~与奪~ 内緒のお茶会
きゅぅぅ……。
深夜を過ぎた〔エクセンプラール〕の艦内。灯火管制で真っ暗な通路にお腹の嘶く音がかすかに聞こえる。
その音を響かせているのは、肌着姿に等しい柾、フォノ、結子の三人である。ワイシャツ一枚、あるいは肌着、薄着の三者の姿はとても秋の夜長で出歩く格好ではない。
そうなったのはお腹がすいて、眠れなくなり、そろそろとそのままの格好で部屋を出てきたのが原因だ。
氷室の中にいるかのような寒さに鳥肌が立つ。
「くしっ」
最後尾についている結子のくしゃみが響く。
先頭を行く柾はびっくりして、手持式の燭台に灯した明かりをその方に向ける。後ろについていたフォノは身体を引いて、目を丸くした。
「ごめん……」
結子が上目遣いに謝ると、柾は安堵してまた歩き出す。
それ以外に三人の間には会話はなく、戦闘での出来事を未だ引きずっていた。蝋燭のじりじりと燃える音と独特の臭いが漂う。
「……あ」
柾が前を見据えて、ぽつりと声を漏らす。
彼女の視線の先、右手の方に食堂があるのだが、そこから淡い光がかすかに漏れている。おまけに食器のざらついた音や水の弾ける音が聞こえてくる。
誰かいる、と三人は緊張する。
続くフォノと結子は不安そうに柾のワイシャツをひしと掴んだ。
柾は一度振り返って、二人と視線を合わせる。言葉はなくとも、互いにこの先を進むか否かという意思は伝わった。
「行ってみよ」
柾が声を潜めて促す。
それから三人はより慎重に足音を殺して、食堂の方へ歩む。夜中の食堂で何をしているのか、気にもなったし、入っていいかを見極める必要がある。
「持ってて」
「うん」
柾は燭台をフォノに預けると仕切りの縁に身を隠しながら、中の様子を探る。
その先には一番、顔を合わせたくない相手のむっつり顔が窺えた。
「ミトさん……」
柾の声に、フォノと結子が息を呑んで身体をかがませて食堂の中を見た。
カウンターの先にある厨房で皿洗いをしているようであった。燭台のかすかな明かりを頼りに、白い息を吐きながら働いている。
柾たちはその様子を見て、喉の奥が詰まる。思わず足を引いて、食堂から立ち去ろうとしてしまう。
夕食も食べずにこっそり厨房のものを頂こうとしているのだから、後ろめたい気持ちでいっぱいだった。
「――ん? 誰かいるの?」
ミトが顔を上げて、柾たちの方を向いた。
柾たちはドキッとして、何も言えずどうしようかとおどおど顔を見合わせる。
「いないの? 明かりが見てるんだけどなぁ」
ミトの声が再び響いた。間延びしたイントネーションが、意地悪く聞こえる。
柾たちは手元に灯る蝋燭の明かりに、思わず肩が跳ね上がった。言い逃れができない、と諦めが湧いてそろそろと食堂の方へ移動する。
「まぁ。あなたたち……」
ミトは目を白黒させる。その声は尻すぼみになって、次の言葉が思いつかなかった。予想外の相手で、彼女自身どう接していいのか迷っている様子だ。
出入口に肩を窄めて並ぶ柾たちは、俯き加減にミトの方を窺う。申し訳ないという気持ちと、うまく言葉にできない歯痒い思いが交錯する。
「どうしたの?」
ミトが取り繕うように、洗い物の手を休めて尋ねる。
それに対し、柾はばつが悪そうに視線を右往左往させて、ぼそぼそと声を出す。
「お腹空いたから、寝れなくて」
「そう……」
柾の小さな声を、ミトは聞き逃さなかった。
「こっちに来なさい。お夜食、作ってあげる」
「…………」
三人はその申し出に戸惑って、顔を見合わせる。
「き・な・さ・いっ」
ミトの強調された声に、柾たちは肩を震わせて、ささっと厨房の方に回った。
蝋燭のか細い光が照らす空間は限られている。まるで淡いスポットライトの中にいるような、普段とは違う静かで不安を誘う暗闇が四方を覆っている。
ミトは洗い物を切り上げてエプロンでぬれた手を拭くと、調理台から離れて小さい椅子を三つ引っ張ってくる。
「あの……」
「座ってなさい。すぐに火を入れるから」
フォノの掠れた声にミトはそう言って、側の四角いかまどの方へ歩み寄る。それからしゃがみ込むと、平積みにされている薪と小枝の束を取って、下段にある口に入れていく。
