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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第七章
50/118

~与奪~ 第一戦 クイーンとナイト

 川の中は透明度が低く、濃い霧の中にいるかのようだ


 水の流れる音は、鈍く滑らかな耳触りがした。


〔アル・ガイア〕は川の強烈な流れに脚部を踏ん張らせながら、対岸にぬかるんだ斜面に機体を軽くかがませる。その時には、頭部の四つのアンテナが露出していたのだが、操縦者である(マサキ)たちからの視線では角のありかなどわからなかった。


 下流域であっても、船が往来できるほどの大河だ。深さは〔アル・ガイア〕の巨体をも余裕で飲み込む。浅瀬に上がっても、視界の悪さから高さの感覚などわからない。わずかな太陽の光を見上げて、どうにかわかる程度だ。


 異変はすぐにも飛び込んできた。


「正面から何か来る。早いっ」


 結子(ユイコ)はアンテナのセンサが察知した情報を分析しながら、迫りくるものに緊張する。来ているコートがわずかに揺らめく。


「今までに見たことのない機種!?」


 続けて報告する結子(ユイコ)はこれまでの〔パンツァー・グランツ〕や〔カヴァレリー・ポーン〕とのデータを比較して、その歩幅の感覚の違いからくる足音や熱量の違いを見出した。


 (マサキ)はマフラーを口元に挙げて、フォノはストールの結び目をぎゅっと握りしめて緊張する。身体が強張り、川から出るか否か逡巡する。


 瞬間、空気が膨張するような破裂音が三人の耳を叩いた。


「――――ンッ」


 コンマ一秒の判断。


 (マサキ)が操縦桿とペダルを巧みに操って、機体を川の流れに乗せて横滑りにする。遅れて、地面を揺るがす激震と土塊が雨あられのように川に落ちていく音が聞こえた。


「様子見のつもりだったのにね」

「銃を持ってこられたら、それは怖いわよ」


 (マサキ)の冗談めいた言い方に対して、フォノは真面目に答える。強がりを言っても、恐怖心が和らぐことはない。


「今のは艦砲射撃、みたい」


 結子(ユイコ)がマメに報告。


「ここまで届きますよってこと。やんなっちゃう」


 少なくとも岸に上がれば、艦砲射撃の範囲に足を踏み入れることになる。


〔アル・ガイア〕が正面切って戦うには、フライハイトの布陣は鉄壁と言えよう。(マサキ)たちからすれば城攻めをするのも同じなのだから、崩し方もなれずに突撃するのは危険極まりない事である。


「でも、これで相手の意志はわかった気がする」


 結子(ユイコ)は努めて平静に意見して、センサの感度を強める。


 正確な数はまだわからないが、動いているのは一機だけだ。


 誘いをかけているのか。機種不明機と言う報告が頭の端っこに居座って警戒心を強める。


 (マサキ)も敵のペースが読めないまま、川底にへばりついていても決着はつけられない、と心の内に結論付けていた。


「相手はあたしたちと戦いたいんだ。引き返しても、追ってくるかもしれない」

「そうなると、持久戦かしら?」

「できるかぎり数を削って、疲れさせないと。じゃないとミトさんたち、渡れないもん」


 (マサキ)は見えるはずもない、後方の〔エクセンプラール〕を視界に入れようと顔を後ろに向ける。見えるのはほの暗い水の流れだけで、東側の陸地にいる艦の影など見えるはずもなかった。


 そこへ、敵の第二射。


 今度は水面に着水したが、普通の攻撃とは段違いであった。聞き覚えのない、甲高い空気を震わせる音が響いたと思ったら水中で巨大な爆発。気泡の粒が嵐となって、〔アル・ガイア〕を下流へとかっさらっていった。


「うぅ……。何、この爆発?」


 (マサキ)は視界が真っ白な泡に包まれて、右も左もわからない状態であった。機体も怒涛の勢いをつけた流れに、まるで川底の小石のようにゴロゴロと弄ばれる。


 身体を強張らせて、〔アル・ガイア〕が手足を広げて回転を止めるのを待つ。停止と同時に頭が真横に引っ張られて、首が引きちぎられそうに伸びた。


「しまった!?」


 (マサキ)が首を据えてモニタを見た時、しぶきと明るい土の色を見て絶句する。


〔アル・ガイア〕が岸辺に打ち上げられてしまったのだ。


「思った以上に俊敏か……」


 それを狙うヘリックは標的の地上に出た上半身を見て、目を細める。相手は確かに規格外の大きさであるが、切り返しが遅い。暴発した川の水が雨となり、当たりに降り注ぐ。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕はバウスプリット・ランスの穂先を立ち上がろうと四つん這いになる〔アル・ガイア〕に向ける。穂先は三方に展開されており、その穴は小さな銃口で〔アル・ガイア〕を捉えていた。


 ヘリックが冷徹にトリガーを引いた。


 ギャァアアンッ!!


 雷鳴にも似た轟音を響かせて、銃口からまばゆい光弾が射出される。展開した穂先を沿うようにしてマズル・フラッシュが花開く。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕は長く強靭な脚部を大きく開いて、かぎ爪で地面を噛み、バランスを保つ。それでも両腕部で支えるバウスプリット・ランスが大きく上に仰け反った。


 光弾を避けるようにして、雨粒が放射状に広がる。


「――――っ」


 瞬く間に〔アル・ガイア〕へ命中。爆炎と煙が膨らんだ。


「――チッ」


 ヘリックは舌打ちして、痺れる身体で機体をライン河の上流側へと移動させる。


 その長い足が大股で移動すると同時に、煙でふさがれた視界の中で、パパパッと三点バーストの光が瞬き先ほどまでいた地面を何かが穿っていた。


「連弾を撃てるのは、面倒だな」


 口の中でそう呟いていると、ヘリックの大きく上下する視界に〔アル・ガイア〕の影を捉える。


 風に流される土煙に紛れて、陸地へと足を向け、腰を捻りながら銀色の盾らしきもので身を守っているのが見えた。身体を小さくさせて、細かくジグザグに動いているのもわかった。


結子(ユイコ)、相手の位置、わかる?」

「わかる。左手の方に回ってる。射撃のバックアップしてるよ、フォノ」

「ありがとう」


 照準とトリガーを任されているフォノは煙に包まれたモニタ上に、敵機の位置を知らせる四角い枠が絶えず追跡しているのを見ていった。


 通常の〔AW〕とは段違いの強さと大きさを持つ機体は、同等の力を持っていると感じられた。正体など考えている暇はない。


 心臓が今にも張り裂けそうな程高鳴る。フォノは血液が沸騰するような熱さを覚えて、トリガーを引く指に力を与えてしまう。


〔アル・スカイ〕は汎用機関銃(ドゥーオ)の照準器に任せて、青白い光を纏った弾丸を吐き出す。断続的な射撃。弾丸が右へ右へと曲がっていくような弾道は敵に一発たりとも当たっていないことを意味している。


