~黒風~ 真夜中騒乱
日が沈んで、夜も更けてきたころ、修道騎士団の動きがあわただしくなる。甲板で見張りをする騎士たちから口々に広まって、各艦で動揺が膨らんでいるのだ。
「状況、どうなってる?」
旗艦〔ローテァ・ケーファー〕の艦橋に仮眠からたたき起こされたバレットが姿を現す。いつもまとめている髪は下ろされたままで、来ている衣服も薄絹の寝間着そのものであった。
「何つー格好で……」
副艦長を務めるヴィロォは長い付き合いともあって、複雑な心境であった。聖騎士としての威厳なさもさることながら、さも当然に男手が多い艦内をはしたない格好で歩いていたらと思うと気持ちが滅入る。
「緊急事態だ。だから、わたしは――、こういう格好なんだ」
バレット自身も部下の視線を気にして、後半気恥ずかしさを押し殺して呟く。
「状況、報告! どうした!?」
「は、はい」
バレットがいつもの、凛とした声でいうものだから、部下たちも下心を沈めて持ち場に集中する。
「見張りからです。西南西に艦影あり。数、五。うち一隻は本艦と同系統の大型艦と思われます」
「城級の艦、か。聖騎士団のものではないのだな?」
「応答、ありません」
バレットは通信士の言葉を信じて、口元に手を当てて思案する。視線を外に向けて、月明かりも弱い暗くなった景色に口元をゆがめる。
「夜襲をかけるつもりか……。敵の陣形はわかるか?」
「一列に、行儀よく並んでるよ」
ヴィロォが通信士の言葉を待たずに言った。もともと彼女が来るまで指揮を執っていたのは彼である。状況の把握はある程度していたし、今後の展開をどうするかも頭の中では考えている。
だが、聖騎士であるバレットに指示を仰いだ。
「民間人のいる艦を守りながら、籠城戦をするのはやめた方がいい」
〔エクセンプラール〕の処遇をどうするか、ヴィロォは決めあぐねいていたのだ。
敵の一本槍な陣形は真っ向から突撃してくる攻撃的なもの。どっしりと構えていては〔ガング〕の城壁など数分で崩壊してしまう。
バレットも幾多の戦地を経験した女傑だ。迷うようなことはなかった。口元から手を放して、言い放つ。
「総員に伝達。第二戦闘配備にて、敵性艦隊に防衛線を張る」
艦橋のクルーは来るべき時が来たと心得て、てきぱきと仕事に取り掛かる。
「敵性艦隊への警告は送り続けろ」
「了解です」
その様子を一周見てから、バレットはゆっくりと艦橋のドアのほうへと歩む。
「機関、始動。アーデル・ヴァッヘの起動に入れ。操縦者の選出はヴィロォに任せる」
「時間は?」
ヴィロォが平静に聞いた。
「十五分。それまでに十機、下ろせ。済み次第、艦隊の移動だ」
バレットはドアの開けて、そこで一度立ち止まり今一度艦橋を見渡す。
「わたしも出る。〔エクセンプラール〕にも連絡を入れておけ」
「針路は?」
「北東方向。〔ガング〕を背後に着けて後退しろ。それまでの時間を稼ぐ」
ヴィロォたち、艦橋クルーはバレットの背中を見送った。
* * *
壁や天井が鳴動する。鋼のきしむ音を立てて、ドアの向こうでは大声で何かしらの指示が飛び交っている。
「騒がしくなったわね」
「戦闘配備、みたいですから。それにしてもお付きの人、遅くありません?」
「ゴタゴタしていると二人とも混乱しちゃう方だから、困ったものね」
〔ローテァ・ケーファー〕の一室、エクセルカ・リヴィーナ二世は寝間着の姿でベッドに腰掛け、対面で椅子に腰かけるミト・ハルルスタンとともにドアのほうに目を向けていた。
天井の照明が弱々しく点滅し出したのを見て、電力が艦底にある〔AW〕の起動作業に向けられているのがわかる。
「リヴィーナ王妃様は落ち着いていらっしゃいますね?」
「そんなこと、ございませんよ」
ミトは視線をエクセルカに戻して、膝元で組まれた手を視界にとらえる。硬く握りしめて、必死に恐怖をこらえているようであった。だというのに、表情は落ち着いて見える。
「上に立つ者、毅然としていなければいけませんもの。でなければ、民は臆病な領主などすぐに見限ってしまいます」
エクセルカは自分に言い聞かせるようにして呟いた。
ミトからすれば、彼女の背負うものの大きさを想像できなかった。全うしなければならないことのために、自分を殺して振舞う姿。どこか、柾たちに似ているように感じられる。
「なぜ、そう自分を追い込むのです? 不器用じゃありませんか」
「それは――」
と、慌ただしい中で律儀にもドアのノックする音がした。
「バレットです。王妃様、よろしいでしょうか?」
「はいっ。どうぞ、お入りになって」
エクセルカが弾んだ声で応えると、ドアが勢いよく開かれた。
「失礼します」
ドアノブを握ったままの状態で、留め具のしっかりされていない鎧姿のバレットが息を整えながらいう。
「敵性艦隊が近づいてきましたゆえ、防衛行動に入ります。王妃様はこの部屋からでないように――」
早口に言って、ドアを閉めようとするバレット。
対して、エクセルカが素早く声を発した。
「あの、まだ二人――」
「ええ、見ればわかります」
バレットは閉じかけたドアを開けて、通路に顔を向ける。
「すぐに王妃様の付き人を呼べ! ん? 何をしている! 遅いぞ!」
通路の左から右へと顔を移して、バレットが声を張り上げる。
「あと三分! 早く、早く、早く!!」
「ば、バレット――」
エクセルカは何か言おうして、手を差し伸べる。しかし、彼女の気迫にしり込みして言い出せなかった。
そうしている合間にも、バレットがドアを閉め始める。
「必ずお守りいたしますっ」
律儀にそういってドアが閉まり、バレット・バレットの姿は見えなくなる。
エクセルカは呆然とした様子で、ドアを見つめて差し伸べた手は空をつかんでむなしく下げられる。
「色々と複雑ね」
ミトは同情と悲哀を込めて、そうつぶやいた。
「栄誉ある、聖騎士様ですもの。わたくしに付きっきりというわけにはいきません。ここにきて、よくわかりました」
「以前は仲が良かったとお伺いしましたし、彼女、リヴィーナ王妃様のことは今でも大切にしていると思いますよ。顔を見せるほどには」
