~黒風~ 湯けむり尋問
周囲の警邏を務める〔カヴァレリー・ポーン〕が艦隊の周りと闊歩する。ほとんどの機体の足取りはたどたどしく、重心の乱れた前後に体を振って歩く醜態をされらしていた。
艦隊が作る城壁の内側にいる柾たちからもわかる異様な地響きと教官を務める騎士の怒号が澄んだ青空に響き渡る。
新人の教練だろうか、と柾は首をかしげたが、腕を引っ張られて視線を前に戻した。
柾、フォノ、結子は態度の悪い監視役に引き連れられて、バレット隊旗艦〔ローテァ・ケーファー〕へと足を運んだ。
赤いカブトムシのような外観を見上げながら、その外周を回る。艦の右舷に回り込むと、幌幕で仕切られた区画があった。その内側からは湯気が立ち上っているのがよく見えた。
「あ……」
柾が視線を下に卸すと、ちょうど幌幕から人影が出てきた。
「ご苦労でした。あとは、こちらで引き受けます」
柾たちの身柄を引き取ったのは、修道服を着た女性二人であった。いくらか年配の女性とそばかすの目立つ若い女性であった。どちらも、温厚そうな笑顔で出迎える。騎士とは違う温和な雰囲気に柾たちはふっと緊張を解いて、肩を下げた。
「いい人そうでよかった……」
フォノがゆったりと流れる薄絹の雲を見上げてつぶやく。
監視役の騎士たちは修道服の女性たちに綱の端を渡して、不満顔で去っていく。この後先輩騎士たちの説教を聞かなければいけないのが原因だ。
結子は騎士たちとのすれ違いざま、舌の先を出して送り出した。
「さ、お嬢さんたちには色々と話してもらうからね。変に嘘をつくと、舌を引っこ抜かれるよ」
年配の女性は冗談めいた口調で言うなり、綱を引いて垂れ幕の向こうへと誘う。
結子は驚いて素早く舌をしまい込む。
「さ、こっちよ」
そばかすの女性が垂れ幕を上げて、迎え入れる。
柾たちは泥だらけのまま、体を小さくしてその幌幕をくぐった。
「――んっ!?」
柾たちは思わず息をのんで、目に見えるものに肝を冷やす。
まず目に飛び込んできたのは、雑草の生えた地面に転がる巨大なやっとこである。さらに、ヤシの実に似た金属製の毬が転がって、荒縄がとぐろを巻いておいてある。鋼鉄製のバケツにはパチパチと燃えている炭がたんまりとあり、淡い炎を上げている。棍棒や脚立、薪拾いで見かけた枝葉も視界に入る。
柾たちは背筋が凍りついて、立ちすくむ。
この先、どんなことが待ち受けているのだろうか。尋問とはいえ、このような仰々しいものが転がっているのは異様である。
「ここで、待っていてね」
そばかすの女性は優しい声音で彼女たちを咎め、剣呑な雰囲気が漂うこの場から隣の場所へと移っていった。何やら話し声がしたが、柾たちは極度の緊張で何も聞き取れなかった。
「ねぇ、あれ……」
フォノが部屋の隅にあるものを顎で示して、柾と結子はそのほうに視線を移す。
部屋の隅にうずたかく積まれた洗濯物であったが、どれもこれも煤の汚れに交じってどす黒く変色した血の色がにじみ出ていた。さらに近くの網かごにも血痕らしいものが付着している。
まさか、と柾は唇だけを動かして二人に訴えるが、その表情は青ざめていた。脂汗を流しながら、古びた机と椅子、それと道具箱を用意する年配の女性を目で追った。
「あのっ。尋問って、隊長さんがするって言ってましたけど……」
「そうだよ。まぁ、物好きな子だからね。多少、変わった趣向を持ってるから、謹んで相手をするようにね」
柾たちは再度生唾を飲み込んだ。
以前にあった風体は演技だったのだろうか。しかし、まだ確証はない。とは頭に言い聞かせても、恐ろしい想像はとどまるところを知らない。
縄で縛りあげられるのか。それとも、燃える炭を体に押し当てるのか。はたまた、金属の毬で殴りつけるのか。棍棒で滅多打ちというのも考えられる。そして、やっとこで舌を引き抜いてしまうかもしれない。
足ががくがくと震えて、逃げ出したい気持ちがもう溢れ出してしまいそうだ。
「やっときたか」
「ひっ――」
