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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十章
74/118

~北海~ ドーバー海峡の戦闘海域〈後編〉

 修道騎士団艦隊と怪物の群れの攻防は覆らんとしていた。


「爆雷、投下! 敵を海面に誘い出せ。取りつかれるな!」


 右翼にいる旗艦では艦長が声を張り上げて指示を飛ばす。


 冷たい潮風、朝日の鋭い日差しが左へと流れていく。


 爆雷の並んだ爆雷投下軌条にすがりながら、クルーたちが見えない敵の脅威に立ち向かっていた。


 装填された爆雷の長い導火線を切って、起爆時間を調整する。そして、火がつけられると、船尾から排出される。斜線上に展開する両翼の艦隊は間隔を広げながら、爆発の範囲を広げる。


 爆雷が海に沈むうちに、右端についている戦艦に〔マーマン〕二機取りつく。


 阿鼻叫喚。激震する甲板、艦内で人の体が軽々とバウンドする。


 ヘリに鋭い爪が突き刺さり、這い上がらんとする巨躯にクルーたちは叫び逃げ惑う。僚艦はそれを目撃しながらもただ見ていることしかできなかった。大砲を打ち出せば、機関部の爆発に彼らを巻き込んでしまう。


 都合よく射撃ができるはずもない。


「クソッ!」


 難を逃れた艦は悔しさに歯噛みするしかなかった。


 後方で爆雷の鈍い音が連鎖する。海中に潜む怪物の群れが四方八方に逃げていき、分散する。


 合わせて、取りつかれた艦影はきしんだ音を立てて力任せに横倒しにあった。クルーたちが冷たい海に無慈悲に放り出され、叩きつけられたマストが盛大に折れる。


 機関部の炎が艦体に燃え移り、海上に火柱が上がった。甲板の板が松ぼっくりのようにはじけ飛んで海へと落ちていく。


〔マーマン〕は転覆した艦をなぶりながら、黒煙の中から次の獲物を定めていた。


 艦隊のクルーたちに戦慄が走る。


 次の瞬間、その〔マーマン〕二機の腹部から鋭い銛が突き抜けていった。朝日がその切っ先をきらめかせて、続くワイヤーの筋が流星のごとく輝く。


「何だ!?」


 マルボロは顔にかかる水しぶきを払って、後方に流れていく炎上する艦に注目した。手すりにしがみついて、上下に激しく揺れる甲板で彼は腰砕けになっている。それでも、研究意欲が彼の観察眼を鋭くさせていた。


 右翼艦隊の中央に位置する旗艦にもその金属のきらめきは目撃でき、各艦でも注目された。


 そして、勢いよく海中にワイヤーが引き込まれ、銛の返しが怪物の腹部をとらえて引きずり込んだ。盛大な水しぶきと騒音が鳴り響いた。


「引き込んだ!」


 結子(ユイコ)がマルチ・ハープーンの着弾を確認して、クラッキングのサーキットを奔らせる。規格がわかっている機体だ。〔アル・ガイア〕の埃をかぶっていた電子兵装を使うのも有効なはずだ。


〔アル・ガイア〕が海中で待ち受ける。


 気泡を巻いて暴れ狂う〔マーマン〕二機がでたらめな軌道を描いて泳ぎ回る。


 釣りの駆け引きに似た攻防。ワイヤーが絡まり、巻き上げるウィンチも緩急をつけて相手のリズムを崩す。機械である〔マーマン〕に体力消耗という概念は期待できない。


「うっ。機体が――」


 フォノが狼狽するとともに、〔アル・ガイア〕の脚部が海底から一瞬離れた。浮遊感が襲い掛かり、緩やかに黒い巨体が再び深海に足をつける。


「あと少し――」


 結子(ユイコ)は揺れる操縦席でつぶやいた。


〔マーマン〕二機の力泳は凄まじい。クラッキングを受けて制御系統を剥奪されかけてなお、その動きによどみがなく機体に銛の返しが深く食い込んでいくのもかまわない。むしろ、力ずくで引き抜こうとしている。


