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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第六章
43/118

~古都~ 渡船の上でお茶会を

 送ってくれた男と別れてからというもの、(マサキ)たちの目に映るものは穏やかな風合いをもっていた。ライン河のほとりに林立する商店の数々に、胸を弾ませて必要なものを買い揃えていく。薬や包帯を買うのには苦労を重ねて手に入れて、名産品であるオーデコロンを手ごろな価格で買うと、酒屋に入って(マサキ)は店主との交渉に熱心だった。


「もう一声っ。ね? あたしたち、ここまで来るのに苦労したの」


 カウンター越しに困った顔を浮かべる店主は、拝み倒そうとする(マサキ)の姿を見て唸っていた。


 フォノと結子(ユイコ)は店頭にケースで並べられたワインを眺めながら感嘆する。今年採れた若いワインから往年の熟成ワインまで品ぞろえばっちり。しかし、それだけに値段が張っている。ケルンの手間賃への水増し価格だと思うと、少しぼったくりな気もする。


「まぁ、わからんでもない。だが、安値とはいえ、こいつにも金がかかってる。樽なら値引きしないまでもない」


 店主は背後にある横倒しで積まれた酒樽を示した。


「瓶の加工費がかかってるからでしょう? じゃぁ、もう一本買うから、おまけして金貨二枚と銀貨四枚。どう?」

「うぅむ……。よし、のった」


 店主は根負けしたように言って、カウンター近くのケースから一本の赤ワインを取り出すと、カウンターの上にある二本と合わせて会計する。


 (マサキ)は前に出される天秤ばかりを見て、腰につけている財布から金貨と銀貨を取り出して片方に置いた。大きく傾く天秤ばかりのもう片方にその質量に合わせた重りが乗る。秤量貨幣として硬貨は持ちいれており、どの領土でも同じ価値を持っている。


 ゆらゆらと揺らめく天秤の支柱にある針が頂点のところを微かに左右に揺れた。


 それを店主が見極めて、紙袋に包んだワインを差し出した。


「まいど。いい買い物したな、嬢ちゃん」

「ありがとう。ところで店主さん、図書館がどこにあるか、しらない?」


 (マサキ)はずっしりと重いワインをかかえて、硬貨を手にする店主に言った。


 ここで最後の買い物なので、図書館について聞いておこうと思ったのだ。他の店では聞きそびれてしまっていた。というのも、ケルンに来て図書館のことが頭から抜け落ちていたのが事実であるが。


 店主はカウンターに太い腕を置いて、(マサキ)を見下ろす。どこか茶化すように笑みを浮かべて、朗々と言った。


「図書館ならライン河を渡った先に教会が管理してるところがあるね。が、学生相手の場所だぞ?」


 (マサキ)はその忠告を受けてなるほど、と軽く肩を上下させる。


「そうなの。でも、聞いてみる。ありがとう。それじゃ」

「いい一日を」


 (マサキ)は店主に別れを告げて、品棚を見ているフォノたちと合流する。


「どうだった?」


 結子(ユイコ)が問うた。


 三人は店を出ると、祭りの準備をする音を聞きながらライン河のほとりを歩いていく。行き交う人はせわしく、荷物を積んだバイン・アウトーが幾台も見受けられた。


「うん。いい買い物したよ」

「じゃなくて、図書館のこと」

「ああ……。向こう岸の方にあるって」


 (マサキ)はバックパックにワインをしまいながら結子(ユイコ)に言った。


 せせらぎの音を立てるライン河。運輸船の往来は落ち着いているらしく、昼間の緩んだ雰囲気が窺える。対岸を見れば、人の往来は小さく見えてしまうほど離れている。


 が、シンボルともいえる大聖堂は対岸にあっても尖塔がよく見えて、森林の緑が囲っていてもその存在を見上げるものに示している。


「わたるのにもお金かかりそうだね」

「橋を造ればいいのに、難しいのね」


 結子(ユイコ)とフォノがそんなことを言う。しかし、その表情はこの町の大きさに感嘆している風であった。


 (マサキ)は石畳の道の先を見据えて、一段下がった場所に小さな渡し船の渡船場を見つける。木漏れ日に隠れた場所だ。ちょうど一隻の船が外輪船があり、桟橋につけた後部ハッチの先に一人見張りが座っている。


