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ガイア・レコード  作者: 平田公義
第六章
42/118

~古都~ 運河の流れる都

 太陽が昇るころ、ライン河の東側を中心に展開するケルンの住宅街に活気が出てくる。家々の煙突から煙が立ち上る。


 西側では町のシンボルである大聖堂に朝日が映える。それを中核として、工業区画に人の息遣いが渡り歩く。


 巨大な聖堂はこの町の発展を見守り、鐘塔は時を知らせ、内部にある機械式時計は時を刻み続ける。


 ケルンはヨーロッパでも有数の祭りの名所でもあって、あちこちにその飾り付けの彫刻や材木が見え隠れしている。カーニバルの出し物にテーブルの山、野外ステージのホロなどなど、冬を迎える前の重要な行事である。


 ライン河の交易は盛んだ。


 今日もまた朝の訪れとともに一隻の帆船が山岳地帯で収穫された果実や醸造されたワインをお腹に抱えて下ってくる。また、河の流れに逆らって機械仕掛けの外輪を持った船が二隻ほどの帆を畳んだ貨物船を引っ張っていく。動力を積んだ船は下ってきた貨物船を引っ張って、上流に上がっていくのに使われている。


 ガタゴト、ガタゴト。バシャバシャ、バシャバシャ。外輪が大きな音を立てて回り、水をかき回す。


 上下の船がすれ違う時、互いの水夫たちがすれ違いの船に大手を振って挨拶をしていく。肌寒い中でも水夫たちは薄着でいそいそと働き、汗を流す。


 そんな古都ケルンの朝の訪れを、遠くで見ている集団がいた。


 西に数キロ離れて、じっと亀のようにうずくまる艦が六隻。雄々しき獅子に茨が絡みついた紋章の旗を掲げている。フライハイトの船団である。


 その数六隻。中艦隊規模である。


 と、〔ガング〕五隻に混じって一隻だけ、他とは異質な艦があった。青を基調とし、ぷっくりと膨らんだ船底は産卵期の魚のようであった。脚部は細い印象で、バウスプリット(艦首から伸びる支柱)はマストもない飾り同然のものだが、一角のように鋭く長い。艦橋はまるで城のように堅牢であった。まるで甲虫のような戦艦だ。


「まぁったく、予定よりも早く着いちまった」


 そういうにのは艦橋のデスクに足を放って座る男だ。


 粗野な作業着姿で筋肉質な偉丈夫。剛毛の短髪と髭を生やし、厳つい顔も相まって威圧感があった。赤みがかった肌の色や澄んだ青い瞳は豪胆な気概を感じさせる。


「ったく、よぉ……」


 男がイラついて、デスクに投げ出している足を小刻みに動かして、作業服の胸ポケットから巻きタバコを取り出す。ぐちゃぐちゃにひん曲がっており、男は丁寧に手先でそれを伸ばす。


「へリックさん、ここは禁煙ですよ?」


 すると、それを見ていたクルーの一人が振り返って忠告する。まだ若い、黄色人種の青年であった。


 男、ヘリック・D・アムソンは濃い眉毛を吊り上げて、青年に睨みを利かせる。


 それで青年は委縮してしまうが、配電盤に向き直って仕事をしているフリをして誤魔化した。


 へリックはそういう誤魔化し方をする部下は好きではなかったが、早朝ともあって拳を奮う気分ではなかった。


「ハッ……。外に出てくる」

「指揮は?」


 別のクルーが不安げに問うた。


「副艦長殿をたたき起こして、そいつにやらせとけっ」


 へリックはデスクから足をどけて、立ち上がる。巻きタバコを咥えつつ、艦橋を出て行く。


 廊下は非常灯の弱々しい明かりを灯しているだけ。燃料の節約をかねて灯火管制を敷いているのだ。


「貧乏くさいな」


 へリックがこの艦〔十九番目の城ノインツェーント・ブルク〕を手に入れてからかなり経つが、フライハイトのような反抗組織に扱われてか寂れた雰囲気が染みついている。素人の手で動かすには手に余る、ということか。


 (ブルク)の名を冠しているだけあって、仰々しいものである。これを粗野な男が陥落させたというのだから、今や盗賊の根城といった雰囲気を持ってしまった。


「それに安っぽくなっちまって……。騎士様の趣味ってのはやはり合わねぇんだな」


 へリックはいくつかのタラップを下って、甲板に出る。体の芯まで染みわたる寒さにへリックは肩を上げつつ、舳へと移動する。


 誰もいない舳のヘリに寄って、腰のポケットからライターを取り出す。その時も寒さで貧乏ゆすりが止まらなかった。


 ライターはフリントロック式銃と同じ機構を持ち、蝋をしみ込ませた縄が火口にある。火蓋を開けて、バネにつながった火打石を引いて放すと火打石がこすれて火花が散り、縄に着火する仕組みだ。しかし、そうそううまくいくものではない。


