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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第七章
48/118

~与奪~ 待ち伏せされていた?

 ライン河の下流域は平原が広がっており、平穏な風が流れている。さらに北上すると、三つの川が流れる港町ロッテルダムへ続いている。


 高く青い空と薄絹のような雲。安穏な雰囲気がライン河のせせらぎに乗ってやってくる。


 ここに至るまでにも、(マサキ)たちが乗る〔エクセンプラール〕はいくつかの領土を跨いできた。


 だが、この先を行くのは過酷なことである。


 ライン河を渡った先には巨大な政教圏の領土が数多く横たわっている。同時にそれは、修道騎士団の拠点とも言える砦も数多く配置されていることを予見させる。


 艦を任されているミト・ハルルスタンは不安や後悔など露ほども抱かず、針路を南西よりやや南寄りにしながら進めている。彼女が懸念するのは、怪我人の容体である。


「ミト艦長。こちらが医務からの報告書だ」

「ありがとう」


 艦橋のデスクにはマニュアルやら地図、測量器具、方位磁針が置かれており、ミトは椅子に腰かけてそれらと向かい合っていた。まだまだ勉強不足で、艦の運用も手探りなところが未だ抜け切れない。以前にやったような無茶苦茶な指示は控えるように心にとめて、基礎修練を積んでいる。


 クルーを務める人たちの練度を上げるためにも必要なことだ。


 ミトは目頭を指でつまんで揉みながら、男から報告書を受け取った。


 男は鼻を高くして、彼女からの褒賞を待つ。役員たちの側近である彼はミトを少し見下す面があり、また調子にも乗っていた。迅速に仕事をした、という満足感だ。


「……。今からでも北へ針路を向けようかしら?」


 弱った声を出すミトに艦橋の男たちも困惑する。


 目的地に関してはミトでも全権委託されているわけではない。これは役員会での討議の上で実行される。が、討議が長引けばそれだけ時間と費用もかかる。疲労も蓄積されてしまう。そのために日に一人、二人が卒倒するような事態も起きているやもしれない。


 民主的な方法は即効性を出せない、じれったい面が付き纏うものだ。


 報告書を持ってきた男が他の連中からの視線を受けて咳払いをする。


「急務としては、やはりライン河を渡り、ベレリーニ領へ侵入することかと思うが?」

「それでフラリスに南下して、ゼイーゼを経由して地中海に出る。そういう考え方もできるけど、厳しいのは承知しているでしょう?」


 ミトは彼の言うことが確かに早急に果たしたい目標であると自覚している。


 ベレリーニはライン河の対岸より少し進んだところで国境が敷かれている領土だ。かつてはベルギーという国が治めていた土地である。その中の最東端の領地がベレリーニである。


 予定ではその領土を南へ縦断して、ノード教会の中心地とも言えるフラリス領土へと踏み込み、一度政教圏のないゼイーゼへ逃れてさらに南へ進もうという魂胆だ。


 旧態のヨーロッパ地域でいうなら、ベルギーからフランスへ、そこからスイスに一度逃げ込み、国境を縫うようにして再度フランスの南側に出ようという蛇行するような道のりである。


「手間のかかる航路ではありますがね」


 男が冗談交じりに言ったが、その苦労を想像することなどできない。こうした船の旅などこれまで経験したことがないからだ。


 ミトはこういう想像力に乏しいところや、狭い世間しか知らない人々の集まりに気苦労を重ねてしまう。流れ者の身であったからこそ、蛇行路の利点や苦労も経験的にわかっている。それを説いて、相手を納得させるのは難しいことだ。


 ミトは努めて冷静に地図を指さしながら、男に説明する。


「で、ね。一度北のロッテルダムに寄ってみるのも手なのよ。あそこは大きな港町だからお医者様もいるし、何人かは住むところを確保できるかもしれない」


 ロッテルダムについて、ミトも詳しい人間ではない。地中海側で育った彼女に北海の海がどのようなものであるか、わからないのである。


 しかし、異邦人たちが地中海に入る航路を選ぶ者のいれば、北海へ出てロッテルダムに入港する方法もあるのだ。陸路だって存在する。でなければ、ヨーロッパに多国籍の人々が津々浦々に浸透する基盤はできなかっただろう。