ミトは冗談交じりに言って、少しでも和むか、ムキになるのではないかと予想した。エクセルカが言いかけた言葉の意味も大体想像できる。
仲の良かった人といつの間にか、距離が開いてしまってそれを埋めようとしている。その手段が自己啓発にあってもおかしなことではないだろう。
すると、エクセルカは大きな瞳を丸くして、口元に手を添える。その仕草はどこか芝居がかっていた。
「まぁ、意地の悪い言い方をする」
「あなた様が、柾たちをたきつけたことを許したつもりはありませんからね」
ミトは冷たい態度をとって見せるも、心まではそうはならなかった。
彼女も重々承知しているのだろう。顔を伏せて、膝元で手を揉んでいる。
「そう思われるのは至極当然だわ。けど、わたくしは確かめてみたいと思ったのです」
エクセルカは静かに寂しそうな顔をミトに向ける。
「血のつながりのない者同士。本当の家族でない者同士が、その命を賭してでも助けに来るのか、どうか……」
ミトはやっぱり、と肩の力を抜いて軽く頭を振った。
「騎士様を疑うから、そういう捻くれたことしかできないのよ」
率直な言葉にエクセルカは小さく肩を震わせる。
ミトは怒り顔になって、腰を上げるとエクセルカの横についた。ベッドが揺れて、王妃の小さな体が上下する。
「うちの子たちを、何だと思ってるんです?」
「…………」
エクセルカはその言葉を聞いては疑いの余地などなかった。彼女は柾たちを実の子供のように愛でている。
彼女の表情に、母親の面影が重なる。生前に、たった一度叱られた時の顔だった。そして、なぜ彼女に興味を持ったのか、わかった気がした。
「もし、ここで王妃様を人質にとって聖騎士を呼び戻すようなことがあったら、どうするつもりです?」
「何も、できないでしょう……」
「今のわたしの気分がそれなんですけども」
ミトは崩れた敬語で、皮肉たっぷりにエクセルカに言って聞かせる。
エクセルカは怒られなれていないのだろう。しゅんとして手いじりをして、それをじっと見つめる。両親を早くに亡くし、次の後継者として教養を学んでいても、情操面ではまだ幼い部分がある。
だから、ミトには見捨てることができないのかもしれない。
「聖騎士様のこと、信じるしかないのよ。他人から得られる答えでもないことくらい、わかるでしょう?」
エクセルカはミトの視線から逃れるようにして小さく頷いた。
「寂しいなら、そう言ってあげないとあの騎士様は気づいてくれないわよ」
ミトはエクセルカの肩を抱いて、そうつぶやいた。小さく、びくりと驚きに震える彼女の身体。小さな手がスカートの裾をつかみ、頭を胸に押し当てる。かすかにこぼれるオーデコロンの爽やかなに匂いが漂う。
「あぁ、やっぱりお母様と同じ……」
エクセルカの口からその言葉が絞り出されて、ミトはもう片方の腕を回して優しく抱きしめる。
「怖いのなら、こうして甘えたっていいんだから」
ミトの言葉に、エクセルカの頭が揺れる。
「二人が来るまでは……、甘えます」
それがエクセルカの甘え方であったし、王妃としての自尊心であった。
* * *
〔ローテァ・ケーファー〕からの光信号が送られてきた。
「よし。来た!」
〔エクセンプラール〕で見張り台についていたカーヴァル・イルスロットは笑みを浮かべる。
「あの男の言った通り。連中、焦ってる焦ってる」
カーヴァルは、〔エクセンプラール〕解放作戦を立案したセルネル・シャーオスの自信家な顔を思い浮かべて『了解』と光信号を返し終えると、伝声管のふたを開いて一度咳払いをする。
「旗艦から信号。敵性来襲。作業中の騎士は直ちに本艦へ合流されたし、です」
「見張り台。本当だろうな?」
艦橋で臨時に運営している騎士が応対に出て、いぶかしんだ声を出す。
当然だ。周囲では臨戦態勢に向けて動いている。それに艦橋の窓からも多少各艦の光は見えている。
しかし、カーヴァルはお構いなしにいう。
「命かかってるんですよ。嘘言いますか?」
「怪しいな?」
「子供のいうことだぞ? こういう時、嘘をつけば神様が悪い方に運ぶって神父様から聞かされてるんだ」
カーヴァルは騎士団の艦の動きを見渡して、切羽詰まった声を上げる。早くしないと、旗艦である〔ローテァ・ケーファー〕が早くも移動しそうな気配だったからだ。
その返答に対して、伝声管から唸る声が聞こえる。
「神様を信じる人を守るのが仕事だろ? この船くらい、ここの大人たちでも動かせる」
ダメ押しにまくし立てると、伝声管の向こうでアクションが起きた。
「総員、旗艦に移動。繰り返す。総員、旗艦に移動。乗員たちにこの間の操舵を任せる」
カーヴァルはそれが艦内すべてに放送された内容だと心得て、一人ガッツポーズをする。歓喜の声を飲み込んで、騎士たちの間抜けっぷりに口元が緩みっぱなしだ。
それから、笑いがこみあげそうになるのをこらえて、伝声管で二、三、引継ぎのことを話し、騎士たちに怪しまれず交信を終える。それから、伝声管の蓋を閉じる。
「くくく……っ」
カーヴァルは腹を抱えてしゃがみこむと、声を殺して笑った。子供のいうことを真に受けて、全体を動かしてしまうのだから。極度のお人よし、ちょろい大人だとカーヴァルの悪ガキ精神が高ぶった。
艦内放送に対して、巡回していた騎士たちにしろ、住民たちを見張っていた騎士たちにしろ、疑いを持つことなくテキパキと行動に移っていく。
「ここの操舵ができる奴、すぐに艦橋に上がれ!」
「非戦闘員は格納庫で待機。荷物を固定して、お互いに助け合うように」
騎士たちの応対や指示は自発的で、艦橋から流れる全体放送よりも早く動いていた。そのおかげもあって、〔エクセンプラール〕に押し込められていた住民たちにも緊張感が漂う。
セルネルを含め、〔エクセンプラール〕奪還計画を立てていたメンバーはお人よしの修道騎士団に感謝しつつ走り出す。
そして、居住区のほうへ駆け上がると初めに医師たちの一団へ回った。
「怪我人はこちらで引き受けます。あなた方も移動してください」
「しかし――」
「それくらいはできる。それよりも、自分の味方部隊のほうが心配でしょう?」
「覚悟はできている!」
