~黒風~ 稽古の裏で
夕方の祈りの時間を終えてから、騎士たちは身体の充実のために稽古をする。その内容は軽いランニングから入り、模造刀の素振り、互いに防具をつけると打ち込み稽古となる。訓練期間と大差のない内容である。
新人騎士たちにすれば、見栄えのないただ辛いだけ。これなら、〔AW〕の操縦訓練をしている方が有意義であると考える。
しかし、それを初めて見学する柾たちは怒涛の気迫に心臓を鷲掴みにされたようなドキドキが止まらなった。
夕暮れの中、自陣の一角で土煙を上げて気勢を張り上げてぶつかり合う騎士たち。そのたくましさと雄叫びが空気を震わせて、柾たちの全身に伝播する。〔アル・ガイア〕で戦っていた時の緊張感、いや、それ以上に生々しい肌の感覚は三人の心を委縮させてもいた。
そして三人の前には、稽古を監視するバレット・バレットの姿があった。
「交代!」
彼女は号令とともに、そばに配置してある大太鼓を力の限り叩いて合図する。稽古をする騎士たちは礼をすると一言、二言言葉を交わして、ローテーションをする。室内のように決まった空間ではないために、稽古場と呼ぶには殺風景であった。
大太鼓の一打一打の衝撃が柾たちに襲い掛かり、髪の毛が逆立つ。思わず肩をすくめて、固く目をつぶってしまう。
「すごい気迫……」
「こういうのを見せて、どういうつもりなのかしら?」
「敵うはずないでしょっていいたいだけかも」
結子の発言に、柾とフォノは思わず納得してしまう。
尋問を終えて、バレットがこの場に誘ったのも実力の差を知らしめるとか、屈服させたいと思ったのかもしれない。あるいは〔アル・ガイア〕を操るのにふさわしいのは、騎士団であると説得しているとも考えられる。
「あらあら、先客がいらっしゃる」
鬱屈していた柾たちは何気なくそのほうを向いて、エクセルカの姿を見つける。
「誰?」
「さぁ?」
柾と結子は肩を寄せ合って、小声で言い合う。手首を縛られ、簡素な椅子に体をくくられては満足に身動きもできなかった。
フォノは注意深く、エクセルカを観察して背後に控える女性二人を一瞥する。
「貴族……の子? どうして?」
出で立ちは上流階級のご婦人のようであったが、体の小ささや帽子のレースに隠れた幼い顔を見てしまえばこの時代を生きる誰もが疑いを持つ頃だろう。そもそも、貴族の息女であるなら、身を固めた女性よろしく顔を隠す必要などないのだから。
「ん。ヴィロォ、代われ!」
バレットはエクセルカを視界の端に見つけて、部下のヴィロォに稽古の指揮を頼む。それから、急ぎ足で柾たちとエクセルカたちの間に体を滑り込ませた。
柾たちは体を傾けて、エクセルカの姿を観察しようとする。
「王妃様。お席は向こうにご用意させています」
「あらあら、わたくしもここで皆さんが励む姿を見たいわ」
エクセルカはそう言いつつ、バレットの腰や脇から見える柾たちを見つけて小さく手を振る。彼女はすぐにも、柾たちが〔アル・ガイア〕の操縦者であることを見抜いていた。バレットが自分以外の女の子を大事そうに眼をかけているのは、珍しいことこの上ない。
バレットは背後を一瞥し、エクセルカに真剣な顔つきで向き直る。
「あなた様を危険な目に合わせたくないのです。この子らは見た目は小さい女の子ですが――」
「わたくしも小さいです」
ツンと背筋をそらして、エクセルカは言った。
バレットはエクセルカの意地の張り方に思わずこめかみを抑えて、彼女の背後にいる従者を見る。年かさの従者も小柄な従者も苦労しているようで、ため息をこぼしていた。
「王妃様、だって?」
柾が漠然とした思いを吐露して、緊張する結子とフォノに目配せする。
「わかったから、行儀よくしなきゃだめよ」
「どうして?」
「下手をしたら、首をはねられるかも」
「そういうことをする子かな?」
王妃を相手にすることの緊張を理解していない柾にフォノと結子は怒鳴りたい気持であった。さすが、元お嬢様といえばよいのだろうか。平民、それ以下の奴隷身分からすれば、王妃様、貴族様が鶴の一声で状況を左右できてしまう権限を持っていることをよく理解しているつもりだ。
