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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第十章
73/118

~北海~ ドーバー海峡の戦闘海域〈前編〉

 北海の朝焼けを臨みながら、修道騎士団の艦隊はグレートブリテン島の海岸沿いを右舷にとらえていた。朝日を背に受けて、星の輝きの失せた海原を正面にするのは不気味である。


 機帆船の戦列はマストを広げ、修道騎士団の軍旗を掲げて進む。船の中心にある煙突は今は静かで、蒸気機関が動いていない。左右の外輪は水をひっかくようにして、航行速度を低下させている印象を与える。


 それでも吹く風は上々であったから、艦隊は順調な航海をしている。


「この海峡で目撃したのか?」

「はい。ドーバー海峡近くで確かに」


 防寒具を着込んだ修道騎士と話すのは、マルボロ・コルリッヒである。むき出しの操舵室の上で、羅針盤と周囲の景色を見比べて丹念にメモ帳に走り書きをしていた。


「熱心なことだ」


 艦隊をまとめる修道騎士はマルボロを見て皮肉っぽく言うと、厚手の防寒具の襟を立てて、白い息を吐き出した。秋の冷たい北の海、それも朝日も昇り切らない時分であれば、その冷たさは体にこたえた。


「いえいえ、いつものことですから」


 マルボロはメモを取ったまま、淡泊に答えた。学者として小さな変化や状況の変化に対して敏感であらねばならない、と自負しているからだ。


「今回は怪物の生態を知るためにあなたを同行させたが、海洋研究所のいうことは本当に正しいので?」

「神様を信じているわりには、そういう超常的なことには疎いとおっしゃる」


 マルボロは浮き足立った様子で艦長の横につくと、目を輝かせて正面の暗い海を見た。それから水平線をなぞるようにして、ペン先を宙にゆっくりと走らせる。


「神が創り給うた世界を証明することにこそ、神の存在証明になるのですよ。まだ見ぬ生き物がいるならそれは新たな一歩ではないのですか?」


 科学的見地はロマン的な部分を内包している。ノード教会の神なる存在が世界を創造し、あまたの自然法則によって世界を回している。現象すべてに神の息吹が宿る、と教義では言われている。


 信仰心の強い学者ならば、存在証明のためにそうした言い分を並べることもある。


 艦長はそうした人間には何人か乗せた経験もあって、学者のズレた意識に肩をすくめる。


「わからないでもないな」

「修道騎士様はあまり信仰熱心ではないようだ」


 マルボロは艦長の様子を一目見てすぐにわかった。


「方便だったか?」

「私はそこまで無神論者のつもりはないですよ」


 どうだか、と艦長は操舵室のへりに歩み寄り手をついて、大木のようなマストの天頂を見上げる。巨大なマストが風を受けて大きく膨らみ、天頂部にある見張り台と吹流しの揺れを確認する。


「艦はいい風に乗っている。海も穏やか。もう少し、進みますか?」

「ドーバー海峡が見えてきたら、そうしましょうでも今は――」


 と、マルボロの声を遮るようにして、数キロ先で巨大な水柱が上がった。


「何事だ!」


 艦長は上下する床を器用に走って、見張り台に直結している伝声管にかじりついた。


「うおうっ」


 マルボロはしりもちをついて、慌ただしく動き回る騎士たちを目で追うのがやっとであった。


 緊張感が一気に高まる。


「状況知らせ!」

「海面下に何かいます。移動してます!」


 見張りからの上ずった声に、艦長は顔をしかめて伝声管をにらんだ。


「どういう意味だ? 正確に言え!」

「右舷に巨大な影がっ」


 伝声管から声が上がると同時に、艦隊の右舷の海面が切り裂かれて巨大な影が飛び出した。


 艦長やマルボロ、クルーたちはその朝日向かって飛び出した〔マーマン〕の青い姿態を目撃する。


 一瞬の出来事。クジラが海面で大ジャンプをするかのような、ダイナミックで圧倒的なインパクトが彼らの目に焼き付く。しぶきをあげてその巨体が再び海中に潜水すると、巨大な波が立って艦隊が戦列を煽った。