「あそこに行けば、乗れるかも」


 (マサキ)はバックパックを担ぎなおしながら、眼前を指差して場所を二人に示す。


 観光気分な三人は嬉々として、歩調を早める。色とりどりの軒並みを横手にしながら、渡船場に向かう。


 都会の中にある安心できる空気は好奇心を強くする。ライン河を中心とした自然の趣と合わさった生活の息吹は心地良い風となって、頬を撫で、髪を揺らす。コンクリートで固められた高い楼閣にはない、穏やかな流れがある。


 コーヒーハウスから漂う淹れたてのコーヒーの芳醇な香りが鼻をくすぐり、祭りの飾りつけを作る子供たちの弾んだ声。溢れるばかりの活気に(マサキ)たちも心が躍る。


 石階段を下りて、近くなった川べりの水がちゃぷちゃぷと音を立てている。


 (マサキ)たちは渡船場を目と鼻の先に捉える。桟橋は樽を浮きにして板を張った簡素なものだから、三人は底に踏み入った瞬間、思わずはしゃぎ声を上げる。大きく揺れる桟橋。水の上を歩く感触が足腰に力を入れさせる。


「乗るのかい?」


 見張りの男が腰を下ろしたまま、帽子を上げて(マサキ)たちを見る。


「はい。三人、お願いします」


 (マサキ)は一番乗りで渡船に足をついて、後ろからくる二人を迎え入れる。それから、見張りの男へに向き直る。


「いくらですか?」

「観光客なら、銅貨一枚。三人分でな」

「はい」


 (マサキ)は渡船の空間を一瞥して、見張りの男に銅貨を一枚手渡した。


 それを裏表確かめるだけで、見張りの男は納得したようにポケットにしまった。


「まいど。あとちょっとで出発する」

「この船、教会からの援助受けてます?」

「ほぉ、観光客にしては随分感がいいね」

「だって、エンジンを積んだ外輪船、民間ではないもの」


 (マサキ)は上下する床に少し体を傾けるも踏みとどまって、見張りの男と会話をする。目新しいものに好奇心が収まらないのだ。


 見張りの男は客が来ないのを見ながら、暇つぶしに口を動かした。


「ああ。だから、ここの住民ならタダで向こう岸までいける。教会税があるんだ。これくらいはしてもらわなきゃな」

「へぇ。他にもあるんですか?」

「もちろん。水道の整備や糞尿の汲み取りまで機械でやってくれんのさ。こいつのエンジン、バイン・アウトーのもんだが、なかなか粘りがある。と、嬢ちゃんに言ってもつまらないか?」

「そんなことありませんよ。素敵だなって思います」


 (マサキ)は本心から言った。


 教会が住民から税金を取っているという事実も、こうして目に見える形であるのはいいことだ。古い町であるケルンが今も交易都市として栄えているのも、ひとえに住民たちの支え合ってこそだと感じる。そこに教会というものが中継をして経済を循環させる。ライン河の流れのように円滑なのだ。


 と、船の二階から声が聞こえた。


「そろそろだすぞ」

「あいよ。嬢ちゃん、話はここまでだ。中に入んな」

「お話、ありがとうございました」


 (マサキ)は頭を下げて礼を言うと、中にいるフォノと結子(ユイコ)のもとへ駆け寄った。


 ピィーッと甲高い笛の音が響き渡ると、エンジンがかかり床に微振動が伝わる。回転数を上げるフライホイールに合わせて、舳から垂らしている錨を屈強な水夫が腕で引き揚げ、後部ハッチも見張りの男が綱を引いて上げていく。


「出発するぞ」

「ヨーソローッ!!」


 男たちの野太い声が上がり、両脇にある外輪シャフトに動力が伝達される。


 唸りを上げて、ゆっくりと水車のように回りだす外輪が水を掻いて、ゆっくりと流れに沿いながら進みだす。


 (マサキ)たちは展望台のようになっている舳に出て、速度を上げて対岸へと進みだす風景を眺める。


「アハッ。冷たい」


 (マサキ)は外輪からはじけた飛沫に笑顔を見せながら、錨をヘリにつけた黒い肌の水夫に道を開ける。


 体の大きい偉丈夫で、その男の視線がフォノを肩越しに一瞬捉えて、二階へと上がっていく。


 フォノは髪を押さえながら、風を切って進みだす渡り船の心地に胸を逸らす。大きく息を吸い込んで、水の涼やかな香りにほっとする。


「いいところね」

「水も綺麗……」


 |結子《ユイコ」はさらさらと流れているライン河を覗き込む。キラキラと太陽の光をマーブル状に反射させている。その輝きの美しいこと。少し目を上げれば、対岸にあるカラフルな家の色彩に心が弾む。


