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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第九章
62/118

~黒風~ 敗者の定め

〔アル・ガイア〕と〔リッター・バレット〕との決闘は五分とかからず幕を下ろし、〔エクセンプラール〕はバレット・バレット率いる修道騎士団に接収される。いや、騎士団からすれば返還されたというべきだろう。


〔エクセンプラール〕は〔ガング〕の城門を通り、天守閣となる〔ローテァ・ケーファー〕に接舷し、人員の往来が始まっていた。〔アル・ガイア〕もまた〔エクセンプラール〕の甲板にあげられている。


〔エクセンプラール〕側が騎士団の介入に強い抵抗を見せなかったのは、一度は遭遇した部隊であったのが大きいだろう。艦底に集められた人々は騎士たちに対して、最低限の礼儀と節度は守った。


 検閲と尋問が進められていく中で、住民たちはひそひそと耳打ちをし合う。

 

「負けたのか……」

「まったく、情けない話だよぉ。聞けば、惨敗だって?」

「おい。八百長じゃないかって役員会じゃ出てるらしい」


 伝播する噂に人々の怒りの矛先は、負けた操縦者たちに向けられていた。勝てば官軍負ければ賊軍というように人心は敗者に対して冷たい物である。


 が、不満があるのは何も〔エクセンプラール〕にいる人々だけではない。


〔エクセンプラール〕の前部上層にある居住区に訪れていた団体も、通路に立ち込める異臭に顔を顰めては急ぎ足になる。


「よくもこんな……」


 バレット部隊にいる医師たちである。


 以前に怪我人たちを見舞った人たちが多く、彼らは自発的に怪我人の居る部屋を周っていた。結果から言ってしまえば、手遅れであった。


 彼らは怪我人たちの見るも無残な傷口に顔を顰めて、部屋に充満する肉が腐っている臭いに頭痛がした。通路の倍以上濃厚で、眩暈のするものである。


 怪我人たちの親族は医師たちの到着に喜んでいたが、医師らの険しい顔を見た瞬間、もはや希望がないことを悟った。


 そのうちの一組が通路に出て、ドアを閉める。親族の女性と壮年の医師が部屋の方を気にしつつ、声を押し殺して話し出す。


「お医者様……」

「もう助かりません。せめて、安らかに眠らせることが我々にできることだ」


 医師は彼女のこけた頬や充血した目、肌の色艶がないことに気を配り、単刀直入に提案する。彼女がいかに無理をしてきたか、彼の眼識は見逃さない。 


 医師だって怪我人を救いたいのはやまやまである。が、もう手遅れだとも経験豊富な目と鼻、それに指先から得た情報から結果は出ていた。


「そんな……。それだけはどうにか、ごかんべんをっ! 助けてくださいまし!」


 女性は発狂寸前の叫びをあげて、医師に縋りつく。


「落ち着いてください」


 医師は女性を引き離して、自分の厚い唇に人差し指を当てるとドアの方を目配せする。


「は、はい。申しわけ、ございません。落ち着きました、はい」


 女性も彼の所作を見て察し、ドアの向こうにいる主人を思って、顎を引いて自分に言い聞かせる。


 医師は深くため息をついて、背筋をただした。


「いいですか? よく聞いてくれ。あの人はもう助からない。そして、あんたにだって何かしらの感染症があるやもしれない」

「瀉血をすれば、どうということは――」

「血を抜いたって、治るモンじゃないんだ」


 医師は精一杯、怒鳴り声を抑えて言った。


 彼らの医療知識は荒療治による一過性の手段ではない。処方箋も調合する。外科手術も行う。教会が伝える医療は未熟ながら、着々と成果に結びつけるものがある。


 と、そこに騎士二人に両脇を固められたミトが角の通路から現れる。彼女は尋問を終えて、騎士たちの手を借りながら留置所となる船室へと移動しているところであった。


「どうか、なさったんですか?」


 ミトは足と止めて、女性に話しかける。


 両脇の騎士たちは急かすようなことはせず、彼女の対応を認めた。異臭が漂う通路に長いしたくはなかったが、彼女の人望というか、愛情がやつれた女性には必要だろうと判断した。


