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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第六章
46/118

~古都~ 疾駆! 鋼の駿馬VS鉄の駝鳥

 走る以外の手立てがないまま、(マサキ)たちは路地を抜け出してしまった。


 大通りなのだろうか。一般道とは違う土を踏み固めた道が目の前に横たわっている。人の往来はなく、けたたましい作業音があちこちから漏れだしている。周りの家々もいつの間にか、丸みを帯びた屋根と大きな扉を等間隔に並べた倉庫街らしい風景だ。


 三人の足が止まった。


「工業区の通路?」

「アレを使おう!」


 フォノの質問を無視して、(マサキ)は背中を見せる巨大なバイン・アウトーを示して走り出した。


 お腹に貨物をかかえた通運用の貨物機だ。ちょうど渡河する前に見た旅客運送用の機体と同型で、蜘蛛のように細い足ながら一歩一歩着実に前に進んでいる。心なしか腹部のペイロードキャビンが下がっている。


「待って……」


 最後尾を走る結子(ユイコ)が息を切らしながら、前を行く二人を追う。太ももは張っており、粘つくつばを飲み込んでは必死に足を動かす。


「いたぞ!」


 そうこうしていると、路地から出てきたへリックたちが走る(マサキ)たちを発見する。


 (マサキ)は一瞬背後を見て、緊張する。予想以上に早い彼らの運動神経に覚悟を決める。


「死にませんようにっ」


 鼓舞すると同時に祈り、(マサキ)は全力疾走する。


 車道に飛び出して、大きく動く後ろ足を睨みながらタイミングを計る。息を上げながらも、追いつけない速さだと確信する。


 しかし、徐々に距離を縮めつつも、飛びかかろうとする機械の右脚のダイナミックな運動に恐怖する。


 地面を穿つ細い足さきやモーターの駆動音が自分の体をバラバラにするのではないか、という想像を脳裏に過らせる。


(マサキ)、追いつかれるわ!」


 フォノが背後から猛然と近づいてくる男たちを見て叫んだ。結子(ユイコ)の動きも芳しくない。


 もう時間がない。


 (マサキ)はバイン・アウトーが右足を引いた瞬間を狙って跳んだ。鉄柱に体当たりをしたも同然で、全身が痛みで痺れる。それでも、しっかりと装甲に腕を回して、関節部にできた出っ張りに手を引っ掛ける。


「きゃぁっ!?」


 次の瞬間、ぐんと体を持ち上げる強烈な力と落ちていく力に体が跳ねた。


 フォノと結子(ユイコ)は無茶苦茶な彼女の行動に肝が握りつぶされそうだった。まるで風になぶられるぼろきれのように彼女の体は振り回されて、今にも細い腕が引き千切れてしまいそうだった。苦しい息がさらに締め付けられる。


「何をする気だ、アイツ」

「無茶苦茶だ」


 へリックたちがにも動揺が走る。


 フォノと結子(ユイコ)たちに追いつこうと必死になっていたが、(マサキ)の体を見て驚きとともにその足取りも緩んでしまった。行動に規則性や合理性が全く見えなかったからだ。


 すると、貨物機からピーッと甲高い音が迸る。ラジエーターの冷水で冷却された各アクチュエーターが悲鳴を上げたのだ。


 その音に驚いて、(マサキ)はしがみついている足が上がった瞬間、勢いに乗ってペイロードキャビンに飛びついた。寸前のところ、後部ハッチに両手の指をかけてぶら下がる様に手が届いたといったところだ。


「う、うぅ……」


 指先にかかる自重に軋んだような痛みが走る。足がぶらつくたびに、指先に激痛が走った。


 遅れて、排熱機構が白い煙を吐き出す。先ほどまでつかまっていた関節部からも吹き上がり、まともに受けていたら指先が使い物にならなかっただろう。


 フォノと結子(ユイコ)は息を切らせながら、(マサキ)のぶら下がって揺れる体にほっとするやら冷や汗をかくやら複雑な面持ちをしていた。足も限界に近い。心臓が今にも破裂しかねないほど伸縮する。キュゥッとお腹の底が捻じれるような痛みもある。