〔アル・ガイア〕は両腕部で絡まったワイヤーを掴み、手繰り寄せようとする。しかし、足元が固定されない。


「このっ! 暴れまわるなら――」


 (マサキ)は操縦桿にあるコンソールスイッチを叩く。


 固定できないのならば、固定できるようにするまでのこと。


〔アル・ガイア〕はサイド・ラックにある両方の鞘を反転。鯉口を真下に向けると、一気にカタナの柄を射出した。


 ドッと水を貫いて伸び上ったカタナの刀身。それが楔となり、柄が深々と深海に突き刺さった。


〔アル・ガイア〕が腰を落として、〔マーマン〕二機の動きを完全に封じ込んだ。張りつめたワイヤーが震える。操縦桿の手ごたえが重いものに変わった。


「とらえた!?」


 フォノは機体が固定されたのと、暴れまわる〔マーマン〕とを比較していった。


 刀身がたわみながらも、しっかりと〔アル・ガイア〕をつなぎとめる。少しでも気を緩めたら、サイドのハードポイントが砕かれてしまいそうだ。


「よし。できたっ」


 結子(ユイコ)がクラッキング完了の表示を見ると同時に〔マーマン〕二機の動きが大人しくなる。新たに立体スクリーンが表示されて命令を待つ二機のステイタスが出力される。


「絡まったワイヤーが網になってくれるはず――、行って!」


 結子(ユイコ)は〔マーマン〕二機に簡易的な命令プログラムを植え付ける。


 そして〔アル・ガイア〕は射出装置からワイヤーを切り離す。


 同時に〔マーマン〕二機は左右に広がって絡まったワイヤーが適当なところで結び目を作り、海面でうごめく群れの中へ飛び込んでいった。


(マサキ)!」


 (マサキ)は跳ね上がった結子(ユイコ)の声を聞くと、条件反射的に何をすべきなのかを悟った。


〔アル・ガイア〕は楔となっているカタナを収納すると、スタック・スラスターの圧力を使って跳躍する。水の強い抵抗をもろに受けながらも、スラスターの圧力で無理やりに突き進む。


「何だ? 同士討ちか!」


 左翼に展開する艦からそう言った声がたつ。


 修道騎士団のクルーたちはどよめきたって海上を見据える。


 中央でジタバタともがく数機の〔マーマン〕の機影が確認できた。海面に顔を出すさまはおぼれているようにも見えたし、隣接する機体にかみつき、爪を立てるさまは混乱そのものであった。


 その後方、西の暗い空に巨大な水柱が上がる。豪快な音が響きわたり、水しぶきが飛び散る。


 そこから〔アル・ガイア〕が東の鋭い朝日を浴びて、西の薄明かりの空にスタック・スラスターの閃光をふりまいた。


「何の光だ!」

「別の怪物だ!」


 旗艦の艦長とそれを見たクルーの一人が叫ぶ。


「海上に出た。フォノ、お願い」

「了解。相手は見えてるわ」


 フォノはそう言って、汎用機関銃(ドゥーオ)を起動させる。


「難破船はあそこか――っ」


 (マサキ)は右後ろで黒煙を上げる横転した戦艦を確認して、操縦桿とフットペダルを慎重に扱った。後ろと前方を交互に見る操縦、さらに降下していく機体を制御するのは神経を使う。


〔アル・ガイア〕はスラスターで機体をその方向に流しつつ、補助アームに懸架した汎用機関銃(ドゥーオ)を右わきに回しこんで右のマニピュレーターに保持させる。肩上でも、補助アームがうまくサポートしてくれる。


 照準、発砲。


〔アル・ガイア〕が海上に出ている〔マーマン〕にフルオートで弾丸を叩き込む。身が軽いと感じると同時に風の切るシャープな挙動が気持ち、機体を元気にさせているようであった。


 雨あられと降り注ぐ弾丸に、〔マーマン〕たちはハチの巣にされていく。細かい水柱が凸凹とたち、柔らかい装甲が肉片のように飛び散る。水飛沫が燐光のように輝きを放ち、海の群青の絨毯を彩った。