 同時に様々な文化、技術が雪崩れ込んできた。


 男は文明が栄える仕組みなど興味もないから、彼女の言い分は端的な旅の短縮にあると感じた。


「それでは暴動が起きる」


 ミトは重たいため息を吐き出して、問題の提起に情けなさを感じる。


「状況をわかってる? みんなで仲良く、南の土地に出ましょうでは難しいのよ。少しでも移住、移民できるならそれに限ったことはないわ。怪我人には特に……」


 妙な平等意識。いや、嫉妬心が集団生活を推し進めて、円滑な方法を梗塞させてしまう。


 ミトが思う移民作戦は一人でも多くが生きていけるようにすることだ。その上で犠牲者のリスクをなくすように考えている。


 が、男は顔を渋めて、うんざりしたように腕を下げる。


「街をやられて、蓄えもなく旅をしているんだ。誰だってすぐにこんな生活から抜け出したいんだ。途中で降りるものがいれば、不満を持つ奴は絶対に出る。無用な混乱をなくして、その上で全員が旅をする手を考えるべきなんだ」

「理想論を口にする余裕があるなら、一つでも案を出しなさいっ」


 口先ばかりなんだから、とミトは唇を尖らせてそっぽを向く。


 犠牲もなく、厳しい旅を楽なものにしなさい、と言われているようなものだ。それは現実をうまく汲み取れていないと露呈しているようなもので無責任の現れである。


 怪我人だって衰弱してしまう。傷から病原菌がはいって、さらに悪化するような事態は以前より、出発した時から始まっている。手遅れな人も中には入るかもしれない。いや、その事実から目を背けている。


 それでも、傷口の手当てをする肉親や付き添って容体を見守るほかない親族。精神的、肉体的疲労はミトが推し量れるところではない。


「調子に乗りやがって――っ」


 男はミトの不遜な態度に腹を立てて、彼女の座る椅子の足を思い切り蹴り飛ばす。


 ミトがその衝撃に怒りが頂点に達したが、怒声を吐き出すことはなかった。厳しい視線を返すだけだ。


「お前の独断で船を動かされても困るんだ。この案件は役員会で取り上げておいてやる。それまでは、決めた航路を行くように」

「…………」


 ミトの据え付ける瞳に男は啖呵を切っておきながら委縮してしまう。


「いいなっ」


 男は悔し紛れにそう吐き捨てて出て行った。


 ミトは乱暴に占められるドアに一瞬目を閉じて、肩を上げる。騒音はイライラする気分をさらに増長させる。


「馬鹿ばっっかりなんだから!」


 怒鳴りたい声を押し殺して、そう吐き捨てるとミトは立ち上がる。


 それから周囲に目を配らせて、すぐにそっぽを向く男たちに意味もなく腹立たしさが湧き上がる。わざと聞こえるように荒いため息をついて甲板側の窓へと歩む。


 右足を引きずりながら、艦の上下する揺れをもろともせず左足を進める。


「…………」


 彼女の視線の先には、甲板に寝そべる〔アル・ガイア〕がある。


 その巨体には幾人もの子供がおり、モップや雑巾で装甲を磨いている。その指揮を執っているのはフォノと結子(ユイコ)の二人だ。


 仕事のない子供たちにも、こうした雑用を与えられれば役に立ててうれしい気持ちになる様で遊び半分仕事半分と動き回っている。


 その光景は微笑ましいもので、ミトも気を静めて頬をほころばせる。


「あら? (マサキ)はサボりかしら?」


 頭を覆うバンダナからはみ出た後ろ髪に触れながらそう呟く。率先して動く、特に機械がらみではその真価を見せる(マサキ)の姿が見えないのは少し不思議なことであった。


                *     *     *


〔アル・ガイア〕の洗浄を人の手でやるのは、時間がかかる。藻や水カビで汚れきった二五メートルプールの清掃をするような手間のかかり方と普段味わえない興奮が子供たちの間では広がっていた。


