたフォノと結子がぐずりながらも、体を起こしていく。
「何、ここ?」
フォノが肌寒さを覚えて、自分の体を抱きしめるようにしながらあたりを細目で確認する。まだ意識がはっきりせず、状況をうまく呑み込めていなかった。
結子にしても上体を起こしたかと思えば、頭の後ろで腕を組んで伸びをする。ぐっと細い身体を伸ばし、凝り固まった節々をほぐしていく。その仕草は能天気で、寝ぼけているとしか思えない。
「おはよう。悪いけど、降りてくれる?」
柾はバイン・アウトーの周囲をくるりとまわって、機体を点検する。損傷はない。前部サイドにあるパニアには何も入っていない。
身支度もそこそこに外に出たことになる。
「昨日、いじってたやつだ……」
「ねぇ、ここどこ? 部屋で寝てたと思うけど……」
結子は目元をこすりつつ、バイン・アウトーから降りる。
点検を終えた柾が機体を挟んであくび交じりに言う。
「さぁ? 地面が固いから船の甲板ってことは……、ないか」
柾は後半の言葉をすぼめて否定した。
昨日改良したバイン・アウトーならば艦底の格納庫に置いてあったはずだ。もし移動させたのなら〔アル・ガイア〕で持ち上げただろう。それを艦にいる人たちが無視したとは考えにくい。
そのうえ、靄で遮られていても近く〔アル・ガイア〕の気配があってもいいものだ。アクセサリにも何ら反応はないことから〔エクセンプラール〕の甲板ということは想定されないだろう。
柾は冴えてくる脳で考え抜いて、いまだ夢心地な結子に言う。
「どこのどこだからわからない。というか、こんな格好で出歩くなんて、ふつうしないでしょう」
「嫌だ。わたし、こんな格好……っ」
いまだバイン・アウトーの上にいるフォノが自分のあられもない姿を見直して、顔を真っ赤にしていった。すっかり眠気が吹き飛んだようで、どこをどう隠していいのかわからず、とりあえずくびれた肌色のお腹を腕で隠し背中を丸める。
「どういうことなの? 説明して!」
「そういわれても――、あたしもこれだもん。それよりも早く降りてよ。寒いでしょ?」
柾はぶかぶかのワイシャツの袖をつかんで引っ張って見せる。男性向けの薄手ワイシャツだが、体の小さい彼女が着ると膝丈ほどのワンピースに見えなくもない。
「そうだけど……」
「は・や・くっ」
柾の催促がとんできた。
恥ずかしがるフォノは渋々了解してバイン・アウトーから降りる。隣でぼうっとしている結子に寄り添って少しでも寒さを和らげる。互いの肌が触れ合い、少しだけ暖かさが伝わる。
「ねぇ、リボン知らない?」
「知らないわよ。こんな格好だもの」
いまだ寝ぼけている結子にそう言いながら、フォノは柾の作業に目を移した。
柾の手によってバイン・アウトーの座席カバーが外され、収納されているクランクを起こされる。
そこまで見て、クランクに手をかける柾の首元がちかちかと赤く点滅していることに気づいた。
「柾、首元で何か光ってるわよ?」
「え? そういうフォノも頭がチカチカしてる。アクセサリが働いてるんだよ、きっと」
柾はそう返すなり、重たいクランクを全身を使って回していく。
「ねぇ、これからどうするの?」
「とりあえず、この子は動きそうだし、移動してみよう」
柾はクランクの回転が滑らかになったのを確認して、スターターの取っ手を思いっきり引いた。
ドウッ! ルルゥルルルッ!
