~北海~ 青の世界
北海に出るために、柾たちは一度〔エクセンプラール〕に引き返して、〔アル・ガイア〕の起動を急いだ。
何しろ向かう先は深海である。日の明るいうちに行かなければ、海の中は何も見ることができない。
「せっかく幌で隠したのに、出て行って大丈夫なの?」
「今はお昼時でほとんど人がいないから、目撃されたって大した数じゃない」
「そういう問題じゃないわ!」
〔アル・ガイア〕の操縦席でフォノは真面目な顔で楽観的なことを言う柾に怒鳴った。
そこに結子が冷静な声で内線に割り込む。
「フォノは気にならないの?」
「学者さんが持ってた石のことでしょう? わたしたちが原因を究明しようにも場所が場所だから、慎重にしないといけないってことを言いたいのよ」
フォノはヘアバンドにしているアクセサリに触れて、複雑な表情をする。
拡張現実モニタが網膜に映し出した情報は二次元スクリーンとして、今は操縦席に投影されている。そのうえに詳しいデータが次々と算出される。
結子はそれらの情報に対して、関連ワードを抽出して情報を絞っていく作業に追われていた。
「これまでのアーデル・ヴァッヘと違う。きっとこの子に近い技術が使われているんだと思う。水が燃料っていうの、似てるし」
柾はそれを聞いて、短く息を吐いて決心を固める。
「この子が覚えているってことは、何かある。この子にしかできないことが、きっとある」
立ち向かわらなければならない、真実があるはず。
〔アル・ガイア〕が何のために生まれたのかを知る手がかりになるはずだ。
柾は真っ青な空を見上げて、操縦桿とフットペダルを慎重に押し込んだ。
ゆっくりと緩慢な動きで〔アル・ガイア〕は上体を起こしていく。アクチュエーターの駆動音は静かに、甲板をこする音も最小限に努めているつもりだ。
「静かに……、静かにね」
柾は高くなっていく視界で、周囲に顔を動かして様子をうかがう。
倉庫街の屋根が見え始め、通路を行き交う疎らな人影を目にして心臓が高鳴る。中には明らかに〔アル・ガイア〕を指さして何事か話し込んでいる人もちらほらと見える。
「気づかれてるわよ。船のそばにも人がいるじゃないの」
フォノは人の視線を感じて、声のボリュームを抑えていった。
「カーヴァルに人払いを頼んだのに……」
「人選、失敗」
悔しがっている柾に対して、結子は冷徹に言い下した。
「けど、黙認を取り付けてるみたいよ」
フォノは船の周りで見ている人たちに、子供たちが駆け寄っていく光景を目にした。
事前に〔アル・ガイア〕を動かすことは〔エクセンプラール〕の人たちに伝えて、理解を得ている。その中でカーヴァルたちに可能な限り、人払いをするようにお願いをしていた。後処理という形だが、彼らはよく仕事をしていると柾たちは感じ取った。
あとは修道騎士団が出張ってくる前に、素早く移動するしかない。
跪く姿勢をとった〔アル・ガイア〕はクレーンにかかっている汎用機関銃をひったくるようにして掴むと、幌を外して背部の補助アームに懸架する。
「出発するよ」
柾は機体を立ち上がらせながら、広大な牧草地帯を目視する。大きな水路と風車の間隔を確かめ、機体の進める場所を分析する。
そして、〔アル・ガイア〕はスタック・スラスターを展開して跳躍した。青白い閃光に押されて、黒い巨人が大きく跳んだ。吐き出された烈風が倉庫街に流れていき、多くの人が〔アル・ガイア〕の姿を見上げる。
牧草地帯には牧畜の牛や羊の群れが、着地しようと降下してくる鋼の巨人を見て鳴き声を上げる。カランコロンッとカウベルを鳴らして散り散りになった。
「ごめんよー!」
柾は操縦桿のスロットルを回しながら、スラスターの出力を調整して〔アル・ガイア〕を牧草地帯に着地させる。干拓された土地だけあって、柔らかい土壌で着地の瞬間機体が沈んだ。
「町のほう、騒ぎになってないかしら?」
フォノは振り返って、水路を一つはさんだ街並みを見た。
結子はさらに周囲を索敵しつつ、町とは違うのどかな農業地帯を見回した。