「前線で戦う人たちは、この艦に戻ってこないだろ。ここでの仕事はもう終わったんだ!」
セルネルは強情そうな医師の胸ぐらをつかんで怒鳴り散らす。医者は便利でもあるが、強情なところがある。修道騎士団に所属するような医師は高潔な誇りと義務とやらで、怪我人に対して律儀すぎる人間が多いのだ。
すると、相手も顔を真っ赤にしていう。
「わかった。ここは頼む」
医師にしてみれば、不愉快なことであった。素人に怒鳴られる筋合いはなかったし、自分の役目も心得ている。
〔エクセンプラール〕内に残るバレット隊の面々は身支度もそこそこに、甲板へと上がって接舷している板を走り抜けていく。
カーヴァルはその様子を確認すると、笑みを浮かべてメンバーの入れ替わった艦橋にその旨を報告する。
* * *
〔ガング〕五隻、〔ローテァ・ケーファー〕から〔カヴァレリー・ポーン〕が降機して、それぞれに得物を手に取り敵性艦隊を迎え撃つ準備を整える。
それをまとめ上げる〔リッター・バレット〕が〔ローテァ・ケーファー〕の艦首から腰を上げて、大剣を担ぐ頃には敵性艦から〔AW〕部隊が展開していた。
「後手に回ったが、敵の展開が予想より遅い……」
狭い操縦席の中で、バレット・バレットは体を軽くゆすってお尻の位置や手足の遊びを確かめるつつ、暗視モードのゴーグル・モニタから敵情を観察する。
〔AW〕の反応は十二機。艦隊は広く展開して、鶴翼の陣形を取り始めている。防御に優れた陣形であり、その状態で進軍してくるところの意図は知れている。
「包囲陣を敷くつもりなら、もっと早くにも出来たろうに……。甘く見られたな」
バレットは敵が強気の進軍を見せているところから、〔AW〕部隊を殲滅しにかかることが伺えた。おそらく、艦隊が逃げの一手を考えているのはお見通しなのだろう。
〔リッター・バレット〕は敵軍へと進んでいく。集まった騎士たちの合間を抜けて、最前に立つ。機体が背負う鷲と十字の剣の刺繍が施されたマントに視線が集まる。
「奇数番機はわたしに続け。偶数番機、両翼先端の部隊を牽制。暗視は控えろ。目をやられるぞ」
外部スピーカーからの命令に、各機が応答する。
「暗視、解除。ダンパー圧力、戦闘域」
バレットは音声認識でゴーグル・モニタを通常に戻す。そして、ふっと体が持ち上げられる感覚を覚える。〔リッター・バレット〕の脚部、腰部、腹部のショックアブソーバーに電圧固定が行われた証拠だ。そうでもしなければ、剛健な機体を支えて戦闘などできない。
そして、彼女たちの背後で艦隊が移動を開始する。鈍重な鋼の音を響かせて、遠ざかっていく。
〔リッター・バレット〕が振り向いてそれを確認して、再び暗闇の中で蠢く敵に向きなおる。暗視モードを解除したことにより、通常の光学センサでとらえられる数は少ない。それでも、艦隊がともす明かりは十分目立ったし、そこから〔AW〕部隊の位置を思い出すこともできた。
「作戦開始! とつげぇき!」
バレットの号令ともに、各機から雄叫びが上がる。
そして、鋼の巨躯が力強く大地を蹴って敵部隊の懐へと突き進む。奇数番機、五機が〔リッター・バレット〕のたなびくマントを目印に追随し、偶数番機、五機が左右に広がり暗闇に隠れて砲撃体勢に入る。
それに呼応して、敵性の〔AW〕十二機すべてを白兵戦に投入する。彼らにとっては周囲に広がる〔ガング〕、最奥部にいる〔十九番目の城〕が遠距離支援を行ってくれる。半数以下の部隊に気遅れなどしない。
暗がりの中で不気味に連なる鋼鉄の足音。不機嫌な雷雨のような轟音の中に、木々の引き裂かれる悲鳴があがる。
そのバレット達の動きは〔十九番目の城〕でも補足していた。
「黒い機体は出てないのか?」
「はい。修道騎士団のアーデル・ヴァッヘだけです」
艦橋では、新たに艦長として就任した男がクルーの報告を聞いて眉をひそめる。
「修道騎士団の手に落ちたか。とはいえ、敵討ちもできないままでは示しもつかない」
元艦長たるヘリック・D・アムソンの敵討ちを掲げて、この艦隊は動いている。そうでもしないと、新艦長は自信がつけられなかったし、ナイト級の機体を失ったことでクルーにも不安が充満していた。
これは博打だ。
聖騎士部隊を打ち取ることができれば、大きな躍進になる。過去の経験から聖騎士とはいえ、名ばかりで実力のない部隊もあった。今回の夜襲の反応を見て、勝算があると彼は踏んでいた。
「新入りたちもうまく働いてくれたんだ。やれるはずだ」
夜襲を仕掛けるにあたって、途中盗賊家業を営む一団を引き込んで人員不足を補い、破損していた機体の修繕にも間に合わせた。小遣い稼ぎに農村を襲っても、将来性が見いだせないと焦っていたのだろう。
でなければ、〔十九番目の城〕に同道するきにはならなかったはずだ。
「見張りからです。敵部隊、包囲網の中に入りました」
「よし。照明弾、ってぇ!」
敵の旗艦〔十九番目の城〕の艦橋で指示が飛ぶ。ほどなくして、艦の側面にある一門から夜空へ向かって照明弾が飛ぶ。
パァッとあたりが昼間のように明るくなる。
深い陰影を塗りたくられた〔リッター・バレット〕率いる〔カヴァレリー・ポーン〕部隊が暗闇の中から浮き上がった。
バレットは目を細くして、敵艦と敵〔AW〕の位置を目線で追う。両翼に展開する〔ガング〕の砲門の向きを悟った。
「走れ! 走り続けろ!」
バレットの忠告とほぼ同時に両翼からの砲撃が始まった。真っ赤な光が瞬いて、空気を突き破って砲弾が襲い掛かる。
地面に降り注いだ榴弾が弾ける。爆炎が鋼鉄の騎士たちを包み込んだ。
「総員、進めぇ!」
敵〔AW〕部隊は得物を手にして、速力を増して突き進んだ。残存兵力を殲滅するなら、〔AW〕部隊で十分なのである。
照明弾が照らす領域に踏み入れた部隊、〔パンツァー・グランツ〕の姿が浮き上がった。いくらか装甲の簡略された機体があり、急ごしらえながら戦闘ができるまでに仕上がっていた。
そして、黒煙の中から真っ先に出てきたのは紅蓮の装甲。煤を浴びて、その色はどす黒い血の色のように浮き上がって、握られた大剣が切っ先を輝かせて伸び上る。
