~赤誠~ 第二十七聖騎士の門出
朝日が差し込み始めて、港の倉庫街に長い影が落ち始める。
西ヨーロッパにある、ノード教会の心臓部と言える都市国家ノイスラクーナは新たな騎士の門出を控えて、陸の港は大忙しであった。
寒々とした朝霧の中で、人々の声と機械の駆動音がこだまして、城壁をもわせる頑強な桟橋に〔ガング〕の並んでいる。艦載のクレーンで積み荷を持ち上げて、甲板に降ろす作業をするのが目立つが、下部でもハッチを開いて、桟橋の下にある巨大な鋼鉄のレールに乗った〔AW〕の搬入作業をしている。まるで貨物列車が駅に停車して、積み荷を引き上げてもらうかのようである。
第二十七聖騎士となったバレット・バレット麾下の新たに編成された部隊の出向のために、騎士も港の労働者たちも忙しない。
聖騎士の叙任式典はつい先日に閉幕したのだが、だからと言って祭りごとがあったわけではない。華々しいパレードが催されるわけでも、三日三晩踊り続けるわけでも、お酒を雨のように浴びるわけでもない。
第二十七聖騎士の叙任式典は教会内の儀式。洗礼に始まり、三日の瞑想、断食などなど俗世と切り離された長い儀礼を終え、ようやっと聖騎士の証とも言える剣と詔書を教皇より授かり、叙任されるのである。
それから苦行を終えたバレット・バレットは、外の世界に戻り、民衆の前で第二十七聖騎士を宣言し、騎士団へと戻るのである。
幸喜と畏敬を込めた眼差しで人々は彼女を迎え入れ、ささやかで厳かな騎士たちの行進を見るために左右に分かれて人垣を作って拝む。民衆にとっての祭ごとはこの程度である。
「これが報告書だ」
「ありがとう。迷惑をかけたわね」
「いいや。死んでいった連中も報われたよ。遺族が引き取ってくれた」
「そう。立ち合えなくて、ごめんなさい」
「問題ないさ」
桟橋に向かって、男女が歩いていく。赤毛の女性はバレット・バレットで、老練の白人はヴィロォ・ハルゲンである。
バレットは不在時の指揮官代行を任させていたヴィロォから報告書を受け取りながら、自分が手に入れた新しいバイン・シフを見上げる。
彼女の顔つきはまだやつれており、今にも貧血で倒れてしまいそうであった。着ている軽装の防具も依然と変わらず、変わったと言えば腰にぶら下がった教皇より賜った剣と仰々しいマントくらいだ。
「これが〔ズィーベン・ウント・ツヴァンツィヒ・ブルク〕ね……。今朝、到着と聞いたけど、何かあったの?」
「調整に時間がかかったんだとよ。何しろ、急なお達しだったから、中央の工房街も突貫工事で組み立てたって、報告書にもあるだろ」
「そう……?」
バレットはぺらぺらと冊子状の報告書をめくりつつ、足を止める。桟橋に差し掛かる手前、積み荷を運ぶバイン・アウトーやロバや馬が通る車道を背にして、新しい艦を見上げる。
彼女の城は鮮烈な赤色に塗装された艦であった。巨大なカブトムシに城を背負い込ませたよな外観は強靭さと獰猛さが浮き出ている。〔ガング〕ほど砲塔はなく、幅のある艦体は艦載量に優れた設計をしている。
「おめでたい色をしてるわ」
バレットは目を細めて、装甲の鮮やかな赤の事を言った。
「これではすぐに、敵に見つかってしまう」
「趣味じゃないのか?」
「なんでよ? 赤カブトムシは趣味じゃないわ」
ヴィロォの物言いにバレットは即座に返す。派手な色はそのまま敵の目標になりやすい。聖騎士になって慎ましやかな艦がもらえると思っていたのだが、予想外である。
ヴィロォは作業の進捗を眺め見ながら、肩を竦める。
「違うね。赤毛だから」
「これは生まれつき」
バレットは自分の結った髪をつまんで示し、辟易して答える。
「名前も長いのあれだから、〔ローテァ・ケーファー〕にしましょう」
「そりゃぁいい。文章にするとき、面倒がなくていい」
二人が並んで立っていると、突然〔ズィーベン・ウント・ツヴァンツィヒ・ブルク〕もとい〔ロォーテァ・ケーファー〕から雄々しい鷲の鳴き声が木霊して、甲板から飛び出す影を発見する。
ヴィロォが険しい目を向ける。
「新人め、逃したな」
「仕方ないだろ? 荒くれ者なんだから」
バレットは言いつつ、腰巾着から真鍮製の細い笛を取り出し口に咥える。
ピィーッ!!