出力の高いフライホイール・バッテリーが鈍い音を立てる。その強すぎる回転数に駐機状態のバイン・アウトーが前後左右に大きく揺れる。
「これ、大丈夫なの?」
フォノはいつになく振動する機体を不安げに見つめて、バイン・アウトーの大腿部についている排熱ダクトから粗い熱風が吐き出されるのにびっくりする。
柾のぶかぶかシャツの裾がスカートのように波打った。
「試運転はまだだけど、これからすれば大丈夫」
柾は足の間を抜ける暖かい風にほっとして、ハンドルをしまうとカバーを元に戻した。スロットルのひねれば、前部のメーターパネルの針がご機嫌そうに跳ね上がる。それから、ハンドルについているクラッチとギアチェンジペダルを合わせて確認する。
お手製の改良は順調で柾も自然とご機嫌であった。
「それって危ないじゃないのっ」
「本当ならね」
結子がぼんやりとした口調で言う。
柾とフォノは彼女に注目して、疑問符を浮かべる。
「どういうこと?」
「おかしいでしょ?」
フォノの質問に結子は答えながら、バイン・アウトーの外装を軽くたたいた。コンコンと軽い金属音が響いた。
「あたしたち、少なくとも部屋のベッドで寝てたんだよ。それが周りも見えない場所にいるなんておかしいよ」
結子も頭が冴えてきたのか、いつもの凛とした口調になっていた。
「船から追い出されてたりして――」
「冗談!」
柾の言葉にフォノは尖った声を上げる。
「そんなこと、誰がするの? ミトさんもいるのにそんなこと……」
フォノはこみあげてくる不安な気持ちに思わず口をつぐんでしまう。バイン・アウトーが吐き出す熱風に当たっていても気持ちまでも温まるものではなかった。
柾は申し訳なさそうに眉を下げて、彼女に笑顔を向ける。
「ごめん。そんなこと、あるはずないよ」
「だから、ここって夢の中とかじゃないかって」
結子のファンタジックな言葉に柾とフォノは目を丸くする。だが、なぜか胸にすとんと落ちる納得があった。
「まぁ……、そういうのもありかも」
「あたし、時々こういう不条理な夢を見る。前後の関係もごちゃごちゃして、いつの間にか話が進んでるの」
「確かに妙に現実味の強い時ってあるよね」
柾は賛同しつつ、元気のないフォノに目配せする。
「わかるわ。けど、それは目を覚ました時に残っているものよ」
「夢の中で夢だなって思うこともある」
結子はかたくなに夢の中だと主張する。
正直、彼女も現状がわからない不安があった。いつになく不条理で何も見えない状況では、最後の記憶を頼って夢だと思った方が気持ちが楽だった。
「ここが夢なのか、現実なのか……。それを確かめるためにも行こ!」
柾はバイン・アウトーに跨ると、腕を振って催促する。シートから伝わってくる熱さは程よい暖房機能であった。
「どこに?」
「とりあえず、前に」
結子はフォノのお尻を押し上げるようにして先に座らせると、その後ろに腰を下ろした。
「もう少し詰めて」
「よく言うわね」
結子の順応性に半分呆れ、半分感心しながらフォノは言った。
柾は意気揚々とグリップを握り、ひねった。小刻みだった振動が一瞬鋭く体を揺さぶった。そのモーターが温まってきた証拠だ。
ドッとバイン・アウトーが上下に揺れる。
フォノと結子は前の人に腕を回して振り落とされないように耐える。
柾はギアを入れて、ハンドルを持ち上げるようにして後ろに体重をかけると機首が上がって駐機状態から機体が立ち上がる。
「それじゃ、出発ぅ」
柾は宣言するなり、再度グリップをひねって機体を前進させる。
大股で歩くバイン・アウトーは硬い地面の上を淡々と歩いていく。ヘッドライトをつけて、前方を照らすが靄が濃くて先が全く見えない。
障害物がないのだろうか。あたりの明るさを思えば夜は明けているはずなのだが、周りから物音一つしない。
けたたましいバイン・アウトーの駆動音だけがこだまする。
「ところで、どこに向かってるの?」
フォノは柾の背中に胸を押し当てるようにしながら、声を大にして質問する。
柾は手元のメーターパネルを一瞥して、また正面に向きなおった。
「わからない。コンパス壊れてて、針がぐるぐる回ってるんだもん」
「無計画すぎよ!」
フォノはあまりの無計画さにどなった。
その後ろで結子はフォノの肩を掴んでシートの上に立ち上がった。大きく揺れる機体の上で立つのは怖かったが、高い視線から何か見つけられればと行動に移った。