 船体はライン河の流れに沿うようにして、対岸へと進んでいく。大きな帆船の運輸や巨大な外輪船の往来はこの時間はない。お昼に働いているのが珍しい風土だからだ。


 そういうこともあって、渡船の水夫たちは片手間に食事をとりながら渡河をする。


 すると、怒りを上げていた屈強な水夫が二階の船員スペースから一階の客間にポットとカップを四つ持っておりてきた。揺れる床にも慣れた足取りで舳へと歩む。


「お嬢さん方、コーヒーはいかがかな?」


 滝壺のような音の中で男の声がかすかに聞こえた。


「あ、いいんですか?」


 (マサキ)は嬉々とした様子で振り返り、彼が両手に持つカップとポットを上げて見せた。フォノと結子(ユイコ)もそれを見てサービスのいい船だと感じる。


「ご一緒してくれるなら」

「どうぞ。二人はどうする?」

「じゃぁ、わたしももらおうかしら」


 (マサキ)とフォノは舳から離れて、日陰になっている客間へと引き返す。ヘリに備わっている座席で黒人の男が二人分のコーヒーを淹れてくれた。


「そちらのお嬢さんは?」


 結子(ユイコ)は男の大声に、しどろもどろした。二人は荷物を下ろして席につくと、湯気の立つカップを取っていた。のけ者にされるのがいたたまれなくなって、きゅっと口の中が酸っぱくなる。


「あ、うん。ミルク、あるなら」


 精一杯声を張って、結子(ユイコ)は答えて歩き出す。


「わかった。持って来よう」


 男はニカッと白い歯を見せる。カップにコーヒーを注ぐと近づいてきた結子(ユイコ)に渡して、自分の分を淹れると二階に引き返していった。


 三人は並んで座るとカップの中で小さく波を立てる澄んだ黒色を見て、鼻を近づけて芳醇な香りに目をパッチリと開く。香りからも眠気が飛ぶほどの苦味を察した。


「コーヒーなんて、ひさしぶりだわ」

「この辺だとなかなか飲む習慣がないもん。でも、ここは流石。なんでもある」

「でも、苦いのはちょっと……」


 幼いころは(マサキ)の家、というより伯父の家で三人はよく飲んでいた。というのも、コーヒー豆を挽くコーヒーミルを使いたくて、手伝いと称して工場の人たちに配りながら自分たちも飲んでいたからだ。


 コーヒーはヨーロッパで流行っているわけではない。薬品から日常の飲料になるまでの過程において北部の寒い気候ではその香りや効能は珍重されて、好んで飲むようになったからである。普通なら、紅茶か、ミーハーなところではチョコを飲むのだ。


 と、二階から男たちの声が水しぶきのフィルター越しに聞こえた。声が大きい。


「色目使って。相手は子供だぞ?」

「いいじゃないか。子どもとは言うが、淑女らしい気品がある。特に金髪の子、ああいうの西の大陸じゃそうそうお目にかかれない」


 コーヒーを運んできた男の声だろうか。


 フォノは頬を赤く染めて、コーヒーを一口つける。そういう評価をよく受ける方だが、彼は異邦人なのだろうが、そうした垣根を越えて惚れ込まれるのは少し妙な恥ずかしさがあった。