「目立った動きはなし。早くいこ」
「了解」
柾はそれを聞いて、機体を再び跳躍させる。
大きな風車を飛び越えて、輸送船が往来できる巨大な水路へと〔アル・ガイア〕が飛び込んでいった。
「結構、視界が悪いわね」
〔アル・ガイア〕が飛び込んだ瞬間、巨大な水柱がたつと同時に川底に沈殿していた泥が渦を巻いて、川の透明度を下げた。
水路の流れに乗って、〔アル・ガイア〕はスタック・スラスターの圧力で川底を這うようにして河口へと出る。
水面から降り注ぐ太陽の光を背に受けて、腕部で川底を掴んで機体を押し上げる。鋼鉄の体はすぐに沈んでしまうために、速度を合わせて機体の押し上げる必要があった。
「与圧、よし。機体も正常。思った以上にすいすい泳ぐ。酸素量、表示しておく」
結子は二次元スクリーンを呼び出して、〔アル・ガイア〕の状態を報告する。水中行動用の音響センサ、光学センサの屈折率の補正、射撃管制の調整が自動で行われていく。
そして、それぞれの操縦席に最重要情報として酸素量のサークルゲージが表示される。円の中には持続時間があり、周りはそれを視覚的に表示したものだ。
「二時間もあれば、十分よ。それよりも上を見てよ。神秘的……」
柾は頭上を見上げて、大きな腹を見せる輸送船と光のカーテンのコントラストに目を輝かせる。
「そうね。けど、この狭い操縦席にいるのって息苦しいわ」
フォノは幻想的な景色に酔いしれるよりも、いつも以上に感じる閉塞感に辟易する。襟元のボタンをはずして、胸元を緩める。
いくら空気と気圧が調整されているとはいえ、見通しの悪い景色では気分もささくれ立ってくる。
「そういわない。ちょっとの我慢だからさ」
柾はいつになく乗り気のないフォノをあやすように言った。
「海に出るよ」
結子が淡々と報告する。それから、デジタルの海図を呼び出す。海洋研究所で見た海図そのもので、彼女の網膜が記録した像をアクセサリを通して〔アル・ガイア〕にインストールしておいたのだ。
「ソナー……っていうの? 位置情報を知るために使うよ」
結子は使ったことのない装備に小首を傾げながらも、操作を行った。
〔アル・ガイア〕は泥土から浅い海のごつごつした岩肌を這うように進み、アンテナ角から超音波を発振。
コーンッ、コーンッ。
染み渡るような独特の音が操縦席に響いて、波紋となって広がっていく。そして、障害物に跳ね返ってきた音波を受信して位置情報を確認する。
結子は跳ね返ってきた周辺の地形と海図を照らし合わせて該当箇所を探った。
「凄い……」
柾は機体を進ませながら、明るい青色の世界に思わず感嘆する。
泥土の川底とは違う、サンゴと岩礁が織りなす透明な水の景色。先を見れば白い砂浜が見え始めてきた。
アクティブ・ソナーが発振されるたびに、眼下の岩に張り付いているカニや魚たちがびくりと体を震わせて岩陰にそそくさと逃げていく。イソギンチャクもその触手や笠を畳んで、〔アル・ガイア〕の巨体が流れていくのをじっと耐えている。
「砂浜のほう、なんだか暗くないかしら?」
「深度五〇メートルに到達するから、太陽の光が届かなくなってきてる、みたい。感度、あげるよ。柾、もう立たせても大丈夫」
フォノの素朴な疑問に、結子が即座に対応する。
柾の操縦で〔アル・ガイア〕はスラスターの圧力を調整して、機体をそらせて海底の白い砂浜へと脚部をつける。同時に頭部の四つ目のセンサーアイが淡く発光して、光量を調節する。
すると、耳の奥がツンとなった。
「何?」
柾は思わず、右耳を抑えて周囲を警戒した。
気圧の変化に身体がついていけなかったのだ。〔アル・ガイア〕の中にいれば、当然気圧の管理は行われるがパイロットスーツのない彼女たちへの対応は万全とはいえない。
フォノもこめかみに指を添えて、周囲を見渡す。軽い頭痛に悩まされる。
「山登りしてた時、こんな感じがあった気がするわ……」
「周囲を索敵したけど、何も検出されなかった。大丈夫、だと思う」