「絶対密偵ですよ、あの動きはさ!」

「口より足を動かせ! しぶとい連中だ」


 少女たちとは違い、へリックたちはその運動神経と運の良さには感服した。


 しかし、彼らも路地から全力疾走してきたために、体力も厳しくなっていた。


「持久戦は厄介だな……」


 特にへリックは胸のあたりを押さえてつぶやく。息が苦しい。脂汗が流れ、全身の筋肉が重くなる。〔AW〕の操縦者として基礎体力はある方だったが、如何せん全身の筋肉を使って走ることは久しかった。それはほかの二人もそうである。


 瞬発力に長けていたが、持久戦ができる体ではない。短距離で決着をつけるべきだったと、後悔もある。それでも逃してはいけない、とへリックは言い聞かせる。


「だが、確かめなければいけないッ」


 へリックが固執するのはその疑念を晴らすことのみ。


「な、うぅ……」


 (マサキ)は緩やかな上下振動にめげることなく、僅かな縁に指をかけると懸垂して体を持ち上げる。顔を真っ赤にして、腕を振るわせながらも頭の中にある手順をなぞる。


「留め具は————、あった!」


 蝶番のような留め具を視界に入れて、(マサキ)は体を横に揺するとその部分を蹴り上げる。


 追われている以上、逃げる手立てを考えなければならない。そのために罪悪感にめげている暇はなかった。順調だという確認事項だけが脳裏に残る。


 あとを追うフォノたちも限界で、息を切らせながらハッチを開けようとする(マサキ)に期待するしかなかった。


「早く——、(マサキ)……」


 結子(ユイコ)が額の汗をぬぐうも、まだまだ流れ出るしょっぱい雫に顔を顰める。


「やった!」


 (マサキ)は留め具を蹴り壊すと、腕の力を振り絞ってシャッター式のハッチを上げた。スルスルとハッチが軽快な音を立てて開いた。


 フォノと結子(ユイコ)(マサキ)が転がるようにして中に入ったのを見届けると、限界に近い足に鞭打って力を振り絞る。


「本当に開けやがった、あの野郎」

「…………」


 へリックは眉根に皺を寄せると、突如脇道の方へと足を進めた。


「ちょっと、へリックさん!」


 釣り眼の青年がそのあとを追ったが、髭面の男はフォノたちの追跡を続行する。


「かわいい尻しやがってよぉ……」


 彼の眼には小鹿のように、細い足を弾ませて、小さな尻を振って愛らしく逃げる少女たちしか映っていない。その助平心ゆえか、彼は執念の猛追を続ける。


 一方で(マサキ)は貨物機が運んでいるモノに幸運を感じながらも、それを止めている係留索を外して外に放った。


「つかまって!」


 (マサキ)は引き千切れそうに痛い喉で精一杯に声を張った。追手の数が減っていることに気づきながらも、肺が潰れそうな苦しさにそのことを懸念する思考が働かない。


 しかし、これは好機である。


 垂れ下がった係留索が尻尾のように揺れる。


 フォノが係留索を掴んだ。


結子(ユイコ)、あと少し頑張って!」

「う、うん。頑張る……」


 体力の限界が近い結子(ユイコ)だったが、フォノの言葉を信じた。


 フォノは地面を蹴り上げて、腕の力で係留索を伝って登り始める。地面からゆっくりと体が離れていく。揺れるたびに、腕に体重がかかる。はためくスカート、靡く金色の髪。少女らしからぬ行動力が爆発する。


 (マサキ)も体が鉛のように重くとも、係留索を地引網のように引っ張り上げる。腕が引き千切れそうでも、踏ん張る足が今にも床から離れそうになっても友達を助ける手を休めることはない。


 ほどなくして、フォノが貨物機のペイロードキャビンに転がり込んだ。肩で息をしながらも、すぐに立ち上がって次の行動に移る。湯気が噴き出しそうなほど体が熱くとも、気にしてなどいられない。