「そこか――っ」


 ヘリックは晴れだした煙幕の中で銃を無造作に打つ巨人を見据える。互いに円を描く動きをしていたが、双方の距離はヘリックの操縦で間合いを詰めていた。彼は手元の操縦桿のボタンを操作、一気にふっとペダルを踏み込んだ。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕がランスの穂先を収納。一本の槍としての、本来の機能を取り戻す。そして、右足であらん限りの制動を掛ける。地面を抉って機体が滑る。飛んでくる弾丸をランスの手甲で弾いて致命傷を避ける。


 その射撃の腕前には感嘆すべきものであるが、いかんせん射軸がブレて末端の装甲をかすめる程度の力しか発揮できていない。


 ヘリックは焦るどころか、稚拙な動きに隙を見出した。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕が直角に〔アル・ガイア〕へ向かって足を延ばす。


「接近してくる」


 (マサキ)は敵の鋭角な切り返しにお腹がよじれるような痛みを感じた。


 相手の低姿勢で、次に踏み出した左足の地面を押し付ける動作、ランスの矛先に煌めくカバーには注意しなければならない。


 しかし、逃れられない!


 その予感はフォノも結子(ユイコ)にも伝播して、足元がすくみ上った。


「――――フンッ!」


 ヘリックが気合を込めて、自機を踏み込ませる。


 距離は三〇〇メートルほどか。バウスプリット・ランスのリーチでもまだ届かない。しかし、その左足に込めた力が解放されると、一気に半分の距離を詰めた。目にも止まらぬ速さで、継足。再度踏み込んだ。


 疾風にたなびくマントが綺麗な一直線を描く。


〔アル・ガイア〕は腰を低くし、盾を突き出すようにして体を開いた。右腕部に持っている汎用機関銃(ドゥーオ)の間合いではなく、咄嗟に背部の補助アームに仕舞おうとする。接近戦に持ち込もうという思考が操縦に出てしまった。


 その中途半端な姿勢で乾坤一擲の突きをさばけるはずがない。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕のバウスプリット・ランスが、太陽を照り返す銀色の盾を貫く。


 強力な光弾を防いだ盾であったが、シャボンの膜を貫く様にやすやすと貫通してしまった。だが、本体へは届かない。


 ぶつかった衝撃が双方の操縦者に襲い掛かった。


「なろっ!」


 ヘリックは奥歯を噛みしめて、出力を上げる。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕は力任せに、脚部を動かし〔アル・ガイア〕の巨体を押し出す。


 股間、膝、足関節の各主力アクチュエータが唸りを上げ、何十種類という駆動系が伸縮を繰り返す。機体全体に迸る機械的な躍動。熱量を上げた鋼の傭兵は標的を自陣へと押し込んでいく。


「こ、のぉっ」


 (マサキ)たちは突撃の衝撃で頭が働かず、〔アル・ガイア〕を踏ん張らせることができない。頭は重く、血がぐるぐると渦を巻くような気持ち悪さが吐き気を呼び起こす。


「…………っ!」


 (マサキ)が激震する操縦席で目にしたのは、矛先が展開した黒い銃口だった。


 すると、押し出していた〔ゼルドナァ・ヘリック〕が動きを止める。が、銃口は依然胸部装甲に狙いを定めたままだ。ガリガリと盾から微振動が伝わって、左腕がこそばゆく感じる。


〔アル・ガイア〕も右脚部をツッパリ防止にしたままの姿勢で静止する。(マサキ)たちは冷や汗をかきながら、その王手(チェック)の銃口に恐怖する。下手に動けるはずはなかった。


「さて……」


 ヘリックは節々の痛む身体にけだるさを感じながら、外部スピーカーのスイッチを押す。


「投降しろ。その機体は、あまり傷つけたくない」

「この声……」


 (マサキ)は聞き覚えのある声にくじけかけた精神を立て直した。


 盾の向こうでランスを突き出す〔ゼルドナァ・ヘリック〕の頭部を見て固唾をのむ。


「ケルンで会った、怖い人の声?」

「あの人が……」

「…………」


 (マサキ)たちは内線で互いに相手の正体を検討する。その声は震えており、三人はケルンで出会った時の男の威圧感を思い出す。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕のバイザーから、そう思えてしまうほどの熱い視線が注がれているような気がした。錯覚だと思いたい。そうであってほしいと願った。


「返答は?」


 ヘリックの声が静かに響いた。


 そして、膠着状態の二機を取り込むように〔ガング〕の裏から〔パンツァー・グランツ〕白兵戦機が得物を引っさげて左右に展開。その数は左右に六機ずつ。さらに艦隊と、その下に待機する狙撃機も〔アル・ガイア〕の背中を捉えていた。


「囲まれてる。どうする?」

「どうするもこうするもないよ……」


 結子(ユイコ)の不安げな声に(マサキ)も声のトーンが落ちていた。


 彼女たちは三六〇度のモニタを見回して額の汗をぬぐう。


 前には銃口。周りには刃の壁、背後には砲口の山。投降を拒否した瞬間、どうなるかなど想像に容易い。そして、彼らの意図も。


 だからこそ、がむしゃらな気持ちが早くなる鼓動に合わせて沸き立ってくる。


「悪いことに使うつもりなら、渡せないじゃん!」


 (マサキ)は強張っていた身体の力を抜いて、余計なことは考えないように努める。敵わないと思うな。生き残るにはどうするべきか、と常に自身に問い続けて答えを瞬時に出し続けなければならない。


〔アル・ガイア〕も〔ゼルドナァ・ヘリック〕と拮抗する力を解いて、あえて敵を引き付けるようにした。左腕部を引っ張って、返しのついてしまったバウスプリット・ランスを奪い取ってしまおうという算段だ。


 だが、ヘリックは引き込まれる機体の中で小さく息を吐き、操縦桿のスティックを操作する。


 その瞬間、銃口を開いていた矛先が閉じて〔ゼルドナァ・ヘリック〕はかぎ爪の脚部でしっかりと地面に固定し、後方へ仰け反るようにした。リーチの長さもあって、復帰も早い。