結子は眉間にしわを寄せながら、アクティブ・ソナーで再度当たりを走査したが、海底から飛び出た岩の反響しかない。
「行くよ。気分が悪くなったら言って。無理はしないから」
柾は海図と位置情報を一瞥して、操縦桿を強く握りしめる。
〔アル・ガイア〕は海流に逆らうようにして、沖に向かって大きく一歩を踏み出す。海の中ではその挙動はさらに鈍重さを増して、そのくせ暖かい海水と冷たい海水の交錯する海流がバランスを崩そうとぶつかってくる。
〔アル・ガイア〕は砂を巻き上げて、一歩、また一歩と先へと進んでいく。上半身が右へ左へと大きく揺れる。
「フォノ、ハープーンを撃ち込んで機体を安定させよう」
「そのほうがよさそう」
フォノは柾の提案に賛成する。左右の独特の揺れに気持ち悪さがこみあげてくる。引き返そうと提案するのも考えたが、それは軟弱だと感じられた。
〔アル・ガイア〕はハープーンの射出装置を開放して、水泡が海上に向かって浮かんでいく。
そして、射出。
マルチ・ハープーンの銛が二〇〇メートル先の岩肌に突き刺さり、ピンとワイヤーが張られる。あとはウィンチで巻き上げつつ、機体を引っ張るようにして進ませる。
〔アル・ガイア〕はそれで左右の揺れを緩和することができた。
「普通に海底を這うのは、ダメなの?」
「河での潜航以上にスラスターを使うから、その圧力で水泡が道筋を作って、修道騎士団に見つかったらかもしれない」
「運河は流れがあったし、対して怪しまれなかったと思うし。けど、せっかく海の底に来たんだから歩いてる感じのほうがいいでしょ」
結子の説明に柾が付け加える。
修道騎士団の船に気づかれては、濡れ衣を着せられかねない。隠密に、この北海に潜む『怪物』の正体を突き止めることが最優先事項だ。
〔アル・ガイア〕は鈍い動きで、先へと進んでいく。マルチ・ハープーンを巻き上げ終えれば。次の箇所に撃ち込んでさらに沖へと歩を進める。
海はさらに濃い青に染まっていく。光学センサの感度を上げて、周囲の状況をマルチ・モニタに投影しても徐々に鮮明度が落ちてきている。
「水深八〇メートルに到達」
結子は業務的に報告を入れて、ふと海面を見上げる。
ゆらゆらと揺らめく太陽の光。その中を悠々と泳ぐ巨大な魚群。地上では見ることのない、海の空は幻想的であった。
ピューイッ。ピュイッ。
パッシブ・センサが甲高い音を感知する。
柾たちは一瞬肩を震わせて、上下左右に顔を振って視線を巡らせる。〔アル・ガイア〕は歩みを止めて、同じように頭部を振った。
そして、そろそろと後方から近寄ってくる影を見つけた。
「何? この子たち?」
「イルカ……。イルカじゃないかしら?」
結子が警戒する中で、フォノが弾んだ声で言った。小さい頃に読んだ海洋動物図鑑に、海に住む哺乳類として紹介されていたと記憶している。
「ねぇ、懐かれてるよ。〔アル・ガイア〕を怖いって思わないの?」
柾はイルカたちを目で追いながら、冗談交じりに言った。
〔アル・ガイア〕の機体に興味津々といった様子で数頭のイルカが優雅に旋回する。愛嬌をふりまくように、立ち止まった機体に体をこすらせたり、その口先でつついてくる。
ピーッ。ピュイッ。
その音はイルカたちから発せられる高周波音。コミュニケーションを図ろうとしているのだろう。機体が発したアクティブ・ソナーを彼らは感知してついてきてしまったらしい。
「可愛い。あ、こっち向いたわ」
先ほどまで気分が沈んでいたフォノが目を輝かせて、イルカたちに思わず手を振ってしまう。
向こうに見えるはずもないのに、純粋な笑みを向ける彼女に柾も思わず笑みをこぼす。
「このままついてきちゃったら、ダメだよ。怪物に食べられちゃうよ」
〔アル・ガイア〕はゆっくりと腕部を振って、イルカたちを散らすようにした。
しかし、それを遊びと思ったのかイルカたちは離れるどころか動くマニピュレータの先を追いかけて右往左往する。
「人懐っこいんだから……」
これには結子も苦笑して、好奇心旺盛なイルカたちの動きを目で追う。
キィイイイ!