「人気ね」

「茶化さないで」


 (マサキ)の声にフォノは裏返ったような声で言った。


 と、件の黒人の男が牛乳の入った瓶と空の木箱を持って降りてきた。その顔の爽やかなことに、(マサキ)結子(ユイコ)はおかしくてはにかんだ。


「気づいてないと思ってる」


 鈍感なのだ、と(マサキ)は小さくフォノに耳打ちした。それにはフォノに肘で小突かれた。


 男は牛乳瓶のコルクを外して、結子(ユイコ)の差し出したコーヒーに慎重に入れる。


「何か?」

「いいえ。楽しそうだなって話していたんです」


 (マサキ)が何食わぬ顔で言った。


 フォノもすっと背筋を正して、お行儀よくコーヒーを飲んで見せる。姿勢だけのお嬢様をしているのだ。田舎娘と思われたらそれこそ恥ずかしい。


 男はまた白い歯を見せるように笑って、木箱を床に置くとそれに腰かける。


「この仕事のことかい? あっと——、ありがとう」


 男は(マサキ)から渡されたカップを手にして、礼を言う。


「異国からここに来たのですか?」


 結子(ユイコ)は手のひらにカップの底を乗せて、くるくると茶道のように回した。それでミルクを溶け込ませているのだ。


「まぁね。西の大陸を知ってるかい?」


 男は少し声を張った。


「オールド・ウェストですか?」

「おお、よく知ってるね。そこじゃぁ、労働者を買いたがる白い肌の奴らがいてね。浮浪者なんかはこっちに来て、働かされる」


 男は冗談めいた口調で説明する。


 オールド・ウェストはヨーロッパから離れた西の大陸のことである。先住民族との和平や近代化を進めているということをフォノは何かの文献で読んだことがあった。


「俺の住んでたとこは荒涼としていた。が、ここに来て凄いと思ったよ。町は綺麗だ、女は綺麗だで、それに東からの人もいる」


 男がコーヒーを口につけながら、結子(ユイコ)を見た。


 結子(ユイコ)はミルクの混ざった黄金色のコーヒーを飲んでいるところで、そのまろやかさの中にある舌が痺れるような苦味に肩を震わせる。いつ飲んでも、これは薬として扱うべきだと彼女は思う。


「悪くない」


 黒人の男は満足げに頷いた。そのしぐさを可愛いと評したのだ。同時に、この町やヨーロッパの風土に馴染んでいるようであった。


「でも、それは奴隷としてここに来たってこと、ですよね?」


 結子(ユイコ)は気になっていたことを口にする。


 彼のように方々から労働者として人が集まるこの地。海洋貿易が広くなり、各地から階級を持たない人々をお金と取り換えて労働者として使う。非人道的な側面が強い。だから、フライハイトのように団結して政権転覆を計って、奴隷解放にも一役買っている。


 が、男は無精ひげを摩ってつかみどころのない表情をする。


「そうだな……」

「不満とか、ないんですか?」


 結子(ユイコ)は同じ境遇にいる人の意見を聞いてみたかった。フライハイトへの忠誠を確かめる意味でも、彼の意見は参考になる。(マサキ)とフォノもそのことを咎めるようなことはしない。


 結子(ユイコ)・サーマルの自由裁量に任せている。


 男はぐいっとコーヒーを飲んで、明るい表情を見せる。屈託のない満足げな顔だった。


「ないわけじゃない。市民権なんぞないから、苦労することも多い。がね? そいつは理屈でしかない」

「理屈?」

「そうだ。政治や自治に口を出せるほど、俺も学があるわけじゃない。それでも、こうして同じ言葉を交わしていれば、人間ってのは気を合わせることもできる。上の連中、真面目一辺倒でね、肌の色だとかで区分けする連中じゃない。こっちも真面目になれば、信頼してくれるわけさ」


 彼の本心からの言葉だと結子(ユイコ)は思った。


 彼の経験はまさに結子(ユイコ)にとっての(マサキ)たちであったから共感できる。


 それを聞いている(マサキ)とフォノもまた気持ちが軽くなり、コーヒーのストレートなほろ苦さを忘れた。


「異国の町で暮らすっても、結局は人の中で生きていくことに変わりはないわけで、気が合えば貧しい中にも幸はありってね。そもそも、貧乏が嫌でこっちに来た口だからね。今の方が生活は楽かな」


 オールド・ウェストは時折紛争が起きたりする場所であった。奴隷自体が、そもそも敗北した民族の捕虜を貿易商たちが買い取ったのが始まりであった。貿易商たちが勝利した国に武器を流していたから、できるようになった市場である。


 が、歴史の発端がそうであってもヨーロッパではノード教会の力が強く、その管轄のもとで貿易が成されている。奴隷とはいえ教会契約を交わし、主人のもとで働かせるようにした。むごい仕打ちを受けようものなら、教会に駆け込んで助けを受けることができる。