「ああ――っ」


 (マサキ)は敵に背中を見せてしまうことへの迂闊さと、次に起きるだろう展開に脳みそが溶けてしまいそうだった。


 焦って顔を振り向けば、〔ゼルドナァ・ヘリック〕は後方へ飛んでいた。


「フォノ、出力最大。急いで!」


 そう指示を出したのは結子(ユイコ)だ。彼女は立体スクリーンに目を走らせ、操縦桿のボタンを素早く操作、アクセサリの補助も助けて、次の行動へのステップは早かった。


「えぇい!」


 フォノは目の前の煌めきを見ないようにして、祈るように叫んで操縦桿を押し込んだ。


 艦砲、カノン砲の一斉射撃が〔アル・ガイア〕に襲い掛かる。数十発もの炸裂弾が荒波ののように迫りくる。


 それよりも一拍早く、黒の巨人は動いていた。


〔アル・ガイア〕は頭を低くして、盾を構える。そして、迸るエネルギーと液体金属の流れが盾をさらに巨大なものへと変貌させていく。四方に伸びる支柱のワイヤー、帆をはるように広がる銀色の金属が巨躯を軽々と覆った。傾斜のかかったそれは、もう城壁に等しい。


「力だけは、凄まじいな……」


 着弾地点と距離を取っていたヘリックは標的の力の片鱗を見てつまらなく感じた。


 次々と着弾する炸裂弾が怒涛の爆音を鳴り響かせて、青空に黒煙を巻き上げていく。何もない見晴らしのいい平原に立ち上る煙は目立った。


「うぅ……」


〔アル・ガイア〕の盾が防いでいるからと言って、圧迫される空気に三人は今にも泣き出してしまいそうだった。ずっしりと、何度も来る衝撃。重なる爆音。砲弾の破片が爆発の勢いで盾を貫通する光景。その先に見えた紅蓮の炎がバーナーのように噴き出した。


 周りに待機している〔パンツァー・グランツ〕部隊も、標的が身を守る姿勢に入っているのを見落とさなかった。そのために、砲撃が止んだ瞬間彼らは迷うことなく走り出していた。


 爆発に伴う煙はすぐに風が浚っていき、ボロボロに虫食い状態になっている盾の下で蹲っている〔アル・ガイア〕を捉える。


「…………」


 ヘリックは多勢相手にどこまでやれるのか、と自機を出すことはなく、その様子を見詰める。これまで何故、〔アル・ガイア〕に数で敵わなかったのかを知るためである。


「敵機、多数接近! 左腕も損傷して、駆動系が……」

「接近戦――。やるしかない」


 (マサキ)は盾の解除を行いつつ、〔アル・ガイア〕にその左腕部を横なぎに震わせる。肘から先が引き攣ったような挙動でブレが生じた。(マサキ)たちもその違和感を認識する。


 盾の支柱ワイヤーが基部に収容されていき、引き伸ばされた金属が液体状に戻る。その液体金属が弧を描くようにして飛び散る。一粒、一粒の滴が礫となり、左翼から迫る敵をけん制する。


 荒波のごとく接近していた左舷の〔パンツァー・グランツ〕が次々とその鉄の滴に足を止める。液体とは言え、その質量は鉱物と同じだ。命中すれば、装甲をへこませ、末端に命中すれば破砕もした。どっしりとした衝撃に負けて、横転する機体もあった。


「右から来るわ!」


 フォノが右舷からハルバードを構えて突っ込んでくる〔パンツァー・グランツ〕の事を言った。その機体が頭一つ抜きんでて来たのは、それだけの気迫と勢いを持っていたからだとも感じた。


〔アル・ガイア〕は右腕部を左腰に装着している鞘へと伸ばす。上体は左に捻られており、伸ばしたマニピュレーターの吸い込まれるように鞘から柄が飛び出す。


 結子(ユイコ)は機体に残されている液体金属の残量を目で確認する。下手をすれば、攻撃手段そのものを失いかねないからだ。


「りょう、かいっ!」


 (マサキ)の掛け声とともに、〔アル・ガイア〕は捻りの反動を利用して、一気に右へと煌めく刃を抜刀する。


 刃が巻き起こす風圧がビリビリと敵機を圧倒する。


〔アル・ガイア〕の巨大なカタナがハルバードの鋭い矛先を弾き飛ばして、敵機の手からすっぽ抜けるのが見えた。くるくると回転して、その長柄武器は微動だにしない〔ゼルドナァ・ヘリック〕の真横に落ちた。


 だが、それで終わる〔パンツァー・グランツ〕の突撃ではない。次々と迫る刃が我先にと〔アル・ガイア〕に向かっていく。背後からも地鳴りのような鋼鉄の足音が迫る。


 合わせて十機の〔AW〕による包囲網。川を背にして立つ、ナイト級や城に潜んでいる期待も合わせればそれ以上である。


「勝たなきゃ、死んじゃう……っ」


 (マサキ)は自分に言い聞かせて、迫りくる敵を迎え撃つ。


 フォノも結子(ユイコ)もそれぞれの役割を熟知して、この困難に向かわなければならない。右の敵にはカタナで応戦。左の敵には盾で防戦。その巨躯が見えない糸に引っ張られるようにして、右往左往して拙い足さばきで切り抜けようとする。


〔パンツァー・グランツ〕部隊も負けてはいない。押しては返す波のように、切りかかり抜けて、残心。その一連の動作の中で、自分の手ごたえを噛み締め呼吸を整えていく。相手に損傷を与えたか否かなど、些細な問題である。自身の剣に、槍に、刃に、どれほどの力を込め、巨大な敵に一太刀浴びせるかを常に考える緊張感こそが大事なのだ。


 白兵戦機の動きが途切れ、部隊全体が編隊を立て直そうという動きには狙撃機の援護射撃が〔アル・ガイア〕に襲い掛かる。


「あぅっ!!」


〔アル・ガイア〕の足元に着弾した炸裂弾に、(マサキ)たちは勢いよく傾くモニタの映像に緊張する。右脚部を突き出して、転倒を免れるも、その衝撃に頭がガクンッと下を向いた。首の骨にひびが入ったような、あるいは筋肉が千切れたような音が三人の脳髄に伝達される。


