~黒風~ 疲労感はつきまとう
真夜中の戦闘が終われば、その熱気は秋の夜長の寒さに溶けていった。
戦闘に勝利した修道騎士団は敵性軍の〔ガング〕と〔十九番目の城〕を接収し、乗組員たちを拘束していた。その構成がフライハイトと名のしれない盗賊集団の合併部隊と知れば、騎士たちも〔エクセンプラール〕の時以上に厳しく取り締まった。
明確な敵であると同時に、彼らは〔エクセンプラール〕に逃亡を許してしまったことをこの働きで埋め合わせをしなければならないと感じていたからだ。
「まったく、厄介なことに……」
〔ローテァ・ケーファー〕に帰艦したバレット・バレットは自機の回収作業を眺めながら、隣についているヴィロォにそう愚痴った。
開け放たれた艦首から吹き込む夜風が汗でぬれた肌を冷たくなでる。
「うかない顔だな。まぁ、偶然とはいえ、あの夜盗集団をとらえたというのに大物に逃げられたら、そうなるか」
ヴィロォも苦い表情を浮かべている。そうすることで、彼女を励まそうと考えるのだが、自分でもまだ状況をうまく呑み込めていないのが本音である。
「本来の任務は果たせずじまいで、ボロボロの艦隊を引き渡しても始末書を作らなきゃいけないじゃない」
思わずバレットも口調が緩んでいた。
「ボロボロというより、二隻ほど走行不可能なまでに追い込んでいるが……」
「うるさいっ」
ヴィロォの軽口に、バレットは思わずむしゃくしゃした感情をぶつける。しかし、それ以上に戦闘での疲れが体に重くのしかかり、唸るような声が出た。
「詳細は、後日説明してもらうとして――、王妃様も絡んでいるのよね……」
そこまで言って、バレットはため息を漏らす。
疲れた。とにかく疲れた。キャットウォークの手すりに腕をおいて、深くうなだれる。頭が重い。火照った体が鉛のように感じられる。
ヴィロォが見かねたようにして、彼女の肩をたたく。
「部屋に戻って休んだ方がいいぞ。艦隊の編成は、こっちでやっておく」
「ダメ……。あたしも陣頭指揮をとらなくちゃ。人手が足りない」
バレットはうなだれたまま、現状を整理する。
接収したバイン・シフへの当番割をしなければならないし、多くの人が一斉に動くことになる。バレットもその状況を把握しておきたいし、おざなりになれば〔エクセンプラール〕のような事態を引き起こしかねない。
そこで気だるそうに顔を上げて、不満そうな顔をするヴィロォを見る。
「別に、あなたを信用していないわけじゃないわ。それだけは本当……」
「信じよう。だが、身体は大切にしろ。いざという時、困るのは部下なんだからな」
「気を付けるよ……」
バレットはヴィロォの忠告を受け止めて、手すりから起き上がる。
「今夜は徹夜になりそうだ」
手を組んで腕を左右に振って体をひねらせながら、バレットは言った。
収容された〔リッター・バレット〕を眺めて、煤まみれの装甲に思わずため息が出る。決闘を除けば、今回が初陣であった。よく反応してくれたと思うし、バレットの好みにあった機体だと改めて感謝する。
「休めるのは、機械だけか……」
ストレッチを止めて、バレットは皮肉交じりに言った。それからすぐにヴィロォに向きなおる。
「ヴィロォは拿捕した〔十九番目の城〕についてくれ。動力と脚部の伝達系の修理を急がせて。あ。夜食が出るとも、みんなに伝えてちょうだい」
「まぁ、期待しておくよ」
ヴィロォは夜食の提供で、部下たちに元気が出るとは思えなかったが彼女の心遣いに安心する。自分のことで押しつぶれず、他人に目を向けられるぶん、元気があると感じられた。
「あの、もし……」
すると、ヴィロォの背後からか細い声がした。
その声にバレットの目つきが厳しくなり、ヴィロォは肩をすくめる。バレットの機嫌が直ってきたところに、一番合わせてはいけない人物が来てしまった。
その人物とは、エクセルカ・リヴィーナ二世。彼女につく従者の二人も、緊張の面持ちで後ろについている。
「もう遅い時刻です、王妃様。部屋にお戻りください」
バレットが怒りを抑えた声で言う。
ヴィロォも体の向きを変えて、エクセルカのほうを見る。軽く顎をしゃくって指示するも、エクセルカは動こうとはしなかった。
「バレット。あなたに、お話ししなければならないことがあります」
「柾たちの件ならば、後日詳しい話を聞きます」
バレットはヴィロォの肩をたたいて、エクセルカの前に出る。
ヴィロォはぎょっとして、バレットには自分の行動が筒抜けであったのか、と冷や汗を流す。
「今夜は冷えますよ。部屋までヴィロォが送ります」
「怒っていらっしゃらないの?」
エクセルカがおずおずと上目づかいに尋ねる。