 そして、その中で修道騎士団は彼らの味方であった。それが変容する事態があってフライハイトが組織されてしまったのだ。


 結子(ユイコ)はオールド・ウェストの事情は知らないが、貧乏から抜け出すために来たというのは共感できる。


「あぁ、わかります。その気持ち」


 結子(ユイコ)は淡い吐息のような声で同意する。冷たく重いものが胸の中に沈むが、どこにいても人は同じ感覚を持っているのだと感動もした。


 男は照れ臭そうに鼻頭を指先で掻く。


「教会がいろいろ手回しをしているのもある。ここはそういうのが強いらしい。事実であるが、ま、他がどうなっているかは知らないな」


 (マサキ)に憂うように目を細める。


 幸せを感じる人もいる。その実、不幸を思う人もいる。ケルンという町が特別なのか、他が特別なのか。愚問ともいえる幸福の行方を考えそうになって、(マサキ)は残りのコーヒーを飲んで彼方に吹き飛ばす。


「しかし、要するに」


 黒人の男は腕を組んで、得心が言ったように続ける。


「人を見る目次第だ。肌や顔の形で決める様な偏屈人、俺は嫌だね。お嬢さん方もそうでしょう?」

「ええ。そのつもりです」


 フォノがゆったりと答えると、男も口元が緩んでにやける。


 と、フォノは涼しい微笑をうかべて続ける。


「けど、わたしは下心の見える殿方は遠慮いたします。そう思いません?」

「え? まさか、聞かれてた?」


 男はひきつった笑顔になって(マサキ)結子(ユイコ)に確認を取る。


 二人は互いに目配せをして、すまし顔をする。


「気品はありませんから。あたしにはわからないかな?」

「それに髪の色も、違うから、ね?」


 その回答に男はがっくりと肩を落として、恥ずかしそうに指先を動かしていた。


「ああ、神様、ご先祖様。俺は何て軽率な男なのでしょう……」


 天井を見上げて、そんな懺悔を彼はした。


 そうこうしているうちに、渡り船が対岸の渡船場に近づき、船体を反転させ始める。外輪の喧しい音が一層強くなり、逆回転をして水を掻いていく。


 水夫たちが動き出す。


「コーヒー、ごちそうさま。お話ができて楽しかったです」


 (マサキ)はそう言って黒人の男にカップを返しつつ、握手をして下船の支度をする。


 フォノと結子(ユイコ)もお礼を言って握手をすると、カップを返した。


「こちらも、いい経験をさせてもらったよ」

「紳士的な態度はよかったですよ」


 フォノは二階へあがろうとする彼の背中にそんなフォローをした。


 男はカップ四つと牛乳瓶、空箱を一挙に持って見せる。それをダンベルのように上下させてみせるのは、男なりのアピールだと感じた。盛り上がった筋肉はたくましく、男らしい。


「あと、腕っ節も」


 フォノが急いで付け加えると満足したようで二階に上がっていった。


 外輪船が後ろ向きに下がっていき、桟橋に近づく。と、見張りをしていた男が降りてきて後部ハッチを開ける。


「よぉし。エンジン、停止」


 その掛け声とともに外輪の回転が止まって水のせせらぎが聞こえてきた。


 見張りの男は後部のフックにつながっているロープを持って、ひょいと桟橋に飛び移る。そして、腰を沈めて不安定な足場で船を引いた。


 それに遅れて黒人の男ともう一人浅く焼けた肌の男が一階に降りてくると舳に向かい、櫂を手にして河底をついて押し出す。


「いくぞっ。エイ!」

「サァ!!」


 二階にいる船長の音頭で屈強な男たちの手が微調整に入る。その野太く、雄々しい声は(マサキ)たちには頼もしく聞こえた。


 そして、後部ハッチが桟橋にかかった。


 (マサキ)たちは荷物を確認すると、桟橋の方へ歩いていく。


「ありがとうございました」


 三人は桟橋に足を乗せて、船の男たちに手を振りながら歩いていく。


「よい旅を!」


 桟橋の支柱にロープを結んでいる見張りの男が見送りの言葉をかける。


 (マサキ)たちはその言葉を背に受けて、石段を上り対岸の町に出る。


「わぁ、大きい……」


 (マサキ)がまず目に入った大聖堂を見上げて一言。


 そして、また別の景色が彼女たちの目に飛び込んできて、新しい予感を感じさせる。

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