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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第八章
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~赤誠~ 働き者の小休憩

 農村の夜は静かで、村人たちは家に帰り、今日の就労を労う。


 麦を刈り取られた畑は閑散としており、乾草の山がひっそりとたたずんでいる。秋の風物詩ともいえる光景だろう。


 それでも、刈り取りを終えた畑は整備しなければならない。十一月の種まきをするためだ。彼らにとってまとまった休みは年度末と新年くらいだろう。それが日々の生活と言うもので、苦労は多くともやらなければならないことであった。


 農民たちは苦しい生活の中でも生きることへの希望を失わずにいる。地に足をつけた暮らしをしているから、不安なことも楽しいことも、家族や仲間とで乗り越えら得ると思えると信じている。


 しかし、(マサキ)たちにはその安定はなく、鋼鉄の床と壁に囲われた閉塞的な空間で鬱屈した気持ちだけが募り続ける。


「いつも、すみません」


  怪我人の横たわるベッドの側で見まいに来ていた女性が会釈する。彼女は酷くやつれており、部屋の異臭にもなれていている風であった。


「ううん。替えのシーツ、ここに置いておくね」


 (マサキ)は異臭に満たされた船室で、備品を届けていた。


 換気扇が回っていても、血と膿とが混ざった刺激臭は拭いきれない。出来るだけ、口で呼吸を吸って臭いを避けた。


「マフラーがあってよかった……」


 (マサキ)は替えのシーツを置いて、ついでに部屋の整理を軽くしながら呟いた。口を不自然に開けた状態を見られては、流石にマナー違反だろう。


「こっちは洗濯に出すよ」

「はい。よろしくお願いしますね」


 (マサキ)は膿と汗、皮脂で汚れきったシーツを丸めて抱える。それから今一度、部屋の端に置いた替えのシーツを一瞥する。洗ったシーツも染みがついており、清潔感にかけるものであった。


 それでも、それが怪我人たちの生きている証でもある。その残滓とも言える。


「……また、来るから。無理はしないでね」

「わかってるわ。ありがとう」


 (マサキ)はベッドに横割る人の土気色の顔を見て、ぐっと喉の奥から込みあげるものを堪えて部屋を出た。とても患部の方を見る気にはなれなかった。


 思わず息をつく。


 血肉の酸っぱい臭いが和らいで、(マサキ)は部屋の外に置いておいたカートにシーツを入れる。


「これで、いいのかな……?」


 (マサキ)は汚れたシーツの山を見詰めて、つぶやく。


 怪我人たちの容体は芳しくない。傷を治すには手遅れの状態で、介抱する人たちもそのことは気づいているはずだ。自分たちの労力が無駄になっていることくらい、わかっていても諦めがつかないでいる。


 人はやがて死ぬ。その絶対真理を時として、人は忘れたいと思う。


「いいのかな?」


 目の前に横たわる『死』という事柄を射程に収めて、少女の脳髄は煩悶とする。自身に降りかかったことではなく、他人が迎えようとする生命の終わりをどうするべきかということである。そして、連れ添う人の心境を思う。


 安楽死という選択が妥当とも。お金云々を抜きにして、あのお見舞いをしていた女性のように精神はおろか、悪臭の中に身を置いていれば、いずれは身体が壊れてしまう。


 部外者の(マサキ)にどうこうできる問題ではなかったが、より身近になってしまった『死』について考えずにはいられない。怖いもの見たさや純真な好奇心が深淵な問題への取り組みをさせる。


(マサキ)、終わったの?」

結子(ユイコ)、フォノ」

「こっちは終わったわ」


 (マサキ)が突っ立っているのを見て、結子(ユイコ)とフォノは小首をかしげる。


「どうかした?」

「ううん。なんでもない」


 結子(ユイコ)はそう、と訝しんだ目を一瞬向ける。


 しかし、(マサキ)が愛想笑いを浮かべて追求する気が失せる。また何か考え事をしている、と思った。


「水路の方、うまくいってよかったよね」

「そうね。村の人たち、喜んでくれたもの」


 水路は〔アル・ガイア〕の整備で十分な機能を得ることができ、村の新たな水源として活用されることになった。(マサキ)たちはようやく胸を張って誇れる仕事をしたと実感したものだ。


