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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第七章
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~与奪~ ナイト級、出陣

 歴史書を開けば、このような記述を見つけることができる。


『すべての人には生来、平等で自由かつ独立しており、一定の生来の権利を有するものである』


 遥か昔には今の身分によって分かたれた体制以前には人々の平等を掲げ、実行させた権利章典があった。その歴史的背景の詳細はフライハイトにも、修道騎士団、ノード教会にも残っていない。


 だが、こうした歴史の断片が語る自由と権利は過去には存在し、その中で社会を作り、営んできたはずだ。奴隷も貴族も関係ない、平等な世界があったはずだ。


 フライハイトはまさにこの過去の英知を甦らせて、復興しようというのだ。壮大で夢想的で、それでも不可能ではないという情熱が彼らを突き動かす。


 その情熱に当てられて、ヘリック・D・アムソンもヨーロッパでの運動に参加することを決意したのだ。もともと、オールド・ウェストから連れてこられた奴隷であったが、ヨーロッパの地で起きているこの運動は身を置くのもちょうど良かった。


「ヘリックさん。〔クイーン級(ケーニギン)〕が動き出しました」

「ん。意外と早い動きだな? 母艦の方は?」


 ヘリックは艦橋のデスクから立ち上がって、窓際へと寄った。


〔ノインツェーント・ブルク〕の尖塔を思わせるアイランドの艦橋からは、城壁のように連なる〔ガング〕艦隊の横列がまず目に入り、それを越えた先に平原、ライン河の煌めきが窺えた。肉眼では地平線のところで人影らしいのが動いている程度しか確認できない。


 窓際で双眼鏡を覗き込み、標的である〔悪魔のクイーン級ケーニギン・デア・ベーゼ〕、〔クイーン級(ケーニギン)〕とあだ名した〔AW〕の動きを観察する船員の横にヘリックが立った。


「母艦の方は特に動きはありません。今、標的がカノン砲らしいものを手に取りました」


 船員は興奮した様子で実況する。


 ヘリックはその様子を見て、満足げに微笑む。


「こうもうまく巡り合うとは……。騎士団の連中の伝達網はどうなってることやら」

「しかし、そのおかげでこちらも待ち伏せすることができましたね」

「そういうことじゃねぇんだよなぁ」


 調子のいい操舵士の男にヘリックは呆れてしまう。


 何を血迷ったかフライハイトの艦に伝書を届けてしまった鷲のお蔭で、こうしてヘリックたちは世にも珍しい〔AW〕の拿捕に踏み切ることができるわけだ。しかし、こうも的中すると逆に修道騎士団の情報網や収集能力はフライハイト以上であると理解できよう。


 ヘリックにはその点がどうにも引っ掛かりを覚える。標的は北方の土地から来たと書かれていたが、そのあたりは修道騎士団が活発に動いているところではない。中央ヨーロッパに届くには、そうとうの時間がかかるはずである。


「珍しい、それも強力なアーデル・ヴァッヘなんだろ? 裏でつながって、俺たちをはめている可能性もある」


 むしろ、その方がしっくりくる。


 ケルンでの騒動を思い出すと、余計そうではないか、とヘリックは疑心暗鬼になっていた。襲撃作戦は頓挫し、その原因を作った少女たちにも逃げられた。そこへおいしい話が飛び込んできた。出来過ぎた話である。


 が、ならばなぜ、フライハイトの指令にあった密偵の特徴と逃走した少女たちの特徴が同じであったのか説明がつかない。


「あの子どもたち……。やはり、妙なんだよ……」


 ヘリックは自然と胸ポケットのタバコを取り出して、腰のポケットからライターを取り出す。その緩慢な動きは無意識のうちにしてしまうものであった。


「ヘリックさん、禁煙です」

「おっと。そうだったな」


 航海図と現在地を見比べていた航海士がキツイ口調で咎める。


 ヘリックはおどけた様子で返事をしながら、タバコは口に咥えたままでライターはポケットに押し戻した。唇を動かしてタバコの先をピコピコと上下させながら煩雑とする考えをまとめようとする。