柾たちはその後ろ姿を見ながら、用意された椅子に腰かける。何もせずにミトの仕事をしている姿を見ているのは、お尻がむず痒くなる。
「フォノ、火をちょうだい」
「は、はい」
フォノは振り返るミトに手に持っている燭台を渡した。
「どうも」
ミトは燃料を入れたかまどの奥を照らして確認する。それから、エプロンのポケットからしわくしゃの紙を取り出して蝋燭の火に当てて燃やすと、かまどの口に詰め込んだ。
それからすぐに木箱に溜まっているオガクズを鉄製の十能で掬い上げて、中に足していく。くべられたオガクズは火の上にかぶさって、最初は煙を上げながら次第に火の勢いを強めていく。
ミトは火の勢いを見て十能から鞴に持ち帰ると、口に風を送る。慎重に火を全体に巡らせるようにして、小枝がパチパチと弾ける音が聞こえてくる。
吹きいれるたびに、ぼぉっと火花が扉から溢れて、白煙も一緒に出てきた。
「ごほ、げほっ」
ミトは煙が目に染みて涙を浮かばせる。
それでも順調に火が強くなっていくのを確認して、火かき棒に持ち替えて扉を閉める。隙間からわずかに赤い光が漏れている。
「さて――――。あなたたち、寒くないの、そんな恰好で?」
「あ、うん……」
柾が自分の格好と左右にいるフォノと結子を見ながら言った。
寒い部屋だというのに、肌着姿で座っているのだからミトが心配するの頷ける。
ミトは床に置いた燭台を持って、かまどの近くにかけてある調理器具を照らし、そこからフライパンとミルクパンを手にする。
「もっと火の元に寄ってなさい。風邪ひくでしょう」
いいながら、調理台に鍋二つを置く。
ミトが右足を引きずって、厨房の端に歩いていく。厨房を歩くだけでも一苦労。だが、彼女は文句ひとつ漏らさず夜食の準備に勤しむ。
柾たちはその姿を見送るってから、かまどの近くに椅子を移動する。
かまどの口から伝わる暖かに手をかざしたり、肌を擦っては背中の寒さが一層強く感じられた。ヒリヒリとする感覚は少しばかりほっとさせる。
奥の方で物音を立てて、ミトが食材を調理台の方へ運ぶ。それが何往復かあって、やっと落ち着いた。
「こんなものかしらね」
ミトが調理台に並べた食材を見て、頷く。燭台を調理台に置くと、流し台にも木の板で蓋をする。
そこで彼女が振り返り、柾たちの間を通って、ミルクパンをかまどの上に置いた。ミルクパンには直接火はあたらず、かまどの熱で過熱をするのだ。
「これも、ここにおいてっと」
ミトは調理台に置いておいた燭台を持ってくると、壁面にある台座に置いてかまどの上段を明るくする。照らされたミルクパンには、雪のように白いミルクが注がれており、ゆらゆらと波打っている。
「…………あ、あの」
結子がおずおずと口を開く。
「何?」
ミトは調理台の方に戻りながら、ツンとした返事をする。機嫌の悪そうな声であったが、もともとあった燭台の明かりをもとに調理を始める。
結子はミトのとっつきにくい態度に委縮して、それ以上なにも言えなかった。手伝いを申し出ても跳ね返されるのが目に見えている。
「パンケーキで、いい?」
「はい。ありがとうございます」
「いいわよ」
フォノが礼を言うとミトはやはり素っ気ない態度で返した。
柾たちは気まずい空気に喉が詰まりそうになる。不機嫌な様子に不安な気持ちが膨らんでいく。こんなことなら、部屋で空腹を我慢するべきだったとも思ってしまう。
卵を割る音、カシャカシャとかき混ぜる音が脳髄に響き渡る。夜食にありつこうとして、ミトに怒鳴られる光景が柾には浮かんだ。
柾たちはかまどの火を確かめたり、小枝を足したりして、不安な気持ちをごまかす。お説教を覚悟するときの、心臓が締め付けられるような感覚が湧き上がってくる。
「はぁ……」
ミトが盛大にため息をつく。
生地を作り上げると、次に彼女はバターを敷いたフライパンをかまどの上段に置き、ミルクパンを軽く回して表面の膜をかき混ぜる。ミルクはクリームのような滑らかさが宿り、ふわふわと白い湯気が漂う。
柾たちはかまどの間に立つミトの横からその湯気を見て、口の中につばが溢れて飲み込んだ。それ以上にフライパンの上で溶けたバターの芳醇な香りに、腹の虫が嘶く。