 歩き出す(マサキ)に合わせて、フォノも重たいカートを押して後に続く。


「せっかく人型なんだから、いろんなことで役立てたいね」


 (マサキ)は機械の持つ可能性を信じていた。


 もちろん、専業的な機械こそ人にとって効率的かつ利便性の高い物であることは言うまでもない。人型と言うものは何かと不便であり、その反面多機能性を有していると言ってもいい。そうでなければ、人はまず道具と言うものを生み出すことはしなかっただろう。


「あたしたちって働き過ぎじゃない?」

「どうしたの急に?」


 洗濯室に入り、(マサキ)の呟きにフォノが訪ねる。


 三人はひとまずカートの中のものをドラム缶を横たえたような洗濯機のカバーを開けて、洗濯ものを放り込む。洗濯機は三つあり、奥の方で回転軸がチェーンによって繋がっている。ちょうど戦車などで見る無限軌道のようである。


 ドラム缶を半分覆っている受け皿に、三人は水を入れながら話をする。水は貯水タンクからポンプでくみ上げ、ホースから出る仕組みになっている。


「夜中に洗濯をするんだよ? 明日にすればいいのにぃ」

「汚れはすぐに落とさないと残るから……早めに。それに明日には出発するし、水が使えるうちにって」

「もうっ。他の人がやればいいんだ」

「わたしたち、ケルンに勝手に行ったりしたからねぇ。そのあてつけかもしれないわ」


 思わず、三人の口からため息が零れる。


 (マサキ)はポンプを、結子(ユイコ)はホースの先からでる水を管理し、フォノは石鹸を出して必要な分を砕く。


「それにしても、怪我してる人たち、どうなるのかな?」

「どうなるって?」


 結子(ユイコ)の無遠慮な言い方に(マサキ)は少し尖がった口調で返した。


 フォノは洗濯物の中に石鹸の欠片を入れながら、二人の様子を窺う。


 仕事続きの疲労で愚痴っぽくなっているのだ。


「ちゃんとお医者さんに、治してもらえるのかなって」

「そのために今は、がんばってるんよ」

「けど、怪我は酷い」


 結子(ユイコ)はひるむことなく言った。


 現実から目を背けるばかりでは解決策など見つかりはしない。それに、長らくこの問題は放置しすぎたとも思うのだ。


 そのことは(マサキ)自身、痛感するところである。


 (マサキ)は作業の手を止めて、思わず盛大なため息をつく。


「こんな話ばっかりっ」


 結子(ユイコ)(マサキ)の心底疲れ切った言葉に肩を落とす。


 水はすっかり洗濯機の容器の規定に達して、十分である。そこにシーツや着替えの汚れが染み出しているのが、肉眼でもはっきりした。


 (マサキ)は苛立った様子ながら、その不満を働くことで解消しようとする。


 次に常置されている発動機と洗濯機三機の手前の回転軸をチェーンで繋げる。


 フォノがカバーをすべて閉じると、(マサキ)は発動機のハンドルを回す。全体重をかけてようやくハンドルが重々しく動く。


 同時に洗濯機のドラムが回転を始めて、水を叩いた。飛沫を上げると共にドラム缶の中で洗濯物が現れて、石鹸が泡立っていく。


「あたしたち、旅に出てから、不満とか、不安とか、そういうことばかり口にして全然楽しくないっ」

「わかるけど……」


 フォノは顔を真っ赤にしてハンドルを回す(マサキ)に言う。

 

「仕方ないのよ」


 フォノ自身にもどう答えていいのかわからない。生活リズムが変わって久しいが、気が滅入ることばかりで辛いのはわかるつもりだ。改善しようにも雑務ばかり増えてしまって、考えている暇がない。