その時、暗い海中で不快音が響いた。鋭く、重たい音が水を震わせて波動となって〔アル・ガイア〕に衝突する。
「ソナーに反応あり。正面に一つ」
結子は操縦席にきしむ音を聞きながら、深い青の中を睨み付ける。
〔アル・ガイア〕はマルチ・ハープーンに支えられて転倒は免れるも、周囲にいたイルカたちは怯えた声を上げて背後の海へと逃げていった。
「来たの?」
フォノはイルカたちの泳いで行った方向を気にしながらも、視線を正面へと向ける。
「たぶんね。フォノ、ワイヤーを切って」
柾は緊張の面持ちでそう指示した。反応は近い。確実に水を伝って、接近する音が聞こえてくる。
〔アル・ガイア〕はマルチ・ハープーンのワイヤーを切断して、居合の構えをとる。腰を落とし、左に体を開いて右腕部がサイドラックにある鞘へと添えられる。
「いた――っ」
目に見えて、大きな気泡が正面で浮き上がった。きのこ雲のように盛大な気泡が立ち上がり、そして、暗がりの海から徐々に『怪物』はその姿を現す。
マルボロ・コルリッヒが見せたスケッチに確かに似ていた。
色彩は青系なのだが、周囲にまとう空気の膜がその色を鮮やかに濃紺の海の色とは違う明るさを持たせていた。細い四肢、ヒレのような器官を目視することができる。全体的に生々しい肉付きで、胸部や臀部、頭部の兜の武骨さが際立った。大きさは〔アル・ガイア〕よりも一回り小さい。
半魚人、という言葉が三人の頭の中に浮かんだ。
と、操縦席に新しい情報が更新され二次元スクリーンに告知される。
「機体情報……、〔マーマン〕?」
「この子はやっぱり、怪物を知っていたのね……」
柾は結子とフォノが言ったことに疑問を抱いた。
海の怪物、〔マーマン〕と呼ばれる〔AW〕を柾たちは遭遇したことがない。〔アル・ガイア〕のデータバンクで照合が取れたということは、現状で運用されている〔AW〕とは違う機体になる。
古代の〔AW〕ともいうべき代物が海底にもあったということだ。
「操縦者はいる? 海の中じゃ、話しできないかな?」
柾はモニタ越しに、じっと見据えてくる〔マーマン〕に冷や汗を流しながら操縦桿を強く握りしめた。〔アル・ガイア〕に構えを解かせなかったのは、相手の気色悪さに押されていたからだ。
〔マーマン〕は兜に畳まれていたヒレらしい器官を開閉させて、また頭部全体が上下左右に展開、巨大な口腔となって開いた。その中にはびっしりと鋭い歯が見え隠れしいていた。
結子は冷静に言う。
「この情報が正しいなら、あの機体に操縦者いない」
「そんなこと、できるの?」
フォノはそう言いながらも、自分たちの乗っている機体がどういうものかを思い直した。
自動操縦で簡易的とはいえ自律的に作動することができたのだ。〔マーマン〕にも人を搭乗させなくても最低限度の動きができるのか、あるいはそれ以上の性能を持っている可能性は否定できないのだ。
〔アル・ガイア〕にも少女たちの不安が伝播したのか、頭部の左右についている排気ダクトから重たい水泡が上がった。
その瞬間、〔マーマン〕が深海の砂浜から跳んだ。滑らかなドルフィンキックでまっすぐに〔アル・ガイア〕へと肉薄する。
「くっ!」
柾は水中での相手の瞬発力に驚かされながらも、防衛行動に入った。
〔アル・ガイア〕が鞘から飛び出た柄をつかみ取り、抜刀。しかし、その刃に力が乗り切らない。
「重たいっ」
柾が握る操縦桿がいつも以上に重く、さらに強く震えていた。
水の抵抗で振う角度の甘い太刀筋ではもろに水がのしかかり、重りとなり、壁となり阻んでくる。
闇雲に振った刃は機体にまとわりつく水を斬ることができず、その速度は目に見えて衰えていた。
〔マーマン〕はしなやかな体さばきで、くいっと機体を上にあげて居合切りを回避する。そして、動きの鈍重な〔アル・ガイア〕に一気に絡みついた。
「これが機械だというの? まるで人の体じゃない」
フォノはマルチ・モニタに映った〔マーマン〕の姿態を見てうめく。肉質のいい、それこそ人の体を巨大にしたような生々しい印象が目に焼き付いた。
〔マーマン〕は〔アル・ガイア〕の上半身に絡みつくと、その強靭な顎を開いて黒い巨人の頭にかぶりついた。
「あうっ。この、離れてよ!」
柾はモニタいっぱいに映るのこぎり状の刃に恐怖しながらも、操縦桿を動かした。マルチ・モニタにノイズが混ざり始める。