ミトは調理台に引き返し生地の入ったボールを取ってかまどの前に戻る。
その時には、柾たちは左右に分かれて、ミトのための通路を確保していた。
「ちょっと、重曹入れ過ぎたかしら……?」
ミトは泡だて器で生地を混ぜながら呟く。
それから、薪で台座を作ってそこにフライパンを乗せると、メレンゲのようにふんわりとした生地を流し込んで、じっくりと焼き、気泡が出てきたらひっくり返す。
パンのように生地が膨れて、きつね色の表面が露わになる。
「…………」
柾たちは彼女のてきぱきした仕事ぶりに感服する。同時に香ばしいパンケーキの香りが食欲をそそる。
一人一枚のパンケーキが出来上がると、ミトはそれらをお皿に乗せて、柾たちに配る。続いてミルクパンで温めていたホットミルクを調理台にある四つのコップに注ぐ。
ミトは忙しなく動き回る。
次にはかまどの前に台座を引っ張ってきて、その上にコップと、シロップの詰まった瓶や砂糖が入った瓶を用意していく。
柾たちは膝上に乗せたパンケーキの皿とミトの動きを見比べて、緊張した面持ちで彼女の許しを待つ。
「さ、めしあがれ」
ようやく、ミトが調理台の上にある燭台を台座に置くと勧める声がかかった。
先ほどまで冷え切っていた厨房も、かまどが発する暖かさと並べられた夜食を見ると秘密基地のような特別な空間に思える。夜中に開かれる内緒のお茶会、というイメージがぴったりだろう。
子供の時分なら普段のギャップが心をときめかせるものだ。
「…………」
しかし柾たちはそうしたときめきを感じる余裕はなく、フォークを手にしてミトの様子を窺う。
おいしそうなパンケーキを前にしても、彼女の視線が気になったのだ。加えて、お説教が来るかもしれないと身構えて、手が進まなかった。
「どうしたの? 冷めるちゃうわよ?」
ミトは椅子を持ってくると、どかっと座って自分のホットミルクに砂糖を足していく。彼女たちの視線には目もくれず、マイペースにホットミルクを飲む。
柾はおずおずとシロップの小瓶に手を伸ばして、アツアツのパンケーキにかける。それからフォノに回して、食べ始める。フォノと結子もシロップを掛けて、ゆっくりと食べ始める。
ふんわりとした舌触りとシロップの甘い味。しばらくぶりのパンケーキが五臓六腑に染みわたる。ゆっくりと味わって、ミトが決して手抜きをしたわけではないと実感する。
とても、優しい味がした。
「おいしい?」
ミトがいつもの調子で尋ねる。
「おいしい……」
柾たちは喉が引くつき、目頭が熱くなるのを感じながら、パンケーキを頬張る。
それだけで嬉しいと感じる。生きていると、実感できる。
「そう。けど、次からはちゃんと夕食、食べなさいよ」
ミトは注意しつつも、内心では柾たちに食欲があることに安心していた。
虚脱したまま、やせ細ってしまうのではないかと不安で仕方なかった。戦うと決意して、勝利を手にしても、やはり人を殺めたという罪の意識は十四歳の子たちには厳しい現実なのだ。
ミトは彼女たちがその胸の内を明かしてくれるのを待った。できることなら、柾たち自身の口から悩みを打ち明けてほしいと願ったからだ。
しかし、少女たちが肩を並べて、ほろほろと大粒の涙を流して食事をする様子を見守っていると切り出す内で溜めこんでしまうのではないかと一抹の不安が胸の内に降りかかる。
ミトはホットミルクが入ったコップを両の掌で包むようにして膝元に置く。
「みんな、心配してるのよ?」
躊躇いがちなミトの声が柾たちの食事の手を止める。
柾たちは恐る恐るミトに視線を向ける。やっぱり、という諦めに似た気持ちがそうさせる。
「特に柾。カーヴァルから聞いたわよ? あんまり酷なことは言わないであげてね」
「うっ、うん……」
ミトの面白半分な口調に柾はホットミルクと飲んでごまかす。滑らかな舌触りと濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。
「フォノも結子も、そうよ。あまり、子供たちの前で辛そうな顔は見せないで欲しいかな」
「…………」
フォノと結子はその要求にはなかなか、自信を持って回答できない。