風を切り裂くような甲高い音が港に響く。すると、空を旋回している鷲の影が翼をばたつかせて、断続的に響く笛の根に向かって降下する。
「よしっ! いい子ね」
バレットは、笛を鳴らしながら桟橋を低空で滑空してくる鷲を目で追った。そして、右腕を上げて鷲の足場にした。鷲が革製の手甲の上で爪を立てる。同時にバレットも足にくくりつけられている革製の紐を握って逃がさないようにする。
鷲は顔のすぐそばで巨大な翼をばたつかせては、彼女の右腕で足踏みし、ギャアギャア喚き散らす。自分が上で、この鋭いくちばしでその大きな瞳を啄んでやろうか、と啖呵を切っているかのようだ。
「バーレット、落ち着きなさい」
バレットは笛を咥えたまま、伝書鷲バーレットに言い含めて短く笛を吹いた。小鳥が囀るような音色に、彼女の腕に乗る鷲はせわしく首を傾げながら、翼を打つのを徐々に押さえていく。
ヴィロォは感心する。
「ほぉ、だいぶ慣れたな」
「フリューほど素直じゃないけど。体が小さいから、威張り腐ってないと不安なんだよね?」
バレットは空いている手で笛を取り、新しい相棒に視線を向ける。
バーレットは第二十七聖騎士隊の編成が決まり、事実上の新設部隊と言うこともあって授与された。まだ若く、血気盛んらしい。体長は一メートル以下の大きさで、メスにしては比較的小さい部類だ。
それでも、バレットが腕を腰の位置に降ろしても、頭は彼女と同じ位置にある。
「新入り連中に、そんな気性の荒いヤツを任せるのは少し酷だったんじゃないか?」
「これくらい、嫌でもできるようにならないと話にならないよ。これから行く場所も、慣れてもらわなければ困る」
バレットはヴィロォを一瞥して、これから向かう場所のことを思う。
ヴィロォも怪訝そうに眉をしかめて、港口を眺める。甲板で積み込みを手伝う者や桟橋を行き来する物は寒い空気の中で活発に動いてくれている。そういう動きの機敏な奴は大概、バレット隊の補充要因で聖騎士艦隊に配属されたことで舞い上がっている。
その浮かれ気分を一挙に崩すのは忍びないと彼は思うのである。
「もっと早くに対応できたはずだろうに……」
彼の悔しがる声を聴いて、バレットは手甲で守られた指先をつつくバーレットに視線を移す。その嘴で報告書をつついており、空いている手に書類を持たせる。
「中央付近の村とはいえ、やられたわ。組織の特定もできていないのだろう?」
ボロボロの書類に引き攣った表情を浮かべながら、これから向かう街の情報を確認する。
ヴィロォはすでに頭に入っているらしく、淡々と語る。
「夜盗でしょうな。やり方に節操がない」
「確かに…………」
バレットは報告書を見ながら、煮え切らない想いを抱いて同意する。
襲撃されたのは小さな農耕村。ノイスラクーナから遠くない場所である。報告があったのは、昨日のことである。一夜にして村が一つ焼け落ち、生存者も未だ不明な状態にある。普通なら、昨日中に部隊が派遣されるものだが、聖騎士式典も終えて、集まっていた騎士たちも方々に戻っていた。
ちょうど入れ違いになってしまったのだ。
そこでいち早く動けるのが、バレットたちということになった。しかし、今村がどういう状態なのか知る由もない。命からがら逃げてきた自警団もその全容を知る由もなかった。
用心しなければならないだろう。
警戒心を宿しながら、バレットは険しい顔をする。
「しかし、下賤な」
「俺たちに対する挑発にもとれる。この近くでやるのだからな」
ヴィロォは努めて平静に言った。
彼からすれば、このような襲撃は珍しい話ではない。幾度か経験も積んでいたし、その上で感情を押し殺す術も覚えてきた。だからと言って、悼む心や怒る感情を忘れているわけではない。
バレットも重々承知で、ヴィロォに言う。
「新入りにもわかってもらわないと――――、浮かれているのだろう?」
「補充要員だからな。墓に入った連中ほど、要領がいいわけじゃない」
「これで何人、残るかな……」
バレットは俗世の理を思い出しながら、そんな事を言った。
騎士に憧れて、修道騎士の門戸を叩く者は少なくない。しかし、訓練への向上心や信仰の厚さを鍛えても、現実に直面した時の気の持ち方次第では何の意味もなくなるのである。本当に騎士として活躍できる者は精神が豪胆であるか、揺るぎない信念を持っているか、あるいは自信家でなければ勤まらない。