「押しとおる!」
バレットはモニタの正面に映る盾を構えた〔パンツァー・グランツ〕へかまわず突進する。
〔リッター・バレット〕は大剣の柄と鍔を握りしめて、長い刀身を容赦なく防御に入る敵機へと突き立てる。盾を貫き、装甲を食い破り、切っ先は背中を突き破った。
〔パンツァー・グランツ〕の操縦者は成す術もなく命を落とし、その機体はさらに力任せに横薙ぎ払われて地面に転がった。
爆炎の中から、後続が次々と現れる。大きな損傷はない。五機すべてが武器を携えて、敵との交戦に入る。
次々と向かってくる〔パンツァー・グランツ〕の機影を認めつつ、〔リッター・バレット〕は大剣を振って近づけさせない。
「――ぐっ」
バレットは機体の一挙手一投足のたびに体がきしむような痛みを覚える。歩兵級とは違う。機体の力加減にいまだ慣れていない。全力で動かせば、破壊的な遠心力にさいなまれ、殺しきれない衝撃が下から上へ、上から下へと循環する。
〔リッター・バレット〕は片腕で機体の全長ほどはある大剣を横薙ぎに繰り出し、〔パンツァー・グランツ〕の攻め立てるハルバードを蹴散らす。
鋼と鋼がぶつかり、火花が散る。
「クソッ。なんて力だ!?」
〔パンツァー・グランツ〕三機をもってしても、ナイト級一機の剣戟に攻めあぐねいていた。刃を交わらせるたびに、得物がはぎ取られそうになる。痛烈な衝撃が腕部を伝って操縦席にまで強襲する。
〔リッター・バレット〕はその隙を見逃さず、空いているマニピュレータをリア・ラックに回して拳銃を握らせる。
そして、体が開いた状態で正面の敵機に発砲する。
「外した。もうっ!」
バレットは真っ白になったゴーグル・モニタを見て、そう確信していた。完璧に敵の隙をついておきながら、距離を詰めておきながら、吐き出された光弾が明後日の方向へ放たれたのだ。
爆音が遠くの方で響いた。
「これだから飛び道具は野蛮なんだ!」
バレットは己の射撃センスのなさを痛感しながら、そんな暴言を吐いた。
〔リッター・バレット〕はすぐに剣を振って、接近してくる敵を退く。モニタが回復してみれば、やはり付きまとっている三機は健在であった。
同時に周囲に目を走らせて、敵の艦隊、両翼の先端が外側に向けて砲門を開いている。砲撃部隊がうまく相手をしているようだ。白兵部隊も〔パンツァー・グランツ〕との乱戦に対して冷静に対処している。
怖いのは中央を狙って動きを牽制する砲撃である。
戦場は常に移動している。すでにバレットたちは敵陣の懐に飛び込んで、火中の栗を拾うがごとき戦いを繰り広げている。そこへ砲弾が投げ込まれれば、操縦者たちの神経は周りにも向けなければならない。
次々と落下する砲弾の雨に、バレット隊はいいようにもてあそばれて、あと一歩〔パンツァー・グランツ〕部隊の戦線を抜けられない。押し戻されて、旗艦までの距離を縮められない。
その歯がゆさにバレットは気持ちが昂り、闘争本能を燃え上がらせる。
「砲撃はこけおどしだ! 敵艦の懐に飛び込め!」
バレットは近くにいる味方にだけでも、と声を張る。周囲で土くれが破裂して、地面が激震する。敵も味方も関係ない。当てる気のない鉄の塊が降り注ぐ。
照明弾の効果範囲から外れだすと、二発目の照明弾が夜空に輝いた。
バレットが操る〔リッター・バレット〕はその瞬間に〔パンツァー・グランツ〕三機を掻い潜り、旗艦へと駆け出して行った。
単機で城攻めをしよういうのだ。普通ならばそれは不可能だろう。
「この機体の性能ならば――」
バレットは自分を奮い立たせ、我が身ともいえる〔リッター・バレット〕で城へと挑んだ。
「敵、ナイト級が接近してきます!」
「弾幕を張って応戦しろ。たった一機で城が落とせるものか」
〔十九番目の城〕は正面切って迫る〔リッター・バレット〕に集中砲火を浴びせる。
バレットはゴーグル・モニタで見る景色から目をそらすことなく、機体をジグザグに走らせる。体にかかる負担など気にしない。炎の中に身を投じるスリルが彼女の身体を熱くさせて、興奮させていく。
「ナイト級を出さないと、後悔するよ!」
バレットには、眼前までナイト級の侵入を許しておきながら、敵が同性能のナイト級を出さないことに疑問を抱いた。が、それも一瞬の揺らぎで、すぐに討つべき敵を定めて思考を働かせる。
〔リッター・バレット〕は集中砲火を切り抜けて、大剣の切っ先を後ろに運んで〔十九番目の城〕の懐に飛び込んだ。
眼前に見る巨大な脚部は〔リッター・バレット〕を優に超す大きさと図太さで迫りくる。
〔リッター・バレット〕は振り下ろされるバイン・シフの脚部をしなやかに掻い潜り、同時に機体全体を使って大きく横薙ぎに大剣を振った。
足首に相当する部位に刃が奔った。
〔十九番目の城〕が小さく傾いた。
「状況は!?」
「前部右脚部に損傷。大丈夫です。装甲に問題はありません」
「そうじゃない! ナイト級はどこへ行ったかだ!」
艦長の男は声を荒げて言う。
その行方を艦にいる者たちは補足できなかった。が、思考が働けばすぐにも敵の位置は推測できた。
「艦底か!?」
クルーの一人が自身の足元に目を向けて、そこにいるだろう敵を想像し恐怖する。
事実、〔リッター・バレット〕は独楽のように二回、三回と回転して勢いを殺しつつ艦底へともぐんでいた。
「思ったより、勢いをつけすぎた。だが――」
バレットは吐き気を抑えて、〔リッター・バレット〕に再度拳銃を握らせる。そして、でっぷりと張り出した艦底に銃口を掲げる。
「この距離なら、下手なわたしでも外さない!」
そして、容赦なくトリガースイッチを押した。
吐き出された光弾が装甲を溶解させて、突き抜ける。遅れて、弾薬に引火して爆発が連鎖していく。
〔リッター・バレット〕はそれで十分だと這うようにして、背後へと走り抜ける。
そして、〔十九番目の城〕は火を噴きながら、その足の運動を止めていく。
「まずは一隻。旗艦を落としても、やはり止まらないか……」
バレットは何の反応も示さない敵を見て、機体を反転させて右翼に展開する〔ガング〕を追う。落とした艦には目もくれず、〔リッター・バレット〕は走る。