「――っ」


 (マサキ)汎用機関銃(ドゥーオ)の反動からくる揺れに顔をしかめて、艦隊行動から外れている難破船を見据える。


 黒煙で足場がよくわからなかったが、とにかく赤く燃えている部分は海面に出ているはずだ。


 (マサキ)は大きく息を吸って、集中するために息を止める。前進がこわばて緊張する。


「相対距離、速度……。大丈夫だよ」


 結子(ユイコ)は〔アル・ガイア〕と着地点との位置取りを修正しつつも、優しく(マサキ)に声をかける。


〔アル・ガイア〕は斉射を止めると、スタック・スラスターの出力を一瞬高めて機体を持ち上げる。そのまま出力を調整しつつ、難破船の上に着地する。燃え盛る船が大きく沈んだ。


 予想以上に着地の衝撃が強すぎた。


〔アル・ガイア〕も思わず膝をつく。もろくなっていた側面の板張りに亀裂が走る。


(マサキ)、右手を使って氷を張って。浮力を得る」

「なんで――、いや、そうか!」


 (マサキ)はいろんなことが頭に流れ込んで一瞬結子(ユイコ)の言葉がわからなかったが、足元に映るはじける泡と迫る海面を見て理解した。


〔アル・ガイア〕は汎用機関銃(ドゥーオ)を一度手から放すと、右腕部を艦体につける。そして、強烈な冷気と共に氷の膜を張っていく。


 機関部の炎上が止まり、かさついた氷の膜が舞う。


 重々しい、氷の伸び上る音が耳を打つ。根を張るように氷の筋が伸びていき、海中から上がる気泡を巻き込んで浮きの役割を果たしていく。


「敵は?」


 フォノが視線を上げた瞬間、耳に入り込む大砲の轟く音に首をすぼめた。


 汎用機関銃(ドゥーオ)の攻撃で傷ついた〔マーマン〕たちは修道騎士団の艦砲射撃を浴びて悲痛な叫びをあげて沈没していく。力尽きるように砲撃の嵐の中で消えていくさまは見ていて気持ちのいいものではなかった。


「何機、落としたの? 艦隊の被害は?」


 (マサキ)は自分たちに砲撃の目が向けられていないことを察すると、周囲に視線を走らせる。


 足場にしている艦があるのだから、そこには人が乗っていたはずだ。海に浮かぶ救難艇は数隻、左翼には黒煙を上げながら航行する艦影が一隻。


 だが、海面の凝固化によって巻き込まれた残骸の中にどざえもんがちらほらと氷漬けになっている。


「敵はこれで――、五機は撃墜したはず……。はずだけど……」


 結子(ユイコ)は修道騎士団の砲撃が止んで、その着弾点に何一つ残っていないことに胸が苦しくなる。クラッキングによって特攻を仕掛けた機体のことが嫌な気分を残すのだ。


 酷い仕打ちをしてしまった。僭主的命令を下して、彼らの機械の身体が砕け散ってしまった。どこか、奴隷の姿を重ねてしまうのは結子(ユイコ)の思いすぎなのだが、感傷を禁じ得ない。