 騎士たちが支えを解くと、ミトはありがとう、と一言添えて会釈する。


 ミトは医師と女性の間に入って話を真摯に聞き、複雑な面持ちであったが毅然とした態度を見せる。


「今はお医者様の言葉に従いましょう」

「ハルルスタンさんまで」


 女性が上ずった声を上げる。


 ミトは彼女の気持ちを汲みながらも、医師の判断は正しいと感じる。独善と言われようとも、残忍と罵られようとも彼女の判断は揺るがない。


「御主人はがんばりました。そして、あなただってこれ以上無理をしては今度はあなたが死ぬ番になります」


 ミトの言葉は医師の心の内を代弁していた。


 それには医師も感服して、心中ミトが素晴らしい女性だと賛美した。


 悔しいほどの現実だからこそ、女性には受け入れがたい。女性のこけた頬にはらはらと涙が伝い、細い両手が悲しむ顔を覆う。


 女性の震える肩をミトは抱き寄せて、力いっぱいに抱きしめる。こうしてやる音しかできなかったが、その強い抱擁に女性もむせび泣きながら答えた。


「せめて、あの人との赤ちゃんが欲しかった……」

「うん……」


 ミトは耳元でささやかれる言葉が辛いことか、痛いほどわかる。動かない右足を隠す様に引きながら、彼女のべたついた髪を撫でて、もう一方は背中をトントンとたたいた。


 子どもをあやす母親のように、ミトは優しくむせび泣く女性を慰める。


 愛する人と肌を重ねることも、子を産み、育てることの強い想いも、できることなら叶えてあげたかった。


「奥さん。せめて、このことはあなたの口から説得するようにお願いします」


 時間を置いて、医師が頭を垂れて言った。彼に出来る最後の配慮であった。


「……はい」


 女性は泣くのをやめて、ミトの肩ごしに頷いた。


 それが最後まで連れ添う者の役目なのだ。医師の口から告げられていい話でもない。だったらせめて、最後の時間を共に過ごしたいと思う。


「ありがとう、ハルルスタンさん」

「あなたは素敵な女性よ。がんばって」


 ミトは抱擁をといて、彼女の意志で部屋に向かわせる。弱々しい足取りながらも、彼女は決して死というものから目を逸らさなかった。


 死なせたくない。


 その願いと共に人の一生というものが他人の手に委ねられるのは、恐れ多い事のように思う。


 医師が部屋に入る女性を見てから、ミトの方に視線を移した。


「こういうことをするのは、嫌なんですよ。せめて、艦長のあんたがもっと早くに決断していたら助かったでしょうにっ」


 医師は八つ当たりをしていると自覚しながらも、心中で称賛した女性に対して医者としての気持ちを伝えておきたかった。


 厳しい言葉にミトは返す言葉はない。


 彼の怒りはもっともで、先送りにし過ぎていたという自覚もある。だが、彼女の立場上は健全である人の安全が優先されてしまうのも現実なのである。


「失礼……」


 騎士たちは断ってミトの両腕を脇に抱えるようにした。エスコートならよかっただろうが、これは罪人の連行である。


 ミトは沈痛な面持ちの騎士たちに再度支えられて、歩き出す。


 その日の艦内は涙と悲痛な声が絶えなかった。今生の別離。あまりにも辛いことで、直面した人々はただ悲しみに沈むほかなかった。


                *    *    *


 鹵獲した〔アル・ガイア〕の調査には、驚かされることばかりであった。広い操縦空間に、上下左右に広がるパノラマは鮮明で、次々と湧いて出てくるホログラフィに心臓が高鳴る。