「何だ今のは!?」

「怪物ですよ。言ったでしょう!」


 動転する艦長に言いながら、マルボロは傾いた床を駆けて右舷のヘリに腹をぶつけるようにしてしがみついた。


 海面は白い気泡が浮かび上がり、波がゴウゴウとすさまじい音を立てている。


「すごい……。ブリーチングをするのか?」


 マルボロはヘリにしがみつきながら、興奮した表情でメモにペンを走らせる。


「エンジン始動。帆ォ、畳め! 戦闘準備!!」


 艦長の声が轟くと、副艦長が復唱。全体へと命令が下っていく。


 見張り台でも光信号によって周囲にも伝達される。各艦でも、動きがあわただしくなってきた。


「例の爆雷とかいうの用意しろ! コルリッヒ学士」


 艦長はじっと海を観察するマルボロに駆け寄って、その肩を強引に引いて目線を合わせる。


「あんたらが開発した対潜爆弾、使うからな。指示を頼む」

「りょ、了解」


 マルボロは血相を変えて、爆雷のことを思い出すと慌てて船尾のほうへと走って行った。


 この日のために水中用の爆弾を作ったのだ。修道騎士団とロッテルダムの造船技師たちの協力もあってどうにか戦えるだけの数を用意することができた。


 艦長はクルーとすれ違うマルボロの背中から視線をそらすと、次の指示を飛ばす。


「気合を入れろ! 相手は海の怪物だ。海中への注意を怠るな!」


 その怒声に鼓舞されて、クルーたちは力を合わせて帆を畳んでいく。


 艦長にしても、初めての試みである。海中の標的を相手にするなら、漁師のほうが向いている気もした。だが、相手が鯨並みに巨大と合っては漁業のノウハウでは片付かないだろう。


 艦隊の帆が畳まれて、煙突から煙が上がると外輪が回りだす。水をかいて、さらに東へと進路を進める。


 北東には朝日を浴びたドーバー海峡の白い崖がかすかに見えてきた。


               *     *     *


「潮の流れに機体が――」


 (マサキ)が現在位置を示すスクリーンを一瞥し、いつもより重たい操縦桿とフットペダルの反応に顔をしかめる。


〔アル・ガイア〕は海底七〇メートルで汎用機関銃(ドゥーオ)を構えつつ、白い砂浜に着地した。水中で跳躍すれば、海流に揉まれて着地点をうまく定められなかった。


 朝の早い時間は昼以上に視界を悪くしていたが、機体を無事に海に運び出すにはこの時間を選ばざるを得なかった。


「背後から二機! さっきの相手」


 結子(ユイコ)の利発な声に、(マサキ)とフォノは即座に対応する姿勢を取った。


〔アル・ガイア〕は左脚部を軸足に、右ふくらはぎにあるスタック・スラスターを噴射。綿のような気泡を噴き出して、機体が反転する。その暗がりの先に〔マーマン〕二機のシルエットがあった。


「――んっ」


 フォノはすぐさまセミ・オートでトリガーを二回引いた。


 汎用機関銃(ドゥーオ)の銃口からドッと鈍い音が伝わり、液体金属の弾丸が飛び出す。二発の弾丸は水中で軌跡を残し、〔マーマン〕へと何とかまっすぐ飛んでくれた。


 が、ここは空気よりもはるかに重たい水が支配する空間。超伝導による伝導率が分散され、さらには弾道も思った通りの軌道を描くのはまれなことである。


〔マーマン〕二機は弾丸を避けるなり、弾道の気泡をなぞるようにして突進してくる。頭部を大きく開いて、のこぎりの歯が迫る。


「早いっ」


 (マサキ)は相手のプレッシャーに顔をひきつらせた。


〔アル・ガイア〕は左腕部と構え、盾を展開し迎撃する体勢を取った。


 だが、機械である〔マーマン〕には自身が傷つくことに恐れなどない。水を強く蹴り、その勢いのまま一機は左腕部に食らいつき、汎用機関銃(ドゥーオ)の銃口を丸呑みにした。


「こいつら、怖くないの? どうして!」

「撃つからね!」


 (マサキ)は小刻みに揺れる操縦席で不安な気持ちを吐き出すと、操縦桿を押し出した。


 フォノも警報の鳴り響く中で射撃管制をオートに切り替えるとトリガースイッチを押し続ける。


〔アル・ガイア〕は〔マーマン〕二機に押されながらも、左腕部の盾を展開、汎用機関銃(ドゥーオ)からは嵐のごとく弾丸が吐き出される。


 展開した盾によって左腕部に食らいついていた〔マーマン〕は頭部がはじけ飛ぶ。もう一機は腹いっぱいに液体金属を叩き込まれて、空気を入れられた蛙のように膨れ上がる。


 ドブゥッ!!


