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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第八章
59/118

~赤誠~ 王妃様の憧れ人

「発進準備、完了!」

「よろしいですか?」


 狭い操縦席の向こうから、整備員たちの声が響いてバレット・バレットは軽く息を吐いた。


 慣らし運転を兼ねているとは言え、やることは重大である。失敗は許されない。操縦桿、フットペダルの遊びを確かめて目にかけているゴーグル・モニタから見えるかけた月を視認する。


「ええ。〔リッター・バレット〕、出すよ」


 言って、バレットは指先のスイッチを操作して、フットペダルをゆっくりと踏み込んでいく。


 金属の軋む音が、狭い操縦席に響いた。脚部のサスペンションストロークが縮んで、セミ・モノコックの装甲が蛇腹のように伸縮する。


「脊椎ダンパー、ポイント修正。暗視、解除。前に」


 バレットは初期起動に伴う修正を音声入力で済ませて、身体を固定するクッションが膨らむのを感じた。


 微振動が全身から伝わり、ゆっくりと動き出しているのがわかった。駆動するエンジンの音は快調で、小川のせせらぎのような澄んだ音色を奏でている。


〔ローテァ・ケーファー〕の解放された船首部から、一体のナイト級〔AW〕が緩慢とした立ち上がる。まるで玉座から立つ王様のような気風。


 深紅の重装甲冑、細身の四肢でありながら踏み出す脚部には重みと力強さがあった。地面に降り立つとマントを煽って、広げる。刻印の十字架と鷲の刺繍が波打つ。


「少し重い?」


 バレットは振動と〔リッター・バレット〕の大きく踏み込むさまを感じて呟いた。


「寝ぼけてないでよ……」


 バレットは緊張を紛らわすために、新しい相棒に語りかける。


 周囲には〔カヴァレリー・ポーン〕が剣を携えて、村を囲うように配置されている。慇懃無礼に、司祭を待つ信徒のように剣を胸に抱えて、切っ先を天へと伸ばして待機している。


 また歩兵隊の持つ松明の明かりが同じく村を囲っている。


 バレットは暗視モニタに映された部下たちの姿を見て、ふっと肩の力を抜く。


「初仕事よ。いい子に出来るよね?」


〔リッター・バレット〕は〔ローテァ・ケーファー〕から離れて、血塗られた村へと歩み寄る。すでに村の片づけを終えており、広場には村人たちの遺体が集められて、祭壇のように組まれた木材と藁に埋まっている。その天頂部には墓標のようにして、木組みの十字架が飾られている。


 これから行う儀式は簡略な葬儀。重々しく、夜陰の中で松明が星屑のように輝く。


〔リッター・バレット〕は村の入り口に立ち、リア・ラックに収めていた銃を取り出す。フリントロック式の短銃で、海賊の持つ拳銃を思わせる。


「――構え!」


 バレットは外部スピーカーから号令をかける。


〔リッター・バレット〕が拳銃を掲げると、〔カヴァレリー・ポーン〕は剣の切っ先を反転させて地面に突き刺す。地鳴りと共に騎士たちは松明の先を地面に下げて、酒を染み込ませた藁に近づける。


「――放て!」


 間を置かずして、バレットの鋭い声が響いた。


 同時に〔リッター・バレット〕は拳銃から光の弾丸を射る。実体弾ではなく、荷電粒子の塊である。


 燐光を振りまきながら、村の上空をなだらかな曲線を描いてやがて霧散する。


 まるで彗星のように暗い夜の闇を切り裂いて輝き、降り注ぐ燐光は神々しく、天への道を示す標のよう。幻想的な光景で、参加する騎士たち一同は気持ちがふっと軽くなった。


 飛散した光が民家の屋根に触れるとぽつぽつと火の手を上げ始める。


 騎士たちもそれに呼応して、松明を藁に放り入れる。すると蛇が這うようにして火の手が広がっていく。夜陰の中で燃え上がる巨大な炎の渦。


 生身の騎士たちは炎から下がり、安全を確保すると燃え盛る炎の村を見守った。焦げた臭い、肌を焼くような熱さに耐えながら炎に寄って崩れていく家々や広場で一層強く燃え上がる遺体の山を見据える。


 穢れてしまった肉体と土地を浄化する紅蓮の波はすべてを包んで黒煙と共に魂は天へと至る。


 そう信じるのが宗教的解釈であり、騎士たちの願いでもある。


「…………」


 バレットを含んで、多くの騎士はその炎と崩れていく村の光景に涙を禁じ得なかった。


 ここには数百人の農奴が暮らしていた。救えなかったという無念以上に、惨たらしく、苦痛の中で死んでしまった人たちの悲しみに打ちひしがれる。


 炎に照らされた〔リッター・バレット〕は立ち尽くした。北風が火の手を荒立たせ、身に着けるマントはかすかに揺れる。兜の奥に潜むセンサーアイが炎の揺らめきをじっと見つめて、記録していく。


