~黒風~ 罪人の受難
簡素な棺を運び出すことに騎士たちも暗鬱な表情を浮かべる。重い棺の中身を想像したくはなかったし、なにより先日の任務のことを連想させて一層気が滅入っていた。
その後に続く人たちは悲嘆に暮れて、葬儀のあれこれを騎士団内の修道士とともに進めていく。土葬にするか、火葬にするか、という選択では悶着が頻発した。
信奉者であろうとなかろうと、葬儀のやり方は一貫して身体を大地に返すことである。ヨーロッパでは土葬が一般的で、遺体を焼いて、灰塵にするというのは稀なことである。
修道士たちも、できることなら棺ごと埋葬したい気持ちである。が、多くの修道士はこういう。
「このような見知らぬ地に、肉親を置いていくのは嫌でしょう? とはいえ、肉体は腐り、棺も幅を取ります。だから、遺骨にして受け入れ先でお墓を作るのが、よろしいのではないだろうか?」
それには文句を言う人たちも口籠って、彼らの言い分を吟味する。
もともと牧畜、農耕で暮らしていた人たちだ。教会の教義云々を隅々まで理解しているわけでもなければ、複雑な事情を思案する学問もない。それでも、これからのことを思うと修道士たちの言葉は納得できるものである。
感情と理性が相反するも、結局、遺族のほとんどが修道士や騎士たちの運びに任せる。少なくとも送葬の義理をよくわかっていて、彼らの働きは実に丁寧であった。そのことがほんの些細な安堵を与えてくれる。
実際、騎士たちはよく動いていた。剣を持つ手に柄の短い鍬を握って土葬や排気用の穴を掘り、掘り出した土は手押し車に積んで運び出す。折れた木々から薪を調達し、火葬した遺体の納骨作業を手伝いもしている。
もうもうと上がる黒煙と火柱、肉の焼ける臭い。昼間の明るい時分には似つかわしくない濃淡な色合いと臭気が満ちて、秋の乾いた空気を覆い尽くす。
と、薪を運ぶ二脚のバイン・アウトーの往来に交じって、フォノと結子が薪の束を抱えて歩いている。手首を縛られて、その荒縄の延長を持った見張りの騎士たちに急かされ、引っ張られていた。
まるで奴隷のような扱い。決闘に負けて、操縦者としての威厳もなければ、人としての尊厳も剥奪されていた。彼女たちは罪人であり、見せしめの引き回しのようなものであった。
「いいんですかね? こういう扱いをして?」
細面の新米騎士が最前列をゆく同僚に問う。彼らは帯刀をしつつも、鎧のない簡素な格好であった。
「こいつらが手伝いたいというから、俺たちも面倒なことをしているんだ。教官たちも別件でこっちにまで気を回してられないみたいだしな」
最前列の新米騎士は、四角い顎を擦り、髭の具合を見ながら〔エクセンプラール〕の後部ハッチで色々と打ち合わせをしている一群を見た。そこでは乗員名簿をつくったり、葬儀の手続きに追われている修道士や騎士たちの動きがよく見えた。
「文句を言われる筋合いはないな」
「それもそうだ。どう扱ったって文句いわれねぇやね」
騎士たちは新米故に罪人の扱いに疎く、犬の散歩気分で女の子二人を引っ張っていた。他の騎士たちは忙しく、彼らの行き来に目を向けている余裕がなかったのも不幸である。
葬儀に参列し、横切る人たちの瞳が嫌でもフォノたちに向けられる。憐れむような瞳もあれば恨むような視線も合った。
フォノは薪の束を強く抱きしめて、精一杯の自尊心で顔は俯かないように努める。心の内は惨めで、泣いてしまいたい気持ちが溢れてくる。それでも、火葬場の熱気と臭いにそんな気持ちも影をひそめてしまう。
結子は悔しさに奥歯を強く噛みしめて、口を真一文字に結った。
これでは奴隷と同じだ。何もかもを失って、所有物として扱われる。悔しくて堪らない。しかし、決闘の結果だからと自分に言い含めて、無理やりに納得させる。
二人が薪運びをする一方で、柾は穴掘りの手伝いをしていた。露天掘りのように幅広く、また深い穴である。