そして、聖騎士という修道騎士団きっての高官を相手にからかう様な態度をとれる余裕は歳不相応の落ち着きを持っている。王妃様の肩書が飾りでないように思える。
「彼女たちと席を同じくすること、わたくしはかまいません。たとえ、咎人とおっしゃられても、この方たちにとても興味があります」
「お戯れを……」
バレットは稽古の様子を一瞥して、騎士たちの集中力が緩んでいると感じる。交代の際に行う互いの短い意見交換の場で、こちらに視線を向けているのがよくわかった。
エクセルカは好奇の目を向けられても、恥じらうようなそぶりは見せない。むしろ堂々としていた。
「あらあら、あなたとわたくしの間柄。ほかの女の子に取られるのが恐ろしいので?」
「王妃様っ!?」
さすがのバレットもエクセルカのいたずらな言い回しに辟易する。しかし、意識しないうちに大声になっており、柾たちや従者たち、稽古をしている数人の騎士が思わずそのほうに視線を向ける。
逆にエクセルカはいたずらな笑みをレースの奥で讃えて、そっぽを向いて見せる。
「わたくしは貞淑で、不埒など働きませんわ」
その言葉を耳にした年かさの従者と小柄な従者が不審そうな、あるいは嘆くような目をバレット・バレットにそそぐ。
「お噂はかねがね……」
小柄な従者がおずおずといった。
それでバレットも、エクセルカのわがままに付き合わざるを得なくなる。変な噂をこれ以上大きくしたくなかったし、誤解を深めるわけにもいかない。そもそも、従者たちからして信じ込んでいる節がある。
「――――もうっ。席は従者がご用意ください」
バレットは吐き捨てるようにして、エクセルカたちに言うと稽古場のほうに向きなおる。
「集中が途切れているぞ! 声はどうした! 背筋を正せ!」
怒鳴り声を聞いた騎士たちはどこか小ばかにするようにしながら、稽古のほうへ意識を集中させる。
バレットは柾たちから離れて、稽古場のほうへ足を進めていく。打ち込みとはいえ、変な癖のついた太刀筋が見えればそれを直さなければいけない。そうやって逃げ口実を作りながらも、本来の役目を思い出してそれに集中するのだ。
「なんだ。王妃様とバレットさんってすっごく仲いいんだ」
「昔からの知り合いなのね」
「……二人のいってること、あってるけど、なんか違う」
柾とフォノの納得する声に結子だけが複雑な顔をする。
「そんなことありませんわ。彼女はわたくしにとって善き姉のようであり、憧れですもの」
そういってエクセルカは柾の隣について、稽古の風景を見る。
柾は年かさの従者が放つ鋭い眼光に委縮しつつ、隣でしゃんとする王妃様を横目にとらえる。少し遅れて小柄な従者が椅子をもってきて、エクセルカを人形のごとく持ち上げて着席させる。
「大変そう――」
柾の言葉遣いに危険を感じて、結子が横から肘打ちする。さらにその奥でフォノが不安そうな瞳を向けくる。
礼儀をちゃんとしろ、と無言で訴えかけてくる。
二人の無言の注意を受けて、柾はムッとして、それから不満そうに続ける。
「――ですね。それで、どのようなお話をすればよろしいでしょうか、陛下」
「エクセルカでよろしくてよ。操縦者さん」
柾はエクセルカのやんわりした言い方に違和感を覚えながら、彼女が少なくとも〔アル・ガイア〕の関係を知っているのを感じ取る。背筋がむず痒くなって、エクセルカの無邪気さが逆に疑義を大きくする。
「伊達に技師のお嬢様をしてたわけじゃないようね」
「いいとこ、育ちだから。わたしたちよりずっと礼儀作法を知ってると思う」
フォノと結子はエクセルカと柾の身なりの差を感じつつも、彼女に王妃様の相手をさせるのが適任だと小さく頷く。
彼女たちが稽古場に視線を戻すの同時に、大太鼓がけたたましくとどろいた。
柾たちが思わず背筋を正す中、エクセルカは悠々として騎士たちの動きを見守る。
「五分の休憩ののち、バレット隊長と引き立て稽古をする。時間は三分。挑む気のある者は並んでおけ」
ヴィロォが、休憩に入る騎士たちに言う。
騎士たちにとって打ち込み稽古はそれほど体力が消耗することではない。基本の反復で元立ちに打つことに専念すれば、動きもまた最小限で済む。
