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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第八章
60/118

~赤誠~ 果たし状

 人と人とが引きあう不思議な力があるのなら、もっと優しい出会いがあってもよかっただろう。


 しかし、出会いは常に優しい物だけではない。特に立場が違えば、否応なく。


「前方、距離五〇〇。修道騎士団の艦隊です」


 艦橋に伝えられる見張りからの報告に、ミトやクルーたちは苦い顔をする。


 修道騎士団と鉢合わせをする可能性はあった。その時が来たと思えば、ミトも対抗策を考えていただろう。


「また、待ち伏せ……」


 ミトは艦橋の向こうに広がる背の低い森林を越えた先、晩夏の空のもとで牙城を築いて待ち構える艦隊に不気味な雰囲気を感じる。


 偶然出くわした、という感じではない。あらかじめ、〔エクセンプラール〕がこの場所に来ることを予期して陣を敷いている。幾多もの選択肢、例えば北上してロッテンダムに寄港する、と言ったことだって可能性としてあった。


 しかし、それはその選択肢全てに部隊を展開すれば、不可能ではない。大部隊を展開する数があればの話だが。加えて、盗難にあった軍艦一隻にそこまで戦力を割くとも思えない。


 引っかかるのは、ライン河沿いで待ち伏せしていたフライハイトとの接敵と酷似していること。〔エクセンプラール〕の航路を先読みしたように、彼らは艦隊を待機させて道を阻んだ。今回もそれと同じケースだ。


 フライハイトと敵対する修道騎士団が、同じ戦法をするだろうか。


 ミトの疑念はますます深くなる。


「敵からアーデル・ヴァッヘ一機、接近。青い旗を掲げています」

「青い旗?」


 ミトは手書きのマニュアルを引っ張り出して、指示を待たせる。


 マニュアルをあたると、青い旗は停戦の合図であり、使者である証だ。無下に扱うものではない、という注意書きがあった。


 その記述がさらに、ミトの内にある疑問の靄を広げた。


「まるで初めから艦が見知らぬ誰かに奪われるの前提で書かれてる。それに、敵の動き――、気になるわ」

「どうします?」


 副館長を務める男が不安げに問う。


 ミトは黙考して、通信士の方を向いた。


「受け入れの準備をさせて。混乱のないようにね」

「わかりました」


 通信士ははきはきと答える。彼女の指示に従うのが無難だと踏んだのだろう。不満らしいものはなかった。


 しかし、副艦長の男の方は不安な面持ちで近づいてくる〔カヴァレリー・ポーン〕とその機体が掲げる大きな旗を見詰める。修道騎士団の紋章をした旗は、青い空とは違う清々しい色で緑の森林の上では目立っていた。


 目を引くからこそ、懐疑的な思考をする副艦長の心は刺激される。


「使者を送りつけてくるのは、何か裏があるんじゃないか?」

「それを確かめるためにも、会って話をしないといけないでしょう?」


 ミトはそう言って、艦橋を出ようと歩き出す。


「どこへ?」

「出迎え。あなたたちはここで指揮をお願いね」


 そう言い残して、ミトは甲板の方へ移動する。


 右足を引きずりながら、手摺りを頼りに進んでいく。階段の上り下りだけでも一苦労で、思わずため息が出る。その息は艦内放送にかき消される。


 そうしている間にも疑問が頭の中に拭くらんで、動かない右足の事は頭の隅に追いやられる。


「あの旗艦は前に見たフライハイトのに似ている。予知能力があるの?」


 超自然的な見解であったが、ミトにはそう感じられた。〔ガング〕を城壁にして天守閣を張る赤い艦影は、以前の青い艦と同系統に思えた。


 旗艦に何らかの手段があるのだろうか。作為的な意志が働いていると感じずにはいられない。


 ミトやクルーたちは〔エクセンプラール〕のマニュアルからバイン・シフのことを学んだ。


 誰の手でも動かせるように教本やマニュアル、機材が揃えられ、素人でも修練を積めば、教える人なしに操艦できてしまうことを実感している。


 修道騎士団がノード教会一派であるなら、フライハイトのような反乱分子に艦を乗っ取られるようなことがあれば、それだけ危険なことではないのだろうか。


 騎士は修練を積んで、その上で〔AW〕やバイン・シフを動かしている。そんな彼らが、わざわざマニュアルとして残している。それも複数あり、使ってくださいと言わんばかりである。


 そして、前回と今回の待ち伏せである。彼らには何らかの方法で、奪われた艦の位置を把握する術を持っているのではないか。フライハイトでも使える、機能か伝達網があるのではないか。


 あるいは……。


「黒い、規格外のアーデル・ヴァッヘが原因?」


 ミトはアイランドの外を出て、甲板へと躍り出た。


 まぶしい午前の光が降り注ぐ中で、澄んだ空気に包まれて〔アル・ガイア〕の巨大な姿態が横たわっている。何ら変化はなく、鉄の塊らしく鈍い光沢を放っている。


 同時に〔エクセンプラール〕が艦底を地面に降ろし始めた。木々をへし折り、脚部のつま先が地面を抉る。その上下に激しい振動にミトはアイランドに寄りかかり、折りたたまれる艦の脚部を目視する。