「まともに動かないんだ。あとで回収すればいい」
バレットは言い訳じみたことを口にして、戦いに火照った勢いのままに行く。
* * *
艦の拘置所に入れられている柾たちは脱出を試みていた。部屋は冷たい金属の壁に囲われ、寝具の毛布が三枚、排泄物を入れるバケツが一つあるだけの部屋だ。ドアも鉄扉で覆われ、のぞき穴も外からおろされている。
その状況は好都合でもあった。外から見えない状況ができるのならば、いくらだって脱出のために動いていても気づかれない。
「ほら、フォノで最後だから」
「うん。けど、そこ通れるの?」
フォノは天井にある通気口から顔を出す結子に小首を傾げて問う。彼女たちはそこからダクトを経由して脱出を試みるのだ。
通気口の格子戸を外すのには、さしたる苦労はなかった。肩車で高さを補い、あとは靴ひもを格子に括り付けて体重で無理やり引き抜いただけだから。
ダクトは艦の空調設備を統括しており、様々な部屋や通路につながっている。もちろん、大の大人が入り込めるような隙間ではなく、体の小さい柾たちでもお尻が天板をこすりそうなほど狭い空間である。
「フォノの場合はおっぱいがなくなるかも」
結子の後ろについている柾がそういった。結子がフォノを引き上げるために上半身を通気口から下げはじめ、彼女の足にしがみついて支えとなる。
「バカにして」
フォノは膨れながらぶら下がっている結子の腕をつかんだ。それから腕の力で結子の外套をつかんで上る。
ぎしぎしとダクトのゆがむ音が響き渡る。
「重い……」
結子はお腹に集中する重みに顔が真っ赤になる。フォノの体が揺れるたびに腕がちぎれそうになる。
「もう少し――、届いたっ」
フォノは通気口のふちに手をかけて、結子の腕から離れると懸垂してダクト内に入り込む。ちょうど、彼女が先頭を切る形だ。
「そのまま進んで。適当なところで出よう」
「わかったわ」
最後尾の柾からの呼びかけにフォノはそう言うと腕の力で体を引き付けて体を完全に中に押し込んだ。跳ね上がったお尻が天板をうちつけ、残響がこだました。
「ミトさんの居場所、わかる?」
「大丈夫。あの王妃様、やれるものならやってみなさいとばかりに部屋の番号、教えてくれたもん」
柾は稽古終わりのすれ違いざまにエクセルカから部屋番号を教えてもらい、ひどくみじめな思いにさらされた。その挑発に乗らないわけにはいかない。王妃の鼻を明かしてやる気満々である。
「ほんとに、狭いんだから。柾の言う通りになるじゃない」
フォノは体をよじらせて前へと進んでいく。
そのあとを結子、柾と続いていく。ダクト内では生暖かい風が吹き抜け、埃が体中にまとわりつく。
「アーデル・ヴァッヘ部隊が敵性艦隊を押さえつけている。問題は輸送艦か」
「おい。誰だよあの輸送艦から退艦命令出した奴は、みんなこっちに流れちまって」
「砲台に人を回せ。逃亡する輸送艦を止めるぞ!」
通気口から入ってくる騎士たちのやり取りを耳にして、柾は苦い顔をする。
「ミトさんを見つけたとして、どうやって戻ろう……」
おそらくフォノも結子も不安になっているだろう。
曲がり角を曲がって、通過する通気口の景色が通路の床に代わる。騎士たちも忙しいのか、足音は遠ざかっていた。
「降りよう。止まって」
柾は通気口の前で止まって、前にいる結子の靴をひっつかむ。
「ちょっと!」
「足で格子戸蹴破って。お願い」
結子は頬を膨らませながらも、柾の指示通り足先にある引っかかる感じを確かめて蹴り始める。狭いダクト内では足全体を使っての作業で、足がつってしまいそうである。
ガンッ、ガンッ!
通気口の格子戸が派手な音を立てる。四端の留め具が緩み始め、ひときわ大きな音を立てると格子戸が通路へと落下する。
「見つかったらどうするの?」
「無理言わないで」
フォノが小声で心配するのを、結子も声を潜めて返す。
柾は頭を出して、さかさまの状態であたりを見回した。艦が動いているときの、くぐもった音が響くばかりで人のいる気配はない。
「大丈夫。誰もいない。結子から降りて」
「わたし、損な役回りばっかり……」
結子は愚痴って、つま先で空間を確かめながら恐る恐る降りていく。
「早くしてよ」
「もうっ」
柾のせかし方にムッとして、結子は床へと全身を投げ出す。予想以上の高さにしりもちをついてしまったが、誰にもその醜態を目撃されることはなかった。
「高い?」
「うん。高い」
続いてフォノが降りる番となって、足元から聞こえる結子の誘導を頼りに通気口へと下半身を滑り込ませる。
「スカート、捲れてる」
「嘘! やぁあんっ!」
フォノは結子の言葉に火がついたように顔が熱くなり、そのまま落下した。結子同様に尻から落ちる形となった。
「いたた……」
「大丈夫?」
フォノはぺたんと座り込んで、乱れたスカートをまず直した。埃だらけの衣服に辟易する。
「下着、見えてた?」
フォノは真っ赤な顔でゆっくりと立ち上がると、何食わぬ顔で周囲を警戒する結子に問いかける。
「見えてたよ」
「もう…………。もう!」
フォノがいかり肩になって、結子の冷徹さに腹立たしさを覚える。同時に乙女の恥じらいを共有できない無頓着さがどうにも嘆かわしくもある。
「ほかにだれかが見てわけでもないでしょ」
と、最後に柾がぶら下がった状態から綺麗に着地して、服にこびりつく埃を払う。
「柾まで……」
「さ。早く、ミトさんを迎えに行こう」
柾はそういうなり、通路の奥へと走り出していった。
フォノと結子は文句の一つも言えぬまま、その後ろについていく。
「どこに行くの?」
「とにかく階段。王妃様の部屋は上層の居住区にあるの。あたしたち、牢屋にいたってことは多分それより下にいると思う」
柾の回答に質問をしたフォノは微妙な顔をする。
「結構、あやふや……」
結子がフォノの心境を代弁するようにつぶやく。
「こういうのって、〔エクセンプラール〕と同じだよ、きっと」
柾の言い分にフォノと結子もなるほどと感心する。もちろん確証があるわけではないが、その感覚は信頼できるものだと感じられた。