 それでも(マサキ)たちの集中力は途切れない。


「右手の方向、次の射撃が来る!」

「任せて!」


 結子(ユイコ)は汗の玉が足元に勢いよく落ちていくのを見ながら、自分の顔の周りに張り付くように展開する立体スクリーンに目を走らせ、伝達。


 彼女の報告した攻撃を(マサキ)が巧みな操縦で〔アル・ガイア〕を回避させる。しかし、爆風におされて機体がつんのめる。


「後ろと前からの挟撃」

「わかったわ」


 次の伝達にはフォノが答えた。


 正面からは長剣を大きく振りかぶった機体、背後からは低い姿勢からハルバードを切り上げようとする機体。タイミングをずらした時間差攻撃が来る。


 フォノは背後を補助アームに備えた汎用機関銃(ドゥーオ)に、正面へは肩部のマルチ・ハープーンの照準を合わせる。一度、振り返って前後の敵の位置を視認し、あとは射撃管制に任せるしかなかった。


 それぞれの照準線が敵機と重なる。


「――んっ」


 フォノは喉の奥に力を入れて、操縦桿のトリガーを引いた。


〔アル・ガイア〕の前後攻撃が〔パンツァー・グランツ〕を強襲。背後の機体は切り上げようと腕部を突き出した瞬間で、その腕部にセミオートの弾丸が何十発と降り注ぎ、千切れ飛んだ。


 正面へは踏み込もうと一瞬沈めたところを狙い撃ち。ハープーンがその膝の皿を粉砕。機体は横倒れに崩れていく。


 どちらも致命傷を外した、戦闘能力を削ぐ攻撃である。


「…………」


 ヘリックは〔アル・ガイア〕の呼吸に違和感を覚えながら、振るう刃が〔パンツァー・グランツ〕とつばぜり合いに発展するのを目にした。その瞬間、抱いていた違和感が納得に変わった。


「本気じゃないな」


 下手な芝居のチャンバラを見ている。そういう戦い方を双方にしているのだ。〔アル・ガイア〕も〔パンツァー・グランツ〕もどこかスポーツ感覚な部分があり、放っている気迫と言うのか、勢いがどこか落ち着きを持ち出していた。


「スポーツじゃないんだよ……、これは」


 ヘリックは残念そうにつぶやいて、大根役者たちの立ち回りを見る。味方が崩れようともそれは命を奪うものではない。だが、そろそろ備品を壊されたツケを払って貰わなければならないだろう。


 沈黙していた〔ゼルドナァ・ヘリック〕が傍らに突き刺さっているハルバードを握りしめて、やり投げの構えを見せる。


 その動きは結子(ユイコ)の忙しない瞳に映り込んだ。


(マサキ)、跳んで!」

「――――っ」


 (マサキ)は警報が鳴り響く中で、結子(ユイコ)の鋭い叫びに反応した。


〔アル・ガイア〕は機体を右にさばいて、鍔迫り合いをしていた〔パンツァー・グランツ〕をいなし、跳躍する。スタック・スラスターの推進力で空中で一度跳ね上がり、足元をかすめたものに機体がふらつく。


「ハルバードを投げたの!?」


 フォノは足元に広がる〔AW〕の群れから離れて突き刺さったハルバードを見て絶句する。


 投擲に適した武器ではない。並の操縦者、機体ならば投げた瞬間、重たい刃を制御できず、まともに飛ばすことなどできない。


「く、来るっ」


 (マサキ)は空中でもがく〔アル・ガイア〕を制御しながら、反転するモニタに駆けて来る〔ゼルドナァ・ヘリック〕を捉える。


 天空を見上げる〔ゼルドナァ・ヘリック〕と地上を見上げる〔アル・ガイア〕のセンサーアイが交錯する。直線で結ばれた互いの位置は重力に引かれて、接近する。


「でぇやぁああああ!!」


 ヘリックは気合十分にバウスプリット・ランスを掲げ、突き上げる。


 その咆哮は大気を揺るがし、〔アル・ガイア〕の(マサキ)たちを縮み上がらせた。攻撃に転じる心はなく、傷だらけの盾を使って辛うじてその矛先を避ける。気持ちの上で負けていた。


 接触の火花が空中で破裂。接近と共にその火花がさらに苛烈になる。互いの衝突まで残り一〇メートルもない。


 ヘリックは焦ることなく、機体を横倒しにする勢いでバウスプリット・ランスで〔アル・ガイア〕を絡め取る。〔アル・ガイア〕の巨体が頑強なランスに吸い付くようにして、落下していく。


「きゃぅう」


 (マサキ)たちは悲鳴を上げる。視界が急に横へ流れて、落下の速度が増すのを肌に感じた。


〔アル・ガイア〕はランスを盾で受け止めているも、その弧を描く振りおろしに対処できず地面に叩き付けられる。


 激震を奏でて、地面で鋼鉄の身体が弾んだ。その衝撃は凄まじく、風圧と地震があたりにいた〔パンツァー・グランツ〕をよろけさせた。


「がぁっ、は――」


 機体が弾んで落ちた衝撃で(マサキ)たちの意識が辛うじて繋ぎ止められる。


 だが、彼女たちの瞳はうつろで身体は痙攣を起こしていた。モニタには各所の損傷警告が表示されて、警報もけたたましくなっている。その音すら撓んだように聞こえて、気持ち悪くてしかたない。


「ったく、手数が多い割にこれだよ」


 ヘリックは機体の各モーターが強制冷却を行っているのをモニタの端に確認しながら、身体の疲労感にため息が出る。全身の筋肉がむくんだように気怠い。もし、並の操縦者ならば機体の衝撃に耐えきれずに気絶するか、下手をすれば筋肉が断裂していただろう。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕はうつ伏せに倒れる〔アル・ガイア〕に矛先を向けたまま、周囲を見渡す。〔パンツァー・グランツ〕部隊が様子を窺うようにしていた。


「動ける奴は損傷した機体を運んでやれ。狙撃班! お前たちも手伝え。艦砲はそのまま標的に狙いをつけておけ」


 ヘリックは声を張って、てきぱきと指示を出す。各機が呆気にとられていた状態から、我に返ったようにいそいそと指示通りの動きをする。


「手が遅いんだよな」


 味方の緩みきった動きを見て、外部スピーカーをつけたままそう呟いた。


 正直〔パンツァー・グランツ〕の操縦者たちは無茶苦茶な言い分だと怒りたいところであったが、文句を言えるはずもなく小走りに指示を遂行していく。損傷したほとんどの機体が末端部、腕部や脚部を切り落とされた状態でほとんどが自力で戻れるだけのエネルギーがあった。


