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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第八章
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~赤誠~ 〔アル・ガイア〕の使い方を考えよう

 なだらかな傾斜のかかった森の中。高い木々から木漏れ日が降り注ぎ、〔アル・ガイア〕の黒い装甲には光の斑点模様が浮き上がっていた。柔らかい地面は機体の重さに耐えられず沈んでおり、慎重にしなければならない。


 静かな午前の時間の中で、鋼の闖入者は森の中を下る川を観察する。その水はやがて、ライン河に合流する小さな支流で、滾々と流れる水は苔の生えた岩にぶつかりながら、下り坂を滑っていく。活力に満ちた水流だ。


〔アル・ガイア〕は機体を起こすと、周囲を警戒しつつ、足元にある粗雑に積まれた石と木の堤防を見下ろした。そこから分流となる轍の行く先を確認する。


 その先に在る小さな村の水路、となるものだ。


 (マサキ)、フォノ、結子(ユイコ)は緊張の面持ちで、最後の仕上げをせんと〔アル・ガイア〕にカタナを抜かせる。


「これで、お願いっ!」


 (マサキ)の掛け声とともに〔アル・ガイア〕はカタナを振り下ろした。


 堤防の決壊と共に川の水は水路に流れてくれた。カタナで轍を作り、不安定な土壌は右腕部の機能で凝固させ、柔らかい土壌に吸収されにくく頑丈な作りをしている。


 (マサキ)たちはほっとしながら、水の流れを眼下に据えて〔アル・ガイア〕を移動させる。


 まだ安心できるわけではない。村までしっかりと水が行くか確認しなければならない。


 水路の横を歩いて、木漏れ日の中を進む。その姿を森にすむ動物たちは訝しむように、あるいは怯えるように見ていた。


「あ、後ろから鹿がついてくる」


 結子(ユイコ)は立体モニタの反応を見て、振り向く。


 確かに〔アル・ガイア〕の後ろを物珍しそうに追ってくる鹿の影があった。頭部のアンテナの角が梢をへし折り、地面に無遠慮に落としていく。それにおどろ行く鹿であってが、依然としてついてくる。


「まぁ、このままついてくるかしら?」

「それはないでしょ」


 (マサキ)はフォノにそう言って、〔アル・ガイア〕を操作する。


 握るカタナで時折、水路に溜まった土砂を払い除けて流水を促し、土手が崩れそうなら跪いて右腕部で固める。


 修復を重ねて、水の流れを確実にしていく。その間に鹿は踵を返して、森の奥へと帰って行ってしまった。そのことに(マサキ)たちは気づくことなく、真剣な面持ちで作業に打ち込んでいた。


 その地道な作業を淡々とこなしていくと、やがて傾斜がかった森を抜けて平地に横たわる小さな町を正面に捉える。


 その郊外に停泊している〔エクセンプラール〕から光信号が瞬く。


「ミトさんから。ご苦労様って」

「そっちに戻るって伝えて、貯水池は?」


 フォノが水路の先に在る貯水池を拡大画像で確認する。


 貯水池といっても、郊外で余っていた土地を掘って固めた巨大な水槽のようなものだ。直径五〇メートルほどの大きさでもっぱら生活水として使われる予定である。


「村の人たちは?」

「仕事してる」


 (マサキ)があたりを見回していると、結子(ユイコ)は村人たちの映像を送った。


 村人たちは〔アル・ガイア〕が水を運んできてくれたのを承知しており、別段驚くことはなく、遠目から時折視線を投げかける程度である。井戸水が底を突きそうだ、という話を(マサキ)たちに持ち込んだところ快く引き受けてもらえ、村の近くに貯水池ができたことのを期待半分、不安半分に見守るのだ。


 何しろ女の子三人と〔AW〕一機で水路と貯水池を作るというのだから、過度な期待はできそうにもなかった。


「水路は……」


 フォノは水路の水の流れを気にした。


 水路は真っ直ぐにそこへ伸びて、水を注いでいる。勢いはさしてないが、ゆっくりと底に溜まり出している。


「一応、順調よ」

「そう?」


 (マサキ)はフォノの不安げな声に、心配になりながら〔アル・ガイア〕にカタナを収めさせて、貯水池近くで跪かせる。


 次にハッチを開けて、シートを持ち上げると上半身を出して肉眼で貯水池を観察する。冷たい空気が肌身に染みて、赤い鼻頭を隠す様にマフラーをつまみ上げる。


「勢いが微妙だね」


 フォノもハッチを開けて、肉眼で確かめる。シートから降りると、傾いている機体にぎょっとしながら、ハッチに足をかけて上半身を出す。


 泥を跳ねあげて溜まっていく水は濁っており、すぐには飲めそうにない。


結子(ユイコ)、計算間違えんじゃないかしら?」

「そんなことない……、と思う」


 水路の簡略な設計をしたのは(マサキ)で、結子(ユイコ)は水を引き入れるための傾斜や深さ、建設に必要な強度を〔アル・ガイア〕のシュミレータを用いて計算を出したのだ。