「対応が遅いんだから。もうお客さんは来てるのに」


 ミトは耳に響く〔カヴァレリー・ポーン〕の足音に意識を映して、艦首へと迫るその機体を目に入れる。


 艦首にはすでに数人の甲板要員が銃を持って待ち構えている。ライフルを持ち出したところで〔AW〕に効かないのは明白だが、降りてくる騎士には脅威になる。


 その中に銃を持たず、向ってくる〔カヴァレリー・ポーン〕を見上げる(マサキ)結子(ユイコ)、フォノの姿があった。振動でよろける三人の姿と甲板要員の男たちを並べてみて、(マサキ)たちの背の低さを改めて感じた。


 ミトは揺れが収まるのを待って、艦首へと歩き出す。


「あなたたち、何してるの?」

「向こうにある艦隊の使者が来るんでしょ? 一応、顔を見ておこうと思って」


 (マサキ)が緊張した面持ちで答える。


 続いて、結子(ユイコ)がミトに言う。


「どんな内容か、気になる」

「こちらで対処するから――」


 ミトは三人の後ろに回ると、その小さな背中を軽く叩いた。


「戻ってなさい。重要な時には、相談するから」

「いいえ。わたちたちもここに居させて。気になることもあるから……」


 フォノが振り返ってミトを見上げつつ、ストールを胸元に寄せた。冷たい風が金色の髪を撫でて、ざわめいた。


「気になること?」

「何となく、前にあった騎士と似たやり方だから」


 (マサキ)は赤い鼻頭をマフラーで隠しつつ、上目遣いに艦首につく〔カヴァレリー・ポーン〕を見た。


 甲板に腕部をかけて、上体を乗り出す様にした。携えた旗の竿は地面に突き刺された。バーカウンターに寄りかかるかのような、落ち着き払った印象。〔カヴァレリー・ポーン〕の無機質な頭部が左右に揺れて、丸いカメラが焦点を合わせるようにレンズを伸縮させているのがわかった。


「こちらは第二十七聖騎士指揮下、四十六中隊艦長補佐、ヴィロォ・ハルゲンである。艦長からの文書を渡したく参上した。武器を下げてはもらえまいか?」


〔カヴァレリー・ポーン〕の外部スピーカーから野太い声がこだました。その声の威圧感に、甲板要員たちは警戒して銃を下ろそうとはしない。


「この声、あの騎士さんの……」


 フォノは聞き覚えのある声に息を呑んだ。


 ミトは緊張している甲板要員たちの前に出て手近な者の銃口を押さえつけた。


「銃を下ろしなさい。失礼よ」


 ミトの号令に、銃を構えていた甲板要員たちは渋々と銃を下げる。


 それに合わせて、〔カヴァレリー・ポーン〕の首筋で動きがあり、操縦者が這い出てきた。初老の男であるが、筋肉質な白い肌や顔の傷が目立った。


 その男が剣を携え、機体の腕を伝って降りてくる様は手馴れており、すぐにもミトの前に出てきた。


「はじめまして、ハルゲンさん。艦長を務めます、ミト・ハルルスタンです。よろしく」

「よろしく、ハルルスタン殿」


 二人は軽く握手を交わした。


 その様子を(マサキ)たちは見守り、ふとヴィロォの視線が来て三人は寄り添った。


「どうも、お嬢さん。あの時は、うまい漬物をありがとう」

「いえ、大したものも出せず……」


 フォノはおずおずと言って、スカートの端をつまみ軽く会釈をした。


 ミトは二人の会話に眉を顰める。


「お知り合いで?」

「以前に。あなた方がローレンツェに立ち寄った時に」


 ああ、とミトは気恥ずかしくなりながら間抜けな声を出してしまった。


「それで、ご用件は?」


 ミトは単刀直入に本題に踏み込んだ。ここで世間話を広げても、見逃してはくれないだろうことは彼のもつ温厚な雰囲気とは別の、ずっと先で砲塔を向けている艦隊の威圧感からわかっていた。


 ヴィロォも話の早い人は好みである。


「では、読み上げる」


 言って、彼は筒状に丸めた文書を上下に広げて読み上げる。


「貴殿らの所有する〔エクセンプラール〕ならびに、黒いアーデル・ヴァッヘは神の教えに背くものとなり、その脅威は教会信徒を脅かすきわめて危険な存在である。ここに、(わたくし)、第二十七聖騎士、バレット・バレットは貴殿らの懺悔を受け入れるものとする。万一に所有するものを手放さんとするならば、教会法に基づき貴殿らの罪に対して交戦権、殺生与奪の権利を発動する」