 それでも乗り心地の悪い〔AW〕の中にいる操縦者は負傷して、動けないというのが現状なのである。


「さて……。どうするかな……」


 味方の動きを一通り見てから、〔アル・ガイア〕へ視線を移す。


 ピクリとも動かない標的。先ほどまで稚拙とは言え、多勢を相手に立ち回ったにしていてはあっけない幕引きだ。

 

 実害は〔AW〕の損傷、操縦者の負傷。死者が出なかったのは、相手が意図して行ったことだ。その博愛精神か、臆病かはさておいて、部下に犠牲者が出なかったことは心からほっとしている。


「こんなデカイもん、運ぶのも手間だな……」


 ヘリックはバウスプリット・ランスの矛先を向けたまま、どうするかと思案する。


                *     *     *


〔アル・ガイア〕が行動不能に陥っている状況は〔エクセンプラール〕にいるミトたちも承知の事態である。艦橋では見張りから入る実況から、かなり絶望的な状況であることが嫌というほどわかった。


「…………」


 ミトは椅子に座り込んで、頭を抱えて思案する。


 どうすれば(マサキ)たちを救出、あるいは解放してもらえるか。


 機体などくれてやってもいい。


 ミトからすれば、巨大な荷物にしか思えなかった。自衛手段として有効であるのは認めるところだが、娘同然に育ててきた(マサキ)とフォノ、それに結子(ユイコ)も大切な家族だ。


 見捨てることができるはずもない。


「艦長。どうするんです?」


 通信士の男が急かすように言った。


「うるさい! 考えてるでしょう! 黙っててよ……」


 ミトはヒステリックな声を上げて、ますます焦燥感が沸き立ってくる。焦れば焦るほど考えはまとまらず、胸の内側をムカデが這いずり回っているかのよな気持ち悪さだけが増していく。


 艦橋のいる男たちは諦観したようにため息を吐き出す。女のヒステリーを目の前にしては、男たちもこの場に居たくない険悪な雰囲気を感じずにはいられなかった。


「俺たちだけで逃げるってのも、考えようだよな……」


 誰かがそう呟いた。


 ミトは頭の血管がぶち切れてしまったような、怒りの頂点に無造作に髪を掴んだ。今まで散々世話になっておいて、人命を簡単に切り捨てることがよくも言えたものだ。


「わたしたちのために、戦ってくれてるのよ。あの子たちは……」

「いやぁ、よくはやったけどさ。相手が悪かったんだ」


 ミトの怒りを押し殺した口調に、また別の誰かがおずおずと返した。


 その他人行儀な言い方には、彼女と討論する気はないということがはっきり出ていた。減らず口だけは達者に、しかし、ここに居るだけで指示がなければ動けない人だ。


 そんな人たちの、私利私欲を守るために〔アル・ガイア〕は今日まで〔エクセンプラール〕を守ってきたわけではない。まだ見ぬ土地を目指して、そこで静かに暮らそうと奮起するからこそ(マサキ)たちは命がけで戦いに身を置いてくれている、とミトは思っている。


「いい加減に――」

「敵に動きあり。〔アル・ガイア〕が動こうとしているようです」


 ミトが怒鳴ろうとした瞬間、切羽詰まった通信士の声が艦橋に染みわたった。


 その報告にミトは言いたいことを全て飲み込んで、顔を上げる。


「撤退の信号弾を用意。本艦で迎えに出る」

「こちらには、武器がないんですよ?」

「敵は気を緩めてる。機体収容後は即時後退すればいいのよ!」


 命令を出したら出したで弱腰になるクルーたちにミトは睨みを利かせる。


 殺気にみちた瞳に抜かれたクルーたちはすぐさま〔エクセンプラール〕の移動準備に取り掛かる。


「お願い……」


 ミトは小さく、小さく祈った。


 自分たちが迎えに出たところで、何の役にも立たないかもしれない。敵も追撃してくるかもしれない。それでも、何もせずにじっとしているより行動を起こすことに可能性を見出すしかないのだ。


 いざとなれば、〔エクセンプラール〕を囮に使ってでも〔アル・ガイア〕の回収をしてみせる。


 その意気込みはミトだけであったが、彼女はその意志で人を動かす根性があった。文句を言おうものなら、ひっぱたいても従わせる。そんな剣幕がクルーたちを動かしていった。


               *     *     *


 二度目か、三度目の強い衝撃が少女たちの脳を刺激する。


「あ、う、うう……。二人とも、大丈夫?」

「う、ん」

「今、どうなってるの……?」


 (マサキ)たちは霞みがかった視界と震える手足に力を込めて、状況を把握しようとする。


 それに合わせて〔アル・ガイア〕が四肢に力を込めて、どうにか立ち上がろうとする。左腕部は盾を支えにして、ゆっくりと上体を起こそうとする。


 瞬間、背後から強烈な一撃が襲い掛かった。離れていた茶色地面がまた近づいて激突する。警報が鳴り響いて(マサキ)たちの意識も鮮明なものになる。が、立ちくらみに襲われて頭痛がした。


「全く、手間だな」


 三人は頭上から浴びせられた男の声にぞっとした。


 ヘリック・D・アムソンの声だ。彼の機体はバウスプリット・ランスを〔アル・ガイア〕の左肩口に突き刺して、さらには〔アル・ガイア〕の左上腕を脚部の鋭いかぎづめで捉えて、押し付けていた。


 ギギギ……。


 鋼が歪んで、千切れていく音が(マサキ)たちの耳に入り込んでくる。


「仕方ない。動くんなら、まぁ、手足を分解すればいい」

「————っ」


 その無慈悲な言葉に、少女たちは絶句する。


 このまま〔アル・ガイア〕が手足を失ってしまったら、帰艦することは叶わない。


 恐怖、焦燥、絶望。悲鳴を上げたいのに、喉はカラカラで掠れた息しか出てこない。


 彼女たちが竦んでいる間にも〔ゼルドナァ・ヘリック〕は作業的に動く。ランスの柄をかき混ぜるように廻して、貫通した穴を広げ、右脚部はさらに掴む力を強めて引き千切ろうと引っ張る。


「やめて――」


 結子(ユイコ)は懇願するように言った。


 左肩部、マルチ・ハープーン使用不能。損傷、甚大。伝達系、断絶。次々とポップアップする警告表示。一層煩くなる警報音。


 徐々に肩口から見えてきた繊維状のケーブルの束が一本、また一本と千切れていく。骨格フレームをなす銀色のパーツが艶やかな輝きを持て現れる。


「…………」


 ヘリックはそれを見つけるなり、てこの原理でへし折ろうと試みる。原始的で機械がするような粗雑な行動であったが、恐ろしいほどの力が装甲を食い破る。


「嫌――、きゃっ」


 フォノは左手のモニタが湾曲、破砕されてガラス片らしいものが飛び散るのから顔を背ける。その顔は顔面蒼白で、徐々に肥大する黒い影に押しつぶされてしまうという言い知れない恐怖に声が出なかった。