「次、結子(ユイコ)だから」

「わかってる」


 (マサキ)は今にも膝が崩れそうになりながらも、係留索を改めて外に放った。


「奴ら、調子に乗りやがって——」


 髭面の男が加速をかけて、係留索を掴もうとする結子(ユイコ)に迫る。


 互いの体力は限界。一人でもつかまえようと必死になっていた。


「————っ」


 結子(ユイコ)は一瞬振り返って、迫りくる鼻水やら涎やら汗やらを垂れ流す男の顔を目撃する。背筋に悪寒が走り、前を向いた瞬間には力を振り絞って係留索に飛びかかる。


 掴んだ。足先が引きづられる。急に鉛を背負わされたかのように体が重く感じた。


 それはペイロードキャビンで引き揚げようとする(マサキ)たちには厳しい状態で、体がつんのめる。


「なんのぉ……っ」

「このくらいでっ」


 (マサキ)とフォノは後ろに倒れ込む勢いで係留索を引っ張り出す。手の皮がむけても、その熱くなる感触に二人の気力が最後の燃え上がりを見せた。


 結子(ユイコ)の体がゆっくりと宙に浮かびだす。


「させるかよっ!」


 髭面の男は慌てて結子(ユイコ)の細い体に抱き着く。


「くっ。重いぃ……」


 ペイロードキャビンにいる(マサキ)とフォノは全身にかかる重しをどうにか支える。だが、引き上げることができず、加えて維持する力もそう残っていない。


「————っ! どこ触ってるの!?」

「なんだとっ!?」


 髭面の男は宙づりの上体で、自重を支えるので精一杯であった。結子(ユイコ)のお尻に顔をうずめているとは想像だにしていない。


 結子(ユイコ)は背筋が凍てつく嫌悪感に涙目になりながら、係留索を握る手に力を込める。そして、纏わりつく男の腹に連続蹴りをお見舞いする。


 一撃こそ弱々しいも固い靴底と時折入る急所が男の顔を苦悶に染め上げてついにまとわりついていた腕を解いた。


「げぇっ!」


 地面に転がり落ちた男が品のない悲鳴を上げてうずくまる。


 結子(ユイコ)は息を荒げながら顔を見上げる。係留索が(マサキ)によって引き上げられ、縁ではフォンが身を乗り出して手を伸ばしていた。


 結子(ユイコ)はフォノの手を取って、さらに引き上げてもらう。


「ハァ……。こ、怖かったぁ」

「よく頑張ったわ。怪我とかしてない?」


 結子(ユイコ)は疲れ果てて、へたり込んでいるフォノに伸し掛かる様にした。ぽろぽろと涙を流しながら、大きく息を吸い込む。


 フォノも全身の疲労感と熱量に気持ち悪さを感じながらも、伸し掛かってくるフォノの背中を撫でてやる。


「二人とも、すぐに出るよ」


 しかし、(マサキ)はペイロードキャビンに積まれているモノに寄りかかって二人を急かした。


 彼女が寄りかかっているものは、二脚型のバイン・アウトー。小型のものである。いうなれば原付バイクに等しい乗り物だ。真新しい革張りのシートを開放すれば、発動機兼動力のハンドルが収まっている。


「いくらなんでも、それは……」

「盗みになっちゃうよ」


 フォノと結子(ユイコ)は硬いペイロードキャビンに寝そべるようにしながら言った。


 運転手が能天気なのか、貨物機に変わったアクションはない。そもそも、ハッチを開けられて(マサキ)たちが侵入したこと自体気付いていないのかもしれない。


 (マサキ)は輸出品だろうバイン・アウトーを素早く点検すると、ハンドルを起こして開けっ放しのハッチの方を見る。


「早くでないと、迷惑がかかる。悪いとは思うけど、近づいてくる奴だって怖いのよ」


 それを聞いたフォノと結子(ユイコ)は同時に振り返って、目を丸くした。


 どこから調達したのか、姿を消していたへリックと釣り眼の男が四格式のバイン・アウトーを駆って追いかけてくる。釣り眼の男の背後には地面に転がっていた髭面の男の姿もあった。