 読み上げられる内容に(マサキ)結子(ユイコ)、フォノは震えを抑えて傾聴する。


 彼らは本気で殲滅する用意をしてきた。以前ほどの温情はない。それでも善心的な処遇を修道騎士団、バレット・バレットは降伏を呑むとも言っている。それが罠かもしれない、と疑うのは易い。


 ヴィロォは続ける。


「なお、貴殿らの事情を加味し、私個人として提案を持ちかける」

「提案?」


 ミトが訝しんで呟く。


「一騎打ちによる決着。貴殿らの所有する黒いアーデル・ヴァッヘ、私が方のアーデル・ヴァッヘによる決闘である。貴殿らの勝利とともに私達は手を引き、今後追跡を行わないものとする。貴殿らの敗北はそのまま全面降伏と致す。なお、その際の罪の増減はなしとする。返答を待つ」


 以上だ、とヴィロォは一息ついてミトの答えを待つ。


 ミトは(マサキ)たちに顔を向けないように努める。ヴィロォに悟られまいとする、彼女なりの配慮である。しかし、口元は歪み、この手の戦い方は実に教会らしいやり口だと思う。


 受けても戦い、受けなくても戦い。どちらにしろ、このまま先を進むならば、勝ち取れということだ。


「決闘の時間は……、三十分後、十時である」


 ヴィロォは腰につけているチェーンを引っ張って、ゼンマイ式の懐中時計と文書を見比べて言った。


「文書の方を見せてくださる?」

「どうぞ」


 ミトの注文にヴィロォは潔く答えた。


 その受け渡しの際に、取り囲む甲板要員が銃を構えた。渡すと同時に人質にされかねないからだ。


 その動きにはヴィロォも感心して、白い歯を見せて笑った。


「実に、民間人とは思えない手際の良さですな」

「一応、長旅をしてきましたから、自衛手段くらいはできます……」


 ミトは文書を受け取って、文章を目で追いながら淡々と告げる。


 彼女が文書に集中している間、ヴィロォは〔アル・ガイア〕の足の裏を眺めて、(マサキ)たちの方に顔を向ける。


 三人が緊張の面持ちで見上げてくる。


「そうそう。操縦者に伝言を預かっていた」


 気さくな言い回しに、ミトが顔を上げる。


 (マサキ)たちも心臓がドキドキと高鳴る中で、次の言葉を待った。


「手加減はしない。命が惜しくなったら、降伏しろ」


 その一言に(マサキ)は息が止まりそうになる。頭がカッとなって目元に力がこもる。


 ヴィロォは睨みつけられて、少し顎を引いた。そして、得心する。この少女の誰かが、〔女王(ケーニギン)〕の操縦者である、と。


「――と艦長からのお達しだ。伝えておいてくれ」

「挑発、ですか?」

「俺たちの親分は若いものでね。強きを挫き、弱きを助けるってヤツですよ」


 ヴィロォの砕けた言い方に、ミトは毒気を抜かれて一瞬表情が緩んだ。しかし、すぐに顔を引き締めると面と向かって言う。


「決闘はお受けいたします」

「なら、その旨を艦長に報告させてもらう」


 ヴィロォはそう返答して、踵を返そうとした。


「一つだけ、よろしい?」


 突発的に、ミトの声が響いた。


 ヴィロォは糸に引っ張られるようにしてミトの方に身体の向きを直す。


「答えられる範疇でなら」

「わたしたちの居場所を、どうやって知ったのでしょうか?」


 ミトの真剣な眼差しにヴィロォは下手な言い訳が効かないとすぐにわかった。


 しかし、ヴィロォ自身その問いの明確な解を知っているわけではない。


「知らないな。上層部からの命令でここに来ただからな。善良な、信徒たちからの具申という話もある」

「本当に?」

「神に誓って」


 短い確認の取り合いで、ミトはヴィロォに嘘はないと感じた。目を逸らすことなく、銃口を向けられている立場で堂々としすぎていた。


 自分に自信がある証拠だ。


「ありがとうございます。答えてくださって」

「何、お安い御用で」


 ヴィロォはそう言って、今度こそ〔カヴァレリー・ポーン〕へと戻って行った。


 (マサキ)たちはその後ろ姿を見ながら、ミトの側にすり寄った。


「ごめんなさい。勝手に引き受けて」

「いいよ、そのつもりだったし」


 (マサキ)はミトにそう言って、〔カヴァレリー・ポーン〕のうなじに身体を潜り込ませるヴィロォを確認する。


「赤い騎士さんが相手だから、いずれはこうなってたよ」


 (マサキ)は動き出す〔カヴァレリー・ポーン〕を見送りながら、その先に構える艦隊の城を見詰める。そこに赤毛をした、強い意志を持った騎士がいるのだと思うと背筋が震える。


『我々が次に出会ったときは逃さない』


 力強い眼光と共に思い起こされる言葉が脳髄に響いた。

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