階段に差し掛かると同時に、案内板を見つける。彼女たちのいるブロックは艦中央の下層。目指す場所は中央の上層部にあり、階段を上がってすぐの場所だ。
柾はすぐにそこまでのルートを頭に描いて、叩き込む。
「絶対、連れ戻すんだから」
柾はそう言って、階段を駆け上がっていく。
二階、三階と上がって四階へと続く階段の踊り場に出た瞬間、轟音とともに艦内が激震する。
柾たちは手すりにしがみついて、連続する激しい揺れに耐える。
「砲撃が始まった」
結子が狼狽する。
「〔エクセンプラール〕に? それとも敵の艦隊?」
「わかんないよ」
柾は揺れが収まると同時にふらつく足で階段を上がっていく。それを追う形でフォノと結子が続く。
四階層の通路に出て、エクセルカのいるだろう部屋の場所へ移動する。
「全然人がいない……」
フォノは曲がり角をまがる際に、さっと後方を確認したが人っ子一人いない。何百人と乗艦しているはずだが、騎士たちの声は全く聞こえない。
「戦闘配備中だから、みんな忙しいの。好都合じゃん」
柾は目的地までの道のりを着々と進む。
二度目の砲撃の激震が通路に奔った。
柾たちは左右の壁に体をぶつけながら、先へと進む。あと少しなのだ。止まっている時間が惜しい。
「あった。この部屋!」
柾は目当ての部屋の扉にしがみついて、続く二人に呼びかける。視線を向けると、フォノと結子は互いにぶつかって、二人三脚をするように肩を抱き合って進んでくる。
しかし、二人の到着を待たずして、柾は焦る気持ちのままにドアノブに手をかけた。
「ミトさん!」
声を張り上げて、ドアを開く。
目に飛び込んできたのは、身構える小柄な従者とエクセルカを部屋の端に誘導する年かさの従者、そして、あきれ顔のミトが椅子から立ち上がるところであった。
「よかった。無事だった」
柾はほっと胸をなでおろして、ミトに飛びついた。言葉では言い表せない安心感が溢れて、思わずそうしてしまった。
揺れる艦内でも、ミトはしっかりと柾を抱き留めてる。抱き付く柾の感触や腕の力に彼女が本気であったのがよくわかる。
「こんな時に来るなんて、まったく……。フォノも結子もよく付き合うわよ」
部屋のドアにもたれかかるフォノと結子はミトの健在に安心しつつ、彼女の軽口に苦笑いを浮かべる。
柾はミトから離れて、気恥ずかしそうに上目づかいをする。
「だって、ミトさんいなくなるの嫌だもん」
「いつまでも子供みたいなこと、言わないの。とはいえ、王妃様、これでこの子たちの勝ちでいいですね?」
ミトの言葉を耳にして、柾たちは緊張して部屋の端にかくまわれているエクセルカに視線を向ける。柾は自然とミトを背後に回して、フォノと結子がその横についた。
エクセルカがその様子を見て、柔らかい笑みを浮かべると自分を庇う年かさの従者を軽く押しのける。
「ありがとう。大丈夫」
「王妃様……っ」
エクセルカは年かさの従者の不安をくみ取りながらも、その身を前に出した。彼女の手には小さな巾着が握られていた。
上下に揺れる艦内で、彼女は悠々と歩いて小柄な従者の横につく。
「身構える必要はありません。楽になさい」
「は、はい。かしこまりました」
小柄な従者は肩肘にこもっていた力を抜いて、大きく息を吐いた。
柾から見ても、その従者は取っ組み合いは得意どうでなかったし、何よりエクセルカは恐怖を抱いている様子はなかった。ただすがすがしく、余裕を持って対峙する。
「柾さん。よく、ここまでたどり着きましたね」
「……やっぱり、かわいくない」
柾はエクセルカを見下ろしながら、やはり上からものをいう態度が気に入らなかった。
だが、顔があらわになっている分、エクセルカの幼さや顔だちを見ると虚勢に思える。同情する気は毛頭ないが、いけ好かない気持ちが三割増しになる。
すると、エクセルカは肩をすくめる。
「はい。本当に、あなたのおっしゃる通り……。ごめんなさい」
エクセルカがゆったりと頭を下げる。
それには柾たちも動揺する。一国の王妃が、罪人たちに対して謝罪するなど、あってはいけないことだ。
しかし、王妃の醜態ともいえる状況で従者たちは慌てるどころか、驚きと発見に満ちた瞳で頭をゆっくりと戻すエクセルカを見ていた。
「あなたにとってハルルスタンさんがとても大切な人であると、よくわかりました。ハルルスタンさんの話も嘘ではないようで」
「そう、なの?」
柾は後ろにいるミトに視線を配る。
「当たり前のことを話しただけよ。王妃といっても、年の功には勝てないわ」
ミトは誇らしげに言って、ウィンクした。
「何話したの?」
「色々と。王妃様も、大変ってこと」
ミトの反応に柾は煮え切らない思いを抱きながら、すっと前に出てきたエクセルカのほうに視線を移す。
「これまでの無礼、お許しになってくださいますか?」
「許すも何もない。さっさとここを出ていく」
柾はきっぱりと告げると、エクセルカが小首を傾げる。
「出て行って、どうなさるの?」
「どうって……。これまで通り、新天地を目指すまでよ」
柾の言いよどむ声に、ミトも渋い顔をする。
新天地を目指すということがどれほど難しいことか。また修道騎士団とぶつかって、捕まるような事態になるかもしれない。そして、今回のようにうまく事が運ぶとは限らないのだ。
エクセルカはそれらをミトとともに話していたこともあって、よく理解していた。
「大量入植を受け入れられる領地は少ないでしょう。もうすぐ冬。船一隻、アーデル・ヴァッヘ一機で冬を越すのは厳しい。そうまでして、あなたたちを動かすものは何なの?」
「それは――」
エクセルカの質問に柾は答えなければならない、と思った。これはもう好み云々ではなく、この命題からは逃れられないと意識している。
外では砲撃が行われて、いつ人が来るかもわからない状況にあるにもかかわらず、彼女の質問から逃げたら、同じことの繰り返しになると感じていたからだ。
あやふやな期待だけで新天地を目指す旅を続けてきた。漠然とできると思っていた。
しかし、それは大きな過ちである。
「――やらなきゃだめだから」
「なぜ?」
エクセルカが鋭く質問を切り返す。
「死ななたいためにも、生きるためにも、あたしたちが選んだことだから。譲れないよ」