フォノは両肩にかかる重さに振り向いて結子に問う。
「危ないわよ。座ってて」
「何か聞こえる……」
結子はフォノの忠告を無視して、耳を澄ます。
「靄が晴れてきた」
柾は機体を進めながら、ヘッドライトが灰色の地面を照らし出すのとを確認する。
晴れていく視界。大きくなっていく音。
雑多な音が耳に入ってくると人の生活を感じさせる。
しかし、彼女たちの目に移った世界は自分たちの知っている牧歌的な雰囲気などなかった。
「どこ、ここ?」
柾は思わず機体を止めて、周囲にそそり立つ巨大な建造物を見上げる。
フォノと結子も言葉を忘れて、煌びやかな色彩に目を白黒させる。
曇り空に突き刺さる摩天楼。色とりどりの服に身を包んだ人の流れ、機械の群れ。乾いた空気が冷たく流れていく。そこはおおよそ、柾たちの知る人里の範疇を超えた摩訶不思議な建築物の集合体であった。
* * *
空を覆う雲は昨日よりもまして厚く、太陽の日差しを弱めていた。
〔エクセンプラール〕の甲板でミトは〔アル・ガイア〕のそばに立ちながら、その空を時折見上げていた。そわそわとして落ち着かない。
そこへアイランドからカーヴァルを筆頭に子供たちがかけてきた。
「柾たち、見つかったの?」
ミトは食い入るように問う。今朝から姿の見えない柾たちの探索を彼らに依頼したのだ。
「船の中を探したんだけど、どこにもいないよ」
捜索から戻ってきたカーヴァルが代表して言う。彼らも柾たちの不在に安心できないでいた。肩で息をして呼吸を整える。
「昨日はちゃんといた。この中にもいない……」
ミトは甲板の上に寝そべっている〔アル・ガイア〕を一瞥して愚痴を漏らす。
「朝の時点でなんで気づかなかったのよ、あたしっ」
今朝、柾たちの様子を見に部屋を訪れたときにはもういなくなっていた。
しかし、はじめは大して気にすることはなかった。早起きでもして、鶏世話か艦の周囲にある枯草を集めに出たのかもしれない、と。
「どこ行っちゃたのよ……」
ミトは自身の詰めの甘さに恥じて、悔やんだ。
朝食の時間を過ぎて姿を見せなかった辺りから不穏な雰囲気が募り、そして正午を回って完全に消息不明であることを知った。
子供捜索隊を率いるカーヴァルが不安げにミトを見る。
「姉ちゃんと作ったバイン・アウトーもなくなってた」
「そういうことはもっと早くに言う!」
ミトの厳しい口調にカーヴァルは首をすぼめる。
ミトはその子供たちの困った表情を見て、ハッと息をのむ。それから視線を右往左往して、まともに彼らを見ることが出来なかった。
「ごめんなさい。少し、焦ってたわ。あなたたちは何も悪くないから」
額を抑えて、ミトは子供に当たり散らす自分が嫌になっていた。
これまでにも里親に引き取られた子供たちと別れを重ねてきた。それでも、急に姿が見えなくなった柾たちでは別格の喪失感が揺さぶりをかける。
特に柾とフォノは一番長く、そばにいて生活してきただけあってショックである。これが〔アル・ガイア〕がらみのことであったなら、まだ機体の性能を信じて安心はできたはずだ。
「ちゃんと見ていなかった、あたしが悪いだけだから」
「ミトさん、どうする?」
カーヴァルは苦悩するミトに恐る恐る問いかける。
と、アイランドの出入り口が再び開いて、ぞろぞろと役員会の老人たちとそれを護衛する男が四人ほど出てくる。
「何を騒いでいる。昼食のしたくもしないで」
町長だった老人がイライラした声で言う。
ミトはその方向に体を向けて、雁首揃えた役員たちを見渡した。
「柾たちが行方不明になったんです。その捜索をしていて、いけませんか?」
「そういうことはきちっと自分の仕事をしてからにしろ。子供まで利用してからに」
役員たちの態度は横柄で強情であった。
ミトが艦長の職を免職されてからは、役員会も声高に艦のことを決められた。彼女の指揮ぶりは即決で結果を残していたのもあって疎んでいたのだ。そして、特に男からすればミトのような行動的な女性は好ましくない。
だから、役員会にとって柾たちの行方不明はミトへの艦の一員としての義務を問いただし、完全に失墜させるいい機会でもある。
ミトは役員会の腹案を思いながら、まっすぐに彼らと対峙する。