古代ローマ時代に見る兵役税が薄れた昨今では、職業兵役がもっぱらである。自分を食わすためにも、その現実から目を背けてはいけない。
受け入れられない者は小作農か、家に戻ることができれば幸いな方で、ほとんどが浮浪者になる。一歩間違えば、フライハイトのような反政教勢力に取り込まれかねないから、騎士の数量維持も難しい。
港に溢れる活気と機械の音を耳にしながら、鷲が翼の手入れをしているのをバレットは横目に見る。ずっしりと来る重みに、腕が震えだす。
すると、タッタッタと軽快なリズムで向かってくる馬車とそれを先導する四足のバイン・アウトーが近づいてくる。バイン・アウトーの首の部分には年老いた鷲が銅像のように居座っている。
見覚えのある鷲と初老の男の顔にバレットとヴィロォは見張った。
「ツェッツァー隊長!?」
「師匠? どうして?」
バイン・アウトーと馬車が彼女たちの前に停止すると、バイン・アウトーにまたがった初老の男、ゴルドー・ツェッツァーが視線を向ける。
白い髪と髭を蓄えた男で、還暦を迎えようとする歳ながら鎖帷子と革製の防具を着こんだその肉体は精彩が見られる。腰に下げている鞘には、他とは違う異彩な刺繍が施されている。聖騎士の持つ宝剣である。
「お前に頼みたいことがあってな」
挨拶もなしにゴルドーが言った。声に衰えも感じなかった。
「な、何でありましょうか?」
バレットが答える前で、バイン・アウトーを跪かせて、ゴルドーが降り立つ。
「いや、大したことではない」
バレットは緊張して、剣の師であり、養父であり、さらには第七聖騎士ある彼を見据える。聖騎士として、今なお赫々たる戦果を挙げている老騎士である。彼に認められることは、弟子としても最高の誉であると自負している。
その彼の頼みごとである。緊張に生唾を飲み込む。
すると、彼女の腕に乗るバーレットが威嚇の声を上げて興奮する。
「こらっ。バーレット!」
バレットが一喝しても、伝書鷲は近づいてくるゴルドーを威嚇する。頭を低くして、翼を上げる仕草は攻撃意志の表れであった。
すると、バイン・アウトーについている老鷲、フリューが一声鳴いた。
グワァ!
途端にバーレットは怖じけたように黙りこくって、頭を上げる。伝書鷲にも先輩後輩、キャリアの違いがあるのか。それとも単純にフリューの方が力があったかは定かではない。
ゴルドーは落ちくぼんだ深遠な瞳をバレットに向けつつ、笑みを浮かべる。
「若い者の教育も大変だな。おめでとう、をまだ言ってなかったか?」
「いいえ。式典への参列だけで、もう、わたしは満足です。感謝しております、師匠。祝いの言葉はこうしてお会いできたことで果たされたとも」
バレットは伝書鷲を従えたまま、一礼する。
「謙虚だな。ヴィロォもよく」
「お久しぶりです、隊長」
ゴルドーとヴィロォは握手をして、軽く抱擁した。
もともとヴィロォはゴルドー直属の部隊長である。バレットの独立に合わせて、彼も部隊を離れることになったが歴戦の戦友との再会は嬉しいものだ。
ゴルドーも傷痕のような皺を刻んだ顔で満面の笑みを浮かべ、部下たちとの再会を喜んだ。
「聖騎士として、新しい門出だ。日々の精進を忘れるでないぞ?」
「はい。もちろんです」
バレットが意気軒昂に応える。
そこで、ゴルドーが引き連れてきた馬車の扉が運転手によって開けられる。素早く、階段を用意する従者の姿もあった。馬車から二人出てきて、周辺の警戒に当たる。
バレットとヴィロォは降りてくる人物に注目すると、ゴルドーは体を開いて腕を伸ばして指し示す。それを合図と勘違いしたのか、じっとしていたフリューが彼の伸びた腕に掴まった。
「紹介が遅れた。と言っても、顔なじみではあるが――」
ゴルドーの言葉に耳を傾けながら、バレットはドアの隙間から見える小さな足が階段に降りるのを見た。低いヒールと赤い色が特徴的なとても小さな靴である。
それを見た瞬間、はっとバレットは姿勢をただし、バーレットを乗せる腕に力を込める。
「リップルトン国領王妃、エクセルカ・リヴィーナ二世様だ」
従者の手を借りて、姿を現したのは幼い少女である。