この穴は〔エクセンプラール〕の汚れたシーツや血が染みついた布を棄てるためのもの。そこには納骨できない、遺骨もまた埋められる予定である。
柾は手首をきつく縛られた状態ながら、大きめの木の枝を使って土を柔らかくしては手で掘り起し外へと捨てていく。石にぶつかれば、それだって除去して掘り進めていく。幸い、このあたりの土はやわらかく、彼女の小さな手でも十分に掘ることができた。
それゆえ、ある程度の深さがないと感のいい動物に掘り返されてしまう。それに、土の肥やしにするにためにも深く埋めた方がいいだろう。
周りで片手に収まる小さい鍬を手にして作業をする騎士たちは、その小さな姿に胸が痛んだ。着ているシャツやズボン、赤いマフラーは土で汚れて、一心不乱に文句も言わず作業をする。罪人として扱われいようと彼女の姿には敬意を表する。
が、彼らでも手にしている小道具を貸すことはできない。それもやはり騎士と罪人の立場だからである。
「…………ッ」
柾は痛みを覚えて、土を掘り返すのをやめ、自分の手を引き寄せる。
泥だけの手。爪の間に土が入り込み、さらに砂利が深々と刺さってかすかに血を流していた。ヒリヒリと指先が痛む。
「おい。どうした?」
穴の淵で柾を監視している若い騎士が訪ねる。いかにも面倒そうな顔つきで睥睨して、肥えた顎を震わせる。恰幅のお腹がよく見えた。
彼もまたフォノたちを監視する騎士の同僚であり、同じ班である。
「何でもありません」
柾は痛みを堪えて、そう返答すると作業に戻った。
「おいっ! 何してんだよ、ほんとによ!!」
すると、男の鋭い怒声が響き渡って、人々の目がその方に集中した。
柾はその声に弾かれて、木の枝を放ると痛みも忘れて穴の淵にしがみ付き、顔を出す。
彼女の視線の先には盛大に薪をばらまいて倒れてしまったフォノの姿があった。
「……ごめんなさい」
結子はぼそぼそと言って、薪を拾い始める。惨めな気持ちを必死に耐えて、しかし、身体は力が入らなくてゆっくりした動きになってしまう。
「あなたが、よそ見をしてたからこけたのに……」
後ろについていた結子には一部始終を見ていた。
四角い顎の男が余所を向いて、縄を引っ張ったからフォノもこけてしまった。それを悪びれもせず、フォノの責任にするところを見ると注意力がなさすぎる。
「何か言ったか?」
「いいえ……」
結子は自分を束縛する細面の騎士が詰め寄ってくるのに顔を逸らしてぼそりと返答した。
「おら。さっさとしろよ」
遅い動きをするフォノに嫌気がさして、彼女の丸まった背中を蹴りつけた。
フォノの身体が乾いた地面に正面から倒れ込み、お気に入りのストールが埃にまみれ、綺麗な金髪が乱雑に広がった。口の中で砂利が転がり、痛む背中に苦悶の顔を浮かべながらもフォノは立ち上がろうとする。
「――ッ」
その光景にカッとなった結子が動き出そうとした瞬間、細面の騎士に肩を掴まれて動きを封じられてしまう。
「助けたいなら――」
騎士は握力にものを言わせて、結子の細い肩に指を食い込ませる。その細い肩はとても〔AW〕を操縦していたとは思えないほど華奢であった。
結子はその痛みに身をよじらせるも、抜け出すことは敵わない。
「起こしてやんな」
その瞬間、細面の騎士は結子の肩を乱暴に押し出して、足先で彼女の足を引っ掛ける。
「あ――っ」
結子は間抜けな声を上げて、身体を捻って背中からフォノの上に倒れ込んだ。
背中からフォノのか細い悲鳴が上がる。
「ごめん。大丈夫?」
結子は薪の束を抱えたまま横へと転がる。それから、薪を置いてフォノを起こそうとする。が、手首を縛られた状態ではうまく起こすことができず、フォノもふらふらであった。
「大丈夫、だってよ?」
「可愛い声でね」
頭上では礼儀知らずの新米騎士の冷やかしがかかって、フォノも結子は恥ずかしさと悔しさで頭を上げることができなかった。
こんな風に馬鹿にされる理由がどこにあるというのだろうか。