 が、そこへ副館長を務める中肉中背の黄色人種が観察をしている男とヘリックの合間に割り込んだ。


「アーデル・ヴァッヘ隊から出撃の催促が来てます。どうするんですか?」

「艦隊の内側に待機するよう再度命令。ったく、堪え性のねぇ」 


 ヘリックはゆっくり考えもまとめられず、視線をさらに下に向ける。先に起動していおいたポーン級の〔パンツァー・グランツ〕が〔ガング〕の陰に隠れて出撃を待っている。腰を下ろして、腰椎には電力ケーブルを接続したままである。操縦者もかれこれ三〇分は待機状態で、操縦席から出て寝そべっていたり、つまらなそうに大あくびをする者もいる。


「このままだと士気は落ちるばかりです」


 副館長が進言する。


「見ればわかる。おい。標的の動きは?」

「こちらに向かってきます。しかし、砲口は向けていません」


 どうなってるんだ、と観察している船員は双眼鏡を下ろして小首をかしげる。


 ヘリックはその船員から双眼鏡を引っ手繰るようにして奪い取ると、自分の目で標的を確かめる。報告通り、〔クイーン級(ケーニギン)〕はカノン砲らしき得物を手にしながらも、銃口は下げて半ば引きずるかのような気怠い動きにも見える。


「大胆な偵察だ」


 ヘリックは双眼鏡を投げ返して、窓に背を向けて歩き出す。その後を副艦長が追っていく。


「命令変更。総員に伝達だ。警戒態勢から第二戦闘配備に移行。俺も出る。ここは任せる」

「ハッ。総員、第二戦闘配備」


 副艦長は慇懃に敬礼すると、振り返って声を張り上げる。


 待ってましたと言わんばかりの気迫は緩んでいた艦橋のスタッフから失笑を買ったが、彼らも怠惰な状況よりはいいと動き出す。


「あ、〔クイーン級(ケーニギン)〕が川の中に入りました」

「観測を怠るな。こちらの様子を窺ってんだよ」


 ヘリックは艦橋を出る手前で、そう言い放った。


「は、はい」

「見張り台にも行っておけ。奴が上陸の気配を見せたら、俺に伝えろ」

「了解」


 副艦長の返答を聞くと、ヘリックは艦橋を後にした。そして、すかさずライターを取り出すと、咥えているタバコに火をつけて一服。


「ヘッ。敵の弱腰でも強腰でもない態度、好きになれないな」


 自信の表れか、はたまた挑発か。女王の称号を持つ機体は大胆不敵に向ってくる。


 出迎えないわけにはいかない。


 ヘリックが自機の格納されている艦首へ向かう間にも、人々の動きは活発になっていく。第二次戦闘配備を伝達する見張り台の船員が大きく手旗信号を振って、城壁となっている〔ガング〕隊に通達。その様子を外で待機している〔パンツァー・グランツ〕の操縦者も視認していた。


 ようやく来たか、と操縦者たちはヘルメットを被り機体のうなじから操縦席に滑り込み、再起動を掛けける。


 各機の頭部と腰部に備えられているブラックボックスが唸りを上げて、巨躯の伝達系となり動かしていく。正午の日差しを浴びて、鋼の鎧が次々と立ち上がり、艦の脚部から展開するラックから各々の得物を取っていく。


 出陣間際の兵士たちの駆動音、鋼の擦れる音、大地を揺るがす足音。操縦者たちはセンサを通して、ヘルメットのスピーカーから聞こえる重々しい音に昂揚感を覚える。


「各機、持ち場に着け! 狙撃手、急げよ」


 甲板からそんな声がこだまして、近くの〔パンツァー・グランツ〕は軽く腕を突き上げて“了解”のサインを見せた。


 カノン砲を携える機体は城壁となっている〔ガング〕の艦底に潜り込んで、うつ伏せの体勢を取る。そして、〔ガング〕がライン河に面している脚部をゆっくりと横へ滑らせる。密着していた一枚岩のような脚の壁に亀裂が走るようにして、隙間が生まれる。


「配置完了。指示を待つ」


 狙撃機はカノン砲の方針を隙間に入れて、態勢を整える。スナイパーライフルを構えるようにして、操縦者たちの目を覆うゴーグル・モニタも狙撃用に視野は狭く、遠くを見据えるものに変更となる。


 彼らの声は腰部のケーブルを伝って、艦内のスピーカーすべてに伝達される。


「よし。各員そのまま、敵から目を逸らすな」

「了解」


 冷静な指示が来ると、操縦者たちもまた高ぶる鼓動を静めるようにして静かに答える。


 頬をふくらませるようにして深く息を吐き、狭く圧迫感のある操縦席の感覚に体中が汗ばむ。スティックを握る手を軽く動かしつつ、下駄のように履いているペダルの遊びを確かめる。こういう時、自分と言うものが機械にとっていかに異物化を感じさせられる。