だが、騎士たちは衛生班が用意してくれた水を一杯飲みつつ、一人防具を身に着ける場違いな人物に注目する。稽古に使う革の鎧に身を包み、女性の体格もあって幾分か着膨れしたように見える。
「剣舞とはまた、違うのですね」
「打たせ、打たれ、打つことで覚える物のようで。野蛮なものですよ」
年かさの従者はエクセルカの背後で説明しつつ、騎士たちのそういう力任せなところは気に入らなかった。
「邪険にいうものではありません。剣の道を伝えるためにも必要なことなのでしょう」
エクセルカが年かさの従者にそういって、柾のほうに視線を移す。
「ところで、操縦者さん」
「あたし、柾・カイリって言います」
「そう。では、柾さん、あの機械のことについて教えてくださらない?」
「あたしたちも知ってることは少ないです。それでよろしければ」
「それはわたくしが判断いたします。どうぞ」
柾はしぶしぶに〔アル・ガイア〕の発見の経緯とこれまでの運用を説明した。
エクセルカはそれに対して真摯なまなざしで話を聞いては、感嘆の声を上げて反応を示す。それは子供が新しい何かを知った時のリアクションで、話にのめりこんでいた。
柾も説明がうまい方ではなかったが、色々と話を広げて口が軽くなる。先ほどまで抱いていた王妃様に対する嫌悪感は薄くなっていた。
と、再び大太鼓の音が響いた。
「――始まるみたい」
「ああ、けど、仕方がありません」
柾は話を切って、緊張の面持ちで稽古場に出るバレットの姿を目に焼き付ける。バレットがこの場に連れてきたのは理由がわかると思ったからだ。フォノと結子も同じ気持ちだ。
エクセルカも柾の話に口惜しさを残しつつも、バレットの勇姿に目を向ける。
バレットと対する騎士アラッツェ・ファブリは、盾と試合用の袋竹刀を手にしている。この場でぎゃふんと言わせられればと軽い気持ちでその場に入っていた。昼間のことでイライラもあったし、やる気に満ちていた。
対してバレットは同じ袋竹刀でも二倍近くの刀身を持っている。
「両者、礼」
ヴィロォの号令がかかり、相対するバレット達が切っ先を掲げて胸に押し当てる。
剣道とは違い、打ちどころに決まりはない。急所、防具の隙間でなければどこを打とうともかまわない。これまでの稽古で培ったものを試す場であり、有効打突を繰り出す場である。
「はじめっ!」
開始の声がとどろくと同時に両者がすぐさま構える。
先手必勝とばかりにアラッシェの声が稲妻のように轟く。相手を屈服しようとする野獣の咆哮に似ていた。
「……っ!?」
柾が首をすぼめる。耳を押し付ける圧迫感で体がすくんでしまう。
「あらあら、声が大きいこと」
エクセルカはころころと笑った。
互いの力量は目に見えている。何しろ、その雄叫びに精力を使い構えがおろそかになっているのだから。
バレットは素早く一歩踏み込みて、肩に担いだ袋竹刀を振り下ろす。絹を裂くような気勢が空を切り裂く。目にもとまらぬ袈裟斬りがアラッシュの左側頭部を強打する。
柾たち、新入りの騎士たちはその神速の剣に目を見張った。
打たれたアラッシュなど、何が起きたのかもわからず強烈な一打に目を回し、ひざから崩れ落ちる。
「声に気を取られすぎだ! さっさと立て! 構えろ!」
バレットの怒号が響く。
それに触発されてアラッシュは反射的に立ち上がるも、構えるバレットに攻めの姿勢が取れない。縮こまって、盾を前面に構えているとバレットの猛攻が始まる。
「待ちの姿勢はやめろ! 足をつかえ! 止まっているぞ! 前かがみになってる、顎を引け、肩が張っている! 何のための盾だ! 隙を見つけたら打てよ!」
幾度も彼女は剣を止めては、アラッシュに注意を言い渡す。その怒号は空に響き、近くの〔ガング〕の装甲から跳ね返ってボリュームを上げていた。
アラッシュからすれば無理難題を頭ごなしに言い渡されて苛立ってくる。バレットに押されている自分を認めたくなかったし、指図されたくなかった。
体も重い。そんな状態で満足にできるか、と心の中で悪態をつく。一つのことを注意してみても、また別の言葉が飛んでくる。