 何度かチャレンジしてようやく火がつく。チリチリと縄の先が燃えて、ぽぉっと火が膨らむ。


 そこに加えている巻きタバコの先を近づけて火をつけると軽く振って火をけし火蓋を下ろした。


 肺いっぱいに紫煙をくゆらせて、鼻から吐き出す。


 頭がぼうっと休まるのをへリックは心地よく思う。


「さて、久々の大仕事、楽しませてもらおうか?」


 肩を大きく回して、訛っている筋肉をほぐす。時間はたっぷりある。それまでに万全の支度をして作戦に挑む。


 作戦目的は古都ケルンの西側に展開している工業区の破壊。〔AW〕の武器や装甲を鋳造しているとされる場所であり、ここを叩くことで修道騎士団の武力も低下するというものだ。


「組織の長、直々の通達とはいえなぁ……。何を考えているやら……」


 へリックは巻きタバコを手にして、一息煙を吐き出す。


 フライハイトの運営をつかさどる首脳者からの伝達でケルンへの攻撃を敢行することになった。だが、それは中艦隊規模ですることではないとへリックは感じていた。古都ケルンは古来より主要都市であり、要塞としての性格を持った町であるから、修道騎士団の守りも厚い。


 現に西側には城壁代わりに展開している〔ガング〕の縦列が朝陽で浮かび上がっている。西側諸国が脱教会の動きが活発なのを見込んでのことだろう。


 しかし、とへリックは目を細めてタバコを咥える。


「ここまでの道のりも妙だった。収穫祭が近いとはいえ、簡単すぎた」


 へリックの艦隊は西の山脈地帯から北上して遠回りの航路を選んだとはいえ、修道騎士団と出くわしたのが一、二度だけ。もう少し抵抗があるものだと考えていたから、拍子抜けではあった。


 修道騎士団が目を光らせて、西側を巡回しているものと思っていたからだ。そうでなければ、王制転覆の計画を察知できないからだ。


「だから、リーダーが示したチャンスなのか? ま、密偵との接触を待ってから考えるさ」


 へリックは組織に対する不信を振り払って、先にケルンの内情を探っているという密偵との接触を待つことにした。


               *   *   *


 ケルンに向かう東の街道。見渡す平地にぽつぽつと背の高い茂みがあり、風が穏やかに過ぎていく。冷たい空気でもさんさんと輝く太陽の暖かさが降り注いている。


 街道の先にはレンガ造りの家々と茂みの影が見えている。


 その街道をゆったりと行く一台の荷車。体の小さいロバが二頭、小麦粉を詰めた麻袋を積んだ荷車を引いている。


 小気味良い蹄鉄の足音。土を踏みしめて、歩いてゆく。


「う、うぅん……」


 木製の荷車の後ろに腰かけているマフラーの少女が腕を伸ばして、胸を逸らす。


 (マサキ)たちだ。いつもの簡素な服装をして、いかにもお使い風のショルダーバックとバックパックを膝元に置いていた。


 彼女たちは荷車から足を放りながら、引いていく景色を眺める。空を飛ぶ小鳥が愛らしくさえずって頭上を過ぎていく。


「よかったよねぇ。ケルンまで乗せてもらえて」

「いい人に会えたからよかったけど。もう少し計画性はなかったの?」


 フォノがのんきに空を見上げる(マサキ)にキツイ口調で言った。


〔アル・ガイア〕を適当な茂みに隠して街道に出て歩いていたのだが、たまたま通りかかったこの荷車に乗せてもらえるようになった。手綱を握る壮年の男は近々ある祭りのために小麦粉をケルンまで運んでいる途中だというから、と景気よく娘三人を乗せてくれた。