バレットは一瞬、ムッと目元に力を入れたが、すぐに緩めて腰に帯刀している宝剣の柄頭に手を添える。
「御身が無事であったこと、心から安心している次第です。怒るだなんて……」
「あなたが預けてくれた装身具を渡してしまったのに?」
「それは、脅迫をされたから致し方がなかったのです。そういうことである、と信じております……」
バレットの聞いた限りでは、そのようになっている。
だが、エクセルカは視線を外して、もじもじと言いにくそうに胸の前で手を組んだ。
「あなたには告白しなければ、ならないことがあるのです。信じてくださる聖騎士様だからこそ、懺悔いたします」
「神はここにはいらっしゃらない。この場は礼拝室ではございませんので」
バレットはあくまでも冷たく、エクセルカに接した。仕事は山ほどある。徹夜をしなければならないし、少しでも部下を早く休ませるには素早く対応できる責任者が必要だ。
すると、エクセルカはハッと顔を上げて、バレットにしがみついた。
「申し訳ありません!」
「王妃様……」
バレットは肩を震わせて、訴えかけるエクセルカに困惑する。
従者の二人は息をのんで、彼女の行動を見守っていて助け舟を出す様子はない。ヴィロォもまた同じだ。彼、彼女らは小さな少女の決意を無駄にはできなかった。
「あなたを裏切り、罪人の逃亡に手を貸してしまいました。装身具も命惜しさで渡したのではございません」
震える声でエクセルカは言葉を紡ぐ。
バレットは彼女の肩を引きはがそうとする手の動きを止めて、彼女の懺悔に耳を傾ける。
「あれを、黒いアーデル・ヴァッヘを持つにふさわしいのはあの少女たちである、と思ったのです。あぁ……」
ほろほろと大粒の涙を流し、エクセルカは喉の奥がつかえたように苦しくて、心臓が張り裂けそうなほど高鳴るのを感じた。
己がした行為は、憧憬する人への最大の裏切りである。だが、その最愛をも覆してでも柾たちの生きようとする姿に強く惹かれてしまった。今でもその決断は間違っていないと思っている。
しかし、バレットに対してどうしても理解されないだろうと考えているから苦しい。
「そのために、数人に負傷者が出たこと、わかっていますね?」
バレットは心を沈めて、そう問いかける。
「はい……。本当に、申し訳ございません」
エクセルカの懺悔に、バレットは怒りで方が震えるも思いとどまって大きく息を吸う。
「きっと、我らが主も聞き届け、赦してくださるでしょう」
業務的に言って、バレットはエクセルカを引き離そうとする。
その瞬間、エクセルカは泣きはらした瞳でバレットを見つめる。唇は震えて、弱々しく首を振る。そんな言葉が聞きたいのではない。辛辣でもいい。拒絶だって構わない。
「あなたの……、バレットの言葉が聞きたいの」
包み隠さない本心を聞いて、エクセルカはこの心の苦しみから解かれるのだから。
王妃としてではなく、エクセルカ・リヴィーナ二世個人としてバレット・バレットの言葉を聞きたい。
家族のように一緒にいてくれた姉のような、バレットの言葉を。
「……っ」
バレットはエクセルカの告白に、全身の毛が逆立って目を見張った。エクセルカのことには気を使ってきた。だから、理解しているものだと思っていた。立場が変われども、お互いにその責任の重さをわかりあっているものだと。
だから、自分が築き上げた清廉な精神が氷解して、火がついたように体が熱くなる。眉間の奥がズキズキと痛んで、溢れ出す感情を抑えきれなくなった。
次の瞬間、バレットは一歩体を引いて目に留まらぬ速さでエクセルカの頬に平手打ちした。
従者たちもこれには驚いて、エクセルカに寄ろうとしたがヴィロォの視線に気づいて踏みとどまった。
乾いた音が響き渡り、作業員たちの視線が一瞬集まった。しかし、倒れるエクセルカと鬼の形相のバレットを見た瞬間、すぐに視線をそらして自分の仕事に戻った。
「勝手なことをして、またわたしを困らせて満足ですか?」
バレットは険のある声で言い放った。
エクセルカは赤くなった頬を抑えながら、起き上がる。目にいっぱいの涙をためて、口を固く結って痛みに耐える。
「お仕えしていた時からそうでした。あなた様はいつも、好き放題、やりたい放題でわたしをお困らせては笑っていたのです。それが今度は、わたしの部下にまで怪我を負わせるような事態にまでなった」
バレットは起き上がったエクセルカの肩をつかんで、腰を落とすと彼女と同じ目線に合わせる。手から伝わる彼女の怯え。震える肌と涙で濡れた睫毛、真摯に見つめてくる大きな瞳。
それはようやく、同じ場所にいるのだと強く感じた。