「これが、機械の中身と言うのか?」


 ヘリックは鼓動が高鳴るのを感じて、動揺していることを自覚した。


 骨子は簡単にへし折れ、その中から柔軟性に富んだ粘りの強い液体金属が漏れ出している。まるで血液のように流れては滴り落ちる。普通の機体ではこれほど生々しい機構はしていない。


 すると、〔アル・ガイア〕の左腕部で展開していた盾が形を失って液体金属となって地面に滴り落ちる。伝達系をすべて切断されて、維持するための信号を失ったのだ。


 あと少しで左腕部が切除できる、とヘリックは唇をへの字に歪める。


 それは〔アル・ガイア〕の力でも引き千切れるまでに、分離しているほどに、深い傷になっていた。


「――――このぉおお!」


 (マサキ)は操縦桿を乱暴に振って、〔アル・ガイア〕に喝を入れる。


 そして、〔アル・ガイア〕は力任せに右へと転がって、左腕部を自ら引き千切り敵機から距離を取る。


 ヘリックは虚を突かれて、悔しさが込み上げる。機体の構造に動揺していなければ、もっと素早く対応できただろう。

 

「ん? まだ、戦闘の意志はあるか?」


 平静を装い、ヘリックは問うた。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕はバウスプリット・ランスを引き抜き、ボロボロのカタナを構えて立ち上がる〔アル・ガイア〕を見据える。一歩、二歩と前に踏み出してしっかりと大地を踏みしめる。


 (マサキ)は肩で息をしながら、自機を後退らせながら、一度つばを飲み込んで外部スピーカーを起動させる。その頃には警報音はなくなっており、少しは冷静に距離を詰めようとする敵を見ることができた。


「できるなら、見逃してほしい」

「その声はあの娘か……。なるほど」


 ヘリックは〔アル・ガイア〕から発せられた可愛らしい声にほくそ笑んだ。


 ケルンで出会ったマフラーの少女が〔クイーンケーニギン〕を操る操縦者だとは思いもしなかった。これも数奇な巡り合わせか。


 双方の機体がさらに一歩動いた。


(マサキ)、何してるの? 敵と話すだなんて」


 フォノは内線で(マサキ)に警告する。


 しかし、(マサキ)には片腕の〔アル・ガイア〕で相手に勝てるとは考えていない。逃げる策を考える時間とあわよくば話し合いで決着をつけるべきだ。


「そういうわけにもいかないだろ。ここまで来るとな」


 ヘリックが言った。


「だったら、あなたを退けるまで」


〔アル・ガイア〕が失った左腕部を補うようにカタナを構える。


 へっぴり腰な姿勢で切っ先を向けられて、ヘリックも自機の前身を止めてバウスプリット・ランスを構えさせた。


「そうまでして、その機体を失いたくないか?」


 ヘリックにはかつて、〔ゼルドナァ・ヘリック〕を奪い取った時の相手を思い出してそれと相手を重ねた。強大な力を失うという恐怖、不安から、意地でも手放さない。


 ろくな使い方も知らず、ただ力任せに振るうだけの刃で何ができるというのか。


 (マサキ)はヘリックの怒気を含んだ口調に足元が震える。


「誰の手にも渡せない。フライハイトにも、修道騎士団にも。この子で人殺しをするから、渡せない」

「…………」

「わたしには、責任が、あるから――」

「くだらない」


 ヘリックの冷めた声が響く。


 麗らかな陽気の下で、対峙する二機の機体は冷徹に静かに互いの存在を認識する。一方はマントをはためかせて、敵を打たんと脇を閉めてランスを構える。もう一方はカタナの切っ先を相手に向けながら、迷いのある浮ついた姿勢。


「責任だけでその力を扱い切れるか? 何ができる? 所詮は女子供の使う機械。使いどころを誤るだけだ!」


 刹那、〔ゼルドナァ・ヘリック〕が駆けだした。同時に鋭い突きが繰り出される。正確無比に、〔アル・ガイア〕の心臓を穿とうと伸びる。


「そんなことないっ」


 (マサキ)の震える声に合わせて、〔アル・ガイア〕はバウスプリット・ランスの突きをいなした。


 咄嗟の事でヘリックも操縦者本人もその動きには目を見開いた。


 左側に逸れていく矛先。しかし、突撃の勢いを止めない〔ゼルドナァ・ヘリック〕は火花の散る中を突き進む。


「いいや――」


 驚きから一転、ヘリックは熱い血潮に促されてスティックを操作する。すると、光の速さでバウスプリット・ランスに信号が伝達される。


 そして、護拳を境にランスが分離する。矛はそのままいなされて、残りの柄の部分は懐に潜り込んで〔アル・ガイア〕の腹部を捉える。


「あるね」


 その瞬間、バウスプリット・ランスの護拳から光が迸る。それは蛇のようにのたうち、四方八方へと漏れ出していた。


 結子(ユイコ)はその迸る熱量を観測して、とんでもない大きさのものだと目を剝いた。


 回避、間に合わない。防御、どうやって。


 三人はモニタが真っ白に染まって、目を固く瞑って大声で叫んだ。辞世の句に近いのだが、それがどんな言葉であったかは定かではない。


 パァンッ!!


 甲高い破裂音とともに、のたうちまわっていた光が〔アル・ガイア〕に駆け巡った。スタンガンのような働きをする武装であるが、もともと狙撃用の発振装置である。収束しきれず暴発したエネルギーが流れ込んだだけである。


〔アル・ガイア〕はひざを折って〔ゼルドナァ・ヘリック〕に寄りかかるようにして倒れる。同時にバウスプリット・ランスの矛先が地面に落ちた。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕はその倒れかかる巨体を支えてみせた。


 ヘリックは〔アル・ガイア〕の巨体を間近でみて、〔ゼルドナァ・ヘリック〕がよく支えられるものだと感心した。計器類の表示は安定しており、無理な荷重がかかっているわけではないのを確認する。次いで、接触に伴う機体データの収集を行う。