 が、操縦者たちは頬に伝う汗の感触を覚えるよりも、今うつ伏せになっている自機との齟齬を埋めることに集中する。操縦者が機体を自らの一部であり、拡張された器官と思わなければ三分と持たずに神経がすり減って操縦席から逃げ出してしまうだろう。


 一方で白兵戦を移動も言う機体はケーブルを解除して、〔ガング〕の横列の端へ移動を開始。城壁の役割を持つ〔ガング〕の配置は旗艦であり、天守でもある〔ノインツェーント・ブルク〕を隠す役割も持っている。そのため、〔AW〕の配置は当然というべきか左右から突撃する形となった。攻めてくる相手を思うと、圧倒的に機動力に劣るだろう。


 しかし、それは飽くまで〔AW〕の歩兵(ポーン級)の性能だ。


「準備はできてるか? ええ?」

「はい。すでに、動力のテンションは最高値です」


 ヘリックは残り少ないタバコを味わいながら、艦首の専用格納庫で作業員から渡されたジャケットを羽織る。対ショック用の緩和ジャケットで前のファスナーを上げると固いパッドが胸や背中、肩を圧迫される。


 ヘリックはこの感触が嫌いであったが、騎士(ナイト級)の機体を操るには足りないくらいの保護であるとも感じる。


「タバコはこちらのバケツに」

「おお。すまないな」


 ヘリックはそう言いながら、名残惜しそうに一気にタバコを吸ってバチバチと赤い光が残りを燃やした。残った灰が今にも落ちそうな程湾曲する。


「艦長、タバコの灰を通路に落としてきましたね?」

「ん? そうだな」


 それから、水の入ったバケツを差し出す男を一瞥してタバコの吸殻を捨てる。水の中で火が消える音がかすかに聞こえた。


「お前、若いな?」

「はい。数日前に配属になりました」


 男ははにかんで応える。まだ少年と言える歳頃で、何に憧れてか、その瞳は輝いてい見えた。


 ヘリックはその少年の頭に分厚い手を乗せて、揺さぶりながら紫煙を吐き出した。


「雑用でもやることやってりゃぁ、そのうち機体の一つもやるよ。ちゃんと掃除しとけよ」

「は、はい。ありがとうござます」


 少年は心底嬉しそうに答えた。


 やはりな、とヘリックはほくそ笑む。フライハイトで運動をしようと言う信念を語るにはまだ早い年頃。だが、非力な自分でも覆したい状況があるのだろう。その一番手っ取り早い方法こそ、〔AW〕操縦者になることだ。


「健気なもんだ」


 ヘリックは別の整備員から渡されたヘルメットを受け取るとそれを肩に担いでキャットウォークを進む。照明は暗く、最低限の視界を得るための明かりで彼は自分の右手にある巨大な鉄の塊の威圧感を肌で感じた。


 フー……、ゴウゥ!


 それは今か今かといきり立つ猛者の息遣いのような、機械の排気音と吸引音。


「ヘヘ……」


 ヘリックは口の端を吊り上げて笑った。


 この機体を手に入れたのをつい昨日のように思い出す。いけ好かない、こぎれいに使われていた〔AW〕は第十九聖騎士の潔癖症を連想するのに難しくはなかった。


 そして、初めて対峙した時、ヘリックは何とも威厳のない調度品を相手にするような感覚で打倒してみせた。第十九聖騎士には操るだけの度量も腕もなかったから、〔パンツァー・グランツ〕の性能でも打ち取ることができた。


 以来、このナイト級〔AW〕、〔ゼルドナァ・ヘリック〕は彼の所有物であり、自己の実力を示す勲章となった。前所有者は〔ノインツェーント・リッター・モナァト〕と呼んでいた。モナァトはその所有者の名前であった。