柾たちは凛とした声のほうを見て、短い悲鳴を上げ、寄り添いあう。
暖簾を押すようにしてそばかすの女性とともに、バレット・バレットが姿を現す。気難しそうな顔をして、右手に棍棒を握り、左手にはやっとこを携えていた。
バレットは特に柾たちの怯える理由を問うわけでもなく、準備を進める年配の女性のほうに視線を移す。
「速記の準備、できてる?」
「紙とペン先がふやけてなければ、いつでも」
年配の女性はあまり気乗りしない様子でバレットの近くに机と椅子を置き、机の上にある尋問調書用の厚い紙を伸ばして、羽ペンとインクを道具箱から取り出す。
バレットが一つうなずいて納得する、柾たちのほうに歩み寄る。
柾たちは寄り添うばかりで、彼女から距離を取ろうとは考えられなかった。頭の中は混乱して、震えるが収まらない。彼女の束ねた赤毛はまるで炎のようで、業火を連想させる。
「これから、尋問をする。はっきりと答えるようにね」
バレットが棍棒を肩にかけて、そう投げかけた。
柾たちは声が出ず、じっとわずかに顎を引いて見つめることしかできなかった。
一度は温情を向けてくれていた人だが、次に会う時は容赦しないと言っていた。そのことがこうして体現されることが柾の胸を強く打って、騎士の忠実さに舌を巻く。
「とりあえず、服を脱いで」
さらに柾たちは血の気が引いて、頭がくらくらしてくる。
バレットは棍棒を地面に突き刺すと手早く、短剣で三人の手首を縛る縄を切る。彼女たちの手首にくっきりと残った青あざに眉根を寄せつつ、短剣を収める。
「早くね」
「は、はい……」
柾が代表して怯えきった声で答える。三人は一度目配せしあって、おずおずと脱衣し始める。
バレットはそれを一瞥すると、棍棒を肩にかけてすたすたと移動する。すると、積み重ねられた網かごの前につき、網かごを三人の前に差し出した。その中には粗末なタオルが三枚放り込まれていた。
「服はこの中に入れて。着替えのほう、用意してくれる?」
バレットは待機している修道女たちに投げかける。
すかさず、そばかすの女性が反応する。
「はい。承知しました」
「場所はわかる?」
「輸送船のほうから何着か、こちらに運びましたから大丈夫です」
「よろしく」
バレットは背後を過ぎていく、部下を目で追って確認をとる。
「はいはい」
と、そばかすの女性は飄々として答えて、出ていく。流暢で緊張感のない口調であった。
それでも、柾たちは服を脱ぐたびに肌を撫でる肌寒さとこれから何をされるわからない恐怖に震えが止まらない。
「早くしろ」
バレットが横からせかす。
柾たちはその一言でいそいそと服を脱いでは、かごの中に放り込んでいく。
と、その隣でバレットもやっとこや棍棒を置いて、また鎧の留め具を外しだす。さくさくと服を脱いでいく。大事そうな剣すら外して、衣類と一緒にかごの中に潜ませる。
柾たちは静かに目配せをして画策する。この場で三人、力を合わせれば、丸腰になるバレットと年配の女性を倒すことができるのではないか。痛い思いをするかもしれない怖さから生まれた、逃げたいがための考えである。
しかし、その考えもバレットの肌があらわになるたびに薄れて、喉の奥が詰まる気持であった。思わず一歩あと退ってしまう。
「その傷……」
フォノが思わず言葉を零した。
傷跡がバレット・バレットの全身に刻まれていた。生々しい蚯蚓腫れが綺麗な方に浮き出ており、形のいい胸にも青あざが浮き出て、お腹にも袈裟懸けに走る傷が重なり合っていた。長い手足にも傷跡が無数に刻まれていた。
「ん? 前線に出れば、これくらい武勲みたいなものだ」
柾たちはその姿に面喰って、考えていたことが頭から吹き飛んでいた。
「さ、むこうだ」
バレットはタオルを胸元に抱きつつ、棍棒を手に取る。顎でしゃくって進む先を示し、柾たちを誘導する。
さわさわとした芝の感触。全身の産毛が逆立つ感じが柾、フォノ、結子に駆け巡る。背後を歩くバレットの気配に背中がむず痒くなり、それから逃げるように足早に速記の女性の横を通って、布一枚隔てた先へとくぐった。