 限界を超えて膨れがった〔マーマン〕の姿態が重々しい音を立てて破裂した。激しい水の乱流と気泡の嵐が容赦なく〔アル・ガイア〕に襲い掛かる。


「うわぁっ!」


 結子(ユイコ)は真っ白になる視界と水泡のパチパチとはじける音に目を白黒させる。


「一機目っ。けど――」


 (マサキ)は操縦桿とフットペダルを動かすも、〔アル・ガイア〕の体勢を維持できなかった。盾を構えて、操縦者への負担を受け流していたが、機体は真っ向からの衝撃に吹き飛ばされ、脚部が浮かび上がっていた。


 背中がジワリと冷たい汗の感触を感じ取る。


 そして、瑠璃色の海面が少女たちの正面に来ると、気泡を突き破って頭のない〔マーマン〕が覆いかぶさってくる。その腕部には三日月形の刃がギラリと伸びていた。


 息をつかせず、〔マーマン〕の刃が振るわれた。


〔アル・ガイア〕はかろうじて展開した盾で受け止めると、すかさず応戦。弾丸が相手の腹部に何発も叩き込まれるも、軽やかな動きで海上へと後退をかけていった。


〔アル・ガイア〕が海底に倒れこむ。


「頭吹き飛んだのにまだ動くの?」


 (マサキ)は暗闇に逃げ込んでいく〔マーマン〕の機体を必死に目で追いかける。顔ごと動かして、早朝の一層深い暗闇に歯噛みする。


「人の乗っていない機械だもの。どんな無茶だってできるのよ」


 フォノも胸に手を強く押し当てて、大きく呼吸を繰り返す。


「中枢回路が心臓のところと下腹部にあるみたい。それを破壊しない限り、動き続けるってある」


 結子(ユイコ)が〔マーマン〕に関するデータを探り当てて、(マサキ)とフォノに伝達する。


「フォノ、接近戦に変えるよ」

「わかったわ」


 送られてきたデータと環境をかんがみて、二人は即座に判断を下した。


 水の中では射撃武装はその本来の破壊力を出し切れない。幸いにも、敵は白兵戦を想定した装備をしている。無理に遠距離戦を仕掛けることはない。向かってくる敵を着実に撃破するまでだ。


〔アル・ガイア〕は背部スタック・スラスターを噴射して飛び起きると、盾と汎用機関銃(ドゥーオ)をしまった。盾はもろに海流を受けて、動作を鈍くさせてしまう。加えて機体のバランスを保つために、控えるべきだと判断した


「敵は?」

「背後から一機くる!」


 結子(ユイコ)の警告と共に、(マサキ)はフットペダルを切り返して、操縦桿を力任せにひねった。


〔アル・ガイア〕が鈍重な動きで振り返り、左サイド・ラックにある鞘から刃を展開させる。そして、その柄を左腕部がつかんだ。


 ゴォウッ!


〔マーマン〕の腕に生えた刃と〔アル・ガイア〕のカタナが激突する。水の中で鈍い音が伝播し、(マサキ)たちの脳髄を揺さぶった。


〔アル・ガイア〕は強引にカタナを抜き放つと、〔マーマン〕の斬撃を受け流す。逆手の抜刀では押し返すことはできずとも、バランスを崩した標的を懐におびき寄せるにはよかった。


「右手、使わせてもらう!」


 (マサキ)は敵の大きく開こうとする口腔を睨み付ける。


〔アル・ガイア〕はおもむろに右腕部を突き出して、その口をふさぐようにして頭部を鷲掴みにした。マニピュレータが握りつぶそうとするのを〔マーマン〕も負けじと口を開く力で対抗する。


「なんか、嫌な音してるけど!」


 結子(ユイコ)はモニタに映る〔アル・ガイア〕の熱せらたマニピュレータが甲高い異音を立てて、水泡を纏っていた。ポップコーンが弾けるようにして、水泡の筋が走る。


 その弾ける音が加速していくと、操縦席に警報が鳴り響いた。マルチ・モニタに緊急ウィンドーがポップアップして溶解マニピュレーターの機能が強制終了される。


 そして、右腕部にまとっていた水泡が膨張、小さな爆発を起こす。重たい衝撃波と水泡の壁が襲い掛かった。


「何?」


 (マサキ)は大きく跳ね上がった右マニピュレーターの弧を描く軌道を視界の端にとらえながら、機体の重心を落とした。


〔アル・ガイア〕の手から逃れた〔マーマン〕は頭部の一部をとかされていた。それでも爆発で頭から海底に落下しながらも、海底に腕のブレードを突き刺して距離を維持する。


「下にまだいる!」


 結子(ユイコ)は足元の暗がりに〔マーマン〕のシルエットを見て肝を冷やした。


 次の瞬間、腕部の力と強い蹴りで垂直に浮上。もう片方のブレードが斬りあがる。


 しかし、(マサキ)の対応も早かった。


〔アル・ガイア〕は逆手のカタナを振って、その軌道を逸らす。ブレードは明後日の方向を鋭く切り裂いた。水の抵抗を感じさせない滑らかな太刀筋。食らえば致命傷であっただろう。