〔アル・ガイア〕は右腕部のカタナを振るって、〔マーマン〕の脇腹を突き出した。さらに左腕部で機体を引っぺがそうとする。ドッと鈍い振動が伝播する。
しかし、〔マーマン〕の食らいつく力は衰えるどころか、さらに力を増して装甲を穿つ。ギシギシと鋼がきしむ音が柾の耳を打つ。
「柾!」
フォノは悲鳴にも似た声を上げる。頭部にいる柾の危険を感じて、即座にマルチ・ハープーン射出装置を起動させ、絡みつく半魚人のどてっぱらに狙いを定める。
ハープーンは補填されている。迷いなく、トリガーボタンを押した。
〔アル・ガイア〕の左肩部からマルチ・ハープーンの銛が射出される。水泡が溢れると同時に鋭い銛が〔マーマン〕の肉を貫いた。カタナもさらに深く機体を抉り、傷口を広げる。
それでもまだ〔マーマン〕は離れない。執念深く食らいつき、離れようとしない。
異常なタフさに少女たちは背筋が凍りつく。
その時、ひときわ大きな音を立てて、柾のいる操縦席のマルチ・モニタが歪んだ。水圧の力もあってわずかな隙間から海水が鉄砲水のごとく入り込んでくる。その勢いはすさまじく、緊急の排水処理も追いつかない。
海水が見る見るうちに浸水して、柾のつま先に達した。
「いつまでも引っ付いてないでよ!」
柾は海水を浴びながら、毒づいて操縦桿を乱暴に振り回す。海水が目に入って痛い。口の中のしょっぱさ、海水の冷たさが命の危機感を煽る。
〔アル・ガイア〕は上半身を激しく動かして、力任せに〔マーマン〕を引きはがそうと努める。しかし、手足にある反り返った鱗が機体のわずかな隙間に食い込んで離れようとしない。
さらに頭部の操縦席に亀裂が走り、海水が浸水してきた。どぼどぼと水がたまる音。柾の膝にまで水が溜まってきた。
フォノは激震する操縦席の中で焦りと不安にかられながら、マルチ・ハープーンのワイヤーを巻き上げて銛の返しを展開。
〔マーマン〕の背部でとどまった銛はさらにウィンチの巻き上げる力で、機体の基本骨子を砕こうと引き寄せられる。
「――――っ」
その瞬間、結子が素早くマルチ・ハープーンに備わっている機能を発動させる。
パァンッ!
海中で閃光が瞬き、鋭い音が耳を打った。
「緩んだ!」
柾は腰まで海水に浸りながらも、〔マーマン〕の力が緩んだのを見て力を振り絞る。
〔アル・ガイア〕がカタナを力任せに振るって、肉を切ると左腕部で〔マーマン〕を引っぺがした。投げ捨てても水の中では飛距離は稼げず、痙攣する〔マーマン〕の機体が足元に転がった。
「成功。使う機会なかったけど、なかなか……」
結子は自分のしたことに確かな手ごたえを感じた。
マルチ・ハープーンにはクラック機能が備わっている。敵機に埋没、接触させれば、電子戦を仕掛け、コントロールを奪うことができる。今回のはただ電圧をショートさせる力技であったが。
しかし、電子戦の意味もわかっていない結子にはそれで十分だと思った。
「下がるわよ」
柾は胸のあたりまで来た水にどぎまぎしながら、〔アル・ガイア〕を後退させる。体温が奪われていき、体の震えが止まらない。
「柾、大丈夫?」
「うん。何とか……。結子、自動操縦の設定お願い」
「わかった。すぐに浸水を止めるようにする」
「お願い」
結子とフォノの不安そうな顔が浸水してきた水の境目で揺らめいて、柾は努めて笑顔で答える。
それから、水浸しのチョッキとズボンを脱いで高い位置にある浸水箇所にねじ込んだ。結子を疑っているわけではなく、じっとしているのが嫌だった。
〔アル・ガイア〕は頭部のあちこちから気泡を漏らしながら、スタック・スラスターで急速に〔マーマン〕から距離を取る。水泡の軌跡が次々と太陽の光に惹かれたように輝きながら上がっていく。
だが、痙攣する〔マーマン〕のそばにそろそろと引き寄せられる影もあった。
それは同じ〔マーマン〕である。それも複数。彼らはほの暗い深海で一堂に顔を見合わせると、すでに瀕死の〔マーマン〕を見下ろした。
そして、獣が肉を食らうようにして彼らは瀕死の兄弟機をむさぼり始めた。
血の色はにじまない。だが、肉を引き裂く音と歓喜の雄叫びにも似た不快音が深海に鈍く、轟く。
「何機いるの、あの機体?」
柾は浸水が和らいだ操縦席で、アクティブ・ソナーが感知した〔マーマン〕の数に戦慄する。深呼吸を繰り返しながら、水のひたひたと波打つ音と体を包む感触に得体のしれない気分を味わう。




