~赤誠~ 決闘
午前の日差しのもとで、柾たちの搭乗した〔アル・ガイア〕は起き上がる。
柾は次々と表示される立体スクリーンの機体情報を目で追って、機体に異常がないことを確かめる。相手はナイト級だ。〔ゼルドナァ・ヘリック〕戦で受けた苦い後味を思い出しながらも、戦わなければいけないと自分に言い聞かせる。
それでも、三人の気持ちは奮い立たない。責任感だけが膨れ上がって、目的意識がそれをどうにか押さえつけているに過ぎない。
怖いという気持ちは拭いきれなかった。
「あれが、〔リッター・バレット〕……」
柾は機体を地面に着地させつつ、行く手を遮る艦隊から出てくるナイト級の姿に息を呑む。
〔ガング〕の列が左右に割れて、さながら城門を開くかのようにして、赤い鎧の騎士の出陣を見送る。
赤い騎士〔リッター・バレット〕背後の天守閣といえる〔ローテァ・ケーファー〕の巨大な角の先端を握ると片腕でそれを引っ張る。
すると、カブトムシを思わせる先端はそのまま柄と幅の広い鍔となり、引き抜かれるは鈍い輝きを放つ長い、長い刃。
肉厚で重厚。
ツヴァイハンダーと呼ばれる大剣は飾り気のない、しかし、意匠の技が垣間見える逸品。
〔カヴァレリー・ポーン〕を越える長さで、ポーン級ではその重量を支えきれずに、フレームがはじけ飛ぶだろう破格武装。
騎士の称号を持つ機体に許された一騎当千の宝剣だ。
それを肩に担ぎ、〔リッター・バレット〕は悠々と歩き出す。マントがかすかに揺れて、見送る騎士たちの視線がその紋章に集まる。
柾たちはその重圧感のある歩みに、息を呑む。冷や汗が頬を伝う。言葉が出なかった。とにかく、一歩一歩近づくたびに、その重々しい足音が胸を震わせ、機械の瞳から目を離せない。
「…………」
フォノは向ってくるものの出で立ちに気圧されながら、〔アル・ガイア〕が汎用機関銃に手を伸ばすのを横目に見る。
すると、向かってくる〔リッター・バレット〕がマントの下に空いている腕を回すと拳銃を取り出した。
柾たちは同じく遠距離武装を持っていることに肝を冷やしながら、敵が中近距離戦を得意とした機体であると判断する。ならば汎用機関銃はいいアドバンテージに成り得るはずだ。
が、〔リッター・バレット〕はその拳銃を相手の眼前で捨てて見せた。拳銃が音を立てて、地面に転がり機体はそれを見向きもせず前に進み続ける。
「どういうつもりなの?」
結子は相手の思考がわからず、困惑する。
潔い中距離武器の放棄は、柾たちの動揺を誘う。まだ武器を隠し持っているのだろうか。油断を誘っているのか。それとも、挑発。様々な憶測が頭の中を飛び交って〔リッター・バレット〕の実力を妄想してしまう。
「相手の事を深く考えちゃ、ダメだ……」
柾は短く息を吐いて〔アル・ガイア〕の動きを止める。〔エクセンプラール〕のクレーンに吊るされた汎用機関銃にマニピュレーターがかかろうとしたところであった。
一度頭を冷静にしたかった。そして、自分が取るべき行動を模索する。
「決闘だから、剣で勝負をつけたいのかもしれない」
柾が思うのはその一点。バレットとの面識があるから、余計に彼女の誠実さを汲み取ってしまう。
「そんなの。相手の勝手」
結子が言った。
騎士の決めたルールに則る必然性が全くない。彼らは自分が優位に立つために、心理戦を仕掛けているだけだと思う。
だが、有利不利を射撃武器の有無で決定するのは浅はかでもある。
「騎士の心意気っていうのよ。剣で勝負をつけたがる」
フォノは幼い頃に降りかかった災難を思い出しながら、苦々しい表情でつぶやく。
柾は苦い表情をして、操縦桿を引くと〔アル・ガイア〕に汎用機関銃を取らせるのを待たせた。
「相手が正々堂々正面からの一騎打ちをするのに、銃に頼っていいの?」
「何言ってるの?」