〔マーマン〕は攻撃が外れるや否や、機体を丸めてターンの体勢に入る。そして、〔アル・ガイア〕の胴体を蹴って離脱。


「すごい。あれが機械の動きなの?」


 前後の揺れに耐えて、フォノは離脱していった〔マーマン〕の動きに感服した。


 今まで戦ってきたどんな機体よりもしなやかで生々しい。水中に順応して進化を遂げた生物のような、異様な印象を植え付けられる。


結子(ユイコ)、右手は使えないの?」

「溶解するのには制限がかかってる。凝固する分には使える。動いてよ……」


 結子(ユイコ)は右腕部のマニピュレータの損傷を把握しながら、機能の普及に努める。


〔アル・ガイア〕の右マニピュレータは痙攣気味であったが、徐々にその動作不良を改善していく。結子(ユイコ)の操作が効いてきたのだ。


「どうして、使えなくなったの?」


 (マサキ)は周囲に目を配らせながら、〔アル・ガイア〕にカタナを正眼に構えさせた。両手のマニピュレーターで保持すると、出っ張った胸部の装甲や機械の関節機構に制限されてどんくさい姿勢になっていた。


 だが、こうでもしない限り全方向からの攻撃に対応しきれない、と(マサキ)は考える。機動力で劣る〔アル・ガイア〕には重心を低くして、返し技で撃破するのが最良であろう。


「水の影響。さっきの爆発、見たでしょ?」

「うん」

「強制終了されてなかったら、機体ごと吹き飛ばす大爆発になってたって予測データが出てる。水中戦向きじゃないよ、この子」

「けど、怪物を倒さないと旅を続けられないわ」


 フォノはこれまでの射撃データを整理して、マルチ・ハープーンの射撃管制にそれを実装させる。水の中での射撃の感触はまだ覚えている。マルチ・ハープーンならば応用がきくだろう。


「怪物……。それが住んでる海……」


 (マサキ)はごちゃごちゃする思考を落ち着けようとひとり呟く。


 早朝の暗い海の底。水の流れる音の中にかすかに響く、怪物たちのうめき声。その数、十重二十重に耳の奥に入り込む音は(マサキ)たちの小さな鼓動よりも重たく、ぬるりとした感触を持っていた。


 人間が住まうことのできない世界の息遣いが、少女たちの柔肌を沸騰させる。


「数は一〇から十五……」


 (マサキ)はウィンドーに表示されたソナーの反応を見て、短く息を吐いた。操縦かんを握る手に力が入る。


 倒しきれるのか。


 そんな不安が胸を貫いた。しかし、その不安に負けない決心が彼女を奮い立たせる。


 自分で踏み込んだ場所だ。自分で選んだ戦いだ。そこから逃げるのはわがまますぎる。


「来るなら、来いっ」


 (マサキ)の意気込みに呼応する様にして、マルチ・モニタの光量が増していく。濃紺の深海が徐々に明るく、澄んだ青色に代わっていく。


〔アル・ガイア〕は四つのセンサーアイが淡く発光、側頭部の回折式カメラレンズが大きく見開かれる。


 正面で交差する敵影が見えた。警戒しているのか、ドルフィンキックで旋回をしている。その数が徐々に増えているのをソナー、および目視からも確認できた。


 その中で、結子(ユイコ)は騒がしく切り込んでくる音源を察知した。


「六時方向から音源多数。船の……、外輪音!」

「修道騎士団の艦隊が来たの。思ったよりも早く展開してきたわね」


 フォノは振り返って、海面を見つめる。


 ゆらゆらと揺れる光のカーテンを引き裂くようにして、修道騎士団の武装艦隊が〔アル・ガイア〕と〔マーマン〕の群れのテリトリーに入り込んでくる。


 次に、フォノの視界に飛び込んできたのは海面から落ちてくる筒の陰であった。砲弾かと思ったが、その筒は船の航跡から落ちてきた。ドラム缶ほどの大きさをしており、ゆったりと沈んでくる。