結子(ユイコ)、しっかりしなさい。まだいるんでしょう!」


 フォノが落ち込む結子(ユイコ)を叱責して、汎用機関銃(ドゥーオ)の調子を確認する。残弾に問題はない。あと、二、三回は斉射ができる。


〔アル・ガイア〕がゆっくりと脛まで海水につかりながら、立ち上がる。不安定な足場だが、〔アル・ガイア〕の重量に氷の大地はよく耐えてくれた。


 氷の分厚い膜は半径五〇〇メートルほどにまで広がっている。


「修道騎士団も調子がいいのよ」


 フォノは歯噛みしながらつぶやいた。


 弱った敵に追い打ちをかけるのだから、必死さがうかがえる。姑息だとも思う。フォノには敵を打ち抜いたという自信があったからこそ、少し気持ちが高ぶっていた。


 と、ピシッと氷の大地にひびが入った。


「後ろ!」


 結子(ユイコ)の反応が早かった。


 (マサキ)もフォノも弾かれたように操縦桿を強く握りしめる。


 途端、〔アル・ガイア〕の背後数十メートルの氷が砕けて、トビウオのように〔マーマン〕一機が飛び出した。


〔アル・ガイア〕は修道騎士団に背中を向けるようにして、左足を軸に左機体をひねる。同時に左のマニピュレーターが右の鞘から出る柄を掴んで、大きく弧を描く軌跡を描く。


 (マサキ)たちの視界に相手の巨大な口が見えた。


 同時に、〔アル・ガイア〕の振りかぶったカタナが〔マーマン〕を縦一閃に走る。


 グッと反発する操縦桿の重さに(マサキ)は確かな手ごたえを感じた。


 体を開いて、〔マーマン〕の落下軌道を避けながら、カタナを振り切った時には二枚におろされて氷の上に転がる。


「機械を斬った感じ、じゃないっ」


 (マサキ)は操縦桿からくる反動に思わず喉の奥が詰まった。切った際の断面に視線を移せば、まるで赤身魚のような塊と骨のようなフレームが映る。


 フォノと結子(ユイコ)もその姿態には喉の奥がひきつる。


 背筋に悪寒が走り、お尻にぐっしょりとした汗の感触がした。


 (マサキ)たちは一瞬気が抜けてしまった。そこに甲高い電子音の警報が鳴り響いて、びくりと肩を震わせる。


「いっぱい来る!」


 結子(ユイコ)は気が動転してそんな報告しかできなかった。


 事実、四方八方の氷を突き破って〔マーマン〕の群れが殺到する。立体スクリーンの近距離レーダーにも敵のマーカーがびっしりと表示されている。


「何をっ」


 (マサキ)は熱くなる体の思うままに、フットペダルを踏み込んで操縦桿を押し出した。


 氷の膜は完全に分裂して、機体を支えきれない状態になっている。動かなくてもそのまま海の中で口ぎられてしまう。


〔アル・ガイア〕がスタック・スラスターを全開にして前に飛び出した。スラスターの圧力で無理やり機体を前に押し出しているにすぎず、海上を滑っているに過ぎない。


 水のベールが左右に広がって航跡を残す。


 正面から殺到する〔マーマン〕がブレードを展開して、迎え撃つ。


〔アル・ガイア〕は盾を展開させると、それを押し出して力任せに敵を蹴散らしていく。鈍い衝撃が走り、〔マーマン〕の機体が宙を回る。


「うっ――」


 フォノは衝撃が走るたびに、妙な生々しさを感じる。


 ぶつかっていく感覚は〔カヴァレリー・ポーン〕や〔パンツァー・グランツ〕の時の金属特有の鋭い重さがないのだ。


「フォノ、お願い!」

「う、うん」


 しかし、その感覚に支配される余韻すらなく(マサキ)の声が耳に飛び込んできた。


〔アル・ガイア〕が〔マーマン〕を蹴散らし、切り抜けるとスラスターを噴射して百八十度回答。右腕部に携える汎用機関銃(ドゥーオ)がそれに合わせて斉射する。水のベールもまた弧を描くようにスラスターの角度と同調した。


「いけえええええええ!」


 (マサキ)は大きく体を横に倒しながら叫ぶ。あふれ出る興奮を吐き出すように。


 吐き出される弾丸が横薙ぎに走って、〔マーマン〕に逆襲をかけた。氷の上に着地したのが運のつきである。咄嗟に回避しきれず、遅れた機体は重たい弾丸を腹にくらって倒れていく。


