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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第八章
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~赤誠~ 騎士の務め

 襲われた農村は開けた土地にあったがゆえに、絶望的な状況であることは否応なく伝わってくる。


 凄惨な状況を正確に、それも、動揺せず把握するには場数を踏むしかないだろう。


 バレットは新入りの部下を引き連れて、夜襲を受けた村に足を踏み入れた。彼女を含めた、小隊長は二脚式のバイン・アウトーにまたがりそれぞれの小隊メンバーを率いている。


「う……っ」


 側で歩く新米騎士が立ち込める嫌な臭いに固唾をのんだ。


 郊外に入って、刈り入れを終えた丸坊主の畑。そこに横たわる死体と血を吸った土と乾草の山。斬り捨てられた者、身体に刃が突き刺さったままの者、脳天を鍬でスイカのように割られた姿態もあった。肉の赤と肌の色が目についた。村の自警団が必死に戦った証であり、忌むべき襲撃者のけがらわしい肉塊である。


 騎士たちは見晴らしいいい畑を見回しながら、血塗られた石垣の向こうにある農村へ向かう。


 それらのものを、新米騎士たちの中には正視できずにいるものもいる。彼らは腰に下げている剣と担いでいる様々な器具の重さに辟易している。


 これから行うことの意味を脳髄まで理解して、拒絶していることだろう。


 目の前の光景を的確に形容する表現をバレットや場数を踏んだ騎士でも知らない。とにかく生理的嫌悪感を頭の隅に追いやって、ただ見たものを理解するので精一杯である。


「散開しろ。ドレックは村の東を、ダァトは西だ」


 バレットは左右についていた小隊長を促して、騎士たちを村に散らばらせる。


 それから、彼女は振り返って重々しい足音を響かせて歩行する〔カヴァレリー・ポーン〕の動きを把握する。


〔AW〕は村の外を偵察するために起動した。機体数は少ないが、夜襲をしてきた連中の捜索に多くを割くつもりはなかった。それに、このような現場を弔うときの力仕事もある。地形を把握し、その準備も進めていた。


 北風に乗って、鼻にこびりつく血の臭い、腐臭、あるいは排泄物の汚臭が運ばれる。


 年若い騎士たちが耐えきれなくなって、列から離れ身体をくの地にして胃の中のものをぶちまける。その酸っぱい、刺激的なにおいに触発されてか、さらに数人列から離れた。


「後続、ここは任せた。丁重に頼むぞ」

「はい」


 げぇげぇ嘔吐する部下を気にもせず、小隊長の男は慇懃にバレットを送り出す。


 バレットは列から離れた部下に気を留めるつもりはなく、何とかこの状況を堪えている者、あるいは神経が麻痺してい者をつれて村の北側に向かう。


 村の広場に差し掛かるまでに、酷いものは嫌でも目に付いた。


 壁には血しぶきの嵐がまざまざと残って、ヒトの肉体の一部はそこここに転がっている。腕も足も、頭、蛇のようにうねった内臓、見るに堪えない遺体もあった。


 近くで鈍い音が響いた。


 新人たちはおびえて、立ち止まるとあたりを見回した。


「落ち着け。別部隊が、弔っているだけだ」

「こんな地獄のような場所で、ですか?」


 バイン・アウトーを止めるバレットに騎士の一人が言った。


 地獄、という言葉に彼女は眉をしかめる。


「地獄だからこそ、天国に迷わぬように導くのだろう」


 神父様が言いそうな謳い文句を言って、バレットはバイン・アウトーから降機する。


 マントを翻し、ついてきた部下たちに向き直る。


「これから、君たちには市民の遺体を中央広場に集めてもらう」


 それから、と言ってバレットは一度息を呑む。


「手遅れの生存者には、止めを刺せ」


 その一言に部下たちは絶句した。


 無理もない話である。彼らは戦で功績を上げることで、華やかに活躍できると夢見ていた。それは同時に、守るべき人たちの生命を守ることに他ならないと自負してきた。


 自分たちの手は罪のない人を殺めるためにはない、と誰もがその震える手を握りしめて立ちつくし、自問する。


 バレットは俯き、苦い表情をする部下たちを見やって腰についている宝剣の柄に手を掛ける。


「ついてこい……」


 部下たちには、自分たちのすることがどういうことが知ってもらわねばならない。


 バレットは道に横たわる死体を調べていき、十人目にして息のある少女を発見した。だが、それは一縷の希望と掴みとった感覚はない。


「生きているのか……?」


 あとについてきた部下の中からそんな声が上がった。


 服は引き裂かれ、血にまみれて、片足を失っていた。その顔は腫れあがって、右目からは血の涙を流していた。どういう目にあったのか、想像するだけでバレットは怒りが込み上げてくる。