最初にツンと鼻に刺さるような匂いが襲い掛かって、青空がかすんで見えた。
「わぁ……」
柾たちは立ち止まって、またも驚かされた。
目に入ってきたのは、もうもうと湯気を放つ大きな樽が四つ。パンチョンと呼ばれる洋樽だ。柾たちがその一つによってみれば、高さは胸元くらいにまで達し、幅は三人がギリギリ入れそうなくらいの大きさで、ふわっと刺激的で、甘酸っぱい香りが湯気とともに立ち上っている。
中をのぞき込むと、先ほど脱衣した場所にあった金属製の毬が底にいくつか沈められていた。その上に網目状に編んだ枝葉が荒縄で括り付けた毬を重しに敷き詰められていた。
「お風呂だ……」
柾は思わずつぶやいた。フォノも結子も言葉を失って、呆然とする。
バレットが横から手を入れて温度を確かめると、持っていた棍棒で樽の中のお湯をかき混ぜる。
「東洋では、罪人をお湯につけて大盗賊を裁いたという話があるそうだ。面白い話でしょ?」
バレットの声は無邪気なもので、柾たちが顔を向けると、彼女の顔は優しいものであった。それが異国文化の誤解からくるものだから、なお微笑ましい。
「普通に話していても話しずらいし、だからって殴ってどうこうっていうのも趣味じゃないのよね。だから、こういう手段を試すのも悪くないかなって」
その言葉に柾たちはほっと胸でなでおろす。
どんな仕打ちを受けるのかと思っていたが、厚遇してくれることがうれしかった。
バレットはお湯をかき回すのをやめると、すたすたと隣の樽に移動し始める。
「すぐ横に桶と台がある。まず、体を軽く流してから入るように」
「あの……。三人で、ですか?」
心にゆとりができたフォノがそう質問する。
と、バレットが棍棒を振って柾たちの前に先端をつきすける。湯気が切り裂かれ、風が低く唸るようになった。三人にはその一人振りが起こした風圧に体が委縮してしまう。
「十分だと、思うけど?」
「はい。その通りです」
柾が愛想笑いを浮かべて、代表して答える。
暴力をされるよりはずっと扱いはいいのだ。浴槽が一つしかないくらい、我慢できる範疇であろう。そもそも、それだって贅沢だ。騎士団に対して口答えができる立場でもない。
粛々と柾たちは指示通り懸け湯をする。肌を焼くような熱さにびっくりするも、水のはじける感触を全身に浴びて心地よさを覚える。髪の長いフォノは二、三回お湯をかぶってようやく潤った。
青空がすがすがしく、肌を撫でる冷えた空気が頭をすっきりさせてくれる。
「お風呂なんて、久々だわ」
フォノはしみじみ言って、先に湯に入る二人を見ながら長い髪を束ねて、タオルで覆った。
柾と結子は頭の上にちょこんと畳んだタオルを載せている。
「ちょっと狭い?」
「もう少し詰めて、フォノが入れないよ」
柾と結子はそう言いながら、樽の中で位置を変えてフォノを迎える。互いに背中合わせになりながら腰を下ろせば、お湯が淵いっぱいにまで上がって全身を包み込んだ。
三人の口から同時にため息がこぼれる。体の芯まで温まり、こわばっていた筋肉がほぐれていく。顔がゆるみきって、頬も真っ赤に染まる。縛れていた手首がヒリヒリとするが、些細なことである。
「フフッ。仲がいいのだな」
と、バレットがフォノと同じく髪をタオルで覆って湯船につかる。足を延ばせないのは何点であったが、体の大半が湯につかればそれくらいのことは気にならなくなる。
「そう、です?」
柾たちはバレットの声でしゃんとなって、体の位置を変えながら、顔を彼女のほうに向ける。これは一応、尋問なのだ。腑抜けたままであったら、あれこれいらないことまで喋ってしまいそうだ。
三人娘が視線を向ける先では悠々とバレットが色っぽく肩にお湯をかけていた。その仕草は女性的で、騎士団を束ねる人の感じはなかった。
「さて、と。とりあえず、わたしたちから別れた後のことを話してもらおうか?」