「わたしたちの家族がいなくなったんですから仕事に構ってられません。みなさんだってご家族がいなくなったら、探しますでしょう?」
「だが、じゃじゃ馬三人娘だろう? 適当なところをほっつきあるっているのだろうに」
別の役員が言った。
「あなた方はあの子たち見てないからそう言いますけど、昨日から様子がおかしかったの」
ミトが感情的に訴えると、役員会は素知らぬ顔で肩を下げる。
「それでは、お前の監督不行き届きだ」
「このまま行方知れずになるなら、諦めるんだな」
口々に冷徹な言葉を吐いて、最前列の会長はあくびをかいた。元町長だけあって、ミトには煮え湯を飲まされてきた立場だ。私怨を晴らすにはちょうどいい。
子供たちは頭が沸々と怒りで熱くなるのを感じて彼らを睨み付ける。今にも飛びかかりそうな殺気を放っつ。ろくでもない大人はすぐに人を馬鹿にしてずるいと思う。
カーヴァルは拳を握りしめて、一発ぶんなぐってやりたい衝動を抑えた。直感的にミトに迷惑がかかると思い至って我慢する。加えて殴って感情を処理できても、大人たちは報復といって屁理屈をごねるだろうことも予測できた。
しかし、ミトは違った。怒り心頭になって、前列で呆けている会長へと掴みかかる。その俊敏な手さばきに護衛を任された男衆も目を丸くして、硬直するしかなかった。
子供たちもあっけにとられて、ギラギラと鋭い目をするミトを遠巻きに見ることしかできない。
彼女がここまで怒る瞬間を誰も見たことがなかった。
「何があきらめろですって! ああ!」
ミトが胸ぐらをつかみあげて、会長の顔に吠え掛かる。
その怒鳴り声でようやく凍り付いていた場が動き出す。
「は、早く止めろ!」
「や、やめないか! 子供たちの前でっ」
周りが止めに入って二人を引きはがそうとするが、ミトは決して離さない。
「簡単に見捨てるなんて、できるわけないでしょう! 偉そうに言ってるんじゃありません!」
ミトの剣幕に会長は及び腰に彼女と対峙する。衣服の首元を的確に締め上げて、首を絞めていくその拳はまさに狂気であった。
だが、会長も息苦しい中で最大の切り札を使う決心をする。ミト・ハルルスタンがなぜ辺鄙な町に流れ着いた理由に起因する出来事。ミトをどん底に追い込む事実の暴露である。
「そういうところが、お前の息子を殺す結果になったんじゃないのか?」
その瞬間、ふっとミトの瞳から怒りが消えた。
「息子……?」
カーヴァルは周りの子供たちをまとめながら、もみ合いになる大人たちを見る。息子、という言葉は自分たちとは違う特別な響きに聞こえた。
「うるさい……っ」
ミトはそれでも掴んで手を放そうとはしない。周りの引き離そうという力にも負けなかった。
だから、会長の男は無機質になっていくミトの表情が怖くて焦りで饒舌になる。早く精神が折れてくれと願うあまりに。
「それで罪滅ぼしに子供たちを育てては見せているが所詮は自分の体裁を守るためだろう? 母親になりきれなかった女が夢を見すぎたから、三人も愛想をつかしたのではないか? その右足もっ。軽率なお前のせいで失ったんだろう。も少し大人になれ。今のお前に何ができる?」
「何ができる、かって?」
底冷えするようなミトの声。
しかし、怒りで煮えくり返ったはらわたはミトを好戦的にさせる。触れてはいけない古傷を深くえぐった代償は重い。
「あんたを締め殺すくらいはできるのよ」
ミトの手が素早く離れて、会長の皮のただれた首筋を掴んだ。皮一枚隔てて、首の骨の感触が掌いっぱいに感じられた。
会長は大口を開けて、掠れた息を続ける。枯れ枝のような手がミトの細い腕を掴んで訴える。もう言葉を吐き出す通り道は防がれてしまったのだから。
周りの大人たちは顔面蒼白になって、一瞬その光景に目を奪われた。
「あんた殺して、三人連れ戻せるなら喜んでする。何だってするわ」
ミトの手にさらに力が入る。
会長の大きく見開かれた目玉は今にも飛び出しそうで、開いた口からは泡を吹いている。枯れ枝のような指先から力が抜けていく。
「のうのうと生き恥をさらすだけなら、この場で死んでしまった方がよっぽど体裁いいでしょう? そうでしょう!」
ミトが叫んだ瞬間、その背後で唸り声のような音が上がった。
「何!?」
「あ、動く!」
「アーデル・ヴァッヘが動くよ。起きるよ」
まとまっている子供たちが横たわる〔アル・ガイア〕を指さして叫んだ。