 でなければ歩き続けて、足が棒のようになっても町中を散策することになっただろう。


「だって、バイン・アウトーは修理中だし……」


 (マサキ)は唇を尖らせて言い訳する。赤くなった鼻頭がマフラーから露わになった。


 木製の車輪が小石に乗り上げると、三人の腰も浮きがってツンとした痛みが尻に走る。〔アル・ガイア〕やバイン・アウトーに乗りなれていたから、この原始的な痛みに涙ぐむ。


「それより、頼まれた品物、揃えられるかな?」


 結子(ユイコ)はショルダーバックを膝元に寄せながら言う。


 同じショルダーバックを持つフォノが中から一枚の紙片を取り出して、改めて頼まれたものを確認する。


「えっと、包帯とワイン、薬が心配ね。あとは特にないかな……」

「なんだ? お前さんら、ワインを買うのか?」


 手綱を握る男が興味深々と言った風に問うてきた。


「謝肉祭の準備で必要なんです。お勧めのお店、知りませんか?」


 (マサキ)が体を捻って、男の背中を見る。積み重なった麻袋には手をかけないようにして、膝元に置いているバックパックをお腹に寄せた。


「そりゃぁ、いい店はたくさんあるさ。だけど、この時期だからね。お使いの子供には金をふんだくってくるぞ」

「ケルンのお祭り、盛大だって聞きますからね。それで、ワインもビールもたくさん出るからって来たんですよ? なのに、ケチるんですか?」


 (マサキ)はハキハキと言って、頬を膨れて見せた。ハキハキとする彼女の気性に男も気分がよくなった。


「秋も半ばだ。色々と金が要るんだよ。けども、いいもの揃い。いいこと尽くし。一度は祭りに出てみればいいのによ」

「でも、あたしたち、ずっと向こうの小さい土地の子ですから。家畜も放っておけません」


 (マサキ)は来た道を指差してその方向に一度顔を向けて、前にいる男の方へ向き直る。


 男の頭も街道を振り返っていた。


「健気な子たちだねぇ」


 (マサキ)の話に男も感心してしまう。が、それが作り話であると疑った様子はない。


 さすがに旅烏をしているとはいえず、適当な土地に住まわせてもらっている使用人という体裁で話した。罪悪感が(マサキ)にあっても、彼を巻き込まないための嘘であるから平気だと自分に言い聞かせる。


 フォノと結子(ユイコ)(マサキ)の口のうまさに、口元を押さえて小さく笑う。彼女の演技力の凄さに、感服してしまうのだ。


「お。大聖堂が見えてきたぞ」


 そうこうしていると地平線からとんがった一対の塔が競り上がってくる。


 (マサキ)たちは立ち上がって振り返ると、古都ケルンのシンボルである大聖堂を見据えた。手前にある街並みと比較しては爪楊枝ほどの大きさにしか見えないが、それがライン河を挟んで対岸に立っているとおもうと相当の大きさだと想像する。


 三人は見たことのない大きな町に入っていく高揚感に頬を染めながら、期待に胸を膨らませていた。


 ロバが引く荷車がケルンの郊外に差し掛かると、人々の生活の匂いが漂って懐かしさを感じさせた。軒先に祭られる木彫りの動物たち。それらは実りの秋をもたらすとされる心中を模したもので、軒先に飾り付けて感謝ともてなしの意味をもっているのだ。


 郊外ともあって庭付きの低い家が目立つ。踏み固められた道幅は広いものの、車道と歩道は一緒にある。進むほどに家々の間隔は狭まっている。都心に近付いている証拠だ。


 常緑樹のまばらな木漏れ日がキラキラと輝くのを見上げ、ふと足元に目を落とせば物珍しそうについてくる野良猫。トコトコとついてくる。


「何もあげられないよ。ごめんね」


 (マサキ)がそういうと気分を害したようにくしゃみをして野良猫は歩調を緩めて、常緑樹を伝って家の屋根に飛び移っていった。


「何?」

「嫌われたのよ。何もくれないからって」


 フォノがロマンチックなことを言うので、(マサキ)はふぅんと適当な返事をする。


 ガタンッと荷車が石畳の車道に乗り上げて、三人のお尻がまたも浮かんだ。お尻が固い木の板につく同時に三人は前を見て、感嘆の声を上げる。


「わぁ……」


 石畳の舗装路は車道と歩道とを分けて、人々が往来している。


 それを囲うようにして木骨構造の屋根の高い家々が立ち並ぶ。その上を渡るワイヤーはランプを吊るすためのものだろう。


 数日前に訪れた町同様に活気があふれて、抜けていく風の清々しさはムーアの寒さの忘れさせる。遅いロバを追い越していくバイン・アウトー、大きな馬車の忙しそうな動き。


 すると、荷車にかかる大きな影に(マサキ)たちは顔を上げて目を丸くする。


「すごい。超大型のバイン・アウトーだ」

「あんなに人が乗るものなの?」

「…………大きい」


 横を通り過ぎていくのはまるで象のような巨体を持った四足歩行のバイン・アウトーである。従来のバイン・アウトーと違うのは、騎乗するものではなく、お腹に抱えたゴンドラに人を乗せるバスのような構造を取っている。


 地響きのような音が耳に木霊して、ビリビリと下から上に這い上がる足音を上げて大きく、細い脚部を動かしていく。


 吹きさらしのキャビンには人が詰まっており、さらにその外側には張り付くようにして乗る人たちの姿もあった。皆、学生風の着飾った格好で女性の長いスカートや帽子がバイン・アウトーが動くたびに揺れた。


 (マサキ)たちはケルンの大きさや交通網の発達に感嘆しながら、ケルンという町の強大さに胸が高鳴りっぱなしであった。 

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