「これがアーデル・ヴァッヘの中というのか。なんて、壮大なの……」


 バレットは首にしているアクセサリに触れながら、〔アル・ガイア〕の頭部操縦席に収まっていた。座り心地はあまりよくないが、ナイト級以上の居住性の良さに舌を巻く。


 スロットル型の操縦桿を小刻みに捻り、指先が触れるコンソールスイッチを叩いて新しい情報を引き出す。


「脊椎ダンパー、破損……。主要伝達回路、断裂。補助伝達回路、稼働中。駆動系、修復率八〇パーセント。修復所用時間、四時間……。下半身が動かないのか」


 次々と流れ込む情報に頭痛がするも、鹵獲した機体情報は教会本部にも提出しなければならない。専門用語の意味も頭の中で湧き上がり、理解するのに大した時間はかからなかった。


 操縦の基本も乗って五分もあれば、彼女には把握できた。ただ、従来の〔AW〕の操縦方法との差異に戸惑ってはいたが。


「あの子たちの言っていたことは本当ね。この装身具がカギで、勝手に様々な情報が手に入る。さて、何と報告したものか……」


 バレットは(マサキ)、フォノ、結子(ユイコ)からアクセサリを渡された時を思い出して唸る。負けたから、と素直にアクセサリを献上してその機能を教え、御縄に着いた。


 バレット自身、それで(マサキ)たちを信用したつもりはなく、今こうして実践して納得する。


 彼女たちがアクセサリを勝者であるバレットに渡した意味もまた胸に重く伸し掛かる。


 誰もが簡単に動かせてしまうからこそ、素晴らしい機構と強力な武装をしているからこそ、人の心を惑溺させて混沌を招いただろう。


「彼女たちが操縦者を続けてくれたことが、機体にとって一番の救いだった、か」


 バレットは骨子だけのシートから降りて、視界の中に浮かぶ拡張現実(AR)モニタを消し去る。目の前で半透明の板が浮いて見えるのは、やはり気色悪くてかなわない。


「まったく、やってられないね」

「ああ、女同士の剣術なんて飯事もいいところだったな」


 バレットは天頂部のハッチに足をかけて、機体の陰でこそこそと話している人員の声を聴いた。外回りを調べている新入り部下の内緒話だろう。


「相手は子供なんだぜ? 聖騎士様が勝って当然。つか、ナイト級の動きにしたって単調だった」

「女が動かすものは、腰が抜けてていけない」


 バレットはリフトワイヤーを使って甲板に降り立つと、左肩部で調査作業をしている男二人を見つける。内緒話に夢中で手にしているメモとペンは止まっていた。


「調子は?」


 バレットは堂々として彼らに歩み寄り、問いかける。腰にしている剣の柄に手を添えて、マントがそれを隠す。


 すると、男二人は何食わぬ顔で振り返った。


「ハッ。見たことのない機体ですので、時間をくださればどうにか」

「損傷が少ないので、隊長の技量の素晴らしさに感謝しております。実に、素晴らしい一撃でありました」

「そうか、ありがとう」


 バレットは興味なく返答して、首のアクセサリを外す。それを腰巾着の中に仕舞いこむ。剣に添えられていた手も今は腰に当てられて、肩の力を抜く。


 しかし、彼女の顔つきは厳つくなって鋭い瞳が男二人を射ぬく。


「お前たち、名前は?」

「ハッ。アラッツェ・ファブリとゴーマ・エリクであります」


 生真面目を装うアラッツェと云う男が言った。ゴーマの顔には気まずそうな愛想笑いがあった。


「作業、ご苦労だった。上がっていい。別命あるまで自室で待機していろ」

「しかし、お昼取ったばかりであります……。なぜ?」

「お前たちに任せる仕事はない。それだけだ」


 バレットはそういうなり、アラッツェとゴーマからバインダーを奪い取る。


 その素早い手に、アラッシェとゴーマは目を丸くする。手際よく、風のようにバインダーを奪って彼女の片腕に収まっている。


「お前たちの目は節穴か……。誰に面倒を見てもらっている?」


 バレットは白紙に近いメモをめくっては怒気のこもった短い息を吐き捨る。


「納得がいきません」

「新入りで、仕事は遅いですが、まじめにやってますよ」