「なんて、機体だ!? あれは!」

「噂の黒い機体――、魔王の眷属か!」


 艦隊を立て直す旗艦の上で、マルボロと艦長が〔アル・ガイア〕の挙動に驚愕した。


 手配されている噂の黒い機体の特徴と聞きしに勝る火力。ドーバー海峡にまで足を運んでいることに修道騎士団の警備網が薄いことを痛感させられる。


 だが今は自分たちの味方をしているとも思うのだ。


「利用するしかない。砲撃、急げ! 氷の近くにいる怪物を蹴散らすんだ」


 艦長はそう叫んで、艦隊が大きく旋回して砲撃体勢を整える。


「艦隊が動く」


 (マサキ)は左へ流れていく景色の中で、左右の艦隊が八の字を描くようにして旋回するのを見た。


〔アル・ガイア〕は斉射を終えると、そのままの勢いで海の中へと潜水。正面から来る衝撃に(マサキ)たちは体を縮こまらせる。水柱が上がり、しぶきが降り注ぐ。


 続いて、背後では砲撃の雨が海中を震わせた。気泡の柱が海中へと伸び上がり、粉々に砕けた〔マーマン〕の機体や武装艦の残骸が沈んでくる。


「敵は、どうなったのかしら?」

「今、探してる」


 フォノと結子(ユイコ)(マサキ)は予断を許さない状況で暗い海中に目を走らせる。機体は海底の暗がりへ引っ張られていく。


 このまま敵の全滅であってほしい。正面切って戦うにしても、体力的に厳しい。加えて、敵の異様な手ごたえは味わいたくなかった。


〔アル・ガイア〕は盾と汎用機関銃(ドゥーオ)を納めて、海底へと着地する。それから振り返って、暗がりの沈んでくる残骸を少女たちは視認した。


「うぅ……。暑い……」


 (マサキ)は首元のマフラーを緩めながら、瞳を左右に振って警戒を続ける。


 海は静かだった。先ほどの攻撃が嘘であったかのように、水の音がすっと頭の奥に染み込んでくる。体の熱が急激に冷やされて、体中に吹き出した汗の冷たさが肌に張り付く。緊張と緩和がせめぎ合って戦闘態勢を解除したい気分を誘発させる。


〔アル・ガイア〕の背部では補助アームによって、汎用機関銃(ドゥーオ)の弾倉交換が行われて幾度か操縦席に鈍い音を響かせる。


 その静けさを破って、結子(ユイコ)が声を張り上げた。


「敵の反応。正面、多数!」


 結子(ユイコ)は指向性のソナーで走査すると、立体スクリーンに結果を表示した。


 画面いっぱいに埋め尽くされる反応。回遊魚の魚群が突っ込んでくるかのようだ、と一瞬思った。あるいはピラニアが弱った動物を殺到するような獰猛さがその結果から出ていた。


「これを全部倒すの! 無理よ!」


 フォノは立体スクリーンに表示された〔マーマン〕の反応に絶叫する。


〔マーマン〕十数機、撃墜しただけでも十分な成果であると思えた。だが、眼前に迫る群れが本隊なら殲滅など夢の又夢である。


 (マサキ)は近づいてくる敵の反応に恐怖を覚える。それでも、逃げるという考えは捨てた。どうやって敵を蹴散らすか、あるいはこの海域から追い出すかを必死に考える。


「――っ! これならっ!」


 (マサキ)が何かをひらめいた。


「何の魚群なんだ!」


 旗艦の見張り台ではすっとんきょうな声が上がった。


 修道騎士団の艦隊でもドーバー海峡の東側から流れ込んでくる〔マーマン〕の影を補足していた。海上を飛び跳ねて泳ぐさまはイルカの群れを想像させ、その装甲がテラテラと朝の強い日差しで反射している。


「こっちに向かってくる」

「直撃するんじゃないのか?」


 艦尾にいるクルーたちが不安の声を上げる。


〔マーマン〕との交戦は予想以上に堪え、正面切って打ち合えるほどの気力が彼らにはなかった。砲弾による攻撃が命中する確率、機雷の効果を踏まえても、目の前からくる大群を打ち負かすことはできない。