 しかし、子供たちの集中力が長く続くものではない。ブラシの柄でチャンバラをする者もいれば、機体の陰に隠れて昼寝をする者、はたまた鬼ごっこを始めてアスレチック感覚に走り回る子たちもいる。


「そこっ! 遊ばないの。ブラシがダメになるでしょう!」


〔アル・ガイア〕の胸部でブラシを手にしているフォノが声を張り上げて注意する。ロングスカートをたくし上げて前の方で結び、長袖も捲り上げている。髪もまとめあげて、アクセサリごとバンダナで覆っていた。気合十分と言った雰囲気。


 その一括でブラシでチャンバラをする乾いた音は鳴りを潜めて、代わりに不満そうにブラシを擦る音がかすかに聞こえる。


「はぁ……。物は大事に扱いなさいよ」


 フォノは肩を落として、緩んできたスカートの結び目をギュッと締め上げてさらに上へと持ち上げる。またの間を抜ける風に思わず膝を合わせて、お気に入りのストールを寄せる。スースーと冷気が股下に来るのには慣れていない。


「フォノ姉ちゃん、お腹のほう、終わった」


 と、生真面目そうな男の子がフォノのもとによるとそんな報告をした。


 男の子の目はフォノの綺麗な足にそそがれていたが、彼女はそんなことなど気にしなかった。


「ありがとう。水はちゃんと節約した?」

「うん。でも、どうして掃除するの? 急にさ」


 男の子の疑問にフォノは笑顔で答える。


「汚れたままだと元気がなくなるの、この子。で、綺麗にしてあげて、頑張ってもらおうってみんなでしてるのよ」

「自分で洗えればいいのに……。甘えん坊なんだ」

「あら。この前、身体拭いてって甘えてきたの、誰かしら?」


 フォノはしれっと言いながら、ブラシで胸部の乾いた泥を落としていく。ぱらぱらと乾いた土が下へとこぼれていく。


 男の子は気恥ずかしさを覚えて、顔を真っ赤にすると走り去っていく。


「足元に気をつけなさいよ!」


 フォノは注意を投げかけて、ブラシに力を込めて清掃を再開する。


 周りの思春期を間近に控える男の子たちは、彼女の白い足や細い腕に目がいってしまう。そうした羨望の眼差しを彼女は意に反さず、せっせと仕事に集中する。


 逆に結子(ユイコ)はショートパンツにチューブトップのほとんど水着に近い格好をしている。その右手首にしているアクセサリが太陽の光を取り込んでいた。日差しが心地よいとはいえ、気温は冷たい。リボンで房にしている髪が風に揺れる。


「装甲は熱いよ。気を付けて」


 それでも、脚部で手伝ってくれる子供や走り回る子供たちの監督で身体は動きっ放しで寒さを強く感じなかった。逆に内側から込み上げてくる熱気に身体は火照っていた。


 機体の装甲は太陽の熱を吸収して、熱せられたフライパンのように熱くなっている。太陽光に加えて、その熱も蓄電に利用して機内の燃料となっていくのだ。アクセサリも基本この技術が転用されている。だから、太陽光を遮る泥は落としておかなければ、効率も下がってしまう。


 結子(ユイコ)はきょろきょろとあたりを見回して、まだ遊んでいる子供たちに呆れてしまう。


「はぁ……。みんな、あたしの言うことなんて、聞いてくれないもの」


 ブラシを支えにして、結子(ユイコ)はため息を吐き出す。


 新参者のお姉さんが来たところで、子供たちがすぐに信頼して言うことを聞いてくれるはずもない。


 幸い注意事項は聞いてくれているらしく、掃除を真面目にする子は屈んだ姿勢で藁で編んだたわしを使って泥を落としていく。水を大量に使わずとも乾いた土はボロボロと崩れていく。それ相応に力を入れる部分もあり、熱心な子が一か所を集中的に磨いている様子もちらほらあった。