 フォノが(マサキ)とへリックたちを見比べながら顎が外れたように口をパクパク動かしている。相手の動きの迅速さもあるが、彼らの執念には驚かされるばかりだ。


「どこからか盗んできたのよ。余程、〔アル・ガイア〕について知りたいらしい————」


 (マサキ)は額に浮かび上がる汗をぬぐいながら、全身を使ってハンドルを回しだす。初めは重く、徐々に勢いをつけ出す動力のフライ・ホイール。(マサキ)の表情は苦しげで、勢いのついたハンドルが今にも小さな手から振りほどかれそうなほどである。


 体力の限界が近い。


 それでも逃げ出さなければ、捉えられてしまう。


「こんなこと、ばっかりなんだからっ」


 (マサキ)は矛先のしれない憤りを吐き捨てながら、始動ワイヤーを思い切り引いた。


 ドッ、ドッ、ドルゥウ!


 愚図るようなエンジン音が鋼鉄の腹に響いた。バイン・アウトーの下部にある排熱機構から熱風が出され、ハンドルの動きと動力の回転が切断される。動力が自力で回りだした証拠だ。


「乗って!」


 脚部の留め金を足先で外す(マサキ)の怒鳴り声にフォノと結子(ユイコ)は跳ね起きた。


 同時に奥のから光が漏れ出した。運転席への通路の扉が開いたらしい。


「おい。何をしている!?」

「今頃気づいたの?」


 (マサキ)がバックパックを前に回しながら跨り、その後ろにフォノと結子(ユイコ)が続いた。狭いシートで、三人は体を密着させて、腰に回す腕でさらに体を圧迫する。


「借りてくよ!」

「盗人が——」

「お返ししますから、今だけお願いします」

「そ、そういうのか?」


 フォノの喘ぎ交じりの懇願に、ペイロードキャビンに足を踏み入れた男が二の足を踏んだ。


「どうした!? 何があった?」


 運転手だろう声ががなり立てる。


 その時、外で銃声が盛大に響く。その弾丸が内部に入り込んで数回跳ねまわった。ねずみ花火のような火花がそこここで散る。


 男は腰を抜かして、運転席の方へ転がっていった。


「銃を持ってるの?」


 フォノが(マサキ)に体重を乗せるようにしてハッチの外を見た。


「ちょっと、あんまり胸を押し付けないで。運転しずらいじゃん」

「騎士団のを盗んできた……」


 結子(ユイコ)は回転数を上げるバイン・アウトーの動力音を耳にしながら、つぶやいた。


 修道騎士団が使うバイン・アウトーや騎馬なら当然警邏用の武装があっておかしくない。武装用の機体を奪ってきたということからも、相手の本気具合がわかるというものだ。


 へリックたちは並走しながら、貨物機との間隔を計りながらハッチの奥にいるだろう少女たちの動きを窺った。


「当たんないんですか?」

「牽制だ」


 へリックは機体の(シート)の操縦桿であるグリップを片手で操っている。ロデオをしているような乗り方だ。


 そして、彼の右腕には騎兵銃が握られている。マスケット銃よりも発展したレバーアクションを採用したライフル銃である。オールド・ウェストで普及されているモデルである。単発式ではない、連射式の構造は戦で有利に働く。


「…………」


 へリックも懐かしさを覚えながらも、用心鉄(トリガーをカバーしている部分)のレバーに入れた指の狭い感触に顔を顰める。そして、片手で銃床を折り返すようにして再装填する。まるで折り畳み携帯電話を開閉するような軽快さがあった。その際には空薬莢が飛び出し、銃身の下にある筒型の弾倉から弾丸が装填、次の射撃の準備が整う。


 その姿を(マサキ)は機体を起こしながら見つけて、息を飲んだ。


「————っ。いくよっ!」


 (マサキ)がアクセルをふかすのと、へリックが発砲したのは同時だった。


 ペイロードキャビンで前のめりに飛び出すバイン・アウトーの横を弾丸が横切る。


 (マサキ)たちは背後に強く引っ張られる衝撃が襲い掛かる。フォノと結子(ユイコ)は落下に伴う風の強さに思わず目を固く瞑り、腰に回す手を強めた。


「出てきやがった」


 髭面の男が銃を構えながら、(マサキ)たちの機体が着地する瞬間を狙う。


 が、運転する釣り眼の男とへリックは彼女たちの機体が合間に入ろうる位置にあると見越した。そのために二機の四脚式のバイン・アウトーは鎌首もたげるようにして前足を上げて、一八〇度回頭する。