「お急ぎください」

「わかっている。急かすなよ」


 ヘリックはヘルメットを被り、顎の下で留め具を合わせた。そして、ハッチを支えに待っている整備員肩を軽く叩いて操縦席へと滑り込む。


「内圧、確認。計器、正常。遊びもいい。よくやってくれた」


 ヘリックは素早く狭い操縦席の状態を確認して、ヘルメットのゴーグル・モニタを下げた。


「ハッチ、閉じるぞ。すぐに出る!」

「了解。ご武運を!」

「ああ!」


 ハッチの前で待機していた整備員の激励に、ヘリックは意気揚々と返答する。


 気持ちが引き締まり、ハッチが閉じる。すると、空気がのしかかってくるような息苦しさが彼を包んだ。そして、肩や腰のエアバックが膨らんで身体を固定される。


「嫌なものだ……」


 ぼやいて、耳当てから伸びるケーブルを機体と接続して視界を得る。


 ちょうど、〔ノインツェーント・ブルク〕の前部ハッチが開かれるところで、明々とした太陽の光が目に焼き付く。思わず目を細めると、モニタの光量も抑えられる。


〔ノインツェーント・ブルク〕は艦体を静めながら、真っ直ぐに伸びるバウスプリットを中心に花が開く様に装甲が開く。バウスプリットは帆船のマストを掛けるための役割を果たすものであるが、この艦においてそれは〔AW〕の最大級の得物である。


 外観はまさしくランス。それこそが、〔ゼルドナァ・ヘリック〕の愛用武器である。


 そして、足を軽く折り曲げて、バウスプリットを手に持ち、祈りをささげるように俯く灰色の機体が姿を現す。ポーン級よりも一回りは大きいだろう、その機体はより洗練された甲冑に刺繍を施しており、武勲を称えるようにその装甲は傷だらけであった。


「ん――」


 ヘリックの操縦の下で、〔ゼルドナァ・ヘリック〕はくぐもった音を立てながら曲げている脚部を伸ばす。収納していた骨格が伸展、より長い足となってかぎづめ状の脚部を大地に食い込ませる。


 そして、重い機体を脚部だけの力で持ち上げていく。


 その間にも、バウスプリット・ランスは護拳(バンプレート)を展開してマニピュレータを保護する手甲となる。そして、それを振るう腕部もまた伸びあがり、バウスプリット・ランスを一振り。


 重たい空気が周囲に巻いて、低く唸った。


 機体の全長は有ろうかというランスを軽々と振るう姿は圧巻である。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕がしっかりと二本の脚部で立つと、風に煽られて、背中で丸められていた深紅のマントが広がる。ボロボロに擦り切れた、数々の戦場を駆け抜けてくすんだどす黒い赤色。かつてはそれが聖騎士の清純の明かしであったのだろうが、今や古強者の勲章だ。施されていた十字と鷲の刺繍も茨に絡まれた獅子のものに変わっている。


「さて――――」


 ヘリックは操縦席の中で機体の武者震いのような振動に心が躍る。


 動力のテンションはポーン級のものとはまるで違う。軽自動車とスポーツカーほどの出力差があるのだ。当然と言うべき、機体性能は彼を満足させる。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕は操縦者の目の動きを追跡して、透明のバイザーの下に隠れたセンサーアイを動かす。それが城壁の内側を捉えて、機体がその方に向く。


「標的の角がぁ! 見えます! こちら側の岸に接近中ですっ!」


〔ノインツェーント・ブルク〕の見張り台から、荒々しい叫び声が〔ゼルドナァ・ヘリック〕の頭部に降り注ぐ。


「了解だ」


 ヘリックは拡声器を使って返答すると、腰部に繋がっている電力ケーブルが解除する。


「各員、俺が先行し、こちらにおびき寄せる。後は好きにしろ!」


 好きにしろ、と部隊全員に伝達が行きわたり、瞬時に彼らは了解する。それは普段通りやれというヘリックの指示であり、臨機応変に対応して見せろという激励でもある。


 隊の緊張が高まると士気もまた一気に上がった。


〔ゼルドナァ・ヘリック〕は脚部を曲げて身体を静める。ギリギリまでスプリングを収縮させ、コンデンサへ蓄電。二つのブラックボックスが機体を制御し、姿勢を維持、限界まで力を蓄える。


 そして、巨大なランスを引っさげて、ナイト級は城壁を飛び越えて出陣する。

 冒頭の権利章典については、岩波文庫『人権宣言集』髙木八尺、末延三次、宮沢俊義編、株式会社岩波書店、1957年3月25日 初版、2007年4月16日 第62版発行、の『ヴァジニアの権利章典(1776年)』を参考にさせていただきました。 

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