結子は苛立った声を上げた。
それにはフォノも同意見で、厳しい視線を映像内線に映る柾に向ける。
「相手はナイト級で本気なのよ? わたしたちに勝ち目がある?」
フォノのいう通りである。
相手が剣一つで戦うのであれば、そこに慢心があると思うのが常套だ。
だが、森林の中に分け入り、立ち止まった〔リッター・バレット〕の威圧感は色あせない。〔アル・ガイア〕に匹敵する巨体からは、静かな闘志が溢れだし、自信と覇気を感じさせる。
得物の量で克服できる気迫ではない。
柾はバレットとの邂逅を思い出して、彼女の前で立ち尽くした悔しさに奥歯を噛みしめる。
「だったら、受けて立つまででしょ」
「本気?」
「勝算あるの?」
結子とフォノが同時に声を張り上げた。
「いつも勝算のある戦いだけじゃないでしょ。あたしたちが強くならなきゃいけない時なんだよ」
柾はそういうなりフットペダルを踏み込んで、〔アル・ガイア〕を直進させる。
これは決闘だ。バレットが一つの試練を与えるのならば、それを越えなければならない。同時に柾自身も操縦技能を上げなければいけないと感じていた。
〔アル・ガイア〕は強い。おそらく機体性能だけなら、ナイト級にだって負けない。だが、それを落としこんでいるのは他でもない柾たちである。
結子とフォノは待ち構える〔リッター・バレット〕に戦慄する。
「白兵戦で勝利する……」
「わたしたちの弱い心に勝たなきゃいけないのよね……」
柾の言葉を反芻して、二人はその気持ちを実感として落とし込んでいく。道具に頼るだけなら、確かに汎用機関銃を使うのは簡単で便利である。
だが、一歩一歩近づくたびに思う。〔リッター・バレット〕にそのような小細工が通用するような相手ではない、と。
これまで戦ってきた経験。特に〔ゼルドナァ・ヘリック〕との一戦から、彼女たちの戦いに対する気構えがようやく形づき始めていた。
がむしゃらに〔アル・ガイア〕を動かしている、という感覚を知り、〔ゼルドナァ・ヘリック〕戦では自分たちの実力のなさを痛感した。機体に振り回されているのを、優秀な機体のシステムが立て直してくれたに過ぎない。
しかし、一度〔ゼルドナァ・ヘリック〕の槍をカタナが一刀両断にした瞬間だけは、柾たちの中で培われてきたものが集約された。その一撃を自在に操ってこそ、真に〔アル・ガイア〕の操縦者足り得るのだ。
〔アル・ガイア〕は左のサイド・ラックにある鞘から飾り気のないカタナを引き抜き、左腕部にあるシールドを展開する。銀色が太陽の光に映えて、鮮やかに輝く。
両者が数百メートルを離れて対峙する。体格はやや〔リッター・バレット〕が劣るが、頭一つ分ほどである。大した差にはならない。
「…………」
〔リッター・バレット〕に乗るバレット・バレットはゴーグル・モニタに見える〔アル・ガイア〕の構えに覇気を感じられなかった。
盾を前面に、刃は下げている。カウンター狙いの構えである。森林が機体の半身を隠しているが、それでは刃を振り上げるにも、移動するにも不便であろう。
バレットの目にはいかにも崩しやすい体勢に映った。
〔リッター・バレット〕は片腕で担いでいた大剣に、空いているマニピュレーターを握らせるとぐっと腰を落とした。脚部にあるサスペンションが極限まで収縮し、力を溜めこむ。
「いざ、尋常に勝負!」
バレットの勇ましい声が轟く。
柾たちはそれが開戦の合図と受け取った。耳の奥にくぐもった感触を覚える。気迫ですでに負けている。
「勝負!」
柾は自分たちに言い聞かせるように言って、〔アル・ガイア〕を走らせた。
森林を蹴散らし、重々しい足音を響かせて迫る。景色が一瞬で後方に下がる。青い空と赤い騎士の姿が迫る。
そして、〔リッター・バレット〕が仕掛ける。