 頭部と腰部のブラックボックスがくぐもった音を立てて、〔アル・ガイア〕のデータ解析を開始する。高速でテキストデータがゴーグルモニタの端っこで流れていく。


「力に振り回されているうちは――――、闇雲に振るう力に大義は宿りはしない」


 それは自身に向けた言葉でもあり、まだ未来を切り開くだけの信念を持たない少女に向けたものであった。


「いかんな。癖になってきたか?」


 ヘリックは自虐気味に笑った。


 相手が若者でなければ、おそらくはこんな言葉を口にしなかっただろう。女の子であるなら、もっと幸せな道を見つけられるはずで、〔AW〕の操縦には不向きな性格だと思ったから、部下に言うように語りかけてしまった。


 と、西の空に信号弾の光が瞬いた。


 ヘリックはその方向を向いて、伸びた煙の尾を下にたどれば、接近してくる〔エクセンプラール〕の艦影が確認できた。


「投降信号……、ではないな? 撤退信号だと?」


 今度は艦が相手なのか、とヘリックが辟易する。


「大義で――――」

「ん? こいつ――っ!?」

「それだけのために、人を殺していい理由に、ならないでしょう!」


 (マサキ)の叫びが轟いて、ヘリックは奥歯を噛みしめる。


〔アル・ガイア〕が背部のスタック・スラスターを展開して、そのまま伸し掛かるようにして〔ゼルドナァ・ヘリック〕を押し倒す。


 その衝撃はヘリックの意識を刈り取った。


 (マサキ)は荒い息を繰り返しながら、機体を起き上がらせる。写っているモニタは砂嵐が吹き荒れているように粗く、輪郭がどうにかわかる程度の解像度である。


〔アル・ガイア〕はボロボロのカタナを支えに、麻痺している駆動系を無理に使って立ち上がっていく。節々で漏電が起き、挙動にもぎこちなさが残る。


「撤退信号、確認。早く離脱しよ」


 結子(ユイコ)が急かすようにしていった。


 機体の自己修復機能は始まっているが、修復速度が遅い。先ほどの一撃はそれほどまでに〔アル・ガイア〕に傷を負わせたのだ。


 すると、それまで傍観していたフライハイトの〔パンツァー・グランツ〕が〔ガング〕の裏からぞろぞろと戻ってきた。流石にナイト級を下敷きにしているためか、砲撃はしてこない。


 逃げるなら、今しかない。


「うん。二人とも、撤退するよ」

「その前に(マサキ)。この子の腕を回収するわ。その方向に向けて」

「わかった」


〔アル・ガイア〕は右肩部のマルチ・ハープーン射出装置を開放し、照準を地面に転がっている左腕部に定める。照準が定まり、射出。


 マルチ・ハープーンの銛が深々と傷口に刺さり、ワイヤーを巻き上げると引きずられて戻ってくる。


「…………」


 (マサキ)は足元の〔ゼルドナァ・ヘリック〕を一瞥して、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを味わう。


 この場でとどめを刺すべきだろうか。そうしなければ、きっとまた戦うことになる。ならば今ここで確実に操縦者の命を奪えば、この先の憂いもなくなるのではないだろうか。


 そのような考えが過ぎっても、(マサキ)には、いやフォノと結子(ユイコ)にも人を殺める覚悟はつかなかった。


〔アル・ガイア〕はカタナを収納し、左腕部を掴みとる。そして、すぐさま迫りくる敵に背を向ける。よろよろと脚部を懸命に動かすが、なかなか進まない。脚部への修復を最優先にしても、敵を振り切れるだけの速度は戻ってこない。立って動くのがやっとの状態だ。


 もう川岸に〔エクセンプラール〕が付いており、彼女たちの帰艦を待っているというのに。


「フォノ、出力上げられる?」

「やってる。けど、全然上がらないっ」


 フォノは左半分のモニタが消えていることに言い知れない恐ろしさを感じながらも、操縦桿を捻り、機体の出力を上げようと尽力する。


 結子(ユイコ)もダメージコントロールで、とにかく戦線を離脱するだけのエネルギー循環を急いだ。


 すると、後方から艦砲射撃の咆哮。


 空気が鳴いて、砲弾が周りに落っこちる。爆発の炎が彼女たちを取り囲んで、恐怖心を煽る。


 痙攣して、怪しげに軋んだ音を立てる〔アル・ガイア〕は膝が崩れそうになるも、どうにか立て直しては進んでいく。スタック・スラスターを展開しても、弱々しい漏電気味の光が漏れるばかり。推進力を得ることなど不可能だ。


 (マサキ)は時折振り返っては、駆け付けてくる〔パンツァー・グランツ〕、上体を起こし始めた〔ゼルドナァ・ヘリック〕の動きに恐怖する。


 二度目の艦砲射撃が降り注ぐ。命中しないのはわずかながらにジグザグの軌道をしているおかげか。それとも砲撃主が遊んでいるだけなのか。


 それでも今度こそ、本当に死んでしまうのではないという予感は変わらない。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕から距離を取ったこともあり、カノン砲を引っさげた〔パンツァー・グランツ〕が射撃姿勢に入る。本格的な一斉射撃。〔アル・ガイア〕を木端微塵に吹き飛ばすつもりだ。


 満身創痍の〔アル・ガイア〕に残された装備。〔エクセンプラール〕との距離。


「一か八か……」


 (マサキ)は涙を溜めて、吐き気を抑えて、生き残る術を模索する。


「フォノ。マルチ・ハープーンを〔エクセンプラール〕の艦体に引掻けられる?」

「それは、やってみないとわからないわ……」


 フォノはいつになく弱気で、正面のモニタに幽かに見える〔エクセンプラール〕の影を捉える。距離は一キロあるかないか。対物センサのスタンガンの攻撃で正確さを失っているようである。


 引っ掛けられるかなど、わからない。自信がない。


 それでも、(マサキ)は彼女の言葉を一蹴するように次々に指示を出す。


結子(ユイコ)はフォノの手伝いをして。急いで!」


 (マサキ)は言い終えるなり、センサーアイの発光信号を使って〔エクセンプラール〕へ受け入れを求める。


 死ぬか生きるかの瀬戸際。恐怖で身体を縮めてしまいそうになっても、互いが互いを想い、命を預け預けられていることを頭に言い聞かせる。


 その気持ちに結子(ユイコ)が呼応する。


「フォノ。こっちでシステムを修正する。だから、あなたは直接目で狙いを定めて」


 結子(ユイコ)は早口に言って、射撃管制やマルチ・ハープーンの射出準備に取り掛かりる。CGコンピュータ・グラフィックのモニタは当てにならない。


 だから、フォノの目を借りて直接狙いをつけるしかない。アクセサリに出てくる映像機能や通信能力は機体からだけではなく、その逆も可能だ。


「フォノ!」

「わかったわ」


 フォノはもう迷っている時間はないと、ハッチを開放しようとする。だが、歪んだハッチは途中までしかあかず、どうにか身体を抜け出せる程度の隙間が開いただけだ。操縦席からでは、狭い視野しか得られない。