ベール付きの帽子を被り、外出用のドレスを召している。身長は小さいも、しゃんとした足取りで騎士たちの前に出てくる。
バレットとヴィロォは思わず跪いて、首を垂れた。
「これは、王妃様、ご機嫌麗しく」
「あらあら。聖騎士様ともあろうお方が、俗な人の前で膝をつくだなんて」
彼女、エクセルカはクスクスと笑みを溢して、上品な仕草で帽子のベールを取る。
まだ幼い、丸い顔と赤い頬。十代にも満たない歳ながら、芯のしっかりした面持ちで見目麗しい。それでも好奇心に満ち溢れた大きな瞳は静かにバレットとヴィロォに向けられている。
「顔をおあげになって、二人とも。よく、顔を見せてくださいな」
「はい。王妃様」
「あらあら、前のようにお嬢様でよろしいのに」
顔を上げるバレットにエクセルカはまた微笑んだ。
「昔とは立場が違うのです」
バレットは新しい相棒が暴れないように見張りながら、エクセルカに告げる。
エクセルカの両親が健在だったころ、ゴルドー隊はリップルトン国領に駐在していた。そこにある大聖堂を守るために聖騎士であるゴルドーが選ばれて、部隊は護衛任務に就いていた。それはリップルトン国領首都を守ることと同義である。
その修道騎士団の働きを認めた領主は時折ゴルドーたちを城内に招くこともあった。利発で、陽気な男で、バレットのような新米の演じる演武も楽しんでいた。
その折にまだ雑用として働いていたバレットは領主と王妃、唯一の息女であったエクセルカ・リヴィーナ二世のお世話を任されたのだ。そして、騎士としてお姫様に仕えながら遊び相手をしていた。
エクセルカにとって幸福の時間であったし、その思い出はまだ色鮮やかである。
「ええ、存じています。ですが、盟友のもと、あなたの出世を祝うことはできましてよ。国領についても、叔父の夫がどうにでもしますもの」
「そのために、ここへわざわざ……」
ヴィロォは疑問を口にするも、エクセルカの誇らしげな顔に納得する。
仮にも王妃様である彼女が、わざわざ一騎士の祝福するために領土から出てくるのは馬鹿げている話だ。だが、彼女がバレットを騎士として盟約を交わしたのであれば、エクセルカ・リヴィーナ二世は後援者としてその働きをねぎらう口実もできる。
バレットは彼女の意図することを理解して、困った顔を浮かべる。
「お出かけになられるのでしたら、御身を気遣ってください」
「どうして?」
「領主様がお怒りになるからです」
「領民のための、結婚です。こちらにその気もなければ、あちらにもなくてよ」
ツンとしてエクセルカは言った。
両親が他界してすぐ、彼女は六歳にして王位を継いだ。しかし、領土や人を収めるセンスは当然ありはしなかった。王権を狙っていた叔父との政略結婚で内政破綻だけは免れ、現在まで続いている。
しかし、未だ王位はエクセルカが握っており、夫である叔父は彼女が大きくなるまでの繋ぎの政治をしているに過ぎない。いつか反乱が起きるのではないか、と領民たちは不安がっている。同時に彼女から王位が奪われることも恐れていた。
現領主のやり方は時に政教区内の法を破りかねない、改新的な発想をチラつかせていたからだ。そのようなことをしなくても、領内は穏やかな気風である。
それを守っているのがエクセルカ王妃である。
「時折口を出して、それらしい体裁を取っていれば、みんな満足してくれるもの」
「本当に、聡明になられて……」
バレットは変わらない彼女の実行力に安堵していいのか、早熟の才気に不安を抱いてよいのか複雑な心境であった。
仕えていたころの無邪気さは残しておきながら、その方向が奇妙な方向に傾きかけていると感じられるからだ。
「王妃様、よろしいですか? 彼女らにも重大な任務がありますゆえに……」
「そうでしたわ。つい懐かしくて、口が軽やかになってしまって」
ゴルドーの進言に、エクセルカは一笑して肩を竦める。従者も周りの目を気にして、気が気でない様子である。
「バレット・バレット聖騎士殿」
エクセルカが言う。
「はい」
「申し訳ないのですが、わたくしを国まで送ってくださらないかしら?」
「あの、それは、どういう……」
バレットは目を丸くしてエクセルカとゴルドーを見る。突然の申し入れに頭がこんがらがる。