 一層激しくなる飛沫。泡が立ち始めると、わずかにシャボン玉が浮かびだす。


 (マサキ)は発動機のハンドルが軽くなるのを感じ取ると、足元のペダルを踏んで発動機を点火する。壁に繋がる吸引チューブから空気を取り込む甲高い音がなった。


 (マサキ)が手を離しても、ハンドルは勝手に周り発動機の回転軸と連動して洗濯機もまわり出す。


「ほんと、嫌になるっ」


 (マサキ)は不満を漏らす。頬を膨らませて、洗濯室の中心にあるテーブルにお尻を乗せる。


 洗濯室はさながら蒸気機関車に乗車したかのような騒音に包まれている。発動機の駆動音と洗濯機の無遠慮なしぶきの音は耳障りである。


「あ、そういえば……」


 すると、結子(ユイコ)が何かを思い出したように手を叩いた。コートのポケットから何かを取り出して、二人に示す。


「トランプ、やる?」

結子(ユイコ)、それどこで手に入れたの?」


 (マサキ)は友人が取り出した娯楽品に目を白黒させる。


 しばらく目にかけていなかったので、物珍しくなって心が弾む。


「水路を作ってくれたお礼に、村の人がくれた」


 なんともスケールの小さい報酬である。


 それでも(マサキ)の娯楽に飢えていた心はそれで十分だった。フォノもトランプのデッキを見て、目を輝かせる。


「何をしましょうか?」

「ダウト! ダウトしよっ」

「わかった」


 結子(ユイコ)は無邪気にはしゃぐ(マサキ)にほっとしつつ、五十二枚のカードがあるか確認して切り始める。


 その間にも(マサキ)とフォノは椅子を運んできて、準備を整える。


「あたし、これには自信あるんだぁ」


 フォノは上機嫌の(マサキ)を見て苦笑する。


 先ほどまでの不満顔が嘘のようになくなって、配られるカードに一喜一憂している。うまくストレスを発散する方法がなかったのだろう。フォノも結子(ユイコ)もそれは同じ事であったから、ちょっとした時間に遊べるのは嬉しい。


 その点では古びたトランプに感謝すら覚える。


 けたたましくなる洗濯機の傍らで、少女三人はトランプに興じた。


 上機嫌で自信満々であった(マサキ)であるが、一回戦は最下位という結果となって悔しがった。一位の結子(ユイコ)はほくそ笑んで計算力の違いを見せつけ、得意げになる。フォノはその間に入ってころころと笑みを溢して、次のゲームを始めようと促す。


 三人の遊びは熱を帯びて、ババ抜き、神経衰弱、大富豪、七並べ等々、様々なゲームを楽しんだ。


 何の咎めもなく、遊びほうけたのはいつ以来だろうか。今がとても楽しいことが最高の幸せだと実感する。


 そこに、一仕事終えたミトが現れて洗濯室の様子に目を丸くした。


「あんたたち、何やってるの!?」


 火山が噴火したかのような怒声に(マサキ)たちは驚いて、出入口にいるミトを反射的に見る。


「床まで泡だらけじゃないの!」

「嘘!?」


 (マサキ)が洗濯機の方を見た時、戦慄した。


 洗濯機からは泡の山があふれ出て、床まで滴り、天井にまで届かんとしている。発動機は運転を続けて、回転するドラムに乗って泡が四方八方に飛び散る。


「洗濯機が、洗濯機が!」

「発動機、止めて!」

「なんで気づかないの!? 馬鹿!」

「煙! 煙出てる!」


 洗濯室は阿鼻叫喚に包まれて、(マサキ)たちは泡だらけになりながら事態の収拾に努める。


 夜の騒ぎ。ミトはかんかんになっていたが、それはあたかもお祭りのように賑やかで、(マサキ)たちには一時の清涼剤となった。

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