 炎は止まない。すべてが燃え尽きるまで、浄化の光は夜の中で輝き続ける。


               *     *     *


 バレットがその光景を思い出していたのは、エクセルカとの話の最中であった。


「お仕事、大変?」

「え? あぁ、はい。なんとか……」


 はたとバレットが顔を上げて、寝ぼけ眼で目の前に座るエクセルカを見る。


 時刻は夜の一〇時を過ぎたころで、彼女に用意した部屋も冷え切っていた。彼女は簡易ベッドに寝そべり、些末な毛布にくるまり、タオルを巻いたあんかを足先で弄りながら暖を取っている。


 バレットは軽装備をしたままで、ベッドの側に座っている。


「先程まで、お仕事をなさっていたのでしょう? 村の人たちを弔ったと聞きました」

「はい。今夜は――」

「火の番、ですか?」


 エクセルカが寂しげに問う。


 燭台の明かりに照らされた彼女の顔は寂しげで、少し期待するような潤んだ瞳をバレットに向ける。


 バレットは静かに頷いて、エクセルカを見据える。


「村一つを燃すのですから、聖騎士として見届ける義務がございます」

「そう。慣れないベッドだから、寝つけなさそうで側に居てほしかったな……」


 エクセルカは幼げに呟いたが、バレットは申し訳ないと断りを入れるばかりである。


 彼女の立場もわかっている。こうして、夜遅くにも時間を作って面会するのだって苦労があったはずだ。彼女はすでに一部隊を率いる統率者で、好き勝手出来る身でもないのだ。


「王妃様、ご予定は大丈夫でしょうか?」

「ええ。問題ありません。ここにまだ、滞在する予定でも?」

「いえ、また厄介な任務が残っておりまして……。そのことで、折り入ってお願いしたいこともあります」

「申し上げて。どうぞっ」


 エクセルカは身体を起こすとバレットと視線を合わせる。胸の内は、バレットに頼られた嬉しさでいっぱいであった。幼い頃、そばにいてくれた人。歳の離れた姉のように慕った、気丈で強い女性。


 エクセルカの憧れである。


 バレットは目をキラキラと輝かせてじっと見つめてくるエクセルカに対して態度を改める。


「北東で発見された黒いアーデル・ヴァッヘ、〔女王(ケーニギン)〕と呼称される機体の預かり口になっていただけないでしょうか?」

「あらあら、それは――、大役ですこと」


 エクセルカには〔ケーニギン〕と呼ばれる機体がどのようなものかわからないが、彼女の真剣な口ぶりは従来の〔AW〕とは理を逸したものだと感じた。


「わたしたちはこれから、その〔ケーニギン〕が通るであろう道に先回りし、迎撃いたします。そこで、一度リップルトンにて詳しい調査を行いたいのです」


 そこでエクセルカは一度黙考する。


 バレットは無理な頼みだと重々承知であったから、断られても仕方がないと覚悟していた。それも自身の独断であるから、なおさらのことだ。


 しばらくして、エクセルカは凛然として騎士に向き合う。その雰囲気は貴い気風があった。


「危険な機体なのですか?」

「扱う者が間違えればあるいは……。報告では、一個艦隊を撃滅する力があるとのことで」

「あなたは、その機体と戦うのね?」


 エクセルカは心配げに問うと、バレットは真剣に応える。


「勝敗云々は何とも申し上げられません。ナイト級の力がなければ対処できない、と教会内部でも危険視されているようです。多くの司祭もまた神のお告げを聞いたとのことです」

「そのようなことが……」


 エクセルカはバレットの報告に眉を顰める。


 長い歴史を積み重ね、世俗権力の中にさえ多大な影響力を持つノード教会。そのような妄信的な話があるというのは噂程度に、いや、お伽噺程度には幼い王妃でも耳にしている。


 真偽のほどは定かではない。バレットとて全幅の信頼を置いているようにも思えない。


「神様はあなたを聖騎士として任命し、黒い機械の討伐を命じられた」

「はい。そうなります」

「では、我が領土に預けるというのはどういう理屈で? それも神のお導きでしょうか?」


 バレットは静かに蝋燭の一瞥してエクセルカに視線を戻す。逡巡した時の彼女の癖で、一度話し相手から視線をそらしてしまう。


「いいえ、そのようなことはございません。ただ、わたしは件のアーデル・ヴァッヘ操縦者を剣を交えて討ち取るつもりはないのです。信頼のおけますリヴィーナ王妃様ならば、良い方向に運んでくださると思った次第です」