 同時に(マサキ)たちのバイン・アウトーが着地して大きく、その逆関節の脚部を沈めた。アクチュエーターが過積載のために金切り声のような唸りを上げる。衝撃も緩和しきれず、尻を棍棒で殴られたような痛みがつき上がった。


 その時、(マサキ)はへリックが銃口を向けているのが視界の端に入った。彼の機体は暴れ馬のように荒々しく、不安定な姿勢の状態で狙いを定めていた。


 互いの視線が交わったのはほんの一瞬だ。


 次の瞬間にはバイン・アウトーが溜めていた脚部のパワーが開放されて、一気に地面を蹴飛ばして走り出していた。遅れて、二発の弾丸が石畳の車道を穿った。


「殺される……っ」


 (マサキ)はぶるりと恐怖で体を震わせながら、機体のギアを上げて加速させていく。


 ライフル銃を片手で、しかも無理やりな態勢で発砲する技量は並ではない。フライハイトでもかなりの実力者だと直感した。


 地を這うように、機首を下げて機尾を突き上げた独特のフォームで(マサキ)たちの機体は直線を走る。脚部はバネのようにしなやかに跳ねて、加速を駆けていく。燕のような低空飛行をしているかのようだ。浮遊感を感じさせる動きだ。


 そのあとを追うへリックたちの機体も負けてはいない。四つの脚はリズムに乗ってぐんぐん加速してくる。機械ながらに勇ましい蹴りで大地を打ち、バランスと機動力を兼ね備えていた。


「あの、小娘が————」

「銃身を前に出すな。殺す気か!?」


 釣り眼の男は背後から狙撃しようと銃口を突き出す髭面の男に叫んだ。運転をする身分からすれば、発砲されれば銃口から噴き出るわずかな破片や熱で目をやられかねない。


「一人生き残れば、いいだろうが」

「そういう問題じゃない」


 問題をはき違えている二人の前にへリックが銃を横に突き出して発砲を禁止する。


「無駄弾は控えろ。ただでさえ、作戦から逸脱している」


 へリックは振り向きもせず、部下に言い放つ。


 もともと密偵と接触して修道騎士団の目を逸らす手筈の確認をするだけだった。その内容を聞いて、時間あわせをすればあとは母艦に戻って騒ぎが起きるのを待つだけの簡単な運びになるはずだったのが、今や意固地に少女を追っている。


 奇妙な話であって、へリックも内心、自分自身に呆れていた。


 作戦が崩されてしまえば、思考する時間も必要である。へリックとて従順に任務を遂行すればいいなどとは思っていないからだ。


 しかし、彼の眼前を走るバイン・アウトーを操る少女たちを目撃しては今さら矛を収める気にもなれない。恥辱はない。ただ彼女らの反応に違和感を覚えたからに過ぎない。


「あの格好、それに技量……。どういうのだ?」

「へリックさん。奴ら、どうするんで?」


 併走するバイン・アウトーを一瞥して、へリックはグリップのアクセルトリガーをさらに強く引いた。


「適当にかき回せ。殺そうが、殺すまいが、好きにしろ」


 背骨を駆けあがる衝撃が強くなると、彼の機体は大きく脚部を動かして疾駆する。尻を上げて、サドルに体重をかけ、前傾姿勢を取って追跡に専念する。


 うまくいけば騒ぎが拡大して、修道騎士団の注意の目を向けさせる。すでに彼らの備品を奪い、発砲までしているのだ。動かないはずはない。


 確認も取りたいところだが、彼女らのすばしっこさには手加減をしてどうにかなる隙はない。


 東洋人の同僚からも、窮鼠猫を噛む、という言い得て妙な諺も耳にしている。相手を過小評価するのは軽率。臆病と言われようとも、へリックは自身の力量とマフラーの少女との力量を計りにかけて、導き出した結論である。


 工業区のレンガ造りの街並みから、都市の特徴的な間取りの狭い家々の並びに変わっていく。


「どうするの、(マサキ)?」

「川沿いにまで出て、船に乗って逃げるしかないよ。けど、どっち?」


 緩やかな曲線を描く道に入ると、(マサキ)たちは体を軽く倒して旋回。体重移動で方向転換をするのが、二足歩行式の特徴である。ギアを下げつつ、しかし、滑らかなフットワークでバイン・アウトーは高速で外縁を走る。


 ドンッ! パァンッ!