「しかし、あなた様はわかっていた。悪いことをしていると」
「はい……」
「わかっていながら、わたしに黙っていたことは許せません」
バレットの言葉にエクセルカは息を止める。彼女に素直になれたこと、それに対する返答に気持ちはやはり納得できなかった。
だが、バレットは怒った顔で言う。
「一応、わたしはこの艦隊の長です。ここはわたしの領土です。郷に入っては郷に従え、と王妃様であってもそうでございましょう?」
エクセルカはしゅんと肩を落として、小さく頷いた。
「心配したんだから、本当に」
バレットは立ち上がりながら、つぶやいた。聞かれてはいけないと思いながらも、心の底の安心感は漏れ出していた。
「王妃様、並びに従者の方々は今後勝手な出歩きを禁じます。反省してください。監視をつけますので、何かあれば申し付けるように。ヴィロォ、部屋までご案内して」
バレットは全体を見てから、従者二人とヴィロォの反応を見て足早に歩き始める。
その時も、エクセルカは頬を抑えたままうつむいていた。素直に彼女の背中を見送ることができなかった。
年かさの従者がそっとエクセルカの肩に手をのせる。
「あの聖騎士様のいうこともごもっともです。しかし、王妃様に手を上げるなど……」
「いいのです……」
エクセルカは従者の声を遮って、頬を抑えていた手で涙を拭う。指先で涙の滴を払いのけて、しゃくりあげながら振り返る。その表情はほんの少し晴れやかであった。
「以前よりも、いいえ、以前と変わりなく、バレットはわたくしのこと心配してくださいました」
エクセルカはバレットが貴族や騎士の立場ではなく、親しい者として考えていてくれることがうれしかった。
* * *
修道騎士団の追撃はない。そうする必要がないのやもしれない。
柾たちが気が付いたときには〔アル・ガイア〕は〔エクセンプラール〕に跪いた状態で着艦しており、〔エクセンプラール〕のせわしない足運びの音が耳に入っていた。
〔アル・ガイア〕の着艦に、多くの人が甲板へと詰めかけた。セルネルや子供たちの姿、閉じ込められていた住民たちが柾たちの帰艦に驚きの声を上げる。
そこに心配やうれしさを含む声があったなら、柾たちも気分を害さなかっただろう。
だが、住民たちはただただ驚いて、なぜ戻ってきたのか、というニュアンスばかりが口々から吐き出される。加えて自分たちをおいて、逃亡作戦を強行されたことがどうしても許せない。
ミトは憤慨しながら自室へ直行。誰の話も聞かず、ドアを閉ざした。
柾たちも三人そろって自室にこもった。汚れた服を脱ぎ去って、ベッドにもぐりこみ疲れた体をまだ冷たい布団に沈めた。
「ねぇ、柾……」
「何?」
川の字の真ん中で寝る柾は暗い天井を見つめて、左横にいるフォノのか細い声を聴いた。衣擦れの音。消え入りそうな吐息。へとへとで、すぐにも体を休めたいのに、頭は冴えわたってなかなか寝付けない。
「カーヴァルが言ったこと、本当だと思う?」
「〔アル・ガイア〕を操縦したって話でしょ。違うと思うな……」
柾は一つ咳払いをして、深く息を吐いた。
「自動操縦ってやつだと思う。明日、調べるよ」
〔アル・ガイア〕が柾たちを救出したとき、操縦席にはカーヴァルとその友人二人が乗り込んでいた。機体から降りてくるところを目撃したこともあって、乗っていた事実は認める。だが、操縦までして救出したにしてはできすぎていると思う。
「アクセサリもなしに操縦なんて、できるはずないし」
「そうよね。そう……、なるよね」
フォノは口元に布団を寄せて、ため息をつく。
「操縦、したくないの?」
結子が寝返りを打って、フォノのほうを向いた。
「そうじゃないわ。ただ、わたしたち、これからどうなるんだろうって……」
漠然とした不安。
いつか新天地を切り開いて平和に暮らしたいと願いながらも、果たしてそれが叶う日が来るのだろうか。
「なるようになるよ」
柾は布団の中をまさぐって、二人の指先に触れる。それから、冷えた手と手を繋いで、ぎゅっと握りしめる。
フォノと結子は訳が分からず戸惑うも、握ってくる手の柔らかさや強さに安心していた。
「失敗しても、こうして生きてるんだからさ……」
ここまで来た自信。
柾は旅を始めてから、ここまで一緒に生きてこれたことが何よりもその証だと感じている。手を握り合って、少し硬いベッドで眠りにつける。
そして何より、親友たちがいる安心感は代えがたく、柾を幸福のうちに眠りへと誘う。
フォノと結子も柾の手を握り返して、少しだけ体を寄せて瞳を閉じる。
やがて、静かな寝息が子守唄のようにこぼれだす。