 しかし、現実、思っていた以上に水の溜まりは遅かった。


「そうそう、うまくいかないよ。問題点を洗い出して、あとで修復すればいいよ」


 (マサキ)はフォローを入れる。


 と、そこに村人の一人が近づいてきて、胸部ハッチのフォノの方を見上げて言う。


「ありがとう! 助かるよ!」

「いいえ! もう少し改良してみます」


 フォノが代表してそう答える。


「すまないねぇ!」


 村人はそう言って、一礼する。


 彼は礼を言うなり、軽く帽子を上げて会釈し、仕事へと戻って行った。彼なりの誠意だろう。


 (マサキ)はその声を耳にして、少しばかりやる気を取り戻すとシートを下ろして操縦席に戻る。


「船に戻るよ。設計図の見直しもしなきゃ」

「了解」


 フォノが答えて、身体を引っ込ませる。


 ハッチが閉じると、〔アル・ガイア〕は機体を起こして〔エクセンプラール〕の方へ足を向ける。


 働いている人たちに気を付けて、見晴らしのいい平野を歩く。彼らの好奇の眼差しが〔アル・ガイア〕に注がれて、(マサキ)たちは気恥ずかしい気分であった。


「動くところがそんなに珍しいの?」


 羞恥心を紛らわす様に(マサキ)は操縦席で一人呟いた。


 横に視線を向ければ、麦の取入れをしている。大地を覆う金色の麦の穂を女性が中心となって鎌で刈り取り、その束を横一列に丁寧に並べていく。それをまとめあげて、ロバが引く荷馬車に男たちが積み込んで脱穀するために納屋に運んでいく。


 他にも家畜のための乾草を刈り取り、乾草の山をいくつも作り上げている。冬場の家畜たちへのえさを確保するためである。


 この時期は皆忙しく、猫の手も借りたいくらいの作業があるのだ。村一つ、さらには税金のために収める量を確保しているのだ。その量は壮大である。


「遅い時期ね。もう九月の終わりよ?」

「今年は寒い日が多かったから、遅かったのかも」


 (マサキ)はフォノに答えながらため息が出る。


「早くこういう生活に戻りたい」

「そうね……」


〔アル・ガイア〕は郊外に停泊する〔エクセンプラール〕に腰を下ろすと、なだらかな小山の稜線を眺めるように動きを止める。


 (マサキ)たちはハッチを開けて、リフト・ワイヤーを使って甲板に降り立つ。


 固い甲板に革靴の底をつけると、(マサキ)は忌々しげに二、三回踵でその場を踏みつける。


「こんな生活、いつまでもしたくないの」


 ロマの生活は様々な土地を周れて、ある意味で自由を満喫できる。その実、根無し草の旅は常に不安をもたらすものだ。慣れてきたとはいえ、鋼鉄に囲まれてかりの感触はそのまま感覚を麻痺させてしまうような気がした。


 フォノと結子(ユイコ)を待って、(マサキ)はアイランドの方へ回る。


 と、出入口の所でセルネル・シャーオスが顔を出した。愛嬌のある笑みを浮かべ、赤毛に近い金髪の髪を掻き揚げ近づいてくる。


「お疲れさん。調子は?」

「ぼちぼち」


 (マサキ)がさらっと答える。


 その後ろで結子(ユイコ)とフォノは無関心な顔をしている。彼とのいざこざが遺恨となって、未だ解決されていないのだ。


 セルネルはそんなことなどお構いなしに、〔アル・ガイア〕の方を見上げる。


「ま、アーデル・ヴァッヘで水路作りなんて簡単そうで、簡単じゃないってこったな」

「そう? 手間は省けて、ずっと早くできるけど」

「効率の悪いことだって」


 セルネルの言い回しにフォノが怪訝そうな瞳を向ける。


 わざわざ文句を言いに甲板に上がってきたのなら、相当暇なのだろう。


「機体一機で水路を作る。これって、収支が合わないことだって知ってるか?」

「つまり?」


 結子(ユイコ)はまどろっこしいのを嫌って、険のある声で言った。


 彼の言う収支の不一致は間違っていないだろう。戦闘を想定して作られた〔AW〕だ。その汎用性に目をつけて様々なことをしてもらうのは、頭のいい使い方ではないかもしれない。想定していない動きや起動や整備に伴う労力と実際の作業とを比較した時、水路のような小さい建設はあまり適していないだろう。