「余裕もありませんのに……。やはり、自信が御有りなのですね」

「然るべき裁きは、宗教裁判にて下される。わたしが命じられたのは、あくまで戦闘不能にさせること。あわよくば、教会内で運用したいのでしょう」


 バレットは幼君に自信の器量がないと思われたくはなかった。


 だが、事実と手して教会の範疇外、フライハイトとも入手経路が違う〔AW〕の存在は危険なものである。教会は、〔AW〕が人の手によって一から想像されることを恐れているのだ。


 バレットもまた力が氾濫するというのは危険であると思う。


「教会内でも、雲行きが怪しいのですか?」

「フライハイトのような組織が動いていれば、目の色も変わってしまいます」


 エクセルカは小さく息をついて、指先を組んで膝に乗せる。


「修道騎士団も随分と世俗にまみれてしまわれた……」

「何です?」


 バレットは歳が二桁にも達していないエクセルカにそう言われて、思わずムッとした。


 修道騎士団はノード教会の信仰理念の中で、高潔な精神を求められるものである。それは魂の修練とも言えることで、肉体的なしがらみとは別の話である。


 組織そのものが俗になってしまうのは、仕方のない事だろう。


 また我欲に溺れてしまうのも然りで、強く否定することはできない。


 すると、エクセルカはやんわりと微笑んだ。


「あ。今、わたしが援助しております学者さんの言葉です。聡明な考えをお持ちなのですよ」

「はぁ……。左様で」


 バレットはエクセルカの笑顔に気恥ずかしくなって、頬を軽く掻いた。


 と、何かを思い出したようにエクセルカは嬉しそうに手を叩く。


「そうそう! でしたら、皆様にもお見せしてもよろしいですか?」

「何をでしょうか?」

「件のアーデル・ヴァッヘです。とても興味を引かれるでしょう?」


 エクセルカが小首を傾げて同意を求める。


 バレットもそれは勿論と首を縦に振りながら、もう一つの疑問をぶつける。


「それで皆様、とはどなたですか? 侯爵家の方々でしょうか?」

「いいえ。哲学者、画家、思想家、神学者……。わたしの先生方にです」

「先生……ですか?」


 バレットは苦い表情を浮かべる。


 教鞭を取る人物とはあまり顔を合わせたくないのがバレット・バレットである。剣技でのし上がった彼女であるために、学力は教会の教義と読み書きと計算ができる程度で思想哲学のような深遠な命題など別次元の話にさえ思う。芸術に至っても、絵画や彫刻の何がいいのかわからないのである。


 エクセルカは新し物好きで、それが高じて芸術家や思想家の後援者(パロトン)をしている。


 バレットも広義的にはその関係にあるのだが、修道騎士団はどのような権力にも従属しない独立性を有したノード教会の組織である。


 エクセルカが便宜的にそう言っているだけで、実際は堅牢な友情と信頼、あるいは愛情からなる関係だろうか。


「ええ。皆さま、とても愉快でおもしろくてよ。ああ、劇作家や音楽家もいらっしゃるの。送って下さったお礼には、ぜひ演目を見ていってくださいな」

「か、考えておきます」


 話が逸れていると感じたバレットは燭台を持って立ち上がる。


「では、お預かりの件、考えていただけると助かります。わたしも、職務に戻ります」

「あぁ……」


 エクセルカから活気が失せて、輝いていた瞳が寂しげになって俯いてしまう。


「ごめんなさい、長く引き止めてしまって……」


 その寂しげな声にバレットも後ろ髪を引かれる。


 思えば、久々の会話であるのによそよそしくなってしまったのはいけなかった。彼女が聖騎士以前のバレット・バレットを慕っていたことを思うと肩書の狭苦しさを感じずにはいられない。


「いいえ。また、お時間を頂ければ、喜んでお相手させてください」


 エクセルカは複雑な気分で、それでも引き止めてはいけないと笑顔を作ってバレットに言う。


「はい。騎士の務め、頑張ってください」


 バレットも慇懃に礼を返して、退室する。


 ろうそくの明かりがなくなった部屋は真っ暗で、エクセルカはあんまに小さな足を絡ませながら毛布にくるまった。


「もっと、お話ししたかったな……」


 エクセルカはそう呟いて、硬く目と閉じて毛布を頭まで被った。しかし、バレットが約束をしてくれたことで思わず笑みが零れる。

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