腕にしがみつくバーレットも徐々に下がりつつある、彼女の腕に必死にしがみついて、翼をばたつかせる。
ゴルドーが説明する。
「すまないな。足がないのだ。わしもこれより西へ向かわねばならない。送るくらいの事はできるじゃろう?」
「他の部隊は?」
「出払ったから、お前に重大な任務のお鉢が回ってきたのだ」
ゴルドーの返しに、バレットはぽかんとするもバーレットのことを思い出してしゃんとする。
腕に乗っているバーレットが急に重く感じる。バーレットも彼女の気分を察してか、小首を傾げてはきょろきょろと当たるを見回している。
「引き受けてくださらない? 長い旅になっても一向に構いませんよ」
「陛下!」
従者もその物言いに、不安な表情を浮かべる。
バレットは従者の心中を察しながら、ゆっくりと立ち上がる。それに倣って、ヴィロォも立つ。
「部屋をご用意いたします。ヴィロォ、送ってやって」
「あらあら、あなたが送ってくださらないの?」
「むぅ……」
エクセルカのわがままにバレットも思わず、唸ってしまう。その反面、まだまだ子供のようであると本当に安心感が湧いた。
「かしこまりました。では、おつきの方もどうぞ」
「お手を――」
エクセルカはレースの手袋をした小さな手を差し出した。エスコートを求めているのだ。
「少々、お待ちを」
バレットは言って、腕を振って皮の紐を放し、バーレットをとびたたせる。
翼をはためかせ、〔ローテァ・ケーファー〕の艦橋の方へ舞い上がっていく。掲げられている反射板を目印にして、見張り台のヘリに降り立つ。
「お見事ですわ」
エクセルカは見事な鷲の飛翔に感嘆の声を上げる。
「では、参りましょう」
バレットは報告書と笛を腰巾着に詰め込むとエクセルカの小さな手を取って旗艦へと歩き出す。その後ろをすぐに一人の従者がついていき、身辺警護に当たる。
それを見送るゴルドーとヴィロォは思わず笑みを溢す。
「まるで歳の離れた姉妹じゃな。いや、母娘か」
「何年ぶりですかな? あの二人が再会したのは?」
「さぁ、アイツが独立してからはリップルトンへはあまり寄らなくなったからな」
まるで娘と孫の成長を見るかのように初老の騎士たちは気持ちを落ち着かせる。娘同様に可愛がっていたバレットがいつの間にか聖騎士になっていることに嬉しさと共に残念な気持ちが沸き立つ。
「笑い事ではありませんよ」
と、彼らの背後から荷物の乗ったカートを押す従者が辟易した様子で言った。
「王妃様、いつもあの聖騎士殿の事を言うのですよ。まるで恋する乙女のよう」
「乙女であることはお変わりないでしょう?」
ヴィロォが飄々と言う。
そこに遅れて、もう一台のカートを押してやってきた従者が汗をぬぐいながら言う。
「とんでもございません! 相手が、問題なのです。部下の貴方様から粗相のないように、申し付けておいてください」
「王妃様には旦那様がいらっしゃるのです。同性愛者だったら何て――、ああ、恐ろしいっ」
それだけの言うと従者たちはいそいそと主君の後を追った。
ヴィロォは肩を竦める。
「気を付けましょう」
「苦労性だな、ヴィロォ」
「お前さんの下にいたころから、そうだよ」
皮肉を言うヴィロォの肩を叩いて、ゴルドーは踵を返して駐機しているバイン・アウトーに戻る。
ヴィロォはその背中を追って、彼がフリューをバイン・アウトーの台座に飛び乗らせるのを見た。
「わしはこれで失礼するが、くれぐれも無茶はしないようにバレットに言っておいてくれ」
「自分で言えばいいでしょうに。俺は伝言板じゃないんだ」
「いい歳した爺が言えるか?」
ゴルドーは言うなり、バイン・アウトーにまたがり起動させる。フライホイールのくぐもった駆動音と共に、機体全体が小刻みに震えだす。フリューが翼を広げて、バランスを保った。
ゆっくりと立ち上がるバイン・アウトーの上でゴルドーは軽く手を振ってヴィロォに挨拶をする。
「それに、孫の顔も拝めそうにないしな」
そして、バイン・アウトーは反転して、港口へと歩き始める。
ヴィロォは呆れ顔で自分の所属部隊の方へ歩き出す。
「お気の毒に……。俺も息子夫婦のところで孫の顔を拝みたいよ」
ゴルドーの気持ちもわからなくはないから、郷愁の念も湧いてくる。
ただ、バレットやエクセルカには当分無縁な話だろう。