柾は心の底からそう言った。
身勝手だと笑われても、傲慢だとさげすまれても、不可能だと嘲笑されても、柾の心は動じない。それが真実だと今ならはっきりと言える。
「上手な生き方じゃないかもだけど、下手なりにやるしかないって」
「そうですか……」
エクセルカは柾の言葉に頬をほころばせて、巾着からあるものを取り出す。
〔アル・ガイア〕を操作するためのアクセサリ三つ。その小さな掌に収めて、差し出す。
「そのために、これが必要になるのね」
柾は一つうなずいて、エクセルカの許可を待った。
エクセルカ自身、これを譲渡することがバレットに対する最大の裏切り行為である、と十分に理解している。バレットは信頼して、ヴィロォやほかの頼れる部下ではなく、ほかでもないエクセルカに託したのだから。
が、エクセルカも幼心ながら精一杯に考えた。
バレットに対する気持ちを差し引いて、目の前にいる人たちの真摯な瞳に応えるべきだ、と。自分が今、この瞬間、正しいと思えることをするべきだ。
「約束してくれますか?」
「何を?」
「もし、バレットが困難に直面したとき手助けをしてくれる?」
それが条件。
柾、フォノ、結子はどう返していいか迷った。様々な問題が頭に浮かんだ。これから逃げ出そうというのに、その約束に意味があるのだろうか。追う側と追われる側に分かたれた時、そんな矛盾した約束を果たすことができるだろうか。
艦内にくぐもった音が響く。胸の奥にしみいるように、深遠な疑義も消えていく。
「わかった。できる時が来たら」
柾が答えると、エクセルカは満面の笑みを浮かべてアクセサリを柾たちに渡した。
* * *
〔ローテァ・ケーファー〕の艦橋はヴィロォ・ハルゲンが指揮を執り、バレットの戦場と離脱する〔エクセンプラール〕の二つの事態に当たっていた。
護衛艦である〔ガング〕四隻が旗艦の後方を固めて、敵艦への艦砲射撃を行っている。それでバレットの〔AW〕部隊の動きにゆとりができ始めて、〔AW〕同士の戦いにも終止符が打たれようとしていた。
問題はもう一方だ。
「機関出力、上げろ。照明弾、発射。輸送艦を見失うな」
〔ローテァ・ケーファー〕から照明弾が、北の方角に撃ちあがり輝きがともる。
全速力で艦の右前方を走る〔エクセンプラール〕の陰は徐々に小さくなっていた。後続を気にして、速度を抑えていた〔ローテァ・ケーファー〕も最大船速で追撃に出るが、間を詰めるのにはかなりの根気を要する。
騎士たちの伝達の食い違いや、末端の勝手なやり取りで〔エクセンプラール〕を奪われたことを今は責める気も起きない。その背景には、確固たる指揮権奪還の意思が見えたからだ。
「第一、第二、砲門、撃て!」
ヴィロォの号令から数秒遅れて、艦の前部にある砲塔が火を噴いた。
火球は速やかに跳んでいき、〔エクセンプラール〕の左舷で立て続けに爆発が膨らんだ。
〔エクセンプラール〕が大きく傾く。右に倒れそうなのを必死に持ち直して、艦首が沈んだと思ったら跳ね上がるようにして浮かんだ。
その瞬間を見張り台にいた騎士は見逃さなかった。
「目標の左舷付近に着弾。積み荷が落ちます!」
艦橋で報告を受けたヴィロォたちは照明弾の効果範囲から抜けていく、〔エクセンプラール〕からずり置いた巨大な人型を目撃する。
まるでごみでも捨てるように、地面の上を黒い塊が転がった。
「機体を捨てて、少しでも速力を稼ごうというのか?」
ヴィロォは振り落とされた〔アル・ガイア〕を脅威とは思わない。何しろ、まともに操縦できる者たちは艦内にいる。それに特別な装身具がなければまともに動かすこともままならない。
賢明な判断だろう。
「なりふり構っていられないか。女性一人、子供三人を置き去りにするのだからな」
ヴィロォは眉をしかめて逃げる輸送艦を睨み付ける。おそらくは〔エクセンプラール〕の指揮権を奪うことに奔走した者がいるはずだ。でなければ、艦の中心人物たちをこうも簡単に見捨てるはずがない。
彼が次の砲撃命令をかけえようとした瞬間、通信士が血相を変えて割って入る。
「艦長代理! 機体が――、落ちた機体がっ!?」
「落ちた機体がどうした?」
ヴィロォは通信士の動揺具合に不安を募らせる。
そして、老騎士は外に目を向けてその瞳を大きく見開く。口から声ともならない吐息が漏れて、心に隙間風が張り込んでくるような悪寒が走る。
消えかかる照明弾の下。捨て去られた浮浪人ともいえる〔アル・ガイア〕が引きつった挙動で起き上がろうとしている。
歯車が錆びついたブリキ人形のように、四肢を震わせ。糸の絡まったマリオネットのごとく、いびつな姿勢で立ち上がる。
照明が消えていくにつれて、闇の中で揺れ動くさまは奇怪で面妖である。
「装身具なしでも動かせたのか。第三、第四砲門、目標を黒いアーデル・ヴァッヘに修正」
ヴィロォの驚きはほんの数秒だった。ほんの数秒、思考が停滞したことに彼自身驚いていた。様々な経験をしてきたが、やはり〔アル・ガイア〕の不可解さには慣れていない。
本能的に恐怖を感じてしまった。得体のしれないものの恐怖を初めて思い知った。
「操縦者の子供と艦長の女をここに連れてこい」
「人質ですか!? それは非人道的です」
ヴィロォの言葉にクルーの一人が不満の声を上げた。
彼のいう通り、それは修道騎士としてあるまじき卑劣な手段と罵られるだろう。が、〔アル・ガイア〕の目的は罪人たちの奪還か、〔ローテァ・ケーファー〕の撃沈が想定される。
「交渉の場に立ちあってもらうだけだ。手荒な真似はしないように、手すきの者に連れてこさせろ」
ヴィロォも苦渋を味わいながら、そう通信士に向かっていった。
通信士はちょうど各所からの伝達に追われているところで、返事にはかなりの間を要した。
「艦長代理。砲門、修正終わりました。それから、見張りからです」
ヴィロォが眉をひそめていると、通信士は続ける。
「例の女の子たちと女性が艦首の甲板にいるそうです!」
これにはヴィロォも額に手を当てて、天井を仰いだ。
「今までなんで気づかなかったんだ……」