 速度が下がったところで、内回りにへリックたちの機体が追走、発砲を仕掛けてきた。


 彼らの視点からは、(マサキ)たちはちょうど頭三つを向けているようなもの。的は大きい。


「くぅっ」


 (マサキ)はわずかに機首の装甲を掠めた弾丸の火花に目を細めながら、彼らの腕前に舌を巻く。


 コーナリングではいい的になってしまう。だが、彼らとて騎乗しながらの射撃。動いている相手を仕留められるほど練達している様子はない。


「距離はまだある……」


 (マサキ)は減速している後方を確認して、すぐに前へ視線を戻す。カーブが終わり、直線になるにつれて体を起こしていく。


「二人とも、もっと体寄せて。振り落とされちゃうよ」

「だって、もう限界よ」


 フォノは(マサキ)の腰に回している腕をさらにきつく締め上げて、前へと体を押しやる。


 (マサキ)はお腹が絞まる苦しさよりも、背中に当たるふくよかな感触が気になる。


「胸があるからでしょ。潰すつもりでやんなさい。それがダメなら腰を前に突き出す」

「無茶言わないでよ」

「お尻、半分装甲の上にあるの、あたし。どうにかして」


 最後尾の結子(ユイコ)もそろそろ腰にたまってきた衝撃に嫌気がさしていた。脚部にいちばん近い位置のために足の位置はフォノの足に絡めるようにしていたし、振動も痛烈なものである。それがクッションであるシートとは違い、機尾の張り出した装甲は固く尻の皮がむけかねない。


「この状況で、そんなこと言われても……」


 フォノが間に挟まれて、邪険に扱われる自分の体を憂いた。


 その時、一発の弾丸が彼女らの横間を過ぎてすぐ近くの家のバルコニーに飾られていた植木鉢が粉砕された。


 短い悲鳴を上げて、三人は腰を前に突き出すようにした。それでどうにか女の子三人分の尻がシートに収まった。ただ、股間に当たる感触はあまり居心地のいいものではない。


 三人の顔が一瞬恥ずかしげに紅潮する。


「————もうっ。気色悪いんだからっ」


 (マサキ)が恥ずかしさを紛らすためにギアを上げる。それで機体の脚部の足取りが軽くなった。


 (マサキ)たちのバイン・アウトーはY字路に差し掛かり、左へ飛び込む。狭い道で民家の合間を行く道だ。車両一台が通れるほどの広さしかない。


「うわぁあああああ!」

「なんだなんだ!?」

「バカ野郎っ! ここは車両禁止だ、間抜け!」


 道幅を聞かせて爆走するバイン・アウトーの縦列に往来する人々は慌てて道を開け、なけなしの罵声を浴びせる。


「ごめんなさい!」

「ごめん。すぐに出てく!」


 フォノと結子(ユイコ)が謝罪の声を上げる。だが、ぐったりとする体が半分浮かんで、ずんと落ちると下を軽く噛んでしまった。


 その痛みを吹き飛ばすように銃声が鳴り響いた。同時に住民たちの怒声が静まる。


「…………」

 

 へリックは片手でレバーアクションをし、弾丸を薬室に送り込む。


 しかし、銃口の上部にある照準器が定まらない。疲労感と片手による射撃、加えて不安定な場所で走りながらの発砲が何度もうまくいくものではない。これまで撃ってきたのは、自身のコンディションと相手のコンディションが釣り合ったから撃ったまでのこと。