柾たちは間をおいて、恐る恐るこれまでのいきさつを話した。
湿地帯でのこと。ケルンで起こったこと。フライハイト一派のナイト級を撃破したこと。そのすべてを思い起こしながら、包み隠さず彼女に告げた。図書館でのことでは、柾たちも猛省してしっかりと告げた。
すべては〔アル・ガイア〕を知るためのことであるから、彼女たちにも嘘はつけなかった。
しかし、バレットの表情は曇っていた。
「なるほど、道中でのことは信じるよう。しかし、巨大な炎の波や死の灰の降る空、それに図書館での声、だったか? そういうのは、どうも……」
信じがたい、と唇を動かしながらもバレットの声にはならなかった。
柾たちが嘘をついている気配はない。彼女たちも半信半疑といった様子で、その事実を確かめたい衝動があるようだ。
柾は樽のふちに手をかけて、バレットを見つめる。
「バレットさん。あの子はまだ、わからないことだらけなんです。このまま、フライハイトと戦うために使ったりはしませんよね?」
「そのことに答える義務はない」
厳しい口調でバレットが返す。
柾たちは落ち込んだ表情を見せる。
修道騎士団にとって、ノード教会の脅威を排除したいに決まっている。そのためにはより強い力を使い、圧倒しなければならない。フライハイトは着実に力をつけてきている。そのことは、〔ゼルドナァ・ヘリック〕と戦った柾たちだからわかることであった。
「しかし、それでは寝覚めが悪いか――」
と、バレットが取り繕うようにして言葉をつづける。
「即戦力、という実証は君たちの証言からとれている。すぐにでも北方の戦線に送り出したい、と本部はいうだろう」
「北方の戦線……?」
フォノはそうつぶやいて、北方の戦線がいかなるものか想像できなかった。もともと暮らしていた場所も北方であったから、それよりも北あるいは北東に何があるのか知らない。
裏を返せば、少なくとも柾たちが暮らしていた土地にまでその影響が出なかったことになる。修道騎士団の活躍があって侵略を食い止めていることになるのだ。
バレットは苦々しい表情で、傷だらけの左腕を伸ばして右手で撫でる。なめからなお湯の感触と傷の間を流れる滴。心地のいいものではなかった。
「北から流れてくる民族の侵略を阻止するため、修道騎士団は戦っている。そして、その北の軍隊とフライハイトは協力関係にあると推測されている」
バレットの言葉に柾とフォノは結子のほうを見る。
結子もそのような話は初耳らしく、顔を横に振った。ヒリヒリとまだ痛みを引く手首が気になり、思わずお湯の中で揉みほぐす。
結子のフライハイトへの関与は伏せていたが、バレットはその様子を見て、結子の容姿もあってフライハイトについて何かしらの関与があると感じた。
しかし、バレットはフライハイトとの関係を探るために、さらに修道騎士団の事情を口にする。
「フライハイトはそもそも奴隷や無産市民の集まりだ。北方民族は何らかの手段を使って、財源となりフライハイトを育てている可能性があるのだ。でなければ、財源に劣る彼らはまず戦うどころか、生きていくことも難しい」
結子はその意見に小さく頷いた。冷静に考えれば、他人の財産であるところの奴隷に貯蓄などあるわけがない。無産市民にしても同じである。それがお金にある程度ありつけるのだから、そう思うのも当然と言える。
「じゃぁ、何のために?」
結子が問いかける。理想の下で働いていたから、修道騎士団の意見も聞いてみたくなった。
「挟撃をするために?」
柾がバレットの言葉を含んで、そういった。
北方戦線では力が拮抗している。おまけに冬になれば、厳しい寒さと凍土に阻まれて両軍の戦いも硬直状態になるだろう。そうなる前に、内側と外側から防衛線を崩すのが効果的だろう。
バレットはそのことには答えず、首筋に手を当てる。
「知っていることはないか?」
「…………いいえ」
柾は詳細を教えてくれないと知りながらも、彼女の冷徹な態度に違和感を覚える。さまざまな情報をちらつかせて、さらにはお風呂まで提供してくるのだから。