辛い時に辛いと言えないのは、心が擦れていく気がして仕様がなかった。弱音を溢したり、泣いたりしていないと頭がおかしくなるようで怖いのだ。慕ってくれる子供たちの前でお姉さんをできるわけもなかった。
ミトはコップを傾けて、中のミルクの揺蕩うのを見詰めながら滔々と語る。
「みんな、あなたたちのことが好きだから不安な顔を見せちゃうと、あの子たちまで不安になっちゃうでしょう?」
「ごめんなさい……」
柾がぽつりと言った。返す言葉が見つからず、もやもやした気持ちのままで謝罪の言葉が自然と出ていた。
三人は子供たちのお姉ちゃんとして、もっとしっかりしなければと思う。しかし、感情をコントロールしきれない。うまく元気を装う術を身に着けてはいないのだ。
特に今回のような善と悪の狭間に立たされた時には、打ち勝つ方法を見いだせない。泥沼にはまるがごとく、深遠な答えのない自問自答に陥ってしまう。
ミトは三人の方を向いて、微笑んでみせる。柾たちの沈痛な面持ちが蝋燭の火で浮かび上がり、胸が張り裂けそうなほど辛くなる。
「まだ、難しいわよね。簡単に切り替えられるものでもないし――、本当につらい事だったと思う」
「…………」
「それでも、あなたたちのお蔭でこうしていられるのよ」
ミトは自分の胸に手を当てて、そう断言した。
柾たちは何かいと聞いた励ましの常とう句に、うまく反応できない。そう言ってもらえるのはうれしいが、心の奥底までに刺さった罪の意識は自分を許そうとはしてくれない。
ミトは続けていう。
「あの機械、〔アル・ガイア〕を戦うだけの機械にしたくないって柾言ってたでしょう? あたしね、それはものすごく素敵なことだって思う」
ミトの言葉に柾がはっとした顔を浮かべて、縋るような視線を向けてくる。その瞳は純粋で、溢れた涙が輝いて頬を伝って流れる。
フォノと結子もミトの賛同に目を見開いた。
ミトは心苦しく思いながらも、厳しい事を言わなければならないと短く息を吐く。そして、冷徹な言葉を紡いだ。
「けど、戦うことを否定してはいけないわ。したいことを実行するのには、どうしても避けられないことだもの」
「あたし、やっぱり間違ってるのかな?」
柾は肩を落として自信なく言う。目的は正しいことだと思う。そして、〔アル・ガイア〕の扱いを間違えれば大変なことにもなると身に染みている。
だから、難しいのだ。
伴う責任と犠牲を体一つで受け止められるだろうか。どんなに素敵な目的でも、人を殺めて手に入れる目標が崇高であるはずがない。そう柾たちは信じている。
と、ミトが声を張り上げる。
「あなたがそんな事を言ってどうするの!? 自信を持ちなさい!」
暗がりの空間に彼女の澄んだ声が響き渡る。蝋燭の火が揺らめいて、浮き彫りにする四人の影もまた大きく揺れた。
「間違ってるかどうかは、これからも悩めばいいと思う。けど、ね。そのことでいつまでもみんなの前で暗い顔をしないで。自分まで暗くなっちゃうもの」
「難しい、よ」
結子が口をとがらせて言う。
ミトはそれを笑顔で返した。
「そ、難しいわよ。だから、寂しいときはあたしが相談に乗る。話を聞いてあげる。そこでいくら泣こうが愚痴を溢そうが構わない。どうかしら?」
「ありがとう、ミトさん。でも、この、喉が詰まった感じ……」
フォノは細い首筋に指を当てて、その中心をなぞるように撫でる。指先が肌を滑る感触。それがすぅっと胸のあたりにまで下がって止まる。
「この辺まであって、なかなか抜けないわ」
「そういうものよ」
ミトはフォノの抽象的な物言いに即座に答えて、ホットミルクを口に含んだ。
「あたしも、柾とフォノに会うまではそうだったから」
「ミトさんが?」
柾が信じられない、と食い気味に問う。
フォノも驚いたように身を乗り出す。
「あんなに元気だったのに?」
「そうよ。あの時のあなたたちったら、ずっと怯えて大人しかったんだもの。今もそんな感じでしょう?」
ミトに言われて、柾とフォノが気恥ずかしそうに縮こまる。
彼女たちが出合ったのは七年前。柾がフォノを連れて故郷を発ち、ミトたちの住む集落に流れ着いたのが出会いであった。その時も柾は精神的に不安定な状態で、フォノもまた心に傷を負っていた。
「へぇ……」