 それでも直線で、しかも逃げ場がないならば絶好の位置取りであるのは明白だ。


 ここでへリックが躊躇いを持ったのは、この好機で少女たちを生け捕りにできる可能性を感じてしまったからだ。


「どうする……」


 口の中に残る、タバコの苦味を噛み締めるようにしながら彼は自問する。


 彼女らの口を割らせて、得体のしれないものをはっきりとさせるか。


 それとも最後部の一人を撃って、様子を窺うか。はたまた、脚部を撃って横転させるか。


 そのわずかな迷いこそ、彼にとっては致命的であった。


「横道……。飛び込むよっ!」


 (マサキ)はわずかな横道を見つけて、団子状態になっている二人に言う。


 クラッチを切って、機体はニュートラル状態で惰性で走る。彼女らの前傾姿勢からくる体重移動で足をバタつかせているようなものだ。


「三——、二——」


 減速しながらも横道へと向かっていくバイン・アウトー。


 (マサキ)は後方から迫るへリックたちの騎馬の足音に恐怖しながらもタイミングを計る。フォノも結子(ユイコ)もへリックたちの方へ顔を向けながらも、彼女の声に耳を傾ける。


 へリックが自機の速度を減速させて、ライフルを構える。(マサキ)たちの動きに一拍遅れる所作であった。


「————、体を左に倒して!」


 (マサキ)の合図で少女三人は地面に投身するように全身を傾けさせる。


 全体重がかかるとバイン・アウトーは機首を引っ張られて、重たい頭を振った。踏み出した左足を軸に左へ回頭。体重の乗せ方、タイミングは完璧で(マサキ)は横道を正面に捉えていた。


 その瞬間、へリックは引き金を引いてしまった。彼女たちの態勢から命中できるという自信が出たのではない。


「——チッ」


 驚愕した。驚嘆させられた。思わず引き金にかかっていた指に力が入るほど、その技量は魅入る素晴らしさがあったのだ。


 弾丸は見当違いの方向へ飛んで、レンガ造りの壁を穿っただけ。微かな破片が舞う。


 (マサキ)たちは銃声など気にしていられなかった。気を抜けば、機体から落ちかねない。

 

 バイン・アウトーが軸足を沈めて、胴体を大きく傾けても横転しない凄まじいバランスを見せる。モータースポーツを彷彿とさせる、肩やひざが地面に接触しかねないほどである。


「————んっ」


 (マサキ)は地面が壁となって迫ってくる視界の中で異様な興奮を覚えると、アクセルをふかしてクラッチを入れた。


 沈んでいた左足がサスペンションストロークを最大にして飛び跳ねる。同時に三人は体を起こし、傾いていた胴体を正位置に直す。左右に胴体が大きく揺れた。民家の壁にぶつかりそうになりながらも、何とか脚部は強かに地面を蹴って突き進む。


「ねぇ! 追ってこないよ!」


 機体が安定したところで結子(ユイコ)は後ろを振り向いて、遠ざかっていく暗がりの小道を見た。


 へリックたちが追ってくる気配がなく、射程からも十分に離れている。が、鋼鉄の駿馬だって今走っている道はギリギリ走行可能だ。それだけの技量を少なくともへリックは持っているだろう。


「諦めてくれたのかしら?」

「気を抜かないで、このまま一気に大通りに出るよ」


 (マサキ)は前を向いたまま言う。


 しばらく狭い道を直進し、大通りに出る。人々の喧騒や往来、蹄鉄の滑らかな音、車輪の跳ねる音が耳を打つ。


 馬車やバイン・アウトーの流れにまぎれながら、(マサキ)は速度を落としてあたりを見渡す。


「本当に追ってこない……」


 そう言いつつも、漆塗りの馬車の影に隠れるようにしてバイン・アウトーを歩かせる。


 と、けたたましい鋼の音が重奏して通りを駆け抜けていく。白い鋼の馬にまたがる、鎧と帯刀をする男たち。駐屯している修道騎士団たちだろう。一機が紋章をした旗を掲げて、風にたなびかせている。パトカーの回転灯のようなものだ。