 その合間を縫うようにして、鬼ごっこをする一人の男の子が鬼役を警戒するようにして後ろ歩きに向かってくる。


 調子の良さそうな腹の出た男の子だ。


「…………」


 結子(ユイコ)はその子に注目して、さりげなく彼の方へと近づいて行く。言い知れない不安が胸を打つ。何か良くないことがあるかもしれない、と第六感が囁いている。


 事実、その男の子は胸部の方で展開される逃走劇を見ており、足元は疎かであった。


「あ――っ」


 瞬間、男の子は屈んでいた別の子供に足をぶつけて、身体が傾き始める。脚部とは言え、高さはある。落ちたら大怪我、下手をすれば死んでしまう。


 結子(ユイコ)は肝が縮み上がる思いであったが、素早く男の子の方へ駆け寄る。そして、襟をつかんで自分の方へ引き寄せる。抱きかかえて、振り向く少年の顔を見る。ぎょっとして目を瞬かせている。


「遊んでいるとこうなるから、気を付けて。落ちたら、死んじゃうよ」

「ああ、うん」


 男の子は困惑した表情で小さく返答する。


 彼は初めて結子(ユイコ)の顔を間近で見て、息を呑んだ。周りで暮らしている女の子と違う黒い瞳や黒い髪は神秘的に映った。それに近くで見ると可愛い顔をしているのが、妙に胸をくすぐった。背中に伝わる心音が高鳴っているのを感じるとなお、妙な気持が沸き立つ。


 結子(ユイコ)は小さくうなづいて、男の子を放す。


「いい匂いがした……」


 男の子は美食の香ばしい匂いとは違う、女の子の香りにときめく。まともに結子(ユイコ)の方を見れず、俯き加減にその小さな背のお姉さんを観察する。


「他の子たちにも注意をしてあげて。お願い」

「あ、うん。そうする……」


 男の子はドギマギしていうと、逃げるように去っていく。


 結子(ユイコ)は装甲の上を掛ける背中に注意を呼びかけようとしてが止める。


「素直に聞いてくれないんだから……」


 言うだけ無駄か、と結子(ユイコ)は肩を竦めて落胆すると、気を取り直して持ち場に戻って他の子供たちの面倒を見る。その方が気が楽であったし、神経質にならずに済んだ。


 そんな仕事場とは少し離れたアイランドの側では、数機のジャッキに支えられたバイン・アウトーが整備されていた。片脚を外されており、脚部の大腿部から零れるケーブルはカラフルな血管のようになっていた。素人目にはどれが何の役割を果たすのか見当もつかない。


 整備を担当している(マサキ)はそれらケーブルの役割を熟知している。手が汚れようとタンクトップが煤で黒ずもうとも、腕を胴体に突っ込んでは接続するケーブルを手探りで引っ張っては大腿部から零れる対応ケーブルとを繋げていく。


(マサキ)姉ちゃんもサボってんの?」


 と、背後から声を掛けられて、一旦作業の手を休め、(マサキ)はその方へ視線を移す。目に飛び込んできた長身の美少年を確認するなり、呆れた顔をする。


「カーヴァル。あたしはあんたとは違って、ちゃんと仕事してるの」

「でも、アーデルヴァッヘの掃除してねぇじゃん?」

「フォノと結子(ユイコ)、それにみんなに任せてるんだから、問題ないでしょ。けど、これの修理はあたしにしかできないから、早めにやっておかないと……ね」


 (マサキ)は作業に戻って引っ張り出したケーブルの接合部を観察し、対応ケーブルを探す。


 その光景をカーヴァルが観察しながら、ゆっくりと肩に手を乗せて、頬を摺り寄せてきた。これが猫なら(マサキ)も可愛いと思うのだが、年下の男の子がすることは幼稚でうっとうしく思う。