 マルボロも左舷の通路から半身を投げ出すようにして、朝日を浴びて向かってくる〔マーマン〕の数に目を輝かせる。


「凄い。海流の変化で回遊する怪物なのか? 群れの叫びでこっちに引き寄せられたのか?」


 好奇心が膨れ上がって、マルボロは興奮した表情で考察する。頭は冴えわたって様々な憶測があふれ出てくる。


「だが、生物ならこの海域を危険と判断したら逃げ出すんじゃないのか? それは困るっ!」


 マルボロは大きく上下する床を手すりにつかまりながら操舵室へと急いだ。


 艦隊が〔マーマン〕の群れに攻撃で身の危険を感じて逃げ出すようなことがあれば、この海域には戻ってこない可能性がある。学習能力がいかほどかわからないが、彼らの知能指数は高いとみていい。


 近寄らなくなったら、二度とお目にかかれないかもしれない。マルボロにとって大事な研究ができなくなることと同義だ。


 彼が操舵室へ上がる階段に差し掛かった時、艦長の声がとどろいた。


「すべての艦に伝達しろ。爆雷を散布後、回避行動には入れ。繰り返す――」

「冗談じゃない!」


 マルボロがそういった時にはすでに旗艦の針路は大きく左に傾いて回避行動に入っていた。


 階段に駆け寄ろうとした彼の体が傾いた床に転がって、手すりに背中をぶつける。


「あ。メモが――!」


 その衝撃で手にしていたメモが手元から離れて、大きく波を立たせる海へと落ちてしまった。


「最悪だ!」


 彼の絶叫がクルーたちの喧騒の中に埋もれていった。


 左右の艦隊がそれぞれに持てる爆雷すべてに火をつけて投下すると同時に末広がりに艦隊が動いていく。導火線の調整をしている余裕などなかった。とにかく火をつけた矢先から海へと散布していく。


 〔マーマン〕の群れはその動きに対して何ら関心を抱かず、まっすぐに海の底にいる〔アル・ガイア〕へと突進していった。


「爆弾が落ちる音を確認した」


 結子(ユイコ)が報告すると、(マサキ)は不敵な笑みを浮かべる。


〔アル・ガイア〕はカタナを納めると、鞘を反転させて楔を打ち込んだ。機体を固定し、迎撃の準備に入る。


「本当にできるの?」

「時間がないんだから。質問はあと」


 (マサキ)はフォノの不安の声を一蹴して生唾を飲む。


「艦隊の爆弾を利用させてもらんだから……」


〔アル・ガイア〕が左腕部の盾の基部に右のマニピュレーターをかける。そして、盾の基部がマニピュレーターの合間を抜けて展開される。液体金属を張るワイヤーがその指先に引っかかる。


 無理矢理に張りのばされた盾は十文字型の形を形成した。まるで風車の羽のように雄大で重々しいスクリューとなった。


「回転軸、よし。角度、調整。出力最大で回して」

「こんな風に使えるなんて聞いてないわ」


 結子(ユイコ)のナビゲーションにフォノはぶつぶつ言いながら、モニタに映っている左腕部が右腕部によって支えられているのを見ながら、機体の出力を盾を接合する回転軸に集中させる。


 即席のスクリューがゆっくりと回転しだして、重たい水をかきまわしていく。水の流れは予想以上に重く、回転数が思うように上がらない。


「お願い、頑張って」


 フォノは祈るようにつぶやいて、出力を上げていく。力技に尽きる行為であったが、〔アル・ガイア〕にならばできると信じて上げ続ける。


「爆弾が爆発する前にできれば――っ」


 (マサキ)は立体スクリーンに表示されている左腕部のデータを一瞥し、回転数を上げていくスクリューの振動に体が震える。


〔アル・ガイア〕といえど規格外の使用用途に左腕部はブレつづけ、それを抑える右腕部にも負荷がかかる。機体全体が軋む。左腕部は早くも過熱して、水泡の玉が浮かび上がる。カタナと脚部で支えていても、海の水を回転させることは予想以上にエネルギーの消耗を強いられた。