それは自分に向けた罵倒の言葉でもあり、ほかの騎士たちに対する非難の気持である。
* * *
「甲板に出たけど、本当に来るかしら?」
「今は信じるしかないよ」
冷たい空気が肌を突き刺す。
フォノと結子は艦首へと先行して柾は足が不自由なミトを背負いながらそのあとを追う。
アクセサリを装着してから、柾たちの視界、拡張現実モニタに表示された自動操縦のバーが現れた。どうして発動したかなど、考察している余裕はなかった。只今は、その表記が示す一縷の可能性にかけるしかない。
「柾、ここまで来たらもういいから」
「ミトさんは黙ってて。あと少しで迎えが来るから」
柾はミトを背負いなおして、艦首へと急いだ。一歩ごとにミトの体重がのしかかり、疲労感が一気に蓄積されていく。
周囲は真っ暗。闇の中で機械の駆動音だけが不気味に浮き立っていた。
そして、頭上では砲塔の回る音が耳に入り込む。
「柾、伏せなさい!」
ミトは頭上を見て、月明かりに浮かんだ砲塔に心臓が止まりそうになる。
そして、前に体重をかけると柾は甲板の床へと組み伏せられてミトが覆いかぶさるようになった。前を行くフォノも結子を押し倒した。
その瞬間、頭上で轟音と熱風が四人の体に襲い掛かる。一瞬にして耳を奪われ、破裂したような空気の震えに体砕かれてしまいそうだった。
煙のにおいが鼻をくすぐり、耳鳴りがやまない中で柾が一番に身を起こした。
「ミトさん!?」
その声を柾自身うまく聞き取れなかった。頭を抱えるミトを揺すって、彼女が頭を抱えて起きるのを見て無事であることを認識する。
柾はぐらぐらする頭で、四つん這いになりながらきらめく火の粉の向こうで動くフォノと結子を確認する。
「〔アル・ガイア〕は?」
柾は首に着けたアクセサリをさすりながら、こちらに向かってきているはずの〔アル・ガイア〕を探ろうと立ち上がる。
彼女揺れる視界の中で、火の粉に交じって赤い四つの光が近づいてくるのが見えた。
「柾!!」
ミトがふらふらと今にも転びそうな柾の足取りを見て叫んだ。
柾は酔っぱらったかのように足をせわしなく動かして、そのままフォノと結子に折り重なるようにして倒れこんだ。
「もう、何やってんのよ」
ミトはそう愚痴って、まだ視界が上下左右に揺れる中で床を這って三人のもとへ近づく。
次の瞬間、横殴りの衝撃が襲い掛かった。
ミトと柾たちの体が、その衝撃に吹き飛ばされる。床を転げまわって、砲塔に体を強く打ち付ける。
「う、うぅ……」
柾は左肩の痛みに耐えながら、ゆっくりと顔を上げる。
「えぇ……?」
柾は涙をぬぐって、目の前に映る光景に絶句する。
そこには覆いかぶさるようにして〔ローテァ・ケーファー〕にしがみつく〔アル・ガイア〕の姿があった。強靭な右腕部は砲身を握り潰し、ぎこちない動きで左のマニピュレーターを差し出してくれる。脚部は〔ローテァ・ケーファー〕の脚部の付け根に食い込ませて、動きを止めていた。
艦体が小刻みに揺れて、速力が低下する。
柾はもうろうとする意識の中で、まずフォノと結子、ミトの姿を探した。そうしなければいけないと心がささやきかける。
「フォノ……、結子……、ミトさん……。みんな、どこ?」
柾は足に力を込めて立ち上がる。立っているだけで限界。今にも崩れてしまいそうなほど、受けたダメージは大きかった。
すると、ふっと両肩を支えられる感触を覚える。
左右に顔を向けるとフォノと結子が苦痛にゆがんだ顔をしながら、巨大な手のひらへと誘導しているところであった。
そこへミトが加わり、四人は大急ぎで体を投げ出すようにして〔アル・ガイア〕の左マニピュレーターに倒れこんだ。指の関節が曲がり、折り重なるようにして横になる柾たちをホールドする。
遅れて、柾たちの保護を命ぜられた騎士たちが甲板に出ていったが、巨大な〔アル・ガイア〕のシルエットに震えあがってしまう。
「嘘だろ! どうすんだよこの状況!?」
「知らねぇよ!!」
よく見れば、〔アル・ガイア〕の脇腹は大きく穿たれており、ドロドロとした液体を垂れ流している。先ほどの砲撃で損傷したのだろう。
多大な損傷を受けてなお動く〔AW〕に騎士たちも足がすくみあがって身動きができない。
〔アル・ガイア〕は一度、ぎこちなく左右に頭部を振って安全を確かめると右腕部で機体を引き揚げていく。
その動きは艦橋にいるヴィロォたちからもよく見えた。ヴィロォは慌てて通信士の横について、艦内外のスピーカーのスイッチを入れる。
「総員、衝撃に備えろ!」
彼の荒げた声が冷たい夜に、艦内に響き渡るとクルーたちは手すりや壁にしがみつき、床に伏せる。ただならない雰囲気にだれもが緊張し、不安に駆られる。
〔アル・ガイア〕は柾たちを胸部に押し当てて、守るようにしながら装甲をこすって甲板へと大きく脚部を踏み込んだ。
「跳ぶつもりだぞ!」
騎士の一人が〔アル・ガイア〕の挙動を見て絶叫した。
そして、次の瞬間〔アル・ガイア〕は砲塔から右腕部を放し、深く脚部を曲げると崩れ落ちそうな体勢から跳躍。右のマニピュレーターで柾たちを覆い、風が巻いて、せわしなく動く〔ローテァ・ケーファー〕の脚部を飛び越えると、わずかな月明かりが照らす大地に着地する。
しかし、損傷した機体だ。膝をついて、動きを止めてしまう。穿たれた脇腹か、どっと銀色の液体がこぼれる。
ヴィロォもこの瞬間を最大の隙であることは承知していた。だが、艦の状況と逃げおうせる敵の背中が闇に溶けては優先順位も変わる。
「損傷個所の対応を急げ。負傷者の救援が最優先。速力、下げ。隊長たちと合流する」
みすみす〔アル・ガイア〕と〔エクセンプラール〕を取り逃がす選択であったが、クルーは誰一人として彼を責めることはない。
これ以上戦闘を広げても、後味の悪い戦いになるのは目に見えていた。
ヴィロォは一度深呼吸をして、通信士に言った。
「バレット隊長のほうはどうなっている?」
「現在、敵の残存兵たちの降伏を受理したとの連絡がありました」
そうか、とつぶやいてヴィロォは暗闇の中を見つめて、おそらくは〔エクセンプラール〕へ合流しようとする〔アル・ガイア〕の背中を想像した。