「…………っ」


 跪いたバレットは心の内で襲撃者への怒りを抑え込みながら、今はかすかに開いた左目と震える唇を見て瞳に涙が溢れてくる。掠れたうめき声が耳に入ると、心臓が止まってしまいそうな程悲しかった。


 涙を堪えて、喉の奥が引き攣るのを抑えるように短く息を吸う。肩肘に力がこもった。


「ごめんなさい……」


 バレットは少女に呟いた。


 それは救えなかった謝罪であり、見せしめのように部下たちに無残な裸体を見せていることを許してもらいたいがための自己満足である。


 生きているのなら、どんな手を使ってでも助けてやりたいという願望が胸の中で渦巻く。


 それを断ち切るようにしてバレットは腰にある短刀を引き抜いて、しっかりと両手で握った。


「見ておけ! 無力なわたちたちの、この、今生の苦しみから、解放する術を!」


 悲痛な叫びに背後でどよめきが沸き立つと、バレットは短刀を振り上げた。


 様々な想いが電光石火のように駆け巡った。


 そのすべてをぶつけるように、短刀の刃は少女の曝け出された胸を、心臓を突いた。その感触は鈍く、手にこびりつくような重いものであった。


 少女の身体が一瞬痙攣して、やがてかすかに開いた口から血を流して絶命した。


「…………」


 沈黙が流れる。


 部下たちは彼女の背中が震えるを見て、足が竦んだ。人の死ぬ瞬間。無残な、生理的に受け入れがたい、残酷な光景に彼らの脳髄は麻痺して、バレットが少女の命を絶つ瞬間が反芻された。吐き気を通り越して、短い呼吸が繰り返される。


 これをしなければならないのか、と騎士たちの顔が一気に青ざめる。


「わたしたちは無力でしかない。そのことを肝に銘じておけ」

 

 バレットは短刀を引き抜き、平静を装いながら言った。


「シーツを……」


 しかし、応える者、頼んだものを投げかける者もいない。自分の頭の整理で手一杯で、死に絶えた人間のことなど考える余裕などなかった。


 バレットは自分の羽織っているマントを取ると、少女の遺体に巻きつける。全身を覆うに至らないが、せめて顔と胴体を隠してやらなければ女として恥ずかしいだろう。


 バレットは短刀を収めると、その遺体を抱きかかえた。力の抜けきった人の身体は、もう肉の塊でしかなくずっしりと重たい。マントはすぐに血で赤く染まり、広がっていく。


 この重みを知らなければならないのだ。肉を貫く感触を知らなければならないのだ。


 肉体から魂が抜け、自らの刃の行く末がどんなことであれ死に触れるということも。


 立ち上がり、振り返ると部下たちが一歩後退った。


「下がるなっ!」


 バレットは一喝する。


「すでにこの村は死んでいる。その弔いをするために、わたしたちはきた。よく見ておけ、この光景を。これが人のすることだ。わたしたちにも、その血があることを忘れるな」


 どんなに繕おうとしても、やっていることへの行動原理は同じである。


 全てが綺麗なはずがないのだ。騎士とは、まさにその最たるものであるとバレット・バレットは自負している。


「救済とは常に人を生かすばかりに非ず。騎士としての、己の技量を理解しろ。万能ではないことを思い知れ。それを痛感してなお、民を救い、悪を討つというのならば、目を背けるな」


 バレットは涙を堪えて訴える。


「神が我らに剣を信託するのは、このためだ。この愚行を行い、初めて君たちは騎士として迎え入れられる。その覚悟なき者はここから去れ!」


 バレットは少女の亡骸を抱きしめて、広場の方へ歩き出す。


 部下たちは左右に分かれて道を作り、しばらくその背中を見詰めていた。彼女と同じことをしなければならないという良心の呵責を乗り越えなければならない。


 だが、次第に一人、また一人と道具を担いで動き出す騎士がいた。覚悟云々ではなく、彼らはバレットのしたことを理解しようとしたのかもしれない。あるいは助かる見込みのある生存者を見つけたい一心だったのかもしれない。


 騎士たちは終日、村人たち、あるいは襲撃者たちの遺体を片づける作業を続けた。


 気が遠くなるような異臭の中で、その剣が残酷に煌めき、幾度となく肉を突く音が響いた。おえつを漏らす声、嘔吐を堪える声、はたまた泣き崩れる絶叫も聞こえた。


 バレットは血に染まりながら村を周って、新人たちを鼓舞して死者に対してこの上ない尊厳を示し続ける。


 次は我が身と新人たちも遺体の片づけを進めながら、この現実に対して向き合う。


 夕日はまるで血塗られたように赤く、それでも、騎士たちの血潮のように燃え上がっていた。

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