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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十章
75/118

~北海~ 一件落着?

 (マサキ)たちが海から帰ってきたのは、お昼を過ぎようとしたころである。


 怪物騒動から帰港した修道騎士団の艦隊に多くの人が見物にいき、ロッテルダムは一時騒然となった。牽引される機帆船を見れば、何事か海で起こったことなどすぐにでもわかる。


「修道騎士団がボロボロになって帰ってきたぞ!」

「海で何かあったらしい」

「商会ギルドから発表だとよ。怪しいぞ、こりゃあ」


 その話がすぐにも町中に伝播して、陸路の港まで人がいなくなってしまうほどである。


 そうした隙をついて、〔アル・ガイア〕は〔エクセンプラール〕に戻ると、すぐに幌で隠す作業が始まった。彼女たちの帰りを待っていた子供たちはすぐに動いてくれた。自分たちのできることをよく理解しているのだ。


「ありがとう」


 (マサキ)はバケツを持ってハッチから降りると、幌と繋がる綱を引く男の子の頭をくしゃっと撫でた。


 その男の子は一瞬不服そうに頬を膨らませたが、(マサキ)は愛想笑いをしてアイランドのほうに歩く。その途中で機体を伝って降りてくるフォノと結子(ユイコ)と合流する。


「朝からどこ行ってたの?」


 と、その行く手を阻むようにしてミトが開口一番、降機してきた(マサキ)たちを問い詰める。腕を組んで、ふんぞり返る姿は彼女の説教をするスタイルでいつにもなく怒っているようであった。


「ごめんなさい!」


 三人はその姿を見るなり、彼女の前に駆け寄ると間髪入れず頭を下げた。ご立腹のミトの前では緩んだ行動はご法度だ。そのことは新参者である結子(ユイコ)にもこの旅の中で痛いほど痛感している。


「あの、これ、お土産……、です」


 それから、(マサキ)がおずおずと頭を上げつつ、持っているバケツを前に差し出す。


「なぁに、これ?」

「お魚、取ってこようとしたんだけど……」


 結子(ユイコ)は頭を下げたまま、一瞬上目づかいにミトの様子をうかがった。肩にこぼれる束ねた髪が首筋をくすぐる。


 ミトは怪訝そうに片眉を上げると、上体を倒してバケツの中をのぞき込む。


 そこには色とりどりのサンゴが詰まっていた。大きく枝を広げた立派なものから小さなものまで、宝石のように色鮮やかである。さながら花束のようでもあり、宝石箱のようでもあった。


 ミトはその中身に思わず目を見張って、呆然としてしまう。


「本当はニシンをたくさん取ってきて、揚げ物にしようって――、ね?」


 (マサキ)は取り繕うように早口に言って、頭を上げる。それから左右にいるフォノと結子(ユイコ)に同意を求めた。


 フォノと結子(ユイコ)もおずおずと首を縦に振りながら頭を上げる。


「あなたたち――」


 ミトはバケツの中身について聞こうとしたが、口を閉じてやめた。今は重要なことではないのだ。


 一度咳払いをして、改めて三人に向きなおる。


「それで、どこに行ってたのって聞いてるの?」

「うっ……。その……」


 結子(ユイコ)がもじもじと肩をすぼめて、手をこすり合わせる。


 それを引き継いでフォノがうなだれながら言う。


「ドーバー海峡まで……」

「ドーバー海峡……、ね」


 ミトは平静を装いながらうなだれる三人を見下ろす。


 朝早くからご苦労なところにまで足を運んだとは思う。魚を捕りに出かけたのならば、わからない話ではない。しかし、〔アル・ガイア〕を動かしてまで遠くのドーバー海峡まで移動したのだ。