「騎士団も動き出した。早く、この町から出よう」

「うん。三人乗りのところみられても、止められちゃうしね」

「それよりも図書館での一件で手配さ手るかもしれないわよ?」


 修道騎士団のバイン・アウトーの編隊が颯爽とかけていくのを背後に見送りながら、(マサキ)たちは息をひそめて目印になる大聖堂の尖塔を目印に進んでいく。


 道行く人々が女の子三人が機械に乗っていることを咎めることも、違和感を覚えることもなく過ぎていく。


 (マサキ)たちを乗せたバイン・アウトーは脚部から異音を立てながらも健気に歩いてくれた。乗り捨てる場所をどうしようかと無情なことを考えつつも、三人はそれぞれ機体に優しく触れて、


「ありがとう。頑張ってくれて」


 と感謝を言った。


               *     *     *


 へリックたちは路地から修道騎士団の動きを察知して機体を乗り捨てた。彼らがどういう案件で動いているのか、まだ知れていない。自分たちがバイン・アウトーを奪ったことが広まったのか、それとも別の案件か。


 いずれにしても、へリックたちがいつまでもバイン・アウトーを足に使っていられるわけではなかった。


「どうします? これじゃぁ、あの子供に泥塗られたままなんですよ」


 釣り眼の男がへリックの背中に投げかける。


「騎士団の動きだって、まだ、俺たちに勘付いたって保証もないんですぜ?」


 髭面の男は騎士団の動きが慌ただしいのを理解していたが、直接関係しているとは思わない。短絡的に反抗がばれるにしても早すぎると感じるからだ。


 へリックは金魚のふんのようについてくる部下たちの言い分を聞きながら、しわくちゃのタバコを取り出して口にくわえる。


「作戦は失敗だ。俺たちがポカしたんだ」


 ライターで火をつけて、一息つく。脳髄に響く刺激にふっと気持ちが弛緩し、体の疲れも少しは和らいだ。


 作戦がうやむやのまま艦隊戦を仕掛けるのは賢いやり方ではない。ケルンに打撃を与えるということは、そのあとの逃走経路も考えなければならない。不意とついて、迅速に退却。これができなければ、彼らの猛追と誘導で撃滅されるだろう。


 それにモチベーションも下がっていた。


「女の子に振り回されたとあっちゃ、メンツもねぇ……」


 肩を回しながら、へリックは堂々と進んでいく。


「あいつら、結局、密偵だったんですか?」

「バカッ。そうにきまってらぁな。特徴を忘れたか?」


 訝しむ釣り眼の男に髭面の男が馬鹿にしたように言った。


 彼らが伝え聞いている密偵の特徴を彼女らは持っていた。フライハイトの組織規模をへリックたちも十分に理解していない。顔も知らないメンバーとの接触など日常茶飯事である。


「金髪に、東洋人、マフラーの混血。それに女だ。全部そろってる」

「…………」


 へリックはタバコを手にすると、紫煙を吐き出したぼうっと考える。随分と冷静さを取り戻しており、客観的な考えも浮かんだ。


 特徴を持った三人娘。十中八九、先ほどまで尻を追いかけていた相手に間違いない。疑問が残るとすれば、彼女らがフライハイトの組織員らしくなかったこと。作戦の認識有無もそうだが、特徴を口にした途端に逃げ出した。


 何かが食い違っている。しかし、何が……。


 ぽとりと、タバコの灰が地面に落ちる。


「嫌なんだがね。上に指示を仰ぐの……」


 へリックはタバコを咥えてその先を赤くともしながら、路地を歩いていく。


 久々に汗をかいて、さらに中核に連絡を取るとなると気分は落ち込むばかり。が、単独で動くにも限界がある。いくら艦隊を率いていようと目的も定めず破壊活動をするのは愚の骨頂だ。


 しかし、当面は少女たちについて聞きだせることは聞いておきたいのも本心だ。


 へリックは口をへの字に曲げつつ、バイン・アウトーを扱って見せた少女の顔を思い出す。


「しかし、使えそうな奴は欲しい」


 優秀な人材を確保するのもまた彼の性分である。


 男たちは静かにケルンの街並みの中にまぎれて、自分たちの動く城へと引き返していった。

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