 (マサキ)にもそれくらいのことはわかっていたが、気にした様子はない。


「わたしたちが抜けたくらいでここの仕事が遅くなるわけでもないんだし、別にいいでしょ?」


 それに、と(マサキ)は胸を反らして堂々と言う。


「困ってる人のために、何が必要かが問題なの。補給も修復も自前でできるもん、この子は」

「ああ、そうかい」


 セルネルは不満そうに言った。


 女の子が扱うと、やはり使い方を誤る傾向にあると強く感じる。宿しているだろう潜在能力は計りし得ない。建築、土木と言った土臭い仕事をするようなものではないだろう。


 もっと鮮烈に、劇的に活動できる場所がある。面目躍如の活躍ができるはずなのだ。


「脅かして、蓄えを分けてもらった方が早いっていうのに……」


 セルネルの実直な思いが、口から零れる。


「何か……、言いました?」


 フォノはその言葉を聞き逃さず、冷え切った声で問う。


「ああ、いや……、アハハ」


 すると、セルネルはびくりと肩を跳ね上げる。それから愛想笑いを浮かべるが、その頬に一筋の汗が流れるのを結子(ユイコ)はおかしくて含み笑い。


 フォノが発砲した時のことが余程怖かったのだと見える。


 (マサキ)もセルネルの事は聞かされていたから、状況は何となしに飲み込めた。


「それじゃ、あたしたちもまだ仕事あるから――」


 それだけ言って三人はセルネルの横を通り過ぎようとするが、彼が弾かれたように三人の前に躍り出て遮った。


「言い忘れてたんだが――」

「何を?」


 (マサキ)が後ろに着く二人を制しながら、一歩下がって睨みつける。


 すると、〔アル・ガイア〕から金属が撓む音が鳴った。四人は一斉にその方を向いたが、甲板に腰かける〔アル・ガイア〕に大きな動きは見られなかった。


「あーっと……」


 機械に水を差されたセルネルが場つなぎに声を発して、ゆっくりと三人の顔の動きに合わせて視線を合わせる。


「第二十七聖騎士が叙任したっていうのは、聞いたか?」

「いいえ。近いの?」


 (マサキ)は用心深く聞いた。


「いや、まだ西の方だ。ノイスラクーナっていう都市国家にいるらしい」

「いつの情報?」


 今度は結子(ユイコ)が問うた。


「村の奴からの話だからな。正確な日にちまではわからん。だが、動き出しているのは確かだ」


 セルネルは三人の少女が困惑する表情に、一矢報いてやったと顔をほころばせる。自分の仕返しの小ささなど気にもしない。


「用心しとけよ。また、ナイト級とぶつかって辛勝じゃ困るからな」


 言うだけ言って、セルネルは出入口の方へ戻って行った。


 (マサキ)たちはしばらく立ち尽くして、〔アル・ガイア〕の方に顔を向ける。


「また戦うようなことになるのかな?」


 結子(ユイコ)がポツリとつぶやく。


〔アル・ガイア〕はナイト級〔ゼルドナァー・ヘリック〕と戦いでボロボロにされてしまった。今は弾倉の補給も、もがれてしまった左腕部も正常に作動している。


「そうなったら、嫌だけど」


 フォノはごわごわする髪を撫でながら言う。


 対して、(マサキ)は二人に顔を戻して笑みを浮かべる。


「その時はその時。今度は負けないようにするだけ」


 いつまでも落ち込んではいられない。


〔アル・ガイア〕が戦うだけの機械でないことを実現するためには、やらなければならないことは今、目の前にあるのだから。


「さ。設計図の直しをして、また小山の方に行くよ。それに集中」


 (マサキ)はフォノと結子(ユイコ)の手を取って、アイランドの出入口の方へ歩んでいく。


 速い歩調にフォノと結子(ユイコ)は合わせるのに苦労したが、目の前に仕事があると認識するとそちらの方に集中することにした。


 気が楽であったし、何より有意義だと思うからだ。


〔アル・ガイア〕は何も言わず、ぼんやりと午前の青い空の下で日光浴をする。それが〔アル・ガイア〕にとっての蓄電であり、憩いの時である。

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