バレットの気勢とともに、伸びあがる鋼鉄の足。胸を張り、迸る伝達信号に剛毅の腕が唸りを上げる。
突進を駆けていた〔アル・ガイア〕が急制動を駆ける。柾たちが怖じ気たことに他ならない。
「――――ッ!」
そして、彼女たちの目には〔リッター・バレット〕が〔アル・ガイア〕よりも巨大で迫力のあるビジョンに見える。全身をバネに、強くしなやかに赤い騎士は躍動していた。
袈裟斬り、一閃。大剣の鈍い刃が〔アル・ガイア〕に迫る。
「くっ」
柾が即座に反応して、左腕部を上げて降りかかる剣を盾で受け止める。
〔リッター・バレット〕の大剣が〔アル・ガイア〕の盾に接触した瞬間、凄まじい剣圧と金属音が轟いた。周囲の枝葉が発生した衝撃によってへし折られる。踏ん張っている足元が沈んだ。
その瞬間、柾たちから音が消えた。衝撃が身体を貫通して、視界が歪み、茫然としてしまう。
打撃を得意とするツヴァイハンダーは、軽々と盾をゆがめて〔アル・ガイア〕を力任せにねじ伏せようとさらに自重をかけていく。
「ん――っ」
バレットも機体のすべてを叩きこんだ一撃に口元をゆがめる。大剣から伝わってくる痺れ、機体をねじった時の反動は身体を砕かんとする。
しかし、〔アル・ガイア〕の胴に刃が食いこまない。まともに受け止めておきながら、盾は健在。左腕部も関節に異音を唸らせながらも、耐えきって見せた。
しかし、足腰の方が先に根を上げる。深く沈む足元、耐えきれなくなった膝関節が安全装置を作動させてロックを解除する。
黒い巨体が片膝をついた。
「こん――、のぉ!」
脳震盪から回復した柾は鼻血をすすって、〔アル・ガイア〕の右腕部に握られたカタナを突きだす。
〔アル・ガイア〕は不利な姿勢でありながら、〔リッター・バレット〕のがら空きになっている腹部へと刃を伸ばした。
しかし〔リッター・バレット〕が大剣を押し込む力を利用して横間へと跳んだ。同時に〔アル・ガイア〕の刺突の勢い、〔リッター・バレット〕の体重移動で〔アル・ガイア〕は無様に頭部から地面に倒れ込んだ。
「がぁっ、くぅ……」
柾はその衝撃に奥歯を噛みしめて耐えきると、フォノと結子の状態を確認。二人はすぐさま機体のダメージコントロールに入り、〔アル・ガイア〕は横間へと転がり木々を引き倒しながら、〔リッター・バレット〕との距離を稼いだ。
支持アーム、操縦席周りのベアリングがその回転に伴う負荷を軽減。柾たちには周囲で天と地とが回って見えて、多少の上下振動があるだけであった。
「手数で攻めれば、あの剣ではさばききれないはず」
結子は〔アル・ガイア〕が起き上がり、視界が高くなると同時にななめ左に映る〔リッター・バレット〕を睨んだ。
〔リッター・バレット〕は距離を取って、脇構えをする。体を開いて、その長い刀身を森林の中に隠した。
それがカウンターの予兆だとは知っていても、攻め入らなければ勝機はない。
〔アル・ガイア〕はカタナを水平に伸ばし、歪んだ盾を前面に押し出しながら突進を計る。〔リッター・バレット〕は動かない。カタナと大剣では、大剣に分がある。しかし、今度は敵の斬撃を盾で受け流し、カタナで斬りかかれば決められる。
柾たちは呼吸を整えて、相手の射程内に入り込み、さらにもう一歩自身の間合いへと踏み込んだ。
しかし、〔リッター・バレット〕は動かない。
「これで――」
〔アル・ガイア〕が渾身の横なぎを繰り出す。銀色の刃が森林の上で煌めき、美し弧の残光を残す。
フォノはカタナの切っ先が〔リッター・バレット〕に届くと確信する。
刹那、〔リッター・バレット〕が身体を前傾に倒して、踏み込んだ。大きく股を開いて、左腕部を大剣の柄から放す。
「――んっ」
バレットは息を止めて、気を張った。
次の瞬間、〔リッター・バレット〕の自由になった左腕部、その強固な手甲がカタナの腹を撫でて、軌道を持ち上げていく。火花が飛び散り、カタナは標的を失って空振り。