そうすることで確かに口は回るようになっていたし、武装していないバレットに対して恐怖心というものは持ちえなかった。むしろ、好意的さえ思う。
だからなのだ。彼女がほかの騎士とは違って、自分たちと対等の立場を取ろうという気分が感じられた。
「そうか。では、なぜ〔アル・ガイア〕を保有し続けた? 不思議なことを知るためだけ、というわけではないだろう?」
バレットの質問内容が変わり、柾たちも気持ちを切り変える。
自分たちにとって〔アル・ガイア〕とは何か。そのことを考えて、これまで行動をしてきたつもりだ。はっきりと言ってやろうと三人は身構える。
「あの子を戦闘以外でもっと人の役に立ついい子にしたい、です」
柾の回答にバレットは眉を寄せて、口元をゆがめる。
「乙女チックなことを――」
呆れながらも、柾たちがそういう考え方を持っていたから最悪のケースは起きなかったともいえる。
機械を人の役に立たせる。それ自体は素晴らしい考えであったし、戦わないで済むのであればそれに越したことはない。
が、彼女たちは問題を理解していないとも思う。
「ものには適材適所というものがある。あの機体を役立てたいというならば、戦いの場にこそふさわしい」
「どうして、そうなるの?」
柾は思わず立ち上がって、前に体重をかける。ほんのり赤くなった肌から湯気が立ち上る。
騎士にしても、フライハイトにしてもすぐに戦いたがる短絡的な思考には柾は理解しがたかった。
バレットはそういう柾の綺麗な、傷一つない体を眺め見て短く息を吐いた。
「君たちの意思は間違っていない。しかし、あの機体は戦いを想定して造られたものだ。いくら世のため人のためとはいえ、戦うことから逃げおうせた機械に居場所などない」
「そんなことない。傷つけるばかりが、機械じゃない」
柾が強く訴える。
「あの機体の強さゆえに気持ちが耐えきれない、と逃げの方便にも聞こえる」
バレットがきっぱりと断言する。
それには柾も押し黙って、おずおずと湯に体を沈める。
手に入れた力。偶然のめぐり合いによってもたらされた巨大な力の方向性をうまく引き出せないでいる証拠だ。
バレットは指を絡めて、掌を返して伸びをする。
「力とは本来、自身を磨き上げ、それ相応にして身に着けるものだ。君たちはただ強力に踊らされているに過ぎない」
ふっと伸びをやめて、余計な力を抜く。張っていた声も揺るんだ。
「機械とは操られるもの。アーデル・ヴァッヘのために動く操縦者など笑止千万。自身の力量を知らない、無知なるものでしかない」
なまじ誰にでも動かせる機構は、それを御するだけの精神が未発達であるといえる。
修道騎士団がいまだに剣を手放さず、なぜ鍛錬を積むかといえば、肉体はもちろん精神の鍛錬でもある。一挙手一投足の剣技は腕力だけで繰り出されるものではない。全身全霊を込めての一振りに、騎士道ともいえる精神鍛錬の道が切り開けることもある。
〔AW〕にもなれば、武術の鍛錬から操縦技能の習得までに三年を要する。操縦だけでなく、前提として武道の精神と体作りができてなければならない。
そうしなければ、〔AW〕という強大な力を御することなどできはしない。心から自壊して死を招き寄せるだけだ。
少女たちはその過程をすっ飛ばして、〔アル・ガイア〕というものを使って見せた。彼女たちを支えるものは責任と理想、友愛の精神。とてもではないが〔アル・ガイア〕を操るには未熟な土台だ。
「けど、わたしたちはあの子を人殺しの道具にさせたくないの」
「利用の仕方はいくらだってある」
フォノと結子が弱腰に反論する。
「わたしは、利用されているといった。そのような反発心だけで決闘を受けたのは、蛮勇だったな」
バレットがぴしゃりと言って、不機嫌な視線を向ける。
「勝てるなどとは初めから思っていなかっただろう?」