「さっき帰ってきたっていう騎士団の船と関係あるでしょ?」

「う、うん……」


 結子(ユイコ)が肯定する。


「もうっ。あなたたちは厄介ごとに首を突っ込んで!」


 ミトがぴしゃりというと、(マサキ)たちは首をすぼめる。


「ごめんなさい」

「謝るくらいなら、最初からしないで。お姉ちゃんでしょう?」


 ミトは〔アル・ガイア〕にかぶせる幌を張る子供たちの方を向きながら言った。


 (マサキ)たちもそれにならってその視線を追った。子供たちの不安げな視線が胸にいたかった。


「ああやって、あなたたちのいったことやってくれてる。それが正しいって思うからよ」

「はい……」

「あなたたちの後姿を見て、育っていく子がいるの。分別をつけるくらいはできてちょうだい」


 ミトのいうことはもっともである。


 (マサキ)たちは船に残る子供たちにとってお姉さんなのである。その肩書きが狭苦しく、閉塞感を生むが年上である以上は仕方のないことだ。それには我慢をするしかない。


「ごめんなさい」


 通り一辺倒な謝罪を口にする(マサキ)たち。


 猛省はしているが、そのことをどう言葉にすべきかわからないでいた。うまく論理を組めない。感情的に突っ走ったツケが回ってきた。


「今後はもう少し考えて、あの機械を動かしなさい。調子に乗りすぎよ」


 ミトは代表格である(マサキ)の額に拳を当てて少し押しやった。


「反省はしてるよ」


 (マサキ)はむくれながら、片手で額を抑える。硬い感触がまだ残っているのが、ミトの意思のように感じられた。


「そう。ならいいけど。あとはカーヴァルたちが情報を調べてるから、それ次第ね。それから、ニシンは西の方じゃとれないわよ」


 ミトはバケツを受け取りながらそう返した。


 フォノと結子(ユイコ)は一瞬目を見張って、残念そうな顔をする。


「そんなぁ……」

「あんなに、頑張ったのに……」


 フォノと結子(ユイコ)の声に、(マサキ)は困った風に両隣に視線を配る。


「でも、物価がよくなる――、と思うから無駄じゃないよ」


 能天気な(マサキ)にはフォノと結子(ユイコ)の心労を推し量れないだろう。


 ミトはその話を言及したかったが、バケツの中に入っている物とを見ると言葉は引っ込んでいく。


「ねぇ、どうしてこのサンゴを取ってきてくれたの?」

「ん? 別に……。綺麗だなって」


 直情的な(マサキ)はミトのほうに視線を移していった。


 ミトは複雑な表情を浮かべて、口元をゆがませる。


「まだまだ、子供なんだから……。これは大切に預かっておくわ」


 ミトはバケツを掲げて見せる。


 もしこのサンゴの意味を知っているのならば、そもそもミトに手渡すようなことはしないだろう。宝石サンゴと呼ばれるものが、安産祈願としてネックレスのような装飾品として重宝されることを。


 そして、高価な宝石にも匹敵する値打ちがあることも。


 三人が小首をかしげている。ミトの預かるという言葉がどうにも腑に落ちないのだ。


 ミトはため息ひとつして、ほほ笑んだ。


「確かにあなたたちには早い話よね」


 踵を返して(マサキ)たちに背を向ける。右足を引きずりながらも、その足取りはいつもより軽く感じられた。


「お昼、取っといてあるから食べにいらっしゃい」


 そのミトの声に、(マサキ)たちは嬉々として返答し後についていった。


                *     *     *


「我々に何の用ですかな?」


 海洋研究所でマルボロは一人の男と対面していた。


 修道騎士団艦隊から脱け出して、ようやく海洋研究所に戻ってきた矢先である。腰を落ち着ける間もなく、来訪者がやってきたので彼も少々投げやりになっていた。


「海難事故の――、いや、怪物についての資料を渡してもらいたい」


 その男は厚ぼったいコートを身に着け、顔をターバンで覆い隠していた。体格の良さはコートの上からもはっきりとしていた。ターバンに隠れて顔の輪郭はわからないが、鋭い目つきだけは嫌にまっすぐであった。