結子は一人、そうだったのかと納得する。
「けど、カーヴァルたちが一緒に住むようになって、それどころじゃなかったでしょう? みんなに引っ張りまわされて、遊んで、泥まみれになって帰ってきてさ。それに家の手伝いをして、たくさん食べて、たくさん寝て、本当に手が付けられなくって、勝手にうろちょろしてたじゃない」
ミトが懐かしそうに小さかった柾とフォノを思い出す。
柾とフォノも幼少のころを思い出して、はにかんだ。
「あの時はみんな遊ぼうってうるかったんだもん……」
「そうよね……」
フォノは静かにため息をつく。
「結子も覚えてる? 柾とあなたがわたしの家の前に来て――」
「勉強会に行くの邪魔して、遊んだ」
「そうそう。そう思うと、柾もカーヴァルたちも五十歩百歩って思うわ」
フォノの発言に、柾は不満そうに目を細めて金髪の少女を睨んだ。その隣で結子は口に手を当ててクスクスと笑った。
ミトはその様子を見て、心底安心した表情を浮かべる。
「こうして三人、きっと乗り越えていける。だから、今たくさん泣いたって、落ち込んだっていい。その代り、決めたことは必ず果たしなさい」
「戦ってでも、人を殺めるようなことがあっても?」
柾が不安そうにミトを見詰める。
対して、ミトは真剣な顔つきで返す。
「譲れないものがあるから、ぶつかりあった。そうでしょう?」
「うん……」
柾たちは弱々しく頷いて、ミトの話を理解しようと努める。
倒した敵、ヘリック・D・アムソンの言葉が脳裏をよぎる。
『命張って守る価値があるなら、相手の命奪ってでも手にしておくのが筋だろ』
彼が守ろうとした崇高な精神で、しいたげられた人々の解放である。彼は人の尊厳を守ろうと戦った。そして、敗れた。
しかし、命を奪わなければ願う心は叶わないのだろうか。
柾たちはそのことを認めるつもりはない。だから、ヘリックを過てしまったことで自己矛盾が生まれて、それに苛まれる。
その矛盾にまだ解答を得られたわけではない。だというのに、気持ちはそのことに相対することに引け目を感じなくなっていた。
「一つだけ、勘違いしないでほしいのは――」
ミトは柾たちに続ける。
迷いもあるだろう。戸惑いもあるだろう。その一つ一つと向き合うのは疲れるし、辛いことだ。それでも進むと言った心を彼女は信じたいのだ。
「相手にとやかく言われて、曲げるようなことならやめてしまいなさい」
真に迫る声でミトは言った。
「責任なんて投げ捨てようと思えば、いつだって投げ出せるわ。けど、傷つき、苦しで、それでも立ち上がる力をくれるものが本当の責任で勇気なの」
柾たちはきょとんとして、ミトの赤く照らされた頬を見る。
「それに、たくさん遊んでたくさん食べて、嫌な気分ははじき出しちゃいなさい。人間、じっと考えて立ってすぐに答え何て出ないもの。時には身体も動かさなくっちゃ、気持ちは沈む一方よ」
深い影の中で、ミトの高い鼻筋や大きな瞳がろうそくの明かりに生える。その言葉の軽快さや溌剌さには柾たちの暗い気持ちを照らし出す心強い光にも思えた。
だが、何故だろう。
柾たちはミトの顔がどこか無理をしているように思えた。何かを忘れたがっている、漢字がした。
「って、ちょっと詩的過ぎたわ」
ふと我に返ったミトが愛想笑いを浮かべ、照れくさそうに頬を指先で撫でる。
「今はよく食べて、よく寝て……。体力をつけなくちゃ」
「…………うん」
柾たちは少し笑顔を取り戻して、パンケーキを頬張る。
おいしいと感じる心も、罪の意識に苦しむ心も、すべてを論理的に納得できるほど三人は強くない。
その弱さにこそ、強い絆が育まれていく。まだまだ成長途中で、たくさんのことを学ばなければならない年頃だ。その上で処世術を身に着けていくものだ。
重ねる言葉は無味乾燥ではない。込められた気分に当てられて、人は心を弾ませることも、沈めてしまうこともある。
だから、ヘリックの痛烈な言葉もミトの快活な言葉も感覚的に理解できる。
大切な想いの断片を都合よく忘却していいわけがない。
それらが、柾たちの小さい身体に宿る、大切な想いを育んでいくのだから。
夜の内緒のお茶会に少女たちの笑顔が咲き、密やかに華やいだ。