 アラッツェとゴーマがまるで自分が正しいかのように言ってのける。反省する気なし。女が上司と言うことはこの上ない理不尽であると感じているからだ。


 バレットは即座にバインダーで二人の頭をぶっ叩いた。二人の頭が下がり、痛みでうめき声をあげている。


 それから、二人にバインダーに挟まったメモを突き付けて言う。


「これが真面目のすることか? わたしを馬鹿にするのは結構だが、実力をつけてからにするのだな。それで、誰に面倒を見てもらっている?」

「この――」


 バレットは反抗的なアラッシェにもう一度バインダーを叩きつける。神速の一撃が彼の脳天を揺さぶり、大の男が頭を抱えてしゃがみ込む。


 バレットが次にゴーマの方に視線を移す。


「は、ハンジェルト殿でありますッ!」


 彼は身の危険を感じて、自分たちの教育係をしている騎士の名を告げた。バレット隊は大きくなり、さらに新人を多くいれたこともあって、班ごとに教育係を設けて人材育成をするほかなかった。


 が、まだ日が浅いために教育係にしても新人にしてもぎこちない点が多かった。


「わかった。こちらから掛け合っておく」


 バレットはそう言ってさっとマントを払って、〔アル・ガイア〕から離れていく。人事のことを考えると、バレットもまだまだ若く全てをまとめきれない不甲斐なさがある。その自覚があるからこそ、部下たちとのコミュニケーションは大切だと自らが動くこともある。


 しかし、注意を受けた新米たちにすれば大事である。何しろ、騎士団の中でも上位に君臨する聖騎士が動くのだから、恐ろしい想像もしてしまうものだ。


「ヴィロォ、いいか?」

「ん。少し待ってください」


 ヴィロォはそう言って、クレーンの作業を他の者に任せると向ってくるバレットの方に向き直る。


 プライベートではなく、役職的なやり取りであったから二人の間には居心地の悪い気分があった。それでも部下たちを前にしてはフランクな言い回しは避けなければ示しがつかない。


「どうぞ」

「この前の夜盗と、この艦――。関連性はないのだな?」

「ええ。貨物を調べましたが、それらしいものはありません。航路予定表にも、航海日誌にもあの村に立ち寄ったという記述は見られません」


 ヴィロォは慇懃に答える。


〔エクセンプラール〕と出くわした方角を考えれば、容疑は薄かったが念には念を入れて彼も艦内の活動に精力的であった。


「手口から言って、ここの人たちではないでしょう。あれだけ、子供がいるんですからな」


 その中で〔エクセンプラール〕がシロであるのがわかり、夜盗がまだ野放しであることに危機感を募らせていく。


 バレットも同じ気持であったが、目下のことを完遂させなければ夜盗の問題だって解決できない。


「今までよく維持できたものね……」


 バレットは呟き、縁から見下ろして、穴掘りやバイン・アウトーによる枝葉の運搬の様子を眺める。


「艦長を務めていた女性が優秀だったのでしょう。苦労も多かったようですが」


 ヴィロォは彼女の呟きを聞いて、そんなことをいった。


「それには同情する」


 バレットは居直って、肩を上下させる。彼女もまた部隊を率いることの苦労を背負っている。騎士か一般人かの違い、とは言え、身に染みる気苦労はわかるつもりだ。


「操縦者の子たちも、よく頑張ったわ」

「極刑は避けられないでしょうな」


 これにはバレットも軽い気持ちにはなれず、眉間に皺を寄せて老騎士を睨みつける。


 ヴィロォが冷静に、諭す様に口を開く。


「公私混同は禁物ですぞ、聖騎士殿。あのデカブツを操っていたこと、この艦への恐喝、強奪の事実は揉み消せんよ。もっとも、本部がこれを信じるかが問題ではありますがね」

「そのためにも、わたしたちの方で究明する必要がある。ほかに、操縦者がいないかも含めてな」


 バレットは地上にもう一度視線を落として、騎士とは違う小さな罪人の背中を確認してから、踵を返してその場を去る。


 ヴィロォは肩を竦めながら、自分の仕事に戻って行った。

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