柾たちの表情が驚きに変わっていく。
そして、息を突く暇を与えず、〔リッター・バレット〕が引いていた右脚部を一気にひきつけて肉薄。大剣の柄を持ち替え、それを体重移動と腕力で大剣を引っ張り上げる。
もはや盾で防御するには密着しすぎていた。
傍から見れば鋼の鈍重さが目に付く。
しかし、操縦者たちには鋭く見えた。感覚が引き伸ばされる。一秒にも満たない時の中で互いに勝敗の行方を見た。
鋼の重厚さと機械の剛腕が唸りを上げて、〔アル・ガイア〕の鳩尾に〔リッター・バレット〕の柄頭が鋭く撃ち込まれる。
金属の悲鳴が轟いて、黒い装甲が凹み、〔アル・ガイア〕が不自然に捻じれていく。芯を折られて、ぐにゃりと上体が折れ曲がる。
〔リッター・バレット〕はそのまま黒い巨体を地面に叩き付ける。大剣の切っ先が天を指し示し、マントが優雅に波打つ。
「――ふんっ」
バレットは体中が軋む中で、すぐさま機体を立て直し、カタナを持つ右腕部を踏みつけて動きを封じる。
〔リッター・バレット〕は大剣の切っ先をくるりと反転させ、両腕で持つと〔アル・ガイア〕の心臓めがけて突き下ろそうと大きく振りかぶった。
「――参った!!」
〔リッター・バレット〕が止めを刺そうとした瞬間、〔アル・ガイア〕から柾の悲鳴にも似た声が響いた。
バレットは切っ先を向けさせたまま、頬を流れる汗も気にせず声を張った。
「降伏をするのであれば、機体から降りろ」
〔リッター・バレット〕から乾いた声が出た。
柾は恐怖と悔しさとで目にいっぱいの涙を溜めながら、太陽を背にする巨大なシルエットを見据える。
映像内線には気を失ったフォノと結子の姿が映し出され、操縦者の異常を知らせる警報と立体スクリーンが浮かび上がっていた。先の一撃で二人は気を失ってしまったのだ。
震源地から一番遠かった柾だけが辛うじて意識を繋ぎとめることができた。
「はい……」
柾は苦々しい思いに耐えながら、目元の涙を拭う。そして、映像の中で呻く二人の友人に申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
「ごめん……」
謝罪の言葉を言うのが精一杯であった。相手に降伏するなど、甘えもいいところだろ。恨まれてもいい。蔑まれてもいい。
死にたくない。その一心で、彼女は降伏を宣言したのだ。
柾はハッチを開けて、シートを上げる。それから震える身体に鞭打って、操縦席から上体を出す。天頂部にあるアンテナに掴まり、ゆっくりと上へとよじ登っていく。
周囲の枝葉がざわめき、小鳥の鳴き声が聞こえる。
機体が軋む音が聞こえて、刃の煌めきに目を細める。
「…………」
柾は〔アル・ガイア〕の側頭部にある回折式カメラを足場として、さらに天へ延びるアンテナを支えとした。
見上げた先では巨大な赤い騎士が握る大剣の切っ先があり、その奥に潜む無骨な頭部を見据える。
足が震えだす。必死に涙を堪える。柾は恐怖に打ちひしがれながら、生唾を飲み込み声を絞り出す。
「中にまだ二人いるの。二人とも気を失ってる。だから、もう、戦えない」
柾の声はか細く、唇がかすかに震えている程度であった。
「…………」
バレットはゴーグル・モニタに映る像を拡大して、集音装置を最大限にし彼女の声を聞き届けた。
〔リッター・バレット〕は大剣の切っ先を下げないまま、硬直する。
「やはり、この子だったか……」
操縦席にいるバレットは機体に寄り添う柾の姿に複雑な気分が湧き上がる。
彼女の見上げる瞳は悲しげであった。それは敗北に打ちひしがれるものであり、何かに迷い、救いを求めるような懇願の色もあった。
刃は交わらず、操縦者の力量がはっきりと出た戦いであった。