素人目から見ればバレットの一方的な滅多打ちである。引き立てる気のない、本気の攻め立てである。
「あらあら、お師匠さん譲りのやり方ですわ」
エクセルカが言う隣で柾たちは容赦のないバレットの姿を見て、心臓が締め付けられるような気分を味わう。
バレット・バレットは素のままでも十二分に強い。稽古の風景を見ていてそう思う。何より彼女の覇気と洞察力、そして剣術に対しての心構えは柾たちにはない芯の強さが宿っている。
「自分が強いところをやっぱり見せたかったのかな……?」
柾はフォノと結子に目配せして同意を求める。
返答はない。二人ともバレットの姿に心奪われている様子であった。
柾とて同じ気持ちである。〔AW〕での勝敗は機体の性能差ではない、と思い知らされる。操縦技能の差、何より彼女の強靭な精神と覇気を知れば、己の軟弱さを嫌でも意識させられる。
「そうとは限りませんよ」
すると、横からエクセルカが言った。
柾はとっさに彼女のほうを向いて、小首を傾げる。自分よりも年若い女の子が大人びて見えるのは、袋竹刀がはじける音、踏み込みの足音、騎士たちの気勢を聞いても凛然としているからだろう。
「あの人は、ここの騎士たちを束ねる隊長さんですもの」
「どういう、ことですか?」
「あら、わかりません?」
エクセルカがいたずらっぽく言うので、柾は口をとがらせて肩をあげる。
「かわいくないの……」
「ふふ。存じております。ほら、もうすぐ時間です」
エクセルカが大太鼓の前に立つヴィロォの動きを見て示唆する。
ほどなくして、大太鼓が豪快に音を上げて稽古の終了を告げる。
柾たちも大太鼓の音に縮こまることもなくなって、中央で礼をするバレットとアラッシュに注目する。礼を終えると、バレットはすぐに稽古場を離れようとするアラッシュを捕まえる。
「アラッシュ、だったか?」
「はい……」
アラッシュは息も絶え絶えに返事して立ち止まる。嫌味の一つでも言ってくるものだと革の面甲の裏で不機嫌な表情をする。
バレットは面甲を上げて、汗にまみれた顔で彼を見上げる。
「よい気勢だった」
ぽんとバレットのこぶしがアラッシュの胴をついた。ほころんだ顔で、先ほどまでの険のある口調ではなかった。
アラッシュは驚いて、息を整えながら彼女の声に耳を傾ける。
「気合は十分。その調子で日々、精進してほしい。隊に来て日は浅いからと言って、遠慮はするな。腕利きの上官は何人もいるからな」
「はいっ」
「疲れた時にこそ、精神力がものをいうこと、覚えておけ。そうすれば、一振りに自信がつく」
以上だ、と締めくくりバレットはアラッシュを押し出す。
「はい。ご指導、ありがとうございました」
アラッシュは内心、バレットに言われたことを素直に受け止めきれなかった。しかし、バレットに対して少しは敬う姿勢を示すことができた。
バレットはうなずいて、面甲を下げる。そして、所定の位置に戻って次の騎士と相対する。
「何を言ってたのかな?」
「アドバイス。指導する立場ですもの、挑んできた生徒を伸ばすのもお仕事なのです」
エクセルカが誇らしげに言う。
柾は興味なさそうに返答するも、バレットの方針というものをなんとなく理解する。
「ああやって、いい方向にしようと努力してるんだ」
「あなた方にも、ですよ?」
エクセルカに言われて、柾はハッとなる。その意味を即座に理解できた。
「見込みがあるからこそ、あの人は目をかけているのです。名誉なことではありませんか」
「回りくどいけど……」
柾が反発する。
「こうするほかないのです。彼女には彼女の役目と立場があります」
エクセルカはどこか悲しそうに、稽古を続けるバレットの後姿を見る。
柾は王妃の言葉を耳にして納得しながらも、一つだけ認めたくないことがあった。
「あたしたち、バレットさんに守ってほしいだなんて言ってない」
「彼女の善意を踏みにじると?」
エクセルカの口調に刺々しさが宿る。自分の立場をわきまえない臣下を見るように、彼女は柾を睨んだ。
「そうじゃない。あたし、そこまでしてもらう理由ないもん」
「ならば、証明して見せなければ誰も納得できません」
「どうやって?」