バレットの鋭い眼光と低い声に柾たちは委縮して、狭い樽の中で身をさらに寄せ合う。そうできることが、唯一平静でいられる動作であった。
バレットはその光景が本当にただの女の子なのだと思い知らされる。
「そういう年頃であるのは、わかる」
湯面を見つめて、バレットが滔々と語る。
「無鉄砲に前に出るということもある。そこで感じるすべては、自分の身に降りかかってくる」
柾たちは彼女の言葉を耳にして、思わず傷だらけの腕に注目した。
きっと幾多の戦を駆け抜けて、そのたびに怪我をしてきたのだろう。〔AW〕に乗る以前に、一人の騎士としてその体で大地を踏みしめて進んでいた証である。
そのすべてを持って〔アル・ガイア〕に戦いを仕掛けてきたのだから、柾たちが敵うはずもないのだ。そういう納得感が、のど元を過ぎて体を包むお湯のように全身に染み渡る。
「だが、まだ子供だ。お前たちにこれまでの罪を償えるだけのことができるか?」
「わかりません……」
正直に柾は答える。
バレットは予想通りというか、彼女たちの心境に同調を示していた。
理想を掲げながらも未だ体がついてこれていない感触。強い力ゆえに幼い心が受け付けない。
きっとこれは〔AW〕を操るものがぶつかる壁であり、それを乗り越えたものが操縦者として成熟していく。
「このまま宗教裁判にかければ、君たちの罪状は軽くなるだろう」
柾たちはバレットの真剣な声音に安寧はなかった。漂う剣呑な雰囲気に思わず息を止めてしまう。
「しかし、それらは〔エクセンプラール〕を運営してきた艦長にすべての責任が回るだろう」
太陽に薄い雲がかかって、あたりが暗くなる。
立ち上る湯気のように柾たちの心までも曇っていく。足の底から湧きたつ熱さ、だけど、体の芯は寒気を感じている。
大人を批判してきた柾たちであったが、自分たちのことを理解していなかった。だが、実際に罰を受けるのは大人なのである。それも一番に慕う人に降りかかろうとしている。
「…………」
柾は何か言わなければならない、と心の内で何度も言い聞かせるが、声は全くでない。
喉が詰まって、バレットのいうことが正論であることを痛感させられる。眉間がズキズキと痛みだす。
雲が流れていき、太陽の光が戻ると湯気が金色のカーテンとなって揺らめく。
「できるかぎり、公平な裁判にはする」
バレットが慰み程度に言った。
そのことが余計に柾たちの気持ちを逆なでした。
わかったようなこと言わないで、と叫びたい。修道騎士団とフライハイトが暮らしを滅茶苦茶にしたからいけないんだ、と怒鳴りつけてやりたい。どうしてミトが全部の責任を負う必要はない、と泣き叫んでやりたい。
しかし、それは心のうちにとどまって表情は硬くなり、バレットからも視線を外していた。
「バレットさん、最後に一つだけ教えてください」
フォノの声にバレットは緊張した。
「リンドヘルムの風習……。子供を山にささげる風習に、修道騎士団はどういう理由で関わっているのですか?」
「リンドヘルム……。山脈近くの工業都市か?」
はい、とフォノは緊張して答える。
「フォノ、今そのことを言ってどうするの?」
「聞いておきたいじゃない?」
柾の心配に対してフォノは優しく答えた。
修道騎士団と深く接する機会はもうないかもしれない。だから、確かめておきたかった。修道騎士団が彼女の語る善き組織であるのかを。
バレットはたっぷりと間をおいて、柾たちを見る。
「初耳だな。そのこと、詳しく聞かせてもらおう」
柾たちは驚きながらも、バレットの真摯な応対に感謝した。
まだ心は定まらない。〔アル・ガイア〕をこのまま修道騎士団に渡すこともできない。そして何より、自分たちのせいで〔エクセンプラール〕の艦長、ミトにすべてを押し付けられない。
どうするべきか。何ができるのか。
常に向き合ってきたことに柾たちは挑む。
風習のこと、フォノに襲い掛かった出来事、それからいくつかのことをやりとして尋問は終わった。
バレットもまた柾たち同様、混乱の色が見え隠れしていた。