 スクリューが水をまいて、気泡が翼の先から発生しだす。その気泡が螺旋を描いて、前に押し出されていく。


 回転数が数千を超える。基軸が今にもへし折れそうになる。それでも機体は粘り強くさらに回転数を上げていく。


「そう、いけるっ! いけぇっ!」


 (マサキ)はガタガタと振動する操縦席で喝を入れるように叫んだ。


 瞬間、〔アル・ガイア〕の眼前に竜巻が生まれた。


 獰猛な水の螺旋流が水龍のごとくうねり、海底の砂を巻き上げ〔マーマン〕の群れへと突進していく。荒れ狂う水が投下された爆雷を飲み込み、一気に怪物の群れの中心へと運ばれる。


(マサキ)、押されてる!」


 フォノは〔アル・ガイア〕が竜巻を受け止めきれず、のけぞっているのを言った。


「スラスター、展開。押し込む!」


〔アル・ガイア〕の背部スタック・スラスターが噴射されると、状態を戻して竜巻を支えた。


 海の中の竜巻に〔マーマン〕たちは察知しながらも、その巻き上げる力に次々と引き込まれる。そして、彼らが目の当たりにしたのは導火線が達した爆雷の数々であった。


 海中で幾重もの爆音が轟く。竜巻を吹き飛ばし、〔マーマン〕の群れを粉砕していく破壊力。


 海上が大きく盛り上がり、巨大な水柱が天へとそそり立つ。


「機関最大。取り舵、いっぱい。引き込まれているぞ!」


 修道騎士団の艦隊は降り注ぐ塩水を浴びながら、発生した乱流に艦体を逃すのが手一杯であった。


 怪物たちがどうなったかなど、知ったことではない。


「我らが主よっ! 我らをお守りください!!」


 クルーたちもマストや手すりにしがみついて、神に祈りをささげるほかなかった。


 マルボロは塩辛い雨に口をすぼめながら、大きく揺れる海面を引き返していく怪物のシルエットを見た。


「逃げるのか、クソッ!」


 彼にとって最大の研究対象が海域から姿を消していくのを口惜しく、怒りを覚えながら呻いた。


「稼働限界。コンデンサのテンションが下がってる? せめて、空気くらいは……」


 結子(ユイコ)は頬に張り付く髪を後ろに送って、生命維持装置の補助電源を入れる。


 スクリューの回転を止めて〔アル・ガイア〕は石像のように固まるほかなかった。力のほとんどを使い果たし、各アクチュエータも熱暴走寸前で冷却が施される。


 左腕部に至ってはよく回転軸が折れなかったと称賛を送るべきだろう。


「敵は引いたみたいだけど……。はぁ」


 フォノはスカートのすそを持って上下に揺らす。太ももの蒸れている感じがひどく気持ち悪い。


「どういう機体、だったのかな?」


 (マサキ)は〔マーマン〕のデータを呼び出しながら、マルチ・モニタを見据える。生き残った群れは引き返していき、攻撃の気配はなくなっていた。


 この先、北海に侵入してくるかはわからない。そもそも彼らがどこから来たのかも皆目見当がつかない。だが、もし彼らに考えるだけの力があるのならばこの海域にはそう簡単には戻ってこないだろう。


 怪物たちはどこから来て、どこに帰るのか。


「イルカのように、自由気ままに泳いでただけだったのかな?」


 (マサキ)はふとそうつぶやいて、顔を上げる。不確かな疑問を抱きながらも、〔マーマン〕が機械でありながら、生物のようにふるまったのには何か意味があるような気がしてならない。


 その深い、海の底に〔マーマン〕の破片が降り注ぐ光景はおぞましくも儚い。


 あ、と(マサキ)は口を半開きにして、その光景の向こうで引き返していく明るい青色を見る。その寂しげな一瞬の煌めきに何とも言えない空しさを感じずにはいらなれなかった。


〔アル・ガイア〕はかすかに海面から降り注ぐ光を浴びて、そのくたびれた身体を温める。


 海の水は冷たく、機械には辛いだけの環境。四つのセンサーアイが潤んだように淡く発光する。

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