 マルボロは書斎の方で動いている仲間たちに一度目を向けて、再度彼に向きなおった。


「その件でしたら、海洋研究所に預けられています。物価の緩和も商会ギルドから説明があった通りで――」

「この町の自治のことを私は聞いているのではない。その研究権利を含めてこちらに譲ってほしいと言っているのだ」


 男は抑揚のない口調で言った。しかし、その言葉に宿る刺々しさは強権発動を意味していた。


 マルボロは口元をとがらせて、テーブルに置かれた彼の身分を証明する書状を取り上げる。書状の文面を流し読みしながら、男の顔とを比較する。


「修道騎士団にしては横暴ではありませんか?」

「我々は教会の枢機卿らの使者にすぎない。このことは早急に枢機卿、ひいては教皇のお耳に届けなくてはならない」


 マルボロは彼の平坦な物言いに眉を顰めながら、書類の山を運んでくる仲間たちに視線を移す。


 別のスタッフが来客用にと紅茶を用意する。仄かな甘酸っぱいにおいがマルボロのすきっ腹に染み渡る。


「ありがとう。それで――」


 書類がテーブルに置かれる中で再びマルボロは彼と向かい合う。


「この事態をどこで?」

「ロッテルダム港で同士から聞いた」

「あの艦長か……?」


 マルボロは半信半疑につぶやいて、頬骨の張った頬に手を添える。


 彼とてノード教会傘下の修道騎士団である。その使者からの事情聴取ならば話していてもおかしくない。


 男は微動だにせず、淡々と話を続ける。


「不明な点でもあるか?」

「いや、書状も確かに聖トロンメン卿の花押があるし……。問題はない」


 マルボロは証明書をひらひらと振ってこたえた。重要な書類だろうものをぞんざいに扱われても、男の反応は全くなかった。


 その事が逆に不信感と恐怖心を抱かせる。


「失礼。書状はお返しします」


 マルボロは緊張して、書状をテーブルに一度置くと彼の方へと寄せた。


 それでも男は笑うこともなく、書状を落ち畳んで内ポケットにしまう。愛想がないで片付けるには妙に異質な雰囲気があった。


「そちらの研究所、なんと言いましたか?」

「答える義務はない」

「そう、ですか……」


 きっぱりとした言い方にマルボロは面食らった。


 抑揚の乏しい声ながら漂ってくる攻撃的な感じ。逆らわない方が身のためだ、と本能的に感じ取る。


「それより、ほかに出すものがあるのではないだろうか?」

「と、言いますと?」


 マルボロは最後のあがきとばかりに問うた。


 テーブルには資料の束が積み上げられて、同僚が凧糸で縛り上げている。そこには怪物の皮膚ともいうべき鉱物はない。自分たちで研究するには、それが必要だからだ。


 最低それさえあれば、いくらでも研究の再始動ができる。


 男は視線をマルボロから逸らさない。その迫力は対するマルボロには厳しく映る。


「怪物の一部を入手した、という情報も聞いている。それもこちらで運ぶ」

「……恐れ入った。すぐに用意する。失礼」


 マルボロはこめかみに冷たい汗が流れるのを感じて、そそくさと席を立つと書斎の方に足を運んだ。


「どこで聞いたんだ?」


 書斎に入って、マルボロは小さくつぶやいた。


 怪物の一部を保有していることはこの町に住む中では、研究所の同僚くらいのものだ。あとは昨日に送ってくれた小さな少女たちくらいである。その狭い範囲から情報が漏れたとは思えない。


「どういう奴なんだ?」


 怪物の一部の入った水槽を床下の収納スペースから出しながら、マルボロは来訪者の得体のしれない雰囲気に戦慄する。


 詮索を入れるのは危険だ。とてもではないが、自分の命は惜しい。そう感じさせるほどに男の雰囲気は尋常ではないのだ。


 男はまっすぐにベランダの外を見て、梱包が済むまでソファーから動こうとしなかった。どこか心ここにあらず、といった風体を研究所の職員たちは察知しながらも、どこまでも監視されている圧迫感を忘れることはなかった。

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