柾は従者たちの視線を気にしつつ、エクセルカに体を寄せる。従者たちも稽古の風景に気を取られて、柾とエクセルカの動きに気づいていない。
フォノと結子もバレットの姿を見て何か思うところがあるのだろう。食い入るように観戦していた。
激しい袋竹刀の音と気勢に彼女の声はかき消されるも、エクセルカにはしっかりと届いていた。
すると、エクセルカはレースの奥で悪戯な笑みを浮かべる。
「ここから脱け出すのです」
「そんなこと――っ!?」
叫び声を飲み込んで、周囲を見渡してからエクセルカのほうに視線を戻す。
「できるはずないでしょ?」
「あらあら。では、おやめになります?」
「おやめになりますとも」
柾はエクセルカの冗談だと思って、皮肉を含んで返した。
すると、彼女は顎に手を添える。
「では、〔エクセンプラール〕の艦長さん。わたくしのものとなってしまいますわ」
「それ、どういう意味?」
今度は柾が真剣な顔つきになって睨み付ける。
「ミト・ハルルスタンさん。ちょうど、お部屋にお招きしましたの。彼女、とても素晴らしい方ですから、わたくしの家庭教師になっていただけたら、と思いまして……」
エクセルカのねっとりとした物言いは、背筋がぞっとするような嫌悪感があった。
彼女の狙いがなんであるのか、皆目見当もつかない。気まぐれか、それとも柾を試しているのか。
柾は苛立ちを抑えながら問う。
「そんなことをして、何になるの」
「あなたには、関係ないことです。わたくしは、欲しいものをそばに置いておきたいの。ミトさんも、あの〔ケーニギン〕も」
「ケーニギン? 〔アル・ガイア〕のこと?」
「ええ。〔ケーニギン〕にまつわる品物もお預かりしてます」
わがまま放題の王妃様に見えてきて嫌気がさしてきた。
いつの世も上流階級は何もかも奪っていく。機械も、人さえも、自分の欲望のままに取っていく。かけがえのない大切なものであろう、ともだ。
柾は鼻息を荒くしていう。
「返して」
「あなたの頑張りしだいです」
エクセルカが吐き捨てると、大太鼓の音が響き渡る。
柾の心は嫉妬で燃え上がり、彼女の挑戦を受けることにした。今更罪科が増したところで何を気にすることがあろうか。〔アル・ガイア〕を性悪な王妃様の手に渡すわけにはいかない。
そして、母親のように慕うミトを奪われるなど言語道断である。
「必ず、返してもらうから」
「まぁ、それは楽しみですわ」
エクセルカは柾の怒った顔を見て、優しい笑みを浮かべた。
* * *
バレット・バレットに弱点があるとすれば、まず人に対して甘い部分を捨てきれないところである。
それゆえに部隊の進行速度が大幅に遅れているのは言うまでもない。だからこそ、そこに付け入るスキは外部にはあるのだ。
東の暗がりの空。一番星が輝きだす暗幕の中で息をひそめて、その時を待つ一団がいた。夕暮れの明かりも届かない夜の部分は気の抜いている見張りでは、気づくことなどできない。
しかし、その存在にいち早く気付いた人物がいた。
「このタイミングで来るのか? どこの部隊だ」
〔エクセンプラール〕の見張り台に立つ、セルネル・シャーオスだ。赤みがかった金髪を撫でて、双眼鏡で黒い波のように広がる東の夜空を見て、かすかに森林とは違う角張った影を見つける。
彼がすぐに見つけられたのはゲリラ戦術を得意とするフライハイトのやり方を知っていたからだ。その癖で暗がりのほうに目を向けることを習慣づけており、修道騎士団よりも早く発見することができた。
「だが、これはいいチャンスだ」
セルネルは双眼鏡を下ろしてほくそ笑む。
騎士たちは愚かしくも地上で稽古をして、へとへとになっている。他の艦の見張りがいる以上、こちらから信号を送れないが、夜になれば迫っている艦影は行動を起こす。
それと同時にセルネルたちも行動を起こせばいい。
「忙しくなるぞぉ!」
セルネルは嬉々として、見張り台から降りていく。〔エクセンプラール〕の奪還作戦を前倒しにするためにも、協力者にこのことを知らせなければならない。
「運は俺たちに向いている!」
神様を信じる気のない彼でも、運命的な展開に心が躍った。