「なら、俺にも教えてくれよ」


 カーヴァルが猫なで声で囁く。年かさの乙女なら、その甘言にうっとりするかもしれない。


 が、(マサキ)には軽薄な言葉にしか聞こえない。おまけに汗臭い。


「あんたは飽きっぽいから無理ね」


 肩を回して、カーヴァルの顔を引き離す。


 それでも、少年は調子良さそうに(マサキ)に抱きついて離れようとしない。見た目は青年のように大人びているから、妙な光景である。


(マサキ)姉ちゃんが教えてくれるなら、頑張るからさ。役に立ちたいんだよ」


 (マサキ)はため息を吐いて、足元にある工具を指さす。丁寧に並べられた工具は彼女が愛用しているもので、カーヴァルもしばしば見かけていた。


「ペンチ、取ってくれる?」

「お、おう。任せとけ」


 カーヴァルは(マサキ)の指示に狼狽しながら、くっ付けていた身体を離して、並べられている工具一式を見詰める。普段から見ているから、当てる自信があった。


「…………ん?」


 が、細かいぶつぶつをした金物板やゴツイ鋏、歯車と連結したハンドル、先のとがった鉄製の針などなど。名前も用途も定かではない道具の数々に彼の額から次第に汗がにじみ出てくる。


 (マサキ)は特に期待などせず、さっさとカラス口のようなペンチを取って、ケーブルの接合部のナットを回す。


「ああ、それだよな。(マサキ)姉ちゃん、手が早いよ」

「邪魔だから、フォノたちの方を手伝ってきて。それだって大事な仕事」


 知ったかぶりをするカーヴァルに(マサキ)はさらっと言ってのける。


 ぱっと言われた道具を出せないようでは手伝いも何もあったものではない。力仕事をしようにも、息の合う相手でないと作業が遅れてしまう。助手にする気など最初からない。


 カーヴァルは納得いかず、彼女の正面に回り込んでかがみこんだ。


「だったらさ。アーデル・ヴァッヘの動かし方、教えてよ」

「だーめっ」


 (マサキ)はナットを強く締め上げると、ペンチを離して軽く手を振る。骨に染みる痛みを感じながらも、次のケーブルを引き出して対応箇所を探す。


「ロクなことに使わないでしょう? どうせ、長続きもしないんだから」

「姉ちゃんがすぐに使えるのはわかるけど、フォノ姉ちゃんと結子(ユイコ)姉ちゃんがすぐに使えたのはおかしいだろ? だから、俺だってすぐにでも覚えられるはずだ」


 カーヴァルは(マサキ)の顔を覗き込んで訴える。


 フォノが機械をすぐに扱えないのは長らく一緒に暮らしていればわかること。それに結子(ユイコ)にしても、機械に興味がある風でもない。そんな二人がすぐにも見たことのない〔AW〕を使いこなすのはおかしな話である。


 (マサキ)はムッと口をとがらせて、煤まみれの手で彼の顔を押しのける。


「二人は真面目で、頑張ってくれたからできたの。それに頻繁に使うようなこと、あるわけじゃない」


 カーヴァルは顔を引っ込ませて、甲板に尻餅をつく。視線を合わせようともしない(マサキ)に不満感が湧き上がる。どうして振り向いてくれないのか、とやきもきした気持ちが渦巻く。


「だから、俺や他の奴が乗れるようになれば姉ちゃんたちの負担もなくなるだろ? 戦うことに比べれば教える手間の方が楽だし、休みだってとれる」


 彼が心の内に考えていたことだ。


 (マサキ)たちが普段の生活の中でも働いて、〔AW〕との戦闘になれば〔アル・ガイア〕を出して戦う。そんなことが続けば、いつか身体を壊しかねない。


 せめて、操縦者がいれば交代で請け負って休む時間も増える。加えて、〔AW〕を操れる感覚を味わってみてかったし、恋い焦がれる人に褒められたい気持ちもあった。


 すると、(マサキ)は作業の手を止めてちょこんと正座する。それから、真剣な眼差しを少年に向ける。マフラーをしていないぶん、いつもより表情が鮮明で怒っているのが容易に見て取れた。首筋にしているネックレスが不釣り合いなのもわかる。


「カーバル、いい? 戦うことと何かを比較して楽とか、手間取らないとか、そういうのやめて」

「どうして? だって、このままだと姉ちゃん、疲れて倒れちまうよ」


 カーヴァルは(マサキ)のことを思っていった。


 しかし、(マサキ)は険しい顔のまま硬い口調で言い放つ。


「だったら何? あなたのように男と女が都合よく通じるためにあの子を使えっての?」


 その発言にカーヴァルの澄んだ顔が歪む。


 (マサキ)はその変化を逃すことなく、ため息をつく。


「アーデル・ヴァッヘは女の子を口説くためにあるんじゃない。まして、操縦席にまでそれを持ち込もうとするの低俗っていうの」

「低俗……、て?」


 カーヴァルは言葉の意味を理解できなかった。

 