〔アル・ガイア〕の頭部側面にある張り出した排気ダクトが展開して、熱風を噴き出す。そして、機械音が増していき上体を起こしていく。
「動く? 〔アル・ガイア〕が……」
ミトは息切れ寸前の会長を捨てて、〔アル・ガイア〕を見上げる。
その四つの眼が赤く、燃えるように発光するのを見てミトから力が抜け落ちた。力んでいた拳が解かれて、彼女の中で怒りが後悔に代わっていく。
その隙を逃さず男二人がミトの左右を取り押さえる。しかし、抵抗のないまま〔アル・ガイア〕を見上げる彼女に不気味さを禁じ得なかった。
だが、彼女のディアンドルのちらっとのぞかせる胸の谷間や柔らかい腕の感触、オーデコロンの香りを感知すると男たちはそんな気分もまぎれた。
「これで出産経験者かぁ?」
肌のつやと張りを見れば、そういう疑問だってわく。
ミトはそんな彼らの言葉など耳にせず、じっと〔アル・ガイア〕の巨体を目で追っていた。
「あの機械の行く先に柾たちは……」
ミトは顎を引いて確信する。
「誰が乗っている? 武器も持たないで!」
役員たちが気絶している町長と〔アル・ガイア〕を見比べながら叫んだ。
彼らにとってすれば〔アル・ガイア〕も他の〔AW〕と変わらない巨大な人形程度にしか認識していない。
しかし、ミトは過去にも似た経験をしている。だから、次に何をすべきかは決まっていた。あとは行動に移すのみである。
「すぐに船を動かして」
ミトは突発的に左右の男を見ていった。
「はぁ? あんた正気か?」
「殺人未遂までして、いきなりなんだ?」
ミトの両脇を抱える男たちは彼女の要求に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。先ほどまで鬼の形相だった女性だ。何をしでかすか知れたものではない。
「あの機体を追えば、柾たちのいるところにつくはず」
「誰かが動かしてるんだろ?」
「減らず口をたたいてないで、すぐに後を追いなさいよ。どうせ、羅針盤も壊れてて、針路を決められていないんでしょう?」
ミトの言葉に男たちは呻いた。
「動く手掛かりになるかもよ」
ミトの意見に男たちは息をのんだ。
カーヴァルたちもミトを抑える男たちの下に縋り付く。
「状況を考えなよ。あの人、偉そうに言うだけで何もしてないだろ! ミトさんのほうが立派にみんなこと、考えてくれる」
「しかし――、こらっ。ズボンを脱がそうとするな!」
縋り付く子供たちは抗議の声を張り上げて、ミトの拘束を解こうと必死だった。
その時、〔アル・ガイア〕が雑な着地をして甲板が一瞬傾く。ドッと足の裏がしびれる振動が走った。クレーンに吊るされっぱなしの汎用機関銃も大きく揺らめく。
ミトは男たちのふらつく足に顔をこわばらせながら、片足でどうにかバランスを取る。
「んっ。待ってるだけでは、状況は好転しないわ。役員の人も!」
ミトは肩越しにそそくさと逃げるようにする役員たちに怒鳴った。
彼らはへっぴり腰で残る男二人に気絶している会長を運ばせながら言う。
「お前のいうことなど聞けるか! さっさと部屋に閉じ込めておけ」
吐き捨てて、役員たちはアイランドへと戻っていった。
拘束する男たちは子供たちに足蹴にされたり、ズボンを下ろされそうになったりと四苦八苦する。彼らの傲慢な態度には甚だ遺憾であった。
「わかった、わかったよ! お前たちのお母さんのいうこと、聞いてやるから」
「だから、脛を蹴るな!」
男たちはミトから腕を放す。
子供たちは怒った顔をむけながら、ミトの周りに集まる。
「ごめんなさいね」
ミトは涼しげに言う。
「別に。役員よりは確かにあんたの方が方針としてはマシになりそうだから。今は従っておく」
「ありがとう。すぐに艦橋に上がるわ。あなたたちはみんなに出航準備を伝えて」
ミトに頼まれたカーヴァルたちは意気軒昂になって、駆け足で行動を開始する。
ミトもその後を追うようにして歩き出す。
「必ず見つける。必ずっ」
ミトの頭には町長から言われたことがまだ響いていた。
取り戻せない過去。そのことをいつまでも公開している余裕などない。今を生きている子供たちのためにまがいもののの母親だとしてもやらなければならない。
「発進準備、急ぐわよ!」
彼女の鋼の意志は揺らぐことなく、〔エクセンプラール〕の指揮官として復活を遂げる。