作業をする騎士たちの視線も厳しいものが多くなる。
その中で穴の縁に顔を出していた柾は我慢できずに身を乗り出す。
「勝手に持ち場を離れるな!」
その動きに気づいた小太りの騎士がちょうど這い上がった柾の身体を蹴り上げる。
「あぐっ」
鳩尾に騎士のつま先が突き刺さり、柾は穴の中へと転がり落ちて行った。傾斜がかった土壁を二回転。ごろごろした石のたまり場に背中を打ち付ける。頭をぶつけて、思わず頭を抱えて蹲る。
小太りの騎士は蹲る柾を睥睨して、鼻で笑った。周りにいた騎士たちが心配そうに寄り添って声を欠ける姿も滑稽でしかたない。
「こんなやつが操縦者だったのか……」
それを打ち破った聖騎士の腕もまた知れる、というものだ。
新米騎士たちのほとんどは女が上位に存在し、さらには誉れ高い聖騎士の称号を持っていることが納得できないでいる。それに付き従う先輩たちにしても、年若い女性に対して礼儀を尽くしている姿がどうにも滑稽に見えていた。
そして、小さい罪人たちである。
「罪人の癖に、同情を誘うのだけはうまいんだからな」
どう扱われようと罪人ならば、文句を言えるはずもない。
彼女たちはまだ丁寧な待遇であろう。まだ元服もしていない女の子だから、では済まされない。普通なら拷問にかけてでも〔アル・ガイア〕の秘密をしゃべらせるのが筋と言うもの。蹴られようが、殴られようがそれが普通なのだ。罪人に権利主張があるはずもない。
「聖騎士様も手ぬるいんだ」
小太りの騎士が肥えた顎を震わせてそう吐き捨てると、フォノたちの方に顔を戻す。
その瞬間、彼の顔から血の気が引いた。
「お前たち、子供のおもりもろくにできないのか?」
筋骨隆々の偉丈夫が至極真面目な顔で近づいてくる。帯刀はしてなくとも、煤にまみれていようとも、タンクトップで覆われた肉体が歴戦で積み重ねた凄味を醸し出している。
彼らの班の先輩であり、教育係の一人である。
「これは教官殿……」
柾を小太りの騎士は脂汗を流して、姿勢を正す。
「少し目を離しただけで、勝手にやりおってからに。誰がそこの子に手ぇ上げろと言った?」
教官の男が吠えると、新米騎士は肩を窄めて押し黙る。
そして、視線をフォノたちの方に向けると、同じように説教を食らっている同僚がいる。特にフォノを蹴りつけた方は顔面蒼白で、言い訳をしているも聞き入ってもらえていない。
「新入り。今、周りで何をしているか、わかっとるよな?」
「は、はい」
小太りの騎士は視線を教官の方に戻して、上ずった声を上げる。
「火葬に伴う資材、処理の準備であります」
「わかってるじゃないか」
教官が白い歯を見せるようにして笑った。
それにつられて新米騎士もゴマすりをしながら引き攣った笑みを浮かべる。
「そこまでわかってるんなら、葬式の最中に、例え罪人と言えど暴力とは不謹慎じゃぁないか?」
「そ、それはその――」
小太りの騎士が言い訳を考えていると、教官は皮の厚い手で彼の頭を掴み、睨みつける。顔を引き寄せて、視線を逸らさない。
「新入りよぉ。勝手なことはするな。言われたことをできるようになってから、自分の判断をしろ」
「は、はい」
「それとバレット隊長に文句があるなら、挑んでみろ。それもしないでくだを巻いてるなんざ、器量の小さいヤツだということ、覚えておくんだな」
そういって、教官は乱暴に新入りの頭を振り払うと穴の方に近づく。
ちょうど柾が一人の騎士に支えられて、身を起こすところだった。
「すまなかったな」
教官が声を掛けると、目に涙を溜めて柾は睨み返した。
「ちょいと上がって来てくれ。聖騎士直々に尋問をすることになった」
その言葉に柾は顎を引いて、緊張する。
バレット・バレットは話が通じる相手である。他の騎士たちも温情のある人たちであるがすべてがそういう人ではない。そのことがどうにも居心地の悪い気分を沸き立たせる。
「わかった」
柾は短く答えて、立ち上がった。