「見栄っ張りで趣味が悪いってこと。そういうことにあの子を利用しようとする」


 (マサキ)は一瞬〔アル・ガイア〕に顔を向けて、すぐにカーヴァルに戻す。


 カーヴァルはぐうの音も出ず、さらに仰け反った。色恋沙汰や色欲的なものに鈍感かと思っていた。いや、下心などとうに筒抜けで彼女はじっと黙っていたのかもしれない。


「アーデル・ヴァッヘはそんな遊び半分で使うようなものじゃないっ。馬鹿じゃないの?」


 (マサキ)は怒気を孕んだ声を上げて、カーヴァルを圧倒する。


〔アル・ガイア〕を口実にアプローチを計ってくるなど愚の骨頂。機械をが我欲を満たすために使おうとする浅はかな考えには反吐が出る。


「少しは自分が今できることを探しなさい! 女の子のお尻を追いかけてないで、みんなのためにできることをしてみなよ」

「けど、俺、まだ十二だし……」

「都合が悪くなると言い訳ばっかりするのも、情けない!」


 (マサキ)はもうそれ以上怒鳴る気にもなれず、不機嫌顔で作業に戻った。


 カーヴァルは半べそを気味で、上体を支える腕が振るえるのを感じた。言われたい放題言われて何も返せない悔しさが胸に染みる。


「なんだよ、偉そうなことばっか言いやがって!」


 カーヴァルはそう吐き捨てて、アイランドのドアへと駆け込んでいった。負け犬の遠吠えとしか言いようのない、情けない叫びあった。


 (マサキ)は重たいため息をついて、ケーブルを合わせてナットをくるくると指先で繋げる。それからペンチを持ってきつく締めていく。


「ああいうところが、子供なんだもん。戦えば、すぐに泣き出すに決まってる」


 (マサキ)はイライラする感情をぶつけるようにナットを締め上げた。


 と、鈍い金属の軋む音と共に小刻みに甲板が揺れる。工具や外したネジが震えて、乾いた音を立てている。


「艦が止まる? こんなところで……」

(マサキ)!」


 (マサキ)は〔エクセンプラール〕が停止するのを感じていると、〔アル・ガイア〕の上にいるフォノが大きく手を振って呼びかける。


「どうしたの?」


 応えて腰を上げると、(マサキ)は胸部装甲に立つフォノの方へ小走りに寄った。


「川向こうに、何かあるわ。城壁みたいなの!」

「城壁? あつっ」


 (マサキ)は問い返しつつ、機体をよじ登る。熱を吸った装甲の熱さに顔を顰めつつ、すばやく胸部装甲へと移動する。


 困惑する一人の子供が上がってきた(マサキ)にしがみついて、心配そうに視線を上げてくる。


「大丈夫だからね」


 (マサキ)は汚れた手で子供を引き寄せつつ、進行方向を見据える。


「あれね……」

「ええ……」


 ちょうど、機体の頭部を右手に捉えて、太陽の光を反射するライン河の流れが見えた。鏡のような川面の先にうっすらと地平線があり、黒い凹凸を持った線が浮かんでいた。


 そこに異変を察知した結子(ユイコ)が軽い身のこなしで合流する。


「どうしたの?」

「正面に、城壁があるの」

「いや、アレは違うよ」


 (マサキ)は目を凝らして、首筋にあるアクセサリに触れながらその機能を使った。〔アル・ガイア〕の光学センサが捉えた拡大像を確認して、それをフォノと結子(ユイコ)へ共有させる。


「艦隊の縦列。待ち伏せしてる」


 フォノと結子(ユイコ)は送られてきた像と言葉に絶句する。


 (マサキ)自身、機体から補助を視認するものを信じたくはなかった。修道騎士団にしろ、フライハイトにしろ、待ち伏せをするだけの機動力があるのは脅威であった。


 蒼穹の空に流れる霞の雲がひと時、太陽の光を遮った。

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