「ハッチが――ッ」

「あたしが目になる。十五秒で決着つけるよ」


 (マサキ)は〔エクセンプラール〕からの応答を視認して、そういうとハッチを開けて操縦席をリフトアップさせる。


 冷たい風が吹き込む。流れてくる黒煙が息苦しさと目の痛みを運んでくる。


 (マサキ)は大きく上下する〔アル・ガイア〕の歩行に肝が縮み上がりながらも、上体を装甲にへばりつけて〔エクセンプラール〕の艦影に目を凝らす。涙を拭って、対岸に迫る〔エクセンプラール〕の艦影と投光器の光を見据える。


 その瞳が見る映像を結子(ユイコ)がフォノへと流す。


「まだ、来ないで」


 結子(ユイコ)は祈るように呟いて、背後の敵の動きを逐一観察する。とにかく慎重で、一撃で仕留める算段だと感じだ。その気迫が充実するまでにこちらが動かなければ負ける。


 フォノもハッチを閉じて、立体スクリーンとして投影された(マサキ)の視界に翻弄されながらも、後退りをし始める〔エクセンプラール〕の動きを捉えていた。一定間隔で上下する様は、通常のモニタで見る以上に荒々しく、同時に普段の雰囲気を取り戻す。そこに結子(ユイコ)からの観測情報を頭に叩き込んで、射出の威力と風向きを確かめる。


〔アル・ガイア〕が足を止めて、上体をぴんと伸ばしてマルチ・ハープーンの狙いを定める。重たい身体は最後まで出力を維持して、アクチュエータのテンションを下げない。気を抜いたら、立っていることすらできなくなる。


 全身全霊をかけて、力を集約させる。


「――――っ」


 フォノはマニュアル操作の照準線が〔エクセンプラール〕のやや上に固定されたのを見て、トリガーを引いた。


 放たれたハープーンが弧を描いて飛び、〔エクセンプラール〕の頭上を通り過ぎる。が、返しを展開してすぐにもウィンチを停止、巻き上げに入る。


 撓んで落ちていくワイヤーがゆっくりと後退する〔エクセンプラール〕に迫る。


「全速後退! 衝撃に備えて!」


 艦橋でミトが叫ぶ。


 その瞬間、〔エクセンプラール〕の甲板に鞭のごとくワイヤーが降りかかり、火花を散らして巻かれていく。そして、銛の返しが艦尾に引っかかった。


 艦全体が激震して、しり上がりになる。しかし、すぐに鋭い四足で後退を始める。機関出力最大で、力強く足を動かしていく。


「うわっ」


 (マサキ)はシートに身体をぶつけて、操縦席へと引っ込んだ。


〔アル・ガイア〕が自動姿勢制御(オートバランサー)で転倒しないように脚部を前に前にと踏み出していく。サイドブレーキを外して、けん引してもらうようなものだ。


 それは操り人形も同然のぎこちない挙動であったが、走力は先よりも格段に上がった。


 そこへフライハイトの砲撃が降り注いだ。彼らは気長に待ち過ぎて、〔アル・ガイア〕の加速力に焦ってしまったのだ。


「あ、当たりませんように!」


 結子(ユイコ)は祈るように言って、身体を強張らせる。


 砲撃がつい数秒前までいた大地に降り注ぎ、その爆風が〔アル・ガイア〕の背中を押し出した。転ばないように、どたばたと脚部は前へと踏み出していく。いい加速となった。


「フォノ、牽制射撃お願い」

「うん」


 (マサキ)の指示に、フォノはロクな照準も付けられない補助アームの汎用機関銃(ドゥーオ)を発砲する。


〔パンツァー・グランツ〕部隊は飛来してくる弾丸に機体を屈めて、その足を止める。


「クソッ! どうせ、虫の息だ。一気にたたみかければ――」


 白兵戦機に乗る操縦者のほとんどがとろとろと牧場牛のように引かれる〔アル・ガイア〕を仕留めたいと躍起になっていた。捉えれば十分な報酬が本部から送られるだろうし、何より規格外の機体を倒したという武勇伝を作りたいのだ。


 しかし、四方八方に飛び交う弾丸の中、〔ゼルドナァ・ヘリック〕が部隊の先頭に立っていう。


「全軍、今は手を引け」

「そんな! あと一押しなんですよ!?」


 ヘリックの指示に不満の声が上がる。


「こっちの消耗もある。俺も疲れた」


 飛んでくる弾丸を〔ゼルドナァ・ヘリック〕は軽々と不正で見せながら、ライン河に沈んでいく〔アル・ガイア〕を見据える。


 手負いとは言え、死力を尽くして戦った。その心意気は称賛に値する。が、次に立ち向かう勇気と根性が操縦者たちにあるかは別の話だ。


「半日だ! 日が沈む前にこちらから打って出る」


 ヘリックは未だ興奮している部下たちに向って再度声を張った。それは相手にも聞こえるように、放たれた言葉である。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕がマントを翻して、自分の城へと足を進める。


〔パンツァー・グランツ〕部隊も渋々と言った様子で引き上げていく。その足取りはどこか納得のいかなそうなものであった。


 ヘリックは自機の投光器で〔ガング〕へ信号を送り、斥候隊の準備をさせる。


「貴重な〔クイーン級(ケーニギン)〕だ。こうでもしなければ、その性能を確かめられないからな」


 ヘリックはゴーグル・モニタの端に呼び出した〔アル・ガイア〕のステータスを流し読みする。そこには気になる項目も見受けられ、まだ敵として対峙した方が性能を引き出せると考えた。


 それ以上にヘリックは操縦者たちとの勝負に決着をつけたいと心に決めていた。一度は押し倒されて、意識を失ったのだ。まだ心臓が鼓動を打っているということは、とどめを刺されなかったことにほかならない。


 これ以上に勝る屈辱はない。


 退けることに成功した大柄の〔AW〕はマントをたなびかせて、悠々と歩を進める。


 対して、屈辱と苦渋にまみれて、女王の称号を持つ〔AW〕は惨めな姿で敗走する。


 (マサキ)たちはヘリックの言葉に打ち震えながら、今胸を打つ鼓動にとりあえずの安心を得ていた。

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