 (マサキ)たちは砲弾でも誤って落としたのだろうか、と怪訝にその様子をうかがった。


 しかし、彼女たちは気づいていない。その沈んでくるものについている導火線の燃える気泡の筋を。


 後方に回り込む〔マーマン〕の数機が新しい獲物を見つけたとばかりに、艦隊とその筒へと殺到する。機帆船とはいえ、その速度は〔マーマン〕の泳ぎより少し早い程度である。機動力のある怪物は最短コースで肉薄していく。


 だが、艦隊から離れた筒が次々と爆発。


 巨大な水泡の塊が海流を混乱させる。衝撃波が力泳する〔マーマン〕の群れを薙ぎ払い、海底の砂が怒涛の嵐となって吹き荒れる。


「――――っ!」


 (マサキ)たちは背後で膨れ上がる泡と砂の壁に度肝を抜かれる。


 回避しなければ、と思ったときには頭上に艦隊の影があった。


 咄嗟に〔アル・ガイア〕がカタナを海底に突き刺して、ひざまずく姿勢を取った。頭上で大きく左右に開いていく艦隊から爆雷が投下されて、海を震撼させる。


 視界が一瞬光ったかと思えば、真っ暗になり激しい揺れが操縦席に襲い掛かった。


 鈍く、重たい、痛々しい音が耳に残る。


               *     *     *


「踏ん張れ! 怪物がいるんだぞ!」


 艦長は傾く艦体の上で叫んだ。


 急速旋回による遠心力にクルーたちも手すりにへばりつきながら、大きく上下する揺れをこらえた。右翼に展開する彼の艦は左の外輪が浮き上がった状態にあった。


 航跡の後には爆雷の鈍い爆発音と共に水柱が上がり、円形の波紋を残していった。


「敵、七時方向より来ます!」


 見張り台にいるクルーが双眼鏡を構えながら、深い青の中から浮かび上がってくる鮮やかな青の照り返しを認めた。


 彼らに対潜戦術のノウハウなどない。しかし、左右に広がった艦隊の運動は爆雷の威力と機帆船の外輪の轟音に触発されて速度を増していた。


 両部隊のマストが左右に大きく傾き、きしんだ音を立てる。危うい角度の中で、機帆船の部隊が進む。


「七時方向、大砲用意! 取り舵いっぱい! 標的定め!」


 艦長の声に、副艦長も勇気を振り絞るようにして復唱。


 冷たい空気に乗って、スピーカーから命令が下ると、各所のクルーたちは勇敢に床板を踏みしめて動き回る。大砲に鉄球そのものと言える砲弾が詰め込まれる。大の男が二人がかりで砲口から砲弾を入れると、すぐさま別のクルーが木の棒で弾丸を奥へと入れ込んだ。


 不安定な足場ながら、彼らの動きは機敏で装填に一分とかけなかった。


 左翼に展開する艦隊の甲板でもクルーたちが行きかい、体勢が徐々に立て直してくるのを大砲の狙いをつるクルーは目撃する。


「来たぞ! 下がれ下がれ!」


 艦体の床が平行になってくる。外輪の水をはじく音が巨大になってくる。


 右翼艦隊が〔マーマン〕数機の影を補足。水面に背部のヒレのようなものが突出し、水を切る軌跡が描かれる。


「ってぇ!」


 各艦の砲撃命令が来ると、砲撃の轟音が連鎖する。朝の静寂を裂いて、大砲の咆哮がとどろく。


 すさまじいまでの火花が砲口から吹き出し、重たい砲弾が〔マーマン〕へと殺到する。水柱が幾重にもあがった。


〔マーマン〕といえど、炸薬の詰まった砲弾を浴びればその爆発にのけぞって動きが鈍った。左右の艦隊砲撃に挟まれて、怪物たちが海面でのたうち回った。


「よしっ! 命中だ!」


 大砲を扱うクルーが叫んだ。


「こいつは、すごいことになった!」


 旗艦の砲撃を間近で見たマルボロはしりもちをついて、怪物対艦隊の壮絶な一局面に身震いする。


 怪物がどういったものなのかいまだ解明できない。それでも、人類の英知が効いていることへの言い知れない歓喜はとめどなく溢れてくる。


 そして、一体の〔マーマン〕が海上に飛び上がると金切声のような叫びが冷たい空に轟いた。


 怒り狂うように、その一声には敵意が込められていた。

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